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石神井の城と池と神社仏閣 ウォーキングストーリー

 こんにちは。 

 最近、仕事でいろんな場所へ行く機会があって、その辺りをほっつき歩いて楽しんでいます。

 いわゆる観光地化された名所・旧跡はもちろんいいですが、街並みとか街全体の雰囲気とか、注目するポイントが多角的になったような気が…。

 また、いろいろな専門家と歩いても楽しいですね。

 たとえば、不動産会社の社長さんと街を歩くと、どういう場所で、どんな商売をすると流行るとか、いろいろ薀蓄が聞けて勉強になります。

 開店したばかりのお店でも、ここで、この商売をやったら潰れるよ、なんて言ってたらホントに半年で閉店してしまったり…。

 銀行マンと歩くと、会社の外観からどう売り上げや利益を割り出すか、たまに傾聴する羽目になります。

 実際は、そう簡単ではないと思うのですけど。

 食べ歩きや温泉めぐりなんかも、いずれやってみたいのですが、当分お金と暇のかからないウォーキングのみになりそう。 

 
 …ということで、先週に引き続き、石神井シリーズの後編をお送りします。

 さて、石神井城。

 厳島神社の隣の水神社を経て、三宝寺池に沿って進んでゆくと、橋の右側の窪地に「石神井城」の石碑がありました。

_200692

 そばの解説板の地図を見ると、左側の崖の上が主郭、すなわち本丸の跡なのですね。

 池をバックに階段を登ります。

 しかし残念ながら、左手の主郭とおぼしき場所は無粋なフェンスで囲まれている。

 フェンス越しに中を覗くと、空堀越しに土塁の跡がはっきりと残っています。

_200692_1

 平成10年から6年間に渡って発掘調査が実施され、堀と土塁及び内部の一部が明らかになったと、フェンスのそばに解説板がありました。

 それによると、堀は幅約12m、深さ約6mで底の部分が平たくなった「箱堀」。水が溜まっていた痕跡がなく、空堀であった事も分かったとか。

 堀の底から土塁の天辺までは軽く10メートルはあったらしい。

 石神井城は、三宝寺池の谷と石神井川の低地とに挟まれた小高い丘陵の上にある。

 その周囲は深い空堀と土塁でめぐらされていたのでしょう。

 石神井城は、平安時代末期から室町時代中期にかけて、現在の文京区や台東区、豊島区、北区、荒川区、板橋区、足立区、練馬区など東京の北部一帯に勢力をもっていた豊島氏の居城の一つ。

