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ドツボにはまった人を勇気づける法

 こんにちは。

 今日はまず、以下の問題から。

 

(問題)投身自殺をする人が、履物を脱いで飛び込むのはなぜか。

(答え)はかない人生だから…。

 ハハハハハハ…

 上記は、多胡輝氏の本に出ているブラックジョークです。

 本編の欄外にジョークのおまけまでついているのですよ。

 初版が昭和49年。30年前のジョークですが、なかなかいけてます。

 ところで、投身自殺するほどではなくとも、それと同じくらいドツボにはまっている人は、今のストレス社会、少なくないですよね。

 周りの人もそうですが、いつ自分もドツボの海底深く沈んでゆくかわかったものではない。

 こうなったら、専門家にカウンセリングをうけるのがもっともいい選択肢でしょうね。カウンセリングを受けるほどではなくとも、その手法の一端を知っておいて損はないかも。

 …ということで、このカウンセリング。

「終わりよければすべて良し」的な対応の仕方をすることが多いそうな。

 私はカウンセリングのことはわからないのですが、普通、楽観的なことばかり言っても、疑い深い現代人は納得しないと言います。

 当然、悲観的な話や見方もカウンセリングの中に出てくる。

 この場合、まず楽観的な見方、次に悲観的な見方という順序の話し方は極力避けるべきだと言います。

 極力、「悲観的な見方」→「楽観的な見方」という順序の話し方に徹するべきだと。

 それはなぜか。

たとえば、「ブログを続けるのはとても難しいだろうけど、君なら大丈夫だ」と言うのと、「君なら大丈夫かもしれないけど、やはりブログを続けるのは難しいよ」と言う場合。

内容的にはまったく同じことを言っていても、心理的というか、受ける印象はかなり違いますよね。

なんとなく、後者はブログが続けられないような気になってくる。

同じ内容の言葉でも、その末尾が楽観的なものであれば、楽観的な見方が、受け手の頭の中に残るとか。

そういった言葉を意識的に繰り返して言うと、受け手の心の中に希望的な気分が少しずつたまって行って、勇気が湧いてくるそうです。

 人を勇気づけるには、悲観→楽観という順位のフレーズを繰り返すことである。

またこれと関連して、以下の言葉もドツボにはまった人を勇気づけるとか。

 人を絶望から立ち直らせるには、二者択一をせまる言葉が有効である。 

 本には、倒産寸前で顔の青ざめた経営者、受験に失敗した学生、妻に逃げられた夫など、絶望に打ちのめされた人たちから相談を受けたとき、彼らを絶望の淵から生還させるための言葉として紹介されています。

 たとえば…

「今、あなたには、二つの方法しか残されていません。この際、すっきりあきらめてしまうか、あるいは、何かを意思決定して行動するか、どちらかに決めなさい」

こういうふうにカウンセラーから言われると、人は「あきらめます」とはなかなか言えないものらしい。

「よし。もう一度頑張ってやってみよう」ということになって、這い上がるきっかけをつかめるのだそうです。

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やる気にさせる指導法

  こんにちは。

 昨日テレビでサザンオールスターズの特番をやっていました。コンサートライブの模様と桑田さんへのインタビューが同時進行する。

 やっぱりいいな、サザンは…。

 曲のよさはいまさら言うまでもないことですが、年を経るに従って、桑田さんの歌がうまく丁寧になっていくような気がしました。もちろんノリの部分の爆発力は健在ですよ。

 デビュー当時は、完全に大学の学生サークルみたいな感じでしたね。当時ライバル視されていた世良正則&ツイストは最初からプロのようでしたが、サザンは勢いだけでやってたみたいなところもありました。

 デビュー曲の「勝手にシンドバット」のタイトルだって、「勝手にしやがれ」と「渚のシンドバット」をくっつけただけですから。

 そのサザン。デビュー当時はいろいろな新人賞にノミネートされ、授賞式に出るんですよ。ああいうバンドって、俺たちは賞のためにやってるんじゃない、と辞退するのが普通だった。

 だけどサザンは出る。短パンにトレーニングウェアスタイルで…。

 当時はアイドル全盛で、演歌の新人もノミネートされる。当然、授賞式では浮きますよね。しかも、最優秀賞は取れないから、まったくかっこ悪い。

 スポットライトの当たる受賞者の脇にたたずむ場違いな格好の若者たち。

 でもそれにめげずに何度もノミネートされる授賞式へ出る。

 受賞できないのはわかっているし、出ても完全に浮いてるから出なければいいのにと思いました。またデビュー当時は、ラジオ番組に自分たちの曲をかけてもらうため、メンバー全員ではがきのリクエストを書いていたそうです。

 これまたかっこ悪い。

 でも、かっこ悪いことを繰り返していると、いつの間にかすごくかっこよくなっていくのだと、昨日テレビを見ながら思いました。

 当時のバンドで、今も第一線で活躍しているのは、サザンのほかにはほんの一握り。

 なんかその辺に、生き残りの秘訣のようなものが隠されているような気がします。

 …いかん。今日はサザンの話だけで終わってしまう。その話題の続きはまた日を改めて、遅ればせながら本題へ行かせていただきます。

 さて、先週からの続きの「人をやる気にさせる方法」。

 子供の頃、いい先生に出会って、勉強や体育にやる気が出たっていう人は多いのではないでしょうか。

 実業家や研究者、スポーツ選手の半生記が好きでよく読むのですが、子供時代、自分の将来を左右するような先生との出会いが書かれているケースが多いですね。

 そういう先生って大抵、ほめ方がうまい。

  以前、「やる気にさせるうまいほめ方」でも書きましたが、勉強やスポーツをすることが楽しく好きになるようなほめ方をする。

 最初はそれほど勉強ができるわけでも、スポーツが得意なわけでもなかったかもしれません。しかし好きこそものの上手なれということわざ通り、朝から晩まで集中して取り組んでいるうちに、いつのまにか第一人者になっている。

 そういうやる気にさせる先生のパターンがあるらしい。あまり見たことはないのですが、NHKのBSでやっているBS演歌塾なんかはこのパターンですね。

 たとえば、出演者の素人がまず歌う。すると審査員の先生(名前は度忘れしましたが)が、まず「大変お上手です。よくできていました」とほめる。(第一段階:賛辞)

 そして、「ただ、最初の出だしとさびの部分をこうすれば、もっとよかったですね」と審査員の先生が模範例を示す。(第二段階:指摘)

 最後に、「あなた、なかなかいい線いってますよ。これからも頑張って練習してください」と励ます。(第三段階:激励)

 有名な作詞家や作曲家の先生から、このような形で指導されると、やる気が出ますよね。素人の出演者の顔を見ていると、もうホントに生き生きとしていて明日からカラオケで練習しまくるぞという気迫まで感じます。

 その番組。最後に一番上達した人が、プロモーションビデオの演歌歌手みたいに自分が指導を受けた曲を歌うシーンがあるんですよ。

 いつもテレビでプロの演歌歌手の歌を聴いているこちらとしては、決してそれだけほめられるほどうまくはないと思います。

 でもきっと、今回を契機にもっともっと練習を重ねて、いずれはプロの歌手としてデビューする人もいるんじゃないかという気もしました。

一流の先生にほめられたという事実は、何にも変えがたい自信となりますよね。これからものすごく真剣に、歌のレッスンに取り組むに決まってますから。

この点について、多胡輝氏の「言葉の心理作戦」には、以下の記述があります。

● 暖かい感化的な言葉で包まれた情報は、人を発奮させる力を持つ。

上記の演歌道場の審査員の講評の仕方は、ちょうど暖かい感化的な言葉で包まれた情報なのだと思います。

 たとえば、「大変お上手です。よくできていました」と「あなた、なかなかいい線いってますよ。これからも頑張って練習してください」が暖かい感化的な言葉。

「ただ、最初の出だしとさびの部分をこうすれば、もっとよかったですね」は、指摘、いわゆる批評という冷たい情報ですね。

その冷たい情報を、暖かい感化的な言葉で包むことによって、出演者に、批評に対する拒絶反応を起こさせないように、「よし、もう一度頑張ってレッスンしよう」という気持ちにさせるとか。

審査員の先生の批評が、出演者の目標である「歌をもっとうまく歌うこと」に転化するわけだそうです。

う~ん。山口百恵や森昌子がデビューするきっかけとなった「スター誕生」という番組の審査員は、もっと厳しかった気がするけど…。

でもあの番組の場合は、一流のスターに即なるという目標が明確だったし、ちょっとくらい厳しいことを言われたくらいで断念するような根性がなければプロにはなれないわけだから、あれでよかったんですかね。

きちんとほめていた審査員もいましたから。

それにしても、小学校時代の私の図工の先生もまさに、演歌道場の審査員の先生のような人でした。

そのときは、相当絵に打ち込んだんだけど…。

やっぱり才能もありか?

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自信を失っている人にやる気を出させる法

こんにちは。
 
 昨日の夜はすごい暴風雨でした。自宅で仕事をしていると、窓ガラスにバサッ、パサッと水しぶきがかかります。

 地鳴りのような響きが遠くの方から聞こえ、それに混じって救急車のサイレンが…。

 あまりにうるさいのでイヤーウィスパーをしたら、やっと落ち着いて仕事をすることができました。そしていつのまにか、深い眠りの中に…。

 嵐の晩にぐっすり眠れる幸せを満喫したのですが、絶対いざというとき逃げ遅れますね。

 窓をひとつ閉め忘れて、雨がものすごい勢いでふきこんでいたのに気がつかなかった。あのものすごい音は、近くで異変が起きていたのか。

 灯台下暗し…。

 それはともかく、このブログでは今まで何回か、ドツボにはまっている人に自信を取り戻す方法を書いてきました。

 やはり人にはいろいろなタイプがあります。

励まそうとして、「頑張って」と言ったところ、「今までこんなに頑張ってきたじゃないか。それなのにもっと頑張れと言うのか」とますますドツボの海底深く沈み込んでしまう人もいる。

今日ご紹介する方法は、即効性はないけれどもジワジワ効いてくる、漢方薬のようなやり方でしょうか。体質改善とまではいかないでしょうけど…。

もうかなり昔の話ですが、ある作家は、スランプに陥ると深夜、二階の窓を開け放って、「俺は天才だ!」と大声で三回叫んだそうです。

昔、テレビである洋画を見ていたのですが、やはりこれと同じような光景を目にしました。

主人公のボクサーが最強のチャンピオンに挑戦する試合の前、ロッカールームの鏡で自分の顔を眺めながら、「お前は強い。お前は強い。絶対勝つ、絶対勝つ、絶対勝つ」とつぶやいているのです。

これは皆さんご存知の一種の自己暗示。自分を励ます技法としてよく使われています。

このやり方は、自信を失っている人に使うこともできますよね。いわゆる他者暗示。

ボクシングはプロレスほど詳しくないのですが、ボクサーとトレーナーが練習しているとき、「そうだ、その調子。いいぞ、お前は強いんだ。絶対勝てる」とよく励ましているシーンはイメージできます。

作家とボクサー。以上ふたつの例をここで挙げましたが、共通する点は何だと思いますか?

