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歯科医VS親知らず with 続・お台場ウォーキングストーリー 有明編

 こんにちは。

 「世界一やさしい脳卒中にならないための本」ですが、いつもお世話になりありがとうございます。

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 なんと、読売新聞に、広告が掲載されるという情報を入手いたしましたぁぁぁぁ~♪

 しかも、朝刊の第一面の下の部分だそうです。

 関東地方は10月30日の火曜日、関西地方は31日の水曜日に載るそうですので、御用とお急ぎでない方は是非ご覧ください。

 差し支えなければ、お知り合いに声をおかけいただければうれしいです。

 新聞に載ると励みになりますね。これからも近江商人になった気分で、天秤棒をかついで都内を売り回ろうと思いました。


 さて、前回の続きのお散歩ネタ。

 …へ行こうと思ったのですが、先日、遅ればせながら親知らずを抜いたんですよ。

 それだけだと一行で終わってしまうフレーズですが、その現実たるや、今思い出しても戦慄が走ります。

 親知らずなんて、誰もが抜いているから簡単に抜けるものだと思っていました。

 歯に詰めてあった金属が取れてしまったので近くの歯科医院へ行ったら、虫歯になっているし、噛み合わせも影響ないから抜きましょうということになったのです。


 いすに腰掛けて、口を開けて、麻酔を打って、歯を抜くペンチで親知らずを掴んで、引いた~~~~


 引いて、引いて、引いて、引いて、引いて、引いて、引いて、引いて~
(← 円広志の『夢想花』のイメージでお願いします)


グググーーー、あごが外れるぅぅぅぅぅぅ~、やみちくりぃぃぃぃ~


 抜けない。


 再度、引いた、引いた、引いた、引いた、引いた、引いた、引いた、引いた~(← 再度、円広志の『夢想花』のイメージでお願いします)


 ううう、もう堪忍しちくりぃぃぃぃ


 やっぱし、抜けない。


 そのとき、歯科医の眉間に一本、たて皺が寄ったことをオイラは今でも忘れられません。

 涙目になって大口を開けていたので、よく見えなかったのですが、歯科医がペンチから小さい金属の棒みたいなものに持ち替えました。

 麻酔がかかっていたから棒だと思ったのでしょうけど、たぶん先端が鋭くとがっていたはず。

 次の瞬間、それでオイラの歯を上から思いっきり押しているようなものすごい感覚が襲います。


 グリグリグリグリ…。


 痛い、痛いよう。いったい、何をしているの?



「痛いですか、じゃ、もう一本麻酔を打ちましょうか」

 歯科医は、歯茎に3箇所、念入りに麻酔を打ちました。


 そのあと、またグリグリグリグリ…。


 なんか、歯の根元をほじくり返すようなものすごい感覚。かなり力が入っているようで、歯科医が歯を食いしばる音が聞こえてきます。

 道路工事のおじさんがガリガリ、コンクリートの舗装をはがしているシーンを想像してしまいました。


 それだけでもうぐったり。


「少し休憩しましょうか」と汗をふきながらお茶を飲みにいく先生。


 そして休養十分で戻ってくるなり、またグリグリグリグリ…。


 そのとき、昔映画で見た、ナチスの拷問のシーンを思い出してしまいました。映画で見たときは、歯の神経を刺激したくらいで自白するのかな~と懐疑的な気分でしたが、やはりこれはつらいです。


 麻酔しててもこの痛さなら、麻酔なしだったら、即、自白しちゃいそう。


 それが終わったら、またペンチで、 再々度、引いた、引いた、引いた、引いた、引いた、引いた、引いた、引いた~


 今度はホントに痛い、痛い、痛い。脳天から全身に痛みが突き抜けるぅぅぅ~、ギブアップ、ギブアップ。


「痛いですか。じゃ、もう一本麻酔を打ちましょうか」

 今日、3本目の麻酔注射。

 そしてまた親知らずをペンチで掴み、慎重に、両手で左右へ動かしながら引っ張る先生。

 右、左、右、左と振り子のようにペンチが目の前で揺れる。


 あごの骨がはずれそう。

 ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~



 歯科衛生士さんが両手で力をこめてオイラのあごを押さえつけます。
 

 オイラが患者じゃなければ笑えるシーンなのですが。


 グググググ~


 やがて、グキッと音がして、親知らずがあごの骨からはずれるのがわかりました。


 歯を抜くというより、あごの骨からちぎり取ったという感じです。

「やっと取れましたね~」とほっとした表情の先生。


 本来なら、「いや~、痛かったすねぇ~」と苦笑しながら話すところなのですが、オイラはいすの上で目を見開いたまま放心状態でした。


 何気に時計を見たら、最初に親知らずを抜きにトライしてから、30分が経過。


 30分間、コブラツイストや卍固めをかけられていた気分です。


 オイラの親知らずは、バッチリあごの骨とくっついていて、それを剥がすのが大変だったみたい。

 よくわかりませんが、骨密度が高いからなのでしょうか。


 そういえば、かつて二階から落ちたり、階段から転げ落ちたり、垂直落下式のブレンバスターをくらったり、ロープ最上段からのダイビングヘッドバットを失敗したり、かなりやばい経験をしているのですが、生まれてから一度も骨折をしたことがないのです。


 さんまやぶりなどの焼き魚定食は骨まで全部食べてしまいますからね。
 
 年をとってから、歯が抜ける心配はほかの人よりないような気がしましたが、次回歯を抜くときは命がけなのではないか。


 少し、カルシウムを控えようと思う今日この頃です。

 
 前ふりが長くなりましたが、今日もお散歩ネタ。

 ここまで書いてくるだけでも、当時のことを思い出して体力を消耗してしまいましたが、頑張るっす。

 さて、前回はお台場へ行き、有明にある有明コロシアムを見たところまででした。

 今日はその続きです。

 有明コロシアムは遠くから見るだけにして、後ろを振り向くと変わった建物が。

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 これは、東京ビッグサイト。

 展示ホールと会議施設をもつ総合コンベンション施設なのだとか。東京国際展示場とも言われているみたい。

 この見るからに変わった建物は、会議棟。

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 ピラミッドを4つ、逆さまにしてしまったいう奇抜なデザインは、いつ見ても度肝を抜かれます。