 城の築城は、鎌倉時代後期と考えられているそうな。

 室町時代中期に太田道灌に攻められ落城し、廃城になったとか。

 解説板によると、城は、石神井川と三宝寺池に挟まれた台地に築かれており、全体では九ヘクタール前後の規模であったと推定されているそうですね。

 土塁と壕で土地を四角形に区画した場所(郭)をいくつか築いて、防御施設としている。

 例えば、城の東側は、ここより約100メートル程の場所に幅7メートルほどの壕で区画され、西側は約220メートル程の場所に幅9メートル程の壕と土塁で区画されていた。

 石神井城の北側と南側は、三宝寺池と石神井川という自然の地形を利用して防御されていたという。

 解説板に描かれていた城の地図の向きがわからず、周辺の地形を歩き回ってやっと城の縄張りを把握しました。

 フェンスに囲まれた入れない場所が、いわゆる本丸なのですね。

 森のように生い茂った木々と繁茂する草を目の前から消去して、土地の起伏だけをイメージする。

 すると当時の城の外観が頭の中に浮かび上がりました。

 うっとりと陶酔にふけっていたら、またしてもやぶ蚊の波状攻撃が…。

 得意の大阪名物バチバチパンチをしながら退散しました。
 
 それにしても、石神井城が栄えていた頃のやぶ蚊対策はどうしていたのでしょうね。

 蚊取り線香とか、あったのかな。

 昔の人は根性があったと言っても、ただ耐えるだけというのはないと思うのですが…。
 
 それはともかく、石神井公園のそばには、豊島氏ゆかりの神社仏閣が並んでいます。

 まず、三宝池の隣にあるのが氷川神社。

 大宮にある氷川神社を豊島氏が勧請したもので、一族ゆかりの石灯籠が残っていました。

 次に行ったのは、三宝寺。江戸時代に、徳川家光の鷹狩りの際の休憩所にもなった格式の高い寺院。

_200692_2

 さすがに、本堂や御成門は風格がありますね。

 そして、最近建てられた三重塔が素晴らしい道場寺。ここは、石神井城主、豊島氏の菩提寺だとか。

 そこから、井草通り沿いにある図書館に付設された練馬区郷土資料室を見学しました。

 ワンルームだけの展示室でしたが、郷土資料が手作りの説明書きとともに並べられています。

 図書館を出て、交差点から旧早稲田通りを進み、2つ目の通りで左に入り、なだらかな坂を上っていきました。

 まわりは畑が残っていて、昔は緑あふれる素敵な景色が広がっていたのでしょうね。

 そして着いたのが池淵史跡公園。

 史跡公園なのに、遺跡と思われるものは入り口の解説板だけ。それがなければ、普通の公園ですね。

 もちろん、地面の下には遺跡が眠っているのでしょうが、こういう保存の仕方もイメージをかきたてます。

 公園をぐるっとまわってから、石神井池に向かうことにしました。

 石神井池は細長い池で、人工的に作られたのだとか。

_200692_3

 池には、ボート遊びをする人でいっぱい。

 岸辺には桜の木が植えられ、並木道になっています。そういえば、石神井公園は都内でも有数の桜の名所なのでした。

 石神井公園に隣接する記念庭園から禅定院の前を通り、少し歩くと石神井川。

 ここにも、川に沿って桜の木が植えられています。

 川の両岸には、快適なウォーキングロードが整備されていて歩きやすい。

 広々とした景色を眺めながら、石神井川を下流に向かって進みました。

 長光寺橋公園のところを左折して、笹目通りに出るとすぐ西武池袋線の練馬高野台駅。

 駅前に新しくできたという、順天堂大学付属練馬病院の前を通り、最後にむかったのは、病院の隣にある長命寺。

 お寺の名前がいいですね。

 病院で人間ドックの検査を受けたあとに、お参りするとまさにベストマッチングかも、と思ってしまいました。

 この病院が開院したのが、今年の7月1日とか。

 それに対して、長命寺は1618年に創建された区内屈指の古刹。

 時代は違っても、長く健康に生きたいという人の願いはいつの時代も変わらないのでしょう。

 さてこの長命寺は、紀州高野山に模して作られ、東高野山奥の院として、都の史跡に指定されているらしい。

_200692_4

 ずっと前に、紀州の高野山へ行ったことがありますが、参道に延々と供養塔や燈籠が並んでいたのを覚えています。

 この寺も、距離はぐっと縮められていましたが、紀州の高野山を髣髴とさせる雰囲気はありました。

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ライバルに差をつける企画書の研究

 こんにちは。

 相変わらず、目の疲労回復のために動脈マッサージをやっています。

 でも、しつこいようですが、目が疲れるのはテトリスをやっているからなんですね。

 それを止めれば、健康で文化的?な生活を維持できるのではと考える今日この頃。

 でも、止められない。

 朝、パソコンのスイッチを入れると同時に、気がついたらテトリスをやっている。

 その後ますます、スキルはアップし、よほど最初にブロックを積み上げておくハンデをつけなければ、ゲームオーバーにならなくなってしまいました。

 テトリスではなく、パソコンのタイピングゲームにはまっていれば、と悔やんでも後の祭り。

 そっちにはまっていれば、今頃はブラインドタッチをマスターできていたかもしれないんですけどね。

 はまるゲームを間違えたみたい。

 一応タイピングゲームも持っているのですよ。

 「宇宙戦艦ヤマト」のタイピングソフトを…。

 でも、買ってすぐ、沖田艦長から「何やっとるかぁぁぁぁぁ~!!!」と怒鳴られたことが原因で、挫折してしまいました。

 森雪から「頑張って~」と励まされても、尊敬する沖田艦長の叱責から立ち直れない。

 何度、ヤマトを遊星爆弾の直撃で大破させたことか。

 そもそも地球から発進できないのですからね~。

 人類滅亡の責任を感じつつ、いまだにカナ入力でキーボードと画面を見比べつつ文字を入力しています。


 それはともかく、ビジネスネタ。

 さて、前回尻切れトンボに終わってしまった「わかりやすい企画書を書くにはどうすればいいのか」という点について。

 前回と重複になりますが、企画は、問題解決に向けて具体的な解決策を明らかにしたものと言えます。

 それを文章にした企画書は、それを作る本人の夢や計画を文書にまとめ、多くの賛同者を得るツールでもあるのでした。

 それを実現するためにはまず、しっかりと現状の問題点を分析・把握する必要がある。

 何度も書きますが、企画は問題解決の方法。

 だからこそ、その問題とは何かをしっかり分析する必要があるのですね。

 そのとき、社内の現状という狭い視点からだけでなく、世の中の動向や将来の方向性まで含め、広く多角的な視点で問題を浮き彫りにする。

 そのためにはいろいろな人の話を聞いたり、関連する文献を読んだりして、多くの情報を集める必要があります。

 最近はインターネットの普及で、有益な情報を手軽に集めることができるようになりました。

 それらを頭の中に入れて熟成させ、問題点の現状を客観的に分析する。

 その作業に労力と時間を惜しまないことがいい企画書を作る秘訣なのかも。

 しかし、いくらテーマが明確で素晴らしい解決策が書かれていても、わかりやすくする工夫がないとその意図が相手に伝わりません。

 企画が通ってそれを実行し、成果が出てはじめていい企画書と呼べるもの。

 企画書は通すために書くのが大前提ですね。

 そのためには、こちらの意図をしっかり相手に伝える必要があります。

 企画の意図がなかなか相手に伝わらないのは、単純に文章力や読みやすくする工夫が不足しているケースが意外に多い。

 たとえば、企画を通したいという熱意のあまり、あれもこれも盛り込んで、細かい字で余白なくぎっしり詰め込まれた企画書。

 企画の良し悪しを判断する前に、読む気力が起きなくなったり、内容を理解するのに労力を使い果たしたりするような企画書は論外ですね~。

 でも、別に名文を書く必要はないと思いますよ。

 肩に力が入り、企画書の格調を高めようと日頃使わない言葉を使おうとすると、かえって逆効果。

 不自然な背伸びは、相手から自信がないと取られやすい。

 わかりやすい言葉で、読みやすい文章を書くという心構えが大切ですね。

 そのためにやることは、さほど難しいことではない。

 以前、少し触れたこともありましたが、わかりやすい文章を書くためのノウハウと一緒です。

