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土浦 ウォーキングストーリー

 こんばんは。

 努力の甲斐あって、またしても体脂肪率は1パーセント減少しました。

 しかしながら、いまだに体重はほとんど変わりませぬ。

 今年中に3キロ痩せる目標を立てているのですが、このままではノルマの達成が無理かも。

 それに、食事を減らして歩きまくっていたら、免疫力が低下したのか風邪なぞひいてしまったのです。

 少し自重しようと思ったのですが、すると体脂肪がまた増えそうに…。


 うぬぬ、なんとなく迷宮へ足を踏み入れてしまった気分。

 摂取カロリーより消費カロリーのほうが多いのに痩せないという謎を、早く解明せねばと考える今日この頃です。


 さて、今年の夏ごろから続けているお城探訪シリーズ。

 今日は、江戸幕府の老中も排出した9万5千石の城下町、土浦です。

 土浦へ行ったのは、確か、我が生涯3度目。

 20年ぶりくらいの訪問ですね~。

 かなり、変わっているだろうなぁ、でも、記憶に残っている場所は、かつて土浦城のあった亀城公園だけだし…。

 と考えつつ、十月半ばの少し曇った日に、オイラはJR土浦駅に降り立ちました。

 駅前に立って、まず目についたのは、イトーヨーカドー。

 駅の真ん前ですもんね。

 別に文句はないですが、最近、どの都市へ行っても、駅前の景色が大型スーパーで占められていて個性が感じられませぬ。

 …と、ぶつぶつ言いながらも、さっそくイトーヨーカドーで、お茶や弁当、おやつなどの食料をどっさり買い込み、そのメリットを享受しました。

 一括して買っとくと、安いですからね~。

 まず向かったのは市内を流れる桜川。

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 ガイドブックには、桜川の土手をひたすら歩き、川を渡って、常福寺へ至るという指令が書かれていました。

 でも、地図を見ると、比較的近くに市役所や国立霞ヶ浦病院があるじゃないっすか。

 別に用事があるわけではないですが、地方都市へ行くと、なるべく市役所や病院を見学するようにしています。

 その地域を象徴する施設ですからね。

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 行ってみると、市役所はなんともシンプルな建物。せまい部屋に机をたくさん並べて、職員さんが仕事をしておりました。

 大企業のVIPルームのような部屋で、ゆったりゆっくり仕事をしているどこかの公務員様よりは好印象を持ったのですが…。

 国立霞ヶ浦病院は、霞ヶ浦医療センターに名称が変わっていました。

 ここでも、白衣を着た医師や看護師さんが売店で、弁当やサンドイッチを並んで買う姿を目撃。

 見たら、ほとんどメニューが限られているんですよ。

 近くに飲食店やコンビニがほとんどないので仕方ないのだと思いますが、しっかり栄養を摂って頑張ってくださいね。

 再び桜川の土手に出て、オイラも河原で弁当を食べました。

 フライ弁当で、しっかりカロリーを摂取です。(← このへんが痩せない原因でしょうか)


 満腹になって向かったのが、常福寺。

 境内にあるイチョウの大木は、市の天然記念物だそうな。

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 ギンナンが一杯落ちていて、独特のにおいがあたりに立ち込めていました。

 誰も拾わないのでしょうか。東京だったら、近所の人が来て、あっという間になくなってしまうのですけど。

 そこから国道を直進。土浦の中心街へ向かいます。

 土浦第一中学の近くの信号を左折すると、土浦藩の藩校だった郁文館の正門が残っていました。

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 現在も、中学の通用門として使われているとか。

 自分の通う中学が、江戸時代の藩校から続く歴史を持っていたら、鼻が高いですよね。

 うらやましさを感じながら、すぐ近くにある神龍寺を見て回りました。

 ここは、土浦城主、土屋氏の菩提寺だとか。

 お寺の門を出て、信号をわたると、土浦市立博物館。

 入館料、大人105円とリーズナブルなのがうれしい。

 ここでは、原始時代から現代までの土浦の歴史をあらわす常設展を見学。

 どこの地方博物館にもあるお決まりの流れですが、中世から江戸時代にかけての土浦をめぐる武士の攻防には釘付けになりました。

 それからもっとも注目したのはやはり、江戸時代の土浦城の縮尺模型。

 前来たときは、10万石の城としてはあまりに小さいなというイメージだったのですが、本丸は小さくても、郭や堀が十重二十重に取り囲んでいるのですね。

 縄張り図のパッと見は、キャベツを真ん中で切った状態と言ったらいいでしょうか。

 総構えは、かなりの規模の城だったということがわかります。

 そして、特別展の展示は、「土屋家の刀剣と甲冑」でした。

 国宝の短刀を筆頭に、重要文化財の太刀や甲冑がずらり。

 さすが幕府の老中を務めた家ですね。

 博物館を出ると、目の前はもう亀城公園。すなわち土浦城址です。

 ここは、城の本丸と二の丸の一部を整備した公園ですね~。

 実は、子供の頃、ここを訪れてあまりの小ささに不機嫌になってしまったことがあるのです。

 その前に連れて行ってもらったのが、小田原城でしたから、その規模の違いは一目瞭然。

 この城は、石垣ではなく、土塁で囲まれていたので、インパクトもちょっと…。

 それでも、今に残る櫓門は、江戸時代前期の城郭建築物として、関東地方で唯一現存するものだとか。

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 前回行ったときにはなかったのですが、なんと櫓が二つも復元されていたのでした。

 西櫓は、平成3年に復元完成。

 そして東櫓は、平成10年に復元完成。

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 うれしいことに、さっき入った市立博物館と同じ券で、東櫓も入ることができるのです。

 コンクリートではなく、木造なのもうれしい。

 なんでも、江戸時代の建築技術を継承しながら、現代工法も取り入れているのですね~。

 うれしかったので、ベンチでおにぎりを食べ、ポップコーンをつまみながら、コーラでのどを潤す。(← これもやばい)

 ゆっくりと亀城公園を堪能したあと、向かったのは中城通り。

 ここは、前回行ったことがなかったのですが、もし行っていれば違った印象になるというくらいの観光スポットでした。

 旧水戸街道沿いに、江戸情緒を残す建物や史跡が数多く残されているんですよ。

 まず行ったのは、土浦まちかど蔵。

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 創業当時、古着、穀物、肥料などを扱い、その後、呉服を扱った「大徳」こと尾形家の住宅です。

 店の階段を登り、2階の奥座敷へ。

 奥座敷の窓からながめる甍の連なりが豪商としての風格を感じました。

 そこを出て、中城通りを歩いてゆくと、魅力ある古建築をいくつか見ることができます。

 代表的なのは、矢口家住宅。

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 江戸時代の天保年間の建造と推定される酒屋だそうな。

 今も、お店が現役なのはすごいです。

 県内に現存する町屋建築の中でも屈指のもので、県の文化財にも指定されているそうですよ。

 そして、通り沿いにある、花蔵院、等覚寺、東光寺を見たあと、土浦駅前に戻り、今度は駅の反対側にある土浦港を目指しました。

 港と言っても、海ではなく霞ヶ浦。

 なんでも、国内第二位の規模をほこるヨットハーバーがあるらしい。

 高速遊覧船も、発着しているのですね~。

 オイラが行ったときは、夕暮れ時でしたが、帰港する数隻のヨットを見ることができました。

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 温かいコーヒーとサンドイッチを食べながら、絶景をしばし堪能。(← 「……………。」)

 向こう岸がかすんで見えるのは、まさに霞ヶ浦。

 …と思ったら、携帯のデジカメがぶれているのでした。


 それにしても、結構食ってるじゃん!!!