 バブルの象徴と化していた時期もありましたっけ。

 東京ビッグサイトは、最近では、コミックマーケットの現在の会場としても有名みたいですね。秋葉原に次ぐオタクの聖地と呼ぶ人もいるとか。


 ここも外から眺めるだけにしておこうと思ったのですが、行った日は最新の福祉機器を紹介する「国際福祉機器展」が開催されていました。

 脳卒中の本を書く前に、老人福祉の本を書いたこともあるので、このテーマは見逃せませぬ。

 名前と住所を知らせれば無料で入場できるそうなので、入ってみることにしました。

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 野球場がすっぽり入りそうな広いホールに、なんと最新の福祉機器が25000点も展示されているとか。

 15カ国・1地域から582社・団体が出展とパンフレットに記載されていました。

 自動車メーカーも福祉車両を展示していましたが、モーターショーと違ってコンパニオンのおねーたんは地味な服が多かったのです。

 来場されている人たちも、福祉施設や医療関係者が多いようで、現場で利用できるかどうか、熱心に見て回っていましたね。

 展示品のなかでは、キャタピラー付の車椅子が印象に残っています。階段を車椅子に乗ったまま登ってゆくこともできるみたい。

 あと、サンダーバードの秘密基地みたいに家を改造する展示もありました。将来はほとんど動かなくても、家事がこなせるような器械が登場するかも。

 まったく体が動かせない人は仕方ありませんが、多少動かせる人なら家事は時間をかけても一人でやったほうがリハビリになるのだと理学療法士さんから聞いたことがありました。

 人にとって、今楽なことが、将来の楽につながるわけではない。

 その辺りの線の引き方が難しいところでしょうね。

 東京ビッグサイトを出て、さきほど外から見たへ行ってみました。

 途中に見た、面白い形のモニュメント。

 大地に巨大なのこぎりが突き刺さっている。

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 バブル当時、こうやって土地を切り取って売っていたのだという反省みたいなものをオイラは感じましたが…。

 さて、ワンザ有明ベイモールの見所は、世界一といわれる室内滝でしょうか。

 約2トンの水が35mの高さから7分間、一気に降りそそぐ、水と光と音楽の壮大なスペクタクルショー。

 だけど、オイラが行った時間はショーが終わったばかり。

 前に一度見たし、次まで一時間も待たないといけないのでパスすることにしました。

 ちなみに、この天井から水がジョロロ~と落ちてくるのですね~。
 
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お台場・有明 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 今日もお散歩ネタです。

 今月は、決算とかあってなかなかウォーキングに行く機会がなかったのですが、税務署へ行った帰りにプチウォーキングをすることにしました。

 都会から、少しの時間で非日常の気分を味わえるところはどこだろうと考えながら、ポケット地図を広げてみたんですよ。

 山へ行くにはちょっと大変。すると、海っすか。

 では、京浜急行に乗って三浦海岸へと思いましたが、午後からでは少しもったいない。

 東京だって、なかなか実感できませんが、海に面していますからね。

 そこで、思い浮かんだのが昨年行ったお台場。

 都会の喧騒から、ほんの数分で、海沿いのリゾートにワープできる。最近も、新しい高層ビルがどんどんできているみたいだし。
 
 さて、お台場へ行こうと思ったら、オイラの頭の中にはゆりかもめも、りんかい線もバスもございませぬ。

 この足で、レインボーブリッジを歩いて渡るのみ。

 前回来たとき、レインボーブリッジがタダで渡れることを知ってしまいましたからね。

 確かに時間は余計かかるし、日頃歩きなれていない人は大変かも。

 でも、東京の大パノラマが総天然色で、海を隔てて望めるところはそうざらにはありませぬ。

 ということで、今回も歩いてお台場へ行くことにしたのです。

 前回は浜松町から竹芝桟橋へ行き、ひたすら海岸通りをトラックの騒音と排気ガスとともに歩いたのでした。

 だけど、地図で見たら山手線の駅からもっと近いところにレインボーブリッジがあるじゃないっすか。

 それは、田町駅東口(東京タワーの反対側)からまっすぐ伸びる道を芝浦方面へ向けて歩くコース。

 橋まで、直線距離にしても1キロちょっとだからたいした距離ではない、と運河に架かる3つの橋を渡り、テクテク歩きます。

 住んでいるとさほど意識はしませんが、東京は江戸時代から「水の都」と言われたのも実感できました。

 そして、レインボーブリッジの橋脚の下からエレベーターに乗って橋の上へ。

 平日のせいか、さほど混んでいませんでしたが、休日も結構すいているのではないかと思います。

 橋のまわりが倉庫街で殺風景なのと、歩く以外では近くにある駅が芝浦埠頭駅だけだからですから。

 橋の上から見る絶景を知っているオイラとしては、もったいない話だと思いました。

 前回来たときは、第三台場が見えるほうの通路を通ったので、今回は東京タワーや晴海ふ頭が見えるほうの通路を通ることにします。

 エレベーターのドアが開き、橋の上に出ると、行き交うトラックや自動車の騒音が相変わらずすごい。

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 大きなトラックが通るたびに橋が小刻みに揺れる。オイラが渡りきるまで橋は大丈夫か、と思ってしまいます。

