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房総風土記 ウォーキングストーリー with 世界一やさしい脳卒中にならないための本

 こんにちは。

 さっそくですが、お約束の…

 「世界一やさしい脳卒中にならないための本」。

 皆様のおかげで、いろんな書店で見た!というリアクションをいただき、とても喜んでおります。

 まだ、未確定情報なのですが、新聞社が取材にいらっしゃるとかいう噂も耳にしました。オイラじゃなく、監修の先生のほうへ、みたいですけど…。

 それはともかく、今後ともよろしくご指導いただけましたら幸いです。

 さて、今日は久しぶりのお散歩ネタ。

 お盆休みに行ったところなので、そろそろ書かないと季節感がメチャクチャになりそう。

 残暑が長く続いていましたが、ようやく秋の気配がチラホラ、漂ってまいりましたからね。

 …ということで、お盆休みのとんでもなく暑い日の朝、オイラはJR成田線の安食(あじき)という小さな駅に降り立ちました。

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 ここではありませんが、確か熊谷あたりで摂氏40.9度という日本の観測史上最高の暑さを記録した日だったと思います。

 とにかく、暑かったっす。

 でも、そんな悪条件でも行ってみたかったのが、「房総風土記の丘」。

 図書館でウォーキングのガイドブックを何気に見ていて、矢も盾もたまらずに行ってみたいと思ったのです。

 風土記の丘というネーミングもロマンチックですが、なんでも古墳群の丘と江戸時代の村とのコラボが味わえるらしい。

 しかも、方墳としては日本最大級の「岩屋古墳」もあるとか。

 歴史散歩をこよなく愛するオイラとしては、今まで行かなかったのが不思議なくらい。

 そこで、熱中症で倒れる危険を冒してまで行ったのですね~。

 JR成田線は、成田から我孫子まで通っているのですが、実は初めて乗りました。

 田んぼの稲穂が地平線まで続き、とても首都圏にいるとは思えない風景。電車に乗りながら、駅前にコンビニはあるのだろうかと心配になりました。

 安食というローカル色漂う駅へ降り立って、駅前の国道を見渡すと、ありましたセブンイレブンが…。

 弁当はともかく、水分がないと命にかかわりそうですから。

 おにぎりやパン、生命線のペットボトルのお茶を買い込み、いざ出発です。

 なんか、これから、らくだで砂漠をこえなきゃいけない隊商になったような気分っす。

 北口のロータリーから、さわやか通りへ。

 歩道が広くて街路樹もあるので、春や秋なら確かにさわやかなのでしょうね。

 だけど、見渡す限りの田んぼの中を一直線に通じる道路は、日陰がまったくない。

 40度を越える暑さと強烈な日差しがオイラを直撃します。

 このままじゃ、やばいかも、とショルダーバックから折りたたみ傘を取り出して、日傘代わりに差しました。

 もう恥も外聞もない。こんなところで、行き倒れるわけにはまいりませぬ。

 左手に雨傘、右手には以前、街を歩いているときもらったパチンコ屋の団扇でパタパタ扇ぎながら目的地を目指しました。

 汗が目に入り、何度もハンカチ王子のように青いハンカチを取り出して拭きつつ、ようやく最初の目的地、多宝院へ到着。

 境内の日陰で一休み、と行きたいところでしたが、立ち止まると汗がドバッと噴出すので、すぐ次の目的地へ向かうことにしました。

 小学校の裏の道を通り、農家が並ぶ道をずんずん行くと、そこは龍角寺。

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 一見、何の変哲もないお寺のように見えたのですが、解説板を読むとこのお寺はただ者ではないぞ、と思いました。

 竜女が現れて、一夜のうちに諸堂を建てたという伝説はともかく、それが709年というから、関東でも指折りの古い寺院なのは間違いない。

 ご本尊の薬師如来様は、白鳳時代のものだとか。今、関東で同時代の仏様が現存しているのは、深大寺のご本尊くらいだそうですね。

 ただ、国宝ではなく重要文化財なのは、白鳳時代の部分が頭部だけだからみたい。

 そういえば、日本で最も古い仏像と言われる飛鳥大仏も、当時のものは頭部だけだし、白鳳時代を代表する仏像の興福寺仏頭も残っているのは、頭部だけ。

 それだけ残るのは何か、恣意的な理由でもあるのだろうかと考えてしまいました。

 また境内には、金堂や三重塔、仁王門の礎石が残っておりました。

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 当時は大伽藍だったのがわかります。

 のどかな農村地帯だったから、礎石のまま残ったのでしょうね。立派な復元された建物もいいですが、礎石のままずっと長い間残されてきたのもまた風情があって、当時をイメージできる楽しみがあります。

 龍角寺を出て、いよいよ房総風土記の丘へ向かいました。

 パイパスのトンネルを抜けると、そこは白鳳道。

 龍角寺から一直線に伸びているのですが、道の左右にゴルフ場のコブのように見えるのがなんと古墳。

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 西日本のある巨大古墳のような圧倒的な大きさはないのですが、100を越える古墳が連なるさまは圧巻でした。

 しかも、前方後円墳や円墳、方墳などバラエティに富んでいる。

 わ~、古墳の宝石箱や~とオリジナリティーのないコメントを発してしまい、オイラにはグルメリポーターは無理だと感じる今日この頃。

 それはともかく、今はのどかな田園風景ですが、この場所は古代の要衝だったのでしょうね。

 でも、さすがに朝から35度以上の気温なのに歩き詰めでバテました。

 するとちょうどいいところに、風土記の丘資料館があるじゃないっすか。

 冷房がきいているみたいなので、何はともあれ緊急避難することにしました。

 オイラのガイドブックには無料と書いてあったのに、入館料300円かかりましたが、そんなことでブーブー言っている余裕はありませぬ。

 入ると、冷房が効いていてスーッと汗が引いてゆくのがわかりました。

 まさに、極楽。

 中には、県内の遺跡から出土した原始、古代、中世の遺物が多数展示してありました。

 ここは、館内展示だけではなく、古い建物を移築した屋外展示も充実しているのですね。

 もらったパンフレットを見ると、江戸時代の農家や武家屋敷、商家が広い園内に散在しているような。

 これは絶対見なければなるまい。

 …と、突然ですが、ここでコマーシャル。

 女子高生彩ちゃんが脳卒中の謎に挑む

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 好評発売中!

