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会議で、印象よく意見が受け入れられる法

 昨日は、せっかく私のブログをお読みいただいた方にご迷惑をおかけいたし、申し訳ございませんでした。お読みいただかず、今日はじめてお読みいただく方は、とても幸運な方ですので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 それでも、昨日の実験的行為により、文章や会話のセンテンスは短く、ということは立証されたように思います。(←全然、懲りてない)

 落語の、「寿限無寿限無、五劫のすり切れ、海砂利水魚の水行末、運行末、風来末、食う寝る所~」(っと、あぶない、あぶない、また昨日の二の舞を踏むところだった)という名前をバカ正直に呼ぶ人たちは、皆、頭悪そうに描かれていますものね。

 要点を端的に、短いセンテンスで表現できる人は、できる人、と見られるのは間違いないようです。

 これと似たような、会議で気をつけたい点があります。

●「私に良い考えがあるのですが…」や「絶対、消費者に受ける新商品のアイデアを思いついたのですが…」など、会議のほかの参加者に期待を持たせる前置きは、逆効果になりやすい。

 たとえ、本当に、良い考えや絶対に受けるアイデアであっても、こういう前置きを自信満々で言われると、あとでそれらを聞き、な~んだぁ~と言いたくなりませんか?

 人は、鼻高々の自信家の意見を、たとえそれがどんなに素晴らしいものだったとしても、受け入れたくないんですね。それを無条件で受け入れると、あの野郎、ますます増長するだろう。ここらでひとつ、あいつの高い鼻をへし折って懲らしめてやろうと考えるんですな。

 おごり高ぶって領民をいじめる悪代官に、黄門様が、「助さん、格さん、少し懲らしめてやりなさい」と言うような。

 では、どうするか。その答えが、会議で好印象を与える自己表現術のその2。

●「あなたの話で思いついた」と、相手の話に関連させると、意見が受け入れられやすくなる。

 たとえば、「私に良い考えがあるのですが…」などと、自分で一から十まですべて考えたと自慢して顰蹙を買うよりは、「実は、以前、○○課長からご指導いただいたことから、ふと思いついたのですが…」とやったほうが、意見が受け入れやすいということ。

 そうですよね。上司の顔も立つし、上司の考えが反映された意見だと周りの人たちも思うでしょう。少し、自分の自意識を減らしてやるだけで、大きな効果が期待できます。

 次に、「絶対、消費者に受ける新商品のアイデアを思いついたのですが…」なんていう自信過剰の権化みたいな例はどう改めるか。

●会議の発表のときの意見具申は、上の人間に教えを請う形ですると、生意気に聞こえない。

 これが、会議で好印象を与える自己表現術のその3。

 たとえば…

「新しい商品開発について、消費者の視点から、こんな新商品のアイデアを考えてみました。しかし、開発過程でこんな疑問がわいたのですが、考え方の方向性を教えていただければ助かります」

 と、改めてみたらいかがでしょう。「何だ、そんなこともわからないのか」と、ブツブツ言われながらも、案外目は笑っている、かもしれませんよ。

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会議で、印象よく自己主張できる法 

 今日は久しぶりに、昼休みにブログを書いてます。まだ昨日の疲れが残っているみたい。今日は昨日と違って、雨か…。

 気をつけないとホントに体調を崩しますね。いや、もうすでに崩したのでした。

 もっと崩す前に、昨日の続きの会議テーマのブログを書かねば。

 さて、会議というのは、何度も申しますが、大勢の人たちが参加するケースが多いです。ひとつの発言、ひとつの動作、表情が、大勢の人たちにインプットされます。仕事の現場で、大勢の人たちが一緒に論ずる機会というのはそう多くないはずです。だから一層、会議の場での立ち居振る舞いが、一人ひとりの仕事の評価とあいまって印象に残りやすいのです。

 また、同じ議題を論じれば、その発言内容や考え方の違いによって、その人の能力や取り組み姿勢に優劣があることが明白になります。会議の場での成功、失敗というのは、仕事の評価に大きな影響を及ぼすのではないでしょうか。

 仕事の内容が悪ければあきらめもつきますが、仕事は申し分のない働きをしていても、会議の場での印象が悪いために、冷や飯を食っている人たちは結構大勢いると思いますよ。

 …というのは、もしかしたら私も、勤め人をしていた頃は、まわりに悪い印象をふりまいていたのではないか、と考えるのです。営業の数字は結構あげていましたが、評価するのは周りの人たちですからね。

  営業で頑張って会社に利益をもたらす = まわりの人たちが大喜び、という当然の理屈がまかり通らないのが会社組織の面白いところ。

 独立開業し、自分が客観的に見られるようになって気づいたことって結構あります。会議の場でも、今の自分なら、何でそんなバカなことやるんだ、っていうことを平気でやっていたのですから。

 どんなに偉い先生や一流大学を出た経営陣が、経営学、経営組織論を唱えたところで、所詮、会社組織は、人と人の集まり。高等数学並みの高度な理論を学ぶ前に、まず人間関係の基本原則を勉強した方がいいのかもしれません。

 …と、前ふりはいつもながら長く、いつもと違って、カッコいいことも書いてしまいました。

 要は、自分の主張したいことを、ただストレートに言うだけじゃなく、相手がそれをどう受けとめるかということも考える必要がありますよ、と言いたいのです。

 自分の主張が、たとえ会社にとってプラスになることでも、主張の仕方によっては自分にとってマイナスの評価になる可能性もあるからです。

 多胡輝氏の著作の中に、「好印象を与える自己表現術」という本があります。この本はまさに、上記のジレンマの解決策を提供してくれています。そのなかで、会議の場で使える方法だけに絞って、「会議の場で好印象を与える方法」についてご紹介しましょう。

 ただ、もともと会議の場で好印象を与えるという趣旨で書かれた本ではありません。かなりの部分、現場で失敗を重ねた私の勝手な解釈が含まれておりますので、念のため。

 では、会議で好印象を与える自己表現術その1から。

●会議に提出する資料の文章は箇条書きを基本とし、センテンスを短く区切る。また会話のセンテンスも短く区切ることで、頭の良さを印象づけられる。

 センテンスを短く区切って、わかりやすく、読みやすく書くっていうのは、頭ではわかっていても、なかなか実際にはスパッと文章を切っていくのはある種の勇気がいることですし、かえって短くすることで、頭が悪いんじゃないかと勘ぐられる危険性もなきにしもあらずなような気がいたしまして、思うに任せないような状態が続いておる次第でありますが、また、センテンスを短く切って会話すべしという点に関しましても、こちとら江戸っ子でぃ、気が短けーんだというべらんめぇ調か、はたまた、ぼく、今日、先生にほめられたよ、みたいな子供言葉みたいに思われて、ちょっとあいつ、頭が足りないんじゃないのかと会議の参加者に思われ、評価が下げられるのではないか、という疑心暗鬼に襲われて、未だ華々しい成果を上げられない状態にあるわけでありますが、まして文章や会話のセンテンスを短く切ることによって頭の良さを印象づけられるなんて、まさか、そんな、ばかなことが、世の中に、あって、いいものだろうかと考え、では、逆に文章を長くすることによって、頭が悪いということが印象づけられれば、ソクラテスの三段論法的解釈ではもちろんありませんが、逆説的な解釈によって、上記のフレーズをはなはだ僭越で、しかも公共のブログを使い、かつ、お読みになっている方々の貴重な時間を拝借してまで、実験をさせていただく意味あいがあるのだろうかと考えつつ、このような暴挙に出た次第でありますが、あ~なんだか自分でもなにを言いたいのかよくわからなくなってきましたので、誠に申し訳ない次第でありますが、この続きは次回にさせていただいてもよろしいでしょうかと、…

 誰か、突っ込み入れてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ~!!!  途中まで、受け狙いでやったのですが、ちっとも面白くない!!!

 自分でもわかってるんですけど、止められない。ブログに、即、読者が突っ込みを入れられる機能があると、助かるんですけどね。

 すいません。収拾がつかなくなってきましたので、この続きは明日書きます。少し昨日の熱中症の症状が出ているようなので…。

 次は真面目にやります。どうかお許しください。 

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会議で、できる奴と思われる法

 今日一日、炎天下の会社まわりですよ。暑かった。去年も暑かったけど、6月からこれでは先が思いやられます。

 それにしても、この炎天下、サラリーマンは、ネクタイはもちろん、上着着用で結構大勢の人が歩いているんですね。さすがに私は、半袖、ネクタイでしたが…。

 うちの選挙区の都議会議員候補者は、クールビズのノーネクタイで涼しそう。しかもチノパンですよ。うらめしそうな横目で通り過ぎるサラリーマンをよそに、涼しそうに演説してましたが、その結果は神のみぞ知る…。
 
 あまり書くと選挙違反に問われそうなので、さっさと本題に行きましょう。

 昨日まで、会議で自分をアピールする方法、主導権を握る方法について、会議室で座る席を中心に書いてきました。

 もちろん会議は、有利な席に座ってしまえばこれで終わり、というわけではありません。当然有意義な発言をし、議論に積極的に加わる必要があります。

 優れたアイデアを出し、皆にできる人間だと思われれば上出来。それができなくても、しっかり存在価値をアピールすることは最低限必要でしょう。

 ここではあえて、優れたアイデアを出す方法には触れません。私のノートには、たっぷり独創的なアイデアを出す方法についての裏技が書いてあります。それぞれ自分で試して効果は確認済みですが、今回は会議のテクニックだけにこだわりたい。

 果たして、テクニックが、発言の内容を補い、それを超える効果を発揮できるかという点に興味がありますので。どこかで実証してみたいなぁ。

 それはともかく、会議のテクニックとして、発言するタイミングについてこだわってみたいと思います。

 ところで、会議で一番目立つのは、どんなシーンでしょう。

 おそらく、会議の最中、皆、いいアイデアが浮かばず、顔を見合わせて沈黙してしまったとき、その沈黙をさっそうと破って意見を言うシーン。または、参加者同士の対立で会議が紛糾し、収拾がつかなくなったとき、解決の方向性を提案するシーンでしょうか。

 たとえば…

「これまでの意見をまとめてみると…」

「意見が対立しているみたいですが、問題を整理してみると、要するにこういうことですね」

「この点だけが問題で、あとは合意と考えてもいいんですか? それでは、こういうふうにしたら、いかがですか?」

 …なんて言いながら、全体の意見や方向を見極めてまとめ、調整する役目に徹する人です。

 こんなことを言うと怒られそうですが、大して発言に内容がなくても、話し合いの方向付けをする人は、結構、皆の記憶に残るのではないでしょうか。

 テクニックとして、自分の発言を効果的に見せるタイミングがあるそうなんですよ。

 たとえば、意見が対立して参加者同士激しい応酬があるケース。このような、出席者の関心が高い内容の場合は、上記の例のように、多くの意見が出た後で発言するのが効果的です。

 また、出席者の関心が低く、誰も積極的に話しをしないような場合は、なるべく早い時期に発言するのがよいそうです。どうしてかというと、出席者の緊張感も手伝って、印象に残りやすいから。

 そういえば、企業ドラマや時代劇の会議のシーンなんかを見ていると、主役が話すタイミングがあるんだなというのがわかります。それがちょうど、上記のケースに似ている。

 会議のテクニックばかりに走って、もっと王道を進まんかい! と言われそうですね。もちろん、独創的なすぐれたアイデアや問題解決の方法を提案するのを否定するつもりはありません。

 しかし、せっかく素晴らしい意見やアイデアがあるならなおさら、効果的な発言にしてアピールするテクニックは重要だと思いますよ。

 

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会議の方向を思い通りにする法

 今日は、昨日の日曜日と比べて涼しくなると予報で言っていたのに、しっかり暑かった。明日はもっと暑いそうですよ。嫌だなぁ、明日は延々と外回りしなければならないのに…。

 これだけ暑いと、風邪ひいて熱があった頃が懐かしい。あのときは、この暑さのなか、寒い、寒いと、ガタガタ震えていたんですから。

 …、なんて嘘です。頭はガンガン痛いし、喉が真っ赤に腫れ上がり、食べ物を飲み込むにも、顔をしかめる始末。もう、あんな嫌な気分はこりごりですね。

 意外と今は、夏かぜが流行っているみたいですよ。私は、着るものはいつも流行遅れなのに、風邪をひくときだけはいつも最先端を行っています。私の風邪が治ってから、約一ヶ月してから、世間では風邪の流行のピークを迎える。このようなパターンがここ数年続いています。

 皆様、くれぐれも風邪にはお気をつけください。

 さて、今日はまた、「風邪を治す法」の前にとりかかっていたテーマに戻りたいと思います。題して、会議の方向を思い通りにする法。

 先日のブログでは、会議室の座る席によって、リーダー的立場になれる場所の具体例を書きました。

 ところで会議は、相手があってはじめて成立します。参加者には、それぞれ利害関係といったものがあるはずです。そこで、リーダーになる必要はなくても、自分の望む方向へ議論を持って行きたい場合もあるでしょう。

 そんなとき重要なのは、会議の方向性を左右するキーマン。

 キーマンと友好関係を保ちながら、会議を進めたいと思う場合もあるし、どうしても受け入れなれない議題だったら、キーマンと対立しなければならない場合もある。

 議題の方向性によって、相手と友好的な立場を取りやすい席、対立して議論しやすい席の取り方というのがあるんですよ。

 いわば、会議の目的によって、もっとも効果のある席の取り方。

 たとえば、会議室のテーブルが、もっとも一般的な長方形だったと仮定しましょう。

 会議の主導権を握りたいなら、長方形の長い辺の真ん中。そして窓などの光源を背にするとよいと、先日書きました。そして、いつも自分の意見に反論する相手がいたら、彼に目の前に座らせないために、協力者にそこに座ってもらうとも。

 会議のキーマンが、テーブルの長方形の長い辺の真ん中に座ったとして、もし自分が彼と協力して議題を進行したいなら、なるべく彼のとなりに座るとスムーズに行きます。そしてキーマンが発言したら、すぐそれに同調する。

 昨日も言ったように、発言直後の賛同意見は、反対者の発言する機会を奪うことになるからです。また、長方形のテーブルの短い辺の真ん中は、副議長的な席なので、そこに座ってサポートするのもいいですね。

 逆に、相手と対立的に議論したいなら、もちろん正面に座る。しかし、客観的な立場から見て、お互いがテーブルの真ん中で言い争ったのでは収拾がつかなくなる恐れがあります。だったらその二人は、テーブルを挟んだまま平行移動してもらい、テーブルの端に座ってもらう。そして、客観的な視点を持った人に真ん中に座ってもらうのです。

 中央の争いから地方の争いに転換する。すると中央から斡旋する余地ができます。争いがないのにこしたことはありませんが、大勢に影響ない場所でやりあうのも時には必要かもしれません。多少のガス抜きは必要でしょうから。

 また、相手と一番リラックスして話ができる位置は、テーブルの四隅にある角をはさんで座る席ですね。少人数の会議などでは、フランクに話しやすい席です。

 逆に、犬猿の仲の二人がいれば、隣同士に座らせてしまう。並んでしまうと、お互いの距離が接近して、人間は対立しにくくなるものと言われています。

 話は変わりますが、リーダーが好きに席を選べる場合、長方形のテーブルのどこに座ったかによって、その人の仕事に対する考え方がわかるそうです。

 たとえば、長方形の長い辺の真ん中に座るリーダーは、人の和重視タイプ。短い辺の真ん中に座るリーダーは、実務型の課題優先タイプです。

 そういえば、かつての私の上司は、短い辺の真ん中にいつも座わりました。確かにそれは言えました。人の和よりも、結果がすべてといった感じの人でしたから。

 こういう上司は、結果を出すのはもちろん大変でしょうが、人事考課が単純明快なので、あとくされがなくていい。人の和というのは、とても魅力的な言葉ですが、人事考課の判断材料にされたら、極めてあいまいな評価法になってしまいます。結局は上司の好き嫌いで、評価される、なんてことも。

