龍ヶ崎 ウォーキングストーリー
こんにちは。
今日は少し涼しいですが、まだまだ暑い日が続きそうですね。
相変わらず、重たいかばんを持って東京をグルグル歩き回っています。
でも、甲子園をわかせた高校野球の熱闘に比べれば、単に歩いているだけかも。
ボールを投げることも、バント処理にダッシュする必要もない。ましてホームランを打たれる心配もないのですから贅沢は言えません。
でもここだけの話、ポッケには青い汗拭きタオルをしのばせているのです。
そして交差点で信号待ちをしているとき、ポケットから出したままの形状を保ちつつハンカチで額の汗をぬぐう。
言うまでもないですが、全然かわいくありませんので念のため。
別に、ハンカチ王子の斉藤君の真似をしているわけじゃないですよ。
銀行勤めをしていた20年以上前から、夏の暑い日の外回りはずっとこういう仕草をしていました。
オイラが持っている青い汗拭きタオルだって、5年以上前から使っているものだし…。
それなのに、先日、駅前で汗を拭いていたら、女子高生に笑われてしまったんですよ。
ハンカチ王子の真似をしている、ちょっと危ないおじさんに見えたのでしょうね。
こちとら、斉藤君の生まれる前から青いハンカチで汗をふいとるんじゃ~!!!
もう気になって、汗も気軽にふけやしない。
「ハンカチ王子」ならぬ「ハンカチオヤジ」として有名になることだけは避けたい今日この頃です。
それはともかく、今年の夏は「紺碧の空」をこれ以上ないくらいたっぷり聞けて最高でした。
早実の応援って、六大学野球の応援そのままなんですね。
点が入ると、皆肩を組んで「紺碧の空」を歌う。
それから、コンバットマーチにスパークリングマーチ、大進撃…。
「VIVA!WASEDA!」もやったのかな。
早実出身の友人が、飲み会の余興で、「VIVA!」と叫びながら、ビートたけしの「コマネチ」をやっている姿だけがなぜか思い出されます。
斉藤君は、そんな変な先輩の真似だけはしてほしくないのですが…。
さて、今日もお散歩ネタ。
少し前になりますが、お盆休みに茨城県の龍ヶ崎市へ行ってきました。
東京では当時、台風の影響で小雨まじりのあいにくのお天気。
天気予報によると、台風がジワジワ北上しつつある頃でした。でも、ネットで調べると東北地方はまだ晴天が続くらしい。
雨の中のウォーキングは楽しみも半減しますかね。それならば、と久しぶりに北へ行ってみようと思ったのです。
と言っても、思いっきり「北」ではなく、心持ち「北」の龍ヶ崎へ。
以前から、龍ヶ崎城や古い町並みで要チェックの街でしたので、これを機会に行ってみようか、と…。
北千住からJR常磐線の普通電車で、佐貫まで40分。そこから関東鉄道竜ヶ崎線に乗り換え、終点の竜ヶ崎まで7分。
都心から近いのに、単線。しかも一両編成ですよ。ノスタルジックな気分を掻き立てます。
市の正式名称は龍ヶ崎市というらしいですが、電車は竜ヶ崎線の竜ヶ崎駅。
ネットで検索するときは、ちょっととまどいました。
駅では、切符を駅員さんに直接渡すのが懐かしい。
帰りの時刻を記録しておこうと、駅の時刻表をカメラで撮ろうとしたら、親切な駅員さんが小さな時刻表をくれました。
そういうフレンドリーな対応もいい雰囲気ですね。
駅前も、高いビルがなく、古い商店が並ぶ景色に懐かしさを覚えました。
しかし雨から逃げようとここまで来たのに、雨に追いつかれてしまったみたい。本降りではありませんが、ときおり小雨がぱらつきます。
駅前の砂利道を佐貫方面に戻り、県道をわたって道なりに進むと、来迎院という寺に出ました。
小ぶりですが、室町時代に作られたという多宝塔がいい味を出しています。何でも、関東以北では唯一の古塔なのだとか。
その優美な姿が500年近くも、この地域で暮らす人たちに見守られてきたのかと思うと感慨深いです。
そこから向かったのは、県道4号線近くにある龍ヶ崎市歴史民俗資料館。
館の外に、昭和40年ごろまで関東鉄道竜ヶ崎線を走っていたというSLが展示されていました。
