« 2005年10月 | トップページ | 2005年12月 »

「痛み」にまつわるエトセトラ

 こんにちは。

 口内炎ネタをお送りしたあと、かなり更新が滞りました。

 おかげさまで、口内炎はよくなりました…と言いたいところなのですが、実はあれからまた同じところをガブッと噛んでしまったのです。

 口内炎になると、患部が盛り上がりますよね。ちょうど噛みやすい位置に口内炎ができてしまっているので…。

 この世のものとは思えない痛みが全身を貫きました。

 さすがに今度は洒落にならない。

 もう日記のネタになんてできません。

 そこへ持ってきて、どうやら風邪をひいたようで、のどが痛くなってきたのです。

 口の中の前方は口内炎で、後方はのどの痛み。

 …というわけで、ここ数日間は完全に死んでました。

 でも、ビタミンBを大量に飲み、先日、日記でご紹介した「1日で風邪を治す法」を実行したら、かなり改善しました。

 ちなみにそれは、部屋の湿度を上げ、ウィンドブレーカーなど着膨れした状態でたっぷり汗をかいて寝るというもの。

 昔、日曜日の午後、スーパージョッキーという番組がありましたね。ビートたけしが司会をしていましたっけ。

 その中の熱湯コマーシャルさながらの熱くした風呂に入って、すぐ寝たのもよかったかもしれません。

 寝ていて、かなりうなされたという記憶はおぼろげながら残っているのですが…。

 ところで先日の日記で、私がためしてみて効果のあった民間療法の話題に触れました。

 民家の軒先によくあるので、黙って使ってやろうかという衝動にかられたもの。

 それは、アロエです。

 アロエの肉厚の葉っぱを途中で切り、縦に二つに裂くと、果肉のような部分が出てきますよね。

 それを口内炎の患部に押し当てる。

 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~、しみるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~

 それでも涙目になりながら必死に痛みに耐え、押し当てる。

 しばらくすると乾いてくるので、またジューシーな葉っぱに取替え、押し当てる。

 何回か繰り返していると、だんだん患部の感覚がなくなってきます。

 それでも痛みは続くのですが、翌朝になると前日より大分改善されているのですね。

 口内炎って、ほっておいても治るのですが、治りの速度が速まるような気がしました。

 わさびや塩ではあまり良くならず、アロエで良くなるというのは、特別な殺菌作用があるからでしょうか。

 どなたか詳しい方がいらっしゃったら、教えていただければ幸いです。


 ところで、今回の口内炎の痛みは強烈でしたが、もっと痛い病気はたくさんあると思います。

 私はなったことがありませんが、尿管結石は人間が感じる痛みの中でもっとも痛い病気だそうですね。

 私の会社時代の後輩がなったのを見たときは、戦慄しました。

 脂汗を流して七転八倒。

 大丈夫か?と声をかけるのもはばかられる状態です。即、救急車を呼びました。

 ホントにすごい痛みで苦しんでいるときは、声もかけられませんね。

 クモ膜下出血も、頭をハンマーで叩かれるような強烈な痛みが襲うそうですし…。


 ところで、先日の土曜日、座談会に出席したあと、御茶ノ水へ出たんですよ。

 御茶ノ水といえば、白雲なびく駿河台~♪の明治大学。

 明治大学もリバティタワーという高層ビルができ、昔と比べてずいぶん雰囲気が変わりましたね。

 ここに知る人ぞ知る博物館があるのです。

 明治大学 商品博物館、刑事博物館、考古博物館の3館。

 古い建物のときからあったのですが、リニューアルして見やすくなりました。

 有料の企画展もあるみたいですが、原則として無料で誰でも入ることができる。

 私はその中では、刑事博物館がお勧めですね。

 今日の日記のテーマは、「痛み」。

 それにまつわる展示があるのですよ。

 昔の拷問道具です。

 時代劇をテレビで見ると、奉行所の役人が犯罪者を天井から吊るし、ひっぱたいて自白を迫るシーンがたまにあります。

 オラッ ネタはあがっているんだ。さっさと吐け。バシッ 

 お役人様、オイラ、ホントに何も知らないんです。どうかお許しください。

 何を~ ふざけるな バシッ


 完全にSMの世界ですよね。

 それから尖った山がいくつもある板の上に正座させ、太ももの上に平らな石を載せる「石抱責」。

 どっちかというと、こちらのほうがイヤですね。尖った木の先端が弁慶の泣き所に食い込んで血が出る。

 これは痛い。

 それから、箱の中から首だけださせて、のこぎり引きをする「穴晒箱」。

 定番の「磔柱」に、火あぶりに使う「火罪木」。

 ここまで来ると、「痛み」というより死んでしまいます。

 西洋の「ギロチン」、「鉄の処女」

「鉄の処女」は、鉄の人型の中に罪人を入れる。そして蓋を閉める。

 それだけじゃありません。人型の中、至るところに鉄の槍が埋め込まれていて、罪人を串刺しにする。


 痛いと感じる暇もないかもしれませんね。

 これらの刑罰がどれくらい痛いのか、ためしたことはありませんが、少なくとも口内炎にわさびを塗りつけるより痛いのは確か。

 口内炎ぐらいの痛みしか経験したことがないというのは、考えようによっては幸せなことなのかも…。

Banner2_8 ← ブログ存続にご協力お願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

口内炎クロニクル

 こんにちは。

 先日の日記に書いた口内炎のこと。

 おかげさまで、ビタミン剤を飲んだり、よく寝たりして少し良くなりました。

 口内炎はたまになるので、あまり気にしていないのですが、今回は少し参りました。

 下唇の右端の裏側に直径1センチの炎症。

 それが月面のクレーターのように大きくえぐれているのですよ。

 もう痛いのなんの…。

 話すのも食べるもの唇を動かしますよね。動かすたびに擦れて痛いのはもちろん、唇を閉じても上唇と擦れて痛い。

 しかもそれだけじゃありません。歯ぐきと舌の裏側にも口内炎が…。

 夜寝ていて、痛くて目覚めたのは久しぶりです。

 以前、歯科医師に口内炎って、どうしてなるのか聞いた事があるのですよ。

 そのときは、口内の不衛生が原因だと言っていましたが、なんとなく納得できない部分もある。

 いかにも口の中が清潔そうな女性もよくなるそうですし…。

 ストレスが原因だとも聞いた事がありますね。胃潰瘍と同じようなものなんでしょうか。どちらも同じ消化器ですから。

 医学用語では、「アフタ」というらしいですね。ビタミン不足なのでしょうか。

 以前、予防のためにチョコラBBを毎日、数年間にわたって飲んでいたのですが、それでもできるときはできました。

 どなたか発生のメカニズムを教えていただければ幸いです。

 ところで今回のオイラの口内炎。

 唇に関しては、外的要因です。

 ホットドックを大口開けて食べようとして、一緒に唇を思いっきり噛んでしまったのです。

 血が出て、「あっ、やばい。口内炎になる」と思ったら案の定なりました。

 でも、歯ぐきと舌の裏の口内炎は、疲労の影響だろうかと自己診断しています。

 それが同時に起きてしまった。

 今回は、「同時多発口内炎」と言ったら、いいのでしょうか。

 でも、10年前、今回以上の大惨事に見舞われたことがあります。

 歯科医院で親知らずを抜いたんですよ。

 女医さんだったのですが、信じられないくらい荒っぽい。

 もう、くぎ抜きで古くぎを抜くみたいな感じ。別な場所の歯ぐきから出血するし、口の端まで傷つけられました。

 やがて口の端に直径1.5センチの口内炎が左右2つ。

 痛くて、口が上下に2センチくらいしか開かなくなってしまいました。

 時間差でできたので、両方治るまで、1週間くらいは口を大きく開けなくて食べられる麺類ばかりを食べていましたね。

 でも口内炎の痛い時期って、せいぜい3~4日。

 実は、なんもしなくてほっておいても治る。

 だから副腎皮質ホルモンの軟膏を口内炎に塗れば1~2日で治るのがわかっていても、我慢してしまう。

 しかも、今はどうか知りませんが、この軟膏を買ってもなぜか水分だけ流れ出して、すぐ使い物にならなくなる。わりと高い薬ですし…。

 それで昔から自分なりの対処法をいろいろ研究しました。

 口内炎というくらいだから、炎症が起きているわけですよね。

 なら傷口を殺菌すればいい。

 殺菌作用のある食べ物でまず思いつくものは、わさび。

 ( 実験その1 )