 ?????

 「だけども だっけぇど、途中でCMなんて、お前のブログは民放か?」って言われそう。

 でも、そんなの関係ねぇ! そんなの関係ねぇ~!

 ハ~イ  オッパッピー ♪ 

 チントンシャンテントン ・チントンシャンテントン


 暑くて頭がオッパッピーになったものの、小島よしおに元気をもらったオイラは、再び、炎天下へ出撃しました。

 ここは体験型博物館でもあって、勾玉や土器作り、組紐作り、浮世絵の摺り、千代紙ろうそくや張り子の絵付けなどが体験できるみたい。

 上総や下総、安房など今の千葉県にあたる地域の古い農家が移築されていました。

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 こういう展示は、先日、小金井や小平へ行ったときも体験済みですが、ここはまわりが水田や畑なんですよ。

 リアルな江戸時代の農家を訪れるような実感がありました。

 また滅多に見られない実際粉をひく水車小屋や農村歌舞伎の舞台もあって、なかなか興味深かったです。

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 そしてオイラがもっとも注目したのが、武家屋敷。

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 これは古い建物ではなく、当時の佐倉藩の武家屋敷を再現したものでしたが、「たそがれ清兵衛」や「武士の一分」の主人公が暮らす家みたいで面白かったです。

 この屋敷は、90石取りの中級武士の家を再現したものらしいですが、建坪はそれほど大きくないものの、庭に畑もあったりして暮らしやすそうでしたね。

 映画なんかでは、貧乏な武士がまき割りをしているシーンがありますが、まさに同じ場所に、まき割りの木が置かれていたりして、イメージが膨らみました。

 宮沢りえや壇れいが現れそう。

 武家屋敷の隣にあるのが商家の町並み。

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 商家16棟と地蔵堂、辻広場、稲荷の境内などで構成されているそうな。

 映画の宿場町のセットみたいで、素浪人月影兵庫がどこからともなく現れそうな雰囲気です。

 しかも、商家では実際、お菓子やお茶、瀬戸物、紙、細工などが販売されていたり、その作り方を体験できたりするコーナーもありました。

 それぞれの商家の2階は、その商品のミニ博物館にもなっているのですね。

 一軒ずつ見学したのですが、冷房が効いていないので我慢比べ大会みたいでしたが。

 有料エリアを出て再び古墳群の道をたどり、無料エリアにある旧御子神家住宅と旧平野家住宅へ。

 どちらも江戸時代、千葉県内に建てられた中級農家と名主の屋敷でした。

 次に向かったのは、明治32年、東京の四谷に建てられた「旧学習院初等科正堂」。

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 明治の洋風学校建築の代表的なものとして重要文化財に指定されているとか。

 中にも入ることができて、ただっ広いフローリングの床と演壇に当たる部分に重々しい柱があるのが印象的でした。

 当時の学習院の権威が感じられましたね~。

 広い前庭を通り、次に向かったのが「復元古墳」。

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 正式には、龍角寺古墳101号墳というらしいですが、当時の古墳の様子が再現され、263個の埴輪が見事に配置されていました。

 ちゃんと理由があるのだと思いますけど、当時の人たちの思いにしばし時を忘れて見入ってしまいますね。

 そして最後に向かったのが、古墳群のなかで最大、方墳としても最大級の規模を誇る「岩屋古墳」。

 一辺の長さが80メートル、高さが13メートルもあるのですか。

 7世紀末のものと言われ、南側にふたつの横穴式の石室があるのは珍しいですね。

 でも残念ながら、崩落の危険があるということで、ひとつには青いビニールシートがかけられていました。

 下総松崎駅へ向かう帰りの道にあったのが、坂田ガ池。

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 まさに風土記の郷愁を誘う風景かも。

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世界一やさしい脳卒中にならないための本、お買い物ツアー in 池袋、新宿、神田、東京

 こんにちは。

 せっかく涼しくなったと思ったら、また暑さがぶり返してきましたね。くれぐれもお体にはご自愛ください。

 さて、先週発売されました、女子高生彩ちゃんが脳卒中の謎に挑む

世界一やさしい脳卒中にならないための本」。

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 今回の本が大手の書店に並ぶという13日の木曜日、都内をぐるぐるまわって、店頭に足を運んでみたんですよ。

