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会議で、イメージよく自己表現する法

 こんにちは。

 先日、仕事で銀座へ行きました。

 ぐるぐるいろんな会社を回ったのですが、結構雨が強くなってきたのでちょっと雨宿りをしようか、と思ったのですよ。

 歩行者天国で有名な中央通り沿いには、三越や松坂屋などデパート、専門店が並んでいるので雨宿りには困らないですね。

 最近、ユニクロも銀座の一等地への進出を果たしましたし…。

 でも、歌舞伎座や新橋演舞場周辺はオフィスビルが多いので、喫茶店に入るしかない。

 こういう場合、なかなか喫茶店には入りづらいのです。ゆったりとしたソファーと軽音楽、おいしいコーヒーに囲まれたら、二度と暴風雨の吹き荒れる外へ出て行く気分がなくなってしまう。

 ちょっと雨風がしのげて、雨が小降りになるまで時間をつぶせるところがベター。

 この条件にぴったりのところがありました。

 日産本社のショールーム。

 銀座の中心街のショールームみたいに混んでなくて、広々としたロビーに腰掛けて休める場所もある。

 それに、新車が展示してあって、実際運転席に座ったりできるから、ちょっとしたプチ・モーターショー気分も味わえるのです。

 コンパニオンのおねーたんが、笑顔でいろいろ説明してくれますし…。

 オイラが行った日は、うれしいことに昭和40年代の日産の屋台骨を支えた名車が展示してありました。

 まず、スカイラインGT。

Ts360001

 ハコスカで有名ですね。車の性能ってあまり詳しくないのですが、伝説の名車と言われているそうな。今でもこの車に乗っているファンが少なくない。

 当時、スカイラインのCMが流れるたびに、東八郎率いるトリオ・スカイラインとどうつながりがあるのだろうと真剣に考えたものです。

 こちらはグロリア。

Ts360004

 実際見ると、すごく大きいですね~。今の高級車と比べてみても、堂々たる風格が違います。キャディラックなど超大型の外車に対抗して作ったのですかね。

 乗用車というより、RV車のような迫力がありました。

 でも、こんな高級車よりも、庶民のオイラとしては大衆車のほうが懐かしい。

 ところで、これが当時のブルーバードと言って、わかる人は何人ぐらいいるでしょうか。

Ts360003

 小型トラックのフロントみたい。この車は当時、ホントによく見かけました。

 やはり名車なのでしょうね。

 でもオイラはやっぱり、チェリーがいい。

Ts360002

 この車は、エンジンの排気量は小さかったのですが、室内は当時のスカイラインと同じくらいの広さがあったそうです。

 当時の車って、どれもハンドルが細い。力のある人だったら、ハンドルを壊したりしなかったのでしょうか。


 それにしても、前回のテーマは古い映画で、今回は古い車。

 昔を振り返るばかりでなく、未来にも目を向けねばなりませぬ。

 …ということで、今回のブログからまた新しいことにチャレンジしました。

 実は昨日、半日近くもパソコンと格闘したのですよ。

 以前のブログと違う点がわかります?

 わかったら努力の甲斐があったというものですけど。

 違う点は、次回に種あかしを。

 でも、見た目ではそれほどわからないかも。あまり一生懸命考えますと、あとで腹が立つと思いますので、その点はご容赦ください。


 さて、ここからが本題。今日も会議ネタです。

 会議というのは、当たり前ですが、大勢の人たちが参加するケースが多いですよね。

 ひとつの発言、ひとつの動作、表情が、大勢の人たちにインプットされます。

 仕事の現場で、大勢の人たちが一緒に論ずる機会というのはそう多くないはず。

 だから一層、会議の場での立ち居振る舞いが、一人ひとりの仕事の評価とあいまって印象に残りやすいのですね~。

 また、同じ議題を論じれば、その発言内容や考え方の違いによって、その人の能力や取り組み姿勢に優劣があることが明白になってしまう。

 会議の場での成功、失敗というのは、仕事の評価に大きな影響を及ぼすかも。

 仕事の内容が悪ければあきらめもつきますが、仕事は申し分のない働きをしていても、会議の場での印象が悪いために、冷や飯を食っている人たちは結構大勢いると思いますよ。

 …というのは、もしかしたらオイラも、勤め人をしていた頃は、まわりに悪い印象をふりまいていたのではないかと考えるのです。

 営業の数字は結構あげていましたが、評価するのは周りの人たちですからね。

営業で頑張って会社に利益をもたらす = まわりの人たちが大喜び、という当然の理屈がまかり通らないのが会社組織の面白いところ。

 独立開業し、自分が客観的に見られるようになって気づいたことって結構あります。

 会議の場でも、今の自分なら、何でそんなバカなことやるんだ、っていうことを平気でやっていたのですから。

 どんなに偉い先生や一流大学を出た経営陣が、経営学、経営組織論を唱えたところで、所詮、会社組織は、人と人の集まり。

 高等数学並みの高度な理論を学ぶ前に、まず人間関係の基本原則を勉強した方がいいのかもしれません。

 …と、前ふりはいつもながら長く、いつもと違って、カッコいいことも書いてしまいました。

 要は、自分の主張したいことを、ただストレートに言うだけじゃなく、相手がそれをどう受けとめるかということも考える必要がありますよ、と言いたいのじゃ~。

 自分の主張が、たとえ会社にとってプラスになることでも、主張の仕方によっては自分にとってマイナスの評価になる可能性もある。

 多胡輝氏の著作の中に、「だからこの人は好印象を持たれる」という本があります。

 この本はまさに、上記のジレンマの解決策を提供してくれますな。

 そのなかで、会議の場で使える方法だけに絞って、「会議の場で好印象を与える方法」についてご紹介しましょう。

 ただ、この本は、もともと会議の場で好印象を与えるという趣旨で書かれた本ではありません。かなりの部分、現場で失敗を重ねたオイラの勝手な解釈が含まれておりますので、念のため。

 では、会議で好印象を与える自己表現術その1から。

● 会議に提出する資料の文章は箇条書きを基本とし、センテンスを短く区切る。また会話のセンテンスも短く区切ることで、頭の良さを印象づけられる。

 センテンスを短く区切って、わかりやすく、読みやすく書くっていうのは、頭ではわかっていても、なかなか実際にはスパッと文章を切っていくのはある種の勇気がいることですし、かえって短くすることで、頭が悪いんじゃないかと勘ぐられる危険性もなきにしもあらずなような気がいたしまして、思うに任せないような状態が続いておる次第でありますが、また、センテンスを短く切って会話すべしという点に関しましても、こちとら江戸っ子でぃ、気が短けーんだというべらんめぇ調か、はたまた、ぼく、今日、先生にほめられたよ、みたいな子供言葉みたいに思われて、ちょっとあいつ、頭が足りないんじゃないのかと会議の参加者に思われ、評価が下げられるのではないか、という疑心暗鬼に襲われて、未だ華々しい成果を上げられない状態にあるわけでありますが、まして文章や会話のセンテンスを短く切ることによって頭の良さを印象づけられるなんて、まさか、そんな、ばかなことが世の中にあって、いいものだろうかと考え、では、逆に文章を長くすることによって、頭が悪いということが印象づけられれば、ソクラテスの三段論法的解釈ではもちろんありませんが、逆説的な解釈によって、上記のフレーズをはなはだ僭越で、しかも公共のブログを使い、かつ、お読みになっている方々の貴重な時間を拝借してまで、実験をさせていただく意味あいがあるのだろうかと考えつつ、このような暴挙に出た次第でありますが、あ~なんだか自分でもなにを言いたいのかよくわからなくなってきましたので、誠に申し訳ない次第でありますが、この続きは次回にさせていただいてもよろしいでしょうかと、…

 誰か、突っ込み入れてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ~!!!

 途中まで、受け狙いでやったのですが、ちっとも面白くない!!!