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意表をつく書き出しの研究

 こんにちは。

 久々の文章ネタです。

 今日は、前ふりを書きにくい雰囲気のテーマなので、いきなり行きまっす。

 前回は、読者に興味を持っていただく書き出しについての話題でしたね~。

 それは、最初からすべてを明らかにするのではなく、読者に「えっ?何?」という疑問をまず持っていただく。

 そしてその疑問を牽引車にして、ひっぱって、ひっぱって、最後まで読んでいただこうというせこい方策でした。

 つまり、インパクトのある前提を最初に持ってきて、結論を先伸ばしにしてしまう。

 何、何?と関心を持ってもらった読者を、興味を維持し続けてもらったまま、本論までどうぞ、どうぞ、狭いところですが、と…。


 ただ、これをビジネス文書や論文でやってしまうとまずいかもしれませぬ。

 これらは、結論から書け!という鉄則がありますからね。

 上司や先生から叱られても、オイラは責任を負いかねますので念のため。


 実はここだけの話、銀行時代、支店長から怒られたことがあるのです。

 報告書を結論から書かず、ハードボイルド小説みたいにリアルな文体で書く。そして結論を先送りにし、興味をあおりつつ、引っ張って引っ張って、続きは次回、と…。

 やっぱり、怒りますよね。

 この忙しいのに、なに考えてんだ!と…。

 でも、そのすぐあと、面白いから早く続きを読ませろ、と言われましたが。


 それはともかく、前回の続きから。

 オイラのブログは、最初の一行は、「こんにちは」か「おはようございます」か「こんばんは」という在り来たりのあいさつが多いです。

 最初はたぶん違ったと思いますが、いつの間にかこのパターンが定着してしまいました。
 
 その代わり、二行目はわりと意表をつくフレーズを書きたいと思っています。

 一行目ではなく、二行目にこだわりたい、と。

 なぜかというと、一行目を普通に入れば、二行目の意表をつく展開がより引き立つのではないかと考えたからなんですね~。

 それは、オイラが学生時代、漫画研究会にも所属していたからかもしれませぬ。

 ギャグ漫画ばかりでしたけど、4コマ漫画も基本を勉強するために何十篇も描きました。

 4コマ漫画のセオリーは、「起承転結」。

 でも、文章の書き出しがそれだと少し冗長なのではないか。

 「起」から「転」へいきなり、行っちゃったほうが、インパクトがあるような気がするのです。

 普通と非凡の対比とでもいいますか。

 山上たつひこの名作「がきデカ」のギャグは、暗記するくらい頭に入れましたが、あの面白さはやはりそれがポイントだったのかも。

 まじめなあべ先生やこまわり君のおとーさんやおかーさんが、コマひとつ後には予想できない災難に見舞われる。

 鮮やかな場面転換。

 ちなみに、オイラの冗談のルーツをたどると、すべて「がきデカ」にたどり着くのかもしれませんね~。

 能書きたれていても仕方ないので、オイラの以前のブログで例を示しますと…。


「 こんにちは。

 脳みそが花粉にまみれ、きなこ餅になったような感じです。

 ところで昨日のこと、オイラが東京都西新橋の路上を歩いていると、ひとりの青年に呼び止められました。

「すいません。○○ビルを探しているんですが、どちらへ行けばいいのでしょうか?」

 その実直そうな青年は、なにかの案内状を手に聞いてきます。約束の時間に間に合わないのか、相当急いでいるというのがその素振りでわかりました。

 ボーッとして歩いていたオイラは、突然、声をかけられ、その状況を認識するのにかなりの時間を要した気がします。

「○○ビルだけではちょっとわかりませんけど」

 先ほど飲んだ花粉症の薬に眠気を感じながら、やっとのことでその言葉を口から発しました。

 まだ頭の回路に電気が流れていないみたい。

   (以下略) 」

 「こんにちは」と一般人として書き始めているのに、いきなり「脳みそが花粉にまみれ、きなこ餅になったような感じ」

 何だ?こいつは?ということでしょうか。

 まじめに挨拶しているのに、やっていることは変なおじさんそのもの、みたいな。

 「がきデカ」のワンシーンをイメージしながら書いているかもしれませんね。

 ただ意図的にやっているのではなく、天然ですので悪しからず。

 自虐趣味なのか、と聞かれれば、ハイそうですと答えざるを得ないのですが…。


 それはともかく、1年以上、ブログを書いていて、オイラが一番気に入っているのは、次の出だしでしょうか。

 良し悪しは別として、オイラの本性を浮き彫りにしているかも。


「 こんにちは。まずはショッキングな画像から…。


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 ( 自宅天井 崩落現場:写真撮影 ビジベン氏 )


 8月7日、午前10時ごろ、江戸荏原村にある江戸町奉行ビジベン越前守の役宅の一階天井部分が突然崩落。はがれた天井板が、当時自宅にいたビジベンさんの頭を直撃いたしました。幸い、本人は学生プロレス出身で頭突きも得意だったということから大事には至らず。江戸町奉行所では、現在、崩落の原因を究明中…。


 もう…、信じられない。

 いきなり頭上から天井板が落ちてきたんですよ。天井板が安物で軽かったからよかったものの、高級品だったら今頃病院にいましたね。

 この前は、パソコンが壊れてデータをなくすし、今日はありえない事件が起きるし、一度お祓いをしてもらったほうがいいかもしれません」

 今読み直すと、もう少し行間にスペースがあったほうが読みやすいかも。

 脳天を強打しているのに、「こんにちは」とノー天気に入っているところが、なかなかシュールですな。

 これも、「起」から、いきなり「転」への落差を狙ったケースと言えると思います。


 ちなみに、今は「ビジベン」ですが、以前は「江戸町奉行」というニックネームでした。

 タイトルが「ビジベンの私の仕事に役立ったビジネス書」なので、当然、「ビジベン」がニックネームになるはずなのに、なぜか当初は「江戸町奉行」。

 ブログを始める前に、楽天のサービスを「江戸町奉行」というニックネームで受けていたからなんですね~。

 でも、「ビジベン」への変更をしたのに、プログラムのミスか全然変わらない。

 じゃ、「江戸町奉行」でも、いいや、と…。

 なんとも、いい加減。

 そしたら、3ヶ月くらい経ってから、頼みもしないのに突然、ニックネームが「ビジベン」に変わっていたのですよ。

 楽天の担当者様が気をきかせてくれたのでしょうか。

 多少、「江戸町奉行」のニックネームにも愛着が湧いてきていたのですが、ま、それでもいいや、と…。

 ブログのタイトルやプロフィールなどは、全然、こだわりがない。


 そんなオイラでも、このブログの最初からこだわりをもって取り組んでいる文章作法があるのですよ。

 一度書き上げてから、もっとも重視して推敲するポイントが…。

 今日のブログも、その点をしっかり注意して手直ししました。

 それは何か。

 ヒントはやはり文章のリズムです。

 答えはまた次々回。

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目黒~渋谷 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 なんと、今日もお散歩ネタです。

 文章ネタも行きたいところですが、最近ますますウォーキング付いているので、お散歩ネタが溜まっていて。

 ここでお蔵出ししとかないと、季節感が滅茶苦茶になりそう。

 冬になってからも、「蝉が鳴く中、汗を拭きつつ歩く」なんてことになったりしたら大変ですからね~。

 そんな努力の甲斐あって、体脂肪率は1パーセント減少しました。

 相変わらず体重はさほど変わりませんが…。

 でも、なんとなく効果が実感できるようになってきたので、これからも頑張りまっす。


 …ということで、先日の日曜日の午後、ちょこっと余裕のある時間がとれそうだったので、またプチ・ウォーキングへ行くことにしました。

 場所は、一見、何の変哲もない目黒から渋谷へ行くルート。

 山手線に乗ると、間に恵比寿駅が入るだけのたった二駅。乗車券も150円で買える。

 だけど、電車に乗ったら5分の距離の中にも、弥生時代から平成に至る人間の足跡が残されているのですね~。

 今回のウォーキングは、都心の街中を歴史と文化という視点からアプローチしてみようか、と…。

 ウォーキングの出発地点は、JR目黒駅から。

 かつて、3両編成の木造電車と揶揄された目蒲線のターミナルでもあったのですが、東急目黒線に変わり、地下鉄とドッキングされてからはグッと交通の便がよくなりました。

 駅前から続く権之助坂を下って、目黒川を目指します。

 この権之助坂。

 ビートきよしの「雨の権之助坂」で有名?ですが、それにしても曰くのありそうなネーミングです。

 調べてみたら、実際そうなのでした。

 今から300年ほど前、このあたりは細く急な坂道しかなかったらしい。村人たちは大変な思いをして坂道を登っていた。

 中目黒村の名主、菅沼権之助は、村人達の利便や交通のために、細く急な坂道の横に新しく広い坂を作る。
 
 しかし、権之助は幕府の許可なしに作ったため、罪に問われ死罪となってしまう。

 人々は、彼をしのび、いつしかこの坂を彼の名前で呼ぶようになったらしい。

 また別の説では、権之助は村人の為に、年貢米の取立てをゆるめてもらおうと訴え出るが、その行為がかえって罪に問われてしまう。

 刑場にひかれてゆくとき、最後に振り返った坂を権之助坂と呼ぶようになったとか。

 佐倉惣五郎みたいな人が、目黒にもいたのですね。

 いずれにしても、処刑されてしまうわけですか。オイラはわりと、上の人には言うタイプだから、この時代だったらすでに処刑されているかも。


 …などと考えつつ坂をくだると、目黒川。

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 目黒川は、世田谷区から目黒区、品川区を通って東京湾に注ぐ延長8キロの川です。