 そこで、ここのところずっとお散歩ネタでしたが、今日は番外編。

 「世界一やさしい脳卒中にならないための本。 お買い物ツアー~♪ in 池袋・新宿・神田・東京編」のネタで、お茶を濁そうか、と。

 でも最近、都内では新しいコンセプトの大規模書店が次々に登場していますけど、その中身をいろいろ比べてみるのも楽しかったですよ。

 …ということで、オイラがまず向かったのは池袋。

 つい先日も、ビックカメラとヤマダ電機の「池袋決戦」の戦場としてブログでご紹介したばかりでした。

 ここもまた都内屈指の書店があるんですよ。

 それは、西武南口そばのジュンク堂池袋本店。

 かなりの規模のビル全体が本の売り場になっていて、木製の温かみのある本棚とゆったりとしたフロアの雰囲気がいい味を出しています。

 置いてあるかな~と、ちょっぴり不安になりましたが、二階の家庭医学書のコーナーに足を踏み入れたらすぐ見つかりました。

Photo

 この書店は、入り口の広い空間を除けば、売り場に平積みをしない方針みたい。

 っていうか、平積みをする台自体ありませんでしたが。

 本棚に、本の表紙を見せる形で十冊ほど並べられていました。

 最近の書店の傾向として、ゆっくり座って本を選べるように、売り場に椅子が置いてあります。

 せっかくだから読んでいこうかと思いましたが、時間がないので本を一冊手に取ると一階のレジに。

 ビル全部が売り場だから、レジを一か所に集中できるのですな。レジがたくさんあるから、それほど並ばずに本を購入できるのでした。

 本をバッグに入れ、次の書店へGO!と向かったのは、駅の反対側。

 池袋ウエストゲートパークの近くにあるメトロポリタンプラザ7階にある旭屋書店池袋店です。

 ここは、ビルの中のテナントという形ですが、床面積が広~い。

 一目で、どこにどんな本があるのか見渡せそう。

 でも、はるか彼方の看板を読むには、かなりの視力を必要としそうですが。

 いろいろ面白そうな新刊書がたくさん並んでいましたが、今回、オイラが目指す本はただひとつ。

 広い店の中心近くにあるブースが、家庭医学書のコーナー。

 こちらも、「脳卒中にならないための本」はすぐ見つかりました。

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 いわゆるポップ広告なのでしょうか、旗といいますか、幟?みたいな目印が本のそばに立っている。画用紙にコピーしたような手作り感が泣かせます。

 せっかく、ポップ広告を立てていただけるなら、もう少し目立ったほうが、という思いが少し頭の中をかすりましたけど、もちろんそんな贅沢なことを言ったらバチが当たりますね。

 目立つ、手に取りやすい場所に、平積みで置いていただいて感謝です。

 店を出ると、駅の近くのガストで、一番安いランチセットで腹ごしらえ。

 「ドリンクをお付けしますか?」というウエイトレスのおねーたんのささやかな願いを断ってランチをかっ込んだオイラは、次の目的地目指して山手線に乗り込みます。

 次は新宿なのじゃ~

 新宿といえば、都内の書店の老舗、紀伊国屋書店本店が思い浮かぶ方は多いかも。

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 学生時代から、他の書店にはない専門書を買うときはよくここを訪れました。

 だけど、ビルが古くて、エレベーターが来るのを待つのが若干億劫。

 そこで新宿駅東口から地下街を通り、紀伊国屋書店の地下から入ったオイラは、一階で在庫の検索をすると、そのまま六階まで階段を駆け上がったのでした。

 高野山の千日回峰行の行者になったような気が一瞬しましたが、こちらは修行ではありませんので念のため。

 オイラが本の場所を検索した紙をもって、売り場をウロチョロしていたら、気の毒に思った店員のおねーたんが書棚まで案内してくれました。

 おお~♪ ここでも、目立つ場所に平積みで置かれているっす。

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 脳トレの川島教授をはじめ、まわりは有名人ばっかし。

 恐縮です、とまわりに置かれた本の著者の先生方に頭を下げつつ、ここでも本をゲッツ。

 階段を駆け下り、新宿通りに出ると、スクランブル交差点を渡って、はす向かいにあるジュンク堂新宿店へ走ります。

 ここができたときは、老舗紀伊国屋書店の前に出店したということで随分話題になりましたね。

 紀伊国屋が昔ながらの書棚とその前の平積みという陳列方法に対し、この店でもジュンク堂は、木製の書棚でゆったり選んでもらおうという意図が見えました。

 ただ、池袋に比べて床面積が小さいので、書棚の間隔が狭いっす。書棚が高いので、圧迫感もあって、紀伊国屋との勝負は予断を許さないかもしれませぬ。

 新宿三丁目から地下鉄千代田線に乗り、古書のメッカ、神田神保町へ。

 もちろん、古書ばかりではなく新刊書のメッカでもあると思いますが。

 神田の新刊書の書店で一番有名なところは、三省堂本店でしょうか。

 その前に、書店グランデにも寄ってみました。

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 ここでも目立つ場所に平積みで置かれているのを確認して溜飲を下げたオイラは、三省堂のエスカレーターに乗ったのでした。

 ここも平積みですが、少し手に取りにくい場所ですかね。

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 でも、学生時代から通っている書店に自分の本が置かれるなんて、当時は夢にも思わなかったです。

 いつまで、ここに置いておいてくれるかな~なんて、祈りにも似た心境になったのでした。

 さて、今日の最終目的地は、東京駅。

 神保町から地下鉄に乗ってもいいけれど、乗り換えもあるし、駅の構内を結構歩くことにもなるし、何よりお金がかかるし、ということで東京駅まで歩くことにしました。

 本の街神田から、大企業のいかめしい本社ビルが建ち並ぶ大手町をテクテク歩き、やってきました東京駅。

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 前々回の記事で、東京駅もどきの深谷駅の話題を取り上げましたね。

 深谷駅を見たときは東京駅に似ていると思ったのですが、やはり実物は大きいっす。

 駅本体も二階建てから、当初の三階建てに戻す工事が行われるらしい。東京駅より一足早く、その周辺も新丸ビルをはじめ大きく変わり続けているのでした。

 さて、そこにオープンしたばかりの丸善丸の内本店へ。

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 ここに来るのは初めてですが、さすが話題のスポットだけあって、広い店内くまなくお客さんでごった返しておりました。

 そしてすぐ家庭医学書のコーナーに足を踏み入れます。

 おお~、ここも平積みじゃ~

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 しかも、特等席の場所。

 この売り場を訪れる人たちは、自然に、「世界一やさしい脳卒中にならないための本」に手が伸びるような感じがしますね。

 っと、思ったら、目の前で、60歳ぐらいのサラリーマン風の男性が、この本を手に取ったぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~

 そして、前書きや目次を熱心に読み始める。

 おおおおおお~、著者の目の前で本を買うてくださりまっか。

 か、か、か、買うんじゃ~ 買うてくれぇぇぇぇ~!!!!