 口内炎の患部に、家庭用のチューブ入り本わさびを塗ってみました~♪

 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~しみるぅぅぅぅぅぅぅ~

 涙目になりながら、これだけ強烈な刺激があったんだから効くだろうと思ったものの、さほど効果なし。

 次に思いつく殺菌作用のあるものは、塩。

 ( 実験その2 )

 塩でもよかったのですが、ちょっと味気ないので、梅干でためしてみました~♪

 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~しみるぅぅぅぅぅぅぅ~

 効果があるもないも、痛すぎて鼻水がでてきたので中止。果たして効果はあるのでしょうか。

 みなさんは真似をしないでくださいね。

 今は、こんなバカなことはしませんよ。

 上記は10年以上前の話。

 ところで昨日は、座談会を掛け持ちしなければならなかったので、当然、よくしゃべる必要がある。

 薬を塗ってもすぐ治るわけではないですから、バファリンで痛みを抑えるだけ。

 それでも、しゃべるとかなり痛かったので、必要以上にはしゃべりませんでした。

 いつもなら、ペラペラしゃべりすぎて墓穴を掘ることもあるんですけどね。

 でもしゃべらないと仕事をしていないと思われる。

 そこで、先日の「会議で有能さを印象づける法」が役立ちました。

 まず口火を切るのと、方向性を位置づける話題の提供、最後さりげなく意見をまとめる。

 時間的には、ほかの参加者の半分も話さなかったですが、有能さは別として、まわりの人の印象には残ったみたい。

 違う座談会の掛け持ちは生まれて始めての経験でしたが、なんとかポロを出さずに謝礼を握り締めて帰ることができました。

 ところで、薬以外で口内炎に効くものがあったのですよ。

 実験というより、本で読んで自分でためしてみて実証できたものが。

 今回は家になかったので、使うことはできませんでした。

 他の家の軒先によくあるので、黙って使ってやろうという衝動にかられましたが、泥棒になりますもんね。

 それに関しては、また次回。

Banner2_8 ← ブログ存続にご協力お願いします。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

続・会議の場で有能さを印象づける法

 こんにちは。

 最近、やたら目がしょぼしょぼします。目をパチパチやっていたら、石原都知事の真似をしているのかと言われてしまいました。

 どうも、花粉症の症状に似ていますな。

 まさか、ホントに花粉が飛んでいるとも思えず…。

 でも去年、ファンヒーターを出してすぐ、くしゃみが止まらなくなりました。

 どうやら春に吸い込んだ花粉が、フィルターに引っかかっていたみたいです。原因究明に、また推理を働かせねばと思う今日この頃。

 口内炎もできて、しゃべるのも億劫だし…。

 満身創痍の状態ですが、なんとか今日は更新ができそうです。

 それはともかく、先日から再び、会議ネタでお送りしています。

 前にも書きましたが、私がこのように会議にこだわるのは、自分の苦い思い出があるからかもしれません。

 もしかしたら私も、勤め人をしていた頃は、会議でまわりに悪い印象をふりまいていたのではないか、と考えるのです。

 当時、営業の数字は結構あげていましたが、評価するのは周りの人たち。

 営業で頑張って会社に利益をもたらす = まわりの人たちが大喜び、という当然の理屈がまかり通らないのが会社組織の面白いところです。

 独立開業し、自分が客観的に見られるようになって気づいたことって結構ありますね。

 会議の場でも、今の自分なら、何でそんなバカなことやるんだ、っていうことを平気でやっていたのですから。

 要は、自分の主張したいことを、ただストレートに言うだけじゃなく、相手がそれをどう受けとめるかということも考える必要がありますよ、ということ。

 自分の主張が、たとえ会社にとってプラスになることでも、主張の仕方によっては自分にとってマイナスの評価になる可能性もある。

 仕事とは関係ないところで評価される部分って、結構、あるんじゃないですか。

 最新の経営理論が頭に入っていても、やっていることは猿山のボスをめぐる権力争いと何ら変わらないのも皮肉なもんです。
 

 それはともかく、先日の続きから。

 テクニックとして、自分の発言を効果的に見せるタイミングでしたね。

 たとえば、意見が対立して参加者同士激しい応酬があるケースは、いつ発言したら効果的かという点。

 以上のように、出席者の関心が高い内容の場合は、多くの意見が出た後で発言するのが効果的です。

 この点につき、いつもお世話になっている多胡輝氏の「好印象を与える自己表現術」には次のようなフレーズがあります。

● 会議では最後に発言をまとめると、有能さを印象づけられる。

 たとえば、テレビの討論番組なんかよくやっていますね。

 よく2組のゲストがあるテーマで論争を行う。熱の入った討論は、大抵番組の終了まで決着はつかず、司会者の当たり障りのないコメントがついて時間切れとなる。

 民放は、田原総一郎などが結構やりあったりしていますが、NHKの討論番組ではいつもこのパターン。

 こんなとき、テレビを見る側の印象では、なぜか司会者の最後のコメントが一番正しいように思えるのは私だけでしょうか。

 司会者自身は、別に何も自分の意見を言っていないんですよ。

 それなのに、終わりのほうで論争の問題点をちょこっとまとめるだけで、こちらにある程度の印象を残すことができる。

 このような「最後の発言」は、会議の場ではさらに印象が強い。

 上記の本には、会議で使える「最後の発言」のテクニックが載っています。

 たとえば、「最後にひとこと言っておきたいのですが」と、それまでの発言を考慮しながらまとめると、文句の出ようがなく、有意義な結論がでたような雰囲気になる。

 また、発言があとになるほど問題点もわかり、自分の意見も修正できる。それは参加者に「頭のよさ」となってイメージに残る。

 自分の意見とほとんど同じことを他人に先に言われてしまった場合はどうするか。

 そのときは、「いままでに、大体出尽くしたようだが」として、自分の発言にまとめてしまう。

 こうすると、まわりには一段高度な発言ととられるらしい。

 先に発言を求められたらやり過ごし、時を待つ。

 かなり技術を要すると思いますが、会議で有能さを印象づける自己表現法として本には書かれています。

 しかし、出席者の関心が低く、誰も積極的に話しをしないような場合は、なるべく早い時期に発言するのがよいそうです。

 どうしてかというと、出席者の緊張感も手伝って、印象に残りやすいから。

 そういえば、企業ドラマや時代劇の会議のシーンなんかを見ていると、主役が話すタイミングがあるんだなというのがわかります。それがちょうど、上記のケースに似ている。

 会議のテクニックばかりに走って、もっと王道を進まんかい! と言われそうですね。

 もちろん、独創的なすぐれたアイデアや問題解決の方法を提案するのを否定するつもりはありません。

 しかし、せっかく素晴らしい意見やアイデアがあるならなおさら、効果的なタイミングで発言し、皆にアピールするテクニックは必要だと思いますよ。

Banner2_8 ← ブログ存続にご協力お願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

会議の場で有能さを印象づける法

 こんにちは。

 14日の日記で、上司に仕事の報告をするときは、結論からまず伝えると「キレる奴だ」という印象を強められると書きました。

 そしてそれは会議の場でも同じ、と言ったところで終わってしまったのでしたね。

 確かに、だらだらと前置きばかり長い報告をすると、会議がだらけてしまいます。

 それだけならまだいいのですが、会議というのは、大勢の人たちが参加するケースが多い。

 長時間にわたり、大勢の人数を拘束したと、無駄話をした職員は、一気に評価を下げることになる。

有能な経営者や上司は、職員の一時間あたりのコストなんてしっかり把握していますからね。 

 以前、会議特集でも取り上げましたが、会議って、意外と能力をアピールする場において重要な面があると思うのですよ。

 仕事の現場で、大勢の人たちが一緒に論ずる機会というのは会議のほかには、そう多くないはず。

だからひとつの発言、ひとつの動作、表情が、大勢の人たちにインプットされます。

 皆が集まって平等に意見を述べる会議の場では、仕事の取り組み姿勢や企画力、表現力といった面で大きなアピールの場になりますね。

 しかし、逆に評価を大きく下げることだってある。

いつもは、それぞれ違った自分の仕事をしていますが、会議の場では、ひとつの目標に対して、誰がそれに近づく努力をしたか、誰がいいアイデアを出したかという基準で評価できるからです。

一層、会議の場での立ち居振る舞いが、一人ひとりの仕事の評価とあいまって印象に残りやすい。

 また、同じ議題を論じれば、その発言内容や考え方の違いによって、その人の能力や取り組み姿勢に優劣があることが明白になります。

いわば同じ土俵で、戦わざるをえなくなる。

 仕事の内容が悪ければあきらめもつきますが、仕事は申し分のない働きをしていても、会議の場での印象が悪いために、冷や飯を食っている人たちは結構大勢いると思いますよ。

 所詮人が人を評価するわけですから、会議の場でうまく自分をアピールするテクニックというものが存在するようです。

 逆に言えば、いくら本来の実力で自分をアピールしても、自分をうまくアピールする人のテクニックに敗れるケースだってある。

 だから会議のテクニックというのは、とても重要なのではないか、と…。

 …ということで、以前日記にも書きましたが、もう一度、会議のテクニックにこだわってみたいと思います。

今日は、会議で発言するタイミング。

 ところで、会議で一番目立つのは、どんなシーンでしょう。

 前に書いたことがありますけど、覚えていますか?