 少し、話がそれました。

 企画会議など、新しい発想を生み出したり、いい解決策を考えるなど、創造力の発揮が必要な会議では、いかに和気あいあいとした雰囲気を作るかが重要です。

 この場合、服装をラフにすることも効果的ですが、小さめの部屋を使い、丸いテーブルを使うといいアイデアが出やすくなります。

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風邪を一晩で治す法

 昨日、風邪がぶり返してきそうになりましたが、おかげさまで今日の調子は悪くないです。少しのどの痛みが残っていますけど、バファリンを飲んでしまえば健康体とほとんど同じ。

 やっぱり一昨日の「風邪を1日で治す法」が効いたのでしょう。38.2度の熱が出て、翌日、炎天下を1日歩き回る不養生を行っても大丈夫だったのですから。

 しかし、風邪をひくと意地になって休まない性格はなんとかしたほうがいい。…と、自分でもわかっているんですけどね。

 さて、風邪を1日で治す法(正確には、一晩で治す方法)について書きたいと思います。

 たぶん試してみる方はいらっしゃらないと思いますが、もし真似されるのでしたら、体力のある人だけにしておいてください。医師も言ってましたし、相当体力を消耗するのは事実ですので。とくに高齢者や心臓の悪い人には、絶対勧められません。

 昨日、風邪のウィルスは、熱と湿度に弱いとブログに書きました。私の風邪克服法は、その防衛反応を徹底的に促進して、風邪を治す方法だとも。

 まず湿度から行きましょう。これは、部屋の湿度を徹底的にあげるのです。今は加湿器という便利な器械がありますが、なければ部屋の中でお湯を沸かすなどして、窓から水滴がたれるぐらい徹底的にやる。

 この場合気をつけなければならないことは、自分の体より、部屋にある家電製品や電子機器です。とくにテレビやパソコンは、湿度が異常に高い状態にさらされると一発で壊れます。かつてこの方法をやり、私の部屋のテレビが故障しました。必ずこれらの機器を部屋の外に持っていってから、湿度を上げてください。

 次にウィルスは熱に弱いという弱点を徹底的につく。もともと風邪をひいて体温が上昇しているわけですから、それを利用しない手はない。汗を吸い取りやすい下着を重ね着し、その上からパジャマを着る。そして首に手ぬぐいを巻き、仕上げとしてウィンドブレーカーを着る。

 その格好のまま、ベッドや布団に横たわるんですよ。掛け布団もしっかりかけて寝る。

 その格好は、発汗によるダイエット法と同じです。しかし、本当に熱が高いときは、そこまで着こんでも寒いぐらい。それだけ着こんで寝ていても、丸くなってガタガタ震えているんですから。

 おっと、大事なことを忘れていました。寝る前に水分はしっかり取ってくださいね。最初のうち、尿となって全部出てしまうので、枕元にペットボトルを置いて、頻繁に水分補給をする。

 眠ったとしても、熱が高く、悪寒もひどいので、悪夢にうなされることになります。風邪のウィルスが熱と湿度によって、断末魔の苦しみをあげているのを実感するでしょう。

 そして、深夜、目が覚める。さっきまでの悪寒がなくなり、すごい汗をかいているのに気づきます。気持ち悪いので、下着を換え、再び水分を補給して、またウィンドブレーカーを着て横になる。部屋の湿度が高いので、風呂場にいるような気分になるはずです。

 翌朝、目が覚めると、昨日と違った自分を発見するんじゃないでしょうか。悪寒が消え、頭痛もない。けだるい疲れは残っているものの、生まれ変わったような爽快感。

 風邪のウィルスが、徹底した熱と湿度の攻撃で死滅してしまったんですね。

 以上が、私の風邪克服法です。デメリットは、気をつけないと部屋にカビが生えるってことです。全快したら、部屋をすぐ乾燥させてください。よろしく。

 ほかにも自分の素人療法は、いろいろありますが、今日はこのへんで。

 明日からまた、ビジネスネタで行きたいと思います。

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風邪を1日で治す法

 こんばんは。今日も、夜にブログを書いてます。今日の日中は、1ヶ月ぶりにハイキングに行きましたので。

 場所は、多摩川のハリウッド? と言われる調布です。先日、「ウォーキング」という雑誌を読んでいたら、そこが紹介されていたので行ってみる気になったんですよ。

 どうして、ハリウッドなのかというと、かつて日活や大映の撮影所があって栄えたから。日活の撮影所は、貸しスタジオになっていましたが、大映のほうは、角川大映スタジオとして、今でも映画の撮影が行われているみたいで、入り口に「大魔神」の像が置かれていました。

 「大魔神」の説明文を読むと、身長は、4.5メートルなんだとか。子供の頃、映画で見た感じでは、もっと高かったような気がするけどなぁ。片手で、悪人を何人も持ち上げてましたから。

 調布市の郷土博物館は無料で、しかも土曜日の午後なのに、ひとりの入館者もいない。結構、楽しめましたよ。閲覧用に置かれているパソコンが、十年以上前のもので、なおかつ現役なところがすばらしい。縄文時代の土器より、初期のウィンドウズに触れられるところが、売りですな。

 その模様は今度また書かせていただくとして、今日は風邪の話。

 実は、昨日の夜、無理がたたったのか、風邪で熱を出してしまったのです。なんとなく調子が悪いなと思って体温を測ったら、38.2度。

 次の日は安静にしてたほうがいいですよね。しかし、遊びに行こうと予定を立てていたのです。このチャンスを逃したら、また一ヶ月ぐらいどこにも遊びに行けない。

 なんとか、今日の朝までに熱を下げねばならない事態に陥りました。

 ここで私には、とっておきの風邪克服法があるのです。実は私、高校時代風疹で学校を一日休んでから、病気で会社や仕事に穴を空けたことがないのですよ。

 といっても、会社を作った当初、心労で大きく体調を崩して休んでたことがありますが、仕事がなかったから穴を空けたことがないだけ。そんなこと、全然自慢にはならないのですが…。

 また話が横にそれないうちに、風邪克服法。

 そもそも風邪をひくと、どうして熱がでるのでしょう。ご存知の方も大勢いらっしゃると思いますが、風邪のウィルスが悪さをして、熱を上げるわけではないのです。

 風邪のウィルスは、熱と湿度に弱い。だから、自分の体がそういう状態を自ら作って、風邪を退治しようとするんですね。いわば、体の防衛反応。

 私の風邪克服法は、その防衛反応を徹底的に促進して、風邪を治す方法です。この防衛反応については、NHKの「ためしてガッテン」でもやっていたし、クリニックの事務長をしていた頃、医師に、この方法はどうですか?と聞いたことがあります。専門外の整形外科の先生でしたが。

 その先生は、確かに効果があるのは間違いないと、言ってくれました。だけど、相当体力を消耗するから、やめといたほうがいいよとのこと。

 確かに、昨日の過激な素人療法と今日のハイキングで、現在、体はぐたぐた状態です。

 なんか、寒気がする。頭も痛くなってきたみたい…。すいません、また風邪がぶり返してきそうなので、今日はここまでにさせてください。文章も支離滅裂になっているようなので…。

 明日、体調がよければ、風邪の具体的な克服法を書きます。(←克服してなければ、克服法ではないですね)

 でも一応、熱が下がり、支障なくハイキングへ行けましたので、安静にしてれば1日で治ったはず。どなたかの突っ込み、お待ちしています。

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会議で、主導権をにぎる法

 昨日のブログで、会議室で座る席の場所によって、会議のリーダー的立場になれる可能性があると書きました。

 その席とはどこか。

 結論から言いますと、当たり前と思われるかもしれませんが、上座です。

 上座とはどこかというと、釈迦に説法かもしれませんが、会議室の入り口から遠い席。しかも窓際で、窓を背にしていればベストと本には書かれています。光源のそばに身を置くことによって、自分を大きく見せることができるからです。

 もちろん、元から上の立場のある人は、どこに座っても、それ相応の影響力を行使できるはずです。しかし、同じ階級にある者、または職位に関係のない会議に関しては、ある程度この説は確かだと思えるのです。

 会社に勤めていたとき、ある会議に出席したことがあります。その会議は、会議室に入った順番で自由に席を選べる形になっていました。

 一般の傾向からして、そういう形だと入り口から近い下座から席が埋まっていきます。私も下座に着席して、会議が始まるのを待っていました。すると後から遅れて、新入社員が入ってきたんですよ。彼が入ってきたときは、下座は全部埋まり、まさに窓を背にして座る上座しか空いていませんでした。新入社員は仕方なく、上座に座りました。

 私が下座から見ると、上座に座るその新入社員が後光に包まれ、すごく荘厳に見えるのです。

  皆もそう見えたのかもしれません。司会者が、半分茶化す意味もあって、議題が変わるたびごとに彼に意見を求める。

 何回かそういうやりとりのあと、最後、なんと新入社員の意見が通ってしまったんです。それがどういう内容のものだったか覚えていませんが、さほど大した意見ではなかったのではないでしょうか。会議の後、なんであんな意見が通ってしまったのだろうと、同僚と話した記憶が残っていますので。

 今から考えると、それは上座に座った効果ではなかったのか。

 そのとき下座に座った私は、その他大勢のなかに埋没してしまった印象があります。なにか話しても、不思議と注目が集まらない。

 いつもは、「また、あの野郎。おかしなことを言ってる」と皆から笑われるんですけどね。

 また、会議の場で印象を強めるには、いつも決まった席にすわるのがよいと言われます。そのたびに席を変わるというのは、ほかの人の印象に残りにくいからだそうです。確かに、発言力のある人は、いつも決まった場所に座る傾向が強いのではないでしょうか。

 逆に言うと、たまたま下座に座った人。目立たない場所に座った人は、議論から疎外されがちになり、あとあと不満が残ることにもなりかねない。

 全員が、会議に参加しているという雰囲気を作るためには、議論の大勢が決まりつつある段階で、下座に座っている人たちの意見をじっくり聞くことも重要です。それだけ、会議の場で座る場所というのは大事なんですね。

 それから、いつも自分の意見に反論する相手っていませんか? そういう論敵が、自分の真ん前に座ると、より対決姿勢が明確になってしまう。徹底的に相手とやりあいたいという人はいいかもしれませんが、そうじゃない人は自分の正面に、協力者にすわってもらうことも一法です。そして、いつも反論する相手が口を開く前に、協力者に「賛成」と賛同してもらうことです。

 それは、あなたの発言直後に、バックアップする形で言って貰えればベスト。反対者が、反論するため発言する機会を奪う形になりますから。

 これについて有名な事例があのますよね。関が原の戦いを前にした徳川家康です。

 上杉征伐で、豊臣恩顧の大名を引き連れ、今の栃木県小山にいた徳川家康は、石田三成の挙兵を聞き、反転して彼を討つ作戦に出ようとします。しかし、大阪城には今一緒に小山にいる豊臣恩顧の大名の妻女が人質になっている。今、石田三成征伐を宣言しても、彼らが味方についてくれるかどうかわからない。

 そこで家康は、彼らの中の協力者に、いち早く自分に味方すると宣言してもらいます。その作戦によって、どっちつかずだった大名も味方にし、関が原へ向かうことができたのです。

 ところでその協力者って誰でしたっけ? 福島正則と山内一豊だったと思うのですが…。この辺の事情は、司馬遼太郎の「関が原」に詳しく書かれています。

 そういえば、司馬遼太郎氏の一連の著作も一流のビジネス書と言えるかもしれませんね。

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会議で、できる自分をアピールする法

 今日は心機一転、新しいテーマのブログです。さて、何を書こうかなと、昔メモしたバインダーノートを眺めました。

 前にもお話しましたが、このノート。独立開業したものの仕事がまったくなかった時代に、近隣の公立図書館をほぼ半年以上かけ、将来、自分の仕事に役立つと思うところをメモしたものです。

 ふと目に留まったのが、「会議の場で、自分をアピールする方法」の箇所。

 何で、こんな箇所をメモしたんだろうと、笑ってしまいました。なにせ、独立開業してから、会議なんてしたことがない。お取引先やアルバイトと打ち合わせはよくしますが、あらたまって机を取り囲んで議論するということはないです。

 第一、会議をする人数が、会社にいませんからぁぁぁぁぁぁぁぁ~残念!

 …といって、正直、残念ではないです。組織の方向性がまだ決まっていないとき、皆が頭を絞って、いいアイデアを持ち寄り、参加者全員の同意の下にひとつの方向性が決まる会議なら、非常に有意義だと思いますよ。

 ところがそういう会議って意外と少ないですよね。最初から少数のリーダーたちが方向性を決めていて、その伝達の場だけになっているケースがあまりにも多い。

 会議ではなく、上司の個人演説会。またはミスを犯した従業員の糾弾の場になっている場合もあります。

 会議を辞書で調べると、「人が集まりなにかをきめること」とありました。集まる前から、きまっていたら、会議じゃないんじゃないかと、うがった見方もしてしまうのです。

 でもそんなことを言ってたら次へ進まなくなるので、ここではそういう会議もどきの場合は無視して、皆が集まって平等に意見を述べる会議ということでお話したいと思います。

 そういう理想的な会議の場では、仕事の取り組み姿勢や企画力、表現力といった面で大きなアピールの場になると思います。いつもは、それぞれ違った自分の仕事をしていますが、会議の場では、ひとつの目標に対して、誰がそれに近づく努力をしたか、誰がいいアイデアを出したかという基準で評価できるからです。

 いわば同じ土俵で、戦わざるをえなくなるんですね。ここで自分をアピールできるかどうかというのは、結構重要なことではないでしょうか。

 もちろんそのためには、企画力、表現力、独創性などが求められます。しかし、所詮人が人を評価するわけですから、会議の場でうまく自分をアピールするテクニックというものが存在するようです。

 逆に言えば、いくら本来の実力で自分をアピールしても、自分をうまくアピールする人のテクニックに敗れるケースだってあるわけ。

 多胡輝氏の「しぐさ、動作、ふるまいの心理学」という本には、そのあたりのテクニックが興味深く書かれています。

 たとえば、会議の席が自由に選べる場合、すわる席の場所によって、会議のリーダー的立場になったり、どんなにすばらしい意見を言っても高く評価されない、なんてことが起こるらしい。

 徹夜して考えた素晴らしい独創的なアイデアが、いつも採用されなくてふてくされている人もいるかもしれませんね。もしその理由が、いつも自分が座る場所のせいだったとしたら…。

 ちょっと極端な例かもしれませんが、ホントなのかな。

 それにしても、せっかくいろいろな図書館をまわり、ノートにまとめた「会議の場で、自分をアピールする方法」。新規開拓、営業話法、苦情処理、マーケティングなど、ほかの部分は、実地でためしてみる機会がありましたが、これはメンバーの一員として会議に参加しなければ、試しようがない。これらのテクニックが会議の現場で実際使えるのか、すごく興味があります。

 どなたか、明日からブログに書く内容を、実際の会議の場で試してみて、成功したか失敗だったかを教えていただければうれしいのですが…。

 

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苦情処理に効く格言

 今日は雨。結構、降ってます。ずっと引っ張り続けた苦情・クレーム処理シリーズもいよいよ最後。

 それにしても、今日の雨の降り方は、ミュージカル「雨に唄えば」の雨でも、バート・バカラックの「雨にぬれても」の雨でも、森高千里の「雨」の雨でもないですね。

 どちらかといえば、三善英史の「雨」がふさわしい。

 どうしてかと理由を聞かれても困るのですが、ただなんとなく…。

 それはともかく、苦情処理の格言。昨日の夜のブログに書きましたように、昔のノートをひっくり返し、苦情処理に効くと思われる格言を集めてみました。

 以下、アトランダムにあげてみましょう。

●「相手に直接会って話すのが、お互いの悪感情を一掃する最良の方法である」

 これを言った人は、あの有名な、アメリカの16代大統領、エブラハム・リンカーン。この格言は、携帯電話やインターネットのメール、チャットなどコミュニケーション手段が、当時とは問題にならないぐらい増えている現代に効く格言だと思います。

 電話やインターネットでは、普通、相手の顔が見えません。だから、言葉や文章だけでコミュニケーションしなければならない。本来人間のコミュニケーションは、相手の表情やしぐさからも多くの情報を得るもの。それがないばかりに、電話やインターネットでは冗談を本気と受け止められたり、ちょっとした指摘を中傷と取られたりする。