 と、目の前にあった本を立ち読みするふりをしながら、横目でチラチラ手に汗握って、男性の次の行動を待ちました。

 1分経過

 5分経過、 5分経過~

 10分経過 

 あれ?

 そして、緊張とともに15分が流れた。 ( ← プロジェクトXのナレーションでお願いします)

まさか、立ち読みで読了するつもりか?


 これはいかん、と立ち読みの古典的な対抗策である「はたき」がどこかにないかとあたりを目で探すオイラ。

 丸の内には100円ショップはないかも。

 やはり、八重洲口まで行って、100円ショップで「はたき」を購入すべきだろうか。

 でも、そこにあるという保証はないし…

 と逡巡していたら、店員のおねーたんがオイラを不審気な顔で、チラチラ眺めているのに気づきました。

 本を読むオヤジのそばで、横目でチラチラオヤジを見つめていたら、誰でも変な人って思いますよね。

 その後、その男性が本を買ったかどうか確かめることができず、オイラはすごすご離脱せざるを得なくなったのでした。

 あのあと、買ってくれたのかどうか、すごく気になります。

 最後に向かったのは、かつて? 書店として日本最大の床面積を誇ったという八重洲ブックセンター。

 地下一階の売り場へ行くと、なんとあのミリオンセラー「病気にならない生き方」のすぐそぱに平積みで置かれているじゃありませんか。

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 そのことが傷心のオイラの心をどれだけ慰めてくれたかわからないのでした。


 ちなみに、今日の戦利品。

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世界一やさしい脳卒中にならないための本、発売! 感謝です。 With 「脳卒中には、どんな後遺症があらわれるの?」 医師と女子高生の会話から

 こんにちは。

 安倍首相辞任のニュースを見て、びっくり。

 そういえば、オイラの友人が、安倍首相の後輩だということで、いろんな場所で自慢しまくって顰蹙を買っていました。それが支持率の低下に拍車を掛けたのではないかと考えたりして。

 秋の長雨と湿度の高さに、心も濡れる今日この頃。 

 こんな日は、ずっと家に閉じこもって、読書するのも一興かもしれませぬ。

 秋の夜長、世界文学全集など深く心に残る書物もいいですが、どうせ読むなら、心だけではなく、体も元気はつらつ、いつまでも若く、楽しく、病気知らずに生きられる秘訣が書かれた本も、読みたいもの。

 …ということで、女子高生彩ちゃんが、脳卒中の謎に挑む

「世界一やさしい脳卒中にならないための本」。

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 ついに発売となりました。


 本の前書きにも書かせていただきましたが、ここまでたどり着くことができましたのも、皆様のおかげと感謝いたしております。

 本当にありがとうございました。

 ネット書店は、今のところ、以下の書店で取り扱っておりまして、これから徐々に拡大してゆくものと思われます。

 アマゾン

 セブンアンドワイ


 リアルのほうの書店は、以下の書店に置かれるのを確認しました。

  ●八重洲ブックセンター

  ●丸善 丸の内本店

  ●三省堂 本店

  ●神田 書泉グランデ 

  ●ジュンク堂 新宿店、池袋店

  ●旭屋書店 池袋店

  ●紀伊國屋書店 本店


 首都圏の大きな書店では、明日以降、店頭に並び始めるそうですが、それ以外の地域では情報が錯綜してよくつかめないでいます。

 お近くの書店で売られているのをご覧になりましたら、教えていただければうれしいです。

 価格は、ネット販売で送料無料となる最下限の1,575円になりました。

 また、お近くの図書館にリクエストしていただいてもうれしいです。

 前作の老人保健施設の本が、沖縄の小さな図書館にあるのをネットで見つけて、「貸出し中」という表示にすごく感動したことがありました。一度も会ったことのない人でも、オイラの本を読んでいただいている時間は、その人と心が繋がっているような気がします。


 さて、今日は、ブログのほうの「脳の病気シリーズ」。

 本とブログとの微妙な違いを比べてみるのも面白いかもしれませぬ。

 前回は「脳のはたらき」という話題を取り上げました。

 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に前回、前々回の記事をお読
みいただければ幸いです。

 今日はその続きです。
 
 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。

 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。  
 
 前回、「脳のはたらき」について勉強したAYAちゃん。

 今日は、脳卒中の後遺症が話題になります。

 それでは…。


< 脳卒中には、どんな後遺症があらわれるの? >

 それでは脳卒中になると、具体的にどんな後遺症が現れるのか説明しようか。さて、何から説明しようかな。

● AYAちゃん「それでは、後遺症で最も多いのは何ですか?」

 『片まひ』だね。これは体の左右どちらかがまひして、片側の手足がうまく動かせなくなるんだ。右脳に障害が起きたときは左側の手足に、左脳に障害が起きたときは反対の右側の手足にまひが出るんだよ。

