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あきる野 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 さっそくですが、皆様は、年をとっても脳細胞が増えるってことを知っていましたか?

 以前は、人間の脳細胞は限られたもので、一生増えないって言われていたそうな。

 140億の脳細胞が、1日10万個ずつ死滅していくのだ、と…。

 それを聞いてしまうと、お年寄りはどんなに努力しても、年には勝てないと思ってしまいますよね。

 ところが最近の研究によると、70歳を過ぎても脳を成長させることは可能らしい。

 もちろん、一定の条件はあるそうなのですが。

 年をとっても脳細胞を増やす方法について書かれた論文はたくさんありますけど、どれもお勧めの方法は共通しています。

 まず、適度な運動。

 やっぱりウォーキングは、一定のリズム運動で脳によい刺激を与え、神経伝達物質を増やすらしいですね。

 私事で恐縮ですが、オイラも新しい冗談を思いつくのは大抵歩いているときでした。

 それから、外出することも大事だそうです。とにかく、外へ出ていろいろな刺激を脳に与えることが必要だとか。

 部屋に引きこもってしまうのが脳細胞にとって一番よくないらしい。

 新しいことにチャレンジすることもいいらしいですよ。

 当然ですけど、頭を使うことも大事なのですね~。

 脳細胞を減らしてしまうネガティブな行動もあるそうなのですが、それはまたの機会に。


 …ということで、以上の脳細胞を増やす条件をすべて満たすのは何か、と考えてみました。

 やっぱウォーキングで外出し、今まで歩いたことのない場所へ行っていろいろ刺激を受ければ、脳細胞はガンガン増えるのかも。


 ということで、前ふりが長くなりましたが、今日もお散歩ネタです。

 お散歩ネタに入るとき、これだけ言い訳を書かなければ入りづらくなったと感じる今日この頃。
 

 今回行ったのは、あきる野市です。

 耳慣れない町の名前だなと思ったら、平成7年に秋川市と五日市町が合併してできた町なのですね。

 合併してもう10年以上になるのですか。おみそれしました。

 それにしても、あきる野って、なんとなく古代の雰囲気の漂うネーミングのような気がしませんか。

 それもそのはずで、あきる野市の「あきる」は、阿伎留(あきる)神社やこの辺りの土地の名称であった秋留郷の“あきる”に由来するらしい。

 阿伎留神社は平安時代、武蔵国多摩郡八座の筆頭にあげられるほどの有名な古社だったとか。

 では「あきる」の由来は?と思って調べてみたのですが、よくわかりませんでした。

 気になりますが、何なのでしょうね。


 それはともかく、桜の花が開きかけた時期に、オイラは、JR五日市線の東秋留駅に降り立ちました。

 駅のホームの先がそのまんま改札。

 そこから踏み切りのある線路を渡らないと町へ出られないのが逆に新鮮な感じがします。

 昔はよくこういうスタイルの駅が多かったですが、最近は駅ビルとかになって少なくなりましたから。

 商店街と呼ぶには寂しいけれど、なんとなくノスタルジックな駅前を抜けて向かったのは二宮神社。

Ts360803

 東京都で最も古いといわれている算額が残されているという由緒ある神社なのですね~。

 境内に接して近くの地域で発掘された遺物を展示している「二宮考古館」がありました。

 無料で、先土器時代から縄文、弥生、古墳時代の石器や土器が見放題というのはうれしい。

 さて、二宮考古館を出て五日市街道を秋川方面に向かって歩きます。

 都内にある天下の国道なのに、道の両側に畑が続くのがこれまたうれしいっす。

Ts360804

 ショッキングイエローの菜の花が咲き乱れ、遠くに奥多摩の山々。

 春を実感しつつ歩いてゆくと、秋川ファーマーズセンターに着きました。

Ts360805

 ここは、地元で取れた新鮮な野菜やきのこなどの農産物、地酒、醤油、こんにゃくなどの特産品を販売しているのですか。

 なかなか斬新なデザインの建物は、昔、晴海にあった展示場を髣髴とさせます。

 ウォーキングのコースにはなかったのですが、そのまま五日市街道をずっと歩き、新築されたばかりのあきる野市役所の前に向かいます。

 そこで、オイラがトッピングした見所は、大塚古墳。

Ts360809

 地図を見ていてたまたま発見したのですよ。

 古墳や城と聞けば、多少遠回りになっても、見逃すわけにはまいりませぬ。

 初めて見る古墳や城は、脳細胞を活性化させます。

 解説板を読むと、ここは王塚古墳とも呼ばれ、高さ6m、周囲は約130mだとか。