 自分でもわかってるんですけど、止められない。ブログに、即、読者が突っ込みを入れられる機能があると、助かるんですけどね。

 すいません。収拾がつかなくなってきましたので、この続きは来週書きます。急に暑くなったので、脳みそがオーバーヒート気味ですので…。

 次は真面目にやりますので、どうかお許しを。

 

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私の好きなスクリーンミュージック・ベスト5 (レトロ限定)

 こんにちは。

 最近、仕事が忙しいので少しご無沙汰ですが、DVDの映画を借りてきてパソコンで見ています。

 新しい映画は、特殊効果をどんどん取り入れすごい臨場感ですね~。

 ハリー・ポッターが箒に乗って、空を飛びまわるシーンのスピードと躍動感は昔の映画には作れないでしょう。

 でも、古い映画には度肝をぬく迫力はないけれど、バランスのとれた秀作が多い。

 つい最近借りた、バート・ランカスターとディーン・マーチン主演の「大空港」は、1970年の作品。今ほど大掛かりな特撮はないけれど、細かな人物描写が素晴らしいパニック映画でした。

 伏線の張り方と緊迫感、ラストの盛り上げ方も秀逸です。

 映画を見ていると、新たな発見もありますね。

 オイラの知り合いが、なぜいきなり社交ダンスを始めたのか、見て始めて納得できたとか。

 その話題はまた日を改めて。
 
 ところで昔、日曜日の朝にロイ・ジェームスがラジオで歌謡曲のベスト10番組をやっていました。

 中学、高校時代はよく布団にくるまって聴いたな~。

 だから当時流行っていた歌はみんな頭に入っていて、カラオケでも大抵歌えます。

 当時は、テレビはもちろん映画もすごくよく見ましたっけ。

 映画雑誌の「スクリーン」と「ロードショー」を友人と二人で買い、まわし読みしたりして。

 だから高校時代は全然勉強しませんでした。

 こんな趣味みたいなことばっかり首を突っ込んでいたから、成績はあまりよくありませんでしたよ。

 でもやはり中学、高校時代って記憶力がすごいんですね。

 今でも当時見た映画音楽の歌詞が結構頭に残っています。

 その当時、英単語や数学の公式でもしっかり覚えていれば、今頃は堅い仕事についていたかも。

 それでも、若いとき、勉強以外の好きなものに熱中できたのは、後悔していません。

 ブログのネタに困ったことは一度もないから…(笑)

 …と、いうことで、久々のベスト5ネタです。(そういえば、日曜日になるとランキングが気になるというのは、ラジオの歌謡曲ランキング番組の影響かも)

 今日のテーマは、スクリーンミュージック。

 ビジベンが、青春の熱き血をたぎらせて感動した、知ってる人は興味あるかもしれないけど、知らない人にはどうでもいい、スクリーンミュージックの完全自己チューランキング、ベスト5は、以下のように決定いたしました~。

 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ…(←ドラムの音?)

● 第五位…「ボルサリーノ」、「怪傑ゾロ」、「地下室のメロディー」などアラン・ドロン主演映画の主題歌。

 若い頃、かっこよかったなアラン・ドロン。

 スーツがよく似合う男で。

 どこかで身長が180センチあると聞き、中学高校時代、せめて同じ身長になりたいと努力したものです。

 牛乳をぐびぐび飲み、暇さえあれば鉄棒にぶら下がっていました。

 おかげで、中学一年のときクラスの男で二番目に背が低かったのが、なんとか175.2センチまで伸びたのです。

 これも、ドロン様のおかげかも。

 最初に言っときますが、別に変な趣味はないですよ。

 これといった絶対的な曲はないのですが、合わせ技で五位入賞。

 フランス映画の曲って、テンポがいい。シリアスな場面も楽しい気分になって、それがまたグッドセンス。

 
● 第四位…「メリー・ポピンズ」のスーパーカリフラジュリスティックエクスピアリドゥーシャス。

 メリー・ポピンズは見ましたよ。最低、5回以上は見てます。

 もっとも、これを見て英会話を勉強するという大義名分があったからですが。

 サウンドトラックのレコードもすれ切れるぐらい聞き、中にある曲の歌詞をほとんど暗記しました。

 上記の歌は、ジュリー・アンドリュースとディック・バン・ダイクがディズニーアニメの中に入って、一緒に踊るシーンで歌われます。

 意味は忘れましたが、世界一長い単語だとか。(もちろん映画のなかの創作)

 高校時代、友人とこの単語、発音できる?ってよくやりましたね~。

 ところが、英会話は今もまったく不得意。挫折の点でも記憶に残ってます。


● 第三位…「ロミオとジュリエット」の主題歌。

 ニーノ・ロータの近代まれに見る美しい音楽。

 映画より前に、映画音楽全集に入っていたこの主題歌に魅せられました。

 それはピアノだけの演奏だったのですが、哀しい旋律が心に響きます。

 映画をはじめて見たのが社会人になってすぐ。

 新人で、いつも失敗して怒鳴られていた頃、気分転換に水道橋後楽園にある二本立ての名画座で見たんですよ。

 オリビア・ハッセーが幼くてかわいくてよかった。

 主題歌はオリジナルではオーケストラ演奏なのですね。となりに座っていたおばさんが、主題歌を聞いただけで涙をポロポロこぼしたのを覚えています。


● 第二位…「ティファニーで朝食を」のムーン・リバー。

 この映画は、レンタルビデオで繰り返し見ました。しかも、オードリー・ヘップバーンが窓辺にもたれ、物憂い表情をうかべながらムーン・リバーを歌うシーンを何十回となく。

 たぶんその部分だけ、劣化しちゃったんじゃないですか。

 やっぱり洋画のロマンチックなシーンはセンスがいいなと思ったものです。

 あれだけ見たのに、今この映画で覚えているのは、そことオードリーがさっそうとティファニーへ入っていくところとラストシーンだけ。

 あまり記憶には残らないけど、なんとなくいいムードの雰囲気がほのかに残るといった感じの映画でした。


● 第一位…「明日に向かって撃て」の雨に濡れても。

 この映画も、劇場、レンタルビデオでもう何度も何度も見ましたよ。

 もうせりふを全部暗記するぐらい。

 一風変わったギャング映画で、当時はアメリカンニューシネマなんて言われていましたね~。

 好きなのはやはり、ポール・ニューマンとキャサリン・ロスの自転車の二人乗りのシーン。

 ギャングなのにやさしい顔をしているポール・ニューマンと可憐な教師役のキャサリン・ロス。

 その前の重たいシーンから一転して早朝の牧場を自転車で走り回る二人。そこで流れるのが、バカラックの「雨に濡れても」。

 実はこの曲を知ったのは、映画じゃないんですよ。

 それは札幌オリンピックのフィギアスケートのエキシビションです。

 銅メダルのジャネット・リンが人気でしたが、銀メダルのマグヌセンもよかった。

 彼女がエキシビションで、傘をもって出てきたんですよ。何をやるのかと思って見ていたら、流れてきたのがこの「雨に濡れても」。

 すごいいい曲。

 映画を見たとき、あっ、あのときの曲だ、っと感動したのを覚えています。

 一時期長く、携帯の着メロにしていました。またビデオ借りてこようかな。

 それにしても、中学、高校時代のことってよく覚えている。結構、充実した学生時代を送ったのかもしれない。

 勉強しなくてよかった? 

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西新井大師~炎天寺~ベルモント公園 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 最近、涼しくてよく眠れます。

 でも、天気がぐずついて雨降りばかり。

 なかなかウォーキングへ行けませぬ。

 せめて、先々週に行ったウォーキングのネタで、お散歩気分を味わおうと思います。

 今から考えると、懐かしく思えるほど暑い日でした。

 ウォーキングに行ったのは、東京都足立区の西新井周辺です。

 その日、オイラは東武大師線の大師前駅に降り立ちました。駅名の由来になった西新井大師の甍が、駅のホームからガラス窓越しに見渡せます。

 緑に包まれた荘厳な建物が並ぶパノラマは、なかなか壮観な眺め。

 神奈川県の川崎にも、川崎大師駅がありますね。こちらは、初詣の人手では全国屈指の寺ですが、西新井大師もかなりの人手を集めそうな大寺院です。

 それにしても、西国はもとより関東にもこれだけの足跡を残した弘法大師の影響力を今更ながら感じてしまいますね~。

 広い境内には、正面に大本堂。右手に宝物館、左手には三重塔や水子地蔵堂が整然と並んでいます。

2006630_

 本堂の前の藤棚では、近所のお年寄りたちが寛いでいました。

 本堂の裏から境内をぬけ、商店街や住宅街、団地をぬけて歩きます。暑くて湿度が高くコンディションはよくなかったですが、そこはシューズがいいですから、すこぶるスイスイ行きます。