 私は忘れました。(笑)

 ここから先は、前の記事を見ながら書いていますのであしからず。

 それは、会議の最中、皆、いいアイデアが浮かばず、顔を見合わせて沈黙してしまったとき、その沈黙をさっそうと破って意見を言うシーン。

または、参加者同士の対立で会議が紛糾し、収拾がつかなくなったとき、解決の方向性を提案するシーンでしょうか。

 たとえば…

「これまでの意見をまとめてみると…」

「意見が対立しているみたいですが、問題を整理してみると、要するにこういうことですね」

「この点だけが問題で、あとは合意と考えてもいいんですか?それでは、こういうふうにしたら、いかがですか?」

 …なんて言いながら、全体の意見や方向を見極めてまとめ、調整する役目に徹する人です。

 こんなことを言うと怒られそうですが、大して発言に内容がなくても、話し合いの方向付けをする人は、結構、皆の記憶に残るのでは。

 ところで、テクニックとして、自分の発言を効果的に見せるタイミングがあるそうなんですよ。

 たとえば、意見が対立して参加者同士激しい応酬があるケース。

 こんなときは、いつ発言したら効果的か。

 それは次回。

Banner2_8 ← ブログ存続にご協力お願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

上司に有能さを印象づける法

 こんばんは。

 今週はちょっと忙しいので、前ふりなしでいきなり行きましょう。

 …と言っても、書き始めるとまた長くなってしまうのですが…。

 今日は「上司に有能さを印象づける法」です。

 ああ、サラリーマン当時、こういう方法を知ってればよかったんすけどねぇ。

 覆水盆に返らず…
 
 それはともかく、仕事ができないわけじゃないのに、上司からトロい奴だと思われている人って、職場にいませんか?

 別に職場に限らなくても、かまいません。やれば何でもできるのに、学校でもまわりのクラスメートから、意外と評価の低い人っていますよね。

 もちろん、仕事の段取りが悪かったり、何度も同じことを繰り返し聞いたりすることがほとんどだと思いますが、意外と上司に対する報告の仕方が悪い場合が多い。

 仕事がうまく行きそうなのか、駄目なのか。いつまでに仕事が完成するのか。

 または仕事が成功したのか、失敗か。

 前置きが長すぎて、何をいいたいのかわからないケース。

 上司が一番知りたいのは、結論ですよね。

 とにかく、人の上に立つ人は忙しいもの。

 部下の意見や見通しを聞いて、すぐ判断を下さなければならない。

 とくに最近のように情報が瞬時に伝わる時代なら、なおさらです。

 そのためにどうしてもせっかちな心理状態になる。

 昔もそうでしたが、今はとくに早く結論を知りたがると言っていいでしょう。

 それなのに、部下が結論を先送りして、だらだら不要な前置きを言う。

 こういうときは大抵、仕事がうまく行っていないときが多いですね。

 部下としては、結論を先送りして、まず言い訳を先にだらだら述べ、「ゆえに結果として駄目でした」と持って行きたい。

 でも、こういう報告の仕方だと、失敗の結果で叱られる前に、不要な前置きで貴重な時間を使うなと怒られそうです。

 それが積み重なると、信用を無くす原因となる。

 この点につき、多胡輝氏の「好印象を与える自己表現術」には以下のフレーズがあります。

● 上司に仕事の報告をするときは、結論から伝えると「キレる奴だ」という印象を強められる。

 「キレる奴」というのは、もちろん短気という意味ではなく、「できる奴」という意味。

 この本の初版は、昭和58年の9月ですが、確かこの頃は、「すぐキレる」とかいう表現はなかったはず。

 言葉の変化も時代の世相を反映しているような気がしますな。

 それはともかく、本には、仕事が失敗した場合はとくに、「失敗しました」と結論から報告したほうが、上司の印象はよくなると書かれています。

 表現の仕方は変わっても、この内容は今の時代はとくに重要ですね。

 上司は、部下のいいわけを聞きたいのではなく、仕事の結果を真っ先に知りたがっているからです。

 失敗した理由などは、あとからゆっくり報告すればいい。

 同じ失敗でも、結論を先に持ってくるか、あとにするかでその報告から受ける印象はまるで違ってくるとか。

 そういえば以前、「苦情を最小限に抑える法」というのをお送りしましたね。

 関連すると思いますので、もう一度以下に書きますと…

● 自分に不利なことは、前置きなしで、ズバリ用件に入ると、相手はそれ以上攻撃する気になれない。

 結構、この法則は、使えますよ。

 たとえば、仕事でミスったけれでもまだ上司が知らないとき。あるいは、自社の商品やサービスに問題があるのをお客さんが知る前にこちらが知ったときなどに、です。

 お客さんも上司もまだ気がついていない。しかし、発覚するのは時間の問題。運が良ければ発覚しないかもしれないが、もし隠しているのが知れたら大問題に発展しかねない事柄には有効かもしれません。

 こういうときは、下手に隠し立てせず、自首したほうがいいです。

 上司の前に背を伸ばして立ち、神妙な顔で、「申し訳ございません。実は大変な失態を犯してしまいました」とやる。すると、上司は、ただならぬ雰囲気に緊張し、「何をやったんだ」と聞く。

 この時点で上司は心の準備ができているから、何を言っても最悪の事態になることは避けられる。

 お客さんも同じです。上司と二人、菓子折りを持ってお客さんの会社や自宅へ謝りに行く。お客さんはまだ問題に気づいていないから、驚いて、「何かあったのですか?」と聞く。

 そこで、「すいません。誠に申し上げにくいのですが、実は今日伺いましたのは…」と神妙な顔で経過を説明するのです。こうまで正直に、自分の否を認め、いさぎよく謝罪に来ている人には、人間、それ以上、攻撃する気にはなれないのではないでしょうか。

 
 ちょっと今日のテーマから外れてしまいましたが、仕事の報告は結論から上司に報告することが大切。

 これは、会議の場でも同じですね。

 この点に関しては、いずれまた。

Banner2_8 ← ブログ存続にご協力お願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

宿場町 春日部をゆく

 こんにちは。

 ふと思い立って、埼玉県の春日部へウォーキングに行ってきました。理由は、まだ一度も行ったことのない町だったから。

 中学校当時、千葉へ行ったときもそんな感じでしたね。

 いつも通っている学習塾が代々木にあり、帰り道、黄色い電車の総武線を終点まで乗ってみたのです。

 たんに、どんなところへ行き着くのだろうと思ったからですが、今回もたぶん、それと同じ発想。

 学生時代から、関東地方の名だたる観光地は訪れているのですが、比較的東京から近い春日部に行ったことがないというのは、旅行のガイドブックから抜け落ちてしまっている場所だからですね。

