田無の公園めぐりと多摩六都科学館 ウォーキングストーリー
こんにちは。
しかし…、暑いという言葉すら口から出ず、放心状態のまま一日を生き長らえる今日この頃。
ケータイのテトリスをやっているときだけ、暑さを忘れることができるという感じです。でも、炎天下のテトリスは、汗が目に入って画面が見えない…。
前ふりが思いつかないので、今日もいきなりお散歩ネタ。
2週間ごとに出かける西武新宿線沿線シリーズ、今回は田無を旅してみたいと思いまする。
でも、街を歩いていて住居表示を見たら、「西東京市」となっていて、エッ?と立ち止まりました。
そういえば、田無市と保谷市が合併して、西東京市になったのでしたね。合併したのはかなり前みたいですが、近隣の住民でないと実感できないのかも。
田無と保谷という、どちらかといえばローカル色がうかがえるネーミングも好きだったのですが、西東京というと一気にビルが建ち並ぶ都会のイメージになったような。
確かに、田無の駅前は、巨大なショッピングセンターができて、田無というネーミングがそぐわなくなっていたのでした。
ところで田無のネーミングの由来は、いろいろな説があるらしい。
一般的には、かつて水が乏しい荒地であったために田ができず,畑ばかりであったところから「田無」という地名ができたそうな。
室町時代末期の後北条氏の文書に、その名があるそうなので古くから「田無」と呼ばれていたのですね。
田無の歴史を調べてみて、明治の初め頃、ほんの数年のうちに、韮山県になったり、品川県になったり、入間郡になったり、神奈川県になったり、したことがわかりました。
どの土地でも、そうなのだと思いますが、明治初頭がかなり混乱した時代だということが、このことからも伺えます。
当時もそうだったのかもしれませんが、これだけ短期間に住居表示が変わったらキレる人がいるかも。
それはともかく、駅の北口から、ショッピングセンターの近くの小道に入ります。
この小道は、「ふれあいのこみち」と言うらしい。
古い住宅やアパートの軒先を歩き、青梅街道と谷戸街道の交差点の近くにあるのが、田無神社。
ここには、江戸時代を代表する名工が彫刻をほどこした本殿があるとのこと。
確かに、扉や壁板、脇障子のいたるところにある彫刻は、一見の価値あり、でしたね~。
ちなみに、この本殿は都の指定文化財。
大イチョウや参道のけやきなど、古くからこの地域の人たちの信仰を集めてきた風格が感じられました。
境内で注目したのは、土俵があること。
この土俵の銘は「大鵬」と言って、この神社にゆかりの大鵬親方が開いたものだそうです。
さっそく、不知火型の土俵入りを、と思ったのですが、シートが掛けられていたし、勝手に入ると叱られそうなので自重しました。
谷戸街道を挟んで反対側にあるのが、総持寺。
明治時代の初期、前身の西光寺が近くの密蔵院、観音寺を吸収合併してできた寺らしい。
総持寺というネーミングも、三つの寺からなることから「総じて持つ」の意味でつけられたとか。
そんな古い時代にもM&Aがあったとは。
ちょっとニュアンスが違うかもしれませんが。
こちらのお寺の境内にも、立派なケヤキやイチョウがあり、歴史を感じさせました。
総持寺から「やすらぎのこみち」を歩いて、東大農場へ向かいます。
ここは何度か訪れたことがありますが、住宅街の真ん中に北海道の牧場の風景があると言ったらいいでしょうか。
東大農場と言われていますが、正式には、「東京大学大学院農学生命科学研究科付属農場」という舌を噛みそうな名前がつけられているのでした。
先日、新聞を読んでいたら、東大農場の移転が取りやめになったという記事が目に留まりました。
都内で、広大な牧場風景を見ることができるのですから、近隣の住民じゃなくてもうれしいニュースですね。
でも、正門から入ろうとしたら、扉が閉まっているんですよ。
なんと、土日と年末年始が休みみたい。
研究施設なので、遊び場じゃないですからね。
仕方ないと思いつつも、平日だけの開放では、サラリーマンは定年退職するまでこの素晴らしい景観を味わえないかも。
農場はなんと、22ヘクタールもあって、桜並木、ポプラ並木、果樹園、水田、牧草地やサイロ、牛舎などがあって雄大な気分に浸れるんですけどね。