 でも、対岸のお台場のマンションに住んでいる奥様方が涼しい顔でベビーカーを押して渡っているのですよ。

 結構、風が強かったんですけどね。

 常に震度2くらい?の地震を体感しつつ、お台場を目指して歩き始めました。

 前回来たときは曇り空でしたが、今日はいいお天気。

 芝浦ふ頭の巨大な倉庫が下に見えていたのが、やがて目の前に東京湾の大海原が広がります。

 東京タワーの見える港区の景色はあまり変わりませんでしたが、晴海ふ頭の客船ターミナルの付近は高層ビルができて風景が一変していました。

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  今や東京は、少しまとまった土地があるとすぐ高層ビルが建ってしまうみたい。

 中高年のウォーキングサークルの人たちが、橋の展望エリアからバシバシ写真を撮っている姿が印象的でした。

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 レインボーブリッジを渡り終え、お洒落なお台場エリアのデックス東京ビーチやアクアシティお台場へ行きたいところですが、今回行くのは有明エリア。

 少し砂浜の散策を楽しんだあと、後ろ髪を引かれる思いで有明エリアを目指します。

 お台場エリアと有明エリアは、現地では実感しにくいのですが、大きな運河で隔てられている。

 お台場海浜公園駅のところで右折。首都高速湾岸道路を巨大な歩道橋、テレポートブリッジで越えます。そして、東京テレポート駅前からパレットタウンへ向かうカップルや家族ずれとともに歩きました。でも、オイラだけはパレットタウン正面に見ながら左に曲がります。

 歩いていると、パレットタウンの巨大な観覧車の迫力にどうしても目が行ってしまいますね。

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 ちなみにこの観覧車は、直径100メートル、高さは115メートルもあるのだとか。一周は約16分で、晴れた日には羽田や房総半島、富士山まで見渡せるのですね~。

 床やいすがシースルーのゴンドラもあるそうなので、高所恐怖症でない方はどうぞ。

 だだっ広い夢の大橋を渡って有明エリアへ向かいます。

 それにしても、この幅は橋の感覚を超えているかも。目の前の凱旋門みたいなビルも前にはなかったようだし。

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 お台場も新しい高層ビルがどんどん建って、様変わりしていますね。

 ところでオイラの次の目的地は、東京都水の科学館。

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 その名の通り、水の不思議を発見できる体験型ミュージアムなのですな。

 あまり理科系の博物館には興味のないオイラですが、前回来たとき、アクアプラネットという体感シアターが印象に残っています。

 大自然に踊る水の姿を、映像と大迫力の音、そして動く座席シートで実感できるディズニーランドみたいな施設。

 しかも、ここは入館料無料だし、並ばなくてもすぐ体験できる。

 これはまた行くっきゃない!!!

 …と思ったら、整備中とのことでした。

 仕方ないので、そのほかの展示物を見て、一階のアクアガーデンで水のオブジェを見ながら休憩。

 この科学館の下にある有明給水所を探検するアクアツアーなるものがあるらしい。今度、海パンをはいて探検してみたいと思いました。

 別に水に浸かるわけではないみたいですが…。

 実際、水着で行っても断られると思いますので念のため。

 水の科学館を出て、宇宙警備隊の秘密基地みたいなワンザ有明ベイモールを右手に見ながら歩いてゆくと、左手にガラス張りの建物が現れました。

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 ここが、パナソニックセンター東京。

 松下グループの総合情報発信拠点なのだそうな。

 行った日は、残念ながら2階の環境ショウケースが展示変えで入れなくて、1階のユビキタスネットワークショウケースだけ見てきました。

 ユビキタスって、最近たまに聞くけど何?と調べてみたら、英語で、「どこにでもあたりまえのようにある状態」という意味なのだとか。

 それにネットワークという言葉がプラスされると、「コンピュータ同士が自律的に連携して動作することにより、人の生活を支援する技術、環境」ということになるらしい。

 抽象的なのでよくわからなかったのですが、実際ここに展示されている商品を見たらなんとなく理解できました。

 たとえば、今流行の薄型テレビにさまざまな商品を連動させて新しい楽しみ方を実感できる。

 ブルーレイディスクの体験コーナーでは、臨場感いっぱいの大画面と音響効果のコンサート風景を体感できました。

 なるへそ、これがフルハイビジョンの世界っすか。

 もしかして、現場で実際見るより鮮明かも。人物の毛穴まで見えそう。

 将来は、見るテレビから使うテレビというコンセプトで進化するというテレビの未来形も実感できました。

 それから興味深かったのは、ニンテンドーDSのゲームソフトの体験コーナー。

 任天堂といえば、オイラの子供の頃はトランプを作っている会社というイメージでした。クラスのツッパリは、任天堂の花札を学校に持って来たりとか。

 ラブテスターや光線銃のCMはよく覚えています。そこから、ゲームウォッチやファミコンのスーパーマリオのブームで世界的企業に成長していったのですね。

 それはともかく、恥ずかしながらニンテンドーDSをオイラはやったことがない。

 恐る恐る体験コーナーで試してみたソフトが「DS眼力トレーニング」。

 動体視力を鍛えるソフトなのだとか。

 やってみたら何と、25歳の動体視力でした~♪

 食いねぇ、食いねぇ、寿司食いね~の森の石松になったような心境です。

 さすがニンテンドーさんは商売がうまい。

 面白いから今度買って、やってみようかなと考える今日この頃です。

 すっかり気分を良くしたオイラが次に向かったのは、湾岸道路を越えたところにある有明コロシアム。

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 都営のテニスセンター「有明テニスの森公園」の敷地内にある多目的スタジアムなのですか。

 上に何か鉄骨組みの建造物がかぶさっていると思ったら、開閉屋根なのですね。

 行った日は、テニスの国際試合が行われていましたが、先日もWBCフライ級チャンピオンの内藤が亀田大毅を下した防衛戦がここで行われたのですな。

 当日のブーイングの嵐が聞こえてきそう。

 お台場編はもう少し続きます。

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メタボからの脱出? with脳卒中の後遺症はどんなものがあるの? 医師と女子高生の会話から