 オイラが子供の頃は、ヘドロが溜まって近くへ寄ると異臭がしたものですが、今は浄化された水がサラサラと流れていました。

 ここはいわずと知れた桜の名所でもある。

 目黒駅辺りから大橋まで約3.8キロの川沿いに、約830本のソメイヨシノが植えられているとか。

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 ちなみにこの写真は、桜の季節のものですので念のため。

 自宅から比較的近いので、桜のシーズンにはよくフラフラとこのあたりを歩きます。
 

 目黒川にかかる橋をわたり、すぐ右折して川岸沿いを歩いてゆくと、そこは目黒区民センター。

 区立美術館や図書館やボーリング場、プールなどがある。

 そこで、350ミリリットル入り、100円の紙パックのコーヒーを買い、飲みながら先を急ぎます。

 ダイエットのためにやっているのに、カロリーの高い飲み物を買ってしまった!と思っても後の祭り。

 やがて、川越しにインパクトのある真っ白で高い煙突が見えました。

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 ここは、目黒清掃工場。

 煙突や建物の白と、雲ひとつないスカイブルーの対比が美しくて、何枚も写真を撮ってしまいました。

 途中、対岸に緑あふれる公園が見えたので行ってみることにしました。

 場所は、東京共済病院の隣辺り。

 昔この辺に来たこともあるのですが、病院の建物が新しくなったのはいいとして、公園はなかったような。

 家に戻ってからネットで調べてみると、2002年3月31日オープンで、金属材料技術研究所の移転跡地に造られたのだとか。

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 サッカーができる広場や芝生など、こんな素敵な公園が近くにできたらいいですよね~。

 次に向かったのは、川の資料館。

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 川についてのさまざまな情報を映像やパネルで紹介しています。

 ここで、解説員のおねーたんから、城南地区を流れる目黒川や立会川、呑川などが全部、元は多摩川だったということを聞きました。

 ここから渋谷まで、標高差が25メートルもあるとも。

 渋谷のあたりの地形が、古代の多摩川に影響されているのには多少驚きました。

 渋谷から東急線に乗っても結構、多摩川まで距離がありますから。

 川の資料館を出て、次に向かったのは目黒区役所。

 なんで、区役所へ向かったのかと言うと、見るべきものがあるのですね~。

 それは建物…。

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 有名な建築家の村野藤吾が設計した建物として、文化財的な価値があるらしい。

 広島世界平和記念聖堂、大阪そごう百貨店、大阪新歌舞伎座、京都都ホテル佳水園、早稲田大学文学部校舎なども村野氏の設計だとか。

 現在は、目黒区の庁舎として使われていますが、もとは千代田生命の本社ビルとして建てられたもの。

 平成15年に、区役所がこちらに移転してきたのですね。

 外観も素晴らしいのですが、なんと言っても内部の装飾がまた素敵らしい。

 茶室や和室、そしてエントランスホールのディテール。デザインの凝った螺旋階段もあるそうなのですが、休日だったので中を見ることはできませんでした。

 残念。でも近いからまた来ようっと。

 区役所から向かったのは代官山です。

 さすがに、山というだけあって坂を登らねばなりませぬ。

 代官山と言えば、いまやと都内屈指のセレブスポットになってしまいましたが、歴史的にも価値のある場所ですよ。

 代官山の名前の由来は、八幡通りの南側の高台に江戸の燃料配給地である薪山があった。

 江戸時代は、勘定奉行がそこを支配管理したことから、代官が支配した山、代官山といわれるようになったという説があるらしい。

 今はまったくその面影はありませんが、実はもっと古いコンテンツがあるのでした。

 それは、なんと古墳。

 お洒落なヒルサイドビルの脇の路地をはいってゆくと、6~7世紀の古墳時代末期の円墳が…。

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 高さは5メートルくらいで、それほど大きくはないのですが、都心の一等地にこれだけの古墳が残っているのは感動です。

 その古墳の名前は、「猿楽塚」。

 このあたりは猿楽町という町名ですが、現在の町名の起源にもなっているのですね。

 そして、旧山手通りを少し歩くと、西郷山公園。

 あの有名な西郷隆盛の弟、従道のお屋敷のあった場所を公園にしたのですね~。

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 ここは高台になっているので、広い芝生に寝転びながら、下に広がる街を眺めると、あなたも海軍大臣西郷従道気分に…。

 ちなみに、ここにあった洋館は、愛知県の明治村にあるらしい。

 たぶん昔行ったとき見たと思うのですが、忘れました。

 冬のよく晴れた日には、富士山も見えるそうですよ。

 さて、最後に向かったのは、今までのうちでもっとも古い遺跡。

 なんと、弥生時代の住居跡です。

 西郷山公園から、第一商業高校のわきの道を通り、立派なお屋敷が並ぶ住宅街を歩いていくと、10分もかからず到着。

 普通の児童公園かと思ったのですが、奥のほうに竪穴式の住居跡が…。

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 以前は、復元した住居があったそうですが、火事で燃えてしまったそうな。

 近くに、弥生時代の渋谷の様子をジオラマ風に見せた模型がありました。

 さまざまな川がながれ、起伏に富んだ山や丘が再現されています。

 今の渋谷からはとても信じられない光景。

 でも、女子高生軍団のいない渋谷は、オヤジとしては少しくつろげる景色だったりして…。

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スリルとサスペンスなお寺の話

 こんにちは。

 最近、ためしてガッテンで見た運動を実践しています。

 それを続けると、足が速くなるらしいんですよ。

 番組では、子供が20分間、その運動をすることによって、50メートル走で零コンマ何秒数字がよくなっていました。

 やり方は簡単です。

 椅子に座る形でしゃがんだ姿勢をとり、また膝を伸ばして立ち上がる。

 プロレスラーがやっているヒンズースクワットによく似ていますね。

 でも、テレビでちょこっと見ただけでは、なかなか続かない。

 きっかけは、女優の森光子さんがやっているのを見た記憶からです。

 80歳すぎてでんぐり返しができる人ですから、やはり説得力がありますね。

 若さの秘訣はこれだ、と…。

 実際は、この運動によって日頃使われていない筋肉を鍛えて、子供は足が速くなり、お年よりは寝たきりになるのを防ぐのだとか。

 あれから、2週間近く毎日やっていますが、歩幅が広くなって、歩くスピードが速くなったような気がします。

 今までウォーキングといっても、距離は多かったですが、スピードはそれほど速くなかった。

 キョロキョロしながら、ゆったり歩いたりして。

 結果的に脂肪の燃焼効率は悪かったのかもしれませんね~。

 だからいくら歩いても、全然やせなかったのでしょうか。

 これから、歩き方を改善せねばと考える今日この頃です。


 ところで前回は、旗の台の火災事故の現場リポートでした。

 その前は、多摩丘陵のお散歩ネタを書いていて、全然関係ない北関東の古刹で見舞われた災難の話でしたね。

 オイラが犬に吠えられたまま、時間がストップした状態。

 テレビドラマみたいに前回の終了場面をもう一度再放送しますと…。

「 20年前に行った北関東のハイキングコース。当時のガイドブックを見ながらもう一度訪ねてみたのです。

 ハイキングコースの終点が、ある古刹だったのですよ。

 途中いろいろ寄り道をしていて、着いたのが午後5時半。

 ハイキングコースからそのまま境内に入って、山の緑と古くて趣のある建物の調和を楽しんでいたとき、突然…。

 ウー、ワンワンワンワンワンワン~

 でかい猛犬が2匹も、けたたましく吠えながら、オイラの前に立ちふさがったのです。

 歯をむき出して、今にも、飛びかかってきそう。

 何で、古刹の境内に猛犬がいるの?

 そのとき、頭に浮かんだメロディーは…。

 ♪い・ぬ・の・おまわりさん・困ってしまって、ワン・ワン・ワ・ワン・ワン・ワン・ワ・ワン~♪

 そんな馬鹿なこと、考えている場合じゃないっす。

 絶対絶命のビジベン! 果たして無事に脱出できるのか! 」

 …というところまで。


 ここで、猛犬相手に大立ち回り。

 飛びかかる狼のごとき猛犬をちぎっては投げ、ちぎっては投げ!!