小さな蒸気機関車ですが、毎日佐貫と竜ヶ崎の間を往復していたのですね。
さて、この歴史民俗資料館。
ここは、なかなかいいですよ。
よく、建物だけ立派で、展示物がおざなりな地方の資料館は多いのですが、見やすくコンパクトにまとめられていて、龍ヶ崎市の歴史や民俗の流れがよくわかりました。
発掘された土器だの鏃だのをただ並べるだけの資料館が多いですから…。
この街に残っている撞舞(つくまい)という神事は面白いですね。これは、高さ14メートルの柱の上にアマガエル姿の男がよじ登って曲芸を行うというもの。
解説によると、船頭さんが昔、船の帆柱に登って曲芸をしてみせたのが発祥らしいですが、これは当時うけたでしょうね。
今でも、関東三奇祭として残っているのですから、はじめに行った目立ちたがり屋の船頭さんは県民栄誉賞ものかも。
ちなみに、ここは無料なのでお勧めです。
次にむかったのが、愛宕神社。
急な階段を登った先に、江戸時代初期に作られた古い社殿がありました。これはあの有名な伊達政宗の子の忠宗が創建したそうな。
というのは江戸時代、竜ヶ崎近郊の村々は、仙台伊達家の飛び地1万石だったのですね。
こんなところにも伊達家の足跡が残されていたなんて、来るまで知りませんでした。
社殿の裏にある巨木が、歴史の古さを感じさせます。
この先にある竜ヶ崎一高には、かつてこの地を支配した竜ヶ崎氏の城があったというので行ってみることにしました。
高校の校内なので、中に入ることはできませんでしたが、確かに高台になっていて中世の城跡の雰囲気。
谷一つ隔てた高台は、流通経済大学のキャンパス。龍ヶ崎市には珍しい高層ビルで、屋上からの眺めは絶景でしょうね。
綺麗に清掃されてゴミ一つ落ちていないキャンパスは起伏に富んでいて、豊かな学生生活が送れそう。
ガイドブックを見ながら、本堂裏のしだれ桜が見事な般若院、そしてかつての龍ヶ崎城主土岐胤倫(たねとも)の墓がある大統寺を見学してまわりました。
ここまで来て、とうとう雨が本降りになってきました。
バッグから折りたたみの傘を取り出します。
傘を差しながら向かったのは、高台にある龍ヶ崎城址。
竜ヶ崎一高のある高台は竜ケ崎氏が築いたもの。そのあとに栄えた土岐氏はかつて出丸であったこの場所に新たな城を築いたのですね。
どちらも市内を見下ろす高台で、現在高校になっているという共通点があります。
高校生にとっては地元を背負って立っているんだというインセンティブになるかも。
でも、城好きとしては、中に入ってじっくり縄張りとか、土塁とか、堀のあとを調べたかったのに。
もうほとんど残ってないのでしょうけど。
急な石段を登ってみたら、高校の校門でした。
上から眺めると、市内が見渡せます。曇っていなければ、見晴らしはいいのでしょうね。
龍ヶ崎観音と呼ばれ、安産や子育て・開運・厄除けにご利益があるという龍泉寺へ行き、雨がすごくなってきたので帰ることにしました。
帰りの道は、古い家がところどころ見られる旧道を通ります。
駅へ向かう途中に、先ほど資料館で勉強した撞舞の舞台ともなっている八坂神社に立ち寄ってみました。
小さな神社ですが、由緒あるたたずまい。源頼朝が鎌倉に幕府を開く頃、当時の領主が龍ヶ崎開拓に当たって、この地にひらいたのが始まりとか。
雨に濡れながら竜ヶ崎の駅に戻ってきたのが、午後4時半ごろ。
JR常磐線の佐貫駅に着いたときは、雨があがっていました。
せっかくここまで来たのだからと、牛久沼へ行ってみることにしました。
地図はなかったのですが、感で歩いてゆくと、やがて眼前に大きな水辺の風景が。
沼というより、湖といったほうがいいくらい開放的な雰囲気です。
曇っていて、対岸が霧にかすんでいましたが、その大きさはよくわかりました。
思わず口から出た歌が、「霧の摩周湖」。
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