 確かに、地図を見ても、面白そうな公園や建物は何もない。

 でも、歴史的には重要な場所なんですよ。

 江戸時代、春日部は、粕壁宿という宿場町で栄えました。江戸日本橋から、千住、草加、越谷に続く日光道中四番目の宿場町。

 きっと行けば何かあるはず、と路上観察学会のメンバーになったような気分で出かけたのです。

 ところで、宿場町にある施設と言えば、大名などの泊まる本陣や脇本陣。それから宿駅業務を行う問屋場。一般の旅人の泊まる旅籠などですね。

 時代考証のしっかりした時代劇には必ず登場します。

 ところが残念なことに、旧日光街道ぞいの市内の中心部には、パッと目にはそれらの施設の痕跡は残っていませんでした。

 でも、大通りを歩いていて、東陽寺という寺に松尾芭蕉が宿泊したという案内板がありました。

 「奥の細道」の旅に出た芭蕉は、千住から1日でここ、春日部まで歩いたのですね。何でも同行の曽良の日記に記載されているとか。

 なるほど、と思ったのですが、千住から春日部まで、九里…ってことは、約36キロですよ。

 それを1日で歩いたのですか。

 すごい。しかも芭蕉は当時、中高年とも言える年だったのですよね。

 そういえば、芭蕉の歩く速度の速さから、忍者説がありました。しかも、芭蕉の実家は、伊賀上野でしたっけ。

 現地へ来ると、そのすごさを体で体感できますね。

 日本中をいろいろ旅しているから、その場所の断片的な知識が頭の中で組み合わさり、立体化してゆくのも旅の魅力です。

 ところで、斉藤栄のミステリー『奥の細道殺人事件』は、名作ですよ。本題とは関係ありませんが…。

 駅前から少し離れた商店街を歩くと、古びた家並みが広がっています。

 これは、東京の衛星都市にはおなじみの景色といったらいいでしょうか。

 駅前には、巨大なスーパーや新築の高層マンションが建ち並び、近くの古くからある商店街は、昭和30~40年代で時間がストップしてしまったよう。

 高度成長時代に大いに商売が発展したものの、その後はスーパーやチェーン店などの大資本に押され、一般の小売店は存続が厳しくなっていったのかも。

 東京なら、マンションやコンビニなどに変わるのでしょうが、地方都市はそれらへの転用もできず、時の流れに身を任せるのみ。

 町並みは、昭和の風景が結構残っています。

 ただ、昭和はもう少し、活気がありましたが。

 ガイドブックにあまり載っていない街ですが、そぞろ歩きをしていると見るべき景観もいくつかありました。

 それは、意外と蔵がたくさん残っているところ。

 蔵の街としては、川越や水郷佐原、喜多方などが有名ですが、それらの都市にはおよばないものの、無視できない数の多さ。

 いいところは、観光資源としてまったく活用されていないところですね。

 民家の塀越しに崩れかかった蔵があったり、屋根まで雑草が生い茂ったり。

 また以前、民間の美術館として利用されていたものの、今は打ち捨てられたように煤けた蔵もありました。

 もちろん、保存状態の良い蔵もあるのですが、なんか古いまま忘れられたように佇む蔵に魅力を感じるのは私だけですかね。

 中にどんなものが入っているのだろうとか。

 忘れられた蔵の中から、とんでもない古文書やお宝が見つかったりして。

 徳川の埋蔵金の隠し場所の図面は、恐らくないでしょうけど…。

Banner2_8 ← ブログ存続にご協力お願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大富豪クロニクル

 こんにちは。

 今日はお気に入りのゲームの話題から。

 ところで、みなさんは、ほんの数分の休憩時間ができたとき、どんなことをしていますか?

 休憩時間なんだから、おそらく、ただじっと目をつぶって休むというのが一番効果的ですよね。

 気分転換にタバコを吸うという人もいるかもしれません。また趣味の雑誌をペラペラめくるという人も。コーヒーやお菓子を食べながら雑談する人もいるでしょう。

 私は、タバコは吸わないし、趣味の雑誌なんか読み始めたら、1時間も読み続けてしまいそう。

 だから大抵、パソコンやケータイにインストールしてあるゲームをして気分転換することが多いですね。しかもほんの数分で決着がつくような。

 そのゲーム。最近、オセロなんかもしていますが、なんといっても「大富豪」。

 今はどうかわかりませんが、私たちの学生時代、結構、流行ったトランプゲームでした。

 ネットでも、大富豪ができるそうですね。でも、はまったらたぶん抜け出せなくなると思いますので、一度もやったことはありませんけど…。

 ところで「大富豪」って、地域によっていろいろなルールの違いがあるみたいですね。

 ちなみに、私のパソコンに入っている「大富豪」は、「2」と「ジョーカー」が強いのですが、最後までそのカードを残すことができない。

 ところが、ケータイにダウンロードした「大富豪」は、「クイーン」が強いのだけれど、そのカードを最後まで持っていてはいけない。しかし、「2」や「ジョーカー」であがることができる、みたいな。

 現在、ケータイの大富豪の最高記録は、68連勝。双葉山の69連勝に一歩及ばなかったのが悔やまれるところですが…。

 私が「大富豪」を覚えたのは、高校時代の修学旅行でした。一晩中、クラスメートたちと旅先のホテルで遊んでいたのを覚えています。

 そのあと、友人の家でみんな集まってゲームをしまくり、腕を磨きました。

 本格的にのめりこんだのは、大学へ入ってからでしょうか。

 ところで、「大富豪」の面白いところはなんといっても、大富豪や富豪、平民、貧民、大貧民に分かれるところ。

「大貧民」になったら、「大富豪」へ一番いいカードを2~3枚渡し、代わりに悪いカードを受け取らなければならない。従って、一度、どん底に落ちたらなかなか這い上がれないのです。

 なんかサラリーマン社会の人生の縮図を見るよう。

 学生にとって、将来、金持ちになれるか、貧乏になるか、自分の未来を占うという意味もあったのかもしれませんね。

 休み時間や授業が終わってから、7~8人集まってやっていたのですが、次第にバリエーションを考え始めました。

 タイトルマッチルールの導入です。

 大富豪になった者が一定の条件を満たすとチャンピオンになり、防衛戦を行う。

 たとえば、試合時間を30分間と決め、試合終了時に大富豪だった者がチャンピオンになる。

 白熱してくると、チャンピンを認定する団体が3つできました。当時のアメリカプロレス界には、大きな団体が3つありましたから、それにあやかったのです。

 たとえばもっとも権威のあるタイトルが、NWA世界大富豪チャンピオン。あとのふたつがそれぞれ、AWA世界とWWWF大富豪チャンピオン。

 なぜこんなことを長々と書くかというと、オイラが3つのタイトルを統一して、初代の3冠統一世界大富豪チャンピオンになったからですよ。(プロレスのローカル団体も世界タイトルを自分たちで勝手に作ってますもんね)

 自慢じゃありませんが、当時は結構強かったのです。

 とくに最後で逆転して、タイトルを防衛するケースが多かった。心理的な駆け引きもなかなかうまかったと思います。

 しかし、強いと当然、他のメンバーから反発が出ますね。

 皆、なんとかしてオイラをチャンピオンの座から引き摺り下ろそうと知恵を絞る。

 そして、なんと恐怖のデスマッチルールが採用されました。

 大貧民になった者は、大富豪に4の字固めをかけられ、かけられたままゲームを行うというルール。

 それまでも、大貧民は、板の間で土下座させられるとか、ひざにホウキの柄を挟んで正座させられるとか、人権を無視したルールはありました。

 でも、4の字固めをされたまま、ゲームをする?

 とても冷静な判断などできないじゃないですか。

 でも、多数決で大貧民4の字固めルールが採用されてしまいました。

 オイラ、中盤戦は意外と弱いですからね。最後に吉村道明の回転えび固め的逆転勝利で王座を防衛していたので、パターンを読まれていたのだと思います。

 結果、案の定、一時的に大貧民に落ち、4の字固めをされました。

 そのあとは、もう大変でした。

 カードを出そうとすると、大富豪が足に力を入れる。

 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~、足が折れるぅぅぅぅぅぅ~!!!

 脂汗を流しながら、必死に痛みに耐えつつ、それでも根性でカードを出そうとすると、大富豪が渾身の力を込めて阻止する。

 プロレス研の面目にかけて、最後までギブアップはしなかったものの、とうとう3ヶ月にわたって守ったタイトルから転落してしまいました。

 そのあと、個別のタイトルは取りましたが、とうとう3冠統一チャンピオンには返り咲くことはできませんでしたね。

 ほろ苦い青春の思い出?

 今、ケータイの大富豪で勝って喜んでいるのは、多少、当時のリベンジという気持ちもあるかも。

 いつか、世界大富豪協会を復活させて、認定チャンピオンに返り咲くという夢を持っています。 

 それはともかく、ゲームでは3冠統一大富豪になったのに、現実の世界では、まだ「貧民」レベルでしょうか。

「大富豪」レベルは、六本木ヒルズの社長さんたちですかね。「富豪」は、一流企業のサラリーマンレベル?