そう、繰り返しです。

ここで例によって、多胡輝氏の「言葉の心理作戦」には以下のフレーズがあります。

●「簡単な言葉」の繰り返しが人にやる気を出させる。

なんかたいしたことなさそうな気もしますよね。

でも簡単ではっきりした言葉を繰り返し、ストレートに相手に伝える方法を直接暗示といって、意外な効果があるそうです。

自分の意図が相手にわかっているから、最初はなかなか相手にされませんが、この繰り返しがじわじわと相手の心に影響を与えていくのだとか。

たとえば、ある語学教材にこの手法が取り入れられて成果をあげているらしいのです。

その語学教材のCDの各項目の最初の部分に、以下の声が入っているとのこと。

「僕は今年、××大学に入学した○○です。このCDを二ヶ月で完全に修得いたしました」

 この教材を聞いている人はどうなんでしょう。××大学ってあの超一流大学。スゲェー嫌味に聞こえるんじゃないですか? 当然自慢しやがってと不愉快になる人もいるでしょう。

 だけど、それを我慢して十回も聞いていると、別に気にならなくなるらしい。次第に意識下に影響を与え、いつの間にか自分も二ヶ月で覚えられそうな気がして、やる気が出てくるそうです。

 この方法は、社内でドツボにはまっている部下や同僚を励ます場合にも使えますね。

 繰り返し、ストレートに表現する。

 相手に自信を持たせ、やる気にさせるには、努力を惜しまず、同じ言葉をストレートに繰り返すこと。

 どんな言葉がいいんでしょうね。

「大丈夫、君ならできる。今は少し、踊り場にいるみたいだけど、絶対できる。僕が保証する。いつかきっと大成すると信じてる」

 …なんて、どうでしょう。

 そういえば、私も会社に入ってすぐドツボにはまった時期がありました。そのとき上司の言った言葉が忘れられませんね。

  ことあるごとに、上司は私に以下の言葉を繰り返したのですよ。

「大きくジャンプする前は、誰でもいったん大きくしゃがまなければいけない」

 最初は、正直、たいして気に留めていなかった。

 しかし、何度も繰り返されると、今の自分は大きくジャンプする前の状態だと思って、頑張る気分になったから不思議です。

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ひとことで州知事になる言葉の魔術

 こんにちは。

 みなさんご存知のように現在、台風11号が接近中。

 今夕にも紀伊半島~関東太平洋岸上陸の恐れ(読売新聞)とか。東京も結構雨が降っていますよ。

 これから大荒れになるのでしょうね。そういえば、昔、こういう大荒れの天気の日に張り切って得意先を訪問する営業マンがいましたっけ。

 わざとずぶ濡れになって、「ひぃぃぃぃぃ~、すごい天気で参りました」と髪の毛から水を滴らせながら言う。

 そう来られたら、普通の人は邪険にはできませんよね。

「こんな天気の日も、営業するの? 熱心だねぇ」と同情まじりのお客さん。

 ちょっとここで雨宿りしてったら?と言われ、延々と粘って商品を買ってもらったとか。

 いつもは別の来客があって商談が途切れることがあっても、こんな日は誰も尋ねてきませんから、まさに独壇場。

 でも今はどうなんですかね。

 そんな人情話は今は通用しないっす、と知り合いの営業マンが言っていました。

 インターネットをはじめ、お客さんはいろんな情報を知る機会が増え、よりシビアにメリット、デメリットを分析するようになったみたい。

 人と人とのつながりも、よりシビアにメリットデメリットを分析してどうしようか決める、ということにならなければいいのだけど…。

それはともかく、目下の人をやる気にさせるには、言葉で身分の逆転をはかるとよいという昨日の話。

それに関連して、多胡輝氏の本に面白いエピソードが書かれているんですよ。

かつて、アメリカの州知事選挙に、兄弟が出馬して争ったことがあったそうです。

兄弟で同じ椅子をめぐってよく立候補したものだと思います。仲のいいときの若乃花と貴乃花が、千秋楽で優勝をかけて戦うようなもの。

それはともかく、兄は、赤ん坊にキスしたり選挙民と握手したり、幼い子をかわいがる愛情あふれる候補者というイメージをつくることに成功した。

これに対して弟の候補は、派手なジェスチャーをしなかったそうです。

しかし演説会場で演壇に立つと、ポケットを探ってから聴衆に向かって、「どなたか一本。たばこを恵んでいただけませんか」というのを常とした。

結果は、弟の大勝利に終わったそうです。

選挙民たちは、えらい政治家にめぐむことができたということで、弟を熱烈に支持したのだとか。

ふ~ん。今だったらどうでしょうね。嫌煙家たちからの不支持で、立場は逆になっていたかもしれない。

それはともかく、社会的に下位だと思っている人は、上位のものに対して劣等意識をもっている。

「めぐむ」という言葉には、上位の者が下位の者にものを与えるという意味があります。

だから、この言葉を上位の者が下位の者に使うことによって、一瞬にしてこの関係を逆転させることができたのですね。

それにしても、「恵んでください」と言っただけで、州知事になれたのか。言葉の力ってすごいですね。

この言葉の魔術。

以前、ブログで、職場で部下のやる気を引き出す方法として次のポイントを書かせていただきました。

● 人をやる気にさせるには、命令形より疑問形のほうが効果ある。

昨日お話ししたように、部下が反抗的になるのは、上司の態度や命令の仕方によるものが多い。劣等感をあらためて思い知らされるのは誰でも嫌ですからね。

職場で、部下をやる気にさせながらうまく誘導するには、命令形より疑問形にしたほうが抵抗少なく受け入れられやすいのです。

この疑問形も、「~したらどうか」「~したほうがいいと思うよ」と押し付けがましい形にしないことがベターですね。

そのほうが、サスペンション状態が強まり、部下への心理的インパクトが強まるとか。

またこういった疑問形も、部下についてよく知らせければ効果が薄くなるそうです。

上司から思いがけない質問を浴びせられたとき、「え~!? さすが上司の○○さん。よく見ていてくれるんだなぁ」と部下に対する効果が倍増するらしい。

そういえばこの疑問形。

かつてNHKで、タイトルはど忘れしましたが、長崎奉行を主人公にした時代劇がありましたね。確か、小林捻侍が遠山の金さんの父親役で登場した…。

細かな設定は忘れましたが、ドラマの中で、長崎奉行が身分は低いけれど気位は高い女性に頼みごとをするシーンがありました。そのときの言葉遣い。

それは、「~してくれぬか」という頼み方。

これも一種の疑問形ですね。

小林捻侍のお奉行様が微笑みをたたえながら相手の目をじっと見ながら言うと、さしものはねっ返りの女性も、「仕方ないわねぇ」という顔でうなずいたのを覚えています。

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目下の人をやる気にさせる法

 こんにちは。

 更新は、2日ぶりですね。なんか夏ばての影響が出ている今日この頃。

 それにしても昨日は参りました。

 むしむしする都心を汗を拭きつつ歩き回っていると、突然の豪雨ですよ。もうびしょ濡れ。

 カバンを頭の上にかざしながら、やっとのことで地下鉄の入り口までたどりつきました。なんか拭くものなかったかなとカバンの中を見て、はじめて傘があったことに気づく。もう最悪…。もうボロボロっす。

 仕事もいっぱいあったので、ブログを書くのは少しためらわれ…。

 こんなことではいかん。もう一度初心に戻って頑張ろうと思っております。

 先週からの続きの「人をやる気にさせる法」シリーズ、さっそく行きますよ。

 今日は、目下の人をやる気にさせる法。

 

 上役から仕事を命令されるとき、なんか嫌だなとか、ときにはムッとするシーンってありますよね。

 たとえば、「ビジベン君、ちょっと来たまえ」と上司からお呼びがかかり、上役のデスクの前に呼び出されるとき。

「なんかまたヘマをやったのかな」とビクビクしながら、上司のところへ行く。

 すると、ドサッと書類の束を渡され、「この仕事を明日までにやっておくように。いいね。明日の朝9時までに私に必ず提出すること。もし、遅れたら大変なことになるからな」

 …と、さも部下が上司の命令を守るのが当然と言わんばかりの傲慢な態度。

 さすがに温厚なビジベン君もムッとする。

 だって今日の夜は、明日の午後に提出しなければならない仕事のために残業する予定だったのだから…。

 その仕事を命令したのもあんたでしょう。決して仕事は遅い方じゃないけど、物理的に無理っスよ。

 さすがにキレて、もろ肌脱ぎ、「やいやいやい、てめぇ、何様だと思っていやがる。この遠山桜にかけても、理不尽は許さねぇぜ」と、傲慢な上司をひっとらえ、お白州に座らせて、百叩きの刑を命じられたら、…気分いいだろうなぁ。

 これにて、一件落着~!!