 雷神社の近くの公園でちょっと一休みと、本を読み出したら面白いので読みふけってしまいました。

 その雷神社。「いかずちじんじゃ」と読むそうですが、昔、この辺りは落雷の頻繁に起きる地域で、新田の開発と五穀豊穣を祈願して雷様を祭ったのだとか。

 このままさぼっていたら、ドリフターズのコントみたいに雷に打たれて真っ黒こげになりそうなので、ウォーキングを再開しました。

 この地域は、至る所に公園がある。それぞれの公園には碑がたっていて、昔の畑が区画整理によって公園になったのがわかります。

 そんな栗原北公園を通り、東武伊勢崎線の陸橋を越え、栗原六公園を過ぎて、左に曲がって少し行くと、そこが炎天寺。

 この暑いのに、炎天寺なんて、ますます汗が出そうな名前のお寺だと思ったら、ちゃんとその由緒正しいいわれがあったのでした。

 平安時代末期、「前九年の役」(1051~62年)で奥州に出陣した源頼義・義家父子は、この地で安倍氏側の地元の豪族と衝突し、苦戦を強いられたそうな。

 そのとき父子は、鎌倉鶴ケ岡八幡社に勝利を祈願した。その後形勢は逆転し、源氏方が勝利をおさめる。

 ときは六月の炎暑の中の出来事。
 
 当時は、重い鎧と全身を包む衣服で、想像以上に過酷な戦いだったのでしょう。

 奥州平定の後、父子は再びこの地を訪れ、八幡宮と戦死者の霊を祀る寺を建立した。炎天下の激戦であったことから、寺の名は「炎天寺」、村の名は「六月」(現在は六月町)と名づけたという伝説があるらしい。

 よほど苦しい戦いだったのでしょうね。千年近くたった今も、その激戦のあとが寺や町の名前に残っているなんて。

 この近くには、かつて奥州街道が通っていて、源義家にまつわる伝説が数多く語り継がれていますね。

 また炎天寺は、小林一茶の俳句でも有名な寺だとか。

 境内には、一茶の句

 「蝉なくや六月村の炎天寺」
 「やせ蛙負けるな一茶是れにあり」
_

  などの句碑やモニュメントがありました。

 毎年「一茶まつり」には全国小中学生俳句大会が開かれているらしい。

 脳の活性化のためには、俳句がいいと先日のブログで紹介しましたね~。

 境内には、小林一茶の略歴を紹介する掲示板があったんですよ。

 その生涯を見ると、当時としては、というか今でも特異といっていいライフスタイルであったような。

 最初に結婚したのが、52歳のとき。奥様は28歳の若い人。

 その奥さんが37歳で亡くなると、62歳で38歳の女性と結婚。ところがまた亡くしてしまい、64歳のとき、32歳の女性と再婚。

 結局一茶は、65歳で亡くなるのですが、晩年は、中風を患いながら、大火で焼け残った土蔵に暮らしたそうですね。

 でも死ぬ直前まで、彼の句はユーモアを失わなかったとか。

 50歳過ぎてから結婚し、子供もできるなんて当時からしたらスーパーじいさんだったのでしょう。

 やはり俳句は、脳の活性化ばかりか体のほうも若さを保っていられる証明かも。

 それにしても、小林一茶が生涯に詠んだ句は約2万句。

 芭焦が約千句、蕪村が約3千句というからすごく多作。

 その内の7千句を収める「七番日記」は、四十代末から五十代半ばにかけて書かれたらしい。

 このころがちょうど作品の質量ともに充実した時期であった。

 この当時は、50歳といえば平均寿命じゃないですかね。俳句で鍛えた脳は老いを忘れたのかも。

 ちなみにプロレスラーの全盛期は、35歳から45歳であると一般に言われています。あまり本文とは関係ありませんが。

 炎天寺を出て、近くにある西光院、そこから少し歩いたところにある鷲神社をめぐります。

 地図をたよりに細い道をゆくと、工場の隣に赤羽家長屋門がありました。
Photo

 格式ある武士の屋敷の門のようにも見えます。

 ここは、 旧島根村名主の牛込金武邸跡で、「金武(きんぶ)屋敷」と呼ばれていたとか。間口18.5m、奥行き6.5mの堂々たる二階造りの門。江戸末期の建築らしいですね。昭和14年に赤羽家の所有となったと解説板に書かれていました。

 東武伊勢崎線、西新井の駅のそばにあるギャラクシティ(足立区こども科学館)の前を通り、最後の目的地、ベルモント公園へ向かいます。

 このベルモント公園。

 昔、アラン・ドロンと人気を二分した、フランスの俳優、ジャン・ポール・ベルモンドを記念した公園かと思ったら、まったく違うらしい。

 ここ足立区は、オーストラリアのベルモンド市と姉妹都市で、友好と交流のシンボルとして平成5年に開園したのだとか。

 外国の都市は詳しくないのですが、広大な大陸の西側に位置する地方都市です。

 あまり広くはない公園ですが、園内にはオーストラリアの植物が植えられ、小さな池には、西オーストラリア州の州鳥となっている黒鳥が泳いでおりました。

 若干の高低差をうまく生かして、芝生の洋風庭園では羊のオブジェが置かれている。
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 遠近法を利用して、うまく写真を撮ったら、オーストラリアを旅行してきました~とアリバイを作れそう。

 公園の中の赤レンガ造りの陳列館もなかなかいい味を出しています。

 その中には、オーストラリアの工芸品や日用品、羊毛をつむぐ道具などが展示してありましたが、土日しか開館していないようなのでご注意を。

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会議で主導権を取って、思った方向へ導く法

 こんにちは。

 最近、雨ふりの天気ばかり。

 じめじめして憂鬱な気分になりますが、気温が低くて過ごしやすいのだけは不幸中の幸いです。

 でも、またすぐ暑くなるのでしょうね。

 今のうち、体力の温存を図っておかねば。と思って、ゆっくり過ごしていると、暑くなったらまた仕事が手につかないなんてことになるかも。

 人間、楽なほうへ流れる気持ちに竿をさせるかどうかが、大事なのかもしれませぬ。

 
 …と思いつつ、頑張って書きます。
 
 さて、前回の会議の話の続きです。

 会議の場で印象を強めるには、いつも決まった席にすわるのがいいらしい。

 そのたびに席を変わるというのは、ほかの人の印象に残りにくいからだとか。

 確かに、発言力のある人は、いつも決まった場所に座る傾向がある。

 逆に言うと、たまたま下座に座った人、目立たない場所に座った人は、議論から疎外されがちになり、あとあと不満が残ることにもなりかねない。

 全員が、会議に参加しているという雰囲気を作るためには、議論の大勢が決まりつつある段階で、下座に座っている人たちの意見をじっくり聞くことが重要かも。

 それだけ、会議の場で座る場所というのは大事だということですね。


 ところで、いつも自分の意見に反論する相手っていませんか?

 意見の内容に反論するというより、あんたの言ったことにはすべて反論してやる、みたいな。

 与党に対する野党の代表質問もそんな部分が無きにしも非ず。

 そういう論敵が、自分の真ん前に座ると、より対決姿勢が明確になってしまいかねない。

 徹底的に相手とやりあいたいという人はいいかもしれませんが、そうじゃない人は自分の正面に、協力者として座ってもらうことも一法です。

 そして、いつも反論する相手が口を開く前に、協力者に「賛成」と賛同してもらう。

 この方法は、古今を問わずいろいろなところで使われていますね。

 先日、オイラが生まれて初めて出席した株主総会。

 議長が、「ご採択願えますでしょうか」と言った時、真ん前の第一列に座っていた人たちが一斉に拍手したんですよ。

 つられてオイラも拍手しちゃいました。

 株主総会が終わって、席を立つとき見たら、全員その会社の社員じゃないっすか。

 確かに、社員も株主様だろうけど。

 それにしてもあの拍手の中、意義ありなんてとても言える雰囲気ではなかった。

 万一の反対者に備えて、機先を制してしまう作戦なのですね。

 賛成の意見は、発言直後に、バックアップする形で言って貰えればベストです。

 今言ったように、反対者が反論する機会を奪う形になりますから。


 これについて有名な事例がありましたね~。

 関が原の戦いを前にした徳川家康です。

 上杉征伐で、豊臣恩顧の大名を引き連れ、今の栃木県小山にいた徳川家康は、石田三成の挙兵を聞き、反転して彼を討つ作戦に出ようとします。

 しかし、大阪城には今一緒に小山にいる豊臣恩顧の大名の妻女が人質になっている。

 今、石田三成征伐を宣言しても、彼らが味方についてくれるかどうかわからない。

 そこで家康は、彼らの中の協力者に、いち早く自分に味方すると宣言してもらいます。

 作戦の発表の場で、「これから石田三成を討つつもりだが、おのおの方、味方してついてくるか、どうか」と家康が問いかける。

 すると、いち早く、「お味方する」と協力者が立ち上がり、満座の諸侯に同意を促した。

 その協力者は、豊臣恩顧の大名。彼が従うなら、我も我もと賛同者が続出。

 どっちつかずだった大名も味方し、関が原へ向かって勝利を収めることができた。

 ところでその協力者って誰でしたっけ?