 う~ん。はやく、「平民」になりた~い。(←妖怪人間ベムの口調でお願いします)

Banner2_8 ← ブログ存続にご協力お願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新・普通の人が頭をよく見せるための法

 こんばんは。

 今日は一日、埼玉県のとある都市へ出かけていたので、夜の更新です。

 
 昨日、ブログに書いたのでやっと「スーパースリー」の

 ♪ラリホー ♪ラリホー ラリルレロ~ ♪ラリホー ♪ラリホー ラリルレロ♪
 
 …の耳鳴りが消えました。

 おかけで今日は少し真面目に書けそうです。 

 さて、おとといとその前、「普通の人が頭をよく見せるための法」について書きました。

 今までは会話を中心にお話しましたが、今日はおもに文章で頭のよさを印象づける方法。

 …といって、私の日記の文章を読んで全然頭よさそうに見えないじゃん、と苦情を言われても困るでござりまする。

 あくまで一般論として、多胡輝氏の「好印象を与える自己表現術」という本に書いてありますので。

 でも、元新聞記者や名文家といわれる作家の書いた文章術の本をいろいろ読みましたが、これから書くことは、いい文章を書く上において間違ってはいないと思いますよ。

 ただ私が、それらの本に書かれているコツを会得していないだけですので悪しからず。

 さて、ジタバタと見苦しく保険をかけておいて、普通の人でも頭がよく見える文章のコツを行きましょう。

 上記の本の中には、以下のフレーズがあります。

● 頭のよさを印象づけるには、文章も会話もセンテンスを短く切る。

 でも、なんか違和感がありませんか?

 大学教授の書いた論文は、意味不明にセンテンスが長い場合がありますし、芥川賞受賞作のなかには、1ページにもわたって句読点のない作品がありましたっけ。

 学術論文は読みにくさというか、崇高さがひとつの売りになっており、作家の場合は新しい表現方法を模索したのでしょうかね。

 もともと頭がいいというレッテルの貼られている人が使うのであれば、何を言っても、また何をやっても、大目に見てもらえる状況は無きにしも非ず。

 それはともかく、文章のわかりやすさを研究した実験があるそうなんですよ。

 ある4コマ漫画を何人かの人に見せ、それを文章化させた。

 そしてその文章を別な人たちに読ませて、わかりやすいものとわかりにくいものを選んでもらったそうです。

 すると、センテンスが短いほどわかりやすく、長いほどわかりにくいという結果が出たそうです。

 なぜかというと、短いセンテンスは、主語と述語が離れていないから、頭の中に入りやすい。

 しかも、文章全体のテンポが早く、歯切れもいいので、スラスラ読めるのだとか。

 だからわかりやすい文章は、読む人にさわやかさを与えると同時に、書いた人の頭のよさを印象づけるのですね。

 私がいつも、読みやすくて、物語の世界にすぐ入り込めるのが、司馬遼太郎氏の文章。

 読まれた方はおわかりだと思いますが、センテンスが非常に短く、テンポがいい。

 誰でもスラスラ読めるし、意図的に難しい漢字を使うときを除いて、ひらがなもわりと多いですね。

 偉い大学の先生の書いた小難しい論文とは対極にありますが、誰も司馬氏が頭が悪いからこんなやさしい文章しか書けないとは思わないですね。

 変に自分を偉く見せようとしない自信が文章から伝わってきます。

 これは文章だけではなく、話し言葉についても同じですね。

「~だからぁ…」とか「~ですけど、~」とか、「~でもって、~」など、ダラダラ話がつながっていくと、「一体あなた、何がいいたいの?」とさえぎって聞きたくなる。

 そのいらだちが、相手に対する不快感に転じることってありますね。

 ま、言ってる本人が、何を話しているかわからないような話し方自体、相手から頭が悪いんじゃないかというマイナスイメージを与えてしまう。

 私事で恐縮ですが、私が最初、日記に徒然なるままに書く文章は、すごくセンテンスが長いんですよ。 

 以前ふざけて日記の中で、異常にセンテンスの長い文章を書いたことがありました。そのとき、すごく楽でした。

 接続詞の「~ですが、」という形で続けるのは、すごく楽なのですね。でも、あとで読み返してみると、冗長で、だらだらした文章になっている。

 推敲はほとんど、長くなっている文章を途中で切って、短いセンテンスの文章に直す作業といっていいのかもしれません。

Banner2_8 ← ブログ存続にご協力お願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「3」にまつわるエトセトラ

 こんにちは。

 昨日、「3」という数字をテーマにいろいろ書きました。

 実は、あれからずっと、「3」にまつわるエトセトラが頭の中でフラッシュバックしているのです。

 今日は、昨日の「普通の人が頭をよく見せるための法」の続きを書こうと思いましたが、急遽予定を変更してやお送りします。

 今、書かないと、これからずっと「3」という数字が頭の中でピコピコ点滅し続けるような気がするので。

 さて、昨日は「3」という数字に対して、以下のようなことを書きましたね。

  人間は誰でも、「3つ」という数字に、落ち着きを感じる心理作用がある。

 たとえば、1つではなんとなく寂しい。2つは座りが悪い。

 それが3つになると、「3つどもえ」になって、安定感を感じさせるのだ、と。

 私は歴史が好きなので、3という数字でまず思い出すのは、江戸時代の御三家。

 言うまでもなく、徳川家康の晩年の子供を、要地である尾張、紀伊、水戸に配置して幕藩体制を固めようとしたもの。

 ところが、何の本で読んだか忘れましたが、幕府は最初から御三家を作ろうという意識はなかったそうです。

 もちろん、家康の子供を大大名に取り立て、要地に配置するという考えはあったものの、別にそれが御三家である必要はなかった。

 将軍の秀忠は、家康の三男でしたが、その上に兄もいました。ほかにも子供はいたわけですからね。

 事実、最初は尾張義直と紀伊頼宣、そして家光の弟の駿河忠長が御三家と言われたそうです。

 確かに、皆官位は同じ大納言。石高も均衡している。釣り合いは取れますね。

 御三家といわれて、何の不思議もない。

 しかし、その後忠長が失脚した。それなら御二家になればいいのに、格下の中納言、水戸頼房が入って、御三家となった。

 やはり、2より3のほうがよかったからでしょうか。

 水戸家だけ、ワンランク下の評価なのに昇格した。

 上記の話は、記憶に残っていることを書いただけで間違っているかもしれません。どなたか詳しい方がいらっしゃれば、突っ込みを入れてください。

 ただ、どうしても、「3」という数字にこだわりたかったという気持ちはなんとなくわかります。

 時代は下って、御三家といえば、西郷輝彦、舟木一夫、橋幸夫。

 その前に、美空ひばり、江利チエミ、雪村いずみの三人娘も忘れちゃいけません。

 テレビで見たのですが、この頃は、3人セットで売り出すとヒットすると言われていたとか。

 ちょっと古いですか?

 それならば、西城秀樹、郷ひろみ、野口五郎の新御三家。

 …とくれば、

 森昌子、桜田淳子、山口百恵の花の中三トリオはどうでしょう。

 ええ、まだ古い?