 とくに苦情処理の場では、相手はいきり立っている場合が多いです。電話やネットだけでは、こちらの誠意が伝わらず、ますますこじらせてしまうケースが多いのではないでしょうか。

 若い頃、電話でお客さんと話していて、お客さんを怒らせてしまったことがあります。今考えても、入金の催促でなぜ怒らせてしまったのかわかりません。でもとにかく、お客さんを怒らせてしまったのはこちらの不手際。電話ではこちらの意思が伝わらないと思ったので、夜、1時間以上電車を乗り継いで謝りに行きましたよ。

 だから今でも私は、重要な用件を電話やメールで伝えるのは好きではありません。もし何かあった場合、電話やメールのコミュニケーションではこちらの意思の半分も伝えられませんから。

 苦情処理は、実際会って話すのが鉄則です。

 

●過失の言い訳は、かえってその過失を大きくすることになる。

 これを言ったのは、シェークスピア。せっかくプラスアルファの苦情処理法だなんて、もったいぶってえらそーに書いたのに、メジャーな格言だったのですね。

 ちなみにシェークスピアが死んだのは、1616年。徳川家康と同じ年に死んでいるんですよ。こんな古い時代にも、口先だけの言い訳や言い逃れをして、かえって相手をますます怒らしてしまった人がいるのですね。

 でも、名言というのは、その人の経験をひとつの法則として言い表した言葉だと思います。するとシェークスピアも、言い訳や言い逃れをして一度ひどい目にあったのかなぁ。

 リンカーンもシェークスピアも、いろいろひどい目に遭い、悩んで偉くなったと思うと少しは救われるような気もする。

●論戦に勝つことで、何らかの真理が樹立された例はいまだかつてない。そんなことを信じているのは子供だけだ。

 これを言ったのは、フランスの哲学者のアランという人だそうです。お客さんと言い争い、言い負かしたとしても何も生まれてこないということでしょうか。

 こちらの溜飲は下がるかもしれませんけどね。ただこれは反論のある人はいるかもしれませんね。永田町のあたりでは日夜、論戦が繰り広げられているようだから…。あれだけ論戦しても、何の真理も樹立された例はないと断言されたら少しかわいそう。

 でも、やはりこの名言も鋭いところをついています。確かにお客さんと論戦して勝ったと喜んだ営業マン、苦情処理担当者を何人か知っていますが、今、彼らはどうしているのでしょうか。マジ、どっかへ行ってしまった。偉くなったのでないことだけは確か。

 その後、彼らの足取りはさだかではない。(←木枯らし紋次郎の芥川隆行のナレーションみたいにお読みください

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しゃべる人、しゃべらない人の損得

 いつもはお昼休みの時間にブログを書いていますが、今日は諸般の事情により、夜、書くことになりました。明日はまた、昼休みにアップロードさせていただく予定です。

 さて、先々週の金曜日から足掛け二週間にわたって書き続けた苦情・クレーム処理シリーズ。

 ずっと引っ張ってきましたが、そろそろ一区切りということで、最後に「苦情処理に効く名言」シリーズで締めるつもりです。昔から名言集が好きで、いろいろ読みましたので。

 ところで、名言というのは、古くは紀元前から残っているのもありますね。

 有名なところではソクラテスの「汝自身を知れ」、シーザーの「ブルータス、お前もか」etc…。

 ローマの作家、パブリウスの「最高に到達せんと欲せば、最低から始めよ」なんかは、実に奥の深い言葉だと思います。

 驚くことに、これらは二千年以上前の言葉です。科学技術はめまぐるしく進歩していますが、人間本来の精神性は昔とさほど変わっていないのではないかと思わせます。今見ても、全然古くないですよね。

 腹心の部下に裏切られ、会社を乗っ取られた創業社長は、「○○専務、お前もか」と嘆きそうです。今、この瞬間も、そう言って嘆いている人は大勢いるかもしれません。

 先日、苦情処理法について、「ピンチに陥ったら、下手に口をきくより、「沈黙は金」と考えた方がいい場合もある」と書きました。調べてみたら、「沈黙」についてさまざまな名言があるんですよ。

 たとえば、亀井勝一郎の沈黙の理解があるように、沈黙の怒りや反抗もある。黙っている人を畏れなければならない」

 確かに、人は本当に怒ると黙ってしまうかもしれない。怒りでスーッと血の気がうせて青くなり、じっとこちらを瞬きしないで見つめる人。ホラー映画に出てきそうで、怖い、怖い。

 また、イギリスの評論家・ハズリットは、以下のように言っています。

●「沈黙は会話の偉大な話術である。自分の舌を閉じる時を知る者は馬鹿でない」

 彼が活躍したのは、18世紀。そんな昔に、苦情処理法について含蓄ある意見を述べている人もいるんですね。確かに、失敗したとき、ペラペラ言い訳の言葉をまくし立てるのはかっこいいもんではありません。まさに、「沈黙は金」ということ。

●「心にもない言葉よりも、沈黙の方がどれほど社交性を損なわないかもしれない」

 これを言ったのは、フランスの思想家・モンテーニュ。

●「口に才ある者は多くのことに拙なり」

 これは江戸時代の儒学者・伊藤東涯。口がうまいばっかりで全然役に立たないということを言いたいのでしょう。「口は災いの元」ともいいますから。

 これだけ、「沈黙は金」的な名言を並べてしまうと、明日から口を開くのが嫌になりますね。確かに、世の中、しゃべりすぎる男は軽薄と取られ、嫌われる傾向にあります。

 女性が抱かれたくない男のランキングを見ると、出川哲郎、松村邦洋といった口から先に生まれてきたような男たちが常に上位を独占しています。

 それに対して、高倉健や渡哲也は、沈黙派の代表でしょうか。彼らが嫌いという日本人もまた非常に少ないことは確か。そういえば渡哲也さん。少し前、石原プロのロケ現場で、所属俳優が人身事故を起こしたんですよね。そのとき、被害者に土下座して謝ったというのは有名な話です。

 渡哲也さんみたいな大物俳優に土下座して謝られれば、誰も何も言えないですよね。そしてすぐ、ドラマの制作を中止しました。この処置もまた見事というほかありません。しかもいい訳ひとつ言わずに、今後の対応策を決定しました。まさに沈黙派の面目躍如たるものがあります。

 寅さんで有名な渥美清さんも、プライベートでは寡黙な人だったというし…。

 今盛んにマスコミをにぎわしている元横綱の兄弟。しゃべる弟に沈黙する兄。しゃべる弟は少しかっこ悪い。沈黙する兄に分があるように見えるのは、私だけでしょうか。

 でもなぁ。ビジネスマンは口を開いてしゃべらないと仕事にならないんですよ。とくに営業マンは、沈黙していたら商売上がったりだし…。

 どうすりゃいいんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~

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老化防止に鍼灸は効くか

 昨日は、昭和大学の公開講座で聞いた鍼灸の効用について書きました。今日も、ビジネスの話題からちょっと離れ、健康をテーマに書いてみたいと思います。

 ところで昨日、ブログを書いてから自宅の近くの公園へ行ったんですよ。

2005  写真ではわかりにくいかもしれませんが、日比谷公園ぐらいの広さのある大きな公園です。
 昨日は日曜日ということもあって、大勢の人たちが来ていました。

 高齢の人たちも大勢来られています。なかには、八十歳近いおじいさんがジョギングをしています。車椅子で介助してもらって来られている人もいました。若いときはそれほど大きな違いはないのに、年を重ねるにつれ、どうしてこんなに健康に差がついてしまうのでしょうか。

 六十歳を過ぎた頃から、人間は、健康の大きな分岐点を迎えるような気がします。

 年をとって体の自由がだんだん利かなくなってくるのは仕方のないことですが、できることなら健康でいたい。

 八十歳過ぎても健康で、海外旅行や趣味の時間がもてるのはもちろん、もし若い人に混じって働けるたら最高に充実した人生になるんじゃないでしょうか。

 最近、老化防止についていろいろ考えてます。徐福伝説じゃありませんが、これは数千年前から人類がもっとも興味を持つテーマですね。

 さて、おととい鍼灸の話を講座で聞いていたら、最近、鍼灸は血液をサラサラにする効果のあるということがわかったそうです。
 確かにそうですよね。鍼灸は、昨日のブログで書いたように神経に作用する。とくに自律神経に作用するらしい。自律神経というのは、内臓に命令を伝達する神経です。血管も内臓の一種。だから血管を流れる血流にも好影響を与える。すなわち、鍼灸は血管を拡張し、血液量を増加させるそうです。

 以前、私は成人病予防についての文章を書いたことがあります。いろいろ調べてみて、血管を拡張したり、血液がサラサラになったりということが、すごく健康に大事だということがわかりました。
 脳卒中や心筋こうそくといった成人病は、これらが要因となって引き起こされることが多いからです。

 そもそも血液は、ご存知のように体中に栄養や酸素を運び、かつ不要な老廃物や炭酸ガスを排出する役目をもっています。それを円滑に行うために、豊富な血液の流れが絶対必要。

 これと老化がどう結びつくのか。ここに老化の原因といわれる物質があります。

 それは、テレビの健康番組でも有名な「活性酸素」。これは細胞を傷つける物質とも言われています。

 活性酸素は、体内の細胞や組織などを酸化して、いわゆる 鉄サビのように変えてしまうらしい。活性酸素によって身体の細胞や組織が酸化して変質し、機能が衰え、人は老いていく。まだ学説段階らしいですが、かなり老化に活性酸素が関与していることは間違いないようです。

 たとえば、皮膚のしわ、たるみ、物忘れ、認知症、白内障、関節炎、その他肉体機能の低下全般に…。

 活性酸素をなんとかすれば、老化を遅らせることができるのではないか。

 活性酸素は、血液の流れとも密接な関係があるそうです。たとえば、ストレスなどで血液の流動性が低下したり、一度途絶えたりして、再び血流が再開されると大量の活性酸素が生まれるらしい。

 また、同じ血液量が流れても、流れがギクシャクしていれば、これもまた多くの活性酸素が生まれるとのこと。

 そうか。そうすると、ストレスが多ければ多いほど早く老いるという理屈。では、ノー天気な人ほど、若いということ? 落ち込みやすいA型としては、早くなんとかしなければ人より先に老いてしまいそう。

 そういえば以前、人は気分の持ちようでストレスを感じないですむとブログに書いたことがありました。と、いうことは、気分の持ちようで、本当に肉体的にも若さを保つことができるという理屈にもなりますね。

 鍼灸は、血液の流れを改善し、増大させるそうです。当然、活性酸素の発生が低く抑えられますよね。

 鍼灸院の肩を持つわけではありませんが、一度、鍼灸治療を受けてみたいと思わせる昭和大学の公開講座でした。これからも老化防止、若返りをテーマにいろいろ調べてみたいと思います。 

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鍼灸はなぜ体に効くのか

 昨日の土曜日、近所にある昭和大学の公開講座に出席しました。私の住んでいる区の教育委員会と大学が提携して、毎年、春と秋にそれぞれ2回ずつ、開催するのです。

 先月、「近視と網膜はく離」についてブログに書きましたが、今日はその二回目。病気がテーマの公開講座だけあって、毎回、六十歳以上の人たちがほとんどでした。講師の大学の先生が、うちの学生がこれくらい熱心に講義を聞いてくれればとため息をつくほど、皆さん熱心に話を聞いています。

 昨日は実際に、鍼灸治療の実演も行われて、すごく面白かった。質問のコーナーでは、時間が足りなくなるほど大勢の人が、マイクで質問します。そのすべてが、講座をしっかり聞き、内容を理解していなければできないような質問。やはり日本の高度成長を支え続けてきた年代はやはりすごい。

 私は以前、3年間ほど整形外科医院の事務長をしたことがあります。人手が足りなかったので、事務の仕事以外にも、レントゲンの助手やリハビリの器械のセッティングなどなんでもやりました。門前の小僧、なんとやらで、わりと医学に詳しくなり、暇なときには専門的な医学書なんかも読んでます。一応、医療コンサルティング会社の雇われ社長も兼任していますので。

 そのへんのところで、面白い話もいくつかありますが、いづれブログでご紹介することもあるかもしれません。

 さて、今日は、昨日の公開講座のテーマのひとつ、鍼灸治療について。

 私は鍼灸治療の経験はありませんが、機会があったら一度治療を受けて見たいと思っています。それにしても、前から不思議に思っていたのは、なんで鍼を刺したり、灸をすえて温めるだけで痛みをやわらげるのかということでした。

 つまり、刺激するのは体の表面だけなんですよ。それなのに、筋肉や神経、ましてや内臓まで効くという。不思議だと思いませんか?

 別に不思議ではない。鍼が神経を刺激するからだ? 確かにそうなのですが、次の説明を聞いてう~んと納得しました。

 皮膚と神経は、人間が作られるとき同じところから出発した。今でも密接な関係にある。だから、皮膚を刺激することによって、神経に働きかけることができる。

 人間の体というのは、もともとは受精卵というひとつの細胞でした。その細胞の複製がどんどんコピーされ、約60兆集まって人間の体ができている。しかも、受精卵は細胞分裂して三層構造になるらしい。一番内側が、循環器や血液、骨、筋肉に。その外側が内臓に。そして一番外側が、皮膚や感覚器、神経になるんだそうな。

 皮膚と感覚器、神経は同じところから出発しているんですな。講師の先生は、選挙のとき、候補者が握手戦法をとるのは、有権者の皮膚を刺激し、神経に直接訴えかける効果的な方法だと話していました。確かに、心理学の本にも、同じようなことが書いてあります。

 話を元に戻しますが、その60兆の同じ細胞の集合体が人体なんですって。ここから、からだはどこも同じだという東洋医学の思想が生まれている。東洋医学の診察って、体全体を診ますもんね。そしてトータルバランスを考えて治療する。

 それに対して、西洋医学は、体は部位によって違うという考え方だそうです。そういえば病院は、脳や内臓ごとに診療科が分かれていますね。

 さて、鍼灸は体にどんな効果をもたらすのか? ノートにメモしてきましたよ。

●炎症反応を抑制する。

 たとえば、慢性関節リウマチ。これは、関節の炎症と痛みが次第に全身に全身に広がる一方、進行すると 変形して身体障害がでる病気です。
 鍼灸は、痛みを抑えるとともに、骨の破壊を抑制する効果も実験で立証されたそうです。

 鍼灸って、筋肉痛を緩和するぐらいにしか思ってなかったのですが、関節炎の発症と進行を抑制する効果があるとはちょっと驚きでした。ただ、その作用メカニズムは不明とのこと。もちろん、そのほかの炎症系の疾患にも効果があるようです。

●痛みの信号が脳に上がるのを抑制する。

 痛みというのは脳が感じるもので、その情報が脳へ伝わる道を遮断してやれば、痛みは感じないのだとか。有名な鍼麻酔というのがこれですな。

 以上までは、なんとなく鍼灸に対するイメージの延長線上にあったのですが、もうひとつ興味深い効果の説明がありました。

 昨日の講座では、はっきり言及していませんでしたが、個人的な考えでは、どうやら老化防止にも効果がありそう。NHKの「ためしてガッテン」でやっていた老化防止効果と同じ効果が鍼灸にはあるみたいなんですよ。

 その点について、また明日書きます。

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超こわい上司対策法

 昨日、伊達政宗が豊臣秀吉の苦情をうまく処理した話を書きました。苦情というのは少しこじつけで、本来は権力者からの圧迫というのが正しかったのかもしれませんが…。

 それにしても昔の苦情処理は、大変だったんでしょうね。なにしろ、うまく納得してもらわなければ首が飛びます。命がけの苦情処理。

 でも、今も苦情処理をこじらせて、会社からクビを切られたという例もある。いずれにしても、首の皮一枚を担保にしてやりとりする姿勢は、昔も今も変わらないのかもしれません。

