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私の仕事スランプ克服法

 こんにちは。

 最近、いろいろ忙しくてブログの更新がままなりませぬ。

 前にも書いたかもしれませんが、忙しいというのは自営業者にとって最大の贅沢。

 でも、いろいろストレスがたまる仕事が…。

 疲れたら、先週、図書館で借りてきたCD、森高千里の「ザ・ストレス」を聴き、ストレスを発散しながら頑張っています。

 昔、勤め人だった頃、結構ミーハーだったので、森高をよく聞きました。(というか、今も…)

 そういえば、アルバムの中に「ミーハー」っていう曲もありましたっけ。

 森高のコンサートビデオを買ってきて、よく見ましたね~。

 当時はバブル全盛期。兜町の銀行の支店にいたので、忙しさは半端じゃない。

 融資担当者だったので、昼間はお客さんとの折衝、夜は稟議書を指がうごかなくなるまで書き続けました。

 自宅へ帰る時間は、毎日深夜十二時です。

 頭の中が、取引先の企業の財務分析の数字でヒートアップしているので、とても眠れません。 
 
 そこで行き着いたのが、寝る前に森高のビデオを見ること。

 なぜか頭をカラッポにできますから、よく眠れます。

 「ザ・ストレス」の中には、ストレスの解決策があるのですよ。

 それは、早口言葉をいうこと。

 あまりのバカバカしさに、ストレス発散~!!!

 でも今のオイラのストレス克服法は、もっぱらウォーキングですね。

 これは科学的にもストレスに効くと証明されているらしい。

 なのに、忙しくて、頭をカラッポにしたまま外をほっつき歩いている暇がないのですよ。

 先月、「南伊豆をゆく」シリーズをお送りしてから、お散歩ネタを書けないのがつらいところです。

 それでも先日は、夜に懇意にさせていただいている医療法人のパーティーに参加する以外は仕事がなかったので、久しぶりにウォーキングに行ってきました。

 パーティーの会場が中央線沿線の緑あふれる郊外だったこともその理由です。

 さて、ウォーキング。

 私の場合、歴史散歩と言うべきか、名所旧跡めぐりと言うべきか、とにかくガイドブック手に歩く、歩く…。

 一日に最低3万歩は歩きます。

 せっかく高い交通費を払って外に出たんだから、行った先の目ぼしいものは全て見なければ損という根っからの貧乏根性がそうさせるわけであります。

 若い頃は、ウォーキングガイドブックのコースの三日分を、一日でまわったこともありますよ。

 そうなるともう、ウォーキングというよりジョギングですね。

 でも先日は、夜にパーティーに出席する予定があるので、あまり疲れて見苦しいところはお目にかけられません。

 やはり、カジュアルルックにトレッキングシューズで一流ホテルのパーティーへ行くのはまずいですよね。

 そこでスーツを着、しっかり厳選したネクタイをして出かけました。

 休日でも山手線はすごい混みよう。

 平日の昼間よりかえって混んでるんじゃないでしょうか。

 それでもJRを乗り継ぎ、なんとか青梅線の小作という駅に到着。

 玉川兄弟で有名な羽村堰や郷土博物館を見学し、福生駅に抜ける8キロばかりのコースをゆっくり歩きました。とても気持ちよかった。

 花粉症で、ここ2ヶ月ばかり郊外にウォーキングへ行くのは自重していたんですよ。

 やはりストレス解消にウォーキングは効きます。

 それにしても多摩川の河原では、家族連れやカップルがキャンプして休日を楽しんでいるのにこちらはスーツにネクタイ。

 市役所の観光課の人と間違われたのかな。道を聞かれるわ、カメラのシャッターを押してくれと頼まれるわ、ホント大変でした。

 中には、私のことを市議会議員候補者?と勘違いして、「熱心だな、気に入った。一票入れてやる!」なんて言う酔っ払いのおやじもいる。

 市議会議員選挙がこの近くではあるのですかね。

 市議会議員候補者の方、多摩川の河原なんか結構穴場かもしれませんよ。


 さて、先日は、私のスランプ克服法としてふたつばかりご紹介しましたが、今日はその続きです。

 スランプには、さまざまな要因があると思うんですよ。

 自分自身の体調の問題もあれば、気の持ち方の問題もある。

 気の持ち方に関しては、外部要因が大きいのではないでしょうか。

 つまり、自分のまわりの人たちの問題。この辺がうまくいっていないと、仕事や家庭に大きな悪影響をもたらします。

 プロ野球でも、チームが優勝目指してひとつになっているチームは、実力以上の力を発揮するのではないでしょうか。

 それに対して、チームの雰囲気が悪いと、いくら一部の選手が個人レベルで頑張っても結果は見えてこない。

 それだけ、個人の能力発揮に、外部からの働きかけというのは大切なのですね。

 職場の人間関係の問題についても相当いろいろな本を読みました。そのあたりはいずれ述べたいと思いますが、今日は自分レベルの話です。

 職場の人間関係の悪化によって、深刻なスランプに陥った場合はどうするか。

 これは、先日も触れた、「仕事に対する考え方を変えてみる」にも関連するかもしれませんが、職場の人間関係の悲劇の当事者と考えると、ますますドツボにはまり込みます。

 先日の例を思い出してください。尿管結石の激痛で苦しんでいた人が、「人間、どこまで痛みに耐えられるか、ためしてみよう」と気持ちを切り換え自分を客観的に眺めてみた。

 すると、「本当にキツイときは、気絶する。痛いと感じるときは、それほどではない」ということに気づき、不思議と今までの激痛が、耐えられる痛みに変わったこと。

 私もかつて、職場の人間関係が悪化していろいろ悩み、仕事にスランプをきたした時期があります。

 そのとき、一歩下がって考えてみたのは、人はどういうシチュエーションで、人間関係が悪化するのかという疑問でした。

 それをひとつ解明してやろうと思ったのですよ。

 それで、例の多胡輝氏の心理学のノウハウ物を徹底的に読み漁ったのです。

 すると、今まで悩んでいたことが、サル山の騒動みたいなことに感じられ、す~っと気分が楽になっていきました。

 おそらく、自分と周りの人たちの関係を、心理学の一般法則に置き換え、自分を客観的に見られたからだと思います。

 やはりここでも重要なのは、自分と自分の置かれた状況を客観的に見ること。

 だから、スランプ克服法として、次の点も加えさせていただきます。

● 人間関係に悩んだときは、心理学のノウハウ物を片っ端から読む。

 それから以前、このブログで書いた、ストレス解消法ともつながりますが、自分の好きな音楽を聴いたり、汗ばむぐらいの運動をするのも驚くほど効果的です。

 人間というものは、気分転換がなければ生きてはいけない動物かもしれませんね。

 その意味でもお勧めなのが、次の方法。


● 落ち込んだときは、自分より大きなものを見たほうがいい。

 大きいといっても、中途半端に大きいものではダメで、徹底的に大きいものがいいです。

 たとえば、どこまでも続く山並み、大海原。

 どんなに自分の悩みが大きくたって、宇宙レベルで考えれば、限りなく「無」ですよ。

 46億年の地球の歴史からしても、本人が悩んでいる時間は、限りなく「無」に近い。自分の悩みなんかちっぽけに見えるようななるべく大きい景色をみることもいいんじゃないでしょうか。

 最後に、営業に行き詰まったときのスランプ克服法をご紹介しましょう。

 以下は、世界的トップセールスマンのフランク・ベトガーが、スランプに陥ったとき、彼を立ち直らせた保険会社の社長の言葉です。

 そのまま引用させていただきましょうか。

●「販売の仕事は、煎じ詰めるとたったひとつの事柄である。それは、『できるだけたくさんの人に面会する』に尽きる。人並みの能力を持っている人だったら、毎日4~5人の人に会って、熱心に話を持ちかけてみるとよい。それだけのことできっと成功する」

 彼が言いたいことは、営業に行き詰まったら、初心にかえって数多く取引先をまわれ、ってことですね。

 営業のスランプは、あるきっかけで営業に自信が持てなくなり、この先断られることからくる恐怖感からくるのではないでしょうか。

 それでも何でもとにかくお客さんを数多く回る。

 そういうことを繰り返していれば、必ず色よい返事をしてくれるお客さんが現れるものです。

 ひとつうまくいけば、自信が回復できます。

 それさえ取り戻せば、スランプから自然と脱出できるのかも。


 さて皆さんは、どんなストレス克服法を実行されていますか?