 じゃあ、田原俊彦、近藤真彦、野村義男のたのきんトリオ。

 そうくるなら、シブがき隊や少年隊も出さねばなりませぬ。

 そういえば、伍代夏子、藤あや子、坂本冬美の女性美人演歌歌手の3人セットで売ったような。

 でも、香西かおりは入っていなかったっけ。

 ロック御三家といえば、ツイスト、原田真二、チャー。

 スケ番刑事の風間三姉妹。

 ううん、きりがない…。

 それはともかく、「3」という数字で売り出すメリットってありますよね。

 これは個人的見解なのですが、2人が人気でブレイクしているとき、あとの1人を入れて、3人で売り出せば2人の人気者に引っ張られてあとの1人も人気が出る。

 これは「花の中三トリオ」の山口百恵のケースですかね。最初は一番地味なイメージでした。ところが、東大生が支持したりして、あとはぶっちぎりの人気者になりました。

 なぜ東大生が支持したかというと、当時、3人の中で一番人気がなかったからだそうな。

 それから、1人や2人の人気が落ちても、3人のうち1人が頑張っていれば、「そういえば、3人組のあとのメンバーはどうしたかな」と思い出してもらえる。

 これは、たのきんの野村義男やシブがき隊の府川敏和が当てはまりますかね。

 おかげで、しっかりオイラの記憶に残っているのだから。

 当時、活躍していた芸能人もかなり忘れていると思いますが、3人セットで売り出した彼らの名前は、きっと忘れないでしょう。

 
 このトリオで売り出す理論を、ブログで活かすのも面白いかもしれませんね。

 たとえば、同じテーマや同じくらいのアクセス数の人と組んで、3人で売り出す。

 それぞれ少し個性が違っていた方が面白いかも。

 たとえば、美人看護師御三家とか。

 若手税理士、あるいは若手行政書士アイドル御三家。

 オヤジ御三家は嫌だなあ。

 
 最後に、やっぱり「3」と言えば、やっぱしこれでしょう。

 これがやりたいばかりに、ここまで書いてきたのだから。

実は、昨日からずっとこの唄が耳の中で鳴り響いているのです。

 ♪ラリホー ラリホー ラリルレロ~♪ラリホー ラリホー ラリルレロ

 コイルはデブっちょボヨヨンのヨン

 フリーは気取ってスイスイスイ

 マイトの出番だバラッバラッバラッ

 スーパースリーは諜報部員、世界の為ならエンヤトットどっこいしょ

  
  懐かしのテレビアニメ、スーパースリーのテーマでした。

Banner2_8 ← ブログ存続にご協力お願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

続・普通の人が頭をよく見せるための法

  こんにちは。

 おとといは、話しはじめに、テーマがいくつあると断わっておくと、頭のよさを印象づけられると書きました。

 そのいくつかとして、3つの問題点、3つの解決策を例としてあげましたね。

 実はこの3つという数字。

 人間は誰でも、「3つ」という数字に、落ち着きを感じる心理作用があるそうなのです。

 たとえば、1つではなんとなく寂しい。

 2つは座りが悪い。

 それが3つになると、「3つどもえ」になって、安定感を感じさせるのだそうな。

 この点につき、多胡輝氏の「好印象を与える自己表現術」(ごま書房)には、以下のフレーズがあります。

● 要点などは、3つにまとめると、頭のいいまとめ方という印象が強くなる。

 上記の本には、その具体例として、かつて伊藤忠商事の副社長を務め、言論界でも活躍された故瀬島龍三氏のエピソードが紹介されています。

 当時、瀬島氏と会った人は例外なく、その説得力のある話し方に驚いたのだそうな。

 瀬島氏は、どんな問題についても、「それは3つの答えがあります」とか「その問題点は3つあります」と複雑な事柄も「3つ」に絞り込んでしまう。

 こうすると、複雑な問題も整理されて理解しやすくなるとか。

 また、全体のイメージもつかみやすくなる。

 しかし、「答えはこれしかない」と「1つ」に絞ると独断的な印象を与え、「2つ」ではとってつけたような感じになりやすい。

 だから、「3つ」は、人間心理の特性に訴えかけて、十分な効果を及ぼすのですな。

 さて、この3という数字。

 私の年代なら、「栄光の背番号3」をリアルタイムで見てきたから、思い入れはあるのですが、ビジネスの現場ではどうでしょう。

 おそらく、「3分間スピーチ」という言葉を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。

 これもまた、普通の人が頭をよく見せるための秘訣として使えるらしいのです。

 この点につき、さきほどの本にはまた、以下のフレーズがあります。

● 一つの用件は、3分以内に話すようにするのも、頭のいい話し方をする秘訣。

 ところで、なぜ3分が、これほどまでに重要なのか。

 多胡氏の本には、3分に相当する言葉の分量が、普通の人間がメモを使わずに話せる平均値であると書かれています。

 また、約3分が、一つのテーマを話し終えるのにちょうどいい時間でもあるらしい。

 つまり3分は、自己表現をするときにも、ひとつの区切りになる長さなのですね。

 どんな用件であれ、およその内容は3分あれば表現できるはず。

 内容のない開会のあいさつや結婚スピーチなど、無駄なことを長々と話す人って、やはり頭がいいという印象からは遠いですよね。

 スピーチや自己紹介は、聞き手があっての話。

 とりあえずひとつの用件は、3分以内で収めるよう努力することが大事ですね。

 複雑な事柄でも、スパッと要点をわかりやすく話せる人って、やはり優秀で好感が持てますよ。

Banner2_8 ← ブログ存続にご協力お願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の人が頭をよく見せるための法

 こんにちは。

 今日は月曜日。

 一週間の始まりだし、天気もいいので、またビジネスネタをひとつ。

 学校はもちろん、家庭、ビジネスの現場、地域の人たちとのコミュニケーションをする上において、他人から頭がいいと思われて損はないと思うんですよ。

 子供に勉強をさせる上においても、親の頭がいいと子供に思われれば説得力が加わるでしょうし、ビジネスの現場においてもやはり頭のいい営業マンから商品を買いたいと思う。

 ここで最初に断わっておきますが、こんなことを書いたからといって、オイラは頭がよくないっすよ。

 銀行の新入行員時代、「体力があるのは認めるけど、お前、もうちょっと頭使って仕事しろよ」というのが上司の決まり言葉。

 当時、オイラの個人的目標は、百円硬貨の入った麻袋をいくつ持てるか、ということでした。

 一袋には、百円硬貨が四千枚、四十万円ですよ。それを右手に3つ、左手に2つ持って、階段を駆け上がる…。

 そんなことをやってみんなを驚かせて喜んでいたのだから、杉村タイゾー先生も真っ青でしょうね。

 ソロバンはできないし、数字はよく間違えるし、上司に屁理屈をこねて怒られるし…。

 ただビジネスの現場においては、いわゆる学校秀才としての頭の良さはあまり関係ないと思います。

 商談に入る前にペーパーテストをやって、80点以上取れた人と取引するなんて話は聞いたことがない。

 テストが行えないとすると相手の主観的評価で、こちらの頭の良し悪しが判断されるわけです。

 大事なのは、その人が、頭がいいかどうか、どこで他人が判断するかですね。

 さっきも言いましたように、実社会では、初対面の人にいきなりペーパーテストをやって学力を調べるわけには行きませんから、限られた条件でしか、その人を判断できない。

 わかるとしたらまず、まず会話ですね。

 とくに話がわかりやすいというのは、その人の頭のよさを印象づける重要なポイントではないでしょうか。

 わかりやすいということは、問題をしっかり把握して、わかりやすく順序だてて説明できる人だと相手に思わせる。

 私たちがテレビで解説者やコメンテイターの話を聞いてわかりやすければ、頭のいい人だなと好感を持ちますもんね。

 とすると、普通の人でも、わかりやすい話し方ができれば、頭のいい人だと相手に印象付けられるということになるかも。

 でもこれって難しい。

 ところが、これは意外と簡単なことらしいのです。多胡輝氏の「好印象を与える自己表現術」には、以下のフレーズがあります。

● 話しはじめに、テーマがいくつあると断わっておくと、頭のよさを印象づけられる。

 名前は忘れましたが、テレビでよく見かける大学教授が、司会者から質問を投げかけられると、これと同じような対応の仕方をしますね。

 たとえば…

「今、おっしゃられたことに関して、私は3つの問題点があると思うんですよ。まずその第一点はですね。…」

 また、国会や街頭演説で、論客として知られるある政治家もこんな話し方をしていました。

「皆さん。今日私が訴えたいことは3つあります。是非、この3つのテーマは、じっくり考えて欲しいのです。そのひとつは…」

 上記の2人とも、頭がいいという感じを受けませんか? 少なくとも悪いという印象は受けないはずです。

 共通するのは、テーマがいくつあると断わって、それぞれのテーマの大雑把な説明をする点。

 なぜ、この話し方が効果的かというと、聞き手にとって、あらかじめ相手が話すことの全体像をつかんでおくことができるからだそうです。

 つまり、話を聞きながら、次の展開の見通しがつけられるんですね。そうした心の準備をしたうえで話を聞くのだから、自然と話がわかりやすくなる。

 最初にテーマを示すことで、聞き手の方で勝手に話をわかりやすく解釈して聞いてくれるとも言えますね。

 本には、相手の能力を借りて、自分の頭のよさを印象づける方法と書いてあります。

 私もこの方法はクリニックの事務長をしていた頃、使ったことがあります。

 別に頭のよさを印象づける云々は別にして、話を単純にしてわかりやすくする上においてですよ。

 医師や看護師、リハビリ担当者、事務職員、それぞれの立場から主張を繰り返して、物事が紛糾することがよくありました。

 そのとき、こんなことを言って、ぐちゃぐちゃになった問題点を整理することがあります。

「みなさん、それぞれの立場があるのはわかります。ただ、問題点を整理してみると、要は次のことを解決できればいいわけですよね。それでは私がそれに対する解決策を3つあげますから、その中から選んでください。そのひとつは…」

Banner2_8 ← ブログ存続にご協力お願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大きなことをお客さんに引き受けさせる法

 こんにちは。

 昨日まで、東京モーターショーや脳卒中についての話題をお送りしました。

 今日は久しぶりにビジネスネタ。

 …と思って、前回のブログを見たら、重大な事実を発見。

 なんと10月27日(木)に、思わせぶりに問題を出したまま、すっかり忘れているではありませんか。

 今日が始めての方は申し訳ございません。まず、前回のこちらの記事をご覧ください。

  東京モーターショーへ行ってうかれていたら、大変な失態を犯してしまいました。深くお詫び申し上げます。

 さて、遅ればせながら今日は27日のブログの続きです。 

さて、先日の回答ですが、あなたの家の家庭用品を、戸棚、押入れ、倉庫まで見せてくださいといった依頼に対して、引き受けたのは、驚いたことに52.8パーセントにのぼったそうです。

