三田~芝 ウォーキングストーリー
こんばんは。
あれから毎日、ゲップが出るくらい報告書を書きまくっています。
先日は、渋谷に接遇調査へ行ったんですよ。
帰りに道玄坂を下っていたら、おばさんに捕まってアンケートに答えることに…。
アンケートの調査票をやっと書き終え、駅に向かう途中にまたしても別件のアンケートに捕まってしまいました。
忙しければ断わることもできたのでしょうが、もともと好きですからね~。
アンケート欄をびっしり文章で埋め、都合2件で2000円分の図書カードをゲッツ!
帰りに近くの図書館に寄って、件の報告書を書いていたら、なんと「ザ・ダヴィンチ・コード」の上下巻が揃ってあるじゃないっすか。
苦節1年、ようやくオイラもこのベストセラーが読めるのか、と後先考えずに借りてしまいました。
ザ・ダヴィンチ・コードの表紙のモナリザが、早く読んでけろ~とオイラを昨日から誘っている。
やらなければいけない仕事と、前から読みたいと思っていたミステリー。
その優先順位に、これから七転八倒することになりそうです。
それに加え、今月はうちの会社の決算もあったのでした。
実は毎年、自分で決算書を作っているのです。
毎年少しずつ書類が変わったり、書き方の変更があったりして、そっくりそのまま前の年のやり方を真似すると間違ってしまう。
よくわかんないから、これでいいやと思って提出すると、必ず翌日には電話がかかってきて注意を受ける。
毎年、書き方が違うと指摘されていたので、今年も手直しの体制を整えて待っていたのですが、今年は電話がかかってきませんでした。
ホントにあれでよかったのかなと少し不安を抱いている今日この頃です。
ところで先日、夜なべをして作った決算書を税務署に提出した後、自分へのごほうびにウォーキングへ行くことにしたんですよ。
オイラにとって、近所のお散歩という感じですが、仕事モードからお散歩モードに切り替えると、なかなか見所は多いかも。
…ということで、前置きが長くなりましたがお散歩ネタです。
さて、三田と言えば、全国的に有名なスポットがあるのでした。
それは、慶應義塾大学。
慶應の創業の地は、江戸築地鉄砲洲の中津藩中屋敷内で、現在の聖路加国際病院の辺りですか。
明治4年に、現在の三田へ移転してきたらしい。その前までこの土地は、島原藩の中屋敷があったところだとか。
オイラは、慶應には中学、高校時代をを通じて何度か入ったことがあり、わりとノスタルジーを感じる場所です。
入ったといっても、当時の模擬試験の会場が三田キャンバスだったというだけですが…。
しかも、慶應でうけた模擬テストの点数がいつも悪く、オイラにとっては鬼門の印象があったりします。
せっかく三田へ来たので、苦手意識を脱却すべく、しばらくぶりに入ってみることにしました。
慶應の三田キャンバスも、ずいぶん変わりましたね~。
かつて、というか今もあるのでしょうが、「幻の門」と言われていた裏門にビルが建っている。
そこから入ると、ゲートの向こうには、慶應のシンボルとも言うべき、図書館旧館。
慶應義塾創立50周年記念事業の一環として建設が計画され、約3年の歳月を費やし明治45(1912)年に竣工した建物だとか。
ゴシック式洋風建築の壮麗な景観が、歴史と伝統を感じさせますね~。
でも、慶應にはもっと古い建物があるのでした。
それは、三田演説館。
なんと、明治8(1875)年5月1日、日本最初の演説会堂として建造されたらしい。きっと福沢大先生もここで演説されたのでしょう。
うぬぬ、どちらも、国の重要文化財っすか。
それにしても、天邪鬼なオイラは、大学の施設ではなく、江戸時代の藩邸の遺構が残っているかどうかのほうが興味あったりして。
ぐるぐるまわって探してみたのですが、残念ながら確認はできませんでした。
キャンパスのまわりを取り囲む石垣は、後世になってから作られたような気が…。
三田の学生が待ち合わせ場所にしている大銀杏は、たぶん藩邸時代のものとは違いますよね。
あまりセレブではない人間が、キャンパスをうろついていてもつまみ出されそうなので、次の目的地へ向かうことにしました。
次に向かったのは、江戸や明治時代よりもっとさかのぼる遺跡
なんと古墳時代ですよ。
しかも、全長100メートルを超える巨大古墳、芝丸山古墳です。
声を大にして言いたい。
東京でもっとも大きな古墳が、東京タワーの下にあるのですよ!!!
…といっても、知らない人が多いかも。
オイラの友人の何人かに昔聞いてみたことがあるのですが、誰も知りませんでした。
「ふーん。古墳? それが何か?」
…っていう感じで。
だけど、それも無理ないかも。
江戸時代の人たちも古墳には関心がなかったみたいで、当時は土取り場として削られたとか。
「お代官様、お願いでございます。古墳だけは削らないでけろ~」
明治三十一年に調査されたときには、墳頂部や後円部の一部は損失し、中央の埋葬施設も失われ、遺体や副葬品もなかった。
それどころか、広場になっていて茶店もあったらしい。
最近になってこの辺りはまた大きく変わりましたね~。
昔は、古墳の隣にあった、ゴルフ練習場やボーリング場が、高層タワーのホテルに…。
久しぶりに古墳の上に登ってみました。
この辺りは仕事でよく来るのですが、お散歩モードでなければなかなか上までは登らない。
お昼休みの時間。広場のベンチには誰もいませんでした。
たぶんこの辺りに勤めている人で、ここまで登ったことのない人は多いと思いますよ。
勤続30年、同じ場所の会社に通勤しても、通勤経路以外は一切立ち寄らなかったという人を知っていますから。
古墳を降り、東照宮の脇を通って増上寺へ。
するとまた、見慣れない景観が…。
新しくできた広々とした芝生のスペース。
こんなところに、広場などあっただろうか。
なるほど、今は芝公園の拡張工事が行われているのですね。
ここから見る東京タワーはいい。
東京タワーは都内で見られるスポットは多いですが、全体をこんなに近くで見られる場所はそれほど多くないっす。
青々とした芝生越しに眺める東京タワーは新しい発見。絶景スポットがまたひとつ増えましたね。
さて、増上寺へ。
ここの朱塗りの山門は、なかなかの迫力。
この寺は、1590年に徳川家康が江戸入城と同時に、菩提寺と定めたとか。
今も威容を誇る寺ですが、江戸時代は、とんでもないくらい広大な境内を持つ寺であったのもわかります。
ここからも東京タワーが見えますが、本堂の大きな瓦葺の屋根と鉄骨作りの東京タワーとの対比がまた秀逸。
訪れる人も同じ考えなのか、参拝客は皆、同じアングルで写真を撮りまくっていました。
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