 西日本の巨大古墳に比べると、バンタム級くらいの規模ですが、なかなか立派な古墳でした。

 最初見たときは、円墳だと思ったのですが、築造当時は方墳だったと思われているらしい。

 そういえばちょっと角ばった部分があるような。

 市役所のすぐ近くなので、新興住宅地が造成されていたり、コンビニやファストフードの店が新しく建ったりと、これから数年で様変わりするでしょうね、この辺りは。


 五日市街道を再び戻り、本来のコースの秋留台公園へ。

Ts360810

 ここはさすが都立公園だけあって、10ヘクタール以上もある大規模公園。

 中央広場に設置された樹氷型噴水と全天候型第三種公認競技場が売りなのですか。


 行った日は、公園の中に植えられた桜の木が五分咲きから七分咲きといったところでした。

Ts360816

 今年は梅を見逃したので、桜の花をバシバシ、ケータイのカメラで撮りまくりです。

 陸上競技場の芝生の観客席の近くで咲く花がきれいでした。

Ts360813

  公園を出て、都立秋留台高校のグラウンドのそばを通り、しばらく行くと草花公園。

Ts360818

  野球場があり、それを取り囲むように緑あふれる公園が広がります。

 草花公園なんて、そのものズバリというか、あんまり考えてないネーミングかと思ったら、このあたりの地名は「草花」というのですか。

 これから向かうのは、草花丘陵。

 今日は長くなったのでこの先は次回に続きます。

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祝出版決定~♪ 脳こうそくの内科的治療って、どんなことするの? 医師と女子高生の会話から

 こんにちは。

 お久しぶりです。

 今日は皆様にご報告があります。

 AYAちゃんの「世界一やさしい脳卒中の話」が、出版されることになりました~♪

 
 これも、いつも訪問してくださる皆様のおかげと、深く、お礼申し上げます。

 イラストや写真、グラフなどを駆使して、もっとわかりやすくしたいと思うので、発売まで多少時間がかかるかもしれません。

 完成しましたら、ご報告させていただきます。

 ひとつだけ心配なのは、AYAちゃんが自分のイラストを見て、「もっと可愛く描いて!」と何度もダメ出しされるのではないかということですが…。


 それはともかく、ホントにありがとうございました。

 これからもよろしくご指導いただけましたら幸いです。


 …ということで、浮かれ気分のまま「脳の病気シリーズ」です。

 この「脳の病気シリーズ」。

 ほぼ月一回のペースでお送りしています。

 前回は「脳こうそくの治療ってどんなことするの?」という話題を取り上げました。

 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に前回、前々回の「心と体」のカテゴリにある記事をお読みいただければ幸いです。

  今日はその続きです。
 
 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。

 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。
 
 
 前回、「脳こうそくの治療法」について勉強したAYAちゃん。

 今日は、前回に引き続き、「脳こうそくの内科的治療法」が話題になります。

 それでは…


< 脳こうそくの内科的治療治療はどんなことするの? >


● AYAちゃん「なるほど、脳こうそくの治療が急がなければいけない理由がよーくわかりました。ほかにはどんな薬を使うんですか?」


 さっき言った脳のむくみを取る薬だね。脳こうそくになってからある程度時間が経つと、血液が詰まったところの周辺は血液の循環が悪くなって、むくみが出てくるんだ。


● AYAちゃん「むくみが激しくなると、頭の中ですし詰めの状態になった脳は、脳幹のまわりのすき間へ逃げ込むんでしたっけ」


 そう。脳幹は生命中枢のあるところだから、そこが圧迫されてやられてしまうと、重い意識障害や呼吸障害をきたしてしまう。この状態を脳ヘルニアといってとても危険な状態なんだ。

 だから脳がむくまないようにするのは、大切なことなんだよ。とくに脳塞栓症は、心臓などから流れてくる血のかたまりがいきなり脳の血管をふさいでしまうから重症になることが多い。


● AYAちゃん「いきなり空からヘリコプターが落下してきて前面交通止めになるんでしたっけ」


 そうだよ。だからまわりの血管に『抜け道』や『回り道』ができていないことが多く、広い部分が脳こうそくになってやられてしまうんだ。そんなときは脳のむくみがとても強く出る。病状の進行が早い心原性脳塞栓症では、これが原因で死んでしまうこともあるんだ。