ところが、第一の電話を省略し、いきなり第二の電話の趣旨で依頼した場合は、22.2パーセントしか引き受けてはいなかったといいます。

この数字でも、今の日本では考えられませんね。

第一の電話でも、「結構です」といってほとんどの人が電話を切ってしまったと思います。

この本の初版が昭和47年で、実験はそのかなり前にあったのでしょう。

昔は電話セールスでも飛び込み訪問でも、断わり方に人情味があったと、ある会社の営業マンはぼやいていましたっけ。

昔と今の成功率の比較はともかくとして、実験の結果は、人に物を頼むときは、まず小さなことから頼むと成功率が高くなることを示していますね。

昨日、お客さんに大きな取引をお願いする前に、まず銀行口座を開いてもらうことが先決であると書きました。

いったん相手に引き受けさせて、それから徐々に、要求を引き上げていくといいわけですね。

いきなり大きなことを頼んでは、相手もなかなか引き受けにくいので、簡単に断わられてしまうからです。

しつこいようですが、同じような実験がカリフォルニアのある町で行われたのですよ。

これは、「カリフォルニアを美しくしよう」というキャンペーン広告を、庭先に出させてくれという依頼を、2つのグループに行ったもの。

第一のグループは、最初は小さな広告を、ついで家が見えなくなるほど大きな広告を庭に出させて欲しいと依頼した。

そして第二のグループには、いきなり、家が見えなくなるほどの大きな広告を持ち込んで、お宅の庭先に出させて欲しいと頼んだのです。

結果は、第一のグループの76パーセントがこの依頼を引き受けたのに対して、第二のグループでは17パーセントしか引き受け手がなかったそうです。

以上は、営業サイドから見た大きなことを顧客に引き受けさせることのメリットですが、逆に消費者の立場としたら気をつけなければいけない心理法則ですね。

たとえば、詐欺師などは、この心理法則を実にたくみに利用します。

お人好しの人を見つけると、「銀行からお金を下ろすのを忘れちゃったんで、1万円貸してもらえませんか?明日必ず返しますから」と言って近づく。

まったく見ず知らずの人ならいざ知らず、少しでも面識がある人からこう言われたら、なかなか断われませんよね。1万円くらいなくなってもたかが知れているし。

それで1万円を貸すと、次の日、その詐欺師はきちんとお金を持って返しに来る。

別の日に2万円貸してくれと言ってくる。それを貸すと次の日にまた律儀に返却する。

そういうことが何度か続き、詐欺師は信用ができたと実感したとき、100万円貸してくれと言ってくる。

額は多いけれど、いつものようにお金はすぐ返してくれるだろうと安心して貸すと、ドロンてなことは実社会では珍しいことではありません。

この場合も、最初から100万円貸してくれと大きなことを相手に引き受けさせようとすれば、誰も気軽に貸さなかったと思います。

まず小さな依頼を繰り返し、いったん相手に引き受けさせて、それから徐々に、要求を引き上げていくというわけです。

今でも、皆様方のもとに毎日、このような心理法則のわなが仕掛けられているかもしれません。

もう一度、客観的な視点で、見直してみることも大事だと思いますよ。

Banner2_8 ← ブログ存続にご協力お願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

脳塞栓はどんな病気か。医師と女子高生の会話から

 こんにちは。

 今日は文化の日で、祝日。しかも大安。

 こういう縁起のいい日にこそ、また「脳の病気シリーズ」をお送りしたいと思います。

 早めに病気の兆候に気づいて受診すれば、完治することも今の医学では可能ですからね。

 これほどラッキーなことはないかも。

 さて、この「脳の病気シリーズ」。

 ほぼ月一回のペースで、お送りしています。

 約一ヶ月前になりますが、前回は「脳血栓」の話題をお送りしました。

 前回との重複になりますが、私の本業で考えている取り組みが、病気やその治療法をやさしく一般の人たちに伝えてゆく方法です。
 
 予備校教師の書いた「経済のしくみをやさしく解説する本」みたいに、誰でもよみやすく、わかりやすく、面白く、できたらいいなと思ってサンプルを作ってみました。
 
 今日はその『世界一やさしい脳卒中の話』の中から、「脳塞栓(のうそくせん)は、どんな病気か」というテーマでお送りしましょう。
 
 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に「心と体」のカテゴリーにある前回、前々回の記事をお読みいただければ幸いです。

 
 今日はその続きです。
 
 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。

 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。
 
 脳卒中は、脳出血とクモ膜下出血と脳こうそくという種類の病気に分けられます。
 
 前回、そのなかの脳こうそくの中の「脳血栓」について勉強したAYAちゃん。今日は、脳こうそくの中の「脳塞栓」は、どんな病気かが話題になります。
 
 それでは…。
  

< 脳塞栓とは?>

● AYAちゃん「ふうっ、やっと説明が終わった。じゃあ先生、私、用があるんでこれで」

 ちょっと、まだ話は終わってないよ。脳塞栓の説明がまだだけど。長嶋監督の病気のことを聞きたいと言ってたんじゃないかな。用があるなら仕方がないけど。

● AYAちゃん「あっそうだ。私、監督の大大ファンなんです。ファンならちゃんと病気のことも聞いておかなくちゃ。用といっても別にどーでもいい用なんですよ」

 あっ、そうなの。

● AYAちゃん「先生、私新聞で読んだんですけど、長嶋監督は日ごろからすごく健康には注意していて健康診断でもほとんど悪いところはなかったんですよね。そんな人がどうして突然、脳こうそくで倒れてしまったのですか?」

 長嶋監督が倒れた病気は、心原性脳塞栓症と言うんだ。心臓が原因の脳こうそくっていう意味かな。

 この病気は一般に、脳血管自体は詰まりかかったり切れかかったりしているわけではなく健康なんだ。だから前日に脳ドックで脳の血管を見てもらって健康だといわれても、翌日いきなりこの型の脳こうそくになる可能性がある。

● AYAちゃん「えっ? いきなりですか?」

 そう、突然嵐が襲うように。今まで順調に流れていた脳の血流が突然流れてきた血液のかたまりなどによって、ピタッとふさがれてしまうんだ。

● AYAちゃん「(少し涙目になって)どうして突然そんなものが流れてくるんですか? 監督、かわいそう…。ひどいじゃないですか、先生!」

 私に言われても…。

 突然流れてくる血液のかたまりは心臓で作られることが多いんだ。なぜ作られるかというと、脈が不規則になる不整脈のひとつの心房細動や心臓弁膜症などがその原因だね。

 心臓病があると心臓の中で血液の流れがとどこおり、血液がよどんでかたまりやすくなる。そのかたまりが何かの拍子で心臓から飛び出して脳のほうへ流され血管をふさいでしまうんだ。

● AYAちゃん「……。」

 いわば渋滞もない快適なドライブ状態だった道路へいきなり空からヘリコプターが落ちてきて交通をふさいでしまった状態といったらわかりやすいかな。

 当然大渋滞をきたすから、レスキュー隊や消防車、パトカーがやってきてもなかなか前へ進めない。大惨事で被害は甚大だよね。だからこの心原性脳塞栓症には重症型が多いんだ。

● AYAちゃん「どうして重症になってしまうんですか? 前に先生から聞いた『おかゆのようにドロドロのかたまりができて血管に詰まる脳こうそく』や『細い血管が詰まっておきる脳こうそく』は急に悪くはならないんですか」

 それら脳血栓は、症状の出方が比較的ゆるやかで、こうそくの範囲もあまり大きくはないのが普通だからなんだ。本屋さんへ行くと、道路地図の本棚に『抜け道特集』とかっていう本が並んでいるのを見たことがないかな。

● AYAちゃん「そういえばあるような。宅急便のおじさんが一生懸命立ち読みしているのを見たことがあります。いろいろなルートを知っていれば、事故や工事で道路が通れなくなってもあわてなくてもすむからでしょ」

 そう、脳の血管もいろいろなルートがあるんだよ。主要道路が工事や事故で一部車線規制や片道交通で狭くなると渋滞してくるよね。そうするといろいろな道を知っている人は、『抜け道』『回り道』へ抜けて行きたくなるんじゃないかな。

 脳の血管も狭くなってきて血流が制限され始めると『抜け道』『回り道』が発達してくるんだ。だから脳血栓のように脳の血管が徐々に狭くなってくる場合は、この『抜け道』で脳細胞に酸素や栄養が行き渡り、大きな血管が2~3本詰まっても症状が出ない人もいるんだよ。

● AYAちゃん「なるほど。脳血栓はわかったから、その心原性脳塞栓症ってどうなのかはやく説明してほしいな」

 話が少し横道にそれたかな?