 こんにちは。

世界一やさしい脳卒中にならないための本」発売から一ヶ月がたちました。

 楽天ブログの方たちには、ブログで紹介していただいたり、アフィリをしていただいたり、ブックレビューまで書いていただいたり、どうもありがとうございます。深くお礼申し上げます。

 今回の本は日本中で売られているようで、あの街の書店で見かけたよ~♪というご連絡もいただきました。まだ行ったことのない街の、まだ一度もお会いしたことのない人がこの本を手にとって、何気に眺めているシーンを想像するだけでうれしい気分になります。

 でも、もっと多くの方たちに読んでもらわねば。

 …ということで、今、オイラは、皆様のアフィリや都内の書店から購入した本をバッグに詰め、知り合いを回っております。

 銀行員時代の友人の支店長が3冊も買ってくれたり、元上司が「義理だよ、義理」と連発しながらもいろんな人に声をかけてくれたり、人の温かさを感じる今日この頃です。

 もう少し寒くなって雪が降り始めたら、マフラーをまいて新橋の駅前で、マッチ売りの少女みたいに道行くサラリーマンのおじさんたちに声をかけてみようか、と…。

 また、新宿の路上で、自分の書いた詩集を売っている若者の横にゴザを敷いて一緒に売ろうかとか、年末のアメ横で、バナナの叩き売りのおっさんの横で同じように売らしてもらおうとか、秋葉原デパートの前で、実演販売みたいにして売ってみようとか、いろいろな販売促進策を考えています。

 もし、オイラを都内のどこかで見かけたら、声をかけていただければうれしいです。

 それはともかく今回の本は、個人的にもいろいろなメリットがありました。

 その第一は、オイラが健康になったこと。

 二週間前、健康診断を受けてみたんですよ。

 そしたらなんと、血圧、心電図、BMI、血液検査、医師の所見、すべて異常なし、でした。

 血圧や心電図はともかく、血液検査のすべての項目が正常範囲というのは少し驚きましたね。

 オイラの生涯で、全部正常だったことは今まで一度もなかったのではないか。

 十代から三十代にかけて、少し血圧が高めだと言われたことがありました。上の血圧が130~140くらいのときが多かったのですが、最近は何度計っても、上が110で下が70台。

 とくに3年前の血液検査の結果は最悪でした。血糖値やコレステロールが高くて、とくに肝機能の値を示すGPTが100を超えていたのです。

 医療関係の方はお分かりだと思いますが、これはかなりやばい数字。

 だけど、身長・体重、体脂肪率も一応正常範囲ですし、オイラ、当時も今もほとんどお酒は飲んでいなかったのですよ。しかも、今と同じくらいウォーキングを続けていたし…。

 お医者さんはしばらく様子を見てみましょうという要観察状態のときに、今回の本を執筆したのです。

 本を書くために、脳卒中のみならず健康に関するさまざまな本を読みました。

 30冊以上読み終わったときに、なんとなく自分の体が不調になった理由がわかったような気がしましたね。

 血液検査の数字から病名まで推定できました。

 それからライフスタイルや食生活に気をつけ始めたのです。

 でも、まさかここまで好結果を生むとは思いませんでした。

 今では、渋谷の街を歩いていてアンケートに声をかけてくれるおばさまから30歳代と間違われて喜んでおりまする。

 もっとも、ユニクロの若者ファッションに身を包んだ精神年齢中学生のオヤジだからだと言われていますが。

 …ということで、健康になるエッセンスが満載の「世界一やさしい脳卒中にならないための本

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 好評発売中だよ~ん。

 ブログでも、おいおいと、オイラのこれまでの経験をご報告させていただきたいと思っております。

 さて、今日は、ブログのほうの「脳の病気シリーズ」。

 本とブログとの微妙な違いを比べてみるのも面白いかもしれませぬ。

 前回は「脳卒中には、どんな後遺症があらわれるの?」という話題を取り上げました。

 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に「心と体」のカテゴリの中にある前回、前々回の記事をお読みいただければ幸いです。

 今日はその続きです。
 
 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。

 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。  
 
 前回、脳卒中の後遺症について勉強したAYAちゃん。

 今回も引き続き、脳卒中の後遺症が話題になります。

 それでは…。


 < 脳卒中には、どんな後遺症があらわれるの? >


 言語障害はあとのリハビリのところでまた触れるとして、次へ行こうか。脳卒中のそのほかの後遺症として、『失行』と『失認』があるね。


● AYAちゃん「うーん。これも『失語症』と同じように漢字から症状を推理すると、『失行』が『行うのを失う』、つまり『行えなくなる』、ですかね。そして『失認』が『認めるのを失う』、つまり『認められなくなる』と考えたらいいのかな」


 『脳卒中講座』じゃなくて『漢字講座』みたいになってきちゃったけど、まあいいか。今、AYA君が言ったように、行為がうまくできないことを『失行』、見たり聞いたり触れたりしてものを正しく認識できないことを『失認』と言うんだ。


● AYAちゃん「また抽象的なことを…。具体的にはどんな状態なんですか?」


 失行というのは、まひや知能に障害がなくても、よく知っているはずの行為の手順やものの扱い方がわからなくなる場合だよ。たとえば出来立てのラーメンがあっても、それにコショウを振りかけて割りばしを割って食べることができない場合。

 または朝、洋服を着ようと思っても、どうやってそれを着ていいかわからずに手をズボンに突っ込んで着ようとしたり、シャツの袖に足を通そうとしたりする場合だね。ちなみにこれを着衣失行と言うんだけど。


● AYAちゃん「それは困りますね。コントみたいだけどとても笑えないわ。どうしてそんな状態になってしまうんですか?」


 脳の中には『連合野』と言って、入ってきたさまざまな情報が集まるところがあるんだ。そこで、これらの情報を分析し、過去の記憶と照合して行動のプログラミングをするんだよ。