 昨日、伊達政宗のエピソードを持ちだしたのは、私にも似たような経験があったからです。ちょうどNHKで、「独眼竜政宗」をやっていた頃ですから昭和62年だったと思います。その頃は銀行に勤めて、まだ5年目だったでしょうか。上司にすごく怖い支店長がいて、行員たちを恐怖のどん底に陥れていました。

 融資窓口に座っていた私は、一年上の先輩と、支店長を豊臣秀吉になぞらえてよく話をしました。ドラマでは、勝新太郎が秀吉を演じ、すごい威圧感と迫力がありましたので。

 当時の模様をシナリオ風に書きますと…

私   「本日の太閤殿下のご様子は、いかがでございますか?」

先輩  「貴殿の稟議書をご覧になり、かなりご立腹のご様子であった」

 私、おろおろする。

私   「(ゲェッ、やばい)そ、それは濡れ衣でございまする。得意先係の○木さんから頼まれ、あの人の言うとおり稟議書を書いただけでございます」

先輩  「そんな言い訳が太閤殿下に通用すると思っておいでか? あのご立腹のご様子では、よくて遠島。悪くて、切腹は避けられぬやもしれぬ」

私    「(冷や汗)では、逃亡したらいかがあいなります?」

先輩  「殿下のご気性なら、日本全国、草の根分けても探し出し、厳しく吟味の上、打ち首獄門となるであろう」

 私、呆然とした表情。やがて逃げ切れぬとあきらめ、達観した表情に変わる。

私   「致し方ござりませぬ。拙者、覚悟はきめ申した。潔く出頭し、刑場の露と消えるでありましょう」

 私、白装束を着て(着たつもりで)、支店長席へ向かう。そして支店長の前で平伏し、言上する。

私    「太閤殿下のご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じ上げ奉ります。このたびは申し上げたき議がございまして、まかりこしました」

 支店長、鮫のような鋭い目を「私」にむける。どうしてこんな稟議を書いたのか、理由を聞く。

私   「されば、申し上げます。すべては私の一存で、かような仕儀にいたりました。このうえは、いかようなお咎めがございましても、従う所存にござります」

 支店長の顔のアップ。覚悟を決めた悟りの表情の「私」のアップが続く。              

  ここでCM。           

 と、ちょっと誇張して書きましたが、当時の心境はまさにこんな感じでした。でも、先輩とは、ホントに上記の時代劇口調で話してました。いわゆる、「独眼竜政宗ごっこ」。

 面白いのは、自分にとって不利な報告を、以上のように白装束を着たような気持ちで潔く報告すると、意外に怒られないんですよ。 

 だから、ヤバイと思ったらすぐ神妙な顔で報告に行く。するとあまり怒られない。別の先輩は、お客さんからの苦情を支店長に報告しないで処理しようとしたことがありました。しかし、それが発覚。もう大変でしたよ。まさに修羅場。思い出したくないから、具体的描写は割愛しますが…。

 しかし、苦情処理の現場によっては、潔くぺらぺらしゃべりすぎて、かえって揚げ足をとられ、状況が悪化することもある。上記の方法は、苦情が出た直後やまだ発覚していない状態のときには効きますが、追求され、どうしようもなくなってからでは、開き直りと取られる危険性もあります。

 時期を逸してしまうと、逆効果になることもある。苦情処理の現場で、何を言っても悪く解釈されそうなとき、言い訳としかとられそうもないときもあります。

 こんなときは、つぎの法則が生きます。 これが、プラスアルファの苦情処理法、その8。

●ピンチに陥ったら、下手に口をきくより、「沈黙は金」と考えた方がいい場合もある。

 もちろん、ただ黙ってしまうのはダメで、弁解の言葉を100吐くよりも、苦情に至った原因を早急に修復すること。口よりも誠意を行動で示すことが大事なのだと思います。

  たとえば、納入した商品に不備があってクレームがでたら、その日のうちに新しい商品を持ってお詫びに訪問する。新築したばかりの家が、当初の希望とは違う部分があるとクレームが出たらすぐ工事業者とともに訪問して手直しする。そのあとで、じっくり説明するということですね。

 ここのところを書いていると、どうしても以前見た映画を思い出します。内容は忘れましたが、高倉健さん主演の映画で、ダム建設の責任者の役どころでしたか。何かの不手際があって、住民が高倉健さんに苦情を言う。

 健さんは、だまってお詫びするばかり。一言も弁解しない。そして、黙ったまま、苦情の原因をひとりで修復に行くんですよ。かっこよかったなぁ。その姿を見て、住民は健さんに心を開く。

 便利屋さんも、かくありたい。(← 独眼竜政宗から出た流行語「梵天丸もかくありたい」をもじったのですが、無理でしょう) 

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プラスアルファの苦情処理法 2

 さて、昨日仮卒業と言っておきながら、単位不足?で卒業できなかった「プラスアルファの苦情処理法」。今日は第二弾です。

 その前に、昨日ご紹介したプラスアルファの苦情処理法、その7

●自分に不利なことは、前置きなしで、ズバリ用件に入ると、相手はそれ以上攻撃する気になれない。

 …というフレーズについて。

 昨日の夜、いつものようにテレビや新聞をじっくり見ました。いつもながら多くの事件が世間をにぎわせています。自分がわかっていて犯した犯罪は論外ですが、人間だからうっかりミスで起きる事件も結構ある。ちょっとしたミスを犯すことは、誰にでもあること。ただその立場によっては、重大な事件に発展することもあります。

 ただその事件が、さらなる大きな問題に発展するかどうかは、ミスを犯した人間や彼の所属する組織のその後の対応いかんだと思います。

 もしそれが、 うまく隠せそうで、運が良ければ発覚しないかもしれないと思ったら…。

 隠しているのが知れたら大問題に発展しかねない事柄なのに、早い段階で自分の否を認め、いさぎよく謝罪しないケース。いろいろな事件報道を見ていると、人為的なミスよりも、ミスを隠匿しようとして大問題に発展したケースがあまりにも多いことに驚かされます。

 こういう人たちを見ていると、やはり社会的地位が高く、高収入の人が多いようですね。いわゆる失うものが大きい人たち…。

 自分から否を認め、謝罪しても、地位や高収入を失うことになるかもしれません。だからといって、臭いものに蓋をして知らんぷりをしているのが発覚したら、社会的信用まで失ってしまう。

 自分は、失って困るものをそれほど多く持ったことがないからわからないかもしれません。でも、これらのなかで、一番無くすのが怖いのは、社会的信用だと思います。地位や高収入を一時失っても、本人の努力次第で這い上がることも可能です。

 ただ一度失った社会的信用を取り戻すというのは、かなり大変ではないでしょうか。

 よく、身ぐるみはがれて裸で倒産した元社長が、再起して再び成功することがあります。この場合、地位や高収入は失ったものの、社会的な信用は失ってなかった。もちろん取引先や自分の従業員に多大な迷惑はかけたでしょうが、人間としての道義にはずれたことはしなかった。

 会社をひとりで再起させることはできません。社員は社長一人でも、お客さんや取引先、金融機関の職員など、協力してくれる人は絶対必要です。社会的信用さえ失っていなければ、人は戻ってきてくれる。

 ミスを犯したときやビンチに立たされたときの潔さ、正直に自分の誤りを認める姿勢って、結構大事だと思います。

 それに、日本人は、いざというときの「潔い態度」が好きなのではないかと思うのです。

 ちょっと話が本質から外れるかもしれませんが、源平時代以降の武士の一騎打ち。忠臣蔵で、吉良上野介を討ち取ったあと、四十七士の切腹の潔さ。佐倉義民伝etc…。

 私の勝手な思い込みかもしれませんが、伊達政宗が豊臣秀吉に対して行った苦情処理法はまさに完璧だったんじゃないですかね。

 若き日の政宗は、秀吉の再三の上京の指示を無視して、東北地方の土地を侵略していました。当然秀吉の怒りは爆発寸前で、政宗が小田原へやってきたときは周りの誰もが、切腹、よくても領土没収ぐらいに考えていたようです。

 やがて政宗は、どうにか秀吉に謁見させてもらう機会を得ます。あくまで謁見で、裁判の場ではありません。

 ここで、皆さんご存知のように、政宗は秀吉の前に死を覚悟した白装束で現れます。秀吉が沙汰を下す前に、死を持って自分の罪を償うと宣言したのでした。こうまで潔く出た相手に、あらためて切腹を言いつけたら、自分の度量のなさを宣伝するようなものだ。
 …と、秀吉が考えたかどうかわかりませんが、秀吉は政宗が侵略した領土だけ返すようにという大人の解決法を選んだのでした。

 歴史にもし、は禁物ですが、政宗が白装束で現れなかったら、NHKの大河ドラマで「独眼竜政宗」は放送されなかったでしょう。そして主役の渡辺謙も、トム・クルーズと共演できず、バットマンの映画にも出られなかったかもしれませんね。

 政宗の使ったプラスアルファの苦情処理法は、以前お話した、以下の法則ではなかったかと考えるのですよ。

○こちら(政宗)に落ち度があるときは、相手(秀吉)の期待を上回る謝り方をすれば誠意を印象づけられる。

○自分(政宗)に不利な切腹という沙汰について、白装束で覚悟できているということを相手(秀吉)に示し、ズバリ用件(今回の参陣に遅れた罪の処罰)に入ると、自分の責任の強さを相手に訴えられる。

 苦情処理の仕方ひとつで、自分の人生はおろか、歴史を大きく変えることにもつながるのですな。

 苦情処理についてはまだ書けそうなので、明日も続きます。

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プラスアルファの苦情処理法

 先週の金曜日からずっと、「苦情処理でファンを作る法」についてご紹介してきました。

 昔、ビジネス書を徹底的に読んで写し取った「苦情処理」の項目には、まだ触れていないところもたくさんあるのです。でも、ぐちゃぐちゃに入り組んでしまって、あらためて体系的にまとめなおすにはすごい時間がかかりそう。

 いずれご要望がございましたらまたご紹介いたします。明日になるとまた気が変わるかもしれませんが、とりあえずこのテーマは仮卒業ということで。

 それで今日は、昨日からの続きのプラスアルファの苦情処理法についてアトランダムにまとめて書きたいと思います。 

 ところで、昨日は、プラスアルファの苦情処理法、その5、

●反論するときは、質問の形を取ると、生意気な感じを与えない。

 というフレーズを書いたところで終わってしまったのでした。

 そうですよね。人は誰でも、「~しろ!!」と命令されるより、「~したほうがよくありませんか?」あるいは、「~したほうがいいんじゃないの?」と質問の形をとって言われた方が素直に相手の言うことを受け入れやすいだろ!!

 …と、言われるより、「相手の言うことを受け入れやすいのではないでしょうか」と言われたほうが読者の方は、気分いいですよね。言葉遣いは湾曲だけれども、しっかり自分の言いたいことを相手に知ってもらうことができる。相手に受け入れる素地さえ作ってもらえれば、こちらはじっくり理詰めで相手の考え方を変えてもらうこともできるわけです。

 では次にプラスアルファの苦情処理法、その6。

●相手に不快感を与えそうなことは、最初にその旨を断わると、相手の不快感は好感に逆転する。

 たとえば、こっちが忙しいとき、突然携帯電話にかけてきて、相手の都合も考えないでダラダラと話をする人っていませんか? まあ、友達だったら許せるけど、とくに親しくない相手だったら不快ですよね。

 こんなとき相手が、「お忙しいところ失礼します。今、お電話大丈夫でしょうか」と、前もって言われると、突然の電話の不快感は好感に変わることがあります。

 そういえば、何の予告もなしにかかってくるセールスの迷惑電話。まず、「今、お電話して大丈夫でしょうか?」とは聞いてこない。いきなり、自分の言いたいことをまくしたてる。こんなとき、「今お仕事、大丈夫でしょうか?」と迷惑電話のセールスマンが気遣ってくれれば、かなり好感に逆転するんですけどねぇ。

 とは言っても、私だったら、「お気遣いどうもありがとうございます。はい、大丈夫ではありません。忙しいです。それでは失礼」 と、ガチャンと切ることに変わりはないから同じか。

 でも、なかなか礼儀正しい、迷惑電話のセールスマンだったな。と、少しは見直し、その日一日良い気分で過ごせるかもしれない。

 ほかにもバリエーションで、こんな使い方はどうでしょう。相手に不快感を与えるような反論をしなければならないとき…

「もちろん、ご存知だとは思いますが…」 「少し気分を悪くさせるかもしれませんが…」 「釈迦に説法みたいなことかもしれませんが…」 「お怒りはごもっともですが…」

 なんてフレーズを前につけるだけで、その後の相手の受け答えがよくなってくるから不思議です。

 そして、プラスアルファの苦情処理法、その7。

●自分に不利なことは、前置きなしで、ズバリ用件に入ると、相手はそれ以上攻撃する気になれない。

 結構、この法則は、使えますよ。たとえば、仕事でミスったけれでもまだ上司が知らないとき。あるいは、自社の商品やサービスに問題があるのをお客さんが知る前にこちらが知ったときなどにです。

 お客さんも上司もまだ気がついていない。しかし、発覚するのは時間の問題。運が良ければ発覚しないかもしれないが、もし隠しているのが知れたら大問題に発展しかねない事柄には有効かもしれません。

 こういうときは、下手に隠し立てせず、自首したほうがいいです。上司の前に背を伸ばして立ち、神妙な顔で、「申し訳ございません。実は大変な失態を犯してしまいました」とやる。すると、上司は、ただならぬ雰囲気に緊張し、「何をやったんだ」と聞く。

 この時点で上司は心の準備ができているから、何を言っても最悪の事態になることは避けられる。

 お客さんも同じです。上司と二人、菓子折りを持ってお客さんの会社や自宅へ謝りに行く。お客さんはまだ問題に気づいていないから、驚いて、「何かあったのですか?」と聞く。

 そこで、「すいません。誠に申し上げにくいのですが、実は今日伺いましたのは…」と神妙な顔で経過を説明するのです。こうまで正直に、自分の否を認め、いさぎよく謝罪に来ている人には、人間、それ以上、攻撃する気にはなれないのではないでしょうか。

 う~ん。苦情処理の話題は、これで仮卒業といいましたが、結構まだまだ書けますね。やっぱり前言撤回。朝令暮改の典型ですね。

 …と、いうことで、明日も同じテーマで続きを書きたいと思います。上記の方法をさらにグレードアップし、まわりに清廉潔白な人だと思わせる方法。

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苦情・クレーム処理でファンを作る法

 こんにちは。昨日とは違って今日は雨。でも、昨日みたいに一日外回りの日じゃなくてよかった。

 今日、外を仕事でまわっているビジネスマンの方、会社訪問の学生さん、ご苦労様です。

 ところで、昨日の午後、東京中央区新川の路上を歩いていたんですよ。テレビでご存知の方も多いかもしれませんが、「ビル外壁タイルの崩落事故」の現場を目撃しました。その通りは、仕事で必ず月一回は訪れる場所です。ちょうど昨日がその日。

2005   あと、二時間早く訪れたら、巻き添えになっていたかも…。左が、携帯で撮った現場の写真です。

 何でも、雑居ビル(8階建て)の外壁のコンクリートタイル(計約900キロ)が崩れて約10メートル下の路上に落下したのだとか。

 下を歩いていた女性(40)と乗用車に破片が直撃。女性は頭に重傷を負い、車を運転していた男性(53)も急ブレーキをかけたはずみでひざにけがをしたらしいです。

 コンクリートタイルと壁面の接着が不十分だった疑いがあり、警視庁が業務上過失傷害容疑でビル管理会社から事情を聴いている。 (asahi.comより抜粋)

 二時間以上たっても、現場は野次馬で黒山の人だかりでした。(自分も野次馬の一人ですが…)

 それにしても怖いなあ。道を歩いていて上から1トン近いコンクリートが降ってきたら防ぎようがありませんよ。死者がでなかったのが不幸中の幸い。現場を見てしまうと、これから始終上を見ながら歩きたくなってくる。

「上を向いて歩こう」などと、くだらないことを言っている場合じゃありません。(←お前以外誰も言ってないだろ?)