 福島正則と山内一豊だったと思うのですが…。

 この辺の事情は、司馬遼太郎の「関が原」に詳しく書かれています。

 大河ドラマの「功名が辻」ではまた、一豊の妻の千代の入れ知恵ということになるのでしょうけど…。


 ところで会議は、相手があってはじめて成立する。

 参加者には、それぞれ利害関係といったものがあるはず。

 そこで、リーダーになる必要はなくても、自分の望む方向へ議論を持って行きたい場合もあるでしょう。

 そんなとき重要なのは、会議の方向性を左右するキーマン。

 キーマンと友好関係を保ちながら、会議を進めたいと思う場合もあるし、どうしても受け入れなれない議題だったら、キーマンと対立しなければならない場合もある。

 議題の方向性によって、相手と友好的な立場を取りやすい席、対立して議論しやすい席の取り方というのがあるんですよ。

 いわば、会議の目的によって、もっとも効果のある席の取り方。

 たとえば、会議室のテーブルが、もっとも一般的な長方形だったと仮定しましょう。

 会議の主導権を握りたいなら、長方形の長い辺の真ん中。そして窓などの光源を背にするとよいと書きました。

 そして、いつも自分の意見に反論する相手がいたら、目の前に座らせないために、協力者にそこに座ってもらうとも。

 会議のキーマンが、テーブルの長方形の長い辺の真ん中に座ったとして、もし自分が彼と協力して議題を進行したいなら、なるべく彼のとなりに座るとスムーズに行きます。

 そしてキーマンが発言したら、すぐそれに同調する。

 さきほども言ったように、発言直後の賛同意見は、反対者の発言する機会を奪うことになるからです。

 また、長方形のテーブルの短い辺の真ん中は、副議長的な席なので、そこに座ってサポートするのもいいですね。

 逆に、相手と対立的に議論したいなら、もちろん正面に座る。

 しかし、客観的な立場から見て、お互いがテーブルの真ん中で言い争ったのでは収拾がつかなくなる恐れがあります。

 だったらその二人は、テーブルを挟んだまま平行移動してもらい、テーブルの端に座ってもらう。

 そして、客観的な視点を持った人に真ん中に座ってもらうのです。

 中央の争いから地方の争いに転換する。

 すると中央から斡旋する余地ができます。

 争いがないのにこしたことはありませんが、大勢に影響ない場所でやりあうのも時には必要かもしれません。

 多少のガス抜きは必要でしょうから。

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会議で、自分をうまくアピールする方法

 こんにちは。

 今日は、久々のビジネスネタです。

 そういえば最近、仕事の話題は無沙汰でした。

 曲がりなりにも、一応、ビジネスブログだと思っているのですが…。

 でも、まったく忘れていたわけじゃないですよ。

 次に書きたいと思っている企画もいろいろあるのです。

 たとえば以前リクエストしていただいた、「わかりやすい文章を書く法」とか。

 昔、自称プロの文章家の先生に、オイラの文章をいろいろ非難されたこともあり、「文章の書き方」の本はかなり読みました。

 それらは、一流の作家や第一線で活躍した新聞記者など、文章で生活している人たちが書き表したノウハウ本。

 役立つエッセンスを要約して、例のとおりバインダーノートに閉じこんでおいたのですよ。

 確か、名著といわれる本30冊分を、ノート100ページくらいに要約した記憶があります。

 なぜ、あいまいな記憶しかないのか。

 「……………」


 実は、どっかいってしまったぁぁぁぁぁぁぁぁ~

 約1ヶ月間、さまざまな図書館を渡り歩き、文章作法の名著の中のおいしい部分だけを抜書きした、汗と涙の結晶が…。

 もうここ1ヶ月くらいずっと探しているのに出てこない。

 もっとも、あまり熱を入れて探しているとは言えないのですが…。

 それだけ熱心に本を読んでも、オイラの文章はこの程度だし。ヘへへ。

 でも、どこへ行ってしまったんだろう。

 本を書くとき、そこだけバインダーノートから抜き出してどこかへ持っていった記憶があるような、ないような。

 貴重な資料であるのは間違いないですが、誰かがどっかへ持って行ったということはないはず。

 ビジベン速記は、普通の人にとって、古代エジプトのヒエログリフより解読不可能でしょうから。

 気合入れて探せばどっかにあると思うのですけど。

 オイラにとって、「文章の書き方」云々よりも、脳の活性化のほうが大事かもしれません。

 それはともかく、ないものは仕方ないっす。

 …ということで、ノートが見つかるまで、以前の再放送でお茶を濁すことにしました。

 以前、読んだことのある方はスルーしちゃってくださいね。多少、加筆修正をしましたので、お読みいただければ幸いです。

 ところで、前にもお話しましたが、このノート。

 独立開業したものの仕事がまったくなかった時代に、近隣の公立図書館をほぼ半年以上かけ、将来、自分の仕事に役立つと思うところをメモしたものです

 ふと目に留まったのが、「会議の場で、自分をアピールする方法」の箇所。

 何で、こんな箇所をメモしたんだろうと、笑ってしまいました。

 なにせ、独立開業してから、会議なんてしたことがない。

 お取引先やアルバイトと打ち合わせはよくしますが、あらたまって机を取り囲んで議論するということはないです。

 第一、会議をする人数が、会社にいませんからぁぁぁぁぁぁぁぁ~残念!

 …といって、正直、残念ではなかったりして。

 組織の方向性がまだ決まっていないとき、皆が頭を絞って、いいアイデアを持ち寄る。そんな参加者全員の同意の下にひとつの方向性が決まる会議なら、非常に有意義だと思いますよ。

 ところがそういう会議って意外と少ないですよね。

 最初から少数のリーダーたちが方向性を決めていて、その伝達の場だけになっているケースがあまりにも多い。

 会議ではなく、上司の個人演説会。またはミスを犯した従業員の糾弾の場になっている場合もありますな。

 会議を辞書で調べると、「人が集まりなにかをきめること」とありました。

 だから、ビジネスのみならず、PTAや地域の会合、サークル活動、どっかへ遊びに行こうと家族で集まって決めるのも、会議といえば会議。


 もっとも、集まる前から方向性が決まっていたら、会議じゃないんじゃないかと、うがった見方もしてしまうのですけど。

 でもそんなことを言ってたら次へ進まなくなるので、ここではそういう会議もどきの場合は無視して、皆が集まって平等に意見を述べる会議ということでお話したいと思います。

 そういう理想的な会議の場では、仕事の取り組み姿勢や企画力、表現力といった面で大きなアピールの場になるかも。

 いつもは、それぞれ違った自分の仕事をしていますが、会議の場では、ひとつの目標に対して、誰がそれに近づく努力をしたか、誰がいいアイデアを出したかという基準で評価できるからです。