 たとえば…


● 文章のセンテンスを短く切って、テンポをよくする。

● 主語と述語を明確にする。

● 見やすくするために、思い切って余白のスペースを設ける。


 余白も文章の一部であると考えることが大切です。

 以上の条件を満たす企画書の書き方といえば、やはり箇条書きでしょう。

 また、実績を強調したい事柄に関しては、抽象的で誇大な表現を避け、実績の数字だけドンとグラフや図で示す。

 そのほうが、インパクトがあり、相手の記憶にしっかり残ります。

それから大切なのは、作成者の企画書に対する自信とやる気が文体からにじみ出ていること。

 たとえば、「~と思います」というあいまいな表現を避け、「~である」と言い切ったほうが自分の強い意志が相手に伝わります。

 また、基本的なことですが、同じ語尾を書き続けていると、子供っぽい文章になってしまうので注意が必要。

 このあたりは、いずれまた触れたいと思いますが…。

 いずれにしても、内容より、書き方がまずくて企画が通らないというのだけは避けたいところですね~。


 ところで現在、企画書はほとんどパソコンで作られるようになりました。

 ワードやエクセルなどソフトを利用すれば、図やグラフ、写真などを簡単に文書に挿入できます。

 ビジュアル面を重視し、カラフルで、読んでもらうより見てもらう形式の企画書も数多くあるでしょう。

 ただ、そういう企画書を歓迎する相手が多い反面、ビジュアル面ばかり強調するのを喜ばない相手もいます。

 企画を通すという点において、読む相手の特性に合わせて書き方を工夫することは大事ですね。

 たとえば相手が論理的な考え方を好む人物なら、企画書の中身はもちろん、論理的な整合性、つまり辻褄がしっかり合っているかどうか気をつける。

 また現実的な考え方をする人物なら、実績や成功事例を数値で示す。

 この場合、その数字を裏付ける資料を充実させるなどの工夫が必要ですね。

 大事なのは、企画書を読むのは誰かということを常に念頭に置いて作ることではないでしょうか。

 イメージを重視する相手だったら、言葉に頼るよりも、ビジュアルを駆使して相手のイメージが膨らむのを手助けするといったことも考えなければならないでしょう。

 また、予算・収支などのコストをもっとも重視する人は多い。

 費用対効果を説得力ある数字でしっかりとアピールすべきですね。


 それから大事なのは、見た目。

 営業マンの場合、第一印象が何より重要だと言われます。

 企画書も同じで、最初に手に取ったときの印象を無視することはできません。

 魅力的な表紙を作ることは重要で、その中でも最初に目に入るのは、企画書のタイトルです。

 内容が一目でわかり、かつ企画書を思わず読んでみたくなるタイトルをひねり出すのは重要。

 たとえば売上げアップやコスト削減など、得する企画は誰でも興味をひくでしょうね。

 その場合、売上げが何パーセントアップし、何パーセントコストが削減できるのか、あいまいな数字ではなく、端数までピシッとアピールする。

 その端数まで出した根拠が、企画の中で説得力ある事実で証明できれば注目度は高いのではないでしょうか。


 最後になりますが、経験上、企画書の中に評価が定まっている専門家の言葉や企画に関連する有名企業の名前を記載すると、信頼性が高まっていい結果になりました。

 たとえば、メジャーな新聞の記事や大学の先生のご意見、企画書に取り上げた商品やサービスを利用する第三者の成功事例です。

 公正な立場で発表された権威ある情報とこちらの企画の方向性が一致している場合、企画の採用を後押しする強力なツールとなります。

 この場合も、これらの情報を何の加工もせず、客観的な事実のまま提供するようにすることが、逆に好感を持って迎えられることが多かったです。

 歯の浮くようなアピールや宣伝文句には誰も食傷気味ですから。

 事実は、小説よりも奇なり、とはよく言ったもので、どんなに人が素晴らしい筋書きを考えても、現実の説得力には及ばないのかも。

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石神井 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 今日は、またまたお散歩ネタです。

 毎週ブログに書くと、始終、外をほっつき歩いているイメージがありますが、いつもは2~3週間に1回くらいですので念のため。

 今回、ウォーキングへ行ったのは、東京の石神井公園の周辺です。

 津久井湖・城山、お台場、龍ヶ崎、小山と、今年の夏もいろいろ歩き回りましたね~。

 考えてみるとどの土地も、共通点があるのでした。

 城跡があるという点で…。

 お台場を城跡と言うのは、少し語弊があるかもしれませんが、日本の城跡のガイドブックの中には、お台場も含めているものがあるので、素人が言う分には問題ないでしょう。

 ずっと、城跡がある場所を歩いてきて、それじゃ石神井に城があるの?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

 実はあまり有名ではないかもしれませんが、石神井城という立派な城跡があるのですよ。

城好きとしては、東京23区内に土塁や空堀が確認できる場所があるだけでも感動です。

 …ということで、西武池袋線大泉学園駅から歩くことにしました。

 南口からまっすぐ歩き、自動車教習所の先の信号を右折すると、緑につつまれた小さな公園があります。

Photo_1

 ここは、牧野記念庭園。

 世界的植物学者の牧野富太郎博士の住居、そして庭に作られた研究植物園を記念庭園にしたものです。

 入り口でもらったパンフによると、牧野博士は江戸時代の高知県に生まれ、独学に近い状態で植物学を研究。

 苦労しながらも、東京帝国大学の研究室に入って、生涯研究生活に明け暮れた学者らしい。

 園内には、牧野博士が生前、日本や海外で捜し求めた草木が所狭しと植えられていました。

 博士が亡くなったのが、昭和32年の1月。博士が手塩にかけた草木が死後50年近くたっても元気に生き続けているのですね。

 園内には、博士が94歳で亡くなるまで書斎として使われていた建物が、コンクリートの鞘堂に守られて保存されていました。

Photo_2

 今はきれいに片付けられていますが、当時の写真を見ると、本が部屋中を占領して、本の山に埋まって博士が研究しているという感じ。

 なんとなく、その点だけ親近感を覚えました。

 ほかに記念館陳列室があって、博士が採集した植物の標本、スケッチ、愛用された日常品の一部が展示されています。

 ただこの庭園。植物が多いのは当然としても、やぶ蚊の数が半端じゃない。

 建物の中なのに、入り口や窓が開いているので、蚊のワンダーランドと化している。

 そういえば、今年の夏は、どこへウォーキングに行っても蚊に襲われることが多かったような。

 夏の古城とやぶ蚊はセット商品だから仕方ないのですが…。

 仕方なく、体にとまったやぶ蚊を、大阪名物バチバチパンチで叩きながら展示品を眺めました。

 展示室の中には、オイラのほかに子供たちが何やらグループ研究をしていました。

突然、その子供たちから鋭い質問が…。

 「参考文献ってどういう意味ですか?」という質問だったのでちょっと難しめに答えたら、???という表情。

 どう見ても賢そうな中学生に見えたので、馬鹿にされないように背伸びして答えたのです。

 身長がみんな、165センチはあるので中学生とばかり思っていました。

 最近の子の発育のよさは驚きますね。

 オイラが老人になる頃には、若者が皆プロレスラーみたいな身長になっていたりして。

 それにしても、その子たち。

 ほっぺたや腕に蚊が止まっていても、気がつかずにグループ研究に没頭しているんですよ。

 そのとき思い出したのが、吉田松陰の子供の頃のエピソード。

 彼が、師の玉木文之進から教えを受けているとき、自分の体に止まったやぶ蚊を叩いたらしい。

 文之進は、松蔭のその行為を見て烈火のごとく怒り、殴り飛ばした。

 将来、世の中のために働く者がその教えをうけているとき、やぶ蚊ごときに心を乱されてどうするんだ!蚊に血を吸われるのは、私事である。公に身をささげなければならない者が、ちっぽけな私事にかかわってどうする、と。