 ビルは築15年ということですが、見た目にはそんなに経っていると思えないほどきれい。とても外壁が崩れそうな建物には見えません。しかもビルの所有者は02年、建築基準法に基づいて3年に1回の定期報告をした際、外壁については「異常なし」と報告していたのだとか。

 詳しいことはまだ調査中らしいですが、どこへ苦情・クレームが行くんでしょうね。でも、責任者は、こういう事故での苦情・クレームでファンを作ってほしくない。人命がかかっている場合は、完璧に、苦情を発生させない姿勢で仕事に臨んでもらいたいものです。

 さて、今日も商品やサービスへの苦情処理法をご紹介しましょう。題して、プラスアルファの苦情処理法、その3です。

●商品やサービスへのクレームは、商品研究、新商品開発への貴重な参考意見として評価すると、お客さんの自尊心を満足させ、うまく解決する場合が多い。

 具体的には、お客さんからクレームがあった場合、商品の入手経路やどこでそのサービスを受けたのか、担当者は? という点を詳しく聞くことです。なるべく上位の階級にある人がお客さんから直接聞き、「申し訳ございませんでした」と深くお詫びする。

 そして、商品開発担当者やサービスの現場部門の責任者とともに、今後の商品開発、サービス開発の参考意見にさせていただきたいと、メモをとりながら熱心にお客さんのクレームについて耳を傾けるのです。

 すると不思議なことに、クレームを持ち込んだお客さんが、彼らとともに新たな商品開発を行っているんだという一体感が生まれてくるんですね

 お客さんとしても、これだけ自分のクレームに耳を傾けてくれた、そして自分の意見が今後の商品開発に生かされるんだという自尊心が満足されるのです。それだけで、クレームを持ち込んだお客さんは、その会社のファンになってしまうというケース。

 しかし、以上はこちらの商品やサービスに問題があったというケースです。しかし実際のケースはそればかりではない。お客さんの明らかな誤解によってクレームをつけるケースもあります。

 自分の誤りに気がつかないで、会社のそれらに腹を立てている。この場合、お客さんが言いがかりをつけていると自分でわかっているケースは別です。あくまで、自分が正しいと信じてクレームを言っている場合。

 この場合、「おっしゃるとおりです」なんて言ったら、こちらが間違っていたと認めてしまうことになります。ここは当然、反論しなければならない。しかしまともに反論したら、また火に油をそそぐことになりかねません。

 お客さんの怒りをかわしながら反論するにはどうすればいいか。次のようにすればいかがでしょう。プラスアルファの苦情処理法、その4。

●反論したかったら、いったん相手の意見を受け入れてからにすれば、反抗的に見えない。

 たとえば、いきなり反論するのではなく、お客さんのクレームを誠心誠意お聞きして、その不信感にいたった経緯を納得した上で、「おっしゃることはごもっともです。当社の製品でご不快なお気持を持たれたことについては深くお詫びいたします。ですが…」

 と、いう形で続ければ反抗的には見えないのではないでしょうか。そして、「ですが…」のあとの反論にも、ちょっとした神経を使うと、お客さんはすんなり反論を受け入れてくれます。それが、プラスアルファの苦情処理法、その5。

●反論するときは、質問の形を取ると、生意気な感じを与えない。

 具体例を書こうと思いましたが、ちょっと今日はまた長くなってしまいました。この続きはまた次回。

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うまい叱られ方の秘密

 今回は久々の深夜ブログです。寄る年波か、今、頭にうかんだことをすぐ書いておかなければ、忘れそうになるのです。明日になったらケロッと忘れているかもしれない。

 そんな恐怖に駆られて深夜、しこしこブログを書くことにしました。 

 さて、前回、苦情処理をする上において、絶対動かせない基本的なステップについて触れました。確認のため、もう一度、ご紹介しますと…

1.まずはじめに、心をこめてわびる。
2.言い訳や弁解をしない。
3.お客さんの苦情の内容を誠心誠意聞く。
4.苦情の内容をしっかり把握し、原因をつかむ。
5.解決策を考え、すぐ行動する。

 …でしたね。そして、こちらに落ち度があるときは、上記の1の部分で相手の期待を上回る謝り方をすれば、誠意を印象づけられ、ファンになってもらえる、と。

 さて今回は、2と3についてのグレードアップした方法について述べたいと思います。つまり苦情をうける姿勢。

 相手が感情的になっているときは、ひとまず相手の言い分を認め、「間」を置くことが必要だと前に述べました。苦情をうけるときは、このように、ひとまず相手の言い分を認めることが大事なんですね。

 要するに相手の言い分を認めるような苦情の聞き方。

 私の後輩に、○田という銀行員がいるのですが、彼はホントに苦情の聞き方というか、叱られ方がうまい。 もう、叱られ方の天才 !!

 彼の場合、お客さんではなく上司から叱られことが多いのです。支店長のデスクの前に立ち、全身を耳にして、お小言を聞いている。(いや、聞いているふりをしている)

 ちょっと猫背な前かがみで、神妙な顔で両手をきちんと前でそろえ、相手の目は見ず、口元をじっと見つめる。一言も反論はしない。ただ黙ってお小言を聞く。そして時折、相槌をうつ。それも半端な相槌ではない。絶妙のタイミングで、首を縦に振り、「おっしゃるとおりです」と全身で、支店長の言葉を心に刻み込もうと努力する。

 彼のそういうしおらしい態度を見て、怒っていた支店長もいつのまにか穏やかな顔になっていきます。そしていつも、「期待しているんだから、今度は気をつけてよ」と最初とは打って変わった晴れやかな顔で、彼を解放する。

 文章に書くとちょっとイメージがわかないかもしれませんが、実際彼の叱られ方、苦情の受け方を見ていると、もう徹底していて、絶対苦情をこじらせないだろうなと思わせるものがあります。

 とにかく反論はしない。そして相手の立場に立ち、相手に誠心誠意、心を耳にして聞く姿勢を伝えること。それだけでも、随分あとの展開が、違ったものになるはずです。

 多胡輝氏の「しぐさ、動作、ふるまいの心理学」という本の中に、叱られ方のうまいテクニックについて次のフレーズがあります。これがプラスアルファの苦情処理法のその2。

●叱責を受けるときは相手の話に反応すること。少なくとも外見上は真剣に聞くそぶりをして、話に合わせてうなづいたり、言葉で相槌を打つことが大切である。

 件の○田君。支店長の前で、なんと1時間でも2時間でも叱られている。でも、お小言から開放され、自分の席に向かって歩いているときには、もう何事もなかったかのようなさっぱり顔。くるっと振り向いた瞬間に頭を切り替えるみたい。

 以前、一緒に飲んだとき、彼にうまい叱られ方の秘訣を聞いたことがあります。

 彼曰く、

「いや、叱られているときは、何も考えていませんよ。小言が左の耳から入って右の耳へ抜けていくだけ。そのとき、ちょっとリズムを感じるんですよ。小言がラテンミュージックみたいに聞こえるんです。その音楽に耳をかたむけ、その調子に合わせて相槌を打つだけですね。気持ちの切り替え方ひとつで、誰にでもできるんじゃないですか?」

 だめだこりゃ。次ぎ行ってみよう!!! (←いかりや長さん風にお願いします) 

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苦情処理でファンを作る法2

 今日からまた一週間が始まりますね。それにしても昨日は暑かった。昨日は、仕事で一日中パソコンの前に座っていたのですが、パソコンが熱い!!!

 私のパソコンは、4年前に買ったちょっと古めのノードブックなのですが、なんでこんなに熱いのだろう。新しいパソコンは、これほど熱くないのかな。

 前に座って画面を見ているだけで、汗がだらだら流れて目に入る。まるでジョギングしているみたい。昨日の夜、体重を量ったら、前日より1キロも減ってましたよ。

 今度、パソコン・ダイエット法という本を書こうかなぁ。興味ある出版社の方、ご連絡ください、なんて。

 さて、先週から書いている「苦情処理でファンを作る法」。今までは、どこのビジネス書にも載っているベーシックな対処法を述べました。

 今日は、それプラス心理学的にアップグレードした方法について書きたいと思います。苦情というのは本来マイナスの側面を持ってます。それがプラスに変わったらすごいですよね。災い転じて福となす。ピンチがチャンス。塞翁が馬。 

 でも、驚くような特別な方法ではないと思いますよ。こと、苦情処理に関しては、「非常識な苦情処理法」なんて存在しない。

 怒っているお客さんにはさまざまなタイプがいます。一人に成功した方法が、他の人に絶対成功するかなんてわからない。下手をすると火に油をそそぐ結果にもなりかねません。苦情処理は、最大公約数の人たちにとって、うまい対応だと思える基本を尊重しつつ、その中でうまくアレンジしてアップグレードしていく必要がある。

 苦情処理をする上において、絶対動かせない基本的な考え方については前回触れました。その延長線上の考え方で、苦情処理には、以下のステップで行うのが望ましいと言われています。

1.まずはじめに、心をこめてわびる。
2.言い訳や弁解をしない。
3.お客さんの苦情の内容を誠心誠意聞く。
4.苦情の内容をしっかり把握し、原因をつかむ。
5.解決策を考え、すぐ行動する。

 この基本線は、苦情処理の王道ですね。これは動かせない。この基本線を維持しつつ、いかにお客さんをファンにしてゆくか。

 まず、1の「心をこめてわびる」。こちら側に落ち度がある場合、不利益をこうむったお客さんは、当然謝罪を受けると思っています。その期待をもって、苦情を申し立てているともいえるでしょう。ここで大事なことは、お客さんがこちら側の謝罪の仕方について期待値をもってみていることですね。

 たとえば、昨日と似たような例で恐縮ですが、ラーメン屋でラーメンを食べていて、中に虫が入っているのを見つけたとき。気にも留めずにそのまま食べちゃう人ってあまりいませんよね。店員に、「虫が入ってるよ」と誰でも苦情を言うでしょう。

 そのとき、「こんな嫌な思いをさせられたんだから、このラーメンは当然、無料だよな」とお客は考える。食べる前だったら、新しいラーメンに交換させ、なおかつ無料。苦情を言いながら、そういう期待値をお客さんは持つ。

 しかし、新しいラーメンを作って出してくれたが、しっかり代金を請求するっていうのはまだいい方で、苦情を無視して、「言いがかりをつけるのか」と何の対応もしないまま代金を請求されたらどうでしょう。

 大声を出して苦情を言う人は大勢いると思います。しかし、たかがラーメン一杯。そう思って、しぶしぶお金を払って店を出る人も多いのではないでしょうか。だけど、顔は平静を装ってても、頭の中は怒り心頭。この恨み、晴らさずおくものか、とさっそくその店の悪口を言いふらすに違いありません。

 それに対して、店主がわざわざ出てきてペコペコ頭を下げ、「本当に申し訳ございません。新しいラーメンをすぐお作りいたします。もちろん今日のお代は結構です。それで、お詫びといってもなんですが…」と、餃子にチャーハンなど無料で追加してくれ、なおかつラーメンの無料券なんかくれたらどうでしょうか。きっと、そのお客さんは目を丸くして、かえって恐縮してしまいますよね。

 すっかりそのお客さんは、ラーメンに虫が入っていた事を忘れ、そのラーメン屋のファンになり、毎週通いだす。そして、あのラーメン屋、なかなかサービスが行き届いてるよ、って周りの人に伝えるかもしれません。

 苦情をいうお客さんは、相手側のミスの程度によって、謝り方の期待値を抱いている場合が多いのです。この場合、謝り方ひとつで、お客さんの苦情後の印象は大きく変わってくる。そこで、プラスアルファの苦情処理法その1。

●こちら側に落ち度があるときは、お客さんの期待を上回る謝り方をすれば、誠意を印象づけられ、ファンになってもらうことも可能。

 これはほんの一例です。「苦情処理でファンを作る法」は、このあとも続きます。

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日本一まずいラーメン?

 今日は日曜日。梅雨も休日なのか晴れですね。しかも暑いです。

 昨日おとといと苦情処理について書いてますが、今日はちょっとコーヒーブレイク、また自爆ネタでお茶をにごそうかと思ってます。

 でも、苦情やクレームと似たような事柄なので、いわゆる番外編かも。

 昨日、ラーメン屋さんの苦情処理について書きましたが、どうしても忘れられないラーメン屋さんがあります。 多分、私の長い人生経験において、一番まずいラーメンだったと思うので。

 場所はちょっとはばかられますが、東京都心の一画。現在IT活動の中心地となりつつある場所の大通り沿いにその店はありました。今から4~5年前の話で、先日その場所へ行ってみたらその店はもうありませんでした。

 私がなぜその店に入ってしまったか。それは立地と店構えの古さです。東京でも有数の大通りに面し、おそらく30~40年は営業を続けてきたであろう威厳がその店構えに感じられました。

 この場所で長い期間、生存し続けてこられたのだから、きっとうまいに違いないと考えたのです。時間は正午近く。店の前の人通りの多さから、店内は混んでいると予想して、私はその店に入りました。

 がら~ん。 えっ?! どうして? お客は一人しかいないじゃん。

 30人近く入れる店内のカウンターに、中年の男性がひとりだけ。それだけでもやめておくべきだったのに、私は訝りつつもカウンターに腰掛け、味噌ラーメンの大盛りを注文しました。せめて普通盛りにしとけばよかったと後で後悔するのですが。

 店主は、60歳ぐらいの親父。私の注文を聞くと、フッと自嘲気味に笑みを浮かべました。そのあと、アベックが店内に入ってきます。合計4名。とうとう私がその店をでるまでほかには誰も入ってきませんでした。 

 都心の一等地にある間口の比較的大きなラーメン屋。しかも昼食時のかきいれどきに、お客がたったの4人ですよ。しかし店内は、そのアベックがしゃべりまくって結構うるさかったです。

 待つこと20分。やっと味噌ラーメンが私の前に姿を現しました。それを見て、絶句。思わず店主を見て、心の中でさけびました。

 麺が伸びきってるじゃん。しかも何これ、どうして味噌ラーメンのスープが透き通っているんだよう!!

 この状態をどう表現したらいいのでしょうか。さすがに大盛りだけあって、量は申し分ない。だけどその量は、麺が伸びた分で大方カバーされている。しかもどうやって作ったら、味噌ラーメンのスープが透き通るの?