 …と行きたいところですが、固まってしまって体が動かなかったのです。

 ホントは、犬に吠えられたオバQみたいに、逃げ回って、最後はお尻をガブッと噛まれればウケルのでしょうけど。

 うそは書けませんからね~。

 仕方ないので、ぼ~っと突っ立っていました。

 必死の形相で威嚇する猛犬ちゃんの目を見ながら、「それだけ吠えると、のどを痛めるだろうな~」などと思いつつ。

 5分ほど吠え続けたあと、猛犬も「こりゃいかんわ。暖簾に腕押しのような奴」と思ったのか、スタコラ2匹で去っていきました。

 それでも、「今度、来やがったらただじゃおかねぇぞ!」という捨て台詞みたいな吠え声は忘れなかったのはさすが。

 しかし、もし走って逃げていたら、お尻をガブッと噛まれていたでしょうね。

 さすがにほっとしましたが、なぜあんな猛犬がお寺の境内に2匹もいたのかわからない。

 境内の中、いろいろ見たいところもあったのですが、また吠えられると嫌なので寺の山門から外へ出ました。

 振り返って山門を見ると、大きな張り紙が貼ってある。

「午後5時以降、境内は立ち入り禁止。5時になったら、猛犬を放します。怪我をしても当寺では責任を負いかねます」

 げぇぇぇぇぇぇぇ~  

 うそっ!!!


 市公認のハイキングコースの終点が、猛犬のたまり場になっているのか?

 なんと、午後5時までに寺の境内を抜けなければ、犬に噛まれてしまうとは…。

 裏から入ったオイラは、わからないやんけ。

 まるで、サバイバルゲームやアクションゲームのような趣向じゃ~。


 20年前に来たときは、夕日にうかぶ古いお堂のシルエットの美しいイメージだけが残っていたのですが…。

 おそらく、心無いハイカーがいろいろ悪さをしたのでしょうね。


 お寺といっても一応私有地だから、仕方ない面もあるかもしれませんが、それにしても猛犬を放し飼いにするとは。

 戦国時代の石山本願寺か、比叡山の僧兵に出会った気分でした。



 ちょっと話がそれました。

 さて、ここからが先日のウォーキングネタの続きです。 

 そんなことを考えつつ歩いてゆくと、やっと平山城址公園の緑が見えてきました。

 前回来たときは、城址公園って名前がつけられているけど、ホントにここに城があったの?というイメージをいだいたのを覚えています。

 20歳代のときよりは、城の知識を増えているし、もう一度再調査をしてみようか、と。

 公園にあった解説板を読み、長年の疑問が氷解しました。

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 平山城址公園の名前の由来となった「平山季重」は、平安時代末期の武将。

 源氏と平家による一ノ谷の合戦(1184年)において、熊谷直実と武勇を競った源氏方の侍大将だったとか。

 その平山季重の居館は、現在の京王線平山城址公園駅前にある平山図書館の場所にあったのですね。

 現在の公園のある場所は当時、見張り所があったらしい。

 平安から鎌倉初期の武士の城は、城といっても館のまわりに堀や土塁をめぐらした程度なので、現在のイメージからは違います。

 でも、見張り場所を城址公園とは、ちょっと実態からは離れたネーミングなのでは。

 …と、城好きとしてうがった見方をしつつ、公園の中を歩き回りました。

 でも、急勾配の斜面は、山城を連想させるものもありますね。

 しかも、公園の中で方向感覚を失い、迷ってしまいました。

 それほど広い公園ではないのに、わりと複雑な地形をしているからでしょうか。

 城跡だと思わせるに十分な条件は備えているのかも。

 ガイドブックと解説板の地図を何度も見比べながら、急坂を下りると、なんとさきほど登ってきた坂でした。

 どういう地形になっているのかわからない、少し不思議な感覚。

 さて、平山城址公園をようやく抜け出して、次に向かったのは、宗印寺。

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 最近、山門と本堂を建て直したそうで、立派な寺院です。

 ここは、平山季重ゆかりの寺で、墓もあるらしい。

 江戸時代に子孫が建てたという墓ですが、歴史の重みという存在感がありました。

 最後に向かったのが、平山城址公園駅の前にある平山図書館。

 ここが正真正銘の城址、平山季重の館があった場所なのですね。

 でも、館あとをしのばせるものは、図書館の裏手にある碑と解説板だけでした。

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 駅の反対側には、浅川が流れていて、当時の雰囲気を伝えています。

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旗の台駅火災事故の現場レポート

 こんにちは。

 今日は予定を変更してお送りいたします。

 本来なら、先週の「犬に吠えられたビジベンのその後」でしたが、それはこの次に。

 吠えられたところでストップしたままなのは、あまり気持ちのいいものではないですけど。

 実は、あれからずっと、吠えられ続けている心境なのです。

 でも、このショッキングな画像は、予定を変更してもお送りしたいと思いました。


 さておととい、また例によって都内をフラフラ歩いていたんですよ。

 場所は、品川区の旗の台。

 このあたりは、商店や住宅が混在する地域。

 近くに昭和大学病院もあったりして、いつ行っても喧騒に包まれています。

 時間は、確かお昼の12時20分ごろでした。

 大衆食堂で、さんま定食を小骨まできれいに平らげ、コンビニでお茶でも買おうかなと思って商店街を歩いていたのです。 

 ふと、前を見ると、大勢の人たちが立ち止まって一つの方向を眺めている。

 皆、口を開けたまま凍りついたみたいに。

 しかも、立ち止まっている場所は、踏み切りの上ですよ。

 これはどういうこと?って、思いますよね。

 なんですか~ 

 小走りに踏み切りへ行き、同じ方向を眺めました。

 次の瞬間、オイラも口を開けたまま凍りつきましたね。

 駅のホームをはさんだ向こう側から、もくもくと大きな煙が…。

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 だんだん煙が大きくなって、空いっぱいに広がる。

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 下のほうからは炎も見えます。

 …と、突然、パンと爆発音?

 同時に、ひゃ~という女性の悲鳴。

 その頃には、踏み切りの上は野次馬でごったがえしの状況です。

 自転車で踏み切りを渡ろうとしていた女性が、人ごみにまぎれて身動きできない。

 当然、オイラもその場から動けませぬ。

 火元は、構内の工事現場らしい。

 旗の台駅は、下を池上線が走り、高架を大井町線が走る二重構造になっているんですよ。

 それぞれにホームがある。

 煙が上のホームをかすめているのがわかりました。

 別の角度から見たくなって、上のホームを下から見える位置に移動したのです。

Ts360341

 上のホームにいる人たちが、ハンカチで口を押さえながら避難している光景が見えました。

 煙がもくもく立ち込める中、下の線路を通過する電車のシーンは、映画のワンシーンのよう。

Ts360342

 やがて、至る所からサイレンの音がして、消防車がやってきます。

Ts360344

 上を見ると、早くもヘリコプター。

Ts360343

 駅の構内からは、「ホームに煙が充満する恐れがありますから、お客さんはすぐ外へ避難してください」という放送が流れます。

 改札から、大勢の人たちが吐き出されてくる。

 オイラがその緊迫した光景を、固唾を飲んで見ていたんですよ。

 そのとき、「電車には乗れないんですか?」とわけのわかんないことを言うおじさんが質問してきました。

 見りゃ、わかるじゃん!!!