● AYAちゃん「うーん。顔や手足がむくむってよくあることですけど、脳のむくみは命取りになるんですね。ほかにはどんな治療をするんですか?」


 さっき、脳の血管に詰まった血のかたまりを溶かす治療をするって言ったよね。だけど血液が固まりやすい状態になっていたら、また血のかたまりができて再び詰まってしまう。そうならないために、血液が固まりにくくする薬を使うこともあるんだ。


● AYAちゃん「なるほどわかります。いつだったか兄貴が笑いすぎてあごが外れたことがあったんですよ。それで病院へ行ってあごの骨を元に戻してもらって家に帰り、兄貴と一緒にまた大笑いしたら、またあごがはずれて大騒ぎになったみたいな…。やっぱり日頃から大口開けて笑う原因をなんとかしなければいけないんですよね」


 エヘン。あごじゃなくて話を元に戻すけどいいかな。この血のかたまりができないように予防する療法を、むずかしい言葉で抗血栓療法って言うんだ。これには病気のタイプや血液の固まり方の違いによって薬を使い分ける3つの治療法があるんだよ。


● AYAちゃん「むずかしい話になってきたぞ」


 ごめん。じゃあ、簡単に触れるだけにしておこうか。脳塞栓や脳血栓の原因となる血のかたまりは、それぞれの病気によってでき方が違うんだ。血のかたまりのもとは、血液の中のフィブリンという成分と血小板なんだけど、それらを固まりにくくする薬もまたそれぞれ違うんだよ。


● AYAちゃん「同じ脳こうそくといっても、病気によって使う薬が違うんですね」


 そう。だから最初の診断でしっかり病気のタイプを見きわめて、慎重に処方しなければいけないんだ。


● AYAちゃん「やっぱり薬の種類や量を間違えると大変なことになるんですよね」


 血液を固まりにくくして血栓を防ぐ薬を抗血栓薬というんだけど、出血しやすくなる副作用があるんだ。


● AYAちゃん「じゃあ、ちょっとケガでもしたら、血が止まりにくくなるんですね」


 ほかにも鼻血が出たり、胃や腸から出血したり、皮膚が内出血しやすくなったりする。薬を使うとき、検査を繰り返しながら慎重に量を調節する必要があるね。


● AYAちゃん「前に聞いた血のかたまりを溶かす薬や脳のむくみを取る薬も副作用はあるんですか?」


 血のかたまりを溶かす薬も出血が起こりやすくなる。それから脳のむくみを取る薬は脱水症状が起こりやすくなるから、使うときはどちらもしっかり体の状態をチェックしなければいけないね。


● AYAちゃん「そうか、『良薬口に苦し』、『人生楽ありゃ苦もあるさ』ですもんね」


 何、それ? ときどきわけのわからないこと言うなあ。そのほかには、血液が濃すぎると血液の流れが悪くなって固まりやすくなるよね。だから血液を薄めて流れをスムースにする薬を使うこともある。それから脳全体を活性化して、消費する血液量や酸素量を増やしてやる薬を使うこともあるよ。


● AYAちゃん「ふーん。薬を使ったいろいろな治療法があるんですね」


 おっと、それから忘れちゃいけない薬があった。まだ新しい薬なんだけど脳保護薬って言うんだ。脳の血管が詰まるとほんの数分でその先の脳細胞は死んでしまうよね。

 この薬は、死にかけた脳細胞を保護する目的で作られたんだ。言い換えれば、死にかけてだんだん衰えてきている脳細胞を生き延びさせようというわけだよ。血液の流れが滞っても、脳細胞が生きている時間が延長できれば、血栓溶解療法で血液の流れを再開し、息を吹きかえさせることができるからね。


● AYAちゃん「脳細胞が死なないように救急処置をするんですか?」


 その仕組みはちょっとむずかしいから触れないけど、脳のダメージを最小限にとどめることができるんだ。だから片まひや言語障害、視覚障害などの後遺症を減らすことができるんだよ。


● AYAちゃん「それはすごい。でもやっぱり脳細胞が死なないうちに病院へ運ばなければ、そんなすごい薬も使えないんですね」


 そうだよ。付け加えれば、倒れてから3時間以内に脳血栓療法ができる脳の専門医のいる病院へ、だね。

( 一ヵ月後に続く )

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大利根川のほとり関宿 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 今日も性懲りもなく、お散歩ネタで行きまっす。