 店主は私と目を合わさず、アベックの分のラーメンを作る作業に没頭しています。とにかく私はそれを食べてみることにしました。

 はしで麺をすくい上げただけで、ふにゃふにゃになっているのがわかります。しかもそのスープ。インスタントの味噌汁についている味噌を、基準量の4分の1だけ使って作った味噌汁といったらいいでしょうか。

 今までしゃべりまくっていたアベックのところにもラーメンが行きました。突然、二人は沈黙。店内に、針一本落としてもわかるような静けさが漂います。外へ一歩出たら、車や人々の喧騒に包まれる都心の一等地でなんじゃこの森閑とした雰囲気は。

 かつてテレビで見たカリスマラーメン屋の店主は、お客の私語や携帯電話を許さず、ピリピリとした緊張感が店内に満たされていました。おいしい、まずいの差はありますが、特殊な状況下におかれると、人は押し黙ってしまうんですね。

 ここでマーケティングの有名な定説があります。

●お客さんに不満があっても、直接苦情を言うのは4%にすぎない。後の96%は、ただ怒って二度と来ないだけである。

 自分の場合、あとの96%に入るのだと思います。一杯500~600円のラーメンでいちいち苦情を言っていたのではたまりません。しかし、次の数字は、商売をしている人には致命的な事柄なのではないでしょうか。 

●1件の苦情があれば、同様の不満を持っている人は26人はいると推定される。

●不満のある人は、それを平均10人に話す。13%の人は20人以上に話している。

 経験上思うのは、ほとほどにおいしいラーメンというのは、あまり記憶に残っていないということです。ところが、まずいラーメンは、結構、記憶に残っている。その不満がいつまでも頭に残っていて、かなり時間が経過していても、何かの拍子に人に話すんでしょうね。

 今の私みたいに。ちなみに上記の数字は、インターネットがなかった時代のものです。今は下手したら、1人の不満が数千人に知れ渡ることにもなりかねませんね。

 しかし、救いの道もあります。昨日のブログに書いたように、お店側が苦情に対して適切な対応を行った場合は、次の結果になるのです。

●しかし、苦情を言った人のうち60~70%の人は、苦情が解決された場合、相手と再び取り引きしてもよいと考える。しかも解決が迅速に行われた場合、その比率は96%にまで跳ね上がる。そしてよい噂話として、人に話す

 

 それにしても、件のラーメン屋。何十年も、あんなまずいラーメンを出し続けてきたのでしょうか。土地建物が自分の所有だったら家賃はかからないとしても、どうやって採算を取ってきたのかなぁ。誰も、「まずい」と指摘する人はいなかったのかなぁ。

 いまだによくわからない。謎は深まるばかり…。 

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苦情処理でファンをつくる法

 今日は午後から雨が降るそう。いよいよ梅雨本番になってきましたね。雨の日に家の中で本を読むのは好きですが、仕事だとそういうわけにはいきません。

 この季節が終わっても、次はギンギラギンの夏か…。ふう。いかん、気持ちの持ち方が大切だと先日ブログに書いたばかり。頑張ろう。

 さて、今日も昨日の続きのクレーム処理についてです。

 それにしても、私のブログが、「苦情クレーム博覧会」というブログのキーワード適合度順検索で1位になったとか。へえ~、結構、苦情やクレームってトレンドなのですね。

 それはともかく、クレーム処理の話。

 こちらがお客の立場で、会社や個人に対して苦情を言う場合、一番腹の立つ相手の態度ってどんなものでしょうか。

 明らかに相手が間違っているのに、それを認めない。「こっちは、専門家だ。素人がつべこべいうな」と開き直って、無視するケース。そして、お客の知識不足を専門家が教えてやるという態度。

 結構、腹立ちますよね。

 また、自分に誤りはなかった、またはやむをえない場合だったと必死になって言い訳する姿勢。これも結構、頭にくる。

 お客さんとしては、改めて指摘されなくても、自分が素人だということはわかっているんです。わかっているから、高額な商品を購入したり、サービスをうけたりすることにすごい不安を持っている。

 自分の苦情を、素人の与太話みたいに考えて専門家がうやむやにしてしまうのではないか。ちゃんと対応してくれないのではないか。

 その不安が頂点に達すると、お客さんは激高します。よーするに、完全にキレてしまう。

 あんたじゃ話が通じないからダメ!上司を出せ。いや、それでもダメだ。社長をだせ!!

 …と、いうことになる。たまにお客さんが店頭で大声を出して大騒ぎをしている場面に遭遇することがあります。そうなったらちょっとやそっとではお客さんの怒りは収まらない。

 しかし、お客さんが、いきなり大声を出すケースは、それほど多くありません。ちゃんとその伏線がある。

 それが担当者の最初の応対によってお客さんの不安が増幅し、頂点に達してしまったケース。つまりお客さんにとって、自分が悪者にされると直感した瞬間ではないでしょうか。

 そうならないために、まず考えなければならないことは、次の点ですね。

●苦情処理の初期対応の最大の課題は、お客さんの不安をいかに取り除くか

 それは、お客さんの不満や不安をきちんと誠意をもって伺いますよと、こちらの態度で示すこと。説明のまずさや漏れがあって申し訳ないという姿勢で話すことです。

 そうは言っても、お客さんが激高して手が付けられないような状態で、誠意を態度で示し、わかってもらうというのは難しい。お客さん自身、とにかく頭にきて、まわりが見えなくなっている場合が多いからです。

 そんなときどうするか。お約束の多胡輝氏の心理学の実践書シリーズには相手の怒りをかわす心理術として次のフレーズがあります。

●相手が感情的になっているときは、ひとまず相手の言い分を認め、間を置いてから交渉を始めると、怒りをかわすことができる。 

 苦情処理の担当者を長年勤めてきた人が書いたさまざまな本や話を聞くと、共通して以下の方法がいいと話しています。

クレームのよい対応法 … まず困難な状況を「変える」ことが大切である。

 ○人を変える…  たとえば、苦情の原因となった担当者ではなく、上司が話を聞く。

 ○場所を変える…店頭ではなく、なるべく立派な応接室へ通す。そしてお茶や茶菓子を出してもてなす。地位のある上役が低姿勢で話を聞けば、お客さんのプライドが満たされます。

 ○時を変える…  冷却期間をおく。回答期限を明確に伝え、約束を必ず守る。

 いわゆる「間」をおくということは、大事だと思います。怒り心頭に達しているときは、いくらこちらが反論したい項目があるといっても、それをその場で言ったらこじらせるだけ。

 怒っているときは、論理を受け入れる体勢ができていないからです。その場合、時間をかけて怒りが収まるのを待ったほうがいい。

 お客さんを不愉快な気持ちにさせたのは事実だから、とりあえず謝る。そのうえで、「もう一度十分な調査をした上で、あらためてご報告にお伺いします」と間を置く。

 あとで、菓子折りを持って謝りに行ったら、「この前は、取り乱してすいませんでした」とお客さんから頭を下げられるケースは少なくないのではないでしょうか。

 もちろん、苦情処理の初期対応をきちんとやったからですが…。

 苦情処理の一般論はここまで。この次は、苦情処理のもうワンランク上の「苦情処理でファンをつくる法」について書くつもりです。

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クレーム処理でファンを作る法

 昨日、家へ帰る途中の商店街で、お客さんと電気店の店主が言い争っている光景を目にしました。お客さんは、六十歳ぐらいの男性。「男はつらいよ」に出てくるタコ社長みたいに顔を真っ赤にして怒っている。

 何を言い争っているのでしょうねぇ。

 道行く人たちは皆、係わり合いを避けるように通り過ぎていきますが、必ず興味深そうに振り返って見る。私もそう。ゆっくり歩きながら、何度も振り返ってそのやりとりを見ました。見たいけど、立ち止まってその顛末を遠くから見ているのもなんだし…。

 この喧嘩、俺が買ったぁぁぁぁぁぁ~、というのは時代錯誤。「およびでない?こりゃまた失礼しました」と言いいながら、ずっこけるのはもっと時代錯誤。こういうときの第三者の対応は難しい。

 でも、第三者として確実にいえるのは、商店街のみんなの見ている真ん中で、お客さんと喧嘩しちゃまずいですよ。たとえ理由がどうあれ。

 さて今日は、クレーム処理について書きたいと思います。クレーム処理は、どこの会社でも、プライベートでも、誰もが経験のあることですよね。

 早い話、幼稚園の子供でもやってます。たとえば、○○ちゃんが、別の子のおもちゃを取ったり壊したりしてしまったケース。当然、不利益を被った子は、○○ちゃんに不平を言います。○○ちゃんは、その子の不満に対してクレーム処理をしなければならない。うまくクレームを処理できなければ、先生に言いつけられて怒られる。その子に納得のいく説明ができるかどうか。きちんと誤ればそれですむ場合が多いと思うのですが、子供のことだから大抵こじらせてしまう。

 子供の世界ならまだ笑い話ですみますが、ビジネスの世界ではそうはいきません。昔からのお得意先を怒らせて、取引停止なんてことになったら、担当者は給料カット。悪くすると降格なんてことになりかねない。

 当然、取引停止になる前に、お得意先はクレームの意思表示をしたのでしょう。クレーム処理に失敗して、火に油を注いでしまったというケースは結構あるんですよ。

 逆に、クレーム処理に成功したばかりか、かえってお得意先がクレーム担当者のファンになり、取引が拡大するケースもあります。

 ビジネスでお取引先をもっている方は、最初の取引経緯を調べてみると面白いですよ。結構、大口取引先で、最初クレームが発端になっているというケースは多い。クレームに対して、誠心誠意応えているうちに自分の会社のファンになってくれたんですね。 

 私事で恐縮ですが、私が今取引していただいているお客さんの中にもそういう会社があります。銀行に勤めていた頃からですからもう二十年以上ですか。最初のお付き合いの発端はやはりクレームからです。

 当時は銀行の方針というものもあって、一社だけ特別扱いできないということもあったのですよ。だけど、そんなことはこちらの都合で、お客さんにとっては何の関係もないこと。その頃は絶えず電話がかかってきて、ヒヤヒヤの毎日でした。私も若かったので、何度も通って説明しました。

 結局、「銀行の言うことはよくわからないが、君の立場はよくわかる」と最後は納得してくれました。

 私の会社が創業のとき、その社長さんは助けてくれた一人です。さんざんクレームをぶちまけたから、親近感がわいたらしいです。

 クレームは、お客さんの本音をストレートに表現した形だと思います。だから、それに一生懸命応えているうちに、プライベートでも本音で付き合えるようになる。うまく処理できれば、最高の取引深耕策だと思います。また、本音から出た言葉だから、マーケティングに利用すればものすごい効力を発揮する。

  先日テレビを見ていたら、福井県の商工会議所が中心となって、苦情クレーム博覧会を開催したとか。大手企業の商品開発担当者も注目しているそうです。困ったことに対して、それを改善してくれる商品を開発することは、商品開発の最大のコンセプトでしょうから。

 その話はまた別の機会にして、クレームについて。

 有名な漫画家で、テレビのコメンテイターとしても活躍されている○○氏。彼の奥さんも、すごく怖かった。電話で呼びつけられ、さんざん小言をいわれたことがあります。美人なのに、すごい剣幕で。ちょっとした言葉の行き違いだけだったのに…。

 私は始終クレームを発生させていたトラブルメーカーではないと思います。しかし、一日、何十人も会い、踏み込んだ話をしていれば、数ヶ月に一回、クレームや不満は発生するもの。もちろん最善の注意を払い、クレームや不満を発生させないのに越したことはないですが、どうしても行き違いが発生するケースはある。

 重要なのは、その後の対応ではないでしょうか。クレーム直後の処理の仕方によって、180度、その後の反応が異なってくる。クレームが入った直後というのは、天国へ行くか地獄へ行くかの分岐点といえます。

 そこをうまく乗り切れれば、クレームがなかったより、お客さんから信頼を勝ち得るのも可能だと思います。

 さて、件の有名漫画家さんのその後。おそらくクレーム処理の仕方がよかったのでしょう。あのとき、キレて悪かったと、ご夫婦から自宅へ招待され、サイン入り色紙を何十枚もプレゼントされました。そして、奥さんから手料理までごちそうしてもらったのです。

 今はもう、連絡がとれなくなってますが、その人がテレビに出ているとあのときのことを思い出します。やっぱり、長い間、第一線で活躍するには人格も必要なのですね。

 クレーム処理のうまい方法を教えてくれたのも、多胡輝氏の書いた心理学の実践書シリーズでした。これらの本から得た知識がなければ、大変なことになっていたかも…。

 今まで何度もピンチを切り抜けてこられたのは、これらの本のおかげだと感謝しています。さて、次回はその具体的方法について書きたいと思います。

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私のスランプ克服法 2

 昨日は、私のスランプ克服法としてふたつばかりご紹介しましたが、今日はその続きです。

 スランプには、さまざまな要因があると思うんですよ。自分自身の体調の問題もあれば、気の持ち方の問題もある。気の持ち方に関しては、外部要因が大きいのではないでしょうか。

 つまり、自分のまわりの人たちの問題。この辺がうまくいっていないと、仕事や家庭に大きな悪影響をもたらします。プロ野球でも、チームが優勝目指してひとつになっているチームは、実力以上の力を発揮するのではないでしょうか。それに対して、チームの雰囲気が悪いと、いくら一部の選手が個人レベルで頑張っても結果は見えてこない。

 それだけ、個人の能力発揮に、外部からの働きかけというのは大切なのですね。職場の人間関係の問題についても相当いろいろな本を読みました。そのあたりはいずれ述べたいと思いますが、今日は自分レベルの話です。

 職場の人間関係の悪化によって、深刻なスランプに陥った場合はどうするか。

 これは、昨日も触れた、「仕事に対する考え方を変えてみる」にも関連するかもしれませんが、職場の人間関係の悲劇の当事者と考えると、ますますドツボにはまり込みます。

 昨日の例を思い出してください。尿管結石の激痛で苦しんでいた人が、「人間、どこまで痛みに耐えられるか、ためしてみよう」と気持ちを切り換え自分を客観的に眺めてみた。すると、「本当にキツイときは、気絶する。痛いと感じるときは、それほどではない」ということに気づき、不思議と今までの激痛が、耐えられる痛みに変わったこと。

 私もかつて、職場の人間関係が悪化していろいろ悩み、仕事にスランプをきたした時期があります。そのとき、一歩下がって考えてみたのは、人はどういうシチュエーションで、人間関係が悪化するのかという疑問でした。それをひとつ解明してやろうと思ったのです。

 それで、例の多胡輝氏の心理学のノウハウ物を徹底的に読み漁ったのです。すると、今まで悩んでいたことが、サル山の騒動みたいなことに感じられ、す~っと気分が楽になっていきました。

 おそらく、自分と周りの人たちの関係を、心理学の一般法則に置き換え、自分を客観的に見られたからだと思います。だから、スランプ克服法として、次の点も加えさせていただきます。

●人間関係に悩んだときは、心理学のノウハウ物を片っ端から読む。

 それから以前、このブログで書いた、ストレス解消法ともつながりますが、自分の好きな音楽を聴いたり、汗ばむぐらいの運動をするのも驚くほど効果的です。人間というものは、気分転換がなければ生きてはいけない動物かもしれませんね。

 その意味でもお勧めなのが、次の方法。

●落ち込んだときは、自分より大きなものを見たほうがいい。

 大きいといっても、中途半端に大きいものではダメで、徹底的に大きいものがいいです。たとえば、どこまでも続く山並み、大海原。どんなに自分の悩みが大きくたって、宇宙レベルで考えれば、限りなく「無」ですよ。46億年の地球の歴史からしても、本人が悩んでいる時間は、限りなく「無」に近い。自分の悩みなんかちっぽけに見えるようななるべく大きい景色をみることもいいんじゃないでしょうか。

 最後に、営業に行き詰まったときのスランプ克服法をご紹介しましょう。以下は、世界的トップセールスマンのフランク・ベトガーが、スランプに陥ったとき、彼を立ち直らせた保険会社の社長の言葉です。そのまま引用させていただきましょうか。

●「販売の仕事は、煎じ詰めるとたったひとつの事柄である。それは、『できるだけたくさんの人に面会する』に尽きる。人並みの能力を持っている人だったら、毎日4~5人の人に会って、熱心に話を持ちかけてみるとよい。それだけのことできっと成功する」

 彼が言いたいことは、営業に行き詰まったら、初心にかえって数多く取引先をまわれ、ってことですね。営業のスランプは、あるきっかけで営業に自信が持てなくなり、この先断られることからくる恐怖感からくるのではないでしょうか。

 それでも何でもとにかくお客さんを数多く回る。そういうことを繰り返していれば、必ず色よい返事をしてくれるお客さんが現れるものです。ひとつうまくいけば、自信が回復できます。それさえ取り戻せば、スランプから自然と脱出できるものですよ。

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私のスランプ克服法

 やはり暑くなってきましたね。昨日は、一日中都心にあるお取引先をまわっていました。

 なるべく日陰を選んで歩いたつもりだったのに、家に戻って顔を見ると真っ赤に日焼けしているのです。昔はこの程度では日焼けしなかったのになぁ。

 紫外線が強いのでしょうか。オゾン層の破壊が一層進んでいるのかも。層急に一層のオゾン層対策を世界各国の層意にもとづいて層起してもらいたいものです。

 さて、今日は私のスランプ克服法について書きたいと思います。しかし、何をもってスランプというのでしょう。まわりから見ると別に普通じゃん、と思われるケースもあり、上司から何やってんだと怒鳴られ、ドツボにはまっているケースもある。

 ただ意外と、まわりは本人ほど悩み、苦しんではいないのではないでしょうか。本人だけが、スランプじゃ~と悩み、這いずり回って脱出しようとするが、ますます泥沼にはまってしまうのはよくあることです。