● AYAちゃん「まひって、手足が動かなくなってしまうんですか?」


 動きにくいというよりは、重く突っ張った感じかな。まひが重いときは、最初は体がダラッとした感じになるんだ。でもやがて回復してくると、手は曲がったまま硬くなり、足は突っ張ったようになる。このままだと日常動作に支障が出てしまうね。


● AYAちゃん「それは大変。治せないんですか?」


 よくなるかどうかは障害の程度にもよるね。それを少しでも軽く抑えるためにリハビリをするんだけど、どうしても手のほうに障害が残りやすいんだ。手は足に比べて動きが複雑だからね。ただ足に関しては、片まひがあっても、装具をつければ9割の人は歩けるようになる。


● AYAちゃん「うーん。リハビリをしても手に障害が残ってしまうことがあるんだ」


 そうだね。早めにリハビリを始めて、脳卒中になってから2週間目くらいに手の指が動き始めると、元通りになると言われている。ただ3ヶ月たっても動かないときは、残念だけど目立った回復は期待できないね。


● AYAちゃん「自分ですぐリハビリを始めても、やっぱり無理なんですか?」


 あまり急いでリハビリを始めても関節に障害を起こすこともある。あとで話すけど、そのあたりはリハビリの専門家に任せたほうがいいね。


● AYAちゃん「やはり素人療法は危険があるのか。ほかにはどんな後遺症があるんですか?」


 『言語障害』が起きることがあるね。脳卒中による言語障害には、『構音障害』と『失語症』の2つのタイプがあるんだけど、その違いってわかるかな。


● AYAちゃん「うーん。漢字の意味を聞かれているみたいですね。構音障害が音を構成する障害で、失語症が言葉を失う症状ですか」


 さすが現役高校生。ニュアンスから大体イメージできているみたいだね。


● AYAちゃん「…って、全然意味がわかりませんけど」


 (ガクッ)構音障害は、言葉の発音だけ不自由になるんだ。たとえば舌がもつれ、ろれつが回らなくなるケースだね。どうしてそうなるかと言うと、脳の運動領域や脳神経が障害を受けて、しゃべるとき使う唇や舌、のどなどの筋肉や神経がまひしてしまうからなんだ。


● AYAちゃん「それじゃあ、しゃべることが難しくなるだけで、言葉の理解に問題はないんですね。単に聞き手に伝わりにくいというだけで」


 その通り。脳の言語中枢はしっかりしているので、字を書いて相手に伝えることはできるんだ。本を黙読することも問題なくできる。


● AYAちゃん「なるほど。それでは失語症は、言葉自体を失ってしまうんだとすると、言葉の理解も難しくなった状態なんですか?」


 そうだね。失語症は、通常左脳にある言語中枢に障害が起きたとき現れるんだ。だから右半身にまひが出る場合が多い。


● AYAちゃん「通常って、右利きの人の場合ですよね」


 そう。左利きの人は、言語中枢が左脳と右脳に分散していることが多いんだ。それはさておき、失語症は言語中枢が侵されるから、話したり、聞いたり、読んだり、書いたりといった言葉を表したり、理解したりする能力に障害が起きるんだよ。


● AYAちゃん「話したり、聞いたりするだけじゃなく、書くことや読むこともできなくなるのですか。うーん。ぼけや痴呆症とは違うんですか?」


 違うんだよ。失語症は、知能や感情が失われるわけではないんだ。家族や友人の顔の見分けはできるし、言葉以外のものなら理解できる。たとえば自分の持ち物、家財道具、それらの使い方、自分の家の場所、駅への道順なんかがね。


● AYAちゃん「それだけ理解できていて、言葉だけわからなくなるんですか。なんだか不思議ですね」


 そこが脳の働きの不思議なところだよ。脳が障害を受けた場所によって失語症のタイプも変わってくるんだ。言語中枢は、前頭葉と側頭葉に分散してあるんだけど、前頭葉の言語中枢に障害が起きるとうまくしゃべることができない。

 しかし相手の言葉は比較的よく理解できるんだ。ところが側頭葉の言語中枢に障害が起きると、一見、本人の話し言葉は滑らかで問題がないように思える。しかし話に内容がなかったり、言葉の使い方が間違っていたりするんだ。それに相手の言葉の理解も難しくなる。


● AYAちゃん「うーん。脳に障害を受けた場所によって、傍から見ると性格まで違ってしまったように見えてしまうんですね」


 そう。ほかにも、左脳の頭頂葉の一部に障害が起きると、聞いた言葉をその通りに繰り返して言うことができなくなる。また前頭葉、側頭葉にわたって大脳の広範囲に障害が起きると、言葉を話すことも理解することもできなくなるんだ。当然、意思の疎通は困難になるよね。


● AYAちゃん「それでも、認知症とは違うんですか?」


 そこまで広範囲に脳がやられてしまうと、失語症だけじゃなく体のほうのまひなどの障害も重くなる。車椅子や寝たきりの生活になってしまうかもしれないね。でも知能や感情が失われるわけじゃないから、経過とともに判断力はしっかりしてくるんだ。しかし、物事がわかっていろいろなことが考えられても、言葉だけはわからないということになるんだよ。


● AYAちゃん「家族やまわりの人にとってもそうだけど、本人にとっても大きなジレンマじゃないですか。まわりの人たちが皆、どこの国の言葉を使っているかわからない外国人になってしまったみたいで…」


 ( 次回に続きます )

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脳卒中の本、明日発売かも。 With 暑いぞ、深谷をゆく