 こう毎回、お散歩ネタばかりだと、ビジベンは仕事をしないで始終その辺をほっつき歩いているような感覚にとらわれるかもしれませんね。

 でも、遠めのお散歩へ行くのは、せいぜい月1~2回ですので念のため。

 今回の「関宿」も、行ったのは2月のはじめの寒くて風の強い日でしたし…。 

 4月になったら、またビジネスネタにも再チャレンジしたいと思っているのですが、毎日、仕事やモニターでビジネス文書を作っていると、ネタにするには気合を入れなきゃならない部分もあったりして。

 と思ったら、もう4月なのでした。

 ホント、最近はとくに時間が流れるのが早いと感じます。

 どうして周りの人たちが、こんなに年取ってるんだろうと思ったら、お前もだ!と言われてしまう今日この頃。


 それはともかく、お散歩ネタでした。

 ところで、皆様は「関宿」という街をご存知でしょうか。

 そんなえらそーに言うオイラも、名前だけは知っていましたが、実は、地図でどこ?と聞かれると、頭をひねってしまう街。

 オイラがどうして、関宿という街の名前を知っていたかというと、橋幸夫の「潮来笠」です。


 ♪ 潮来の伊太郎 ちょっと見なれば 薄情そうな 渡り鳥~♪
   それでいいのさ あの移り気な 風が吹くまま西東
   なのにヨー なぜに眼に浮く 潮来~笠 ♪

 これが歌の一番。

 そして三番の歌詞は、


 ♪ 旅空夜空で いまさら知った 女の胸の底の底
   ここは関宿 大利根川へ~♪


 この歌は、橋幸夫のオリジナルよりも、ザ・ぼんちのおさむちゃんの物まねのほう
で歌詞を覚えたかもしれませんが…。

 それと、やはり城好きということで、関宿城という単語が頭にインプットされていたのかも。

 ちなみに江戸時代の城主は、久世大和守広之(くぜ やまとのかみひろゆき)が知る人ぞ知る存在。 

 江戸幕府の老中として腕をふるった名君として、有名なのでした。

 オイラの持っている歴史上の有名人の名言を集めた本にも、人格者の殿様として紹介されていましたっけ。

 そこまで街の名前に反応していたものの、ここはまだ行ったことがないのでした。

 理由としては、あまり交通の便がよくないからです。

 千葉県の最西北端、利根川と江戸川の分岐点近く。二つの川に挟まれた袋小路のような土地。

 JRはもちろん、私鉄の駅からもかなり離れている。

 東武野田線川間駅からバスで約25分。東武動物公園駅からも、バスで約30分も乗らなければならない。

 ところが、今はこんなに交通の便の悪い場所なのですが、江戸時代は「潮来笠」でも歌われるような繁華街でもあったそうな。

 今回は、その謎に迫ってみたいと思いまする。

 前置きが長くなりましたが、東武動物公園駅を降り立ったオイラは、駅前で待つバスへと乗り込みました。

 そこから、30分のバスの旅です。 

 埼玉県の幸手市から関宿橋を超えると、遠くに関宿城博物館が見えました。

 なんか、畑の中にポツンとお城だけある雰囲気。

 とてもここが、江戸時代老中を務めた大名の城下町とは思えませぬ。

 町の中を貫通する国道のバス停で降りました。

 バス停から程近いところにある光岳寺は、徳川家康の母、お大の方の菩提寺として知られます。

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  葵の紋の入った門が印象的でしたね~。

 それにしても、二つの大河に挟まれた土地にあるためか、風が強い。近くの畑の乾いた土が舞い上がり目に入ります。

 下を向きながら歩いて向かったのが、同じく国道沿いにある鈴木貫太郎記念館。

Ts360698

 鈴木貫太郎は、日本史の教科書にも載っている終戦当時の総理大臣とか。

 オイラは、名前だけは知っていましたが、関宿出身とは知りませんでした。ちなみに鈴木貫太郎の父親は元関宿藩士。

 海軍の軍人や昭和天皇の侍従長を勤めたあと、77歳で総理大臣に就任。戦況の悪化した終戦間際で、天皇から直々に頼むと言われて引き受けたそうな。

 鈴木貫太郎記念館の前に伸びる広い通りを歩いて、実相寺へ向かいます。この辺りは、旧城下町で寺が多いですね。

 実相寺の庫裏は、関宿城の新御殿を移築した建物だそうです。御殿が残っているのはホント珍しい。

Ts360699

 ここには、さきほど触れた鈴木貫太郎のお墓もありました。有名人としては質素ですが、それがまた無骨な人柄を感じさせます。