● AYAちゃん「(ガクッ)抜け道にはそれてないと思いますけど…」

 心原性脳塞栓症はさっき言ったように、徐々に脳の血管が詰まることは少なくて、いきなり全面交通止めになるんだ。だから『抜け道』や『回り道』が発達したり、それらを使う時間的な余裕もないんだよ。

● AYAちゃん「突然、ヘリコプターが目の前の道路に墜落したら、助かった車のドライバーもパニックをおこしてどうしていいかわからなくなりますよね」

 しかもさらに悪いことに、心臓から流れてくる血のかたまりは、血管を傷つけて詰まったあと短時間で溶けてしまい、血流が再開することが多いんだ。

● AYAちゃん「途絶えていた血の流れが再開するんだからいいんじゃないのですか?」

 もちろん、それ自体は悪いことじゃないよ。だけどそれが原因で傷ついていた血管が破れて脳内に出血が起きるんだ。

● AYAちゃん「えっ? 血管が詰まったと思ったら今度は破れるんですか?」

 そう、脳こうそくと脳出血が同時に起きることになるね。この状態になると脳卒中の中で一番死亡率、重症後遺症発生率が高くなってしまうんだよ。

● AYAちゃん「最悪だわ…」

 だから脳こうそくの予防のためと言って、脳ドックで脳の断面と脳血管だけ見てもらっても、脳こうそくの予測判定材料としては半分にもなっていないから注意したほうがいいね。

● AYAちゃん「脳こうそくの予防は、脳だけじゃなく心臓など総合的に診断してももらわないとだめなのか」

 今話したのは、順調に流れていた道路にいきなりヘリコプターが落ちてきて大惨事になるケース。これは道路である血管にはなんら問題はないよね。だけど、道路交通が途絶えるのはやはり、道路やそこを走っているドライバーに問題がある場合が多い。

 たとえば道路だったら、土砂を満載したダンプカーや荷物をたくさん積んだトレーラーの過重によって道路が破損し、交通を一時的にストップして補修しなければならないなど。

● AYAちゃん「道路がへこんだり、ひびが入ったり、水道やガスがもれたりして大騒ぎになっているのを見たことがあるわ」

 トレーラーやダンプカーの重みで絶えず道路に負担がかかって陥没したり、ガス管や水道管が破裂したり、ひびが入ったりするからだよ。道路を血管にたとえると、これは高血圧で血管の内側に傷ができるケースに似ているね。

● AYAちゃん「そうか、高血圧って過重運搬のトラックやトレーラーなんだ。そんなものが血管のなかを猛スピードで走ったら、血管の壁も傷ついちゃいますよね。でも先生、道路交通が途絶えるのはドライバーにも問題があるんじゃないですか?」

 いい質問だね。道路を血管にたとえると、そこを走る車やドライバーはさしずめ血液そのものと言えるんじゃないかな。ドライバーには、交通ルールを守る模範ドライバーがいたり、それを無視するドライバーもいたりするけど、血液にも同じことが言えるんだ。

 血液に問題があるのは、コレステロールや中性脂肪の高い状態だね。

● AYAちゃん「スピード狂などもともと性格に問題のあるドライバーもいると思いますけど、酒飲み運転や居眠り運転は、お酒を飲まなかったり睡眠を十分とったりすることによって避けられますよね」

 その通り。自己管理が大事なんだ。脳こうそくも同じことが言えるんだよ。コレステロールや中性脂肪、糖尿病、タバコ、酒の飲みすぎなどを日頃から注意することによって、血液の中に血のかたまりを出来にくくすることができる。

● AYAちゃん「自分の体も交通ルールを守るのと同じように気をつけないとすぐ事故を起こしてしまうんですね」

 私たち医師は、警官みたいに法律でドライバーを取り締まることはできないよね。しっかりアドバイスはするけど、自分でマナーを守って運転してもらうしかないんだ。

 (次回はいつになるかわかりませんが、続く)

Banner2_8 ← ブログ存続にご協力お願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京モーターショーをゆく (トヨタ、日産編)

 こんにちは。

 今日はいい天気ですね。

 昨日歩き続けて疲れているのに、また、日中は取引先を訪問していました。今月は、最先端医療の現場レポートも書かなければいけないし、忙しくなりそうです。

 ところで、おととい中途半端になってしまった記事をはやく書かなければ、東京モーターショーが終わってしまう。

 11月6日(日)までですよね。

 それではさっそく、おとといの続きから。

 日産の忘れてはならない注目のコンセプトカーは、PIVO(ピボ)という車です。

 一番の特徴は、キャビンの向きが前後に変わること。

 つまり運転席がぐるっと180度回転して、前が後ろに、後ろが前に変わることができる。

 ボンドカーみたいな発想ですね。そういえば昔、こんな車があったら面白いとふざけて友達と話したことがあります。

 まさかホントに実現できてしまうとは思いませんでした。

 下のプラットホームの上に大き目のボールが載っていて、それが回転できるという形なのでしょうが、技術的にはとても難しそうに見えます。

 キャビンの位置をプラットホームと直角にもできるから、その形を真横から眺めると、福助がお辞儀をしているよう。

 上でまわるキャビンの下部に目盛りがついているから、いろんな角度で止まることができるのでしょうか。

 ホントは、写真でご紹介できればよかったのですが、すごい人だかりで、最前列はカメラ小僧オヤジに独占されていました。

 だからいいアングルで写真が撮れなかったのです。

 カメラ小僧たちはいいアングルで、コンパニオンのおねーさんをバシバシ撮っていたのですが…。

 それはともかく、この車が街で、キャビンをクルクル回していたら注目を集めると思いました。

 どうしょうもないくらい狭い道の先端にある駐車場でも、この車なら車庫入れが簡単にできそう。

 入れることさえできれば、くるっとキャビンをまわして後ろが前になる。

 運転席をはさむように斜め後方に2つの助手席があるというシート形状も面白い。

 三角関係の男女がドライブへ行くとき、誰が助手席にすわるかでもめる心配がありません。

 さて、最後にトヨタのブース。

 ここのカラーコンセプトは、白ですか。

 個人的には、「2001年宇宙の旅」の宇宙船のようなイメージをうけました。(あくまで個人的意見ですよ)

 ここは、そうですね。ホンダが赤でチャレンジ精神をアピールしている「動」に対し、王者の貫禄の「静」ですかね。

 ここも階段で2階にあがれるスペースがあるのですが、全体として統一感といったものは感じられない。

 未来的なイメージの展示場を作っていますが、展示の仕方は晴海会場時代を髣髴とさせるところもある。

 新車を載せた台の上で、コンパニオンがニコニコ笑いながら立っている構図はまさにそれですな。

 王者トヨタにしては、少し守勢にまわったかな、という感じ。

 多少ほっとする側面もありますが…。

 それはともかく、トヨタにも日産の「PIVO(ピボ)」と同じような発想のコンセプトカーが展示されていました。

「Fine-X」という車です。

 両社とも、コンセプトカーのコンセプトは、狭い場所でも駐車が簡単というところにあるのでしょうか。

 実際、都会では車を止める場所を探すのに一苦労しますから、ドライバーのニーズに合っている。

 日産は運転席のコックピットがぐるっと回転するのに対し、トヨタは車輪の動き方の固定観念を破ったというところが新しい。

 ところでこの車。

 見た目は普通のコンパクトカーなんですよ。

 ところが、デモンストレーションで奇怪な動き方をしたとき、観客から「おお…」というどよめきが聞こえました。

 なんと説明したらいいのかな。これは見たほうがわかりやすい。

 ちょうどフィギアスケートの選手が、後ろ向きに滑るような格好といったらいいか…。

 だからその場で、スケートみたいに車がクルクル回転することも可能。

 の動きができれば、縦列駐車のときに切り返しが一切いらなくなる。従って、車の全長分のスペースが開いていれば、路肩に車を止められるのでしょうね。

 なぜそんな奇妙な動きができるかというと、4つの車輪のホイール内にそれぞれ電動モーターを内蔵したからとか。

 電気自動車でなければできない動きですね。

 面白さと発想の豊かさは日産ですが、実際公道で威力を発揮しそうなのは、「Fine-X」のほうかな。

 でもまだどちらが力を発揮するかわかりませんよ。

 2年後のモーターショーでの両社のガチンコ対決が楽しみです。

Banner2_8 ← ブログ存続にご協力お願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年10月 | トップページ | 2005年12月 »