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私の仕事ストレス解消法

こんにちは。

 先日、福井晴敏の「終戦のローレライ」、文庫本全四冊を読み終わりました。

 戦争末期の日本、そして潜水艦という特殊な舞台設定でしたが、迫力ある戦争シーンと登場人物の克明な背景描写、息をもつかせぬプロット展開で、期待通り面白かったです。

 この作品は、完成まで3年くらい要したのでしょうか。現実の戦争を知らない作者が、頭の中だけでこれだけのストーリーをつむぎ出したという点に、人間の脳のはかりしれない可能性を感じました。
 
 そしておととい読み終わったのが、乙川優三郎の直木賞受賞作、「生きる」。

 この作品、たった二日間で読み終わったのですが、インパクトという点において、「終戦のローレライ」を凌駕するものがありますね。

 直木賞をとらなかったら、おそらく一生読まなかった小説だと思います。

 地味で暗そうだし…。

 でも、読後感は、面白いエンタテイメント作品を読んだあとより、さわやかな気分になりました。

 亡き藩主への忠誠心を示す「追腹」を禁じられ、生き続けざるを得ない初老の武士。周囲の冷たい視線、嫁いだ娘からの義絶、そして息子の決意の切腹。

 これ以上ないくらいドツボにはまった主人公が、失意の底から立ち上がる過程が、すごく説得力がありました。

 主人公は、自分を間接的にこのような境遇に陥らせた家老に書状をしたためようとするんですよ。

 そのくだりを引用すると、

「梶谷家老にあてて書状をしたためる。どうせ恥辱にまみれたまま死ぬのなら、うらみつらみを吐き出してやろうと思ったのである。

 ところがいざ恨みをつづりだすと、どれもこれも力を出せば克服できたはずのものに思われ、書けば書くほど泣き言を並べているような気がした。

 胸のうちを文字にしてみると、恨みの正体が見えてきて、その薄さに気付かされたのだった。長い間、評定を聞いたままに書き留めることに馴れてしまい、中身の重さや真意について考えないことがクセになっていたのかもしれない。

 何もせず、ただ恐れ立ち尽くし、嵐が去るのを待っていただけではないか。

 わずかなことでも人は変われるものだ、とやがて他人事のような感想をもてたとき、又衛門はようやく本来の尊厳を取り戻したらしい自分を感じた」

 どうして主人公は立ち直ることができたのでしょうね。

 おそらく、自分を客観視できるようになったからではないか。

 そこに、ストレス解消の糸口があるような気がしました。

 さて、前ふりが長くなりましたが、今日は私のストレス解消法について書きたいと思います。

 ストレスは、仕事なり、プライベートなりがうまく行っているときはあまり感じないもの。

 人は、自分の思い描いている理想と現実のミスマッチを実感するとき、大きなストレスを感じるのではないでしょうか。

 そのミスマッチの実感をひとことで言うと、「スランプ」なのかもしれません。

 しかし、何をもってスランプというのでしょうね。

 まわりから見ると別に普通じゃん、と思われるケースもあり、上司から何やってんだと怒鳴られ、ドツボにはまっているケースもある。

 ただ意外と、まわりは本人ほど悩み、苦しんではいない。

 本人だけが、スランプじゃ~と悩み、這いずり回って脱出しようとするが、ますます泥沼にはまってしまうのはよくあること。

 元巨人の中畑は、いつも、ぜっこうちょ~!!!って言ってましたよね。(← 覚えている人います?)

 ああなると、少々打撃成績が悪くなってもスランプだとは誰も思えない。

 スランプとは、まわりから調子が悪いと思われ、なおかつ本人がそれについて思い悩んでいる場合である、と私は勝手に定義します。

 だから、本人が悩んでいなければスランプではない。

 悩まないのが、とどのつまり、究極のスランプ克服法ではないか、と。

 オイラは血液型A型ということもあり、わりと小さなことでも悩むタイプかもしれません。

 だから結構、ストレスには弱いのかも。

 若い頃から、心配事があると眠れないことも何度かありましたね~。

 それで、そういった性格を改善しようと、いろいろな本を読んで、ストレスの解消法を研究したのです。

 そしてその中から自分なりに、役立つと思って抜き書きしたのが、以下の項目です。

● 人間万事塞翁が馬と考える。

  …とにかく、今取り組んでいる物事に対して、全力で頑張る。しかし結果が失敗であってもくよくよしない。

 災いが福を呼ぶ場合もあるし、福が災いを呼ぶ場合もある。

 確かにこれはありますね。

 オイラの知っているケースでも、人より早く出世して、将来を嘱望されていた人がいたんですよ。

 ところが、こういう出る釘を許さないのが、日本の職場風土。

 まわりの嫉妬から足をさんざん引っ張られ、なかなか上司の期待に沿った実績をあげられない。

 いわば、スランプに陥ってしまったのです。しかもすべて自分ひとりで抱え込んでしまった。

 そうなってしまうと、スランプから脱出しようとあがけばあがくほどぬかるみにはまる。

 真面目で責任感の強かったその人は、心労から病気になり、五十代前半の若さで亡くなってしまいました。

 トップで出世しなければ、亡くなることはなかったかもしれません。

 日本企業の場合、若い頃トップの成績をあげていた人ほど、意外と役員にはなれないと聞いたことがあります。

 同期や直属の上司の嫉妬から、途中で出世の階段から引きずりおろされてしまう。

 可もなく不可もない、世渡り上手な人間が、大企業の役員には多かったりする。

 実力者が役員にならないと中小零細企業は生き残ってゆくことはできませんが、大きな会社は、ジリ貧になってもすぐ倒産するわけではないですから。

 歴史を見ると、もうホント、塞翁が馬の繰り返しだと思います。

 ちょっとぐらい良いことや悪いことがあったとしても、その結果は、長期的なスパンに立って見なければわからない場合が多い。

 一喜一憂しても無駄だと言っていいのかもしれません。

 もちろん、いい結果を目指して最善の努力はする。しかし、その結果に関しては一喜一憂しない。

 そういった長期的なスタンスで考えれば、ストレスも低減できるはずです。要は気の持ち方ってことですね。

● 仕事に対する考え方を変えてみる。

 …つまり客観的にいろいろな角度からものごとを考えてみる。たとえば、仕事にゲーム感覚を取り入れるというのはどうでしょう。

 たとえば、ある人が尿管結石で入院したそうです。

 この尿管結石の痛みって、人間が感じる痛みの中で、一番キツイ痛みなんだとか。

 さて、その人は激痛の中で、当然ストレスがたまります。苦しみながらも、ちょっとその痛みに対して考え方を変えてみようと思ったそうです。

 それは、「人間、どこまで痛みに耐えられるか、ためしてみよう」と思ったこと。

 そのとき、感じたのは、「本当にキツイときは、気絶する。痛いと感じるときは、それほどではない」ということでした。

 そう思ったとき、不思議と今までの激痛が耐えられる痛みに変わったそうです。

 オイラも同じような経験がありますよ。

 若い頃、毎日飛び込み訪問で新規取引先を勧誘していたときのこと。

 うまくいく日もあれば、まったく調子が上がらない日もある。二十軒も連続して、けんもほろろの応対で断られれば、今日はスランプじゃ~と、暗くなる。陰気な顔をした営業マンなんて、誰も相手にしません。