● AYAちゃん「そうか。そこが障害を受けると、コンピュータのプログラムが壊れてしまった状態になるんですね」


 そう。『失認』も同じ理由で起きるんだ。『失認』にはいろいろな症状があるんだけど、たとえばピアノを見ても何に使うかわからない患者さんが、音を聞いて初めてそれが楽器だとわかる場合。それから、家族の顔を見ても誰だかわからない患者さんが、声を聞いて初めて家族だとわかる場合だね。

 逆に声だと誰だかわからないのに、顔を見て初めてわかる場合もある。また、見えているところに何があるのかわからなかったり、自分の体の部分の呼び名がわからなかったり、今触っているものが何であるかわからない場合もあるんだ。


● AYAちゃん「その違いって、やはり障害を受けた脳の場所によるんですよね。でも、顔を見てもわかってくれなかったら、家族としてはショックだろうなぁ」


 そうだね。あとでリハビリのところで話すけど、『失行』、『失認』はゆっくりと繰り返しながら動作を覚え、残っている機能を引き出す練習をすれば、症状が軽くなることもあるんだ。あきらめずにじっくりリハビリに取り組むことが大切だよ。


● AYAちゃん「なるほど。ほかにどんな後遺症があるんですか?」


 ほかにもいろいろな後遺症があるけど、日常生活で困ってしまうのは、飲み物や食べ物をうまく飲み込めない『嚥下障害』だね。これは、舌やのど、あご、食道など、飲み込むための神経や筋肉がまひしているために、食べ物がのどにつかえてしまうんだよ。


● AYAちゃん「食べ物や飲み物が気管に入ると、すごく苦しいですよね」


 嚥下障害になると、そうなるケースも多いんだ。肺炎などの合併症を招くこともあるんだよ。それから『排泄障害』も同じくらい日常生活では困ってしまう障害だね。これは排尿や排便のコントロールが自分でできなくなってしまった状態なんだけど。


● AYAちゃん「やっぱり、我慢できなくなってしまうケースが多いんですか」


 患者さんによってさまざまだけど、脳卒中の障害によって起こる場合は、膀胱に十分尿をためることができずに頻尿になったり、尿意を我慢できずに失禁してしまったりする場合が多いね。また排便に関しては、脳卒中になって運動が減ったことで便秘になってしまうこともよくある。


● AYAちゃん「便秘になると気分が晴れなくてイライラしますよね」


 それから『視野障害』と言って、おもに右脳が障害を起こした場合に左側の視野が欠けてしまうことがあるんだ。


● AYAちゃん「ん? 左目が見えなくなるんですか?」


 脳卒中でそういう障害が出ることもあるけど、この場合は違うね。目では見えていても左側の視野がわからないというか、無視してしまうんだよ。たとえば食事のとき、自分の右側にあるものだけ食べて左側にあるものは食べないとか、左から声をかけても声をかけた人がどこにいるのかわからず、正面や右側だけを探すといったことが起こる。


● AYAちゃん「実際どういうふうに見えるのか、患者さんの立場になってみないとわからないですねぇ。それにしてもいろんな後遺症が起きるんですね」


 脳卒中になった患者さんが、一人で全部これらの後遺症を抱え込むわけじゃないからね。脳に起きる障害の場所と程度によって、後遺症の現れ方は人それぞれなんだよ。そのほかにはよく、口のまわりや手足のしびれを訴える患者さんが多いね。それからさまざまな感覚が鈍くなる患者さんもいる。


● AYAちゃん「鈍感な人はよくいますけど…」


 そういう意味じゃなくて。たとえば、温かさや冷たさを感じる温度覚が鈍くなると、お風呂のお湯が熱くても分からずに入って大やけどをすることがある。それから痛みを感じる感覚が鈍くなると、台所で包丁を使っていて手を切っても気づかず大けがをすることもある。


● AYAちゃん「わっ、そりゃ大変。感覚が鈍くなると命に関わることもあるんですね」


 脳卒中の後遺症というのは、複雑でさまざまなものがあって、触れていくときりがないからここまでにするけど、あとどうしても触れておきたいものがあるんだ。


● AYAちゃん「随分引っ張りますね。それは何ですか?」


( 約一ヵ月後に続きます )

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江東区・大島小松川~仙台堀川公園、砂町銀座商店街 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 ようやく秋の気配が色濃くなってきましたね。

 酷暑で睡眠不足がちだった夏の分を取り戻すべく、爆睡を重ねる今日この頃。

 先日、イトーヨーカドーでジャイアンツの優勝セールをやっていたので新しいスニーカーを買いました。

 20パーセント引きと聞けば、見逃せませぬ。

 最近忙しくて、都会から離れられないので、それを履いて山や海にハイキングに行きたいと思いました。

 しかし、東京23区内でも、意外と自然を満喫できる場所はあるんですよ。

 …ということで、今日は水辺をテーマにしたウォーキングでもいかがかと。

 9月の終わりのある晴れた休日、オイラは都営新宿線、東大島駅にやってきました。

 残暑がきびしい日でしたね~。

 ところで、都営新宿線は地下鉄。なのに、ホームからはさわやかな青空が望め、吹く風もどことなく心地よい。

 …と思ったら、この駅は川の上に橋のような形で作られているのですね。

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 ホームからは、ゆったりと流れる旧中川の水面が望めました。

