哲学堂公園~江古田 ウォーキングストーリー
こんにちは。
先日、自販機でお茶のペットボトルを買ったのですよ。
200メートルほど余計に歩く必要がある自販機なのですが、500ミリリットル100円というリーズナブルな価格設定に惹かれてよく利用するのです。
しかも、スロットマシンのようなくじがついている。
100円を入れ、お茶のペットボトルを買って何気に目の前の機械を見たらなんと「7777」と7が四つも並んでいるじゃないすっか。
やった~当選じゃ~♪
あと一つペットボトルの飲料がもらえるということで、さっそくジャスミン茶をゲッツ。
二つのボトルを抱え、ルンルン気分でスキップしながら家路についたのでした。
この自販機を使い始めて、苦節3年。
やはり継続は力なり、という言葉が実感できました。
受験勉強などで、さんざ使い古された言葉ですが、やはりあきらめずにコツコツ努力を積み重ねると、きっとその努力は報われるのですね。
今日もお散歩ネタですが、こちらもコツコツ積み上げていけば、いいことがあるのか…どうかわかりませんが。
さて、西武新宿線シリーズの今回は、中井駅がスタートです。
ちなみに中井駅は、高田馬場から二つ目の駅。
土曜日の午後、駅を出て踏み切りを渡り、商店街の先を左折。山手通りの高架下をくぐると、右手に高台が見えました。
これが、下落合の高台ですか。
その下を取り巻くように走る道から、高台に上る坂は、一から八まで番号がついているそうな。
下の道を歩き、四の坂の角にあるのが、林芙美子記念館。
森光子主演の舞台が有名な「放浪記」の原作を書いた作家なのですね~。
ここにある建物は、林芙美子が昭和16年から昭和26年にその生涯を閉じるまで住んでいた家らしい。
それはちょうど、戦争から戦後の混乱期にあたるのだとか。
でも、ここは以前入ったことがあるので今回はパスしました。
確か、林芙美子夫妻の住まいと、画家であった夫のアトリエ棟があり、それをつなぎ合わせた構造が面白いと思った記憶があります。
芙美子は、客間よりも茶の間や風呂や厠や台所に十二分に金をかけたのだとか。
確かに、客間より、普段暮らしていてよく使う風呂やトイレを充実させたいという気持ちはよくわかりますね。
それほど広くはありませんが、こぎれいな庭も一見の価値ありかも。
記念館を出て、高台をとりまく道を再び歩き、六の坂を登ると目白大学のキャンバス。
キャンパスの中に、「落合遺跡」とそのミニ博物館があるそうですが、土曜日は休館日みたいでした。
ここは女子大なのでしょうか。やたら女子大生が多くて、そうでなくても正門を入るには勇気がいりそう。
正門から南門へ歩き、住宅街を左折すると中井御霊神社。
創建は不明らしいのですが、古くから落合村中井の鎮守だったとか。
神社のネーミングからしてなにか神秘的な感じもしますね。
この神社には、『雨乞いのむしろ旗』が保存されているらしい。江戸時代に農民が雨乞いの行事で用いたもので、「竜王神」と書かれているのだとか。
社殿の右横の小さな石段を降り、突き当りの坂道を降りてゆくと、妙正寺川に出ました。
橋を渡り、川の左側の遊歩道を歩きます。
直射日光がまともに当たって暑くてまぶしくて、真夏のウォーキングの過酷さを実感しました。
上高田公園の野球場とテニスコートの間の道を抜けて進みます。
それにしても、このくそ暑い中、野球やテニスに興じる中高年が多いのに驚きました。
最近の中高年は、元気な人とそうじゃない人たちに対立二区分されるみたい。
できれば、元気なグループに入りたいのだけれど、と思ったのですが、この炎天下、一日中歩き回るのも元気なほうなのかもしれない、と。
去年の甲子園を思い出しながら青いハンカチで汗をぬぐい、次に向かったのが東光寺。