 だからますますドツボにはまる。

 そのとき考え方を少し変えてみました。「どれだけ断られれば成約できるか、ひとつためしてみよう」と。

 その感覚は、自分が悲劇の主人公という主観的立場じゃないんですね。

 その悲劇の主人公が出ている熱血根性ドラマを、ポップコーンを食べながら固唾を呑んで見守っている観客になったような気分とでもいうのでしょうか。

 本人は苦しんでいても、傍から見て、「今にきっと良いことがある、頑張れよ」って、客観的に応援している立場。

 ちょっと考え方を変えるだけで、気分がす~っと楽になるのですよ。

「ちいさいことにくよくよするな」という本が、かつてベストセラーになりましたが、その本の中でも同じようなことを言っています。

 本人の気の持ち方次第で、ストレスを感じないですむらしい。

 このほかにもストレス克服法はいろいろありますよ。この続きは、また次回。

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脳卒中で倒れたときの応急処置2 医師と女子高生の会話から

こんにちは。

 前回のブログで、私の友人の不慮の事故のことを取り上げました。

 現在の彼の状況は、週二回、自宅からリハビリに通い、それ以外の時間は自宅で療養を続けているそうです。

 独身なので、70歳過ぎのご両親がおもに彼の介護を行っていると聞きました。

 言葉に障害が残っていて、コミュニケーションの手段は主に筆談。また右足に装身具をつけていて長く歩くのはつらいとのこと。

 でも一番つらいのは、自分が思っていることが、言葉として発せられないことではないでしょうか。

 一生懸命、伝えようとするのですが、わかってもらえず、頭をかきむしるような仕草をしていました。これは彼の立場になってみないとわからない苦しみかもしれません。

 昔、彼が元気だったとき、友人たちと一緒にスキーへ行ったことがあるのですよ。

 オイラにとって、生まれて初めてのスキー。

 もう大変でした。エッジを利かせるという発想がまったくないのに、皆と一緒に上級者コースの山の頂上へ立ってしまったのです。

 そこへ悪友の一人が背中をドンと突いたからたまらない。

 急斜面を直滑降。

 途中のこぶで数メートルも吹っ飛ばされ、頭から雪の山に突っ込みました。

 上半身が雪に埋まり、スキー板がはずれ、逆立ちになった足が見事なV字型を描いていたそうです。

 おお、「犬神家の一族じゃ~!!!」

 友人の一人が、オイラを指差して叫びました。当時の映画の衝撃的なワンシーンとそっくりだったのですが、今や知らない人は多いでしょうね。

 もーいや、こんなせーかつ!!(← マカロニほうれん荘のそうじ君バージョンでお願いします)

 さすがにオイラはキレて、もう二度とお前らとはスキーへ行かないと、一人いじけて初心者コースですべっていました。

 でも、基礎がわからないから全然上達しない。

 そこへ助けの手を差し伸べてくれたのが、例の友人。

 付きっ切りで、スキーの基礎を教えてくれたのです。

 おかげで、2泊3日の最終日には、なんと上級者コースでも転ばずに下りてくることができるまで上達しました。

 こちらも彼にいろいろ教えたこともありましたが、スキーに関してはホントに感謝しています。
 
 そんな一番やさしい、友人思いの男がこんなひどいことになるなんて。

 オイラの背中を後ろから押した男はその後出世したんですよ。

 やはり、この世に神はいないのか。

 いや、まだわからないですよね。 

 これだけひどいことがあったのだから、あとの半生はいいことばかりが彼に続いてほしいと願っています。

 さて、前回は、「脳卒中で倒れたときの応急措置」の話題を取り上げました。

 「脳の病気シリーズ」は、月一回のペースでお送りしています。脳卒中は一刻も早く専門病院へ、と書いておきながら、応急処置の話題を1ヵ月あとにするのは、いささかはばかられまする。

 そこで今回はイレギュラーとなりますが、二回連続して「脳の病気シリーズ」をお送りいたします。
  
 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に前回の記事をお読みいただければ幸いです

 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。

 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。
 
 
 前回、「脳卒中で倒れたときの応急措置」について勉強したAYAちゃん。

 今日もまた、突然、脳卒中で倒れる人がいたら、周りの人たちはどう対応すればいいかが話題になります。
 
 それでは…。


 < 脳卒中で倒れたときの応急処置 >

● AYAちゃん「ふーん。すると脳卒中で倒れた人を助けたいときは、まず息がちゃんとできているかどうかを見ることが大事なんですね」

 食事中に倒れたときは食べ物がまだ口の中にあったり、脳卒中が原因で吐いたりしたときは、吐しゃ物がのどに詰まることがあるんだ。

 薄れた意識では呼吸する力も弱まっているから窒息して死んでしまうこともある。また肺のほうへそれらが流れていって肺炎を起こすこともあるんだよ。

● AYAちゃん「そうならないためには、具体的にどうしたらいいんですか?」

 その前にもう一度最初から、脳卒中の応急処置の仕方を整理してみようか。まず救急車を呼ぶこと。気持ちはあせっていると思うけど、119番の担当者から聞かれることを、落ち着いて、要領よく答えることが大切だよ。

● AYAちゃん「トイレや風呂場、道の真ん中などで倒れてしまったときはどうするんですか?」

 とりあえず、安全で安静にできる場所へ運んだほうがいいね。ただ、ひとりで運ぼうとすると患者さんの体に負担がかかる。2~3人で体を水平にしたまま、静かにかかえて運ぶことが大切だよ。

 注意しなければいけないのは、首を曲げたり、振ったりしないようにすることだ。それから本人が歩けると言っても、立ち上がられたり歩かせたりするのはやめたほうがいい。

● AYAちゃん「わかりました」

 次に意識を失っているかどうか確認するんだ。意識を確認するには、名前を読んだり、体を少し強くつねってみたりした反応で大体わかる。

● AYAちゃん「もし意識がなかったら?」

 ちゃんと呼吸しているか、心臓が動いているかを見る。さっきも言ったように、脳卒中になると意識障害が起きて、呼吸する力が不十分になることが多いんだ。意識がなかったり、朦朧としていたりするときは、呼吸しやすい体位にして救急車を待つことが大切だよ。

● AYAちゃん「それなら私にもできそう。いびきをかいている人には、肩の下に座布団なんかを入れると収まるっていいますね」

 そうだね。頭を後ろにそらすと気道が確保されるからだよ。それと、意識障害を起こしているときは、肩ごと顔を真横にして少しあごを上げ、首が曲がらないように頭の下に枕やクッションを入れてあげると呼吸が楽にできる。

 また、舌の付け根がのどの入り口をふさいだり、吐いたものがのどに詰まったりするのも防げる。ただ、顔だけ真横にすると首がねじれて、かえって気道が狭くなるから、肩と一緒に顔を真横にすることがポイントだよ。

● AYAちゃん「脳が死んだり、心臓が止まったりする前に窒息して死んでしまうのは嫌ですからね」

 それから付け足すけど、口の中に異物があるとき、それをかき出そうとして指を噛まれることがあるんだ。そんなときは、薄い布で包んだ割りばしを上下の歯の間に入れておき、ガーゼやハンカチを巻いた指でかき出してあげるといいね。