 元巨人の中畑は、いつも、ぜっこうちょ~!!!って言ってました。ああなると、少々打撃成績が悪くなってもスランプだとは誰も思えない。

 スランプとは、まわりから調子が悪いと思われ、なおかつ本人がそれについて思い悩んでいる場合である、と私は勝手に定義します。

 だから、本人が悩んでいなければスランプではない。それが、究極のスランプ克服法ではないか、と。

 私は血液型A型ということもあり、わりと小さなことでも悩むタイプかもしれません。結構、ストレスには弱い。若い頃から、心配事があると眠れないことも何度かありました。それで、そういった性格を改善しようと、いろいろな本を読んで、スランプやストレスの解消法を研究したのです。

 そしてその中から自分なりに、役立つと思って抜き書きしたのが、以下の項目です。

●人間万事塞翁が馬と考える。

 
  
…とにかく、今取り組んでいる物事に対して、全力で頑張る。しかし結果が失敗であってもくよくよしない。災いが福を呼ぶ場合もあるし、福が災いを呼ぶ場合もある。

 確かにこれはありますよ。私の知っているケースでも、人より早く出世して、将来を嘱望されていた人が、まわりの嫉妬から足をさんざん引っ張られるケース。真面目で責任感の強かったその人は、心労から病気になり、五十代前半の若さで亡くなってしまいました。

 トップで出世しなければ、亡くなることはなかったかもしれません。もちろん、その逆のケースもある。

 歴史を見ると、もうホント、塞翁が馬の繰り返しだと思います。ちょっとぐらい良いことや悪いことがあったとしても、その結果は、長期的なスパンに立って見なければわからない場合が多い。ちょっとぐらいのことに一喜一憂しても無駄だと言っていいのかもしれません。

 もちろん、いい結果を目指して最善の努力はする。しかし、その結果に関しては一喜一憂しない。そういった長期的なスタンスで考えれば、ストレスも低減できるはずです。要は気の持ち方ってことですね。

●仕事に対する考え方を変えてみる。

 …つまり客観的にいろいろな角度からものごとを考えてみる。たとえば、仕事にゲーム感覚を取り入れるというのはどうでしょう。

 たとえば、ある人が尿管結石で入院したそうです。この尿管結石の痛みって、人間が感じる痛みの中で、一番キツイ痛みなんだとか。
 さて、その人は激痛の中で、当然ストレスがたまります。苦しみながらも、ちょっとその痛みに対して考え方を変えてみようと思ったそうです。

 それは、「人間、どこまで痛みに耐えられるか、ためしてみよう」と思ったこと。そのとき、感じたのは、「本当にキツイときは、気絶する。痛いと感じるときは、それほどではない」ということでした。そう思ったとき、不思議と今までの激痛が耐えられる痛みに変わったそうです。

 私も同じような経験があります。若い頃、毎日飛び込み訪問で新規取引先を勧誘していたときのこと。
 うまくいく日もあれば、まったく調子が上がらない日もある。二十軒も連続して、けんもほろろの応対で断られれば、今日はスランプじゃ~と、暗くなる。陰気な顔をした営業マンなんて、誰も相手にしません。だからますますドツボにはまる。

 そのとき考え方を少し変えてみました。「どれだけ断られれば制約できるか、ひとつためしてみよう」と。

 その感覚は、自分が悲劇の主人公という主観的立場じゃないんですね。その悲劇の主人公が出ている熱血根性ドラマを、ポップコーンを食べながら固唾を呑んで見守っている観客になったような気分とでもいうのでしょうか。本人は苦しんでても、傍から見て、「今にきっと良いことがある、頑張れよ」って、客観的に応援している立場。

 ちょっと考え方を変えるだけで、気分がす~っと楽になるのですよ。「ちいさいことにくよくよするな」という本が、かつてベストセラーになりましたが、その本の中でも同じようなことを言っています。

 本人の気の持ち方次第で、ストレスを感じないですむらしい。

 このほかにもスランプ克服法はいろいろありますよ。この続きは、また明日書きます。

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お客さんの興味をひくセールスツールとは

 今日からまた一週間がはじまります。それにしてもやっと暑くなってきそう。

 たまたま去年の手帳を見ていたら、6月のところに、「暑い」「すごく暑い」「ここも暑い」「死にそう」「死ぬぅぅぅぅぅぅ~」「もうダメ。今日は死んだ」などというぶっそうな言葉が散見されました。今年もそうなるのでしょうか。

 今年の夏が暑いと、来年また花粉症で今年と同じ地獄の苦しみを味わうことになりますよ。本当に、人の一生は、重い荷を背負って坂道を登ってゆくごときものですな。

 ところで、けやきさんからまたコメントをいただきました。いつもお読みいただき、どうもありがとうございます。とてもうれしいです。気長にお付き合いいただければ幸いです。

 さて、今日はいただいたコメントにも関連いたしますが、お客さんに興味を引いてもらうコツとして、セールスツールのことを書きたいと思います。

 セールスツールには2つあるってご存知ですか? それは…

●会社として考え出すもの
●営業マン個人が提供するもの

 会社として考え出すものは、会社案内や商品パンフレットなどですね。これは会社の考え方や姿勢、関心事を表明するものでどこの会社にもあるはず。

 今日、問題にするのは、営業マン個人が提供するものです。これは、顧客一人ひとりにターゲットを絞ったセールスツール。営業に関しては、この二つを利用して、相乗効果を狙うと効果的ですよ。

 じゃあ、営業マン個人が提供するセールスツールには、どんなものが考えられるでしょうか。

 まず、法人取引先の場合

● 営業面でのサポート情報なんてどうですか?
  

 たとえば、業界動向、同業者の情報、効果のあがる広告手段、売れ筋情報、販売の見込先など、など。 それから、

● 経営に役立つ情報も、社長さんには喜ばれます。

 たとえば、人事関係、ローコストの調達手段なんて。特に経験上喜ばれたのは、以下の記事でした。

●得意先企業自身の記事…これは、地方紙などメジャーではないところで取り上げられた記事で、得意先担当者がまだ気づいていないものだとベストですね。

同業他社、特にライバル企業の記事…こんなものが出てましたよ、と記事のコピーを持っていくと、当然ですけど皆、食い入るようにそれを見て、「どうもありがとう」とすごく感謝されます。

 次に、個人取引先の場合。これは…

●生活が便利になる情報
●奥さんにはご主人の勤務先に関連した記事
●お子さんのいる家庭には教育関連の記事
●健康に関心のある家庭には健康関連の記事
、など。 

 以上のような情報を、新聞・雑誌の記事、広告などから切り抜き、コピーをとってお取引先に渡すのです。

 ただ、こんな面倒くさいこと、お取引先に提供するだけのためにやったのでは長続きしませんよね。私たちは、結構日常生活の中で、いろいろな文章を目にしていると思います。 その文章を読んだとき、「これはお取引先の誰が目にしたらきっと喜ぶぞ」と思ったら、その場で切り抜くなり、コピーをとる。

 これは、常に頭の中で、お取引先と問題意識を共有していなければできないことかもしれませんね。

 そのためにも、常にお取引先のニーズがどこにあるのか、頭に入れておくことが必要です。

 それでも、営業マンの個人技に頼っていたのでは、会社としての取引先対応がバラバラになってしまいます。

 社内に、情報ごとに担当者を分担して設けるのも面白いかもしれません。

 たとえば、業界情報担当、生活情報担当、節約情報担当、経営情報担当、税務対策担当、商品情報担当、広告情報担当、…

 サッカーワールドカップ情報担当、花田兄弟情報担当、ゆうこりん情報担当????

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私の好きな映画音楽ベスト5 (レトロ限定)

 今日は日曜日、三宅裕司のザ・スゲェをラジオで聞きながら、ブログを書いています。さすが、明大落研の出身で、コメディーの脚本までこなす人だからトークが面白い。

 私が毎週この番組を聞いているのは、もちろんその面白いトークを聞きたいためでもあるのですが、一番の理由は、今はやっている歌がどんな曲なのか知ること。流行歌を聴くこと自体、昔から好きなんですけどね。

 日曜日の朝といえば、昔、ロイ・ジェームスがラジオで歌謡曲のベスト10番組をやっていました。中学、高校時代はよく布団にくるまって聴いたな~。だから当時流行っていた歌はみんな頭に入っていて、カラオケでも大抵歌えます。そういえば、当時は、テレビはもちろん映画もすごくよく見ました。映画雑誌の「スクリーン」と「ロードショー」を友人と二人で買い、まわし読みしたりして。

 だから高校時代は全然勉強しませんでした。こんな趣味みたいなことばっかり首を突っ込んでいたから、成績はあまりよくありませんでしたよ。でもやはり中学、高校時代って記憶力がすごいんですね。今でも当時見た映画音楽の歌詞が結構頭に残っています。その当時、英単語や数学の公式でもしっかり覚えていれば、今頃は堅い仕事についていたかも。

 それでも、若いとき、勉強以外の好きなものに熱中できたのは、後悔していませんけどね。ブログのネタに困ったことは一度もないから…(笑)

 …と、いうことで、恒例になりました日曜日限定のベスト5ネタ。(そういえば、日曜日になるとランキングが気になるというのは、ラジオの歌謡曲ランキング番組の影響かも)

 ビジネスの便利屋さんが、青春の熱き血をたぎらせて感動した、知ってる人は興味あるかもしれないけど、知らない人にはどうでもいい、映画音楽の完全自己チューランキング、ベスト5は、以下のように決定いたしました。

 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ…(←ドラムの音?)

●第五位…「思い出の夏」の主題歌。

 この映画、もちろん見たのですがあまり筋が記憶に残ってないんですよ。思春期の少年が人妻に恋をする話という以外は。だけど、物悲しく美しいスクリーンミュージックは頭の中にこびりついてます。冬のソナタの「My Memory」、ゾーンの「secret base」、そして夏がく~れば思い出すの「夏の思い出」に通じるノスタルジックな魅力がありますな。

●第五位…「ボルサリーノ」、「怪傑ゾロ」、「地下室のメロディー」などアラン・ドロン主演映画の主題歌。

 若い頃、かっこよかったなアラン・ドロン。スーツがよく似合う男で。最初に言っときますが、別に変な趣味はないですよ。これといった絶対的な曲はないのですが、合わせ技で五位入賞。フランス映画の曲って、テンポがいい。シリアスな場面も楽しい気分になって、それがまたグッドセンス。 

●第四位…「メリー・ポピンズ」のスーパーカリフラジュリスティックエクスピアリドゥーシャス。

 メリー・ポピンズは見ましたよ。最低、5回以上は見てます。もっともこれを見て英会話を勉強するという大義名分があったからですが。サウンドトラックのレコードもすれ切れるぐらい聞き、中にある曲の歌詞をほとんど暗記しました。上記の歌は、ジュリー・アンドリュースとディック・バン・ダイクがディズニーアニメの中に入って、一緒に踊るシーンで歌われます。意味は忘れましたが、世界一長い単語だとか。(もちろん映画のなかの創作)高校時代、友人とこの単語、発音できる?ってよくやりましたよ。ところが、英会話は今もまったく不得意。挫折の点で記憶に残ってますね。

●第三位…「ロミオとジュリエット」の主題歌。

 ニーノ・ロータの近代まれに見る美しい音楽。映画より前に、映画音楽全集に入っていたこの主題歌に魅せられましたね。それはピアノだけの演奏だったのですが、旋律が心に残ります。映画をはじめて見たのが社会人になってすぐ。新人で、いつも失敗して怒鳴られていた頃、気分転換に水道橋後楽園にある二本立ての名画座で見ました。オリビア・ハッセーが幼くてかわいくてよかった。主題歌はオリジナルではオーケストラ演奏なのですね。となりに座っていたおばさんが、主題歌を聞いただけで涙をポロポロこぼしたのを覚えています。

●第二位…「ティファニーで朝食を」のムーン・リバー。

 これは、レンタルビデオで繰り返し見ました。しかも、オードリー・ヘップバーンが窓辺にもたれ、物憂い表情をうかべながらムーン・リバーを歌うシーンを何十回となく。たぶんその部分だけ、劣化しちゃったんじゃないですか。やっぱり洋画のロマンチックなシーンはセンスがいいなと思ったものです。あれだけ見たのに、今この映画で覚えているのは、そことオードリーがさっそうとティファニーへ入っていくところとラストシーンだけ。あまり記憶には残らないけど、なんとなくいいムードの雰囲気がほのかに残るといった感じの映画でした。

●第一位…「明日に向かって撃て」の雨に濡れても。

 この映画も、劇場、レンタルビデオでもう何度も何度も見ましたよ。もうせりふを全部暗記するぐらい。一風変わったギャング映画、当時はアメリカンニューシネマなんて言われていました。好きなのはやはり、ポール・ニューマンとキャサリン・ロスの自転車の二人乗りのシーン。ギャングなのにやさしい顔をしているポール・ニューマンと可憐な教師役のキャサリン・ロス。その前の重たいシーンから一転して早朝の牧場を自転車で走り回る二人。そこで流れるのが、バカラックの「雨に濡れても」。
 実はこの曲を知ったのは、映画じゃないんですよ。それは札幌オリンピックのフィギアスケートのエキシビションです。銅メダルのジャネット・リンが人気でしたが、銀メダルのマグヌセンもよかった。彼女がエキシビションで、傘をもって出てきたんですよ。何をやるのかと思って見ていたら、流れてきたのがこの「雨に濡れても」。すごいいい曲。映画を見たとき、あっ、あのときの曲だ、っと感動したのを覚えています。一時期長く、携帯の着メロにしていました。またビデオ借りてこようかな。

 それにしても、中学、高校時代のことってよく覚えている。結構、充実した学生時代を送ったのかもしれない。勉強しなくてよかった?

 

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ギブアンドテイクじゃダメ?

 今日は土曜日。だけどオフィスで仕事です。早めに外で昼食をとり、帰りに100円ショップに寄って、ペットボトルのお茶やコーヒーを買いました。

 なんか食べるものも欲しいなと、店内を歩き回って見つけたのがおつまみのコーナー。あまり酒には強くないのですが、おつまみは好きで、それだけでもよく食べます。なんとなく気分で、サラミとチーズを買って帰りました。

 オフィスに戻り、コーヒーを飲みながらサラミでも食べようと、そのパッケージを見て絶句。

 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~、犬用と書いてあるぅぅぅぅぅぅぅぅ~!!!  