 こんにちは。

「世界一やさしい脳卒中にならないための本」ですが、いよいよ明日、発売されるという情報を入手しました~♪

 そして、先週の木曜日、オイラのところにサンプル本が送られてきたのです。

 注目のカバーの色は、ちょっと深めのグリーン。表と背表紙に、「世界一やさしい」という文字をイエローで囲った部分がインパクトあるかも、と思いました。

 そして、パープルの帯には、「元気な人こそ危ない! 意外と知らない脳卒中のメカニズム!」のキャッチフレーズが…。

 裏には、「誰でもわかる、肩の凝らない、脳卒中予防のための本!」という本のコンセプトが書かれているっす。

 昨日とおととい、まだ発売されていない本を持って、山手線やマクドナルド、ベローチェなどの中で読みふけり、昨日の夜、読破しました~♪

 読んだ印象を一言で表現しますと、「珍しい本」。

 家庭医学の本を、今まで数百冊読んできましたが、こういう書き方をした本はお目にかからなかったような。

 ビジネス書だとたまにあるんですけどね。

 是非、皆様方にお読みいただき、ご感想をお寄せいただきたいと思いました。

 書店の棚に並んでいるのが確認されましたら、一番にお知らせいたします。楽天市場でも、取り扱っていただけるそうですので、そちらも一番にご報告させていただきます。


 さて、今日もお散歩ネタです。

 せっかく涼しくなりかけたと思ったら、また残暑がぶり返してきましたね。

 暑い夏、その中でももっとも暑いと言われる時期、さらにもっとも暑い場所として有名な熊谷市の隣、深谷市へ行ってきました。

 熊谷は、「あついぞ、熊谷」というキャッチフレーズで、暑い土地を逆手にとってアピールしていますね。

 怖いものみたさの好奇心旺盛なオイラにとって、ビビビとくる魅力がありました。

 熊谷へ行ってもよかったのですが、コースが荒川の土手とか、炎天下に歩くには余計暑そう。

 そこで、隣町で市街を中心に歩け、なおかつ、ほどよく暑い? 深谷へ行くことにしたのです。

 それでも行った日は、37度を越える猛暑。熱中症で、倒れる人が続出するニュースが日本中を駆け巡っていた過酷な日でした。

 8月のお盆休み、オイラがまずやってきたのは東京駅。

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 いつ見ても、この赤レンガのレトロな雰囲気が素敵です。そういえば、東京駅は創立当初の3階建てにリフォームされるそうですね~。

 オイラは、東京駅前の広場からエスカレーターを降りて…???

 東京駅の前の広場にエスカレーターなんてあった?

 あれ?丸ビルがないどころか、目の前に広がる高層ビル群がない。

 …と思ったら、ここは深谷駅なのでした。

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 東京駅もどきの駅の下がそのままプラットホーム。

 なかなか異様な光景です。

 高崎線で眠りこけていた人が、東京駅だと思って間違って降りてしまったという事件はないのだろうかと少し心配になりました。

 目の前はすごいけど、遠くの踏切から見ると、上げ底みたいで笑えます。

 深谷駅の北口を出て、交番の横の遊歩道に入りました。

 ここは、あかね通りといって、コースの終点、ホフマン輪窯まで全長5.6キロメートルも続くのだとか。

 さすがにものすごく暑くて方向感覚がおかしくなりそうですが、これから道に迷う心配もなさそう。

 遊歩道をテクテク歩き、やがて中山道の交差点に見えたのが常夜灯。

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 高さが4メートルもあって立派です。昔の旅人は、薄暗くなって宿場についたとき、この常夜灯の明かりを見てほっとしたのでしょうね。

 そばにある中山道の名所、見返りの松は枯れてしまったみたいで、二代目の細い若木がひょろりと立っていました。

 車の往来が激しいので、なんとなく気の毒な雰囲気もありましたが。

 ここで遊歩道からいったん離れ、市内の中心へ向かうことにしました。

 深谷城址公園と聞いて、見過ごすことはできませぬ。

 その途中に、なんとも趣のある洋風建築がありました。

 これは、深谷商業高校記念館。

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 大正11年建築ですが、逆に今から見てもハイカラな雰囲気です。大正デモクラシーって、こんな感じ?と思ってしまいます。

 城跡へ行く前に、腹ごしらえと市役所の食堂へ。

 オイラはわりと市役所の食堂が好きなのです。ファミリーレストランだとどこも同じだし、地場の割烹だと高い。

 いろんな市役所の食堂を食べ比べてみると、その土地のことがわかるような気がしまして。

 この市役所の550円の幕の内はなかなかいけましたね。お茶とウーロン茶も飲み放題だし。

 満足したあといよいよ深谷城へ城攻めです。

 深谷城址公園は、市役所のすぐ近くにありました。石垣と白い城壁が見えたので、勇んで行ってみたものの…、これはなんと言ったらいいか。

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 堀の深さは、30センチ?幅は楽に一跨ぎできそう。石垣はオイラの身長より低いし…。

 確かにこの場所に、以前深谷上杉氏の城はあったのでしょうけど、廃城とともに完全に破壊されたのかも。

 その場所に、中途半端な施設を作るから、かえって当時の深谷城の面影がイメージできないのですな。

 子供たちが、この堀や石垣を見て、城だと勘違いしないことを祈るばかりです。

 ただ、公園としてみたら、芝生がきれいで、清掃がゆきとどいた素晴らしい都市公園ではありました。

 近くの神社の池に、堀の痕跡が残っているとのことでしたが、素人に毛の生えたようなオイラの知識ではちょっとわかりませんでしたね。

 唐沢川を渡り、住宅地を通って、瑠璃光寺を目指します。

 それにしても、さすが熊谷の隣の深谷。

 暑すぎるっす。

 汗がだらだら滝のように流れ落ち、目に入って前がよく見えませぬ。

 やっとの思いで、瑠璃光寺にたどり着きました。

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 ここは、835年に開基された市内最古の寺だとか。

 薬師堂や仁王門などが残り、古刹という雰囲気がぴったりでした。

 境内の深い緑に包まれていると、暑さがやわらぐような気がしますね。

 再び、あかね通り遊歩道へ戻ろうと、古い農家が並ぶ道を歩きました。

 ところどころ畑が残っていていい雰囲気。

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 ねぎがたくさん植えられています。そういえば、深谷といえば「深谷ネギ」が有名でしたね。

 立ち食いそば屋で、食べるネギは違うかもしれませんが、ネギを焼いて味噌をつけて食べるのは最高!