● AYAちゃん「ちょっと抵抗あるけど、人ひとりの命がかかっているんですものね。頑張らなくっちゃ」

 そこまではわかったかな。さて、呼吸をしていなくて、心臓も動いていないときはどうするか。

● AYAちゃん「死んじゃっているってことですか?」

 とんでもない。たとえ呼吸が止まって心臓が動いていなくても、目の前で倒れたような場合だったら命が助かるケースが少なくないんだ。逆に呼吸が止まってから、オロオロして何もしないでいると、ほんの数分で手遅れになる。すぐ救命処置をすることが必要だよ。

● AYAちゃん「人工呼吸と心臓マッサージですね」

 そう。ああびっくりした。知っているんじゃない。具体的なやり方は、あとで見てもらえばわかるけど、ためらわず勇気を出してやることが大切だよ。

 救急車が来るまで、ほんの数分の実行で人一人の命が助けられることもある。いざというとき勇気を持ってできるように、日頃から勉強して知っておくといいね。命の恩人と一生感謝されることもあるのだから。

● AYAちゃん「私でも、人の命を助けられるかもしれないんだ。勉強しておきます」

 おもに脳出血を例に話したんだけど、脳卒中の応急処置や治療が一刻を争うというのはわかったかな。脳こうそくでも同じことが言えるんだよ。

● AYAちゃん「脳こうそくは、脳の血管が詰まる病気だから、頭の骨の中が血でいっぱいになることはないんですよね」

 脳卒中の治療のところで詳しく話すつもりだけど、脳の血管に詰まった血のかたまりを溶かす薬があるんだ。その薬を静脈に注射してやると、血のかたまりはバラバラになって先のほうへ流れていくから血流は回復する。

● AYAちゃん「わっ、いいですね、その薬」

 でも、血の流れが途絶えてから時間がたち、脳の細胞が死んでしまったらいくら血のかたまりを溶かして血流を回復してもどうしようもないんだ。あとで説明するけど、逆に脳出血が起こって命が危険になることもあるんだよ。

● AYAちゃん「脳細胞は一度死んだら生き返らないんでしたよね。やはり早く救急車を呼んで、脳の専門医のいる病院で治療してもらうのが大切なんですね。ところでその薬って、倒れてからどれくらいの時間で使えば効果があるんですか?」

 脳こうそくになってから3時間以内にこの薬を使えばとても効果があるんだ。脳の細胞は、完全に酸素や栄養が絶たれると3分ぐらいで死んでしまうんだったよね。だけど脳こうそくになっても早期なら、血流がほんの少しは保たれている。

 脳細胞のすべてが死んでしまったわけではなく、生きている部分もかなりあるんだ。3時間以内なら、その生きている部分を救うことができるんだよ。

● AYAちゃん「そうか、脳の中でも救急車の到着を待っているんですね。でも3時間か。思ったより時間があるような気もしますけど…」

 救急車ですぐ脳卒中の専門病院へ運ばれればセーフだけど、専門病院へ運ばれなければこの治療が受けられないんだ。別の病院へたらいまわしにされたり、素人判断で救急車を呼ぶのが遅れたりしたら、3時間なんてあっという間だよ。

 それに専門病院へ運ばれてからも、いろいろ検査をしてから、この薬を使うかどうか、またどれくらいの量を使うか決めるわけ。だから3時間なんてあっという間にたってしまう。

● AYAちゃん「なるほど」

 今では医療技術も格段に進歩しているから、早く治療を受けられれば、脳卒中で命をなくしたり、後遺症で苦しんだりすることを最小限にできるんだ。

● AYAちゃん「なるほど。じゃあ、先生の携帯電話の番号とメールアドレス、教えてもらえますか?」

 ちょっとAYA君、何を考えてるの?

● AYAちゃん「脳卒中で倒れたら、いかに早く脳の専門医に来てもらうかが大切なんですよね。人工呼吸や心臓マッサージも、やっぱり本職の人にやってもらわなきゃ」

 やっぱり、わかってない…。

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脳卒中で倒れたときの応急処置  医師と女子高生の会話から

 こんにちは。

 先日、久しぶりに友人6人と会っていろいろな話をしました。その友人たちは、オイラが前に務めていた会社の同期。

 一人の友人が会社を退職することになったので、その慰労を兼ねての送別会です。

 十五年ぶりにあった友人もいて、昔の話に花が咲きました。

 で、その退職する友人ですが、独立するわけでも、転職するわけでもありません。

 ずっと何年も自宅療養を続けていて、勤続25年を区切りに退職という形になったのです。

 彼がそうなったきっかけは、6年前のある事件でした。

 都心の本社へ通勤途中、コンビニへ寄ったそうなんですよ。そこで、いきなり後ろから見ず知らずの若者に頭をなぐられたのです。

 その若者が彼を殴った理由は特になし。あえて理由をあげれば、むしゃくしゃしていたので、その腹いせに誰かを殴りたかっただけらしい。

 友人は倒れたものの、何とか一人で立ち上がり会社へ出勤したそうです。

 会社へ出勤して仕事を始めたのですが、なんとなく彼の様子がおかしかった。そこで、上司が病院へ行かせたそうです。

 ところがいつまでたっても友人から連絡がない。それもそのはずで、その頃友人は病院で倒れ、意識不明の重態になっていました。

 殴られたショックで、脳こうそくに陥ってしまったそうです。

 一時は植物状態になる危険もあったそうですが、なんとか命はとりとめました。

 しかし、右半身にマヒが残り、歩くことや会話にも不自由な体になってしまったのです。

 5年以上リハビリを続けているそうですが、再び職場に復帰することは断念せざるをえないとのことでした。

 犯人の若者は、警察に捕まったのですが、その後どうなったかはわかりません。無職で、収入が一銭もないらしく損害賠償もできない。

 その場、一瞬の気晴らしのために、友人の一生を台無しにしてしまったのですね。

 当然、その若者の罪は重く、彼もまた一生かけて償っていかなければならないのでしょう。

 先日、彼を見て気の毒に思ったのは、昔からすごい頑張り屋だったということです。

 殴られてからも、不屈の闘志で起き上がり会社へ行ってしまった。

 そこに倒れたままで救急車を呼ばれていたら、障害の残る体にはならなかったかもしれません。

 脳こうそくの場合、脳の血管が詰まって、酸素や栄養の補給がストップしても、脳細胞が死ぬまで若干のタイムラグがあります。

 友人が倒れてすぐの2~3時間以内なら、脳外科の専門病院の治療をうければ障害は最低限に抑えられたかもしれない。

 脳外科の専門病院へすぐ運ばれていたら、CTやMRIといったすぐれた検査機器によって適切な診断を下し、治療することができた。

 その2~3時間で、一生障害が残るかどうかが決まってしまうのです。

 その貴重な時間を、友人は会社へ行って仕事をするために使おうとしたと考えると、ものすごく気の毒で悲しい。

 先日は、同期みんなで彼を見守っていこうということを話しました。

 病気や怪我のときは、なるべく早く医師に見てもらうのが大事ですが、とくに脳の病気は一刻を争います。

 ちょっとおかしいなと思ったら、躊躇せず脳外科の専門病院へ行くことをお勧めします。

 ほんの数時間の遅れが、一生の障害として残ることもありますから。

 …ということで、今日は、ひさしぶりに「脳の病気シリーズ」をお送りしたいと思います。

 この「脳の病気シリーズ」。

 ほぼ月一回のペースで、お送りしています。

 約一ヶ月前になりますが、前回は「脳卒中を起こす原因って何?」の話題を取り上げました。

 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に、「心と体」のカテゴリの中にある前回の記事をお読みいただければ幸いです。

 
 今日はその続きです。
 
 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。

 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。
 
 
 前回、「脳卒中を起こす原因」について勉強したAYAちゃん。

 今日は、突然、脳卒中で倒れる人がいたら、周りの人たちはどう対応すればいいかが話題になります。
 
 それでは…。

< 脳卒中で倒れたときの応急処置 >

● AYAちゃん「この前、脳卒中の危険因子を先生に聞いたら、何だかうちの家族が心配になってきました。うちのおじいちゃんはもちろんだけど、パパもかなりやばそうだから」

 AYA君のお父さんは年いくつなの?