 確か、そんなことが司馬遼太郎の「世に棲む日日」に書かれていました。

 小学生が、血を吸われるという私事より、グループ研究という公を優先させる姿を見て、さきほどまで大阪名物のバチバチパンチをやっていた自分が恥ずかしくなりました。

 でも、気の毒なので一応、腕に蚊が3匹止まっているよ、と教えてあげたのです。

 そのとたん、ハッと気づいたみたい。

 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~と叫んで、バチバチパンチの嵐。

 ちょっと、彼らは吉田松陰にはなれないかも、と思いましたが、蚊が十匹以上止まっても、気づかず勉強に没頭するあたり集中力はすごいですね。

 少なくともオイラ以上の人物になることだけは間違いないでしょう。

 さて、やぶ蚊の大群から逃げるように記念公園を後にし、今日のメインイベントの石神井公園へ向かいました。

 天下の進学校、東京学芸大学付属大泉校を右手に見ながら、住宅街をさっそうと歩きます。

 ちょっと懐かしい雰囲気の石泉ショッピング街を抜け、富士街道を横断して直進すると、ケヤキ並木の先にうっそうとした森が広がりはじめる。

 ここからが石神井公園のはじまりですね。

 石神井公園は、三宝池と石神井池の2つの池を中心に作られた都立公園。武蔵野の自然がよく残っています。

 木々の間から、広い三宝池の水面が透けて見えました。

 オイラが目指す石神井城址も公園の中にある。二つの池は城の外堀のような役割を担っていたのでしょう。

 池のほとりにも、当時の様子が伝えられている場所がありました。

 池を見下ろす、シラカシの大木とともにある小さな塚。

Photo_3

 これは「姫塚」といわれ、石神井城落城のとき、城主の娘照姫の入水を供養したものと言われています。

その先にも、「殿塚」という小さな塚がありました。

 こちらは、同じく落城の際、城主豊島泰経は黄金の鞍をつけた白馬にまたがり池に沈んだという伝説があるそうな。

 でも、城主の塚のほうがお姫様の塚より、小さいのはどうしてなんでしょうね。

 当時の戦のことを思いながら、階段を下りて池のほとりの遊歩道を歩いてみました。

 三宝池は、かつて武蔵野三大湧水地といわれたぐらい水が豊富だったとか。今は地下水をくみ上げて補給しているそうですね。

 緑が豊富で池にはみ出してきています。ここの景色だけ切り取ったら、とても東京23区内とは思えないかも。

 池のほとりには、神社。
Photo_4

 水と神社の建物って実によく合いますね。

 と思ったら、神社の名前が厳島神社。

 確かに、深い緑をバックに、水面に映る社殿のイメージは厳島神社かも。


 ちょっと今日は長くなったので、石神井城の続きはまた。

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わかりやすい企画書の研究

 こんばんは。

 先日、パソコンのやりすぎで目が疲れると、ブログに書いたことがありましたね。

 最近、それを緩和する方法を知りました。

 それは、動脈マッサージ。

 うちにあった健康雑誌を何気に見ていたら、目の疲れに効果的という記事が目についたのです。

 半信半疑で試してみたら、これが効果てきめん。

 目がショボショボしてかすんで見えても、目の周りを1分くらいマッサージするだけで、視界がすっきりです。

 やり方は簡単ですよ。

 まず、両手の手のひらで顔を覆う。そのとき、手のひらと指の間に隙間ができますよね。

 その隙間の部分に眼球が入るようにして、顔を両手で覆うのです。ポイントは、眼球を押さえないようにすること。

 そしてその状態のまま、手のひらを前後左右、上下に動かす。ぐるぐる回すように円を描いても良いし、左右の手のひらが別の動きをしてもいい。

 1分以上マッサージして、手のひらをパッとはずすと、うそのように目の疲れがとれて、まわりがくっきり見える。 

 よくわからないけれど、字義通り動脈をマッサージして疲れをとるのでしょうか。

 それはともかく、それ以来すっかり動脈マッサージにはまってしまいました。

 目が疲れたかなと思ったら、すぐやるようにしています。

 それで、先日外回りしていて、歩きつかれたので公園のベンチで少し休んだのですよ。

 そのとき、いつもの癖で動脈マッサージを…。

 マッサージをして、パッと手をはずして周りを見たら、公園にいる人たちがサッと顔をオイラから背けたのがわかりました。

 ベンチで休むサラリーマンや公園で遊ぶ子供を見守る主婦たちから、ホームレスのおっさんまで。

 公園デビューから間もない幼児は、きょとんとした顔でオイラを見ています。

 えっ?なんで??? どうしてオイラが注目を集めるわけ?

 自分がさっきまでしていたポーズを振り返ってみて、やっと納得がいきました。

 公園のベンチに浅く腰掛け、両手で顔を覆ってさめざめと泣く哀れな中年男が一人。

 リストラされたのか? それとも、勤めている会社が倒産したのか? もしかして、飲酒運転が発覚して懲戒解雇された公務員?

 大の男が顔を両手で覆って泣くシーンは滅多にないから同情されたのでしょう。

 ところが、その可哀相だと思っていた男が、いきなり手をパッとはずして周りを見回したのです。

 しかも、動脈マッサージの終わったすっきりさわやかな顔で…。

 まわりの同情が非難の顔に変わるのに、さほど時間は要しませんでした。

 大丈夫だろうかと思って心配していたら、いい年こいて、イナイ、イナイバァ~かよ。

 テメェ~、おちょくってるのか!!!

 その場の陰険な空気に耐えかねて、オイラは逃げるようにその場を去ったのでした。

 それはともかくビジネスネタ。 

 今日は新シリーズの一回目ですね。

 これからどれくらい続くかわかりませんが、ビジネスの基本中の基本、文章力にこだわってみたいと思います。

 10年以上前、いい文章が書きたい!と切なる希望をいだいて、図書館に半年以上通いました。

 そして「読みやすい文章の書き方」について書かれた本のエッセンスだけを抜書きしたのです。

 ところがそのバインダーノートがいまだに見つからない。

 そうこうしているうちに、最近オイラの文章がどうもおかしいと危機感をいだきはじめました。

 文章を作るのは、パソコンばかり。

 漢字がなかなか思い出せなくて、ボキャブラリーも減っているような。

 それにメールやブログをはじめとするネットの文体は、手書きの文章とは少し違いますからね。

 いつも読んでいただいている方はおわかりかと思いますが、どんどん崩れている。

 そこでもう一度、基本に戻って勉強しようと思ったのです。

 ところで文章といっても、いろいろありますね。

 作文、レポート、論文など学生時代におもに書く文章。

 それから、履歴書や職務経歴書、年賀状や暑中見舞いなどの手紙、祝辞、弔辞などは実生活に密接に結びついています。

 そのほか最近では、ブログやメルマガ、メールなどのネットで使われる文章も増えてきました。

 ブログやメルマガなどは、手紙や論文などの文体とは全然違いますね。

 それぞれTPOをわきまえて使い分けなければならないのですから、現代人は文章の定型が決まっていた昔の人より大変かも。

 今日は、その中でも企画書を取り上げたいと思います。

 ちょっと文章の中ではインディーズという感もありますが…。
             
 実は知り合いの社長さんたちから、いい企画書を書ける社員が少ないという声をよく耳にするんですよ。

 仕事をきちんとこなせる社員であっても、いざ企画書を作らせてみると、どこかで見たような文章を切り貼りしたものしか作れないらしい。

 実際、ただ命じられたから作ったと感じられるものが多いようなのです。

 作った本人に、企画のテーマや目的は何かと聞いても答えられないケースも多々あるとか。

 しかし社長さん自身、じゃあ自分で作れるかというとそうでもないみたいなのですね~。

 企画書の良し悪しはわかっても、白紙の状態から企画をひねり出すのはなかなか難しいのだと耳打ちされました。

 実はオイラの会社は、企画書や提案書の作成代行サービスもやっています。

 それなら、すぐ作れるのでしょうと皮肉の声が聞こえてきそうですが、依頼が入ると少し胃が痛くなる。

 肉体労働とも、頭脳労働とも違うちょっと違ったプレッシャーがかかるのですね~。

 仕事ってある意味、問題があって、それにどう応えていけばいいかという部分がある。

 でも、企画って、問題自体を自分で作って解答しなければならないことが多い。

 通常の仕事とは、脳の使う場所が違うような疲労感があるのですね。

 だから逆に、依頼されることが多いのかも。

 3年前に、ある出版社の社長から、出したい本の企画書があれば見てあげると言われたんですよ。

 ところが、いまだに書いていません。

 出版したいという気持ちは大いにあるのに、いざ企画書を書こうと思うとなかなか踏み切れない。

 いつでも書けると思うと、先送りしたくなるのが企画の本質かも。

 仕事としての強力なプレッシャーがないと、企画書を書くという面倒な仕事から逃れたいという気持ちも理解できますね。

 さて、そもそも企画って何なのでしょう。

 ある本によると「企画とは、問題解決に向けて具体的な解決策を明らかにしたもの」とあります。

 いわば企画書を作る本人の夢や計画を文書にまとめ、多くの賛同者を得るツールであると言えるのかも。

 そのためにはまず、しっかりと現状の問題点を分析・把握する。

 そして自分はこう提案したいという強い意志を持つことが大切なのですね。

 その気持ちがなければ、たんに上から命じられただけのレポート提出になってしまう。
 
 それでは、わかりやすい企画書を書くにはどうすればいいのか。

 長くなりそうなので、それはまた来週。

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小山 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 今日は、またまたお散歩ネタです。