 …なんてことのできないサラリーマンの人たちはつらいですよね。こんな経験がある方は多いと思います。結構頭にくるシチュエーション。

 でもなぜ、こんなに頭に来るのでしょう。

 仕事を命じられるのは、給料をもらっている以上当たり前のことなんですよ。

 忙しいというのも、会社にとってその仕事が重要であり、やらなければならないものだとわかれば、徹夜してでもこなすことには仕方ないと思える。

 頭に来るのは、上役が上役風をふかせる「役割言葉」である場合が多い。

 社内で下の人間は、上の人間に対して常に劣等意識を持っていますからね。そのことは、もう十分痛感している。

 それなのにあえて、神経を逆なでするような上役風を吹かせる上司は、傷口に塩をなすりつけるようなもの。

 あまのじゃくでなくても、反抗的な態度をとりたくなる。

 反抗的な部下が多い職場は、「役割言葉」によって、上役風が風速50メートルぐらいの暴風雨となって吹き荒れているのではないでしょうか。

 じゃあ、どうすればいいか。

 この点について、多胡輝氏の「言葉の心理作戦」という本には、以下の解決法が記載されています。

目下の人をやる気にさせるには、言葉で身分の逆転をはかるとよい。

 つまり、上役の「役割言葉」が問題で、部下が反抗的な職場は、その「役割言葉」を逆転させてやればいいということ。

 たとえば、部下に対しては、必ず冒頭に、「頼みがあるのだが」という言葉を使ってから本論に入る。

 一見、なんでもないことのようですが、これを日常的に続けていると、やる気のなかった社員が発奮し、反抗的な部下が素直になったと本には書かれています。

 人は、劣等感が優越感に変わったとき、非常にやる気が出るといいます。

 これと関連する話ですが、昔時代劇を見ていた頃、お奉行様が町のチンピラに対して頼みごとをするシーンがあったんですよ。確か、「遠山の金さん」だったかな。

 このチンピラ。チンピラだから当然反抗的ですよね。直前まで奉行所の役人に悪態をついている。

そこへお奉行様が登場し、「実は、おぬしを見込んで頼みたいことがあるのだが、引き受けてくれぬか」って言ったんですよ。

その言葉を聞いたとたん、そのチンピラが従順になり、「へい。あっしでお役にたつことでしたら、何でもやらせていただきますぜ」。

あまりの態度の変化に驚きましたが、不自然には見えなかった。

自分も、お奉行様からああいう風に頼まれたら、感激して同じことを言ったでしょうから。

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営業にやる気を出す理由を考える2

こんにちは。

 昨日、知り合いの社長さんから突然ケータイに電話をもらったんですよ。

 その社長さん、知る人ぞ知る有名人で、テレビや新聞にもたまに出ています。たしか七十八歳。十年近く前に仕事を依頼されたことがあってからの知り合いです。

 いきなり、「ちょっと相談したいことがあるんだけど、来られるかな。新しい事業を思いついたので意見を聞かせて欲しいんだ」と切り出しました。

「はい。どちらへお伺いすればいいのですか?」と場所を聞き、唖然。

 都内の病院じゃないですか。驚くべきことに、数日前に自宅で倒れ、救急車で運ばれたとのこと。点滴の状態のまま、病院の公衆電話からかけているそうです。

 何でも、一時は意識不明となって危険な状態だったとか。

「昏睡状態のとき、儲かる新規事業のアイデアを思いついたんだよ。これ絶対うまく行くと思うから、ちょっと手伝ってくれないかな」

 すぐには言葉が出てきませんでした。

 すごい事業欲。朝から晩まで儲けることを考えている人でしたが、ここまですごいとは…。

 営業についても、独創的な考えを持っています。 

 見た目も若い人だし、その執念なら、あと最低20年は現役できますよ。生きがいを持つことの重要さを再認識いたしました。

 さて、おとといから続けている営業にやる気を出す理由。私のほうは今日で打ち止めになりそうですが、ほかにもありましたらどうぞ教えてください。

 それでは行きます。    

● 営業の知識は、あらゆる人間関係に応用できる知識である

 上記の名言は、営業活動についての明解な洞察力に富んだ分析を行ったトップ営業マンのエルマー・ホイラーの言った言葉です。

 「ステーキを売るな、シズルを売れ」というマーケティングの格言でも有名なトップ営業マンですね。 

 彼は、営業マンはお客の心の動きを常に読み続ける。つまり人間を十分に観察している人間学の大家であり、優秀な心理学者であると言っています。

 トップ営業マンで「あんな嫌なやつはいない」などと言われる人はいません。嫌な人間から商品を買うお客などいないからです。

だから営業マンは逆に、自分の商品を売ろうと思ったら、人間関係の機微をわきまえるために必死に勉強し、いつも相手の立場に立って物を考えようとします。

トップ営業マンほど仕事を離れた分野でも実に多くの友人がいるといっていいでしょう。

飛び込み訪問などキツイ仕事を切り抜けてきた人ほどどんなに偉くなっても腰が低く、皆から好かれるものです。

● 営業マンは社長になるための勉強をしている

 創業社長で成功している人はほとんど、優秀な営業マンと言っても過言ではありません。

たとえば現在総合セキュリティー企業で有名なセコム創業者の飯田亮氏は、社員4人(営業2名、ガードマン2名)で会社を創業し、自ら一日中ガードマンの派遣契約を売り歩いたそうです。

それでも当時、自分の会社の警備を他の会社に依頼すると言う発想自体がなく、毎日20軒以上会社を飛び込み訪問してもまったく相手にされなかったそうです。はじめて契約できたのは3ヵ月後だったとか。

現在一流大企業に発展した同社からは信じられないようなエピソードですね。

 松下電器創業者の松下幸之助氏が、大飛躍のきっかけとなったのは二股ソケットの開発でした。その頃の松下電器は、会社とは名ばかりで、3畳一間に土間しかなかったそうです。

だから若い頃の幸之助氏が自分の自転車の荷台に二股ソケットを積んで問屋へ営業に行っても、零細企業だと馬鹿にされ、全然相手にされない。月々の支払いに追われ窮地に陥り、もう会社はやめようと思ったそうです。

その頃、営業に行っていたある会社から、「これだけプラスチックの加工ができるなら扇風機のハネもできるだろう」と大量の下請けの仕事が入ったとのこと。

幸之助氏は後年、あの時の注文がなかったら今の「松下電器」はなかったかも知れないと話していました。

営業に走り回っていたからこそ、新たな展開が生まれたのですね。

 またアシックス創業者の鬼塚喜八郎氏は、自分の会社で作った運動靴を履いて、日本全国のスポーツ洋品店を飛び込み営業してまわりました。多くの店主との雑談の中から、新商品開発のヒントを得たと言います。

 これだけ良い商品を開発したのにどうして売れないのだろうとぼやいている経営者の方がよくいます。

 よく話を聞いてみると、営業にあまり力を注ぎ込んでいない場合が少なくない。

極論かもしれませんが、たとえ売れない商品であっても、営業マンが誠心誠意努力していると別のところで何らかの突破口が生まれてくるもの。

またお客さんとの話の中から、商品の改善のポイントや新商品開発の発想が生まれてくるものですね。

 経営者や上司は、自分の会社の営業マンに対し、以下の理由から「営業マンは将来社長になるための勉強をしているのだ」と営業に誇りを持ってもらうことが大事だと思いますよ。

● 営業マンは目標達成のため努力し、精神を鍛えられる       

● 営業で苦労すれば人間関係がうまくなる

● 営業を経験していない社長は、一番ポイントとなる営業をする人間の気持ちを理解できない

技術畑出身であっても、社長になったら自社の製品の売り込みの先頭に立たねばならない場面が必ず来る

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営業にやる気を出す理由を考える

こんにちは。

 暑いですね。暑いと書くと余計暑くなるから書くのをやめようと思うんだけど、やっぱり書いてしまう。

 頭がフリーズしてしまって、暑いという言葉しか出てこないですよ。

 内勤の方は、クーラーが効き過ぎて夏は嫌だと言う人もいると思います。でもやっぱり一番困っているのは、外回りの営業マンじゃないでしょうか。

 少しでも歩くと汗が吹き出す。いくらクールビズといっても、涼しそうなノーネクタイは、ギンギンにクーラーが効かせてあるお役所の窓口だけ。

 公園の木陰で息も絶え絶えになって倒れこんでいる営業マンをよく見かけます。

 こう暑くては、やる気が出ない人も多いかもしれない。

 まあ、暑くてやる気が出ないケースは肉体的な要因ですが、精神的な要因でやる気が出ないのは困りますね。なんとかしなければ、症状は長引きそうです。

 …ということで、昨日お話しした営業マンが営業にやる気を出す理由にはどんなものがあるか、について考えてみたいと思います。

 その前に、私だけの意見かもしれませんが、わりと営業担当の上司って、成果のあげ方や成果の管理の方にばかり目が行きがちになるのではないでしょうか。

 たとえば、どうしたら飛び込み訪問で断わられないか、パンフレットの出し方やクロージングの仕方はこうしろ、など。

 成果の管理だったら、ノルマの設定、ノルマの達成状況の管理などですね。

 もちろんこういう仕事は、会社の営業にとって必要不可欠なものであるということを否定はしません。

 ただその前に、部下、とくに営業の初心者の部下に対してやるべきことがあるのではないか。

 それは、なぜ会社の仕事として営業をしなければいけないのか。営業の仕事は、これからのキャリアアップ、人生設計においてどのようなプラスを君たちにもたらすのか、ということ。

 それをしっかり部下に教えないで、営業にやる気を出せ!と強制するのはちょっと酷かもしれませんよ。

 給料や成功報酬がアップするのはもちろん大きな魅力ですが、それは一時的なもの。

 もっと長い期間、人生レベルで、営業という仕事がどのようなプラスを営業マンにもたらしてくれるのか。

 そのことを知り、心の底からやる気になったとき、初めて営業マンは本当の能力を発揮できるのだと思います。

 私は、以下のような点を営業のメリットとして考えたのですが、もしほかにございましたら教えていただければうれしいです。

 とりあえずそれを箇条書きにしますと…。

● 企業は営業で成り立つという事実

営業は、会社を支える重要な仕事であるという誇りを持つことが大切ですね。営業活動がなければ、お客さんの需要を掘り起こすことがいつまでたってもできないからです。

 前にもブログに書きましたが、IBMの創立者にワトソンという人がいました。彼は世界最高のセールスマンと呼ばれた人物ですが、「販売なくして会社なし。セールスに誇りを持て」と常々言っていたそうです。

● 売ることは価値の創造である

 いくら技術者が素晴らしい商品を作っても、お客さんの手に渡り、使用され消費されなければ価値は生まれません。営業マンがお客さんに売ってはじめて、モノに価値が生まれるのです。

 いわば営業マンは、会社に価値をもたらすとも言えるのではないでしょうか。

● 会社で認められるには、営業の仕事が一番手っ取り早い

 営業は成績としての数字がはっきり出ます。実力のある人間にとってこれほど自分の能力をしっかりアピールできる職種はないでしょう。他の仕事は、実績が数字では計りにくいので、上司によっては自分の能力を正しく評価してもらえない場合があります。

● 営業できれば、食いっぱぐれがない

 自らも一流の営業マンであったリコー創業者の市村清氏は、「会社がたとえ潰れたって売る力を持っていたら困らない」と営業マンを鼓舞したそうです。

昨日も書いたように、確かに求人情報誌、ハローワークなどの求人案内を見ると、営業・販売員の募集が圧倒的に多いですし、賃金水準も他の職種より高いところにあります。

また求人条件の年齢も不問としているところが多いようですね。営業能力に磨きをかけたほうが、難しい資格の取得に時間をかけるより、よっぽど食いっぱぐれがないとも言えるのです。

● 自分の才覚と行動で天下のあらゆる階層の人に会える

 雑誌に超一流の保険セールスマンの記事が出ていましたが、彼の顧客は国会議員から歌手、俳優、一流企業の社長まで幅広いものでした。努力とバイタリティとキャラクターから人脈を広げ、顧客を開拓したそうです。とても他の職種では、これだけの人たちに会うのは難しいのではないでしょうか。

また営業で得た人脈は生涯使えます。そして、自分が営業で出会った一流の人にいろいろ教わることもできるメリットがあるのです。

営業にやる気を出す理由は、明日も続きます。

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営業マンがやる気を出す理由を考える

 こんにちは。

 2日間、お休みをいただきました。別にどこへ行ったというわけではなく、相変わらずバタバタと東京中を走り回っていました。

 ところで、今日も暑いですね。

 昨日、日本橋へ行ったのですが、まだ働いているビジネスマンの数は少ないような気がしました。

 今日も、電車でそれほど多くのビジネスマンの姿は見かけませんでしたよ。

 まだ巷では、お盆休みの会社が多いのかなぁ。

 さて、今日は久しぶりにビジネスの話題に戻りたいと思います。

 お盆前の話題の「人をやる気にさせる法」の続きです。

会社の中で、一番やる気を出してもらわねばならない部署は? という質問を会社の社長や役員にすれば、どんな答えが返ってくるでしょうねぇ。

いろんな回答があると思いますが、おそらく営業だ、という答えが多く返ってくるのではないでしょうか。

もちろん新商品開発や財務、企画など、企業にとってどれ一つやる気がかけると支障をきたす部署はたくさんあります。

ただやる気は、営業の成果に直結しますよね。営業は一種の攻めです。守りに入ったら、とたんに成果が激減。だからもっともやる気が問われるのが、営業だと言っていいでしょう。

ところが、この営業。一部の例外を除いて人気がない。新聞広告の募集欄を見ていただければわかるように、つねに営業マンの募集広告が紙上を賑わしています。

今は多少景気が回復してきているようですが、あの平成大不況のときだって営業マンの募集広告が求人欄に満載でした。しかも、結構年齢不問、なんていう求人も営業にはある。

ハローワークへ行ってみると、今はよく知りませんが、一時期求職者であふれ返り、求人票のファイルを取り合って喧嘩している人たちもいました。何を取り合っているのだろうと、私も好奇心旺盛だから近くへ寄っていき、