● AYAちゃん「来年厄年だって言ってたから、いま41歳かな」

 わっ、若い…。でもクモ膜下出血なんかは若い人にも起きるから、危険因子のある人は、一度脳ドックで調べておいたほうがいいよ。

● AYAちゃん「はい、言っておきます。ところで、脳卒中はいつどこで起きるかわからないんですよね。突然目の前で家族や知り合いが倒れたら、私たち素人はどうすればいいんですか?」

 昔は脳卒中で倒れたら動かしてはいけないと言われていたんだ。だけどそれはきちんとした治療法のなかった頃の話。

 今はできるだけ早く脳の専門医のいる病院へ運ぶことが大切なんだよ。どんなに重症でも、早く病院へ運んで治療すれば命が助かるケースも多いし、後遺症も重くならなくてすむ。

● AYAちゃん「すぐ救急車を呼ばないといけないんですね。でも私の家の近所は交通渋滞も結構あるし、道も入り組んでいるから来るまで時間がかかるかもしれないんです。それまでどうすればいいか、たぶんパニくりますよ」

 そうだね。脳卒中になると猛烈な頭痛に襲われたり、意識がなくなったり、吐いたりといった症状が現れるから、まわりの人たちはびっくりして取り乱してしまうことがよくあるね。

● AYAちゃん「心臓が止まったりしたら、心臓マッサージや電気ショックなんかもしなければいけないんですか?」

 心臓マッサージは、場合によってはしなければならない場合もあるけど、素人では徐細動器を使うのは無理だよ。

 まず、脳がひどくやられてしまったとき、頭蓋骨の中はどうなっているのかから説明したほうがいいね。

● AYAちゃん「脳が壊れたらやがて心臓が止まって死んでしまうんですよね」

 そう。だけどすぐ心臓が止まるわけじゃないんだ。脳がやられるとまず呼吸に障害が出る。それで脳に酸素が行かなくなって死んでしまうケースが多いんだよ。

● AYAちゃん「えっ? どうして先に呼吸が止まってしまうんですか?」

 ちょっと話が難しくなるけど、脳の真ん中には脳幹という大脳や小脳の脳神経のセンイが集まる部分があるんだ。これはセンイのかたまりで、芯棒みたいな柱になっている。そして意識や呼吸など我々の生命維持に欠かせない役割を果たしているんだよ。

● AYAちゃん「ふーん。脳の幹というぐらいだからとても大事な部分なんでしょうね」

 そう、生命中枢とも言われているよ。神経が、この脳幹の中にある延髄から脊髄につながって脳の外へ出て行き、やがて手足の末梢神経につながるんだ。

● AYAちゃん「まさに体の総元締め…」

 この脳幹のまわりにある大脳や小脳の隙間は、普通なら透明できれいな脳脊髄液という脳の水がゆっくり流れている。

● AYAちゃん「元締めは身の回りを常に清潔にしているんですね」

 そう。しかし頭のケガとか脳卒中で、頭蓋骨の中に小さなご飯茶碗1杯分くらいの急な出血があっただけで大変なことになる。

● AYAちゃん「たったそれだけの量でですか?」

 だって頭の骨の中は、脳と水で一杯になっているよね。どこにもすき間なんてないから逃げ道がないんだ。それに出血したところからやがて脳がむくんで大きくなってくる。

● AYAちゃん「満員電車にすし詰めの状態ですね。」

 逃げ道が閉ざされた脳みそは、さっき言った脳の芯棒である脳幹のまわりの小さなすき間へ入り込もうとするんだ。

● AYAちゃん「脳幹はとても大事なところなんですよね。そちらへ逃げたら困るじゃないですか」

 だけどほかに行き場所がないから。そしてそのすき間の真ん中にある延髄など脳の芯棒を圧迫して、意識や呼吸中枢などの働きをマヒさせる。だから脳がひどくやられてしまうと、意識が薄れてきて、そして呼吸する力が不十分になってしまうんだ。

● AYAちゃん「ふーん。すると脳卒中で倒れた人を助けたいときは、まず息がちゃんとできているかどうかを見ることが大事なんですね」

 食事中に倒れたときは食べ物がまだ口の中にあったり、脳卒中が原因で吐いたりしたときは、吐しゃ物がのどに詰まることがあるんだ。薄れた意識では呼吸する力も弱まっているから窒息して死んでしまうこともある。また肺のほうへそれらが流れていって肺炎を起こすこともあるんだよ。

      (次回へ続く)

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苦情・クレーム処理に効く名言集

 こんにちは。

 昨日の夜は、結構、雨が降りました。雨の音で目が覚めたのは久しぶりです。

 花粉対策で、いつもマスクをして寝ているのですが、昨日はイヤーウイスパーをしなかったので、雨音のアンサンブルがよく聞こえました。

 さて、ずっと引っ張り続けた苦情・クレーム処理シリーズもいよいよ最後。

 ちょっと気分を変えるために、テンプレートをいじってみました。

 それにしても、今朝の雨の降り方は、ミュージカル「雨に唄えば」の雨でも、バート・バカラックの「雨にぬれても」の雨でも、森高千里の「雨」の雨でもないですね。

 どちらかといえば、三善英史の「雨」がふさわしい。

 なんかしんみり、じわじわと涙がにじみででくるというか…。

 涙だけじゃなく、鼻水も。

 …と思ったら、たんに花粉症の症状が出てるだけじゃん!!!


 人を感傷的な気分にさせてしまうほど、花粉の威力はすごいのですね。

 それでも去年は、花粉さまのおかげでお金をもらうことができたのですよ。

 花粉症の治験に参加して、約10万円をゲット。

 花粉症の症状が出るまでほかの薬は飲めず、おかげで風邪をひいてもただひたすら自然回復を待つという苦しい思いはしましたが、お金をもらったらそれも吹っ飛んでしまったのを覚えています。

 長年苦しめられている花粉症に一矢報いて溜飲を下げることもできました。

 しかし今年は、そういうメリットもなく、ただひたすら苦しむのみ。

 持ち上げといてストンと落とされた感じで、ますます花粉の症状が骨身にこたえます。

 でも悲観的な話ばかりじゃないですよ。

 最近はいい花粉症グッズがたくさんでていますよね。

 まず超立体マスク。
 
 去年は在庫が空っぽになるくらいヒットしたそうですが、確かに呼吸が楽。

 先日も書きましたが、私なんか毎晩マスクしたまま寝ています。

 花粉ガードは、衣類に付着した花粉がはじけないようにするらしいのですが、確かに効いたような気がする。(←ちょっと比較する資料がないので確かなことはわかりませんが…)

 市販の薬も結構効きますね。

 マツキヨの特売セールで買った、ストナリニ。1日1錠でいいのと、24錠入って千円以内で買えるという魅力にひかれて飲んでいます。

 確かにおっしゃるとおりで、これを飲むと一日中くしゃみや鼻水から開放されました。この値段でこんなに効いたら耳鼻科が廃業するよ、というくらいよく効く。

 ただひとつ問題なのは、眠くなること。しかも朝飲むと決まって昼食後の30分眠くなる。

 その眠さたるやもう壮絶で、歩きながら眠るという芸当もできるぐらいです。

 …ということで、昨日も昼食後、あまりの眠たさに公園のベンチに腰掛けてまどろんでいたんですよ。

 すると突然、「すいません」と声をかけられました。

 寝ぼけ眼で見上げると、真新しいスーツを着込んだ青年が地図を持って立っています。

 なんかあせっている様子。

「○○ビルはどちらへ行ったらいいのでしょうか?」

「…………。」

 まだ、頭の回路に電気が流れないみたい。

 ただなんとなく、青年が大学生で、企業の新入社員応募の説明会へ行く途中だというのがわかりました。

 ここまで書くと、オチが予想できますか?