 先日、栃木県の小山市へ行ってきました。

 中世に下野の国一帯に君臨した豪族、小山氏の史跡がいろいろ残っている土地だそうですね。

 小山氏の居城跡も城山公園として整備させているとか。

 城好きとしては、一度行ってみたい場所でした。
 
 でも小山というと、オイラ的には高校野球の「小山高校」が印象に残ります。

 かなり昔の話になりますが、栃木県における作新学院時代の江川の好敵手だったというイメージが…。

 栃木県予選の試合をテレビで見た記憶があるのですが、江川のすごさとともになぜか小山高校の名前もインプットされてしまったみたい。

 地方都市って、甲子園に出た高校のイメージがたぶんにありますね。

 先月行った茨城県の龍ヶ崎市も、竜ヶ崎一高の名前がなぜか頭に残っている。

 群馬なら桐生高校、埼玉なら上尾高校、千葉なら銚子商業など、街の名前を全国にとどろかせた高校も思い浮かぶ。

 地元の高校が甲子園に出場すると、市役所や商店会が大喜びする理由もわかりますね。

 それはともかく、8月の後半の暑い日に、オイラはJR東北本線の小山駅に降り立ちました。

 ここはなんと、東北新幹線の停車駅。

 新幹線の停車駅の駅前って、どこも似ていると思いませんか。

 駅は斬新なデザイン、目の前から延びる道路が広くてきれい。ロータリーを取り囲むように建つ、メガバンクの支店。

Ts360137

 ここはなぜか、メガネドラッグの支店が一番目立っておりましたが…。


 ガイドブックを見つつ、小山氏のいにしえを偲ぶ旅をはじめます。

 駅の西口から日光街道をたどり、興法寺、そして国道4号線をわたって天翁院へ。

 どちらも、小山氏と深いつながりがある寺だそうですな。

 とくに天翁院は、小山氏の菩提寺で、歴代の城主の墓がありました。

Ts360142

 この寺はすでに、小山城の城内北端に位置するとか。

 裏手の墓地へまわってみると、土塁や空堀が保存状態よく残っています。

 足利のぱんな寺や東京奥沢の九品仏など、後に宗教施設になった城は比較的当時の状態が保たれる傾向がある。

 仏教は保守的だとかいろいろ言われることがありますが、史跡保護の観点で見ると大きな役割を演じてきたのは間違いないでしょうね。

 いったん寺を出て、思川のほうへ足を向けるとうっそうとした森が広がっていました。

 歩いてゆくと、オイラが今歩いている道は、空堀の中だったということがわかります。

 両側に屹立する土塁の高いこと、高いこと。

Ts360145

 同じ高さに石垣を築けば、江戸時代の5万石クラスの大名の居城にも遜色がない。

 またしても蚊に悩まされながら空堀を歩いてゆくと、思川の岸辺に出ました。それにしても、思川(おもいがわ)とはなかなかロマンチックなネーミングですね。

Ts360143

 しかし、見上げると城側は急峻な崖。思川を外堀に、天然の要害をなしていたことがわかります。

 さてこの小山城。

 祇園城とも言われるそうですが、平安時代に藤原秀郷が築いたという伝承もあるとか。しかし詳しいことは不明だそうな。

 小山氏は、秀郷の子孫になるらしい。

 源平から室町と生き抜いてきた小山氏は、関東管領・足利氏満と戦って敗れたうえ当主が自害し、直系は滅びしてしまう。しかし同族の結城泰朝が小山氏を継ぎ復興する。

 それでも戦国時代には北条氏照と戦い敗北し、追放。その後、小山氏は北条傘下に入り小山城に戻るが、豊臣秀吉の小田原征伐とともに滅亡した。

 不況下、荒波にもまれて最後は倒産してしまう中小企業のような悲哀を感じさせますが、現代までその名が残ったのですから立派だと思いますよ。

 徳川時代は、家康の側近として有名な本多正純が3万石で城主となったものの、やがて宇都宮城に転封となり、小山城は廃城となった。

 3万石の城郭なのですね。

 解説板を読むと、城の規模は東西約400m、南北約700m。思川沿いに3つの曲輪が連なる。

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 いわば連郭式城郭。

 そういえば栃木県の佐野城も同じような曲輪の配置でした。

 それぞれの曲輪を隔てる空堀が深くて広い。なかなか要塞堅固な城だったのがわかります。

 一番目の曲輪と二番目の曲輪を結ぶのが、祗園橋。朱塗りの太鼓橋で、城山公園のシンボル的存在ですね。

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 城内に、「実なし銀杏」と呼ばれる木が残っていました。
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 なんでも、祇園城が落城したとき、姫が古井戸に身を投げたのだとか。その後、亡くなった姫君の御霊が、かたわらのイチョウに宿り、以来実を結ばなくなった伝説があるそうです。

 城跡に興味は尽きないのですが、時間がなくなるので次の目的地へ行くことにしました。

 城山公園の南側の入り口へ出て、大通りを渡り、小山市役所を目指します。

 市役所には、「栃木県第二の都市 小山市」のポスターが至る所に貼ってありました。

 人口では宇都宮に続いて第二位の都市になったのだとか。

 でもここへ来たのは、そのポスターを見るためではありませぬ。

 小山といえば司馬遼太郎や池波正太郎好きには、忘れられない土地でもあります。

 それは、関ヶ原の合戦前夜の「小山評定」。

 司馬遼太郎の「関が原」や池波正太郎の「真田太平記」にも登場しますね。

 関が原の戦いの前、徳川家康は石田三成に隙を見せて、大軍を率い会津の上杉景勝討伐に向かう。

 家康の作戦通り、三成は挙兵。

 そして、その報せが入ったのは小山。

 家康は、慶長5年(1600年)7月25日、三間四方の仮御殿を急造して軍議を開き、福島正則をはじめ豊臣恩顧の大名を味方につけることに成功。西国へ軍を引き返す。

 まさに、徳川家が天下を取るためのターニングポイントになった場所。

 そこは、現在の小山市役所に当たるらしいです。

 小山市役所の正面入り口前の駐車場に「小山評定所跡」の石碑がありました。

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 この場所に、戦国のオールスターキャストが勢ぞろいしたかと思うと、思わず歌舞伎みたいに声をかけたくなりますね。