 暑くて朦朧とした頭で、冷やしキツネそばに、ねぎをたっぷり入れて食べたいという妄想をいだきながら次の目的地を目指します。

 日陰がまったくない道路をとぼとぼ歩き、ようやく着いたのが楡山神社。

 神社の名前の由来になったハルニレの大木が境内の森のなかにありました。

 楡山神社から川の土手ぞいにあるブリッジパークまで歩きます。

 その一角にある福川鉄橋は、明治28年に、近くのレンガ工場で作られたレンガを輸送するために福川にかけられた鉄橋だとか。

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 解説板を読むと、プレートガーター橋としては、日本最古のものらしいですね。

 プレートガーター橋って何?と思いましたが、とにかく日本最古なのは素晴らしい。

 そして、最後に向かったのが、ホフマン輪窯。

 そこに向かうまで、田園風景の中をひたすら歩きました。

 稲穂どこまでも続く稲穂を見て、ほっと癒される気持ちになるのは、オイラの中にも日本人のDNAがしっかり組み込まれているからでしょうか。

 これから向かうホフマン輪窯は、ドイツ人レンガ製造技師ホフマンが考案したレンガ焼成窯で、明治40年の建造だとか。

 それは、日本煉瓦製造会社の敷地内にあって、月産65万個の製造能力があったそうですね。

 東京駅の赤レンガもここで作られたそうで、深谷駅のあのものものしい雰囲気が、このレンガ工場と関係があるのだと知りました。

 日本煉瓦製造会社を創立したのが、明治の大実業家、渋沢栄一。

 深谷駅前の渋沢栄一の銅像もまたここと関連があったのですね。

 もっとも深谷は、渋沢栄一の古里でもるそうなのですが。

 歩いていると、遠くのほうに見え隠れしていた煙突が近づいてきて胸が躍ります。

 流れが急な川を超え、敷地をまわりこむようにしてホフマン輪窯の正門を目指しました。

 さあさあさあさあさあさあ~行こうよ~♪ ホフマン輪窯~♪

 スキップしながら、鼻歌を唄い、正門でオイラが見たものは…

「閉館」の二文字。

 休館じゃなく、閉館?

 ホフマン輪窯の敷地の建物は取り壊され、更地になりつつありました。

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 どうするのかよくわからないけど、分譲地にして売り出すみたい。

 聞いてないよ~

 37度を越える炎天下、汗を流しつつ、ひたすら目指した目的地がこんなことになっているなんて。

 重要文化財の日本煉瓦資料館の建物は残っていたから、いずれ見られるのだと思いますけど、ここまで歩いてくる間、一度もお知らせがなかったんですよ。

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 くくく~、これがオイラの人生じゃ~とその場に泣き崩れたのでありました。

 

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哲学堂公園~江古田 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 先日、自販機でお茶のペットボトルを買ったのですよ。

 200メートルほど余計に歩く必要がある自販機なのですが、500ミリリットル100円というリーズナブルな価格設定に惹かれてよく利用するのです。

 しかも、スロットマシンのようなくじがついている。

 100円を入れ、お茶のペットボトルを買って何気に目の前の機械を見たらなんと「7777」と7が四つも並んでいるじゃないすっか。

 やった~当選じゃ~♪

 あと一つペットボトルの飲料がもらえるということで、さっそくジャスミン茶をゲッツ。

 二つのボトルを抱え、ルンルン気分でスキップしながら家路についたのでした。
 

 この自販機を使い始めて、苦節3年。 

 やはり継続は力なり、という言葉が実感できました。

 受験勉強などで、さんざ使い古された言葉ですが、やはりあきらめずにコツコツ努力を積み重ねると、きっとその努力は報われるのですね。

 今日もお散歩ネタですが、こちらもコツコツ積み上げていけば、いいことがあるのか…どうかわかりませんが。

 さて、西武新宿線シリーズの今回は、中井駅がスタートです。 

 ちなみに中井駅は、高田馬場から二つ目の駅。

 土曜日の午後、駅を出て踏み切りを渡り、商店街の先を左折。山手通りの高架下をくぐると、右手に高台が見えました。

 これが、下落合の高台ですか。

 その下を取り巻くように走る道から、高台に上る坂は、一から八まで番号がついているそうな。

 下の道を歩き、四の坂の角にあるのが、林芙美子記念館。

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 森光子主演の舞台が有名な「放浪記」の原作を書いた作家なのですね~。

 ここにある建物は、林芙美子が昭和16年から昭和26年にその生涯を閉じるまで住んでいた家らしい。

 それはちょうど、戦争から戦後の混乱期にあたるのだとか。

 でも、ここは以前入ったことがあるので今回はパスしました。

 確か、林芙美子夫妻の住まいと、画家であった夫のアトリエ棟があり、それをつなぎ合わせた構造が面白いと思った記憶があります。

 芙美子は、客間よりも茶の間や風呂や厠や台所に十二分に金をかけたのだとか。

 確かに、客間より、普段暮らしていてよく使う風呂やトイレを充実させたいという気持ちはよくわかりますね。

 それほど広くはありませんが、こぎれいな庭も一見の価値ありかも。

 記念館を出て、高台をとりまく道を再び歩き、六の坂を登ると目白大学のキャンバス。

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 キャンパスの中に、「落合遺跡」とそのミニ博物館があるそうですが、土曜日は休館日みたいでした。