 いわば同じ土俵で、戦わざるをえなくなる。

 ここで自分をアピールできるかどうかというのは、結構重要なことではないでしょうか。

 もちろんそのためには、企画力、表現力、独創性などが求められる。

 しかし、所詮人が人を評価するわけですから、会議の場でうまく自分をアピールするテクニックというものが存在するみたい。

 逆に言えば、いくら本来の実力で自分をアピールしても、自分をうまくアピールする人のテクニックに敗れるケースだってあるわけ。

 多胡輝氏の「しぐさ、動作、ふるまいの心理学」という本には、そのあたりのテクニックが興味深く書かれています。

 たとえば、会議の席が自由に選べる場合、すわる席の場所によって、会議のリーダー的立場になったり、どんなにすばらしい意見を言っても高く評価されなかったり、なんてことが起こるらしい。

 徹夜して考えた素晴らしい独創的なアイデアが、いつも採用されなくてふてくされている人もいるかもしれませんね。

 もしその理由が、いつも自分が座る場所のせいだったとしたら…。


 本には、会議室で座る席の場所によって、会議のリーダー的立場になれる可能性があると書いてありました。

 その席とはどこか。

 結論から言いますと、当たり前かもしれませんが、上座です。

 上座とはどこかというと、会議室の入り口からもっとも遠い席。

 しかも窓際で、窓を背にしていればベストだとか。

 そのココロは、光源のそばに身を置くことによって、自分を大きく見せることができるから。

 もちろん、元から上の立場のある人は、どこに座っても、それ相応の影響力を行使できるはず。
しかし、同じ階級にある者、または職位に関係のない会議に関しては、ある程度この説は確かだと思える。

 オイラが会社に勤めていたとき、ある会議に出席したことがあります。

 その会議は、会議室に入った順番で自由に席を選べる形になっていました。

 一般の傾向からして、そういう形だと入り口から近い下座から席が埋まっていきますよね。

 オイラも下座に着席して、会議が始まるのを待っていました。すると後から遅れて、新入社員が入ってきたんですよ。

 彼が入ってきたときは、下座は全部埋まり、まさに窓を背にして座る上座しか空いていませんでした。

 新入社員は仕方なく、上座に座る。

 オイラが下座から見ると、上座に座るその新入社員が後光に包まれ、すごく荘厳に見えるのです。

皆もそう見えたのかもしれません。司会者が、半分茶化す意味もあって、議題が変わるたびごとに彼に意見を求める。

 何回かそういうやりとりのあと、最後、なんと新入社員の意見が通ってしまったんですね~。

 それがどういう内容のものだったか覚えていませんが、さほど大した意見ではなかったのではないでしょうか。

 会議の後、なんであんな意見が通ってしまったのだろうと、同僚と話した記憶が残っていますので。

 今から考えると、それは上座に座った効果ではなかったのか。

 そのとき下座に座ったオイラは、その他大勢のなかに埋没してしまった印象があります。なにか話しても、不思議と注目が集まらないんですよ。

 いつもは、「また、あの野郎。おかしなことを言ってる」と皆から笑われるんですけどね。

 それにしても、せっかくいろいろな図書館をまわり、ノートにまとめた「会議の場で、自分をアピールする方法」。

 新規開拓、営業話法、苦情処理、マーケティングなど、ほかの部分は、実地でためしてみる機会がありましたが、これはメンバーの一員として会議に参加しなければ、試しようがない。

 これらのテクニックが会議の現場で実際使えるのか、すごく興味があります。

 どなたか、これからブログに書く内容を、実際の会議の場で試してみて、成功したか失敗だったかを教えていただければうれしいのですが…。

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脳卒中で、病院へ運ばれたときの検査・診断の流れ 医師と女子高生の会話から

 こんにちは。

 最近、ケータイゲームの「テトリス」にはまっています。

 今まで、ケータイゲームと言えば、「大富豪」と「オセロ」ばっかりでした。

 ちなみに、「大富豪」の戦績は、1281勝111敗。「オセロ」は、最強モードでも、852勝245敗。( ← そんな暇があったら仕事しろよ )

 少し、「オセロ」の負けが多いですが、最初のうち勝ちパターンがわからなかったので、連敗を喫してしまいました。

 でも最近は、滅多に負けることがなくなってしまった。

 負けると面白くないけれど、勝ち続けるのもつまらない。

 そこで、「テトリス」の登場です。

 最初、「テトリス」ってやり方がわからなかったのですよ。説明を読んでも、何書いてあるかわからなかったし…。

 でも、試行錯誤しているうちに、何とかキーの動かし方をマスター。単純な遊びだなぁ~と思いましたが、やっているうちにいつの間にかはまってしまいました。

 絶対、いつかは負けるというところがいいですね。何とか、やられないように最後までジタバタするところが好き。( ← M? )

 最近、気がつくと「テトリス」をやっている。

 ラーメン屋で、ラーメンが来ているのに気づかず夢中になっていて、麺が伸びてしまったことも…。

 ラーメン屋のオヤジとしては、難しい顔をしてケータイのボタンを押しているオイラを見て、よっぽど仕事で重要なメールを打っていると思ったのでしょう。

 最近、「テトリス」を1時間もやらないでいると禁断症状が現れて、指が震えます。

 やっているときはハイな状態で、血圧も上がっているような気が…。

 脳の活性化にもなると思って始めた「テトリス」が、脳こうそくの引き金になってはたまらないですからね。

 そうならない方法を研究しなければ。

 …ということで、また強引な前ふりでしたが、今日は「脳の病気シリーズ」をお送りしたいと思います。

 この「脳の病気シリーズ」。

 ほぼ月一回のペースで、お送りしています。

 約一ヶ月前になりますが、前回は「脳卒中で病院へ運ばれたとき、どのように検査治療するの?」という話題を取り上げました。

 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に前回、前々回の「心と体」のカテゴリの中にある記事をお読みいただければ幸いです。

  今日はその続きです。
 
 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。

 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。
 
 
 前回、「脳卒中で病院へ運ばれたとき、どのように検査治療するのか」について勉強したAYAちゃん。

 今日は、「救急車で病院へ運ばれたときの検査・診断の流れ」が話題になります。
 
 それでは…。

< 救急車で病院へ運ばれたときの検査・診断の流れ >

● AYAちゃん「先生、先日はどうもありがとうございました。最新式のPDAはすごく調子いいですよ」

 あっそう。今日は救急車で病院へ運ばれたときの検査・診断の流れを話すから、それでしっかりメモとってよ。

● AYAちゃん「わかりました。キーが小さいから、ちょっとブラインドタッチができないけど…」

(無視して)救急車で運び込まれた患者さんはまず、脈拍、呼吸、体温、血圧などを測って体の状態を確認する。そして生命の維持をはかる処置を優先して行うんだ。

● AYAちゃん「(カタカタとPDAのキーを押している)はい、それで?」

 それと同時に本人、本人の意識がないときは家族、付き添いの人たちに問診する。これは前回話したよね。病気の確定は、CTや後で話すMRIという検査機器の画像診断にゆだねられるんだけど、その前に内科的診察と一般的検査が行われるんだ。

● AYAちゃん「一刻を争うケースでは、ゆっくり診察なんてできませんよね」

 そう。要点を押さえながらも手短に、かつ正確に診察することが求められるんだ。具体的には、まず、患者さんの体を目で見て、皮膚や爪などの状態を確認する。次に聴診器を当てて、心臓の音、呼吸の状態、それから詰まっている血管があるかどうか皮膚の上から全身の動脈の状態を診るんだ。

 とくに首の動脈は重要で、動脈硬化を起こして雑音が混じってないかどうか念入りに診る。

● AYAちゃん「へぇー。動脈が詰まっているかどうか、音で見分けるなんてすごいなぁ」

 エヘン。それから手で触って診察すると、手足のむくみの状態もわかるんだ。また、目の奥の眼底を通る血管を眼底カメラで調べると、高血圧や動脈硬化の状態も確認できる。

 それから顔面、手足の運動マヒや感覚障害、意識障害、とくに片方の目に表れる視力障害、視野障害、言語障害の有無なども調べる。そして…。

● AYAちゃん「ちょっと待って、先生。とてもPDAではメモできないから」

 じゃあ、あとでプリントあげるよ。今言った、感覚障害や意識障害、視野障害、言語障害の場所や程度を調べる検査を神経学的検査と言うんだけど、詳しいことはあとのリハビリのところで説明するね。