 先日のブログ、「アホ面の告白」のシーンが頭をよぎった方がいらっしゃるかも。

 しかし、オイラだって学習効果はありますよ。

 同じ失敗を二度繰り返すという愚は犯しません。

 眠い目をこすりながら、青年の持っている地図に目をやりました。

 でも、よく知っている場所なのに、地図の方向がなかなか理解できない。

 「北って、どっち? するとこっちが南だから、う~ん。よくわからないニャ~」

 青年があせっているのがわかりますが、この前みたいに逆方向を教えたら大変なことになる。

 なんたって、オイラのせいで会社説明会に完全に遅刻したら大変。

「この地図じゃ、よくわからない二ャ~。ちょっと待ってて」

 と、自分のカバンから愛用のポケット地図を出そうとする。

 ところがカバンの中がぐちゃぐちゃで、なかなか地図が見つからない。やっと見つけて、ぼんやりした頭で考えに考えたあげく、ようやく結論が出ました。

「あっ、わかった。このビルですよ」

 オイラが出した結論が、道路を挟んだ真後ろにあるビル。

 青年がずっこけるような気配が伝わってきました。でも最近の若者は人間ができていますな。

 丁寧にお礼を言うと、ダッシュでビルを目指したのでした。

 言い訳するわけではありませんが、オイラは地図を読むのは結構得意。昔はオリエンテーリングの大会で入賞したこともあるのです。

 しょうがないすっね、この時期は。
 
 半分眠っているような人間に、道を聞くのもどうかと…。
  
 
 それはともかく、苦情処理。

 シリーズも今日が最終回です。

 昔のノートをひっくり返し、苦情処理に効くと思われる格言を集めてみました。

 以下、アトランダムにあげてみましょう。

●「相手に直接会って話すのが、お互いの悪感情を一掃する最良の方法である」

 これを言った人は、あの有名な、アメリカの16代大統領、エブラハム・リンカーン。

 この格言は、携帯電話やインターネットのメール、チャットなどコミュニケーション手段が、当時とは問題にならないぐらい増えている現代に効く格言だと思います。

 電話やインターネットでは、普通、相手の顔が見えません。

 だから、言葉や文章だけでコミュニケーションしなければならない。

 本来人間のコミュニケーションは、相手の表情やしぐさからも多くの情報を得るもの。それがないばかりに、電話やインターネットでは冗談を本気と受け止められたり、ちょっとした指摘を中傷と取られたりする。

 とくに苦情処理の場では、相手はいきり立っている場合が多いです。

 電話やネットだけでは、こちらの誠意が伝わらず、ますますこじらせてしまうケースが多いのではないでしょうか。

 若い頃、電話でお客さんと話していて、お客さんを怒らせてしまったことがあります。

 今考えても、入金の催促でなぜ怒らせてしまったのかわかりません。

 でもとにかく、お客さんを怒らせてしまったのはこちらの不手際。

 電話ではこちらの意思が伝わらないと思ったので、夜、1時間以上電車を乗り継いで謝りに行きましたよ。

 だから今でもオイラは、重要な用件を電話やメールで伝えるのは好きではありません。

 もし何かあった場合、電話やメールのコミュニケーションではこちらの意思の半分も伝えられませんから。

 苦情処理は、実際会って話すのが鉄則です。

 
● 過失の言い訳は、かえってその過失を大きくすることになる。

 これを言ったのは、シェークスピア。

 せっかくプラスアルファの苦情処理法だなんて、もったいぶってえらそーに書いたのに、メジャーな格言だったのですね。

 ちなみにシェークスピアが死んだのは、1616年。

 徳川家康と同じ年に死んでいるんですよ。

 こんな古い時代にも、口先だけの言い訳や言い逃れをして、かえって相手をますます怒らしてしまった人がいるのですね。

 でも、名言というのは、その人の経験をひとつの法則として言い表した言葉だと思います。

 するとシェークスピアも、言い訳や言い逃れをして一度ひどい目にあったのかなぁ。

 リンカーンもシェークスピアも、いろいろひどい目に遭い、悩んで偉くなったと思うと少しは救われるような気もする。


● 論戦に勝つことで、何らかの真理が樹立された例はいまだかつてない。そんなことを信じているのは子供だけだ。

 これを言ったのは、フランスの哲学者のアランという人だそうです。

 お客さんと言い争い、言い負かしたとしても何も生まれてこないということでしょうか。

 こちらの溜飲は下がるかもしれませんけどね。

 ただこれは反論のある人はいるかもしれません。

 永田町のあたりでは日夜、論戦が繰り広げられているようだから…。

 あれだけ論戦しても、何の真理も樹立された例はないと断言されたら少しかわいそう。

 でも、やはりこの名言も鋭いところをついています。

 確かにお客さんと論戦して勝ったと喜んだ営業マン、苦情処理担当者を何人か知っていますが、今、彼らはどうしているのでしょうか。

 マジ、どっかへ行ってしまった。偉くなったのでないことだけは確か。

 その後、彼らがどうなったかは、さだかではない。(←木枯らし紋次郎の芥川隆行のナレーションみたいにお読みください)