 私が買ったのは、ペットコーナーの食材だったのですね。しかし、あの陳列の仕方は人間様のおつまみコーナーとまったく遜色なかった。注意力散漫もよくないが、それにしても…。

 今、私は、人として重大な岐路に立たされています。目の前ににある犬用のサラミとチーズ。すごくおいしそう…。食べても死なないことだけは確か。

 食うべきか、食わざるべきか。じっくり考えて結論を出したいと思います。

 さて、昨日に引き続き、ロバート・コンクリンの『説得力』から。

 この本の中で、私が一番忘れられず、また営業マンとしてだけでなく、人としてこうありたいと思わせる営業法則のことがあるって書きました。たぶん、この本の著者が一番言いたかったは、次のフレーズなんでしょうねぇ。

●あなたが望むものを他人から得るには、他人の望むものを彼らに与えればそれだけ、彼らはあなたに、あなたの望むものを与えてくれる。

 なんか哲学問答みたい。この本は、こんなフレーズでずっと書かれているもんだから読みにくいんですな。言ってることは簡単なことなんですけどね。簡単なんだけど、これを人生の指針として徹底してやり続けることって簡単じゃない。

 よーするに、営業マンがお客さんに、自分の会社の商品を買ってもらいたいなら、お客さんが望んでいることをまずかなえてあげなさいよ、って言っているんでしょう。売る前に、お客さんが望むものを彼らに与えなければならない。その逆ではダメですよ、ってこと。

 そのためには、お客さんが望んでいるのが一体何なのか、知る必要があります。これが本の中で何度も出てくる顧客ニーズというもの。それに応えていくのが、いい営業マンなんだと結んでいます。

 確かに、私の知っているトップセールスマンたちは、方法はどうあれ、皆この要素を持っている。私にかつて保険を売りつけた営業マンは、当時パソコン初心者で、途方に暮れていた私に助けの手を徹底的にさしのべて、契約を結ばせました。プロバイダの設定やインターネットの接続の仕方など、全部、数日にわたって手取り足取り教えてくれたのですよ。

 その間、一度も保険のセールスはされなかったのですが、最後はこちらから、「入るよ。入りますよ」っていう気分にさせられてしまった。

 コンサルタントの大親分みたいな船井総研の船井幸雄氏も同じことを仰ってます。

●「ギブアンドテイク」ではダメ。今は、「ギブアンドギブ」だ、と。

 つまり、お客さんから見返りを期待して営業するのはまだ甘い。お客さんが望むものを見返りを期待しないで与え続けろ、ってことですな。

 まさに、聖人君主! だから、あれだけ大きなコンサルティング会社を作ることができたんだろうな~。

 それはともかく、元総理の竹下登氏の「かしかり帳」も有名な話です。何でも竹下氏は、若い頃から、周りの人たちを助けたり、困っていることに応えたりすると手帳に「貸し」と記入したんだそうな。そして知り合い全員に「貸し」という形になるように頑張ったとか。

 背が低いし、どちらかというと押しが強いタイプでもない竹下氏が総理大臣に上り詰めたのも、「ギブアンドギブ」の精神を貫いたおかげなのでしょうか。

 営業で、このギブアンドギブの精神を使うとしたら、どんなことが考えられるでしょうか。

 私は、上記の人たちほどすごくはないですが、それでもいろいろ考えてやったことがあります。

 たとえば、ギブアンドギブの精神を理解してくれるお客さんだと思ったら、

 ●お客さんの会社の業界情報や景気動向、近隣情報などのお得情報を持ってゆく。

 ●困っていることがあれば相談に乗る。

 ●記念硬貨が出たら銀行に並んで両替し、持って行く。

 ●取引先の企業を紹介する。

 ●プライベートの旅行へ行ったときのお土産や会社の粗品を持って行く。 など。

 ポイントは、すぐ見返りを求めないということですね。たとえば、どうしても深耕したいお客さんの場合、6ヶ月間、そのお客さんは営業するのをやめようと思う。そしてその間ずっと、上記のことを行って、恩を売り続けるのです。

 最後はお客さんの方で不安になってくるみたい。そして機が熟したと思ったら、その会社を訪問する。そして、社長さんに、

「今日は、社長さんに折り入ってお願いしたいことがあって参りました。実は…」

 と、真剣な表情でお願いするのです。そのときの社長さんたちの顔は、心なしかほっとした表情だったのを覚えています。

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「確実にセールスに成功する法」ってホント?

 昨日のブログで、営業マンは、お客さんのバイイングポイント(買う理由)を見出す感度を磨くことが大事だと書きました。そのためには、お客さんにタイミングよく質問し、ニーズを把握すればいいのだ、と。

 そして、ロバート・コンクリン(ゆうこりんじゃないですよ←しつこい。知らない人はネットで検索してみよう)というトップセールスマンの書いた『説得力』という本の中に、この効果的な方法が紹介されているとも触れました。

 さて今日は、この『説得力』という、かなり昔ですが全米で大ベストセラーになった本についてご説明しましょう。

 この本をひとことで言いますと、トップセールスマンのノウハウものですな。しかしかなり学問的です。だから結構読みづらい部分もある。読むのが早い私でも一週間以上かかった記憶がありますから。でも、ここに紹介されているエピソードは、著者の長年の経験から導き出されたものでとても興味深いですよ。

 この本の中で面白かったのは、昨日のブログで紹介した「確実にセールスに成功する法」です。これは著者の成功体験から導き出されたひとつのノウハウですね。

 著者は不動産会社のセールスマンをしていた頃、お客さんと売りに出ている家を一緒にまわって営業したのだそうです。そのとき、お客さんのニーズを聞き出す、もっとも効果的なセールストークが次のフレーズだったとか。

●「どうしてこの家をお買いにならないのです」

 なんじゃこれは、と思われる方もいるかもしれませんね。でもよく考えてみると、お客さんを前にして、こういう質問の仕方をする営業マンは多くないと思いますよ。

 一番多いのは恐らく、「この家をお買いになりますか?」という問いかけでしょう。もちろんこんなストレートに聞くことはないでしょうが、大体このバリエーションの中で営業している。いわば想定の範囲内。

 この本の中で著者は、こういう聞き方は、「はい」か「いいえ」の答えしか引き出せないと言っています。すなわち、それだけではお客さんのニーズがどこにあるのかわからない。

 ところが、「どうしてこの家をお買いにならないのです」という聞き方は、相手の感情と思考、そしてお客さんのその家に対する正直な感想に対して直接訴えかけている

 …と、言うんですな。そして、この聞き方は、さわやかで、誠実で、そして具体的な頼み方であるとも書かれています。

 同じ方法を他の不動産会社の営業マンに伝授したところ、一年間で成果が三倍になったとか。また、生命保険の営業マンもこの質問でお客さんのニーズを聞き出してセールスしたところ、大成功を収めたそうです。

 逆に言うと、いかに営業マンは、お客さんのニーズがどこにあるか知らないまま営業しているということかもしれませんね。

 確かにこの質問をして、お客さんが答えてくれた内容を徹底的に聞くことはとても大切なことだと思います。そして、そのニーズを満たす対応策を、お客さんと一緒に徹底的に考えてあげる。このポリシーは、いま流行の「提案営業」にも通じるものがあるんじゃないでしょうか。

 自分の例で言うと、やはり使えますよ、この方法は。さんざん営業して、お客さんが迷っているとき使うと結構グーです。困ったちゃんのような顔をして少し笑いながら言うと、大抵のお客さんは迷っている理由を言ってくれます。

 そこで、「ああ、なるほど。確かにおっしゃる通りですね」と言って、大げさにうなづき、「大変参考になります。もっとお聞かせいただけませんか」とさらに促します。うまく相槌をうちながら神妙な顔をして聞き入っていると、とうとう本音を話してくれます。

「買ってもいいけど、この点がネック」とか「買いたいんだけど、ずっと昔このメーカーの別の製品が故障して困ったことがある」など。

 このあたりの本音は、もうバイイングポイントに直結していますよ。その部分さえクリアできれば、もう買っていただけたも同然。持てる営業能力のすべてをその部分に注ぎ込み、一気にお買い上げに持っていくことも可能です。

 やっぱりトップセールスマンの経験から導き出された理論と法則は使えることが多いですね。 

 ロバート・コンクリンの『説得力』にはもうひとつ、忘れられない営業法則が書かれていました。これは、デール・カーネギーの「人を動かす」にも同じことが書かれていて、営業マンだけでなく、人としてこうありたいと思わせるものです。

 その点については、また次回…。

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お客さんに商品をたくさん買ってもらうためには

  今日の昼ごはんは、約一ヶ月とちょっとぶりに松屋へ行きました。松屋とともに生きてきた私が、なぜ、こんなブランクをあけてしまったのか。

 この理由を知りたい方は、こちらをクリックしてお読みください。大した理由ではありませんが、心の整理がつくまで若干時間を要したのです。 

 今日食べたのは、スープカレー。流行の最先端から少し遅れつつも、積極的に追随するあたり、吉野家とは一線を画するものがありますね。

 辛いだろうなと思いつつ、食券を購入したのですが、やっぱり辛かった。うまいけど辛い。汗はもちろん、鼻水、涙まで出てきましたよ。水を何度もおかわりし、やっと食べ終えたころには全身虚脱状態です。

 そこへ店内のスピーカーを通して流れてきたのが、冬のソナタの名曲、「My Memory」。グッドタイミングで、冬のソナタの名シーンの数々が脳裏をよぎりました。やっぱり松屋はいいなぁ~、また来ようと、またあの変なおやじが現れる前に店を出ました。

  さて、前回、前々回と、商品を売るためにもっとも大切なことは何かというテーマでブログを書きました。それは、営業マンが自分の売る商品、サービスに愛着を持つこと。つまり、その商品にほれこんだ営業マンが、自分の言葉でその商品のいい面をお客さんに説明することです。

 かつて、近代の広告理論の元を築いたコピーライターのジョン・E・ケネディ(大統領ではありません)は、こんなことを言っています。

●人に多く買ってもらうためには、人々になぜそれを買ったほうがいいのか、という理由を与えることである。

 つまり、お客さんがその商品を必要である場合は、それを買ったお客さんの生活なり仕事なりが大いに改善される。そのことをお客さんによく納得させるというのが、営業の重要なポイントである、と。

 ぶっちゃけた話。お客さんになぜそれを買ったほうがいいのかをわかったもらう。買う理由を、お客さんに与えるということですな。

 お客さんが買う理由というのは、もうホント、さまざまです。それはお客さんが自分で気づいている場合もあるし、自分で気づいていない場合もたくさんある。それというのも、人間の精神構造にもともと大きな違いがあるからです。

 ここでまた、お約束の多湖輝氏の心理学の実践書シリーズには、「国民性の違い」として、次のような例があります。

○アメリカ人…外向型。開放的、ざっくばらん、人懐っこい、気軽に打ち解ける。

○ドイツ人…内向型。威厳を繕う、形式ばり、閉鎖的、とっつきが悪い。

 つまり、アメリカ人は、他人に立ち入らせたくない「私的な領域」が狭いのに対し、ドイツ人は広いから、上記のような国民性の違いが現れる。しかしドイツ人は、はじめはちょっととっつきにくくても、一度、「私的な領域」の中に入って深く交際するようになると、たちまち肝胆相照らす仲になるらしい。

 これと同じように、お客さんといっても、アメリカ人型、ドイツ人型、そのほかの型、さまざまな人がいるわけです。当然、商品を買う理由も全部違う。

 そのため、顧客ニーズを把握することが営業にとってもっとも大事だとよく言われますね。これに反論する人はいないでしょうし、皆、頭ではわかっている。わかっているんですけども、実際、営業の現場で見ていると、会社で商品開発したときのデータ。または、営業マン自身の興味や価値基準をそのままお客さんに押し付けている場合が結構多いんです。

 たとえば、エアコンを買おうと思って電気店へ行く。すると販売員がやってきて、音が静かでさまざまな付属機能のついた新商品を勧める。買いに来た人は、エアコンが静かだといっても家の周りが騒音だらけであまりその点には興味がない。いろいろ聞いてみたいんだけど、あんまり突っ込んで質問すると無理やり買わされそうでためらうというケース。私だったら、とにかく安くて値ごろ感の商品って決まってますが、あまりあからさまにそれを言うのもはばかられ、結局、別のディスカウント店でよくわからないまま買い、あとで後悔ということも結構ありました。 

 人ははそれぞれ価値基準が違います。どこを突けば、お客さんは商品に興味を示すのか、いろいろ広く突いてみる必要があります。そのためにはお客さんの話をよく聞くことが大切ですね。

●お客さんのバイイングポイント(買う理由)をいち早く察知し、そのバイイングポイントを徹底的に攻めることが営業の最短距離である。

 そのために、営業マンは、バイイングポイントを見出す感度を磨くことが大事である。でも、そんなこと、一朝一夕に磨けるもんじゃない。

 お客さんにタイミングよく質問し、ニーズを把握すればいいのだと言う人がいます。ロバート・コンクリン(ゆうこりんじゃないですよ)というトップセールスマンの書いた『説得力』という本の中で紹介されている。これがあまりにあっけなくて、しかしそうかも、と納得する方法なのですよ。

 今日は、スープカレーの食べ過ぎで胃がもたれ、苦しいのです。この続きはまた次回…。 

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商品を売るためにもっとも大切なこと2

 皆様、月末はいかがでしたか?

さて、今日から6月。テレビを見ていたら、ノーネクタイでワイシャツの第一ボタンをはずしてもかっこよく見える「クールビズ」が、これから夏場のトレンドになりそうだとか。

 これって、夏場、外回りの営業マンには大歓迎でしょうが、果たして根付くのかな。かつて、半袖スーツという省エネルックを流行させようとして、かえって逆行させてしまった苦い経験が、我々の一個上の世代はあるはず。当時の羽田首相の省エネルック、かっこ悪かったもんな~。

 自社内だけで仕事する社員は、まわりを不愉快にさせなければもともと何を着たっていい。訪問する人だって、「郷に入りては郷に従え」のことわざ通り、カジュアルな会社なんだと思って自然に受け入れられる。

 問題は、社員全員、ガチガチのスーツできめている会社に、「クールビズ」で営業マンが訪問できるか、っていうことですな。昔銀行に勤めていたとき、窓口には、ジーパンにサンダル履きでお金を預けにきていた喫茶店のマスターが、お店の改装資金を借りに融資窓口へ来られたことがあったんですよ。そのときはバリバリの背広姿。さすがにジーパンにサンダル履きで、融資の依頼はしにくかったみたいです。そこで、十年ぶりにスーツを着たのだとか。やせてた頃作ったスーツみたいで、すごく苦しそうでした。でも、スーツ姿ばかりの人たちのところへ、カジュアルな格好で頼みごとをしに行くのは、すごく抵抗がある。

 営業で他の会社を訪問するときも同じ。

 何度も書いてますが、営業は第一印象が大切です。新規訪問の場合、お客さんは、たった十秒間のうちにこの営業マンの話を聞こうか、やめようか、おおよその判断をしてしまう。

 その判断基準は、営業マンの顔つき、服装、言葉遣い、雰囲気といった第一印象に大きく左右されるんでしたね。営業訪問の勝負は一瞬にして決まる、と言っていいでしょう。そしてその営業マンが発する商品説明も同じです。

 前回のブログで、自分の売っている商品を十秒間でお客さんに説明できるか、が重要と書きました。

 それを言ったのは、営業活動を理論的に洞察した研究で有名なエルマー・ホイラーという人です。それに関連して、彼は、以下のようなことも言っています。

●商品についてのすぐれたアイデアを、十秒で話せるようにせよ。できるだけ言葉を少なくする工夫をすることが、もっともよいアプローチを生む。

 商品についてのすぐれたアイデアって、何でしょう。このフレーズが書かれていたのは、ダイヤモンド社の「営業幹部の『名言』スピーチ」(ビジネス『名言』勉強会編)という本でした。

 ところで、この本も、私の仕事に役立ちましたね。元トップ営業マンや作家、評論家、経営学者、歴史家、武将などさまざまな人たちの名言が、仕事にからめてつづられています。ただ、具体的な方法はとくに示されていません。販売力を強化する、訪問活動の達人を育てる、顧客対応が自由自在になる、顧客の満足を勝ち取る、などの観点から、名言を発した人たちのオリジナルな成功法則のヒントだけが、名言とそのエピソードを交えて語られているだけ。だからこれを自分の仕事の中で活かそうと思ったら、オリジナルな方法を模索しなければならない。

 でも、これって当然ですよね。世の中には、功なり名を遂げた成功者の書いた「成功法則」がごまんとあります。しかし、それを真似するだけで誰でも成功するかと言えば絶対そんなことはない。手軽にできて、すぐ成功できる「非常識な」方法なんてのもありますが、それを真似して、傲慢に振る舞い、転落していった若い人を何人も見ましたよ。

 一流大学で経営学を勉強した人が、大学へ行っても経営のノウハウを取得できないと言うのと同じ。確かに大学へ行っても、経営の実践論は理解できません。しかし、若い時期、金儲けと関係ない学問をいろいろ勉強し、ビジネスの利害関係のない友人を作り、クラブ活動で好きなことをとことんやる時間が持てる、というのはやっぱりどっかで生きていると思います。

 要領よく金儲けをして、日夜、お金のことばっかり考えて生きている社長さんもいますけど、ほかにも魅力的なことは世の中にたくさんあるはず。そういう生き方を否定する気はもちろんないですが、それを知らないで人生を終わるのも、なんだか侘しい。って、思いませんか?

 以上、「負け犬の遠吠え」でした。ジャン、ジャン。

 …と、話がそれてしまった。

 よーするに、商品についてのすぐれたアイデアを、十秒で話せるようにすることが大事なんですよ。

 そのすぐれたアイデアって、受け取るお客さんによって、一人ひとり全部違うのですが…。

 ちょっと今日はまた話が横道にそれてしまいました。昼休みも終わり。この続きはまた次回書きます。 

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