● AYAちゃん「(ムカッ)…プリントがあるなら、早く言ってください」

 今言ったのは、内科的診察と一般的検査だね。それらが終わるか、あるいはそれらと同時に、全身の状態を判断するための検査を行うんだ。

● AYAちゃん「今度はどんなことをするんですか?」

 胸やおなかのレントゲンや血液検査をする。レントゲンでは肺や心臓の状態がわかり、血液検査では脳卒中を起こしやすい血液の成分かどうか、また肝臓や腎臓の機能、血液の状態なんかもわかるんだ。

● AYAちゃん「体の状態をいろいろな角度から調べるんですね」

 そう。しかもスピーディーに検査しなければならない。それから心電図もとることがある。
 

● AYAちゃん「脳の病気なのに心電図もとるんですか?」

 ほらっ、脳卒中の原因が心臓にある場合…。

● AYAちゃん「あっ、そうか。心原性脳塞栓症でしたっけ」

 そう。心電図をとることによって、不整脈の有無がわかるんだ。とくに心房細動と心臓弁膜症は、血液のかたまりを作りやすい病気だって言ったよね。

● AYAちゃん「そうでした。すぐ忘れちゃう」

 これらの検査から得られた情報を踏まえて、画像検査で病気を確定するんだ。

● AYAちゃん「先日、先生に説明してもらったCTですね」

 頭の骨を開けずに脳の中をはじめて見られるようにした装置だって言ったよね。CTは画面上、骨や出血の部分は白く映るので、脳出血かそうじゃないかが、ひと目でわかるんだ。

 また出血の場所や範囲と発症直後の小さな段階からもわかるので、手術の成功率が飛躍的に高くなったんだよ。

● AYAちゃん「脳卒中の中でも、脳出血と脳こうそくでは治療方法が全然違うんですよね」

 そう。症状はあまり違いがなくても、治療方法は違ってくる。CTが登場するまでは、その見極めに時間がかかり過ぎていたんだ。ただCTの場合、脳こうそくの部分は画面上黒く見えるんだけど、発症してから6~12時間以内はよくわからないんだ。

● AYAちゃん「と言うことは、脳こうそくの早期の診断は無理なんですか。じゃあ、治療も遅れてしまいますね」

 ところがどっこい。脳こうそくの早期の診断の強い味方があるんだ。

● AYAちゃん「やったね。何ですか、それは?」

 それはまた、来月。

       (約1ヵ月後へ続く)

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頭を磨くために、心がけたい習慣

 こんにちは。

 先日、オイラが以前勤めていた会社の株主総会に出席したんですよ。

 どうしてかというと、まだ一度も出席したことがなかったから。

 前に、毎日何か新しいことにチャレンジすると脳が活性化するとブログに書きました。

 あれから意識して、いろいろ新しいことにチャレンジしています。

 で、出席して脳が活性化したかというと、どうなんでしょう。

 営業報告書の説明を聞いているうちに、どんどん議事が進行し、最後拍手で終わり。

 頭を働かせる暇もなかったような気が…。

 でも、帰りにまんじゅうをもらったからすごく満足です。(← それが目当てで出席したのね~)

 それにしても、脳を活性化するために株主総会に出席する人もあまりいないと思いますけど。

 さて、頭をサビつかせないためには、歩くのがいいとよく言われますね。

 京都には、「哲学の道」という名所がある。

 これは、哲学者の西田幾多郎が若王子神社から銀閣寺に至る水路脇の小道を歩きながら思索にふけったという道。

 西洋にも同じような道があるらしい。

 哲学者のヘーゲルは、ハイデルベルクの河のほとりの道を歩きながら思索したとか。

 日本にあるのが「哲学の道」、ドイツにあるのが「哲学者の道」ですか。

 昔から哲学者は散歩を好んだらしいですな。

 何とあの有名な古代ギリシャの哲学者ヒポクラテスも、「歩くと頭が良くなる」と言っていたとか。

 散歩はオイラも好きでよくやりますが、ストレス解消はもちろん、歩いている最中にいいアイデアが浮かんだりすることもあります。

 これは、歩いて頭を揺さぶると、脳の働きが活発になるからだと本には書いてありました。

 オイラもよく散歩するから、万一有名になったら、後世の人たちから、いつも歩く道が「○○の道」という名称で呼ばれるかもしれませぬ。

 で、実際調べてみたら、百円ショップや松屋、吉野家のファストフードばかりが道の両側に並んでいたりして。

 後世の人々が、オイラのライフスタイルを肯定的に見てくれたら、「清貧の道」とでも呼んでくれるのだろうけど、そういうことは万に一つもないでしょう。

 それはともかく、ゆったりと散歩をしていると街の生きた情報が収集できるのは確か。

 この本(「頭がいい人の45歳からの習慣術」河出書房新社 小泉十三著)によると、そのような散歩法の大家として、植草甚一という人のエピソードが紹介されています。

 この本を読むまで知らなかったのですが、明治生まれで、オイラの学校の先輩に当たる人なのですね~。

 「散歩と雑学」をこよなく愛した人という点では、ちょっと他人とは思えませぬ。

 植草氏は、自分の散歩のスタイルを「大正式散歩」と呼んでいたらしい。

 ネーミングのルーツがよくわからないのですが、街中をぶらぶら歩き、古本屋や喫茶店、文房具屋、切手屋などに入る。

 買うというより、見たこともない新製品を発見しては、これをどう使おうかと想像して遊ぶのだそうな。

 頭をカラッポにして歩くのもいいけれど、自然に目に入ってきたものを批評するでもなく眺めて、いろいろ新しいことを考える。

 こんな散歩の仕方なら、頭が磨かれるでしょうね。

 今度、やってみよう。

 それから…

● 人と話さないと頭がどんどん悪くなる

 …と本には書いてありました。

 普通に世間話をするのではなく、何かを人に説明する行為って結構頭を使いますよね。

 たとえば、「ダヴィンチ・コード」の映画や小説をまだ見たり読んだりしてない人に詳しく説明するとき。

 オイラはまだ映画も小説も見ていないのですが、もし説明するとしたら、筋はもちろん、物語の背景も知らないとうまく話せませんよね。

 ダヴィンチって、いつの時代、どこで、どんなことをして活躍した人なのか。モナリザが現在、どこに飾られているか。宗教的な背景。映画だったら、主役のトム・ハンクスってどういう俳優か。映画の監督と小説の作者etc…。

 それらの固有名詞を記憶していないと話せないし、それらをうまく交通整理して論理的に再構成しなければならない。

 確かに、自分の経験したことをちゃんと筋道立てて話せる人って頭いいな~と尊敬することがよくあります。

 オイラはうまく話すことがわりと苦手なほうなので…。

 それから、頭をサビつかせないためには

● 本気でこだわれるものを持つことが大

 中年になっても、こだわれるものがいまだ見つからない場合は、新たにイレギュラーな出会いを求めてみてはと本には書かれています。

 そのためには、一度も触れたことのないものに触れ、一度も行ったことのない場所へ行き、一度も体験したことのない行動をしてみるのがよいとか。

 確かにおっしゃるとおり。

 何にもまったく興味がないという人は、この世の中がつまらないものだからと考えるかも。

 でももしかしたら、自分がこだわりの持てるものにまだ出会っていないのかもしれない。

 何かの拍子に出会って、はまってしまった人って結構いる。

 確かに、おいらの周りの何かにこだわりを持って生きている人たちは、こういうタイプが多いですよ。

 取引先と釣りの約束をしていた先輩が急病で行けなくなって、代役で行ってはまってしまったケース。

 今では、釣りの大会で優勝することもあるらしいですが、先輩があのとき急病にならなければ一生やらなかっただろうと話していました。

 いずれ漁師に弟子入りすると言っていましたが、そうなるとこだわりの領域を超えていますよね。

 本には、ロシア文学であれ、ゴルフのスイングであれ、そば打ちであれ、ミニカーのコレクションであれ、「人からうるさがられるほど語るべきものを持っている人は、少なくともボケとはずっと無縁のはず」と書かれています。
 