 ここは女子大なのでしょうか。やたら女子大生が多くて、そうでなくても正門を入るには勇気がいりそう。

 正門から南門へ歩き、住宅街を左折すると中井御霊神社。

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 創建は不明らしいのですが、古くから落合村中井の鎮守だったとか。

 神社のネーミングからしてなにか神秘的な感じもしますね。

 この神社には、『雨乞いのむしろ旗』が保存されているらしい。江戸時代に農民が雨乞いの行事で用いたもので、「竜王神」と書かれているのだとか。

 社殿の右横の小さな石段を降り、突き当りの坂道を降りてゆくと、妙正寺川に出ました。

 橋を渡り、川の左側の遊歩道を歩きます。

 直射日光がまともに当たって暑くてまぶしくて、真夏のウォーキングの過酷さを実感しました。

 上高田公園の野球場とテニスコートの間の道を抜けて進みます。

 それにしても、このくそ暑い中、野球やテニスに興じる中高年が多いのに驚きました。

 最近の中高年は、元気な人とそうじゃない人たちに対立二区分されるみたい。

 できれば、元気なグループに入りたいのだけれど、と思ったのですが、この炎天下、一日中歩き回るのも元気なほうなのかもしれない、と。

 去年の甲子園を思い出しながら青いハンカチで汗をぬぐい、次に向かったのが東光寺。

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 本堂は鉄筋コンクリートの新しい建物でしたが、巨木に囲まれ、庭の美しいお寺でした。

 次の目的地である妙正寺川公園へ向かう道すがら、洒落た区立の図書館があったので寄っていくことにしました。

 それほど大きくはないけれど、クーラーがきいていて、閲覧室にあまり人気がない落ち着いた雰囲気。

 窓から緑を望める静かな閲覧室で、ゆっくり好きな本を読むのはまさに至福の時間です。

 でも、読んだのは、アンアンのダルビッシュのヌード写真と記事でした。

 ただ、珍しいものを見たいだけですので、念のため。

 1時間半くらいまったりした時間を過ごしたあと、図書館を出るとまたムワッとした熱気で一気に現実に引き戻されました。

 急な坂道を降り、妙正寺川公園へ。

 護岸の左が窪地になった公園で、コンクリートの広い空間を利用して、壁打ちテニスをしている人がいました。

 橋を渡り、対岸の緑の中にあるのが、哲学堂公園。

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 ここは、東洋大学の創立者でもある井上円了博士が、東洋大学の前身である旧哲人館大学の創設を記念して、四聖堂を建設したのが始まりとか。

 四聖堂の四聖とは、釈迦と孔子、カント、ソクラテスといった東洋・西洋の哲学者のことらしい。

 そして、この四聖堂が哲学堂と呼ばれたことから、この名前がついたのですね。

 それが作られたのが、明治37年。

 明治39年には、精神修養公園となり、その後、公園は、東京都に寄付された後、昭和21年に東京都立公園として開園されたそうな。そして昭和50年に東京都から中野区に管理が移ったとのこと。

 敷地面積は、5万平方メートルというから堂々たる公園でもありますね。

 敷地の中は、今でも古い建物が多数残されています。

 それぞれ哲学的?な趣のある建物なのですが、そのネーミングもなかなか面白い。

 たとえば、公園の入り口の門が「哲理門」。

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 聖徳太子や荘子、朱子ら東洋の六賢人を祭った「六賢台」。

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 ほかにも、77箇所にわたって哲学と関連あるネーミングがつけられた施設や場所がありました。

 しかし、哲学的な思考法の素養がまったくないオイラは、水辺の景観がいいとか、たまたまモデルのおねーたんとスタッフが、グラビアの撮影をしているのを興味深げに眺めているのがオチでしたね。

 哲学堂公園の中の野球場で行われている草野球の試合を観戦したあと、次に向かったのが「水の塔公園」。

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 住宅街のど真ん中に、巨大な円柱とその上のドームが目を引きます。

 これは昭和初期にできた水道タンクで、野方配水塔というのだとか。昭和41年まで実際使われていたそうですね。

 公園を抜けて左へ進み、右に見えるのが蓮華寺。

 苔が美しい寺でしたが、ここには先ほどの哲学堂公園の創立者でもある井上円了の墓がありました。

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 それにしても、墓石まで哲学的な造形なのでしょうか。

 新青梅街道へ出てしばらく歩くと、江古田公園。

 公園の中に、「江古田古戦場」の石碑が。

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 なんでも、1477年に、太田道灌と豊島泰経が激戦を繰り広げた場所らしい。

 この戦いに勝利した太田道灌は、武蔵野一帯を完全に支配したのだとか。

 近くに、いかにも村の鎮守といった趣の北野神社がありました。

 住宅街の中を歩くと、江古田氷川神社や東福寺などの神社仏閣が並んでいます。

 東福寺は、徳川吉宗が鷹狩りの際、休憩所になった由緒のあるお寺らしい。

 東福寺を出て、江古田通りをテクテク歩きます。そして、江古田憩い橋を渡ると、「北江古田公園」。

 ここは、昭和62年4月に開園された比較的新しい公園なのですね。

 旧国立療養所中野病院の跡地だそうで、今も新しい医療施設や福祉施設がその奥にありました。

 緑深い森の中の整備された散策路の中を車いすの人たちがゆっくりリハビリを兼ねて進んでいるのが印象的でした。

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