「ちょっと、ちょっと、喧嘩はやめねぇかい。どうだい、この遠山桜に免じて、その取り合ってるファイルを見せてくれねぇか?」

もろ肌脱ぎで啖呵を切り、ファイルを覗き込むと大抵、「事務」とか「作業員」の求人でした。

そのファイルを喧嘩している二人に返し、

「じゃ、失礼するぜ。しっかり喧嘩してくれよ」( ←もちろんウソですよ。遊び人の金さんをやってみたかっただけ。本編とは関係ありませんので念のため

 それはともかく、「営業」の求人票を取り合って喧嘩している人たちは見なかったですね。

 なぜ営業は敬遠されるのでしょうか。

誰も営業の重要性に異を唱える人はいません。あとでも述べますけど、商品やサービスの仕組みを作っただけではお金にはなりませんよね。それを売ったり、仕組みを広く世間に知り渡らせたりする営業マンがいて初めて、企業に利益が出る。

営業は企業にとって、必要不可欠なもの。

ただなんとなく嫌だから、とか、人に頭を下げたくないからとか、営業に対する悪いイメージが先行しすぎているような気がします。

それでもまだ大企業は問題ないんですよ。会社のブランドで、「是非、営業をやりたくて志望させていただきます」と大勢の志願者が集まる。

大企業でも自分の営業能力をアピールすれば、採用の可能性が高まりますから。(もちろん営業をやりたくて志望する人も大勢いらっしゃると思いますよ)

逆に言うと、志望者が多く集まる大企業といえども、ホントに営業力のある人は少ないということになるのでしょうか。

 中小企業にとって、優秀な営業マンの確保に頭を悩ましているところは多いと思います。

もともと営業という職種は、最も重要な職種のひとつである反面、最も敬遠されやすい職種であるともいえます。

自分の会社の商品やサービスが市場に浸透していない中小企業にとって、優秀な営業マンの確保は死活問題。

それなのに高いお金をかけて人材を採用しても、2,3日で「やっぱり自分は営業に向いていないと思うから辞めます」と言われたのでは目も当てられない。

 何度も転職を重ね、もう営業職しか残っていない、仕方ないから営業でもやるか、と言った「でもしか」営業マンは結構多いと聞きました。

自分の会社の「でもしか」営業マンに、営業に対するマイナスイメージをなくし、プラスイメージへ転化させることってすごく大事なことだと思います。

営業マンの営業へのインセンティブを高めることが、企業発展のターニングポイントになるといってもいいでしょう。

次回は、営業マンが営業にやる気を出す理由はどんなものがあるか、考えてみたいと思います。

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司馬遼太郎の「この国のかたち」について考える2

こんばんは。

今日は終戦記念日。…なのですが、昨日と今朝、頑張って仕事したおかげで、AM10:00頃から夜まで時間的余裕ができました。

これは出かけるしかないと、お盆期間中、はじめての仕事以外の外出。

突然、ポッカリ時間が空いたので、どこへ出かければいいのか、まったく予定が立っていませんでした。

駅まで行って、切符を買おうとして、ふと思い立ったのが、埼玉県の大宮です。もう連想ゲームですね。

私の頭の中に、「お盆」というキーワードをインプットして、出てきた場所がなぜ埼玉県の大宮なのか。

とても懐かしく思いで深い場所なのですが、今回はその理由とは違います。

いまそれをここで書くと、「終戦記念日にお前はいったい何をやっとるんじゃ~」と怒られそうなので、その理由は明日書きます。

でもちゃんと正午には、大宮の氷川神社の境内で黙祷を捧げましたよ。テレビや新聞ではさかんに戦後60年を取り上げていますが、街の雑踏を見る限り、風化しつつあるのは避けられないような感じがしました。(←お前もだろ!)

さて今日は、この時間になってしまいましたが、戦後60年企画ブログの最終回です。

ところで司馬氏の著作の中で、太平洋戦争を扱ったものはあったでしょうか。今取り上げている「この国のかたち」のようなエッセイやコラムを除いて、小説では記憶にありません。

自ら戦争へ行き、いろいろ苦しい経験もされているのだから、さぞ素晴らしい長編小説が書けるだろうと思うのですが、案外どっぷりと生々しい現場を見てしまうと書けないのだとどこかで聞いた記憶があります。

「坂の上の雲」は、日清日露の戦争を題材にしたものですが、明治時代だと歴史小説だと割り切って、寝転がって読むことができる。しかし太平洋戦争を題材にしたものだと、とても寝転がって読む気にはなれない。居ずまいを正し、正座でもしないと読んでいて申し訳ない気分になります。

太平洋戦争は、過去の歴史というよりは我々にとってまだ近すぎます。政治や経済のようにいろいろな意見があって、それぞれ論争があるように、まだ歴史観として確立されていないような気がします。

司馬史観というものが、我々にとって一番なじみやすく、わかりやすいものである以上、それをベースにし、それに反する意見も含めて自分なりの戦争観というものを作り上げていければいいですね。

…と、長々とえらそーなことを書いてしまいましたが、さっそく昨日の続きです。

司馬氏の「この国のかたち」では、この点をどのようにとらえているか。

統帥権には、「帷幄上奏(いあくじょうそう)」という特権が、陸軍の参謀本部や海軍の軍令部に与えられていたそうです。

この意味。統帥に関する作戦上の秘密は、たとえば陸軍の場合、参謀総長が、総理大臣を通さないで、じかに天皇に上奏するというもの。

戦争のとき、作戦は機密を要するもの。これはわかります。

戦場で戦いが繰り広げられているのに、いちいち政府や議会に計っているわけにはいきませんし、そんな機密事項をもらすわけにもいかない。

第一、そんなことをしている時間がない。だから、これは戦争中の非常事態に関しては妥当な機能と言っていいでしょう。

 ただ、このことが昭和になると、平時の軍備についても適用されるという拡大解釈がなされるようになったそうです。

 司馬氏の「この国のかたち」には、その特徴的な事件として、浜口雄幸首相がテロに遭った例が書かれています。

 浜口首相は、昭和5年、海軍の反対を押し切り、ロンドン海軍軍縮条約に調印した。これを野党の政友会などから「統帥権干犯」として糾弾され、首相は同じ年の11月。東京駅で狙撃され、翌年、死去するに至る。

 以後、日本は滅亡への道を歩んで行く…。

 このころから統帥権は、他の三権(立法、司法、行政)から独立するばかりか、超越すると考えられ始める。そして、他の三権からの口出しも許さなくなっていった。

 国際紛争や戦争を起こすことについても、帷幕上奏権(いばくじょうそうけん)があるために秘密にそれを起こすことができた。

 しかも統帥権を持つ長、たとえば参謀総長は、天皇に対して輔弼(ほひつ)の責任を持つ。

天皇は、憲法上、無答責。ですから、統帥機関は、なにをやろうと自由になった。

 これ以後の満州事変、日中事変、ノモンハン事変などは、すべて統帥権の発動で起こったもの。

総理大臣は何も知らず、あとで知って驚くだけの滑稽な存在になってしまった。

 また、それらの戦争状態を止めることすらできなくなったのですよ。統帥権の「干犯」になるからですね。

 統帥権の憲法上の解釈については、大正末年ごろから、議会その他ですこしばかりは議論されたそうです。

 が、十分に議論されないまま、軍の解釈どおりになったのは、昭和10年の美濃部事件から。

 この美濃部さん。かつて東京都知事だった美濃部亮吉氏の父親です。と言っても、知らない人は結構いるでしょうね。独特の話し方で、真似をする人は多かった。山本コータローとハッピーエンドの「走れ、コータロー」にも物まねが出てきます。

 それはともかく、この美濃部事件。教科書にも載っていますが、憲法学者美濃部達吉氏が、「天皇機関説」の学説を持って、議会から糾弾された事件です。結果として、著書が発禁処分にされ、美濃部氏は貴族院議員を辞職する。

 美濃部氏の学説は、当時の世界ではごく常識的なもので、憲法をもつ法治国家は元首も法の下にある、というだけのことだったそうですけどね。

 それが議会で否定されることによって、以後、敗戦まで日本は、「統帥権」国家となった。

 こんなばかな時代は、長い日本の歴史にはない、と司馬氏は締めくくっています。

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司馬遼太郎の「この国のかたち」について考える

こんにちは。

外は暑いですね。しかし個人的には少し涼しい気分。

なぜかというと、今、恐怖におののきながらブログを書いているからです。

先日崩落事故を起こした自宅の天井部分。崩落現場の衝撃的な画像をまだご記憶の方は多いと思います。

一応、応急処置はほどこしてあるのですが、実はまだ修理していないのですよ。

いつも修理を頼んでいる大工さんが、一家で海外旅行へ行ったまま、まだ帰ってこない。

一体いつまで行ってるんじゃ~。こちとら、昨日も今日も仕事だというのに…。

ところで、ガムテープで補強してある崩落した天井板の周りの部分が、昨日に比べて少し沈んでいるみたい。

突然、ドサッと、天井板が全部頭の上に降ってくるかもしれませんね。

そうなってはいくらなんでも、ダイビングヘッドバットの名手の私でも助からないでしょう。

うぅぅぅぅ~、さむ~   

まぁ、たぶん大丈夫だと思いますけど…。

さて、今日は、戦後60年企画ブログの2回目。

昨日から司馬遼太郎氏の「この国のかたち」を参考にさせていただきながらお送りしています。

ところで司馬氏も、戦争に行かれたんですよね。この本の中でも、本土決戦があったら数時間以内に我々は戦死していただろうと書かれています。

そのとき司馬氏が戦死してしまったら、私たちは、「竜馬がゆく」や「坂の上の雲」、「項羽と劉邦」、「国盗り物語」、「北斗の人」などといった名作は読めなかったわけです。

来年の大河ドラマに決まっている「功名が辻」もなかったわけで、NHKも困ったでしょう。

戦争では、司馬氏のような有能な人が大勢戦死しています。「この国のかたち」は、そのことを身をもって知っている司馬氏の戦争に対する憤りがもっともよく現れている作品ではないでしょうか。

さて、太平洋戦争前の日本には、軍部が勝手に戦争を起こしても法律違反とならない抜け穴があったことを昨日述べました。

昨日と重複しますが、大日本帝国憲法も立法、司法、行政の三権分立によってなりたっていた。

ただその憲法には、三権の仲間に入らない但し書きが存在したというのです。

それは一見無用の存在で、他の三権とは法理的に整合しないものだった。

はじめに種明かしをすると、それは統帥権であったと司馬氏は指摘します。

統帥とは、「軍隊を統べ率いること」。当然のことながら、統帥権は国家の元首に属すべきもの。

ところが戦前の日本では、統帥権を同じ軍人が掌握したというのです。

しかもそれを神聖権として、他からくちばしが入れば、「統帥干犯(とうすいかんぱん)」という言葉で恫喝(どうかつ)した。

軍隊を動かす権利を、総理大臣や国会の承認を得ることなく同じ軍人が握る。

その権利が法的に認められていた?

…これはゆゆしきこと。

もちろん、平時のときはいくらなんでも認められない。

国家の「変事」に際してだけ、軍が日本の全てを支配しうるという権利が認められていたらしい。

旧日本の参謀本部の機密文書には、以下の文章があったそうです。司馬氏の本の中の直訳を引用しますと…

「軍と政治は原則としてわかれているが、戦時または国家事変の場合は、統帥権を行使する参謀本部は、軍事上必要な限度において、直接国民を統治することができる。

 それは憲法31条の認めるところである。 以下略 」

 軍隊の機密文書なら、外部に出すものではないですから、勝手に好きなことを書いたというのはわかります。

しかし軍隊が国民を統治することを、たとえ非常時とはいえ、憲法が認める?