 皆、煙から逃れるように、ホームから避難してきているのに。

 しかし、「今は乗れないみたいですよ」とオイラも、緊迫した場面にふさわしくない返答をしつつ、事態の推移を見守ります。


 先ほどの踏み切りに戻ると、遮断機が降り、近くに電車がとまっている。

Ts360347

 やがて、火は消え、不安そうな顔をした乗客を乗せた電車がやっとホームへ入って来たのでした。


 あとで現場近くへ行ってみると、負傷者なのか、担架にのせられて救急隊員に運ばれる人がいました。

 狭い路地のいたるところに「立ち入り禁止」のテープ。

 狭い道で、ホースが蛇のようにうねっている姿が印象的でしたね。

 
 以上、現場から野次馬がお送りいたしました。


 …ということで、今朝、新聞を見たら、地方版に小さく昨日の事故の記事が載っていました。

 東京・品川区の東急旗の台駅の工事現場で火事があり、1時間にわたって電車がストップしたとの由。

 新聞記事によると、詳細は以下のとおりです。

 「 14日昼過ぎ、東急大井町線旗の台駅の工事現場で、発泡スチロール18立方メートルが焼ける火事がありました。

 旗の台駅では、急行用のホームの新設工事を行っていて、溶接作業の火花が、ホーム脇に積まれた建築資材の発砲スチロールに引火したものとみられます。

 この火事で、作業員4人がのどの痛みなどを訴え、病院に運ばれましたが乗客にけがはありませんでした。

 東急大井町線は、およそ1時間にわたって大岡山-大井町間で上下線が運休になり、8600人の足に影響が出ました 」


 現場では、消防車や救急車、パトカー、ヘリコプターまで来て大変な騒ぎだったのに、記事にしてしまうと、この程度だったのか、と。

 地方版のいつもは見逃してしまうような大きさの記事でしたから。

 世の中では、昨日の火災以上の事故が日々起きているのかと思うと、背筋が少し寒くなりました。

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次が読みたくなる文章の研究

 こんにちは。

 しつこいようですが、先日の体組成計にまつわる話題から。

 最近3日間、一日平均26,309歩も歩いています。

 とくに昨日の消費カロリーは、999.99カロリー以上。

 持っている万歩計では計測不能となるくらい歩いているんですよ。

 …なのに、痩せませぬ。

 うぬぬ、オイラの体はいったいどうなっとるんじゃ。

 立ち食いそばか、サンドイッチ、カロリーメイトくらいしか食べていないのに…。

 この驚くべきエネルギー効率を研究することにより、リッター100キロ走れる車を開発できるのではないか、と考える今日この頃。

 でも、体重は変わらないものの体脂肪率が減少しているから、まったく無駄な抵抗をしているわけではないと思うのですが…。

 それはともかく、文章ネタの続きです。

 こちらもまた前回同様、センテンスの長さの話題から。

 オイラの場合、自分の書いた文章を読み直してみると、大抵、センテンスが長い場合が多い。

 推敲作業のほとんどは、文章を途中で切って、二つにすることですね。

 ちなみに、ひとつの文章の長さは、息切れせずに読める長さがよいと言われています。

 それでは、海女さんや水泳選手の書く文章は長いのかという突っ込みは、もうすでにオイラか考えてしまいましたので念のため。

 ちなみに、一文の文字量にすると、30~40字くらい。

 上記の「それでは~」から始まるセンテンスは60字近いので、少し長すぎますな。

 ワードで文章を作る人は、一行40字の設定にしている人が多いようですね。

 すると、一行で終わるような文章を書くことがわかりやすさの第一歩なのですか。

 ところで、文章のリズムって、読みやすい文章には大切だと思うんですよ。

 でも、リズムなんて、あまりに抽象的。

 いいリズムを会得する方法として昔からよく言われてきたのが、名文といわれる文章をじっくり読むこと。

 前回も少し触れましたが、かの文豪、谷崎潤一郎も次のように書いていますよ。

 文章に対する感覚を研くには、昔の寺子屋式の教授法がもっとも適している。(略) 講釈をせずに、繰り返し繰り返し音読せしめる。(略)古来の名文と言われるものを、できるだけ多く、そうして繰り返し読むことです。(略)
そうするうちには次第に感覚が研かれてきて、名文の味が会得できるようになり、それと同時に、意味の不明であった箇所も、夜がほのぼのと明けるように釈然としてくる。すなわち感覚に導かれて、文章道の奥義に悟入するのであります。

          (「感覚を研くこと」より)
           
 そういえば、ある本に、いい文章を書くためのもっとも効率的な練習法が載っていたのを思い出します。

 それは、世に名文と言われ、かつ自分の好きな文章を、実際に原稿用紙に写すことだそうな。

 好きな作家の文章を書き写すことにより、その文章のリズムを体得しようとする試みかもしれませんね。

 ところでわかりやすい文章は、難解な言葉を避けて、読点でリズムをつけ、そしてできるだけ一文を短くするのがいいみたいです。

 ちょっと、上級者コースになりそうですが、プロの作家は短い文章と長い文章を使い分けてメリハリを出していますよ。

 たとえば、先日亡くなった推理作家の土屋隆夫氏。

 氏は、文章の出だしは、できるだけ短い文章を重ねていくほうがいいと言っています。

 なぜなら、長い文章の書き出しだと、印象が希薄になるから。

 そして内容が不鮮明にもなってしまう。

 エンタテイメントは、読者に興味をもって読んでもらってナンボの世界ですからね。

 最初に読みにくい、わかりにくいというイメージを持たれたら、それでおしまい。

 冒頭に興味あるテーマと読みやすい文章を持ってくるのがベストなのですね。

 前述の三田誠広氏も、読みやすい文章とテンポのいい展開で読者の興味をひき、ここぞというところで読者に立ち止まって考えてもらうのだとか。

 小説の場合、原稿用紙換算で最初の5枚が大事だそうです。

 ホームページやブログなど、ネットの文章はとくに書き出しが重要かも。

 ネットの場合、知らない人の文章を読むケースだと、最初の10行くらいで読むか止めるか判断するような気がします。

 私事で恐縮ですが、オイラも書き出しはわりと気を使っていますよ。

 出だしで興味を持ってもらう工夫とか。

 たとえば、以前のオイラのブログを例にとりますと…。

「 こんにちは。

 ご無沙汰です。

 突然ですが、う~、のどが痛い。

 今朝、鏡で見たら、のどが真っ赤っか。

 …とくれば、風邪をひいて扁桃腺が腫れているのか、と思いますよね。

 実は、そうじゃないのです。

 なぜかというと、先週、昼食に定食屋に入ったのですよ。

 その定食屋は山手線のターミナル駅の近くにあり、何度か訪れたことがあるチェーン店です。

 500円で、日替わりのおかずのほか、ごはんと味噌汁がお替りし放題。そしてテーブルの上に並べられた、生卵、つけもの、ふりかけ、のりが食べ放題。

 東京に詳しい人なら、どのチェーン店か、察しのつく方も多いはず。

 このようなシチューエーションの店だと、どうしてもオヤジが集まる傾向がある。

 当然、オイラもその看板を見て、吸い寄せられるようにその店に入りました。

  (以下略)   」

 ずっと読んでいくと、魚の骨がのどに刺さって、耳鼻咽喉科へ行ったというくだらないお話しだということがわかります。

 でも、最初がこんな書き出しだとあまり興味を引いてもらえないかも。

「こんにちは。ご無沙汰です。
 先週、定食屋へ行ったら、ブリの骨がのどに刺さってしまったので、仕方なく近くの耳鼻科へ行って取ってもらう羽目になりました。
 取ってもらったあとの傷口が、赤く腫れてとても痛いです。
 その定食屋は山手線のターミナル駅の近くにあり、何度か訪れたことがあるチェーン店です。500円で、日替わりのおかずのほか…(以下略) 」

 最初の文章は、のどが腫れていることだけ書いてその理由を明らかにしていません。

 風邪かと思ったら、風邪じゃない?

 それになんで、のどの痛みと定食屋がむすびつくの?

 ???という疑問を牽引車にして、ひっぱって、ひっぱって、最後まで読んでいただこうという、せこいことを考えたのですね~。

 最初の文章の書き出しのコンセプトは、「何で?」という疑問。

 二番目のように、先に種明かしをしてしまうと、次への関心が薄れてしまうのではないか。  

 それに最初の数行は、なるべく短いセンテンスを積み重ねて、すんなり本文へ入っていただきたいと考えました。

 小説作法の本を読むと、最初の一行の出だしが大事だと書いてありますね。

 出だしの一行で、一気に読者の心をつかむような工夫をしろ、と…。

 でも、オイラは、最初の一行は、「こんにちは」か「おはようございます」か「こんばんは」という在り来たりのあいさつから。

 それもちょっと自分なりのこだわりみたいなものがあるのですが、それはまた次回。

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都立長沼公園から平山城址公園 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 体組成計の衝撃が、まだ尾を引いています。