 この駅に来たのは、確か今回が二回目。

 前回来たとき、駅のそばにある公園の絶景スポットがいまだに脳裏に焼きついています。

 青空とどこまでも広がる原っぱ。

 それだけの風景が、こんなに印象的なんて。

 壮大な景色はそのままでしたが、遠くのほうにマンションがいくつも建っていました。

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 緑のじゅうたんが目にまぶしい。

 駅前のスーパーで買ったちらし寿司を食べようと思ったのですが、木陰がほとんどないのです。

 これだけ広い原っぱだと、どこで弁当を広げていいか困ってしまうのは皮肉な話。

 ようやく見つけたやせた木の細い木陰で、せせこましくちらし寿司をかっこんだのでした。

 再び、東大島駅に戻り、駅の反対側へ。

 駅前に広がる大島小松川公園のわんさか広場の丘を越えると、前回来たときはなかった建築物が目につきました。

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 この建物は、中川船番所資料館。

 この場所は、旧中川と小名木川が合流する江戸時代の水上輸送の要所だったらしい。

 小名木川を通れば、江戸の中心近くを流れる隅田川まで一直線。幕府は、この要所に船番所を設けて、江戸に入る荷物や人を検査したそうな。

 資料館に入り、エレベーターに乗って3階で降りると、当時の船番所の様子を再現した実物大のジオラマがありました。

 扉が開いたとたん、江戸時代へタイムスリップ。

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 フロアが青く塗られ、いきなり川の中へボッチャンと落ちそうな錯覚に陥りそう。

 番所の役人は、かなり高禄の旗本だったとか。それだけ、この場所が重要だったということでしょうね。

 でも、普段はほとんど出勤せず、家来が代わりに勤めていたケースが多いらしい。

 仕事しないで、ごっそり給料がもらえるなんて、いつの時代もお役人様はいいよな~と僻みつつ、館内をまわります。

 展望室からは、おだやかに流れる旧中川が。

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 23区内にいることをしばし忘れて見入ってしまいました。

 2階は、江戸和竿を中心に釣具を展示。釣りにはあまり興味がないのですが、釣り竿を作るのに、すごくたくさんの工程と熟練した技術が必要なのがわかりました。

 資料館を出て、目の前の中川大橋を渡り、大島小松川公園の風の広場へ向かいます。

 そこにあるのが、古代遺跡のような趣の旧小松川閘門。

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 閘門とは、ふたつの水門を組み合わせて、水位の異なる川の間で船の行き来を可能にした施設だとか。

 そう言われると、学校で習ったスエズ運河みたいなものかと思ってしまいます。

 これは昭和2年に作られたもので、なんとこの場所にあったものだとか。

 埋もれているわけで、ここを掘り返すとその威容が現れるのですね。

 その全体像を見たいものだと思いつつ、荒川方面に歩きました。

 それにしても、9月の終わりだというのに暑いっす。

 公園の中では、水着で日向ぼっこをしている若者の姿が目立ちました。

 超ビキニのブーメランパンツ一丁で、ジョギングをしているおっさんも。

「でも、そんなの関係ねぇ~」とアクションを交えて叫べば、そのまんま小島よしお。

 小島よしおの人気がそこまで波及しているとは。

 こう暑いと、ブーメランパンツ一丁でないと、ひと夏を乗り切ることはできないかもしれませぬ。

 地球温暖化に警笛を鳴らす小島よしお氏のライフスタイルは、時代のニーズを先取りするものだと思いました。

 裸芸で一世を風靡したそのまんま東知事のごとく、石原都知事の次は小島よしお氏かな、などと思いながら歩いているうちに、荒川ロックゲートに到着。

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 これはさきほど見た、旧小松川閘門の現代版の施設といったらいいでしょうか。

 荒川と旧中川の水面の高さは、最大3メートル近くもあるのだとか。

 水面の高さが違う二つの川のあいだを船が通行出来るようにするための「水のエレベーター」なのですね。

 これで、小名木川などを通じて荒川と隅田川がつながり、災害時の物資輸送も可能になったとか。

 荒川ロックゲートの近くに、ぶんぶん音を立てて回る塔がありました。これは風力発電の施設なのだとか。

 風の広場というネーミングも納得です。

 川のそばを離れ、今度は住宅街へと向かいます。

 下町の風情の残る町並みを縫って歩き、高層住宅の間を抜けると仙台堀川公園。

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 ここは、かつて仙台堀川という川があったところを暗渠化して、その上を公園として整備したのですね。

 だから当然細長い公園で、延長3.7キロに及ぶとか。

 ランニングコースやサイクリングコースにもなっておりました。

 道の両脇に木が植えられ、隣に水の流れもあったりして、ウォーキングコースとしても快適です。

 途中に釣堀や小規模ですが7つの森、エコスポットなど変化にも富んでおりまする。

 注目なのは、旧大石家住宅。

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 東砂地区から移築したらしいのですが、小さいものの江戸時代から残る民家として、区内では最古のものだとか。

 運河跡碑のところでコースは、90度ターン。横十間川親水公園に向けて一直線に公園が続きます。

 途中、潮入りの池や浮橋などの見所もありました。

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 このコンクリートの橋脚と鉄骨で作られた橋が水に浮いているという解説板があったのですが、信じられませぬ。

 水が澱んで、あふれかえるばかりの水位でしたが。

 やがて、横十間川親水公園に到着。

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 この川は、読んで字のごとく、川幅が十間で江戸城から見て横に流れているから名前がつけられたとか。

 貸しボートなどもありましたが、あまり利用者はいませんでした。ボート好きにとっては、穴場的存在かも。

 川幅はそれほど広くないですが、川辺から眺める景色はなかなかでした。

 ヨーロッパには行ったことがありませんが、オランダやベネチアなど水の景観が素敵な都市を髣髴とさせるようなスポットもありましたね。

 桜の季節はきっと最高かも。

 清洲橋通りのところで、親水公園と別れ、最後に向かったのは、砂町銀座商店街。

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 ここは、明治通りと丸八通りの間の細い道の両側に、お惣菜など食品を中心とした商店が並ぶ。