 オイラが最後に注目したのは次の項目。

● 頭の冴えを保つためには俳句がいい

 かの有名な養老孟司氏は、「俳句は、右脳と左脳をフルに使用する、数少ない芸術だ」と言われたそうな。

 右脳は情緒をつかさどり、左脳は論理をつかさどると言われる。

 たとえば芸術でいうと、右脳は絵画と音楽、左脳は哲学。文学も左脳の領域らしいのですが、詩は右脳の芸術に近いという。

 詩は、言語によって作られているものですが、論理とは言い難い面もある。

 たとえば、有名なフランスの詩人ランボーは、「詩とは言葉以前の人間の記憶を求めること」と言っているらしい。

 言葉を持たないくらい古い時代の人たちが持っていた五感。それをいかに言葉で表現できるか。それが、詩なのだ、と…。

 だから、詩だけは左脳よりも右脳の芸術に近いのだとか。

 俳句も詩と同じで、右脳の働きに直結している。

 左脳が論理をつかさどるので、今まで左脳がすぐれていることが頭のいいことの証ともなっていた。

 しかし、最近の脳科学の研究によれば、実は右脳が脳全体の力を支えているのだとか。

 本には、アインシュタインの業績は、壮大なイメージを生む右脳の力が支えていたと書かれています。

 彼の右脳の力は、ほかの理論物理学者にはないものだったとか。

 だから右脳を鍛えるのはすごく大切。

 そのためには俳句がいいということなのですね~。

 う~、俳句っすか。

 詩もそうだけど、オイラは俳句も駄目みたい。

 高校の夏休みの宿題で作った俳句は、あまりにも酷い出来栄えでした。

 でも、俳句をひねることは、頭の冴えを保つための絶好の習慣なんだとか。

 植物の名前をたくさん覚え、季語に詳しくなれば、季節の移ろいにも敏感になる。

 でも、高校時代、生物も駄目だったし…。

 本には、日記を書いて、去年やおととしの今日と比べてみるのもいいと。

 
 松尾芭蕉みたいに、歩きながら俳句をひねり、日記を書く。

 究極の脳の活性化法かも。

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ウルトラマン商店街~成城 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 今日は朝からすごく雨が降っています。

 雨が降れば少し涼しくなるかも、と期待したのですが、いざ降ったら逆にサウナの中にいるような気分になりました。

 サウナも気持ちがいいのは確かだけれど、服着たまま何時間も入っているところじゃないですからね~。

 ちなみに、今オイラのいる部屋の中は30度。

 湿度もすごくて、3メートル先は霞がかかってよく見えませぬ。

 なぜ、こういう悲惨な状況なのにエアコンをつけないかと言うと、スイッチを入れたとたん部屋にダニがばら撒かれるのではないかと危惧しているからであります。

 ダニって、昔、顕微鏡で拡大して見たことがあるのですが、凶暴な怪獣のような外観を呈している。

 少し子供のエイリアンにも似ていたりして。

 オイラの体に、エイリアンの卵を産み付けられてはたまりませぬ。

 エイリアンには、シガニー・ウィーバー演じるリプリーが対決を挑みますが、それは外国のお話。

 日本では、やっぱしウルトラマンですよね。

 ウルトラマン???

 そう言えば前々回、「馬事公苑~経堂、食と農の街をゆく」という恒例のお散歩ネタをお送りしましたが、祖師ヶ谷大蔵の「ウルトラマン商店街」のところで終わってしまったのでした。

 ちょっと強引でしたが、今日はその続きです。

 オイラは、ガイドブック(歩くせたがや 21コース エイ出版社)を見つつ、祖師ヶ谷大蔵駅に降り立ちました。

 駅前には、筋骨隆々のウルトラマンの像。

 でも、駅前の案内板や道の両側にウルトラマンのかわいくデフォルメされたイラストの描かれた垂れ幕を除けば、どこにでもある駅前商店街と変わらない。

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 なぜ、何の変哲もない商店街がウルトラマンかというと、商店街の先の砧7丁目に円谷プロダクションがあるからだとか。

 円谷プロダクションといえば、創業者の円谷英二氏が有名です。ウルトラマンシリーズの生みの親であるとともに、ゴジラなどの特撮監督を務めた我が国の「特撮の父」ともいえる存在。

 円谷英二氏の偉業を偲び、また商店街の振興をかねて、2005年に「ウルトラマン商店街」として町おこしをすることになったのですね。

 駅から、その円谷プロまで歩いてみることにしました。

 上を見ると、ウルトラマンが空を飛んでいる。

2006617__4

 すごい低空飛行なので、電線に引っかからないか心配になりました。
 
 商店街を歩いていくと、やがて店がなくなり住宅街へ。

 一つの瀟洒な洋館の庭、門のそばにウルトラマンとミラーマンの像が立っていました。

2006617__5

 ここが円谷プロダクションなのですね。

 パッと見は、映画のプロダクションというより、幼稚園のエントランスの雰囲気。

 それほど広くはないですが、ここから日本中を席巻したヒーローが生まれたと思うと感慨もひとしおです。

 現在は、八幡山に新しい社屋を建てて、本社機能は移転したそうですが、現在もここで多くの怪獣やヒーローが誕生しているとか。

 新作のポスターが貼ってありました。

 ウルトラマン、ウルトラセブン、帰ってきたウルトラマンまではわかるけど、そのあともウルトラシリーズの新たなヒーローが生まれ続けているのですか。

 まさに時代を超えたヒーロー。

 来た道を戻り、祖師ヶ谷大蔵駅のバス停よりの商店街も見学することにしました。

 こちらの側は、すごくにぎやかです。

 でも、道の両側の垂れ幕を除けば、ウルトラマンをイメージできるものは何もない。

 イラストもかわいすぎて、放映当時を知っている人間からすると違和感が否めないのです。

 せめて、ウルトラマンの主題歌や科学特捜隊のテーマミュージックを流せばそれらしい雰囲気は出るんですけどね~。

 商店街の個々のお店にも、ウルトラマン商店街として売り出そうという工夫が感じられないような気がしました。

 町おこしは、こちらが恥ずかしくなるぐらい徹底してやらないと、かえって逆効果になる可能性が無きにしも非ず。

 やはり何らかのデモンストレーションは必要ですね。

 おそらく、最初のうちは着ぐるみを着たウルトラマンや怪獣がセールなどで盛り上げたのでしょうけど、一般的で度々だとインパクトにかける。

 マスコミもこれだけだと記事にしづらいかも。

 個人的には、一部のマニア垂涎の企画をやって欲しいです。

 たとえば、深夜、人通りの絶えた商店街を、「ケムール人」が走る。

 ケムール人は、ウルトラマンではなく「ウルトラQ」でしたが、その登場シーンのインパクトはすごかった。

 あまりの恐ろしさに、今でもたまに夢に出てきます。

 近くの日体大の長距離選手をアルバイトに雇い、深夜、商店街をケムール人の扮装をしたまま走ってもらうのはいかがでしょう。

 できれば、テレビドラマのときと同じように、パトカーに追われるとか。

 これは近くの警察署に協力をお願いしなくても、誰かの通報できっと同じようなシチュエーションになると思いますから大丈夫です。

 ドラマでは、夜の首都高速道路をケムール人は走って逃げるのですが、東名高速道路を車より速く走れる人材がいるかどうか。

 ケムール人が走る商店街として、一躍日本中で有名になることは間違いないと思うのですが…。

 絶対、カメラを片手に、マニアが日本全国から集まってきますよ。

 ただ、ヨッパライのオヤジが、走るケムール人を見て、心臓麻痺を起こして倒れても責任は負いかねますので、よろしくご配慮のほどお願い申し上げます。

 さて、それでは昼間はどうするか。

 個人的には、商店街のお店の人たちにカラータイマーを装着して欲しい。

 これはご存知、ウルトラマンの胸で光るタイマー。

 名優、石坂浩二のナレーションによると、「ウルトラマンを支える太陽エネルギーは地球上では異常に消耗する。エネルギーが残り少なくなると胸のカラータイマーが点滅をはじめる。そして、もしカラータイマーが消えてしまったら、ウルトラマンは二度と立ち上がる力を失ってしまうのだ。がんばれ!ウルトラマン。残された時間はあとわずかしかないのだ」。

 ウルトラマンが地球上で戦えるのはわずか3分。

 だからウルトラマンは、カップヌードルを食べることができないのだ。

 カラータイマーを装着した販売員がお客さんを待たせることのできる時間は、3分間とする。

 3分近くなって、赤く点滅するカラータイマー。

 お客さんのほうがあせってどんどん買ってしまうかも。

 営業マンは誰でも、スピードセールスが成功したらいいなと思っていますからね。

 商店街の方たち、勝手なことを言ってすいませんでした。

 
 さて、ウルトラマン商店街から、成城学園まで歩きます。

 仙川のほとりに建つのが、成城大学。

 昔、小田急線に乗っていると、車窓から馬が走っている姿が見えました。大学構内に馬場があるなんて、なんてリッチな大学と思ったものです。

 当時の馬場のあった場所にはビルが建っていましたが、大学の構内の池は健在でした。

 大学の構内にこれだけ広い池があるのは、珍しいかも。

 東大の三四郎池は有名ですが、学習院の血洗いの池の景観もなかなかです。

 酔っ払って飛び込む学生がいないから、池の自然が保たれているのかもと考えてしまいました。

 そういえば成城大学は、都内屈指のお洒落な大学。

 比較的少人数で、アットホームな雰囲気なのでしょうか。

 こういう大学に入っていたら、オイラのライフスタイルも変わっていたのかもしれません。

 でも、駅前にファストフードや100円ショップがあったかな?