その点が引っかかりますよね。

 憲法って、皆さんご存知の通り、国家の基本的な秩序を定めた法。つまり国でいちばん大事な規則ですよね。国の治めかた、国の仕事のやりかたをきめた規則、それから国民のいちばん大事な権利、「基本的人権」を定めたもの。

 そんな大事な規則に、軍隊が国民を統治できるなんて書いてあるなんて、とんでもないことだと思いませんか?

 大日本帝国憲法の31条は、第二章の「臣民権利義務」の中にあります。内容を本から引用すると、国家の大変なときは、国民の権利や自由は、これを制約したり停止したりできるというもの。

 こんな条文が憲法に入っているなんて、とんでもない!と思ったら、この項目は当時常識のようなもので、どこの国の憲法にも入っていたとか。

それはともかく、重要なのは、国家の大変の時とはどういうときかってことですよね。

 本のたとえ話がすごくわかりやすいのでそのまま引用すると、これは人が病気になって病院へ入院するようなものだと言います。

 たとえば、入院中、怪我人や病人の自由は制限され、医師の指示下に置かれるような認識で描かれたようなものだというのです。

 最近の医療業界は、もちろんそんな認識はないでしょうけど、病人や怪我人が自儘にできるのも限度があります。

 ちょっとトゲが刺さったぐらいの怪我で医師の指示下におかれ、自由が制限されたのではたまらない。怪我人の自由が制限されるのは、意識不明の重体など非常の事態に限られるでしょう。

 その辺りの解釈をめぐっていろいろなやり取りが行われたそうですが、そういうあいまいさ自体、さまざまな問題が起きて当然ですよね。

そういう法律の不備から、どう日本は坂道を転げ落ちて行ったか。

それは明日、8月15日の終戦記念日に書きます。

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太平洋戦争は、どうして止められなかったのか

 こんにちは。

 巷ではお盆休みですね。

 この時期になると、テレビや新聞では、かつての戦争の話題が取り上げられます。

 特に今年は、戦後60年の節目の年。昨日もNHKで、戦後60年企画ドラマが放映されていましたよね。

 ドラマがあるなら、戦後60年企画ブログがあってもいいのではないか。

 という勝手な思い込みで、8月15日まで3回にわたって、戦後60年のスペシャルブログをお送りしようと思います。

 その企画を思いついたのは、やはりこの人の本を読んだからでした。  

それは、司馬遼太郎の「この国のかたち」。「テゲ」の一件のあともずっと読み続けていますよ。

仕事のほかにブログを書いたり、池波正太郎の「真田太平記」にはまったりして、なかなか前には進まないけれど、いろいろ考えさせられることが多い本です。

先日、第四巻の92ページの「別国」から145ページの「統帥権(四)」まで読んだとき、昔からの疑問が氷解するような気がしました。

太平洋戦争向けて突き進む軍部に対して、なぜ法的に中止させることができなかったのかというテーマです。

もうすぐ終戦記念日がやってきますね。終戦とは、当然のことながら太平洋戦争のこと。

私はもちろん戦後世代ですし、終戦から十四年もたってから生まれたのですが、子供の頃の世の中は、まだ戦争を引きずっていたように思います。

嫌いな食べ物があってぐずっていると、大人たちは決まって戦争の話を持ち出し、「いくら食べたくても、食べられない時代があったんだぞ」と諭される。

私の祖父は、いつも癇癪を起こし、「のどが渇いた兵隊さんは、牛や馬の小便を飲んでのどの渇きを癒したのだ」と怒鳴りました。

子供の頃、戦争が生まれる前にあった実感させる出来事は、近くの不動尊の縁日のときだったと思います。

本堂にお参りして、長い石段を降りてゆくと階段の踊り場に白い着物を着た中年の男性が二人立っている。

一人は小さなアコーデオンを弾き、もう一人は鉦を鳴らしています。着物の裾から義足が見え、もう一人は、針金で作ったような義手。その先端が、絵本で見た海賊のフック船長のようになっていたのを今でも覚えています。

二人は、楽器を演奏しながら、石段を降りてゆく人たちにお金をもらっている元傷痍軍人さんでした。

その悲しい音色を聞くと、子供ながらに戦争って大変だったんだと思ったものです。

戦争は、当時の人たちに多大な損害を与えたのはもちろんですが、今の私たちだって少なからず影響を受けているのではないでしょうか。

中国や韓国の排日運動は、太平洋戦争当時の迫害がその大きな要因のひとつ。

いまだに私たちは、昔の人たちが起こした戦争のつけを払わされている、と言っていいのかもしれません。

冷静に考えてみれば、こんなちっぽけな国である日本が、アメリカや英国と戦って勝てるわけがないと思いますよね。当然、当時の有識者は、こんな無謀なことを仕出かすと国が滅びるということはわかっていたのでしょう。

それでも一部の軍人の暴走を食いとめることができなかった。

当時の日本には、大日本帝国憲法がありました。皆さんご存知のように、帝国憲法にも立法、司法、行政の三権分立の規定があります。

何で立法や司法、行政が、軍部の暴走の歯止めにならなかったのか。

この点につき、司馬氏はこの本の中で、非常にわかりやすく説明してくれています。

その前に今の日本を考えてみましょうか。

今の日本には、当たり前のことですが、軍隊がありません。もちろん、全然別物ですが、今の日本の軍隊と聞いて何をイメージするかと言えば、自衛隊をあげる人って結構いるのではないでしょうか。

自衛隊をテーマにした映画が上映されているらしいですね。私はまだ見ていませんが、自衛隊が軍隊化する話だとか。そういうイメージは、どこか拭いきれないものがある。

それはともかく、自衛隊が暴走するかどうかという議論は別にして、今の日本には、しっかり暴走をゆるさない法律上のシステムになっています。

ところがですよ。太平洋戦争前の日本には、軍部の暴走を法的に(憲法においても)止めることができなかったらしいのです。

いちおー、法学部を出ているのですが、要領よく「優」を取るという作業にのみ没頭し、単位をとったらすぐ忘れるという行為を繰り返していたために、法律が実務として身についておりません。

申し訳ございませんが、ここから私が述べることで間違っている点がございましたら、どなたか突っ込みを入れていただければ幸いです。

さて、今の日本は、内閣総理大臣が同じ内閣の一員である防衛庁長官に対して命令権がある。防衛庁長官もまた、本庁の役人や自衛隊の制服組に対して命令権がある。だから自衛隊は、内閣総理大臣の下にあって、その命令に服するわけです。

内閣総理大臣に対しては、立法府である国会や最高裁判所を頂点とする司法がそれぞれブレーキの役を果たすことが出来る。

だから今の日本にあっては法的に軍隊(もちろん自衛隊は軍隊ではありませんよ)が勝手な行動をするのは違法なのです。

しかし、太平洋戦争前の日本には、軍部が勝手に戦争を起こしても法律違反とならない抜け穴があった。

…と、司馬氏は指摘するのです。 

その抜け穴とはどこか。

それは、明日。

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反抗的な人をうまく反省させる法

 こんにちは。

 相変わらず暑いですね。

 昨日、NHKBSで、「フーテンの寅さん」を見ました。初期の作品の寅さんは、元気がいい。その元気のよさが周りの人たちを引っ掻き回す。

 寅さんも一種、世間に対する反抗みたいなものがあるのでしょうか。でも明るいから全然そんな感じがしないですね。客観的に見たら、とんでもないことをいつもやっているのですけど…。

 さて、反抗的な人にやる気を出す方法は、今日が最後。 さっそく行きましょう。

 反抗的な人は、自分のことしか見えなくなっている場合が多い。

 そういう人に、自分が今やっていることを反省させることができれば、申し分ないでしょうね。

 そんなことができるのか。

 そのヒントが、いつも引用させていただいている本のひとつである多胡輝氏の「言葉の心理作戦」の中に書かれています。

 普通、人は、禁止や命令の言葉に対しては、反発、機械的服従、退行のいずれかによって対応しがちである。従って、そういう言葉では、自分を反省し、主体的に行動を改めてゆくきっかけにはなりにくい。

 その対策として、次の方法が述べられています。

人を反省させるには、その人自身の行動を客観視させるような話をするとよい

 具体的には、反抗的な社員に対して…

「私の指導が悪かったのかなぁ。君をこんな社員にするつもりはなかったのに」

 …という言い方が効く。

つまり、このような言い方は、まず、反抗的な社員の問題行動を上司自身の問題として語ることにより、相手に自分の行動を客観視させるチャンスを与えるとのこと。

人間は、自分の行動を客観視できたとき初めて、冷静に自分の反抗的であるという行動を批判できますからね。

自分が反抗的であるとわかった人は、自発的に自分の行動をコントロールし、改めてゆくことができるとか。

う~ん、深い。ほかにもこの応用編として、面白いことが書かれていますよ。

題して、妻が夫の品行を、改めさせる法。改めさせるには、くどくどと小言を並べ、相手をいらだたせるのは逆効果だとか。

たとえば…

「私が愛したあなたは、そんな人ではなかったわ」という言い方が聞くらしい。

 これを夫が妻の品行を改めさせる言葉として使ったらどうなるか。

 …たんに、気持ちわるいだけ。

反抗的な人でも「絶対これだけは守らせる」というルールを作ろう

 会社の業績が順調で、ある程度社員の自由裁量に任せていても着実に成長する時期というのがあります。

 このような、いわゆる平時のときは、会社の進むべき道をしっかり見定めながら社員に任せるというのも、経営のひとつの方法だと思います。

ただ会社の非常事態のとき、いわゆる有事のときは、経営者や上司が前面に出てリーダーシップを発揮し、社員を引っ張っていく必要がある。

こういう時、経営者や上司の命令に無条件に従えない社員を抱えた会社は、目的遂行に大きな障害をきたすのではないでしょうか。

非常時に備え、命令系統を絶えずメンテナンスしておく意味において、全社一丸となって「絶対これだけは守らせる」というルールを定めておくことが重要だと思います。

 私は学生スポーツが好きで、よく野球やラグビー、アイスホッケーなどの試合を見に行きます。 

大学野球を見に行って感心したのは、試合が終わって応援団長が前に進み出ると、それまで勝手に私語を交わしながらざわついていた学生席がピタッと静粛するシーンです。そして数千人の学生が手を振り上げて校歌を歌う。

髪を茶色に染めた学生やミニスカートにブーツをはいた女学生が一心不乱に歌う姿に、校歌斉唱のルールで大学がひとつにまとまっているのだと感じました。

この一点において、大学の学生はひとつにまとまるのですね。

こういうシーンのない大学は、これからの大学淘汰の時代に生き残るのは厳しいのかもしれません。

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反抗的な人にうまく対処する法

   こんにちは。

 今日も、反抗的な人にやる気を出させる法をお送りします。

 反抗的な人に対処するとき、一番困るのは、何か仕事をしてもらいたいときですよね。

 経営者や上司が、部下に仕事の命令をするといつも、理屈をつけて言い返してくる。そこまであからさまではなくても、そっぽをむいたり、命令を聞いているのかどうかわからない態度。