 別名「おかず通り」とも呼ばれるらしい。

 戦前は小規模だったそうですが、昭和30年代の後半に現在の規模になったのだそうな。

 歩いていると、確かに昭和の時代の商店街に迷い込んだような活気が感じられました。

 昔ながらの対面販売で、値段も安い。

 お惣菜としては、てんぷらやフライが多いような。

 味噌が量り売りなのは、懐かしかったです。店先にてんこもりの味噌を見たときは、おお~と立ち止まりました。

 商店街のなかほどにある砂町文化センターの二階にあるのが、石田波郷(いしだはきょう)記念館。

 オイラは不勉強で知らなかったのですが、石田波郷は、戦後の俳壇で活躍した俳人。

 昭和21年から12年間、江東区で暮らしたらしい。

 俳句はよくわからないのですが、水原秋桜子の弟子で、わが国の俳句文学に大きな功績を残したのだとか。

 彼の略歴をたどってゆくと、兵隊に行ってから胸膜炎を患い、その後の人生のほとんどを闘病と療養で過ごしたのだとか。

 そういえば、正岡子規もまた病床で俳句をよんでいたのでした。

 現代の医学だったら、完治も可能だったのかなと思います。ただ、病気になることによって、感性が高められ、より研ぎ澄まされた人の心を打つ文章にもつながったような気がしました。

 だからといって、病気になりたいとは思わないよな~と考えつつ、中の橋商店街を歩いて、大島駅へ向かいます。

 でも行けども行けども、駅がない。

 やがて、総武線の黄色い電車が高架を走っているのが見えました。

 仕方なく、亀戸まで歩くことに。

 なぜ、都営新宿線の駅を見失ったのか。

 そういえば、地下鉄だったと気がつきました。

 スタートが同じ路線の東大島駅で、地下ではない駅舎。

 東大島と大島駅の間で、地下に入るのでした。

 固定観念の怖さを実感した一日でしたね。

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中野・新井薬師~平和の森公園 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 先日、久しぶりにバスタを食べようと思ったんですよ。

 前から読みたかった東野奎吾の直木賞受賞作「容疑者Xの献身」が図書館で借りられたのです。

 そこで、オープンカフェでクリームソースのシーフードバスタを食べながら読もうか、と…。

 いつもは、松屋のカレーや吉ぎゅーなオイラですが、ごくまれに洒落に決める日もあるのですね~。

 案内された席の横には、女子高生のグループがいました。

 少々うるさめでしたが、読書に集中すれば気にならないはず、と思ったのです。

 でも、大声で話している内容が嫌でも、耳に入ってくる。

 話題はなんと、クラスの女子の○乳ランキング。

 しかも、選考基準となる具体的な描写力がすごい。

 おまいら、いつ見たんじゃ~と隣から突っ込みを入れたくなりました。

 結局、結果的に聞き耳を立てていたためか、せっかくの本がどこを読んだのか、まったく記憶にない状態。

 しかも、クリームソースのシーフードパスタを食べた記憶もどこかへ飛んでしまいました。

 金返せ~といいたいところですが、おかげさまで新作のアイデアが浮かびましたが。
 

 さて、今日もお散歩ネタ。

 春から夏にかけて2週間に一度、鷺ノ宮へ通って仕事をしたのでした。

 ちょうど土曜日だし、せっかく来たのだからと午後はその沿線をめぐり、いろいろな場所をウォーキングしたのですね~。

 仕事が滞りなく終わったので、西武新宿線沿線シリーズは今回で最後です。

 高田馬場から小平までの区間だけでしたが、瀟洒な住宅街と個性のある公園がたくさんあってなかなか楽しかったですよ。

 東村山やその先の川越も、自然が豊かで歴史のあるスポットがいろいろあるのでまた旅をしてみたいと思いました。

 さて、最終回なのでどこか遠くへと思ったのですが、行った週は、炎天下の深谷と房総風土記の丘を訪ねたのでバテバテ。

 近場でお茶を濁すことになったのですけど、中野の歴史が実感できるなかなかいいコースでした。

 スタートは、新井薬師駅です。

 そのまま駅の名前にもなっている新井薬師へ行ってもいいのですが、少し遠回りして歴史スポットを訪ね歩くことにしました。

 南口を出て商店街を抜け、住宅街に入ります。

 敷地の広い古いお屋敷が建ち並ぶあたりは、昔は農家と畑だったのでしょうね。

 古木と緑にあふれた広い庭を取り囲む竹垣は、「たき火の歌発祥の地」なのだとか。

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 ♪ 垣根の垣根の曲がり角

   たきびだ たきびだ 落ち葉焚き ♪


 この童謡のイメージそのままの風景が残っていて、ノスタルジックな気分になりました。

 童謡の作詞者、巽聖歌は、この近くに住んでいて、昭和のはじめに武蔵野の面影の残るこの辺りを散歩してこの歌を作ったのだとか。

 いくらそこらじゅうほっつき歩いても、まったく歌詞がうかばないオイラとしては、尊敬しますね。

 当時の武蔵野の雑木林や畑をイメージしながら、上高田氷川神社や桜が池不動尊を巡ります。

 妙正寺川を越えて、親と子供たちがキャッチボールやサッカーで汗を流す落ち合い公園で一服。

 再び、妙正寺川を渡り、右の急な坂道を登ると、上高田寺町がありました。

 かつて都心にあった古刹が、中野へ引越してきたのでしょうね。

 江戸時代の有名な大名や旗本のお墓があるそうなんですよ。

 たとえば、願正寺には、幕末、幕府最初の遣外使節として、日米修好通商条約の批准書交換のため渡米し、大統領に謁見した新見正興の墓。

 宝泉寺には、島原の乱のとき、一揆討伐の上使として討ち死した板倉重昌の墓。

 そして、万昌院功運寺には、忠臣蔵で有名な幕府高家筆頭の吉良上野介の墓も。

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 またこのお寺には、作家の林芙美子や浮世絵師の歌川豊国の墓もありました。