 これだけ頑張って、お散歩ネタを積み重ねてきたのに、これまでの努力は何だったんだょぉぉぉぉぉぉぉ~、と…。

 歩かなければ、もっと悲惨なことになっていたのかも、とポジティブに考えることにして、今日もお散歩ネタ、行かしていただきまっす。
 

 さて先日、八王子へ行ったとき、帰りに二つの公園に寄りました。
 
 寄ったというより、ハイキングに行きたいから、八王子に用事を作ったといいますか。

 以前、八王子市内から滝山城を経て、拝島まで行くというかなりハードなウォーキングをしたことがあります。

 そのとき、郷土資料館や神社仏閣など大方見て回ったので、市内はそこそこに目的地へ向かうことにしました。

 今回、行こうとするのは、多摩丘陵の都立長沼公園と平山城址公園。

 実は二回目です。

 前回行ったのは、確か20年ほど前だったような。

 ガイドブック片手に、ゆっくり歩いた記憶があります。

 今回も、20年前使ったガイドブックを持って出かけました。

 京王八王子から二つ目の長沼駅で下車。

 ガイドブックには、降りて踏み切りを渡り、駅の反対側へ出ると書かれていましたが、踏切がな~い。

 線路が高架に変わり、踏切がなくなっていたのですね。

 時間がたって、風景がどう変わったかと見比べながら歩くのも楽しい。 

 まず、向かったのは都立長沼公園。

Ts360231

 公園の入り口の景色はあまり変わっていないような。

 そこからは、急な上り坂が続きます。

 前に来たときと比べて、石畳などが整備され歩きやすくなっていました。右側の切り立った谷には清流が…。

 さわやかなせせらぎの音を聞きながら、整備された道を行くのもいいのだけれど、あまり楽して歩くのも脂肪燃焼にはよくありませぬ。 

 目的の丘の頂上は同じらしいので、右側の小道に入って登ってみることにしました。

Ts360233

 整備された道よりも、より自然が近くに感じられ、さわやかな気分に浸れます。

 急な山道を登りきると、広い原っぱ。

 前回来たときは、ガイドブック通りに左折して、尾根伝いに歩いていったのですが、時間があったので右へ行ってみようと思いました。

 今思えば、なんとなく、虫が知らせるとゆ~か。

 しばらく歩いてゆくと、木造の趣のある建物が…。

Ts360240

 標識に『野猿峠』の文字がありました。

 ああああああああああ~、ここが、野猿峠だったのか、と思わず絶句…。

 その名前には、甘くすっぱい思い出があるのでした。

 確か、高校時代に、何気に雑誌を読んでいて、ある写真に興味をひかれたのです。

 緑深い峠に建つ、茶屋。峠の茶屋にしては立派な外観。それに東京都内なのに、野猿峠といういかにもローカルな響き。

記事を読むと八王子の近く。家からそれほど遠くないじゃないすっか。

 そう思うと矢も立てもたまらない。

 当時は、ガイドブックなんて便利なものがあると知らなかったので、家にあった分厚いロードマップを持って出かけたのです。

 ところが、いざ現地のそばへ行ってみて、どこにあるのか全然見当がつかない。

 関東地方が全部載っているロードマップじゃ、細かな場所の記載がないのは当たり前ですよね。しかも、当時は地図の見方もよくわからず…。

 確か、ダンプカーや自動車がびゅんびゅん走る道路に立ちどまって、途方にくれた記憶が…。

 青いハンカチならぬ、白いハンカチで汗をぬぐいながら呆然と佇む哀れな高校生。

 ポーカーフェイスではなく、かなり落胆した表情だったのが、ハンカチ王子との大きな違いかも。

 ということで、せっかく出かけたのに、野猿峠は断念。

 オイラのお散歩クロニクルの初期の失敗のひとつとして今でも記憶に残っているのでした。

 しかし、再びその建物を見て、高校生当時の記憶がフラッシュバック。

 あっ、あのとき、雑誌で見た建物だ、と…。

 長くお散歩をしていると、思わぬ場所で、昔の自分を発見することがありますね~。

 30年後に、野猿峠にリベンジを果たした気分です。

Ts360238

 野猿峠から見る八王子周辺の町並みも印象的でした。

 存分にノスタルジーを満喫したあと、さきほどの広場へ戻り、今度は20年前にタイムスリップ。

 木立の中の尾根道は、アップダウンもなく、軽快なハイキングコースです。

Ts360244

 ところどころで、突然視界が広がり、はるかかなたの奥多摩の山並みや八王子市街が見下ろせる絶景スポットがありました。

 それほど歩くこともなく、切り立った崖を見下ろす場所に到着。

 下には、急な石段が続いている。

 ここで、都立長沼公園は終わり。崖の上のベンチに腰掛けて、しばし眺望を楽しみました。

 次に向かうのは、いよいよ平山城址公園です。

 城好きとしては、なんとも魅力的なネーミングの公園ですね。

 ガイドブックを見ながら、急な石段をくだり、一般道へ出て左折。そしてしばらく直進した後、二股に分かれたところを右折して、九十九折の坂道を登る。

 なんとなく、以前来たときの記憶がよみがえってきました。

 尾根まで出て、さらに進むと六国台。

 そこからの眺望は素晴らしいのでした。

 ???

 ゲッ、通行禁止?


 20年前通れた道が、通行禁止になっているのです。

 そういえば、長沼公園に、「尾根伝いに平山城址公園へは行けません」と表示してあったのはここのことだったのですね。

 行って行けないことはなさそうでしたが、一応私道みたいだし、不法侵入の汚名を着せられるのも癪なので撤退することにしました。

 う~、残念じゃが仕方ないっす。

 20年前のガイドブックだと、こういうことはよくありますな。

 平山城址公園まで、住宅地の迷路のような道を方向感覚だけを頼りに歩きました。

 昔は、のどかな農村風景だったと記憶していますが、今は瀟洒な住宅やマンションが立ち並ぶ、ごくありきたりの場所になっています。

 袋小路のような場所をパックマンになったような気分で、行きつ戻りつしながら進みました。

 ここは仕方ないとしても、最近行った北関東のお寺には参りましたね~。

 やはり、20年前に行ったハイキングコースを、当時のガイドブックを見ながらもう一度訪ねてみたのです。

 ハイキングコースの終点が、ある古刹だったのですよ。

 途中いろいろ寄り道をしていて、着いたのが午後5時半。

 ハイキングコースからそのまま境内に入って、山の緑と古くて趣のある建物の調和を楽しんでいたとき、突然…。

 ウー、ワンワンワンワンワンワン~

 でかい猛犬が2匹も、けたたましく吠えながら、オイラの前に立ちふさがったのです。

 歯をむき出して、今にも、飛びかかってきそう。

 何で、古刹の境内に猛犬がいるの?

 そのとき、頭に浮かんだメロディーは…。

 ♪~い・ぬ・の・おまわりさん・困ってしまって、ワン・ワン・ワ・ワン・ワン・ワン・ワ・ワン~♪

 そんな馬鹿なこと、考えている場合じゃないっす。

 絶対絶命のビジベン! 果たして無事に脱出できるのか!

 続きは、また来週。

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わかりやすい文章を書く法

 こんにちは。

 体組成計を買っちゃいました~♪

 といっても、どんなものかピンと来ない人が多いのでは。

 オイラも、売り場へ行ってはじめて聞いた言葉でした。

 「体組成計、現在20パーセント、ポイント増量中」と、健康器具売り場にデカデカと表示されていたのです。

 体組成計って何?と売り場のおねーたんに聞いたところ、「それはですね。インナースキャンです」という返事。

 余計わからなくなったのですが、パンフレットを読んでやっと納得できました。

 よーするに、体を構成する脂肪や筋肉、骨、水分ごとに体重との比率をはかることのできる器械みたい。

 ホントは、スーパーに体重計を買いに行ったのです。

 理由は、最近、ウォーキングをしていて、どうも体が重く感じるので。

 体重がもしかして増えているのではないか、と…。

 でも、内臓脂肪まで量れるというフレーズに、ビビビと来てしまいました。

 今や、内臓脂肪は諸悪の根源みたいな扱われ方をしていますからね~。

 メタボリック・シンドロームなんて、ハンカチ王子と今年の流行語大賞を争うのではないか。

 ポイント対象商品だったので新しくカードを作り、それを使って「歩数計」も購入。

 お散歩ネタのとき、歩数も記載できたら励みになりますよね。

 …ということで家に帰り、さっそく体組成計で量ってみました~♪

 がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~ん。

 なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~ 
( ← 松田優作でお願いします)

 やば…。

 こんなにいつも歩いているのに…。

 この世に神はいないのか。

 見た目は、それほど太っていないと思っていたのですが、内臓脂肪が「やや過剰」とのこと。

 ウエストだって、ぎりぎり70センチ台を維持しているのですよ。

 しかし、体重はベストから3キロ以上オーバーでした。

 意味のよくわからない基礎代謝の体内年齢だけは31歳でしたが、それも焼け石に水。

 今度、「メタボリック・ビジベン」とニックネームを改名しようかしらん。

 寝る前に、チョコやスナック菓子を食べる習慣があるので、それがいけないのでしょうね。

 でも、お腹がいっぱいでないと寝られないという動物みたいな習性があり…。

 再び空中殺法が使えるようになるまで、茨の道を歩むことになりそうですが頑張ります。

 それはともかく、文章ネタ。

 今日はまた前回の続きです。

 だらだらした長い文章と、きりっと個性的な長い文章との違いとは何か。

 その違いについて、今日は少し文法的な解釈を…。

 とかなんとか、えらそーに言ってしまいました。 

 中学・高校時代のオイラの国語の先生が聞いたら、脳こうそくを起こしてしまうかも。

 本を読むことは大好きでしたが、文法に関してはまったくの落第生でしたから。

 主語や動詞、修飾語までは何とかわかるのですが、副詞とか出てくるとまるでわからない。

 でも、本を読むときは、文法を考えながら読む人はあまりいないでしょうし…。

 と、開き直って、以後書きたいと思います。

 文法はわからないですが、経験上、読みやすい文章か、そうでない文章かの違いは多少わかります。

 たとえば、何を言いたいのか考えてしまう文章は困りますな。

 例をあげると次の文章…

 Aさんはベンツに乗って商品を運ぶビジベンをだまって眺めていた。

 どう解釈しますか?