 これって、経営者や上司にとって、一番頭に来る態度かもしれませんね。

 後輩に仕事を頼むときも同じです。仕事を頼む人にとって、自分が目上だと思っているから、反抗的な態度を取られると、ホントに腹が立つ。

 ここでまた、いつもお世話になっている多胡輝氏の心理学シリーズは、上記のドツボにはまる状況を脱するヒントを与えてくれます。

 それは…

反抗的な人に対する言葉使いを変えてみよう

 反抗的な人は、命令の内容ではなく命令のされ方に反発している場合が多いのではないでしょうか。

 十分納得のいく内容の命令であっても、上司や目上の人から「やれ」と頭ごなしに言われる。反抗的な社員にとって、その命令に従えば服従させられたというイメージを抱いてしまいますよね。

このような従業員に命令するときは、依頼する形で話を切り出した方が効果的だと思います。

たとえば「実は君を見込んで頼みがあるんだけど」という形で、上司や目上の人から頼まれて反発する従業員はいないでしょう。彼らに対する劣等感が、対等な形で依頼されたのだと考え、何とかその依頼に応えようと必死で努力するはずです。

反抗的な人との間に共通の敵をつくろう

 「昨日の敵は今日の友」ということわざがあります。「敵の敵は味方である」という言葉もよく使われる言葉。

反抗的な人にとって、会社だったら社内の敵は経営者や上司であるといっても過言ではないでしょう。

最初から敵であるとみなしているわけですから、何を言っても反発する。

このような社員は、自分の仕事に対し何らかの「こだわり」を持っているケースが多い。たとえば、一匹狼のトップセールスマン。

自分のセールス技能に自信を持っていて、会社は俺がいないと利益が半減するだろうと思っている。確かに、そういうケースが多いのですが…。

だから何か言うと、「じゃあ、あなたたち、俺と同じ成果を営業であげられますか?」という態度でふてくされる。

経営者や上司は、彼の実力を認めているからある程度我慢するでしょうが、それも限度がある。

とうとう我慢できなくなって、経営者の特権で辞めさせたり、配置換えしたりしなければならない場合が出てくる。

経営者や上司は「仕事はできるのに残念だ」と惜しんでいます。

しかし、このような反抗的な社員こそ味方につければ大きな戦力になるのですよ。

「敵の敵は味方である」という世界史を紐解けば数多くの英雄が利用し、権力者にのし上がって言った言葉を利用して、味方につけるべきはないでしょうか。

 経営者と従業員との共通の敵としてまず考えられるのは、ライバル会社ですよね。反抗的な人を使うことのうまい経営者や上司は、このところを見事に利用しています。

 反抗的な人は、不満や鬱憤のはけ口を求めている。もちろん、直属の上司に問題があれば当然ですが、たとえ上司が部下から慕われる素晴らしい上司だったとしても、素直に従おうとしない。

 とにかく自分の思うようにならない世の中が面白くない。不満のはけ口は誰だっていい場合がある。

 その不満のはけ口をうまく別の方向に向ければ、会社にとってとんでもない戦力になるのではないでしょうか。

 反抗的な人を使うことのうまい経営者や上司は、ライバル会社の営業戦略や内部体制について細かく話し、「絶対勝つぞ。ともに戦おう」とうまく対抗意識をあおるのです。

 この点をうまく利用して天下を取った人物がいますね。何度もご紹介している豊臣秀吉です。

 もちろん小説やドラマの中の話で、実際どうだったかわかりませんが、若い頃の秀吉が人間の機微をよくわきまえていたことだけは間違いなかったのでしょう。

 何せ、史上空前の出世を遂げた人。体が貧弱だったし、身分も低い。人をうまく使うことしか、彼の武器になるものがなかった。

 彼は、美濃を攻略するとき、蜂須賀小六をはじめとする野武士に協力を仰ぎます。ところがその野武士団。不平不満の反抗のかたまりで、絶対織田信長に協力するのは嫌だと言い張ります。

 そこで秀吉が取ったのは、敵の敵は味方という戦略。美濃の斉藤家を倒すという目標を掲げ、彼らの能力を最大限に発揮させるのです。

同じように、ライバル会社に勝つためという大目標を掲げ、全社一丸となって頑張り、急成長した会社も珍しくありません。

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反抗的な人にやる気を出させる法

  こんにちは。まずはショッキングな画像から…。

2005  ( 写真:自宅天井 崩落現場 )

  8月7日、午前10時ごろ、東京都○○区にあるビジベンさん自宅の一階天井部分が突然崩落。はがれた天井板が、当時自宅にいたビジベンさんの頭を直撃いたしました。幸い、本人は学生プロレス出身で頭突きも得意だったということから大事には至らず。

  江戸町奉行所では、現在、崩落の原因を究明中…。


 もう…、信じられない。

 いきなり頭上から天井板が落ちてきたんですよ。天井板が安物で軽かったからよかったものの、高級品だったら今頃病院にいましたね。

 この前は、パソコンが壊れてデータをなくすし、今日はありえない事件が起きるし、一度お祓いをしてもらったほうがいいかもしれません。

 すいません。週の初めから、お見苦しい画像をアップロードしてしまいまして。

 気を取り直して、行きましょう。

 今日は、「反抗的な人にやる気を出させる法」です。

どこの会社にもどこの学校にも、反抗的な人っていますよね。

いつもふてくされている。会社もそうだけど世の中自体が面白くないという感じ。私もそういう時期があったから、そういう気持ちはなんとなくわかるような気もします。

でも、ふてくされている本人にとって、ふてくされている理由自体よくわからない場合が多い。

なんとなく面白くないという感じですか。

世の中、自分の思い通りにならないことが多すぎますから。

でも自分で何かやろうとして、思い通りにならない現実にあえいでいるとき、上から高圧的に何か言われたり、型にはめようとされたりすると反抗的な態度がますますグレードアップするような気がします。

特に会社で、「今の若手社員は押しつけに反発する。自己主張はするがするべきことをしない。同年代以外とは付き合おうとはしない」という感想を抱いている社長や上司って、結構多いですよ。

「最近の若者は何を考えているのかわからない」という内容の記録が奈良時代の遺跡から見つかったと先日、ブログに書きました。

年上は常に、「最近の若者は…」というフィルターを通して見ているから、上記のような発言になるわけでしょう。

よくまわりを見回してみると、押しつけに反発する、自己主張はするがするべきことをしない、同年代以外とは付き合おうとはしない中高年社員も結構いる。

もともと人は、他人からの禁止や命令の言葉に対しては、反発や機械的服従、退行によって対応しがちだといわれます。

 反抗的というのは、年齢ももちろんその要因のひとつだと思いますが、その人独自の個性として考えた方がいいのではないか。

 ただそうは言っても、昔と今との環境の違いがあるのは間違いありません。

すべてとは言いませんけど、その環境の違いが世代間のギャップを生むケース。 

たとえば、今の若者は、学校やクラブ活動での上下関係があまりなくなってきているような気がしますね。

大学教授と学生が平気でお互い電話を掛け合う。クラブ活動でも体育会などの上下関係の厳しいクラブは敬遠し、同好会など和気あいあいに楽しめるところに集まる。また親子関係も、自分の子供と友達づきあいするような親が急増しているようです。

このように会社に入社する前の生活習慣が昔と違う。

上下関係のない、よくいえばアットホームな雰囲気の中で生きてきた若者にとって、昔ながらの会社の雰囲気ではなかなか適応できないのかもしれません。

 今の若者は、世の中の上下関係というものをほとんど意識せずに生きてきたわけですから、会社の経営者や上司が上役風を吹かせ、命令すると条件反射的に反発する傾向がある。

 表立って反発しなくても、ふてくされて命令されたことをしぶしぶやる、といったことになりがちです。

それを見た経営者や上司が、なぜもっと前向きに取り組まないのかと昔の体育会のノリで、ますます命令の言葉を強くする。それがかえって悪循環を生み出しているような気がします。

先ほど述べたように、経営者や上司は若者の育ってきた環境の変化に理解を示してやる必要があるのではないでしょうか。

 ずっと前に読んだのですが、経営雑誌「プレジデント」の中で、経営評論家の江坂彰氏と元三愛社長の田中道信氏の対談の記事が載っていました。

お二人もまた若者の育ってきた時代背景を理解してやり、それとともに経営者や上司も管理手法を変えていく必要があると指摘されています。

たとえば、いい意味で物怖じしない。自分の好きなことに熱中できればとんでもない力を発揮する。楽しいこと、面白いことに対する知識は貪欲である、などです。

だからそういう今の若者のいいところをうまく引き出して、楽しく仕事させる。そういうふうにのせる工夫が大事だと言っていました。

 それでは反抗的な社員に具体的にどう向き合ったらいいのか。

 特に経営者や上司の方たちのニーズが高い、若手社員へのアプローチの改善策について次に考えてみたいと思います。

 その続きは次回。

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お祭り騒ぎで、仕事の目標を達成する法

 こんにちは。

 昨日は、私が新入社員時代におせわになった銀行の支店にお伺いしたのですよ。私の友人が、そこの支店長になりましたのでお祝いに。

 先日からブログに書いている、販促キャンペーンの舞台になった支店です。

 中に入ったことは、ここ十数年ありません。

 その前に立って、あまりの変貌ぶりに呆然。

 昔、重厚な鉄筋コンクリート造り2階建ての建物が、高層ビルに変わっているのはよくあることですよね。変貌しているのは、支店のロビー。

 なんと、銀行入り口の自動ドアが開くと、そこはカフェだった…。入って左側に、飲み物や軽食を出すカウンター。目の前に洒落た椅子が並び、右手にはお客さんが自由に使えるパソコンがずらりと置かれたテーブル。

 少し薄暗くて、落ち着いたムードをかもし出しています。

 えっ!? 銀行の窓口はどこ?