是非、仕事でストレスがたまっているサラリーマンの人たちを入れてあげてほしいと思いました。
仕方ないので、脇の東大農場通を歩き、塀越しに中の景色を写真に収めました。
谷戸街道に出て北上し、次に向かったのが「発想の森」。
それほど広くないけれど、ここは住友重機工業が工場の敷地の一部を一般公開した公園です。
静かで誰もいないから、ゆっくり思索にふけるのも悪くないかもしれません。
オイラがベンチで新しい企画の発想をしようと思ったら、蚊の大編隊の集中砲火を浴びて撤退を余儀なくされましたが…。
道をはさんで反対側にある公園が、谷戸せせらぎ公園。
起伏があって、見晴らしがいい公園でした。園内を小さな小川が流れ、まさに谷戸という感じでした。
谷戸とは、丘陵地の谷間にある低湿地という意味でしょうか。昔、このあたり一体は「トトロの森」のような自然が広がっていたかもしれませんね。
そして、そこから歩いて数分のところにあるのが、「西東京いこいの森公園」。
この公園は、平成15年に開園した新しい公園で、旧保谷市と旧田無市が2001年1月に合併して西東京市が誕生したのを記念して作られたのだとか。
もとは、東京大学の原子核研究所のあった場所で、 広さ約4.4ヘクタールもあるとのこと。
行った日は、広い原っぱで家族ずれがキャッチボールをしたり、バーベキューをしたりして楽しんでおりました。
それはともかく、原子核って何?と記憶を呼び覚まそうとしても、もともと物理の知識は空っぽ。
「あぽ~ん」という響きだけがいつまでもむなしく反響するのでした。
気を取り直し、住宅街をひたすら歩き、次の目的地の「西原自然公園」へ。
この公園は、雑木林の中の小道がいい風情ですね。
市内最大の雑木林だそうで、その森閑とした雰囲気が落ち着きます。
自然林、武蔵野の森、いこいの広場で分かれているのですが、東屋で静かに読書でもしたら、心が癒されそう。
なぜか、蚊が少ないのも好感がもてました。
こちらの蚊は、グルメだからオイラの血には興味がないのかも。
蚊から追いかけられなくても、複雑な心境。
その疑念を振り払うように、最後に向かったのが今日のメインイベント、多摩六都科学館なのでした。
行く途中、とてつもなく高いタワーに遭遇しました。
オイラの持っているガイドブックにも載っていないこのタワーは何?
聞いてないよ~、とダチョウ倶楽部の往年のギャグを思い出しましたが、あとで調べてみるとそのものズバリ「田無タワー」というらしい。
正式には、「スカイタワー西東京」と言うらしいのですが…。
高さ195メートルで、タワーとしては東京タワー、福岡タワーに次いで堂々たる全国3位。
東京、福岡というメジャーな大都会の次に、田無っすか。これはすごい。
このタワーは、マルチメディアタワーとして作られたとか。様々な無線利用者がアンテナ設置のためのスペースや無線機室を共同で利用できる施設なのですな。
でも残念ながら、一般の人は登れないみたいです。まわりに高層ビルがないから絶景なのは間違いないと思うのですけど。
そして目指す多摩六都科学館は、田無タワーの下にありました。
六都とは、小平市、東村山市、田無市、保谷市、清瀬市、東久留米市の6市が共同で開設したのでその名が冠せられたもの。田無市と保谷市は合併して西東京市となっても、五都では言いにくいから、そのままにしたのでしょうか。ちなみにオープンは、1994年6月とか。
パッと見は、サイエンスエッグと呼ばれる直径27.5メートルの巨大なドームが目を引きます。
この中で、プラネタリウムや全天周映画が見られるのですね。
「宇宙の科学」、「生命の科学」、「生活の科学」、「地域の科学」、「地球の科学」の部屋があって、それぞれ体験型の展示が行われておりました。
オイラ的には、宇宙の科学の部屋が面白かったです。
原寸大のスペースシャトルの前方部の模型があって、その大きさを体験できるとか。
子供用のやさしい解説だったのですが、科学の苦手なオイラにはちょうどいいレベルかも。
反射神経の速さを調べるゲームでは、平均よりちょっといいくらいの点数。
かつて、もぐら叩きゲームで一世を風靡したオイラとしては、再チャレンジを誓って科学館をあとにしたのでした。
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