 寺町から、上高田本通りをひたすら歩き、門前通りで左折して、新井薬師へ向かいます。

 行った日はちょうど縁日でした。

 8のつく日が縁日だそうで、屋台がいくつか境内に出ています。

 金魚の屋台が面白くてしばし眺めたあと、本堂にお参り。

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 このお寺は、天正というから徳川家康が江戸に幕府を開く前に開基した古刹なのですね。

 桜の古木やお願い地蔵尊を見たあと、隣にある新井薬師公園へ行きました。

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 大きな池があって、自由に釣りが楽しめるみたい。

 池を眺めていたら、釣り糸を垂れるおじいさんの竿に強烈な当たりが…。

 水しぶきをあげて暴れる巨大な鯉とおじいさんとの迫力あるバトルを見ながら手に汗握って観戦しました。

 やっと釣り上げた鯉の頭をなでてリリースするおじいさんの慈悲深い表情が印象的でしたね。

 これをネタにして、ヘミングウェイの「老人と海」をパクッて「老人と池」という小説を書いて文学賞に応募してみようかと思う今日この頃。

 それはともかく、公園の隣にある北野神社には、村の若者が力比べに使った「力石」が13個も並んでいました。

 神社を出てずんずん歩き、再び妙正寺川を超え 西武新宿線の踏み切りを渡ると、沼袋の鎮守、氷川神社。

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 よく整備された神社で、もう枯れて今は根っこの部分しか残っていませんが、太田道灌が戦勝を祈願して植えたという「道灌杉」の古株がありました。

 そしてここにも力石がいくつも残っています。

 力石って、おもに江戸時代から明治にかけて、神社の境内などで行われた力試しに使った石ですよね。

 力石には、その重さと持ち上げた村の若者の名前などが彫りこまれているのですが、どれも100キロ以上。

 北野神社や氷川神社にある力石は、200キロくらいの重さの石があったような。これらの石を抱えて持ち上げて、力を競う。

 中には300キロ近い重さの石もあるそうですね。

 まさか、こんな大きな石を頭の上に持ち上げたのでしょうか。村の力自慢の若者ぐらいで、今だったら怒涛の怪力ストロング小林も真っ青の怪力パフォーマンスを見せるなんて。

 江戸時代の人たちは、全体的に背が低かったらしいですが、身長229センチの生月鯨太左衛門という力士もいたらしい。

 あの、大巨人、アンドレ・ザ・ジャイアントでさえ、身長が223センチ。

 一般的に体格は現代人のほうが格段によくなっていますが、途方もない大きさの人が昔にもいたのですね。

 力もやはり昔の人のほうがあったのでしょうか。 

 私事で恐縮ですが、オイラだって、若い頃はスーパースター、ビリーグラハムにあこがれて銀行の100円硬貨が40万円分入った硬貨袋を一度に8袋も頭の上に持ち上げた記録があるのですが…。

 でも、200キロの石とでは雲泥の差。

 もっとも大きな石は、宙に数秒浮かせたり、動かしたりするだけでも、成功とみなされた例があったらしい。

 古の若者たちと力比べをしたいと、かつてゲームセンターの腕相撲で「横綱」に勝ったことのあるオイラは切に思うのでした。

 ビリーグラハムのようなボディビルのパフォーマンスを道行く人に見せながら、次に向かったのは、中野区立歴史民俗資料館。

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 茅葺の民家をイメージしたシックな外観で、中野区の郷土文化の変遷を知ることができます。

 充実した展示で無料なのもうれしかったっす。

 江戸時代から現代に至るまで、青梅街道の影響を中野はたぶんに受けたみたいですね。

 資料館を出て、百体の観音像が境内に林立する明治寺、そしてイチョウの大木がそびえる禅定院を見て、沼袋商店街に入ります。

 商店街を歩き、沼袋駅前の踏切を渡り、坂をずんずんあがっていくとそこは、平和の森公園。

 ここは昔、中野刑務所のあったところだとか。

 今は緑深い自然味豊かな公園へと変わったのですね。

 野球場やせせらぎの流れる水辺の広場、園内には弥生時代後期の住居も復元されているっす。

 なぜか、茅葺ではなくなぜかコンクリートの屋根でしたが…。

 そして、見渡す限りの芝生の広場。

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 都内では、庭園やスポーツ施設より、なんの変哲もない芝生のだだっ広い空間にリッチさを感じてしまうのはオイラだけでしょうか。

 大勢の人たちが、キャッチボールや紙飛行機を飛ばしたり、サッカーをしたりしていましたが、それでもゆったりしているところが素晴らしかったです。

 平和公園通りを一直線に歩き、中野駅に向かいました。

 先ほど資料館でチェックしたのですが、中野駅前から区役所のあたりは、かつて「犬屋敷」があったところだそうな。

 犬神家の一族のような犬という名前のついた大金持ちではなく、本物の犬の屋敷が…。

 といっても、江戸時代の話ですけど。

 「生類哀れみの令」で有名な五大将軍綱吉が、江戸の市中で増えすぎた野犬をここに収容したのですか。

 犬小屋が乱立していたのかと思いきや、五つのお囲い御用屋敷が造られて、その敷地面積は100万平方メートルにも及んだらしい。

 歴史の教科書で習った事柄も、実際、現場に立ってその広さを実感すると、その極端な政策が個人の脳みそだけから作られたのだと思うと驚きます。

 区役所の隣にあるのが、中野の名所ともいうべき、「サンプラザ中野」ではなく「中野サンプラザ」。

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 行った日は、アイドルグループのコンサートがあったようで、ファンの人たちが大勢広場に集まっておりました。

 十代の少女のグループのコンサートだから、若い男性が多いのはわかりますが、なんとオイラと同世代のおじさんたちも少なくない。

 しかもそろいのはっぴを着て、背中にはアイドルの個人名が大書きされておりまする。

 うぬぬ、オイラも追っかけやろうかな。 

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