本堂は鉄筋コンクリートの新しい建物でしたが、巨木に囲まれ、庭の美しいお寺でした。
次の目的地である妙正寺川公園へ向かう道すがら、洒落た区立の図書館があったので寄っていくことにしました。
それほど大きくはないけれど、クーラーがきいていて、閲覧室にあまり人気がない落ち着いた雰囲気。
窓から緑を望める静かな閲覧室で、ゆっくり好きな本を読むのはまさに至福の時間です。
でも、読んだのは、アンアンのダルビッシュのヌード写真と記事でした。
ただ、珍しいものを見たいだけですので、念のため。
1時間半くらいまったりした時間を過ごしたあと、図書館を出るとまたムワッとした熱気で一気に現実に引き戻されました。
急な坂道を降り、妙正寺川公園へ。
護岸の左が窪地になった公園で、コンクリートの広い空間を利用して、壁打ちテニスをしている人がいました。
橋を渡り、対岸の緑の中にあるのが、哲学堂公園。
ここは、東洋大学の創立者でもある井上円了博士が、東洋大学の前身である旧哲人館大学の創設を記念して、四聖堂を建設したのが始まりとか。
四聖堂の四聖とは、釈迦と孔子、カント、ソクラテスといった東洋・西洋の哲学者のことらしい。
そして、この四聖堂が哲学堂と呼ばれたことから、この名前がついたのですね。
それが作られたのが、明治37年。
明治39年には、精神修養公園となり、その後、公園は、東京都に寄付された後、昭和21年に東京都立公園として開園されたそうな。そして昭和50年に東京都から中野区に管理が移ったとのこと。
敷地面積は、5万平方メートルというから堂々たる公園でもありますね。
敷地の中は、今でも古い建物が多数残されています。
それぞれ哲学的?な趣のある建物なのですが、そのネーミングもなかなか面白い。
たとえば、公園の入り口の門が「哲理門」。
聖徳太子や荘子、朱子ら東洋の六賢人を祭った「六賢台」。
ほかにも、77箇所にわたって哲学と関連あるネーミングがつけられた施設や場所がありました。
しかし、哲学的な思考法の素養がまったくないオイラは、水辺の景観がいいとか、たまたまモデルのおねーたんとスタッフが、グラビアの撮影をしているのを興味深げに眺めているのがオチでしたね。
哲学堂公園の中の野球場で行われている草野球の試合を観戦したあと、次に向かったのが「水の塔公園」。
住宅街のど真ん中に、巨大な円柱とその上のドームが目を引きます。
これは昭和初期にできた水道タンクで、野方配水塔というのだとか。昭和41年まで実際使われていたそうですね。
公園を抜けて左へ進み、右に見えるのが蓮華寺。
苔が美しい寺でしたが、ここには先ほどの哲学堂公園の創立者でもある井上円了の墓がありました。
それにしても、墓石まで哲学的な造形なのでしょうか。
新青梅街道へ出てしばらく歩くと、江古田公園。
公園の中に、「江古田古戦場」の石碑が。
なんでも、1477年に、太田道灌と豊島泰経が激戦を繰り広げた場所らしい。
この戦いに勝利した太田道灌は、武蔵野一帯を完全に支配したのだとか。
近くに、いかにも村の鎮守といった趣の北野神社がありました。
住宅街の中を歩くと、江古田氷川神社や東福寺などの神社仏閣が並んでいます。
東福寺は、徳川吉宗が鷹狩りの際、休憩所になった由緒のあるお寺らしい。
東福寺を出て、江古田通りをテクテク歩きます。そして、江古田憩い橋を渡ると、「北江古田公園」。
ここは、昭和62年4月に開園された比較的新しい公園なのですね。
旧国立療養所中野病院の跡地だそうで、今も新しい医療施設や福祉施設がその奥にありました。
緑深い森の中の整備された散策路の中を車いすの人たちがゆっくりリハビリを兼ねて進んでいるのが印象的でした。
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