ネットの文章にまつわるエトセトラ
こんにちは。
う~、疲れますた。
自業自得なんすけど…。
最近、いろんな場所へ出かけて行って仕事したり、座談会へ出席したりしていると前回のブログに書きました。
そして、そのついでにプチウォーキングを楽しんでいる、と…。
そのプチ、がだんだんハードなものに変わってきているんですね~。
たとえば土曜日、信濃町へ行ったときは、神宮外苑をぐるっとまわったあと、代々木へ出て、明治神宮のなかをぐるぐる歩き回り、次に原宿へ出て、ここまで来たのなら渋谷へ行こうと道玄坂をくだり、ついでに恵比寿へ寄り、なおかつそのあと自宅まで2時間かけて歩いてしまうみたいな。
そしてその翌日の日曜。八王子まで用事があって行き、市内を歩き回ったあと、夜までハイキング。
月曜日は、仕事で東京都心をテクテク、朝から晩まで歩き回る。
さすがに火曜日、朝起きたらめまいが…。
扇風機の羽根みたいに、視界がぐるぐる高速回転しているのです。
気持ち悪くて、吐きそうになりました。
おかげさまで、少し休んだらめまいと吐き気が改善してきたので、また外へ。
この日は、いろいろ約束があったので結構大変でしたね~。
午後からどしゃぶりだったし…。
このままではやばいと思って、ここ数日は、さすがに自重しています。
それなのに、少しも体重が減らない。
もう、勘弁してほしいっす。
それはともかく、ネタを書かねば…。
さて、前々回のブログに書いたわかりやすい文章を書くために気をつけたいこと。
確か、
● 文章のセンテンスを短く切って、テンポをよくする。
● 主語と述語を明確にする。
● 見やすくするために、思い切って余白のスペースを設ける。
…でしたね。
今日は、もう少しこれを掘り下げてみようかと…。
というのも、ブログやメルマガの文章は、とくに上記の点が重要だと思うのですよ。
なぜならパソコン画面の文章って、本やカタログ、レジュメに書かれた文章より読みづらい。
重要なことが書かれたメールをもらったとき、パソコンの画面で読むより、いったんプリントアウトしてじっくり読む人は結構多いと聞きました。
オイラもメールマガジンをたくさん登録していて、日に何通も送られてくるのですが、あまり記憶に残らないような。
内容がどうというより、パソコンの画面だと読解力が鈍るような気がします。
目も疲れますし…。
それなのに、メールやブログ、ホームページなどが、画面中埋め尽くされた文字の大海原。
読んでいて、おぼれそうな感覚になるのはオイラだけでしょうか。
ネットの文章に関してはとくに、余白は必要かも。
私事で恐縮ですが、オイラのブログも始めた当初は、わりとぎっしりめに書いていたんですよ。
それがだんだんと、ワンセンテンスごとに余白を入れるスタイルに変わっていきました。
実は、ココだけの話。読みやすくて面白いブログを参考にしたんですね~。
それはあの有名な、ブログの女王といわれている「眞鍋かをりのココだけの話」です。
自分のことを「オイラ」という表現も、実はここのまねっ子。
ただ、内容までは真似していませんので念のため。
このブログのコンセプトが、前から面白いな~と思っていたのですが、あとで彼女の書いた本を読むと、ちゃんと考えてやっているのですね。
そのコツとは、読者に対する作者の立ち位置。
最初、天然なのかと思っていました。
実はそれが計算されたものであったとは…。
本人も言っていますが、そのコンセプトが他の芸能人の書くブログとの差別化に大きく寄与しているのですね。
さすが、ブログの女王。
そのあたりのニュアンスを言葉で表現するのは難しいのですが、いずれうまく理論立てて書ければ、と思います。
さて、次に文章のセンテンスを短く切って、テンポをよくするという点について。
主語と述語を明確にした短い文章がわかりやすいのは当然です。
ただ、わかりやすい文章のセオリーに文句をつけるわけではありませんが、終始それだと子供っぽい文章になってしまう。
小学生の作文を例に取ると…
『きのうは、ぼくの学校の運動会でした。ぼくはそれで早起きしました。学校へ行くと、みんなが集まっていました。最初はラジオたいそうをしました。校長先生の話が長いでした。ぼくは徒競走で、ビリから二番目でした。もう少しがんばればよかったと思いました。お昼にはみんなでお弁当を食べました…』
いくらセオリーに適っていると言っても、こういう文章を大人が書くと子供ぶりっ子(←いまや、死語?)してる~と思われるかも。
もちろん、好意的に解釈しての話ですが。
川の流れに棹差すわけじゃありませんが、芥川賞の受賞作なんかは目が飛び出るくらいの長文を使って書かれたものが多いですね~。
たとえば、三田誠広の「僕って、何」。
佳境の部分に差し掛かると、細かい字で書かれた文庫本の1ページ以上、句読点がまったくなし。
ただ言っておきますが、前述の三田氏は、「おいしい文章を書くコツ」として、『なるべくシンプルな、短い文章を書く。意味のとりにくい代名詞は用いない』と言っていますから、芥川賞狙いの確信犯として長いセンテンスを使ったのだと思います。
野坂昭如も、文章のセンテンスが長いという印象がある。
先日ようやく読み終わった奥泉光の「鳥類学者のファンタジア」も。
その中の一節を引用しますと…
「相手が誰であれ、内容がなんであれ、何かいわれると、とりあえずうなずいて同意をしてしまう悪い癖がわたしにはあって、そのせいで、これまで、あやうく結婚させられそうになるとか、小豆相場に手を染めさせられそうになるとか、ドーバー海峡を泳いで渡らされそうになるとかの、数々の面倒事(一度などは、やくざ関係の人の結婚披露宴でピアノを弾かされることになり、「傷だらけの人生」や「昭和ブルース」の伴奏をして、ネエちゃんのピアノはカラオケよりずっといいと褒められ、破格のご祝儀をもらった私は、ときどき話題になる芸能人の「黒い交際」というやつにどっぷりと手を染めた女である)に巻き込まれたのであるが、このときもまた、相手の言葉の意味をつかみかねたままに、ええ、とうなづいてみせると、あら、と黒い影がいままでとは色調の違う声をあげた」
プロの作家って、センテンスが長くても、わかりやすく読ませてしまう筆力があるからすごいんですよ。
逆にそれが個性となって、作者の文章の魅力にもなるのですね。
個性的な新しい表現の作家を発掘するという趣旨の芥川賞で、その傾向が顕著なように。
だらだらした長い文章と、きりっと個性的な長い文章との違いはどこにあるのかと思ってしまうのです。
間違っているかもしれませんが、その理由についていろいろ考えてみました。
また長くなりそうなので、それはまた次々回。
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» 眞鍋かをり に恋をして [眞鍋かをり に恋をして]
眞鍋かをりのことを知らない人っているんですかね?
すごいですよね、特にオシャレです。
眞鍋かをりの出ている雑誌は欠かさずチェックします。
さすが、面白さあふれる眞鍋かをりだね。
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