 この場合、ベンツに乗っているのが、Aさんかビジベンかわからないっす。

 どちらの意味ともとれますから。

 こういう文章だと、そのつど考え込んでしまうからすらすら読めませんね~。

 でも、オイラがベンツに乗ることはありえないから、日頃の所業から類推することは可能ですが…。

 それはともかく、この場合、修飾語がどの述語にかかるのか、あいまいなんですよ。

 だから、意味がわからなくなってしまう。

 専門的には、「商品を運ぶビジベン」という連用節をそれがかかる述語のすぐ前にもってくるといいらしい。

 つまり…

 Aさんは、商品を運ぶビジベンをベンツに乗ってだまって眺めていた。

 これなら、誰も誤解しないでしょうね。

 しかし、これもちょっと冗長な表現かも。

 そんな小難しいことをしなくても、一発でわかりやすい表現に変えることは可能です。

(使用前) Aさんはベンツに乗って商品を運ぶビジベンをだまって眺めていた。

      ↓

(使用後) Aさんはベンツに乗って、商品を運ぶビジベンをだまって眺めていた。

 つまり、「、」の読点をタイムリーに入れるだけで、一瞬にして読みやすい文章に変わるのですな。

 でも、ネットの文章からしたら、これでもまだ読みづらい。

 オイラだったら、二つのセンテンスに分けたくなる。

 たとえば…

 Aさんは、ベンツを車道に止めた。そして、汗水たらして商品を運ぶビジベンをだまって眺めていた。

 これだと、多少臨場感と悲壮感が演出できるかも。

 長い文章を短いセンテンスに分けると、表現の仕方にもいろいろなバリエーションが加えられますね。
 

 ところで、だらだらした長い文章と、きりっと個性的な長い文章との違い。

 文章のリズムの違いも、結構あるのではないか。

 長くても、意味がさらりと違和感なく入ってくる文章はリズムがいい。

 それは読点の打ち方がうまいのではないか、と…。

 先ほども書きましたが、読点は文章の中で大きな役割を果たしていると感じます。

 でも、文章のなかでどこに読点を打つか、というのはなかなか難しいですよね。

 小学校から数えて、もう何十年も文章を書き続けているオイラでも、どこへ打ったらいいか、いまだによくわからない。

 一般的に、読点「、」は次の状況のときに打つそうな。

● 意味を正確にするため

● 文章の呼吸を整えるため

● 同じような言葉が並ぶとき

● 文章のまとまりを作る

● 二つの文章をつなげるとき

 それだけじゃ、なかなかわからないですよね。抽象的で…。

 わからないときは、声に出して自分の書いた文章を読んでみると、自然にわかることがあるそうです。

 このテクニックは、いろんな本や文章の先生が言っていますね。

 「声に出して読みたい日本語」という本が、少し前に注目されましたが、名文は声に出して読んでみたいと思うものかもしれません。

 すると読点は、音楽でリズムを刻むために重要な、ドラムみたいな働きをするものかと思ったりして…。

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脳出血の治療って、どんなことするの? 医師と女子高生の会話から

 こんにちは。

 先日また、図書館でDVDを借りました。

 それは、『ミクロの決死圏』。

 脳内出血の重傷を負った科学者を救うために、手術担当員を細菌大の大きさにして患部に送り込み、体の内部から手術しようとする内容です。

 この映画は、なんと1966年の製作。

 パソコンはおろか、電卓もない時代。当然、液晶モニターもないから、紙に書かれた人体の地図を見ながら、手術担当員を乗せた特殊潜航艇は血管内を進む。

 MRIなどという優れものの診断機器も、もちろんありませぬ。

 現在位置を特定するのはなんと、レーダー。


 現代医学の本を多少読んでいるから、いろいろ突っ込みを入れたくなるシーンもありましたね~。

 脳出血で一刻を争うのに、ゆっくり対策会議を開いていて手遅れにならないの?とか。

 そして、なんで60分ぴったりに元の大きさに戻るのか、という点も。

 一番ひっかかったのは、脳出血の患部の小ささ。

 細菌大の大きさの手術担当員が手に持ったレーザー銃ひとつで、ほんの数分の間に治療できてしまうのですよ。

 実際の大きさだったら、針の先どころか、眼に見えないほどの出血量ではないか。

 その程度で、意識不明の重態になるのかな、と…。

 細菌大になっていたら、出血の激しさに押し流されてしまうはず。

 でも、それを差し引いてもその奇抜なアイデアは素晴らしい。

 現代の最先端治療は、動脈からカテーテルを脳まで差し込んで、脳卒中の治療をする。

 発想は、ミクロの決死圏と同じですね。

 人体内の映像にしても、当時はCGなんかなかったですから、スタジオにセットを作って撮影したのでしょう。

 CGでは出せないようなリアルな映像もあったりして、なかなか迫力がありました。

 さすが、アカデミー特殊視覚効果賞受賞作。

 ただ、人間を縮小するという部分以外の医療技術は、あまりに遅れていたのだなあというのがわかりました。

 当時ではとても怖くて、脳の手術なんかしてもらいたくないという感じです。

 やはり、医療に関しては、現代が一番いいようで…。
 

 …ということで、今日はまた、現代の「脳の病気シリーズ」です。

 この「脳の病気シリーズ」。

 ほぼ月一回のペースで、お送りしています。

 約一ヶ月前になりますが、前回は「脳こうそくの診断は首も診るって、ホント?」という話題を取り上げました。

 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に「心と体」のカテゴリの中にある前の記事をお読みいただければ幸いです。

 今日はその続きです。
 
 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。

 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。
 
 
 前回、「脳こうそくの診断法」について勉強したAYAちゃん。

 今日からは、いよいよ脳卒中の治療編ですよ。

 その第一回目は、「脳出血の治療って、どんなことするの?」が話題になります。
 
 それでは…。

 脳卒中って、どうやって治すの?


< 脳出血の治療って、どんなことするの? >


● AYAちゃん「先生、こんにちは。脳卒中で倒れたときの検査、診断の仕方は大体わかりました。脳卒中って固いこと言っても、しょせん、脳の血管が切れるか詰まるかの違いなんですよね。検査でどんなタイプの脳卒中かわかったら、いよいよ治療ですね」


 今日はずいぶん元気がいいね。治療する上で、脳の血管が切れているか詰まっているかの違いはすごく大切なんだよ。


● AYAちゃん「わかってます。脳出血と脳こうそくでは治療法が全然違ってくるんですよね。そのためにはまずCTで、頭の中に出血があるかないか診るんでしたよね」


 そう、よく復習しるなぁ。CTの画像で頭の中に白く映るところがあれば脳出血と診断がつくんだったよね。それじゃまず、脳出血の治療法から話そうか。


● AYAちゃん「う~、手術するんですよね」


 手術は重要な選択肢だけど、脳出血のすべてに手術するわけじゃないよ。まず出血の場所、大きさ、また出血が大きくなっているか、止まっているかなどの状況によって、手術をするか薬を中心とした内科的治療で行くか決めるんだ。


● AYAちゃん「薬だけで脳出血がよくなることもあるんですか?」


 あくまでも意識障害のないような軽症の場合に限られるけどね。この場合はむくみを抑える治療が中心となる。出血すると脳がむくんでくるって言ったよね。


● AYAちゃん「『逃げ道が閉ざされた脳は、脳幹のまわりのすき間へ逃げ込む』でしたっけ」


 そう。脳幹は生命中枢のあるところなので、そうなったら大変だ。だから薬を使って脳のむくみを抑えるんだ。


● AYAちゃん「脳出血はおもに高血圧によって起こるんでしたよね」


 脳卒中の危険因子の金メダルが高血圧。脳出血が起きたときの状況を大火災にたとえてみようか。そうすると脳外科医は、さしずめ消防士と言えるんじゃないかな。すぐ出動して消火作業に当たらねばならない。さて、まず何から手をつけるか。


● AYAちゃん「うーん。まず火元を消さなきゃだめですよね。いくら火を消しても、出火場所にガスや電気が流れていたり、油など燃えやすいものが近くにあったりしたら2次災害になることもありますから」


 そうだね。火元地区にそんなものが供給され続けていたら、火の勢いを抑えることができない。だからその供給をストップさせることが先決。それが高血圧による『出火』で言ったら、血圧を下げることなんだ。


● AYAちゃん「なるほど、血液の流れをストップさせればいいんだ」


 ちょっと待った。そんなことしたら脳細胞は死んでしまうよ。血圧を下げることが大事なんだ。血液の流れを確保したまま、血圧だけ下げる。そこが本当の火災と違って難しいところなんだけどね。血圧を下げると脳出血は自然消滅することもあるんだ。


