石神井の城と池と神社仏閣 ウォーキングストーリー
こんにちは。
最近、仕事でいろんな場所へ行く機会があって、その辺りをほっつき歩いて楽しんでいます。
いわゆる観光地化された名所・旧跡はもちろんいいですが、街並みとか街全体の雰囲気とか、注目するポイントが多角的になったような気が…。
また、いろいろな専門家と歩いても楽しいですね。
たとえば、不動産会社の社長さんと街を歩くと、どういう場所で、どんな商売をすると流行るとか、いろいろ薀蓄が聞けて勉強になります。
開店したばかりのお店でも、ここで、この商売をやったら潰れるよ、なんて言ってたらホントに半年で閉店してしまったり…。
銀行マンと歩くと、会社の外観からどう売り上げや利益を割り出すか、たまに傾聴する羽目になります。
実際は、そう簡単ではないと思うのですけど。
食べ歩きや温泉めぐりなんかも、いずれやってみたいのですが、当分お金と暇のかからないウォーキングのみになりそう。
…ということで、先週に引き続き、石神井シリーズの後編をお送りします。
さて、石神井城。
厳島神社の隣の水神社を経て、三宝寺池に沿って進んでゆくと、橋の右側の窪地に「石神井城」の石碑がありました。
そばの解説板の地図を見ると、左側の崖の上が主郭、すなわち本丸の跡なのですね。
池をバックに階段を登ります。
しかし残念ながら、左手の主郭とおぼしき場所は無粋なフェンスで囲まれている。
フェンス越しに中を覗くと、空堀越しに土塁の跡がはっきりと残っています。
平成10年から6年間に渡って発掘調査が実施され、堀と土塁及び内部の一部が明らかになったと、フェンスのそばに解説板がありました。
それによると、堀は幅約12m、深さ約6mで底の部分が平たくなった「箱堀」。水が溜まっていた痕跡がなく、空堀であった事も分かったとか。
堀の底から土塁の天辺までは軽く10メートルはあったらしい。
石神井城は、三宝寺池の谷と石神井川の低地とに挟まれた小高い丘陵の上にある。
その周囲は深い空堀と土塁でめぐらされていたのでしょう。
石神井城は、平安時代末期から室町時代中期にかけて、現在の文京区や台東区、豊島区、北区、荒川区、板橋区、足立区、練馬区など東京の北部一帯に勢力をもっていた豊島氏の居城の一つ。
城の築城は、鎌倉時代後期と考えられているそうな。
室町時代中期に太田道灌に攻められ落城し、廃城になったとか。
解説板によると、城は、石神井川と三宝寺池に挟まれた台地に築かれており、全体では九ヘクタール前後の規模であったと推定されているそうですね。
土塁と壕で土地を四角形に区画した場所(郭)をいくつか築いて、防御施設としている。
例えば、城の東側は、ここより約100メートル程の場所に幅7メートルほどの壕で区画され、西側は約220メートル程の場所に幅9メートル程の壕と土塁で区画されていた。
石神井城の北側と南側は、三宝寺池と石神井川という自然の地形を利用して防御されていたという。
解説板に描かれていた城の地図の向きがわからず、周辺の地形を歩き回ってやっと城の縄張りを把握しました。
フェンスに囲まれた入れない場所が、いわゆる本丸なのですね。
森のように生い茂った木々と繁茂する草を目の前から消去して、土地の起伏だけをイメージする。
すると当時の城の外観が頭の中に浮かび上がりました。
うっとりと陶酔にふけっていたら、またしてもやぶ蚊の波状攻撃が…。
得意の大阪名物バチバチパンチをしながら退散しました。
それにしても、石神井城が栄えていた頃のやぶ蚊対策はどうしていたのでしょうね。
蚊取り線香とか、あったのかな。
昔の人は根性があったと言っても、ただ耐えるだけというのはないと思うのですが…。
それはともかく、石神井公園のそばには、豊島氏ゆかりの神社仏閣が並んでいます。
まず、三宝池の隣にあるのが氷川神社。
大宮にある氷川神社を豊島氏が勧請したもので、一族ゆかりの石灯籠が残っていました。
次に行ったのは、三宝寺。江戸時代に、徳川家光の鷹狩りの際の休憩所にもなった格式の高い寺院。
さすがに、本堂や御成門は風格がありますね。
そして、最近建てられた三重塔が素晴らしい道場寺。ここは、石神井城主、豊島氏の菩提寺だとか。
そこから、井草通り沿いにある図書館に付設された練馬区郷土資料室を見学しました。
ワンルームだけの展示室でしたが、郷土資料が手作りの説明書きとともに並べられています。
図書館を出て、交差点から旧早稲田通りを進み、2つ目の通りで左に入り、なだらかな坂を上っていきました。
まわりは畑が残っていて、昔は緑あふれる素敵な景色が広がっていたのでしょうね。
そして着いたのが池淵史跡公園。
史跡公園なのに、遺跡と思われるものは入り口の解説板だけ。それがなければ、普通の公園ですね。
もちろん、地面の下には遺跡が眠っているのでしょうが、こういう保存の仕方もイメージをかきたてます。
公園をぐるっとまわってから、石神井池に向かうことにしました。
石神井池は細長い池で、人工的に作られたのだとか。
池には、ボート遊びをする人でいっぱい。
岸辺には桜の木が植えられ、並木道になっています。そういえば、石神井公園は都内でも有数の桜の名所なのでした。
石神井公園に隣接する記念庭園から禅定院の前を通り、少し歩くと石神井川。
ここにも、川に沿って桜の木が植えられています。
川の両岸には、快適なウォーキングロードが整備されていて歩きやすい。
広々とした景色を眺めながら、石神井川を下流に向かって進みました。
長光寺橋公園のところを左折して、笹目通りに出るとすぐ西武池袋線の練馬高野台駅。
駅前に新しくできたという、順天堂大学付属練馬病院の前を通り、最後にむかったのは、病院の隣にある長命寺。
お寺の名前がいいですね。
病院で人間ドックの検査を受けたあとに、お参りするとまさにベストマッチングかも、と思ってしまいました。
この病院が開院したのが、今年の7月1日とか。
それに対して、長命寺は1618年に創建された区内屈指の古刹。
時代は違っても、長く健康に生きたいという人の願いはいつの時代も変わらないのでしょう。
さてこの長命寺は、紀州高野山に模して作られ、東高野山奥の院として、都の史跡に指定されているらしい。
ずっと前に、紀州の高野山へ行ったことがありますが、参道に延々と供養塔や燈籠が並んでいたのを覚えています。
この寺も、距離はぐっと縮められていましたが、紀州の高野山を髣髴とさせる雰囲気はありました。
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