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太平洋戦争は、どうして止められなかったのか

 こんにちは。

 巷ではお盆休みですね。

 この時期になると、テレビや新聞では、かつての戦争の話題が取り上げられます。

 特に今年は、戦後60年の節目の年。昨日もNHKで、戦後60年企画ドラマが放映されていましたよね。

 ドラマがあるなら、戦後60年企画ブログがあってもいいのではないか。

 という勝手な思い込みで、8月15日まで3回にわたって、戦後60年のスペシャルブログをお送りしようと思います。

 その企画を思いついたのは、やはりこの人の本を読んだからでした。  

それは、司馬遼太郎の「この国のかたち」。「テゲ」の一件のあともずっと読み続けていますよ。

仕事のほかにブログを書いたり、池波正太郎の「真田太平記」にはまったりして、なかなか前には進まないけれど、いろいろ考えさせられることが多い本です。

先日、第四巻の92ページの「別国」から145ページの「統帥権(四)」まで読んだとき、昔からの疑問が氷解するような気がしました。

太平洋戦争向けて突き進む軍部に対して、なぜ法的に中止させることができなかったのかというテーマです。

もうすぐ終戦記念日がやってきますね。終戦とは、当然のことながら太平洋戦争のこと。

私はもちろん戦後世代ですし、終戦から十四年もたってから生まれたのですが、子供の頃の世の中は、まだ戦争を引きずっていたように思います。

嫌いな食べ物があってぐずっていると、大人たちは決まって戦争の話を持ち出し、「いくら食べたくても、食べられない時代があったんだぞ」と諭される。

私の祖父は、いつも癇癪を起こし、「のどが渇いた兵隊さんは、牛や馬の小便を飲んでのどの渇きを癒したのだ」と怒鳴りました。

子供の頃、戦争が生まれる前にあった実感させる出来事は、近くの不動尊の縁日のときだったと思います。

本堂にお参りして、長い石段を降りてゆくと階段の踊り場に白い着物を着た中年の男性が二人立っている。

一人は小さなアコーデオンを弾き、もう一人は鉦を鳴らしています。着物の裾から義足が見え、もう一人は、針金で作ったような義手。その先端が、絵本で見た海賊のフック船長のようになっていたのを今でも覚えています。

二人は、楽器を演奏しながら、石段を降りてゆく人たちにお金をもらっている元傷痍軍人さんでした。

その悲しい音色を聞くと、子供ながらに戦争って大変だったんだと思ったものです。

戦争は、当時の人たちに多大な損害を与えたのはもちろんですが、今の私たちだって少なからず影響を受けているのではないでしょうか。

中国や韓国の排日運動は、太平洋戦争当時の迫害がその大きな要因のひとつ。

いまだに私たちは、昔の人たちが起こした戦争のつけを払わされている、と言っていいのかもしれません。

冷静に考えてみれば、こんなちっぽけな国である日本が、アメリカや英国と戦って勝てるわけがないと思いますよね。当然、当時の有識者は、こんな無謀なことを仕出かすと国が滅びるということはわかっていたのでしょう。

それでも一部の軍人の暴走を食いとめることができなかった。

当時の日本には、大日本帝国憲法がありました。皆さんご存知のように、帝国憲法にも立法、司法、行政の三権分立の規定があります。

何で立法や司法、行政が、軍部の暴走の歯止めにならなかったのか。

この点につき、司馬氏はこの本の中で、非常にわかりやすく説明してくれています。

その前に今の日本を考えてみましょうか。

今の日本には、当たり前のことですが、軍隊がありません。もちろん、全然別物ですが、今の日本の軍隊と聞いて何をイメージするかと言えば、自衛隊をあげる人って結構いるのではないでしょうか。

自衛隊をテーマにした映画が上映されているらしいですね。私はまだ見ていませんが、自衛隊が軍隊化する話だとか。そういうイメージは、どこか拭いきれないものがある。

それはともかく、自衛隊が暴走するかどうかという議論は別にして、今の日本には、しっかり暴走をゆるさない法律上のシステムになっています。

ところがですよ。太平洋戦争前の日本には、軍部の暴走を法的に(憲法においても)止めることができなかったらしいのです。

いちおー、法学部を出ているのですが、要領よく「優」を取るという作業にのみ没頭し、単位をとったらすぐ忘れるという行為を繰り返していたために、法律が実務として身についておりません。

申し訳ございませんが、ここから私が述べることで間違っている点がございましたら、どなたか突っ込みを入れていただければ幸いです。

さて、今の日本は、内閣総理大臣が同じ内閣の一員である防衛庁長官に対して命令権がある。防衛庁長官もまた、本庁の役人や自衛隊の制服組に対して命令権がある。だから自衛隊は、内閣総理大臣の下にあって、その命令に服するわけです。

内閣総理大臣に対しては、立法府である国会や最高裁判所を頂点とする司法がそれぞれブレーキの役を果たすことが出来る。

だから今の日本にあっては法的に軍隊(もちろん自衛隊は軍隊ではありませんよ)が勝手な行動をするのは違法なのです。

しかし、太平洋戦争前の日本には、軍部が勝手に戦争を起こしても法律違反とならない抜け穴があった。

…と、司馬氏は指摘するのです。 

その抜け穴とはどこか。

それは、明日。

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