 目を凝らすと、奥に窓口のカウンターがあり、行員が忙しそうに働いています。銀行のロビーの一部をカフェに貸しているのですね。すご…。

 見ていると、カフェでコーヒーを飲んでいるお客さんのところへ銀行の窓口係の女性ができあがった書類を届けたりしている。

 これなら銀行の窓口で待たされたと言って、怒るお客さんも減るかもしれない。

 それにしても、変わったものじゃ、銀行も…。

 この話題をこのまま続けていると、今日は終わってしまうので、また改めて書かせていただくとして、昨日の続きに行きましょう。

 ここ3日間、仕事をゲーム感覚で捉える方法の実践編をお送りしています。 

 昨日のブログでは、保険つき定期預金の販売キャンペーンのために、支店の職員全員に四股名をつけ、初日には土俵入りまで行ったのでした。

 さて、今日はその続きから。

 この企画は、最初のスタートがあまりにもドラスティックであったので、その後さほど苦労せずに目標達成まで突っ走ったと言っていいと思います。

 その後も、戦国時代やオリンピックをテーマにした販促キャンペーンを支店内で行って成果をあげました。夏の水不足のときには渇水をテーマにしたこともあります。

 変わった趣向のキャンペーンを考え、支店の人たちが面白がって興味を示してくれると、それだけで目標を達成できたも同然という気がします。

 ところで、大相撲キャンペーンのその後。

 毎日朝礼で番付を付け替え、誰が大関に昇進した、誰がもうすぐ横綱に昇進すると発表しました。

 解説者の鼻風さんにも何回も、今場所の今後の展望について解説してもらいましたっけ。

 土俵入りが受けたので、面白いから徹底して大相撲の伝統を踏襲しようと、皆で頭を絞ったのです。かえって、恥ずかしがらずにやったのがよかったのかも。

 たとえば、営業マンが大関や横綱に昇進するときには○○支店大相撲協会から彼のデスクに使者が行き、昇進を告げるのです。となりにはスーツを着た、上司である親方が並んで座っています。

 それに対して営業マンである力士は、「慎んでお受けいたします。今後も大関のなお汚さぬようがん保険獲得に精進いたします」という言葉を返してもらいました。

 みんな遠巻きにして、そのやり取りをニコニコ笑いながら聞いています。

 そして拍手。

 そうなると、なんだか本当に大関に昇進したような気分になるのですね。

 そしてついに横綱が誕生。

 横綱第一号は、私より二歳年上の先輩でした。

 横綱になったんだから、朝礼で土俵入りをやらせてくれと先輩が私のところへ来て言います。

「よし、それじゃ、雲竜型の土俵入りの仕方を教えてやる」と、頼みもしないのに、大相撲ファンの事務長が、その先輩と二人で会議室へ入って行きました。

 まさか、昼間っから、真面目な顔で土俵入りの練習はしないよな、と思って会議室へ覗きに行って思わず呆然。

 二人とも大真面目に、やっているんですよ。土俵入りの練習を…。

「違う! 視線はもっと遠くを見ろ! せり上がりはもっとゆっくり!」

  事務長が大真面目でアドバイスする。それにまた大真面目に応える先輩。

 先輩が私の存在に気づき、「おい。横綱の綱を準備してくれ」と言いました。

「綱うちだな」と事務長。

 さすがに本物の横綱の綱は作れないので、文房具屋へ行って模造紙を買い、即席で作りました。

 次の日の朝礼で、その先輩は、露払いと太刀持ちを従えて、堂々たる土俵入りを行ったのです。

 そんなことを続けているうちに、どんどん成果があがっていきます。

 あと一歩で目標を達成する頃になると、取引先の商店にスポンサーになってもらいました。

 その商店の広告の入った懸賞金の垂れ幕を持って、朝礼のときみんなの前をまわるのです。

 懸賞金は、その商店のさほど高くない小物などを提供してもらい、なるべく支店の職員はその商店でものを買って欲しいと宣伝しました。

 最終的にわが店は、保険つき定期預金の目標達成率で、全店3位に躍進し、目標を大きく上回ることができました。

 おまけにその後、保険つき定期預金の部門表彰まで受けることができたのです。

  ちょっと自慢話がはいってしまってすいません。

 キャンペーン最終日には、表彰式が行われました。

 優勝部屋、優勝力士の表彰のあと、殊勲、敢闘、技能の三賞の発表が行われ、みんなの前でインタビューもあったのです。インタビューのあと、優勝力士の希望で支店内で優勝パレードまで行われました。  

 今になって考えてみると、このキャンペーンの影のMVPは、支店の若い女性たちだったのではないかと思います。

 従来営業のノルマが課せられるのは、銀行の窓口係や融資係、営業係であって、支店長、副支店長を除いた残りの内部事務の担当者や役席者にはノルマが課されません。

 当然、内部事務の女性は、営業の数字に無関心にならざるを得ない立場にありました。しかし彼女たちを同じ部屋に入ってもらい、営業マンと文字通り同じ土俵に上がってもらったことで、営業の数字というものに非常な関心を持ってくれたのです。

 それは、優勝した部屋全員に賞がもらえるようにしたためでしたけど。 

 若手の営業マンが夕方支店に戻ってくると「今日は何件取れました?」と彼女たちは同じ部屋の営業マンの尻を叩くのです。

 どうして若い女性に言われると、支店長や上司にハッパをかけられるより効くのでしょうね。

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非常識な販促キャンペーン

 こんにちは。 

 昨日のブログでは、保険つき定期預金の販売キャンペーンのために、支店の職員全員に四股名をつけ、大相撲形式で盛り上げようとしたと書きました。 

 職員全員に四股名をつける…。

 原則として自分で考えてくださいということにしたのですが、実際はこちらで勝手に考えてつけてしまった人もありました。 

 かつて、ある保険会社のセールスレディーに対し、支社長が競馬の競走馬のような名前をつけて表に張り出し、女性たちからひんしゅくを買ったという記事を新聞で読んだことがあります。 

 その記事は結構前に読んだものですが、やはり馬はまずいでしょうね、馬は…。

 力士はもちろん人間ですから、そこまでひんしゅくはなかったのですが、やはり女性の場合は気を使いました。今はセクハラの問題とかいろいろありますから、女性の立場に立って慎重にやるべきだと思います。 

 その反動が出たのか、若手の男子行員はもう、滅茶苦茶な四股名を付けられた者もいます。でも彼らも楽しんでいたのですから、打たれ強い人が揃っていたのかも…。

 さて、昨日ブログに書いた企画案を次の日、朝礼で発表したんですよ。

 一通りルールを説明してから、番付表を示し、前の月に保険を2件獲得していた支店長代理の四股名(前日私が考えた)を東正関脇のところに貼りました。

 そこに書かれていたのは『痛風(いたかぜ)』。

 その人は、持病の痛風を金持ちの病気として当時みなに宣伝していたのです。それまで呆気にとられた顔で発表を聞いてした支店の人たちは、一気に爆笑に包まれました。書かれた当の本人も苦笑。

 そのとき傍らに立っていた支店長が、目に涙をためながら真っ赤になって笑いをこらえている姿を今でも思い出します。

 その後で、別名『向こう正面の鼻風さん』の副支店長に今場所の優勝力士の展望を解説してもらいました。 

 その時点でもうみんなやる気になっていたかもしれません。今日中にそれぞれの班ごとに部屋の名前と各自の四股名を考え、報告してくださいと言うと、皆一斉にどんな四股名にしようかと上を向いて考え込む人が大勢いました。

 役席者も面白がり、「それではそれぞれの部屋ごとに飲み会をやって鋭気を養おう。飲み代は銀行のほうで持つから」ということになりました。

  ほかの部屋の名前は、もう忘れましたが、私たちの所属する部屋の名前はよく覚えています。

 名前は、タコ部屋…。

 ちょうど、親方になる上司が、頭が禿げていて赤ら顔でタコそっくり。あとでわかったのですが、高血圧だったそう。キャンペーン期間中、倒れなくてよかった。 

 遊び心があってユーモアのある先輩はどこの職場にもいるもので、その日の午前中には勝手に他人の四股名を考えてくれたのです。

 やせてスマートな支店長代理には『快骨(かいこつ)』。(ガイコツそっくりなのです)

 いつも大声を上げて笑う女子渉外の担当者には『笑杉(わらいすぎ)』。

 新人で猪突猛進する営業マンには『客嵐(きゃくあらし)』。

 いつも帰りにビールを飲んで帰る課長には『キリンビ』(血液が麒麟ビールという噂があった人)

 本人に言わせると余計なおせっかいですよね。

 私の四股名ですか?

 『木佐乃花(きざのはな)』です。変な四股名を付けられる前に自分で勝手につけました。

 それほどキザではないと思うのですが、当時のアイドルの田原俊彦の物まねをよくやっていたので…。 

 最初は、支店の人たちの顔色を伺いながら恐る恐るやっていたのですが、結構うけたとわかったからには、もう徹底的にやってやれという気持ちになりました。

 仕事というより、クラブ活動のようなもの。

 次の日の朝礼は何をしたと思いますか?

 なんと、支店の職員全員で「土俵入り」をやったのです。

 まず、銀行のロビーに丸く円を描き、土俵の代わりにしました。そこへ大学時代アナウンス研究会にいた後輩が、四股名を呼び、その後に『○○県出身、○○部屋』という声にあわせて一人一人入場するのです。

 名前が呼ばれるまで、ロビーの入り口で職員全員が並んで待っている。

 みんな意外と楽しんでいるみたい。

 今考えるといい年をした銀行員がよくやったものだと思いますが、そのときは一人も嫌な顔をする人もなく本当に楽しそうにやったのはどうしてだったのでしょうね。

 朝礼という、一日の最初の荘厳な儀式を壊してみたいという願望を皆、持っていたのかもしれません。

 この常軌を逸する販促キャンペーンのその後は、次回に続きます。

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仕事をゲーム感覚で楽しみながら成果をあげる法

 こんにちは。

今日は、社内で仕事をゲーム形式で楽しくやった実例を書こうと思うのですが、大丈夫かな。

えーっ!? あそこの会社、そんなふざけたことやりながら仕事してたの~?なんて言われそう。別に私は構わないのですが、今いる人たちがうしろゆび差される可能性がなきにしもあらず。

でも、もう20年近くも前の話ですから、もう時効かも…。ええい、書いてしまえ!

あのときは楽しかったなぁ。あんなに笑って、また真剣に仕事した記憶はそれほどありません。

それにしても、若気の至りというか。今考えてみれば、上司に相当迷惑をかけたのかもしれない。

若手社員に思う存分自由にやらせてくれ、かついざという時の責任だけはしっかり取ってくれる…。そんな当時の支店長と私の上司でありました。

いわゆる前にブログで書きました「テゲのある上司」。それに反して私は、上の人の立場も考えない型破りな若手社員であったかもしれません。

親孝行したいときに親はなしと言いますが、当時の上司は定年退職してしまった人が多いです。遅ればせながら、感謝いたします。

また前ふりが長くなりそうなので、さっそく行きましょうか。

今から20年近く前、私はある銀行の支店で営業マンをしていました。そしてあるとき、この銀行の目玉商品の一つである保険つき定期預金の推進責任者をすることになったのです。

 ところがこの年は不況で、大口法人先の解約が相次ぎ、わが支店は目標達成率では全店で、ビリから6番目と低迷していました。

目標達成の期限は8月31日。そういえばちょうど今と同じ8月の初めですね。期限まであと一ヶ月しかない。目標まであと40件以上獲得しなければならず、この数字は通常では不可能と思われていました。

当然周りの人たちの私に対する風当たりも強くなる。  

「もっとみんなにハッパをかけろ!」「成績の上がっていない人を朝礼で発表し、すぐにでも取りに行かせろ!」という声が日に日に強くなっていきます。

 でもねぇ。こういうやり方は、好きじゃないのですよ。これから一ヶ月間、支店の雰囲気は暗黒の闇に葬られてしまいますから。どうせやるなら、明るく楽しくやるほうがいい。

 そのようなどうしようもない状況の中で、子供のころに読んだ豊臣秀吉の伝記を思い出しました。清洲城の石垣を3日で修理する話です。

秀吉は人足の頭を呼び、なぜ3日で完成させなければならないかという話を順々と説き、人足を4つの班に分けました。そしてその4つの班の中で一番早く石垣の修理が完成した班全員に、褒美を出すと告げたのです。