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沈黙と社交性にかかわる一考察

 こんばんは。

 東京では桜が満開。

 うちの近所って、意外とお花見スポットがたくさんあるんですよ。

 近所の公園では、シートをひいて大勢の人たちがワイワイお花見を楽しんでいました。
 
 江戸時代からお花見の名所となっていた川もあり、広い通り沿いはまさに桜の花のトンネル状態。

 車の中から見たら、すごい景色かも。

 図書館の帰り道に、遠回りしてお花見スポットをぐるっと一回りしてみました。

 いい気分で家に戻ったら、突然、花粉症の禁断症状が…。

 久しぶりに地獄の苦しみを味わいました。

 しかし今日は、おかげさまで少し持ち直したみたいです。

 昨日の夜、完全重装備をして寝ましたからね。

 部屋中に「花粉ガード」をまんべんなく撒き散らし、とくに布団のシーツの上には念入りに。

 そして、超立体マスクをし、耳にはイヤーウイスパー、あとは手ぬぐいで目隠しです。

 顔にある穴はすべて塞ぎ、五感のうちの視覚、聴覚、臭覚をシャットアウト。

 さしもの花粉も、入り込む余地がなくて退散したみたい。

 こんな格好では眠れないんじゃないかと言う人もいるかもしれませんが、ところがどっこい、これがよく眠れる。

 不眠というのは、心配事があるなど精神的ストレスが影響する場合が多いと思うのですが、それ以外の要因も結構あるような気がします。

 たとえば、暴走族の音がうるさいとか、部屋に朝日が当たりまぶしくて目が覚めるとか、部屋の臭いが気になるとか。

 横になっている間は、自分がなんで眠れないのかわからずあれこれ考えているうちに、いろいろそのほかの不安が広がってくる。

 結局、ストレスからくる不眠症になってしまうケースもあるんじゃないですかね。

 そのような方は、とりあえず上記の方法を試されることをお勧めします。

 自分を外界と遮断する形で寝ると、なんていうか「無の世界」、わかりやすく言うと、「あの世」で熟睡しているような気分になれるのですよ。

 音もなく、臭いも感じない、漆黒の闇の世界…。

 そのなかでは、体という物質すら存在しない。

 あるのは、開放された魂のみ。

 朝になり目が覚めると、昨日とは違う、生まれ変わった自分をあなたは発見するでしょう。

 でもなぁ。この睡眠法は防災上大きな問題点もある。

 さすがに地震のときはわかりましたけど、近所で火事があったとき、朝までまったく気がつかなかったこともあるんですよ。

 消防車が何台も来たそうだけど…。

 志ん生の落語じゃないけど、自分の着物に火がついても面倒くさいから消さずに焼け死んでしまった怠け者がいたそうな。

 まわりが火の海なのに、一足先にあの世へ行った気分を楽しでいるなんて落語にもならない。

 焼死体で発見されたとき、耳栓に目隠し、猿ぐつわ代わりのマスク、それにもし後ろ手に縛られてでもしていたらやはり変死体として扱われるのだろうか。

 なぜ彼は、自宅内で監禁されていたのか。

 もしかしたら、彼は緊縛愛好者だったのか、なんて。

 それはともかく、久しぶりのビジネスネタでした。

 さて、先日から再登場している苦情・クレーム処理シリーズ。

 ずっと引っ張ってきましたが、そろそろ一区切りということで、最後に「苦情処理に効く名言」シリーズで締めるつもりです。

 昔から名言集が好きで、いろいろ読みましたので。

 ところで、名言というのは、古くは紀元前から残っているのもありますな。

 有名なところではソクラテスの「汝自身を知れ」、シーザーの「ブルータス、お前もか」etc…。

 ローマの作家、パブリウスの「最高に到達せんと欲せば、最低から始めよ」なんかは、実に奥の深い言葉だと思います。

 驚くことに、これらは二千年以上前の言葉ですよ。

 科学技術はめまぐるしく進歩していますが、人間本来の精神性は昔とさほど変わっていないのではないかと思わせます。今見ても、全然古くないですよね。

 腹心の部下に裏切られ、会社を乗っ取られた創業社長は、「○○専務、お前もか」と嘆きそうです。

 今、この瞬間も、そう言って嘆いている人は大勢いるかもしれません。

 先日、苦情処理法について、「ピンチに陥ったら、下手に口をきくより、「沈黙は金」と考えた方がいい場合もある」と書きました。

 調べてみたら、「沈黙」についてさまざまな名言があるんですよ。

 たとえば、亀井勝一郎の「沈黙の理解があるように、沈黙の怒りや反抗もある。黙っている人を畏れなければならない」

 確かに、人は本当に怒ると黙ってしまうかもしれない。

 怒りでスーッと血の気がうせて青くなり、じっとこちらを瞬きしないで見つめる人。

 ホラー映画に出てきそうで、怖い、怖い。

 また、イギリスの評論家・ハズリットは、以下のように言っています。

●「沈黙は会話の偉大な話術である。自分の舌を閉じる時を知る者は馬鹿でない」

 彼が活躍したのは、18世紀。

 そんな昔に、苦情処理法について含蓄ある意見を述べている人もいるんですね。

 確かに、失敗したとき、ペラペラ言い訳の言葉をまくし立てるのはかっこいいもんではありません。まさに、「沈黙は金」ということ。

●「心にもない言葉よりも、沈黙の方がどれほど社交性を損なわないかもしれない」

 これを言ったのは、フランスの思想家・モンテーニュ。

●「口に才ある者は多くのことに拙なり」

 これは江戸時代の儒学者・伊藤東涯。

 口がうまいばっかりで全然役に立たないということを言いたいのでしょう。「口は災いの元」ともいいますから。

 これだけ、「沈黙は金」的な名言を並べてしまうと、明日から口を開くのが嫌になりますね。確かに、世の中、しゃべりすぎる男は軽薄と取られ、嫌われる傾向にあります。

 女性が抱かれたくない男のランキングを見ると、出川哲郎、松村邦洋といった口から先に生まれてきたような男たちが常に上位を独占している。

 それに対して、高倉健や渡哲也は、沈黙派の代表でしょうか。

 彼らが嫌いという日本人もまた非常に少ないことは確か。

 そういえば渡哲也さん。少し前、石原プロのロケ現場で、所属俳優が人身事故を起こしたんですよね。

 そのとき、被害者に土下座して謝ったというのは有名な話です。

 渡哲也さんみたいな大物俳優に土下座して謝られれば、誰も何も言えないですよね。

 そしてすぐ、ドラマの制作を中止しました。この処置もまた見事というほかありません。
   
 しかもいい訳ひとつ言わずに、今後の対応策を決定しました。

 まさに沈黙派の面目躍如たるものがあります。

 寅さんで有名な渥美清さんも、プライベートでは寡黙な人だったというし…。

 かつて盛んにマスコミをにぎわしている元横綱の兄弟。しゃべる弟に沈黙する兄。しゃべる弟は少しかっこ悪い。沈黙する兄に分があるように見えるのは、私だけだったでしょうか。

 でもなぁ。ビジネスマンは口を開いてしゃべらないと仕事にならないんですよ。とくに営業マンは、沈黙していたら商売上がったりだし…。

 どうすりゃいいんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~

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伊豆下田ウォーキングストーリー

こんばんは。

 昨日おとといと、仕事で東京中歩いていたら、花粉症の禁断症状が…。

 ぐるじいぃぃぃぃぃ~

 その話題を書くとまた長くなるので、また日をあらためて。

 さて、今日が南伊豆シリーズの最終回。

 文章を書いていると、もう一度自分が旅行している気分になって楽しいのです。でもいつまでも旅行記を書いているわけにもまいりませぬ。

 ブログのタイトルとかなりずれてきたと実感する今日この頃。

 次回はビジネスネタに戻る予定ですが、果たして社会復帰できるかしらん。

 あまり考えるとドツボにはまりそうなので、早速いきましょう。

 前回の続きからです。

 南伊豆二日目の朝があけました。

 と来ると、まず楽しみは宿の朝食ですよね。

 民宿のふたみ家さんは、朝食もよかったですよ。温かなごはんと味噌汁、温泉卵、焼き魚のほかに、わさび漬けや岩のりなど伊豆の定番の味。そのほか、数え切れないおかずとデザートがついていました。

 宿のご主人が、朝食のメニューの一つひとつについて詳しく説明してくれます。朴訥ですが、温かなおもてなしの心が感じられる話し方。

 「泊食分離」と言っても、こちらの宿はどうしてどうして、食の部分も一級品なのでした。

 何度も言いますが一泊朝食つき4500円で、採算が取れるのかなと少し心配になるくらい充実した宿だと思います。

 朝食後は、南伊豆町の役場へ移動して、町の人たちと懇談会。

 役場や南伊豆で観光に携わる人たちから現状のお話をお聞きして、利用者の立場から意見を述べました。

 かつて南伊豆では、民宿が四百軒もあったそうです。それが最近では百六十軒くらいに減ってしまったとか。現在も、民宿のオーナーの高齢化で、減ってしまう傾向にあるらしい。