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馬事公苑~経堂、食と農の街 ウォーキングストーリー 

 こんばんは。

 先日の土曜日、またウォーキングへ行ってきました~♪

 脳をサビつかせない方法を前回書きましたが、歩くということも脳にとってすごくいいらしいのですよ。

 その理由は、また次回お知らせします。

 さて行ったのは、またしても東京世田谷の街を巡るコース。

 前に行ったのも、二子玉川から成城へぬける世田谷区のローカルな旅でしたね。

 なぜ、世田谷?

 実は、ネタ本があるのです。

 それは、 「歩くせたがや 21コース」 エイ出版社。

 ウォーキングのガイドブックは、何冊も持っていますが、世田谷だけに限定したのは珍しいですね~。

 21のウォーキングコースそれぞれに、観光やグルメスポット、ちょっとした街の薀蓄が述べられているのが楽しい。

 図書館で借りている3週間の間に、見所を回ってしまおうということになったのです。

 ところで世田谷は、オイラらとって、社会人の出発点になった場所。

 銀行で最初に配属になったのが、世田谷支店だったのです。

 幹線道路沿いの比較的都会的な場所にありましたが、一歩大通りから中に入ると、畑や屋敷林がまだかなり残っておりました。

 下町の人情は有名ですが、世田谷も下町とは違った素朴な人情にあふれていた記憶があります。 

 一応、23区内なのに、地方都市を歩いているような気分になるのも、オイラの旅心を満足させてくれるところ。

 営業で回った地域はお屋敷街だったので、軽井沢の避暑地みたいな素敵な景観のスポットも結構ありましたよ。

 懐かし~い。

 …ということで、先週の土曜日、東急田園都市線用賀駅からスタートしました。

 駅のそばには、砧公園があります。そこは、正月にオイラが都内絶景スポットベスト10に選んだ広くて美しい芝生で有名な場所でしたね。

 そして駅の隣には、29階建ての高層ビル。

 ここは、世田谷ビジネススクエアと言って、合計6棟のオフィスビル群にITや先端 技術関連の事業所が多数入居しているとか。

 巨大公園とビジネス街のコラボレーション。

 こんな素晴らしい環境で、仕事したいっす。

 用賀中町通りをひたすら歩いて馬事公苑へ。

 この公苑は、騎手養成、馬術訓練、馬術競技会開催などを目的に設立されたらしい。ちなみに東京オリンピックの馬術競技の会場にもなったところです。

 広々として、まわりの街のお洒落な雰囲気とあいまって、まさに都会のオアシスといった感じ。

 朝の連続テレビ小説「ファイト」のオープンセットもありましたよ。あんまりドラマは見ないのですが、そういえば先日亡くなった田村高廣さんも出演していましたね。

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 古びた厩舎の中から、今にも現れるのではないかという感じがしました。

 18ヘクタールもある広い園内には、馬場や厩舎のほかにも、庭園や遊園地があって子供が喜びそう。

 入り口付近にある競技場では、高校生の馬術協議会が開催されていました。

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 馬って、近くで見ると大きいのですね。

 馬に乗った高校生をはるかに見上げる形になります。

 落馬しそうになった選手もいましたが、あんな高いところから落ちたら怪我しそう。

 じっと眺めていたら腹が減ったので、世田谷通りへ出て何か食べることにしました。

 このあたりの別名はラーメン街道と呼ぶらしい。ガイドブック片手に、おいしいと評判のラーメン店を訪れました。

 美味しいラーメン店のご多分に漏れず、行列ができている。

 やっとありついたラーメン。

 パッと見はおいしそう。

 でも、少ししょっぱいのとアブラが多い。

 量は多いのだけれど…。

 隣に座ったオヤジが、アブラたっぷり入れてくれと言ったので、体を壊さないかと心配になりました。

 オイラはもう少し、あっさり目が好きなのだけれど、肉や脂、塩っ辛いもの好きにはたまらない味なのでしょうね。

 ファンの方、体だけは大事にしてくださいよ。

 馬事公苑の正門の前にあるのは、東京農業大学の世田谷キャンパス。

 そばに東京農大が運営する「食と農の博物館」がありました。

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 1階は大学を紹介するコーナー。

 へぇ、農大って、創立者は榎本武揚なんだ。

 ご存知、函館五稜郭で、土方歳三らとともに新政府に抵抗して最後まで戦った幕臣の一人。

 明治に入ってからは、その才能を新政府に買われて農商務大臣などを歴任した要人です。

 東京農大は、新たに北海道にも、キャンパスを作ったのですか。

 そのオホーツクキャンパスの紹介パネルなども飾られていました。

 注目は、「流氷の天使」と言われるクリオネが見られること。

 CMで話題になった生き物ですが、う~、天使ですか。

 左右の手のように見える部分が羽ばたいている天使という設定でしょうかね。

 言われれば見えないこともないけど…。

 なんとなくプランクトンの一種かと思っていたら、なんと巻貝の仲間なんだとか。

 2階は企画展と常設展示のコーナー。

 オイラが行ったときは、「バオバブの木の下で」というテーマで企画展示がされていました。
 
 アフリカ大陸の東のインド洋に浮かぶマダガスカル島には、不思議な景色の森があるのだとか。

 また植物や動物も、独特の生態系を持っているらしい。

 東京農大は、その自然を守る活動を昔から取り組んでいるそうですが、その活動のパネル展示がありました。

 そういえばバオバブの大木は、「星の王子様」の童話にも登場しますね。

 あの面白い形は、その巨大さとあいまって、実際見たらすごくインパクトがあるかも。

 「星の王子様」と聞いて、サン・テグジュペリではなく、三遊亭円楽を思い出す自分が哀しいです。

 常設展示では、醸造関係の資料や全国の蔵元の酒のボトルなどが展示されていました。

 そういえば、農大には醸造学科があるのでしたね。

 隣に立つ温室では熱帯の草花やマダガスカルの猿などがいました。生まれたばかりの猿の子供がかわいい。

 そして、蛍光塗料のような鮮やかなイエローのとかげが不思議な雰囲気。

 都会にいながら、マダガスカルのジャングル気分まで味わえて、入館無料なのはお勧めです。

 また一階の喫茶コーナーでは、健康にいい食材を使った料理が食べられます。

 農大通りをまたひたすら歩き、小田急線の経堂駅へ向かって歩きます。

 経堂っていうネーミングは、珍しいですよね。

 なんでも、駅のそばにある福昌寺に江戸時代、お経をたくさん収めた経堂があったからだとか。

 確かに、駅のすぐそばにお寺が建っていました。というより、お寺の境内の横に駅ができたからというべきか。

 さて、ガイドブックのウオーキングコース、1本目はここで終了。

 これから、2本目にチャレンジです。

 経堂から小田急線に乗って、祖師ヶ谷大蔵へ。

 たった二駅なので、すぐ着きました。

 ここの駅前商店街は、「ウルトラマン商店街」として売り出し中だそうです。

 毎週、怪獣が現れて商店街を滅茶苦茶にしたあと、ウルトラマンが退治するのだろうか。

 そんな妄想がふくらむネーミングですね。

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