「福島屋~」とか、「黒田屋~」とか、「浅野屋~」みたいに。

 ちなみに、今評判の大名、山内一豊もいたそうですよ。


 市役所を出て国道を歩き、次に向かったのは、須賀神社。

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 ここも小山氏ゆかりの神社で、7月に行われる祇園祭では多くの観光客が集まるという。

 ちなみに、小山城の別名、祇園城というネーミングは、この神社と関係があるらしいです。


 時間があったので、思川沿いを歩いてみることにしました。

 対岸には、白鴎大学のキャンパス。

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 緑豊かな川原とゆるやかな流れを見ながら歩いてゆくと、小山氏の悲劇的な歴史に思いをはせました。

 この川原もまた、北条氏との戦いで多くの人たちが犠牲になったのでしょうね。

 まさに兵どもが夢の跡。

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会議で、発言せずにやる気を演出する法

 こんにちは。

 先日、ようやく角田光代の直木賞受賞作「対岸の彼女」を読み終わりました。

 忙しくて、細切れ時間を利用して読んだのですが、なかなか面白かったですよ。

 とくに、女性社長の率いる旅行代理店が、新規事業としてハウスクリーニングを手がけるリアル感にはびっくりしたな~もう。

 スモールビジネスの現場にいるオイラからしても、全然違和感がない。

 ハウスクリーニングの研修風景、新規事業立ち上げの問題点、チラシのポスティングの反応率。

 現実に、企業が経験のない分野で新規事業を立ち上げたら、こういうシュミレーションで事が進むだろうと思うのです。

 たとえば最初は、知り合いが顧客になってくれるのだけれど、注文は3件でストップ。そこから、まったく仕事のない長~い空白期間。

 チラシをポスティングしても、まったく効果なし。

 それでもあきらめずコツコツ宣伝していると、あきらめかけた頃に、電話で見積り依頼が入る。
 しかし相見積りで、すぐには決まらない。

 最初の仕事が決まったとき、感動して涙を流す主人公にジーンときました。

 だけど、そのまま事業が軌道に乗るわけではなく、過酷な試練が待ち受けて…。

 もちろん、作者が現場の人たちに密着して取材したからだと思いますが、作家自身にバックグラウンドがなければ、ここまでリアルに書けないかも。

 その意味では突っ込みを入れられない作品でした。

 恐るべし、直木賞作家。


 それに比べて、経営の専門家の書くビジネス書って、どうしてこんなに突っ込みたくなる本が多いのでしょう。

 そんなのあるわけないじゃん、という画期的営業法や経営法がたくさんあったりして。

 中身よりまず、注目されて本を売るという前提条件があるからでしょうね。そのために、皆が驚くようなタイトルを考える。

 その驚くようなタイトルにあわせて中身を考えると、理論と実践の間で矛盾が出てきてしまう。

 実際、現場で苦労したことがある人だったら、すぐ気がつくはず。

 若い頃、タイトルにつられてビジネス書を買い、実際ためしてみてひどい目にあったことが何度もあるので、否定的な意見を書いてしまうのですが…。

 もちろん、中には使える本もたくさんありますけど。
 

 さて、今まで、長々と引っ張ってきました「会議で、印象よく自己主張できる法」。

 ついに抵抗むなしく、2回目の最終回をむかえることになりました。

 次回からはまた新シリーズを、と行きたいところですが、目が疲れてどうしようかと…。

 さすがにテトリスは、時間短縮の方策を考えていますよ。

 たとえば、途中までブロックを一箇所に積み上げ、そこからスタートする。

 そうすると、ゲームオーバーまでの時間が短縮されて目の疲れが軽減できますからね。

 それでも最近は、ますますスキルがアップして、ゲームオーバー寸前の状態から盛り返すことがあるのです。

 大富豪は、勝ちすぎて面白くなくなり、最近はほとんどやらなくなりましたから、もう行き着くところまで行くしかないか、と…。


 それはともかく、ビジネスネタ。

 今日は、「会議で発言しなくても、積極的と思われる法」を中心に、アトランダムに書いていきます。

● 会議室の椅子に腰掛けたとき、背筋をビンと伸ばした姿勢が、しっかり者のイメージを作る。

 多胡輝氏の「好印象を与える自己表現術」によると、背中を丸めた姿勢をとる人は、内省的、防衛的な傾向が強いそうです。

 つまり、人嫌いなタイプと見られるんですね。

 やはりビジネスマン、ビジネスウーマンともに、そういうふうに見られるのは、仕事をしていく上において損かも。

 確かに会議のとき、背筋を伸ばして発言している人のほうを向くのは、前向きだと取られます。

 ただ司会者から、「○○さん、何か、発言したいことあるの?」と聞かれる可能性もありますので念のため。

 そういう姿勢をとる以上、自分の意見をまとめておく必要はありますね。

 逆に考えると、そういうふうに突然、意見を求められるから、皆、背中を丸くしてテーブルについているのでしょうか。

 消極的な見た目と、実際会議に消極的なのは、一致するわけなんですな。

 次は、上記と関連する自己表現術です。

● 椅子に深々と掛けるより、浅く座ったほうが積極的な姿勢を感じさせることができる。

 これは、会社訪問の学生ならみんな経験があることがらではないでしょうか。

 面接のとき、面接官に向かって、椅子に深々と腰掛けるのは、なんとなく傲慢な印象を与える、…と、面接のノウハウ本に書いてあったのを覚えています。

 確かに、椅子に浅く腰掛けると、すぐ立ち上がることができる。

 次の行動をとりやすいということで、積極的に感じさせるのでしょう。

 若さも感じられますね。

 椅子の座り方だけで、会議で積極的なイメージを与えられるなら利用しない手はありません。

 背を伸ばし、椅子に浅く腰掛ける。…とくれば次はこれでしょう。
 
● 身を乗り出して聞くと、相手に強い関心を持っていることが伝えられる。

 テレビの野球中継やサッカー中継でも、試合が白熱し、強い興味を持ってくると、人は自然に身を乗り出します。

 その姿勢を見ただけで、周りの人は、彼が強い関心を抱いているというのがわかるもの。

 もし会議の場で、面白くない議題だからといって、身を引いて及び腰になっていると、それだけで仕事に消極的だと思われかねない。

 嫌でも、興味がなくても、そういうふうに心の中で思っているのかと、相手に勘ぐられたくなければ、身を乗り出して聞くふりをすることも一法です。

 さて、今まではどちらかというとネガティブな自己表現術でしたが、最後は、究極の積極性を表現する法を。

 ただし、これだけは発言が必要ですが…。

● 会議やミーティングで発言するときは、立ち上がるだけでも話しに迫力を出すことができる。

 皆が座っている会議で、立ち上がる。

 そんな慣習がない会議だとそれだけでも参加者の印象に残るでしょうね。

 ここぞというとき、どうしても通したい案件があるとき、立ち上がって熱弁を振るうのは効きそうな気がします。

 ただ、この方法は皆がしらけてしまうと、ちょっとかっこ悪い。

 立ち上がって話すぐらいだから、話す中身もある程度、皆の注目を集めるものでなければならないでしょう。

 それに自信があるなら、今だ! という感じで、熱弁をふるってくださいね。


 最後におまけ。

 今年の正月にお送りした「決定! 心に残る東京都内絶景スポット、ベスト3」の第3位 「勝鬨橋から聖路加タワーおよび大川端リバーシティー21の高層ビル群を望む」の画像です。