● AYAちゃん「そうか。脳出血でも軽い場合は、薬で治療することもできるんですね」


 出血して壊れてしまった脳細胞は元には戻らないけど、血圧を下げむくみを抑える薬を使い、リハビリをすればかなり症状は改善できるね。


● AYAちゃん「でも、さっきの話に戻りますけど、実際は火元のガスや電気を止めたぐらいじゃ火は消えないですよね。それどころか、ますます火が燃え盛って来たりして…」


 そう。出血がとまらないこともあるし、薬ではなかなか血圧が下がらないこともある。止血剤という消化剤を空から散布しても、それこそ焼け石に水の状態…。

 ほっとくと大変なことになるよね。迫った火でまわりの建物が類焼するのはもちろん、石油タンクやガスタンクがそばにあったら大爆発を起こして、その地域一帯は致命的な大損害になる。


● AYAちゃん「さぁ大変。いよいよ、消防隊長の登場ですね」


 火事の場合、建物が燃え尽きても建て直しすることができるよね。脳細胞は、火事にあっていない部分が働いて火事で被害を被ったところの働きを代用することができるんだ。


● AYAちゃん「火事で焼け出された人たちを、近所の人たちが好意で助けるみたいな?」


 うまいこと言うなぁ。だけど火事で死んでしまった人は生き返らない。脳細胞も同じで、壊れた脳細胞は再生できないんだ。だから、消防士である医師の思い切った消火手段、すなわち手術が緊急に行われるんだよ。


● AYAちゃん「なるほどねぇ。じゃ、手術したほうがいい脳出血ってどんな場合なんですか?」

 (途中ですが、1ヵ月後に続く)

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ネットの文章にまつわるエトセトラ

 こんにちは。

 う~、疲れますた。

 自業自得なんすけど…。

 最近、いろんな場所へ出かけて行って仕事したり、座談会へ出席したりしていると前回のブログに書きました。

 そして、そのついでにプチウォーキングを楽しんでいる、と…。

 そのプチ、がだんだんハードなものに変わってきているんですね~。

 たとえば土曜日、信濃町へ行ったときは、神宮外苑をぐるっとまわったあと、代々木へ出て、明治神宮のなかをぐるぐる歩き回り、次に原宿へ出て、ここまで来たのなら渋谷へ行こうと道玄坂をくだり、ついでに恵比寿へ寄り、なおかつそのあと自宅まで2時間かけて歩いてしまうみたいな。

 そしてその翌日の日曜。八王子まで用事があって行き、市内を歩き回ったあと、夜までハイキング。

 月曜日は、仕事で東京都心をテクテク、朝から晩まで歩き回る。

 さすがに火曜日、朝起きたらめまいが…。

 扇風機の羽根みたいに、視界がぐるぐる高速回転しているのです。

 気持ち悪くて、吐きそうになりました。

 おかげさまで、少し休んだらめまいと吐き気が改善してきたので、また外へ。

 この日は、いろいろ約束があったので結構大変でしたね~。

 午後からどしゃぶりだったし…。

 このままではやばいと思って、ここ数日は、さすがに自重しています。

 それなのに、少しも体重が減らない。

 もう、勘弁してほしいっす。

 
 それはともかく、ネタを書かねば…。 

 さて、前々回のブログに書いたわかりやすい文章を書くために気をつけたいこと。

 確か、

● 文章のセンテンスを短く切って、テンポをよくする。

● 主語と述語を明確にする。

● 見やすくするために、思い切って余白のスペースを設ける。

 …でしたね。

 今日は、もう少しこれを掘り下げてみようかと…。 

 というのも、ブログやメルマガの文章は、とくに上記の点が重要だと思うのですよ。

 なぜならパソコン画面の文章って、本やカタログ、レジュメに書かれた文章より読みづらい。

 重要なことが書かれたメールをもらったとき、パソコンの画面で読むより、いったんプリントアウトしてじっくり読む人は結構多いと聞きました。

 オイラもメールマガジンをたくさん登録していて、日に何通も送られてくるのですが、あまり記憶に残らないような。

 内容がどうというより、パソコンの画面だと読解力が鈍るような気がします。

 目も疲れますし…。

 それなのに、メールやブログ、ホームページなどが、画面中埋め尽くされた文字の大海原。

 読んでいて、おぼれそうな感覚になるのはオイラだけでしょうか。

 ネットの文章に関してはとくに、余白は必要かも。

 私事で恐縮ですが、オイラのブログも始めた当初は、わりとぎっしりめに書いていたんですよ。

 それがだんだんと、ワンセンテンスごとに余白を入れるスタイルに変わっていきました。

 実は、ココだけの話。読みやすくて面白いブログを参考にしたんですね~。

 それはあの有名な、ブログの女王といわれている「眞鍋かをりのココだけの話」です。

 自分のことを「オイラ」という表現も、実はここのまねっ子。

 ただ、内容までは真似していませんので念のため。

 このブログのコンセプトが、前から面白いな~と思っていたのですが、あとで彼女の書いた本を読むと、ちゃんと考えてやっているのですね。

 そのコツとは、読者に対する作者の立ち位置。

 最初、天然なのかと思っていました。

 実はそれが計算されたものであったとは…。

 本人も言っていますが、そのコンセプトが他の芸能人の書くブログとの差別化に大きく寄与しているのですね。

 さすが、ブログの女王。

 そのあたりのニュアンスを言葉で表現するのは難しいのですが、いずれうまく理論立てて書ければ、と思います。

 さて、次に文章のセンテンスを短く切って、テンポをよくするという点について。

 主語と述語を明確にした短い文章がわかりやすいのは当然です。

 ただ、わかりやすい文章のセオリーに文句をつけるわけではありませんが、終始それだと子供っぽい文章になってしまう。

 小学生の作文を例に取ると…

『きのうは、ぼくの学校の運動会でした。ぼくはそれで早起きしました。学校へ行くと、みんなが集まっていました。最初はラジオたいそうをしました。校長先生の話が長いでした。ぼくは徒競走で、ビリから二番目でした。もう少しがんばればよかったと思いました。お昼にはみんなでお弁当を食べました…』

 いくらセオリーに適っていると言っても、こういう文章を大人が書くと子供ぶりっ子(←いまや、死語?)してる~と思われるかも。

 もちろん、好意的に解釈しての話ですが。
 

 川の流れに棹差すわけじゃありませんが、芥川賞の受賞作なんかは目が飛び出るくらいの長文を使って書かれたものが多いですね~。

 たとえば、三田誠広の「僕って、何」。

 佳境の部分に差し掛かると、細かい字で書かれた文庫本の1ページ以上、句読点がまったくなし。

 ただ言っておきますが、前述の三田氏は、「おいしい文章を書くコツ」として、『なるべくシンプルな、短い文章を書く。意味のとりにくい代名詞は用いない』と言っていますから、芥川賞狙いの確信犯として長いセンテンスを使ったのだと思います。

 野坂昭如も、文章のセンテンスが長いという印象がある。

 先日ようやく読み終わった奥泉光の「鳥類学者のファンタジア」も。

 その中の一節を引用しますと…

「相手が誰であれ、内容がなんであれ、何かいわれると、とりあえずうなずいて同意をしてしまう悪い癖がわたしにはあって、そのせいで、これまで、あやうく結婚させられそうになるとか、小豆相場に手を染めさせられそうになるとか、ドーバー海峡を泳いで渡らされそうになるとかの、数々の面倒事(一度などは、やくざ関係の人の結婚披露宴でピアノを弾かされることになり、「傷だらけの人生」や「昭和ブルース」の伴奏をして、ネエちゃんのピアノはカラオケよりずっといいと褒められ、破格のご祝儀をもらった私は、ときどき話題になる芸能人の「黒い交際」というやつにどっぷりと手を染めた女である)に巻き込まれたのであるが、このときもまた、相手の言葉の意味をつかみかねたままに、ええ、とうなづいてみせると、あら、と黒い影がいままでとは色調の違う声をあげた」

 プロの作家って、センテンスが長くても、わかりやすく読ませてしまう筆力があるからすごいんですよ。

 逆にそれが個性となって、作者の文章の魅力にもなるのですね。

 個性的な新しい表現の作家を発掘するという趣旨の芥川賞で、その傾向が顕著なように。

 だらだらした長い文章と、きりっと個性的な長い文章との違いはどこにあるのかと思ってしまうのです。

 間違っているかもしれませんが、その理由についていろいろ考えてみました。

 また長くなりそうなので、それはまた次々回。

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