人足たちはそれを聞くと、寝食を忘れて働き、3日後には見事、不可能だと思われていた石垣の工事が完成したという話。

 この話を思い出すと同時に、これと同じことが理論的に書かれている一連の本があったことを思い出しました。

もうおわかりですよね。多湖輝先生の書かれた「心理学のノウハウ本」です。

さっそくそれらの本を五六冊、本棚から引き抜くとその日、夜遅くまでかかって次のようなキャンペーンの企画を作り上げたのです。

当時作った企画書の一部をそのままご紹介しますと…

<企画案: 大相撲○○支店場所>

  1. 保険つき定期預金の獲得キャンペーンである8月一杯は、そのキャンペーンを大相撲8月場所と呼び、大相撲形式で盛り上げる。 
  2. 支店35人(支店長はじめ役席者、女子行員も含め)全員に相撲の四股名をつける。
  3. 支店35人のうち、支店長と副支店長を除いた33人を、一斑8人から9人の4つの班に分け、それぞれの班を大相撲の部屋に見立て、支店の4人の役席者をそれぞれの部屋の親方とする。 
  4. そして私を含めた若手営業マン4人をそれぞれの部屋の部屋頭とする。 
  5. 支店長を当時の春日野理事長をもじった春日部理事長と呼び、副支店長を解説者の神風さんをもじった鼻風さんと呼ぶことにする。( 注:当時副支店長は慢性鼻炎でありました) 
  6. 特に個人的ノルマは設定しないが、大相撲と同じ番付表と部屋別の保険件数獲得表を作成する。
  7. 支店長、副支店長を除いた力士は全員、最初、十両からスタートする。
  8. 保険を1件獲得すれば幕内力士、4件獲得すれば大関、6件獲得すれば横綱に昇進する。 
  9. 保険獲得表1件から3件までは、獲得数に応じて番付が常に変わる。同じ獲得数なら早く獲得した力士の番付が上に来る。(従って1件しか獲得していなくても、他の力士が1件も獲得していなければ、東正関脇の座につける) 
  10. 個人的ノルマを設定しない代わりに、ひとつの部屋として12件の目標を定め、これは連帯責任として必ず達成してもらう。
  11. 一番保険を多く獲得した力士を優勝力士として、祝賀パレードを支店の中で行う。また他に、賞として、準優勝、三賞を定め、それぞれ粗品を進呈する。
  12. そしてキャンペーンを盛り上げる方策として、誰が優勝するか、どこの部屋が優勝するかと言うクイズを支店全員に無記名で投票してもらい、結果を朝礼で発表する。→ キャンペーン終了後あたった人には粗品を進呈。 

 粗品は取引先の文房具屋から300円程度の小物を購入。営業マンは商品の中身よりも、みんなの前で拍手を受けながら表彰されるのがうれしいはず。

  …という企画を立て、支店長や上司からOKをもらいました。こんなふざけた企画、よく通ったものだと思います。

「なんでもいいから絶対、達成してくれ」という雰囲気だったので、認めてくれたのでしょう。

 そのあとが大変でした。もう支店中、リオのカーニバルのような大騒ぎ。

 この続きはまた明日。 

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仕事をゲーム感覚で楽しみ、成果をあげる法

 会社の仕事というのは大変なもの、つらいもの、という感覚がありますよね。

…と道行くサラリーマンやOLさん100人に聞けば、一体何人くらいが賛同してくれるでしょう。恐らく過半数の人は、そんなのあったり前じゃん。いちいち聞くなよ、うざいな~なんて言われそう。

 いくら仕事が楽しい、生きがいだと言う人がいても、日曜日の夜になって、胃が痛い、会社行きたくない、っていう気分になったことのある人は必ずいるはずです。

 これが意外と経営者になると、心の底から「仕事が楽しい、生きがいだ」と言っても、ウソじゃないケースが多いんですよ。

 要は、仕事をやらされるか、自分がやる気になって仕事に取り組むかの差。経営者が部下から仕事をやらされるケースってあまりないですものね。

 たとえあったとしても、「俺は部下に使われてるんだよ~」なんて泣き言を言いながら全然ストレスに感じてない。心の中ではもちろんですが、会社の規定の上からも使われているなんてことにはなっていないからです。

 会社の仕事自体は楽しいと思っている人って結構多いんじゃないですか?

 だけど会社には行きたくない。

 経営者や上司からのプレッシャー、ドロドロの人間関係。

 本来の仕事以外の面で会社嫌いになる人って、結構多い。

 ところで、今日のブログのテーマは、「仕事をゲーム感覚で楽しみ、成果をあげる法」です。

 こんなこと書くと、仕事をゲーム感覚で楽しむだと? とんでもないことを言う奴だ。責任者出て来い! なんて言われそうです。

 しかしですよ。同じ結果が得られるのであれば、ゲーム感覚で楽しみながらやってもいいのではないかと思うのです。ストレスで胃をおかしくしながら働くよりずっと仕事が身につくのではないか。

 先日のブログで、経営情報誌「プレジデント」で取り上げられた江坂彰氏と田中道信氏の対談「営業幹部はいまなにをすべきか」を引用させていただきました。

 もう10年近く前の雑誌なので、図書館にでも行かなければもうお目にかかれないかもしれませんが、その内容は全然古くない。

 むしろ、10年前の有識者の提言が、斬新なテーマとなってしまうような問題のある管理手法を取っている会社があることが問題かもしれません。

 その対談の内容を要約すると、以下のようになります。

● 若手社員を教育するとき、精神論、根性論、ノルマによる管理手法というのはもはや限界に来ている。経営者を初めとする幹部が変わっていかなければいけないと思う。

● 今の若手従業員の特徴は、お祭り騒ぎで楽しくワイワイとやるノリは好きである。また興味のあることなら趣味で徹夜をするほど熱中しやすく、やる気にさえなれば能力はかなり高い。それからテレビゲームなどの経験からゲーム感覚の競争には拒否感が少ない。

● そのような特徴を踏まえ、経営者や幹部は従業員をうまく乗せるようにしなければだめである。たとえば、ノルマで縛らず、またノルマをノルマと感じさせない工夫。自分からやりたいという気持ちにさせる工夫。ゲーム感覚で仕事を楽しむ方策。

● 営業マンだけでなく社内全体でお祭りのような社内キャンペーンの実施などいろいろ頭を絞る必要がある。

 仕事をノルマで縛らず、ゲーム感覚でとらえ、楽しく仕事させることがうまくいった場合、社員が信じられない力を発揮することがあります。なぜかというと、上の人からやらされるのではなく、自分からやる気になったから。

 嫌々仕事をやらされる場合というのは、勤務時間中はそれでも真面目に仕事に取り組む人が多いでしょう。ただ社内から一歩外へ出たら、もう別の人。いわゆる会社から拘束された時間の給料をもらうだけの存在。

 ところが自分から仕事にやる気になった人は、仕事が楽しいから、会社から帰る電車の中、自宅の風呂の中、眠っている夢の中でも常に仕事のアイデアを考えている。

 仕事の結果に大きな差が出て当然ですよね。

 次回は、そんな仕事を楽しくさせるような具体例を書こうと思います。

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社内のグループ活動で、やる気を高める法

 こんにちは。

 今日からいよいよ8月。

暑いとか、脱水症状をおこすとか、もう、だめ死にそうとか、なんだかんだ言っても (← 自分で言ってるだけだろ!) あと1ヵ月で9月ですよ。

間に夏休みもあるし…。 

う~、あと少しの辛抱じゃ、扇風機フルパワーで凌ぎきられば…。(← それが言いたかっただけなのね )

私事はともかく、土曜日は、以下のことを書きました。

1924~1932年にかけて、アメリカのウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で、興味深い実験が行われました。後に、経営管理学、産業心理学の分野であまりにも有名なホーソン実験です。

 この実験は、照明など作業条件の変化が作業員の能率に与える影響を調べる目的で行われました。ところが当初予測していた作業条件の変化に関係なく能率が上昇し、普通なら作業環境が悪化すれば能率が落ちるはずなのに、一概にそうとも言えない結果が現れたのです。

 普通、人間って疲れると作業能率が落ちますよね。ところがなんと、作業の環境が悪化しても、長時間労働で疲れても、かえって能率があがったケースがあったというのですよ。

 さて、その理由はどうしてか、というところまでお話したのでした。

 今日はその続きです。

 ホーソン実験には、数多くの作業員の中から参加者を選抜して行われました。選ばれた者は、おそらく経験豊富で作業能率の良い作業員が選ばれたのでしょう。

 作業員たちにとって、偉い大学の先生の行う実験に参加することは一種のステイタスを感じたに違いありません。今と違って、大学へ行くことはそれだけでエリートになることを意味していたし、彼らを教える教授は雲の上の人だったのでしょうから。

 だから、実験自体、晴れがましい自己主張の場であったはず。少々疲れても、少々作業環境が悪くても、我々は選ばれたエリート集団だと胸を張って実験に取り組んだ。

 つまり、実験に選ばれたという作業員のプライドと仲間意識がいい方向に作用し、作業条件の変化に関係なく、能率が徐々に上昇していったのがその理由でした。

 たとえば小学校のクラスで、足の速い子が4人、クラス対抗のリレー選手として選ばれるようなもの。少々疲れても、小雨が降っていても、クラスの代表としてみんなのために全力で頑張りますよね。

  この実験を主催した一人であるハーバード大学のレスリスバーガーはこんなことを言っています。

●人は感情を持った『社会的動物』であり、公式組織(会社のような公の組織)の中に自然発生的(仲間意識的)な『非公式組織』を作り、その影響が非常に大きい。

 たとえば従業員は会社に所属していても、社内に自発的な仲間グループといったものを作り、そこから受ける影響が、会社から決められた部や課という所属の影響と同程度か、場合によってはそれ以上になることがあるということ。

 この場合は、会社の作業員グループが公的組織。そしてそのなかに経験豊富で作業能率の良い非公式組織が生まれ、同じスキルを持つという仲間意識の影響を受けたのがその理由です。

 ただホーソン実験は、自然発生的にできた集団ではありませんが、同じような意味を持ったと考えていいでしょう。

 昨日、お話した高校野球や駅伝の例も同じことが言えると思います。一人では、それほどやる気がでなくても、同じ目標を持った集団の一員となれば、大いにやる気が触発される。

 つまり人は、自分のためというよりも、自分が心底愛着を持っている仲間のためというほうが力を発揮できる場合がある。

自分が愛着を持っている組織の一員として、同じ目標向かって団結して頑張っている仲間のためなら、人は底知れぬ力を発揮するのです。

だからもし、会社の中で、あるいは学校、組織のなかで、人をやる気にさせたいときはグループ活動を取り入れればいいのではないでしょうか。

 グループ活動を仕事の中に取り入れることは、いくつかのメリットがあります。

 まず、メンバーの一人としての責任感と自覚が生まれてきますから、おのずと仕事に張り合いが出る。

 そしてグループ内の自由な情報交換と与えられた役割が、仕事への参加度合いを高めます。

 メンバー全員の参加度合いを高めるためには、メンバーそれぞれに、役割地位を与えることが効果的です。グループで仕事をする場合は、それぞれの能力より士気と団結が何より重要だからです。

 野球でもサッカーでも、一人のスーパースターだけではなかなか勝てません。個人技ももちろん大切ですが、選手一人一人が与えられた役割をしっかりこなし、チームワークがとれ、目標に向かって一丸となって突き進んでこそ、いい結果が出るのですね。

 また人は、自分が所属する集団の規範にあわせて態度を決め、行動するといわれます。

 以前述べたように、経営者や上司から「やれ!」と命令されるより、本当に信頼できる従業員の仲間同士、みんなで討議して決めたことは守る傾向にあるのです。

 このことは会社の経営方針、経営目標を、社員全員の目標として達成しなければならない場合に応用できるのではないでしょうか。

 またこれらのことは、次回にお話しする会社の中に気のあった仲間同士の非公式組織を作り、その集団同士で競争してみようという発想を思いつかせてもくれたのです。

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