 次に向かったのは、宗英寺。

Ts360703

 関宿初代藩主松平康元が建立した寺で、当時の門がそのまま残っておりました。畑に囲まれた墓地が、なんとも風情のあるお寺です。

 再び、鈴木貫太郎記念館の前に戻り、そこから江戸川へ向かいます。

 途中に、「関所跡記念碑」がありました。関所といっても、道ではなく川の関所とは珍しい。

 なんで、今はのどかな田園になっている関宿が、江戸時代、重要な土地として栄えたのかは、この関所の存在が大きかったとのこと。

 その話はまた後にして、江戸川の土手を歩き、お城を模した関宿城博物館へ向かいます。

 芝生で覆われ、丘のように目の前に立ちふさがる土手に登ってみました。

 ところがすごい強風。

 晴れていて、それほど寒くはないのですが、この風には閉口しました。

 せっかく、見晴らしのいい舗装されたサイクリングロードなのに、とてもまっすぐ歩けそうもなく、土手の下の道をゆくことに。

 しばらく歩いて、独特の臭いがするなと思ったら、なんと牧場があるのですよ。

Ts360708

 牛さんたちが一斉に胡散臭そうな顔でこちらを見ると、なんとなく悪徳セールスマンになったような気分。

 地図で調べてみると、ここはもう立派な当時の関宿城の城内なのですね。

 老中の城も、いまや牛さんたちの楽園ですか。

 江戸川の土手と水田に囲まれた一画に、関宿城の碑がありました。

Ts360709

 当時の城の本丸部分は、江戸川の河川工事のとき、今ある土手の下になってしまったらしい。

 今いる場所から、到底当時の城の面影をしのぶことはできませぬ。

 でも、土手の上に、当時の関宿城を模した天守閣があるのは、なかなかの眺めですな。

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 歴史的にはまったく関係ない建物でも、あるのとないのとでは全然違う。

 関宿城博物館へ入る前に、「関宿水閘門(すいこうもん)」へ行って見ました。

Ts360712

 ちなみに関宿水閘門は、1918年の着工から1927年の竣工まで約10年の歳月を経て完成したもので、利根川と江戸川の分流地点で江戸川の低水流量を調整する施設。

 途中にある中の島公園には、歴史的建造物の関宿水閘門やコブシの木をはじめ多くの木々が植樹されている。

Ts360714

 これは、関東地方で最大級の大コブシだそうな。
 
 さて、まわりを眺めたあとは、いよいよ関宿城博物館へ。

Ts360718

 それにしても、この外観、どっかで見たことがあるなと思ったら、江戸城の富士見櫓を模して作られたものだとか。

 復興の天守閣は、よく小田原城とか浜松城とかに概観を似せて作りますからね。

 …と思ったら、元々関宿城の天守閣は、江戸城の富士見櫓を模して作られたものらしい。

 博物館の中は、近代的な作り。

 ここでは、大江戸の繁栄に利根川、江戸川の舟運がいかに重要であったかよくわかりました。

 そして、江戸時代、関宿がどうして重要な場所だったのかも。

 東北地方から運ばれた物資を、房総半島をまわって江戸湾に運ぶのは、航海術が未熟な当時ではなかなか危険な作業だったとか。

 房総半島沖は、太平洋の荒波がありますからね。

 そこで、房総半島沖を経由せず、利根川から物資を運びいれ、ここ関宿でヘアピンカーブを描いて江戸川へ。

 江戸川から、江戸の町へ物資を安全に運び入れたのですね~

 そしてちょうど、利根川から江戸川へ入る辺りに、川の関所を設けて管理した。

 今は、そんな遠回りをしなくても、東北の物資はさまざまなルートで東京へ送ることができる。

 それと同時に、関宿の使命も薄れて行ったのですか。

 博物館の最上階の展望室からの眺めは素晴らしかったです。

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 ふたつの大河に挟まれた緑の土地。遠くには筑波山。

 せっかくここまで来たのだからと、利根川をこの足で越えてみようと思いました。

 境大橋を渡り、茨城県の堺町へ。

Ts360730

 利根川はさすが坂東太郎ですな。

 迫力がちょっとほかの川とは違いまする。

 風が強くて、橋の欄干のそばを歩くのは少し怖かったのですが、その雄大さを満喫しました。

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