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 でも、こちらのほうが新旧の対比がいい味を出しているかも。

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脳こうそくの診断は首も診るって、ホント? 医師と女子高生の会話から

 こんにちは。

 最近、石原慎太郎都知事に似ていると言われます。

 でも、残念ながら姿かたちじゃないですよ。

 その仕草が…。

 よく目をパチパチさせているからだそうな。

 考えてみると、ここのところ毎日パソコンの画面とにらめっこしています。

 パソコンで作業するのは今や当たり前のことになりつつありますが、オイラの場合向かう時間が半端じゃないのかも。

 仕事で文章を作成しつつ、休憩時間にブログや副業のネットアンケートに答える。

 それが終わると、また仕事。昼休みも、忙しいときはコンビニで買ったおにぎりやパンを食べながらパソコンに向かう。

 夜は、パソコンの画面でDVD鑑賞。それが終わると深夜までネットアンケート。

 この前なんか、14時間ぶっ通しでパソコンの画面を見続けていました。

 それで徹底的に疲れたら、気分転換に例のテトリスですよ。

 目の酷使の限界にチャレンジしているみたい。

 ネットアンケートは、5年位前から小遣い稼ぎにはじめたのですが、最近は送られてくる量が増えてきました。

 消費者アンケートを発注する企業が増えているのは、景気が良くなっているからなのでしょうね。

 先日なんか、全部答えるのに一時間もかかったりして。

 別に強制ではないのですが、送られたアンケートすべて答えなくては気分がよくないのはA型人間の哀しい性かもしれませぬ。

 努力の甲斐あって、副業のネットアンケートでもらう商品券や図書カードは毎月3万円を超えました。

 でも、溜まった商品券でブルーベリーエキスや栄養ドリンクを買い、ストレス解消にウォーキングへ行っていたのでは本末転倒かも。

 ライフスタイルを見直さねばと考える今日この頃です。


 さて、今日はまた「脳の病気シリーズ」です。

 この「脳の病気シリーズ」。

 ほぼ月一回のペースで、お送りしていますね。

 約一ヶ月前になりますが、前回は「脳こうそくの診断の強い味方って、何?」という話題を取り上げました。

 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に「心と体」のカテゴリの中にある前回、前々回の記事をお読みいただければ幸いです。


 今日はその続きです。
 
 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。

 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。
 
 
 前回、「脳こうそくの診断機器」について勉強したAYAちゃん。

 今日は、前回に続いて、「脳こうそくの診断は首も診るって、ホント?」が話題になります。
 
 それでは…。


< 脳こうそくの診断は首も診るって、ホント? >


● AYAちゃん「だから一刻も早く、検査機器、治療設備の整った脳卒中の専門病院へ行く必要があるわけですね」


 また、MRAと言って、MRIの技術を利用して脳の血管だけを描き出したり、血液の流れの速さを測ったりすることができる方法もあるんだ。


● AYAちゃん「昔は、脳の血管を撮影しようとしたら、痛い思いをして造影剤を入れてX線で撮影するんでしたよね」


 痛い検査というのはよく覚えているね。今は黙って寝ているだけで、脳の血管の様子が手に取るようにわかるんだ。患者さんにとっても医師にとっても、大きく負担が軽減できたわけだよ。


● AYAちゃん「よかった」


 でもX線を利用した脳血管造影検査は、クモ膜下出血など血管の病変や血流の状態を知るためには今でも欠かせない検査法なんだ。正しい治療を行うために、場合によっては避けて通れないこともある。

 ただ以前と違って、局部麻酔をした太ももの付け根の動脈から細い管を入れるんだ。そしてそれを脳の血管まで進め、造影剤を注入し、X線で脳の血管を撮影するんだよ。


● AYAちゃん「う~、痛いんですか?」


 麻酔をするし、造影剤も改良されているからそれほどの痛みはないよ。


● AYAちゃん「それほどって、どれほどなのかなぁ。まぁいいや。ほかにはどんな検査があるんですか?」


 大切な検査に超音波検査があるね。


● AYAちゃん「超音波? 魚群探知機ですね。でも病院に魚はいないようだけど」


 ハハハ、すごいボケ。でもそれを使うと、海の中の魚がわかるように血管の中の詰まり具合がわかるんだ。


● AYAちゃん「超音波って痛くはないのですか?」


 まったく痛くはないよ。安全だし、その場で血管や血流の状態など、さまざまなことがわかるんだ。やり方は、首にゼリーを塗ってから小さな発振器をそこに当てて超音波を送り、頚動脈に当たってはね返ってきたエコーという波をコンピュータで画像にするんだよ。


● AYAちゃん「場所は首が多いんですか?」


 そう。最近、頚動脈が動脈硬化を起こして脳こうそくになるケースが増えているんだ。またこれを使うと、動脈内を流れる血液の量や速度を測定することもできるんだよ。


● AYAちゃん「そうか。脳に血液が順調に流れ込んでいるかどうかがわかるんですね」


 血管を流れる血液の速度をカラーで見ることができるから、どのあたりの血液の流れが滞っているかすぐわかる。また脳の血管を詰まらせるような血液のかたまりが流れていないかとか、いろいろな場面の血液の流れの速度の変化なんかもわかるんだよ。


● AYAちゃん「カラーだとすごく見やすいから、悪いところがよくわかりますね」


 このほかにも、脳の血管を3次元でリアルに描き出すヘリカルCTや脳の血流の分布状況を観察できるSPECT、それから脳の血流量、酸素やブドウ糖の消費量から脳卒中の病態を詳しく調べられるPETといった検査機器や検査法があるんだけど、ちょっと難しかったかな。


● AYAちゃん「チョー難しいですよ。それにしてもいろいろな検査の機械があるんですね。今日は勉強しすぎたので、私の脳細胞が心配だわ。先生、とりあえずCTとMRIの検査をお願いします」