 昭和四十年代、南伊豆は新婚旅行のメッカと言われた時期もあったそうなんですよ。

 最近は、安く海外へ行けるようになりましたからね。海外へ目が向いてしまって、国内はよほど有名な観光地しか目に入らないのかも。

 懇談会で、新たに民宿をはじめるオーナーを募集しようという意見もありました。

 若い人の感性で、新たな切り口を見つけて開業すればまだまだ発展の余地はあるのではないか。

 もし都会の人たちが、脱サラや定年後に民宿の経営を始める希望があるなら、地元をあげて協力したいという話でした。

 今、テレビの番組にもありますが、田舎暮らしを希望する人は少なくない。

 物価が安く、風光明媚、そして人情豊かな伊豆に住むのも悪くはないかもしれません。

 東京より、冬は約8度暖かく、逆に夏は東京より涼しいそうな。夏は暑くて大変だろうなというイメージでしたが、気候的には住みやすい土地なのですね。

 南伊豆の歴史を聞くと、その昔、京の姫たちが流された場所だったとか。時の帝を誘惑したとかの罪で、若い頃流され、年をとってから許されて京に戻ったらしい。

 この辺りには、下賀茂とか京にゆかりのある地名が残っているそうですよ。

 歴史好きでも、知らない話は多かったです。その辺りをうまくアピールすれば、注目する人も多いのではないか、と思ったのですが…。

 さて、懇談会が終わって現地解散になったのが、お昼頃。

 南伊豆町からの帰途、親切な職員さんが伊豆急下田の駅まで車で送ってくれました。

 時間はまだ午後一時になっていないし、雲ひとつないいいお天気。しかも、薬を飲んだためか、花粉症の症状もさほどでていない。

 …となると、やることはひとつ。

 レッツウォーキング~♪

 電車の発車時刻を駅で調べると、午後4時7分の電車に載れば、遅くても自宅には8時代に戻れる。

 とすると、3時間は下田の町をほっつき歩くことができますね。

 駅で、下田の町の無料ウォーキングマップを手に入れました。

 小さい町ですが、海はもちろん山、そして歴史の風景がギュッと凝縮しているみたい。

 あまり時間はないから、少し早足モードで歩くことにしました。

 マップに沿って、市内を貫くマイマイ通り沿いの寺院、稲田寺、宝福寺、泰平寺を次々とまわってゆきます。
 
 稲田寺と宝福寺は、唐人お吉ゆかりの寺として知られているそうですな。「唐人お吉」は、幕末アメリカ総領事として赴任したハリスの側女となった女性で、ハリスの帰国後、「唐人お吉」と呼ばれてさげすまれたという悲劇の女性。

 宝福寺に墓が残っていて、記念館も寺の中にありました。

 悲劇といえば、泰平寺のそばにあるのが、吉田松陰拘禁の跡。

 かつて吉田松陰についての話題をブログで取り上げました。そういえば下田は彼の悲劇の出発点ともなった土地でしたね。

 松陰は、下田港に停泊中のアメリカの軍艦での密航を企てたものの、アメリカに拒否され失敗。自首して、この場所に拘禁されたのだとか。

 近くに、豆州下田郷土資料館もありましたが、時間がかかりそうなのでここはパスしました。でも、なまこ壁の蔵屋敷風の構えがなかなか立派で、時間があれば見たかったです。

 次に向かったのが、了仙寺。

 ここは、日本史の好きな人なら皆知っている日米和親条約の付録下田条約が結ばれた場所。

 なんと条約が結ばれた本堂が残っているのですね。歴史の教科書に、当時アメリカ人の絵師が書いた寺の風景が載っていた記憶があるのですが、まさにその場所だ~と思いました。

 近くにある別の寺の境内にワンちゃんがつながれていたんですよ。何気に見たら、突然、苦しそうに、ウェェェェェェ~とうめくと胃液を吐き出しました。

 その苦しむさまは、まさに人間と一緒。思わず、近寄って背中をなでたのですが、涙目になって、「すまん、すまん、もう大丈夫」っていう顔をしました。

 友人が酔って電柱に持たれ、吐いているのを介抱しているのとまったく同じシチュエーション。

 ワンちゃんから離れたあと、また吐いていたけど大丈夫ですかね。

 了仙寺から、下田公園に向かう平滑川ぞいの石畳の道はなかなか風情があります。この道、ペリーロードとも言われ、ペリーが上陸してから了仙寺へ向かうときに通った道だそうです。
 
 かつての遊郭を利用したものなど、レトロな雰囲気の店が並んでいました。

 「2006.3.20 下田ペリーロード.jpg」をダウンロード

 下田公園は、下田市街の南にある小高い丘で、後北条氏の鵜島城のあったところ。城好きとしては是非見たいと思って登り始めました。

 登る坂道の途中に、日本の商業写真の祖・下岡蓮杖の碑や日米国交のスタートを記念して作られた開国記念碑があります。

 ここから眺める景色は素晴らしい。眼下に下田港、遠くに山頂の岩が特徴的な寝姿山が見事な構図でおさまっています。

 「2006.3.20 下田港.jpg」をダウンロード

 開国記念碑を過ぎ、ドンドン登ってゆくと、丘の頂上付近に「鵜島城址」の石碑が。

 近くの案内板を読むと、城主の清水上野介康英は、天正十八年(1590)豊臣秀吉の関東侵攻に際し、北条水軍の総大将として鵜島城(下田城)に篭もり秀吉軍と対決したと書かれてある。しかし奮戦およばず五十日後に開城したとのこと。

 階段を登って天守台跡と書かれた高台に登ってみました。

 下を覗くと、まわりの崖は急峻。平坦で小さめの頂上付近はまさに城の本丸の景色ですね。

 崖のそばで、70歳過ぎの老人が一人でストレッチをしていました。当時の城の痕跡を探ろうと、老人のまわりをぐるぐる回っていたら、不審な顔をされてしまいましたが…。

 主郭のまわりに堀があり、よく見ると堀の溝に一定間隔の仕切りがある。これを見て、おお、障子堀ではないか、と思いました。

 後北条氏独特の堀の作り方で、堀に落ちた敵が動き回れないようにするための方策。

 興味ない人には、だからどうした?ってことかもしれませんが、当時の侍がうちの専売特許だと鼻高々で作ったのを想像すると面白い。

 丘をくだると下田海中水族館がありましたが、ここも今回はパス。

 自然の入り江を利用した水族館で、海がそのままイルカショーやアシカショーの舞台になっている。まわりの奇岩が舞台の背景にもなっていて、最近人気の水族館も真っ青の舞台装置です。

 水族館の裏から陸続きの赤根島へ行ってみました。こちらのほうはあまり観光客は来ないみたいですが、素晴らしい景色が見れますよ。

 大きな岩の洞門。そこをくぐると、芭蕉が絶賛した松島に似た景色が。

 もし若ければ、海の中にぽつんと突き出た岩伝いに小島までジャンプして、絶壁を登るんですけどねぇ。

 二十歳くらいの頃、千葉県の海の岩場で同じことをして、服を着たまま頭から海に落ちたときのことを思い出しました。

 やはり、年を重ねるごとに人間は堅くなっていくのだなぁと思ったりして。

 下田公園の下の海岸線を歩いて下田の市街に戻りました。

 ここにも小島があって、小さなつり橋や防波堤で結ばれています。

 防波堤の先端の灯台まで歩き、海を眺めていると、黒船が海の上を走っている。
 吉田松陰が乗りたかった黒船ですよ。

 ニッポンの夜明けは近いぜよ。( ← 坂本竜馬のつもり? )

 「2006.3.20 黒船 サスケハナ号.jpg」をダウンロード
 

 

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