 またこれだ。頭は使えば使うほど脳細胞が活性化するんだよ。これから、もう1時間ほど勉強してから検査してみようか。


● AYAちゃん「け、結構です。今日は…」


 ( 来月は、いよいよ脳卒中の治療編です )

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会議で、周りから思慮深く見られる法

 こんばんは。

 もう気かついたら、9月ですか。

 ホントに日が経つのは早いです。

 学生のときみたいに、明日から学校で憂鬱~ということはありませんけど、去り行く夏に多少感傷的な気分も感じます。

 今年の夏は、例年と比べて、いろいろな経験をしましたから。

 まず、社交ダンス。そして、バンジージャンプ。

 壁を駆け上がり、摩天楼をひとっ飛び。それから、さる大名家への仕官活動。日本人武道家とカンフーで対決。また、異星人との戦争や連続殺人事件に遭遇したことも。

 東京タワーに巣を作ったギャオスに対して、ガメラとともに戦ったこともありましたっけ。

 ホント、盛りだくさんの夏でしたね~。

 
 もうお分かりだと思いますが、これ全部、オイラがこの夏に見たDVD。

 実は、夏の初めに新しいパソコンを買ったのですよ。

 その名は、東芝ダイナブック。

 CPUが、インテルセルロンM。メモリが512MB。ハードディスクが100GB。DVDスーパーマルチドライブで、ディスプレイが15.4型ワイドのスーパークリアビュー液晶です。

 いつも安い商品ばっかり買っているオイラとしては、わりと奮発したほうかも。

 でも、まともには買いませぬ。

 2006年の春モデルを在庫がなくなる寸前まで待ち、メーカー直販サイトのプレミアム価格で購入することができました。

 なんたって、価格コムの最安値より、1万円も安かったのですよ。

 そのパソコンで今年の夏はDVDを見まくりました。

 近所の図書館ではDVDの貸し出しもやっていて、一週間に2本まで借りられるのです。

 最初に見た、寺尾聡主演の「雨あがる」の映像がきれいで、物語もほのぼのとしていてすっかりはまってしまいました。

 社交ダンスは、役所広司と草刈民代の「シャルウィダンス」。バンジージャンプは、イ・ビョンホン主演の韓国映画、「バンジージャンプする」。

 それから、「キャット・ウーマン」や「スパイダーマン」、「インディペンデンス・デイ」、「ハスラー」なども面白かった。

 知り合いがなぜ突然、社交ダンスをはじめたのか、「シャルウィダンス」を見てはじめて納得がいきましたね。

 草刈民代さんの立ち姿は、とてもきれいでしたから。

 ハリー・ポッターのシリーズも、いつか借りたいと野望をいだいています。

 それはともかく、ビジネスネタ。
 
 今日は、会議で、できる自分をアピールする方法をアトランダムに上げていきたいと思います。少しテンポを早め、サクサクいきましょう。

 …ということで、会議で好印象を与える自己表現術のその7。
 
● 相手の質問には、一呼吸おいてから答えると、思慮深く見える。

 これは、自分が発言した内容に対して、反論があった場合に効果的ではないでしょうか。

 かつて見たアメリカ映画、『評決』の中で、ポール・ニューマン扮する酔いどれ弁護士が、検事に反論されると、じっと黙って検事を見つめ、一呼吸おく。

 独特の理知的な額にしわを寄せ、「困ったことを言う人だ」というように青い目で見ながら考え込むんですよ。

 当然評決だから、一般人の陪審員が彼の表情をじっと見ている。

 これが、検事の反論にすぐ飛び上がって、立て板に水のようにまくし立てていたら軽薄な印象は免れないでしょうね。

 積極的に論戦に持ち込む法廷戦略もあるかもしれませんが、やはり重要事項は、じっくり考えてから反論した方がいい。

 いわゆる、間の取り方。

 落語でも、会話でも、間の取り方が大事だとよく言われます。

 これがうまくいくと、確かに重厚で思慮深い印象を、人に与えることも可能ですね。

● 自分の専門分野について話すときは、専門用語を使わないようにしたほうが好感を与えられる。

 これも結構、大事だと思いますよ。

 会議の出席者のなかには、議題に関連する専門家が一人でもいれば当然、意見は重要視される。
周りの人たちが皆素人の場合、尊敬の目で見られるかもしれませんね。

 ところがその専門家が、自分は専門家であるとの自意識が働いて、他の素人の出席者を軽んずるような振る舞いがあると、その立場は一転します。

「少しぐらい知ってるからって、態度がでかすぎる」というのは当然としても、「専門用語ばかり使って、言ってることが全然わからない」と思われることは決して珍しくない。

「わざと、わからないような言葉を使って、会議の方向を煙に巻こうとしている」なんて思われたりしたら、逆に素人からのしっぺ返しがあるかもしれません。

 しかし、ホントは専門家って、そんな気持ちなど全然ない場合が結構ある。

 要は、専門家が常識だと思っていることが、素人には常識ではないというだけなのかも。

 人間というのは、自分の知っていることぐらい誰でも知ってるはずだと思ってしまう生き物らしいですから。

 それでも、素人のひがみにあってはたまりません。

 やはり、会議の場では、出席者の誰でもわかる言葉で話すのが鉄則です。

 
● 会議で、相手の話を熱心に聞いているふりをするには、メモをとるのもいい

 以前、ビジネス教育の研修会社の講師として、定期的に講演を行ったことがあります。

 いざ参加者の前に立ち、講演を行っていると、わかるんですよ。ちゃんと真面目に聞いてくれているのかどうかが。

 前を向き、下を向いてレジュメに目を落としているように見えるんだけど、微動だにしない参加者がいる。完全に固まっちゃってる。

 目を開いたまま寝てるのか?

 どーせ、面白くないっすよ、オイラの話は…。と、腹をたて、当てて恥をかかせてやろうかと思うのですが、それもかわいそう。

 連日、午前様になるまで、残業があるんだって。

 研修にくるときぐらいゆったりした気持ちになりたい気持ちもわかる。

 ところで、さっきから熱心にメモを取っている若手の参加者。

 それだけでも前向きだなと感じられます。

 でもあとで聞いたら、予定していた参加者が急用で来れなくなり、メモだけ取ってきてくれと新入社員に頼んだのだとか。

 メモをしっかり取らないと怒られるのですと、泣きそうな顔で言っていました。

 しかし最後の質問コーナーで、目を開いて寝ていたと思った参加者から、鋭い質問が来たんですよ。

 ちゃんと聞いていなければ、できないような質問が…。
 
 完全に固まった状態で講義を聞くのが、彼のスタイルだったのでしょう。

 しかし、あれはどう見ても、寝ているとしか思えなかった。

 オイラじゃなければ、怒った講師もいたかもしれません。

 講義の聞き方もそうですが、会議へ参加する人たちに、こちらの取り組み姿勢の「見せ方」も大事だと思うんですよ。

 次回は、その辺りを中心にご紹介したいと思います。

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