中野・新井薬師~平和の森公園 ウォーキングストーリー
こんにちは。
先日、久しぶりにバスタを食べようと思ったんですよ。
前から読みたかった東野奎吾の直木賞受賞作「容疑者Xの献身」が図書館で借りられたのです。
そこで、オープンカフェでクリームソースのシーフードバスタを食べながら読もうか、と…。
いつもは、松屋のカレーや吉ぎゅーなオイラですが、ごくまれに洒落に決める日もあるのですね~。
案内された席の横には、女子高生のグループがいました。
少々うるさめでしたが、読書に集中すれば気にならないはず、と思ったのです。
でも、大声で話している内容が嫌でも、耳に入ってくる。
話題はなんと、クラスの女子の○乳ランキング。
しかも、選考基準となる具体的な描写力がすごい。
おまいら、いつ見たんじゃ~と隣から突っ込みを入れたくなりました。
結局、結果的に聞き耳を立てていたためか、せっかくの本がどこを読んだのか、まったく記憶にない状態。
しかも、クリームソースのシーフードパスタを食べた記憶もどこかへ飛んでしまいました。
金返せ~といいたいところですが、おかげさまで新作のアイデアが浮かびましたが。
さて、今日もお散歩ネタ。
春から夏にかけて2週間に一度、鷺ノ宮へ通って仕事をしたのでした。
ちょうど土曜日だし、せっかく来たのだからと午後はその沿線をめぐり、いろいろな場所をウォーキングしたのですね~。
仕事が滞りなく終わったので、西武新宿線沿線シリーズは今回で最後です。
高田馬場から小平までの区間だけでしたが、瀟洒な住宅街と個性のある公園がたくさんあってなかなか楽しかったですよ。
東村山やその先の川越も、自然が豊かで歴史のあるスポットがいろいろあるのでまた旅をしてみたいと思いました。
さて、最終回なのでどこか遠くへと思ったのですが、行った週は、炎天下の深谷と房総風土記の丘を訪ねたのでバテバテ。
近場でお茶を濁すことになったのですけど、中野の歴史が実感できるなかなかいいコースでした。
スタートは、新井薬師駅です。
そのまま駅の名前にもなっている新井薬師へ行ってもいいのですが、少し遠回りして歴史スポットを訪ね歩くことにしました。
南口を出て商店街を抜け、住宅街に入ります。
敷地の広い古いお屋敷が建ち並ぶあたりは、昔は農家と畑だったのでしょうね。
古木と緑にあふれた広い庭を取り囲む竹垣は、「たき火の歌発祥の地」なのだとか。
♪ 垣根の垣根の曲がり角
たきびだ たきびだ 落ち葉焚き ♪
この童謡のイメージそのままの風景が残っていて、ノスタルジックな気分になりました。
童謡の作詞者、巽聖歌は、この近くに住んでいて、昭和のはじめに武蔵野の面影の残るこの辺りを散歩してこの歌を作ったのだとか。
いくらそこらじゅうほっつき歩いても、まったく歌詞がうかばないオイラとしては、尊敬しますね。
当時の武蔵野の雑木林や畑をイメージしながら、上高田氷川神社や桜が池不動尊を巡ります。
妙正寺川を越えて、親と子供たちがキャッチボールやサッカーで汗を流す落ち合い公園で一服。
再び、妙正寺川を渡り、右の急な坂道を登ると、上高田寺町がありました。
かつて都心にあった古刹が、中野へ引越してきたのでしょうね。
江戸時代の有名な大名や旗本のお墓があるそうなんですよ。
たとえば、願正寺には、幕末、幕府最初の遣外使節として、日米修好通商条約の批准書交換のため渡米し、大統領に謁見した新見正興の墓。
宝泉寺には、島原の乱のとき、一揆討伐の上使として討ち死した板倉重昌の墓。
そして、万昌院功運寺には、忠臣蔵で有名な幕府高家筆頭の吉良上野介の墓も。
またこのお寺には、作家の林芙美子や浮世絵師の歌川豊国の墓もありました。
寺町から、上高田本通りをひたすら歩き、門前通りで左折して、新井薬師へ向かいます。
行った日はちょうど縁日でした。
8のつく日が縁日だそうで、屋台がいくつか境内に出ています。
金魚の屋台が面白くてしばし眺めたあと、本堂にお参り。
このお寺は、天正というから徳川家康が江戸に幕府を開く前に開基した古刹なのですね。
桜の古木やお願い地蔵尊を見たあと、隣にある新井薬師公園へ行きました。
大きな池があって、自由に釣りが楽しめるみたい。
池を眺めていたら、釣り糸を垂れるおじいさんの竿に強烈な当たりが…。
水しぶきをあげて暴れる巨大な鯉とおじいさんとの迫力あるバトルを見ながら手に汗握って観戦しました。
やっと釣り上げた鯉の頭をなでてリリースするおじいさんの慈悲深い表情が印象的でしたね。
これをネタにして、ヘミングウェイの「老人と海」をパクッて「老人と池」という小説を書いて文学賞に応募してみようかと思う今日この頃。
それはともかく、公園の隣にある北野神社には、村の若者が力比べに使った「力石」が13個も並んでいました。
神社を出てずんずん歩き、再び妙正寺川を超え 西武新宿線の踏み切りを渡ると、沼袋の鎮守、氷川神社。
よく整備された神社で、もう枯れて今は根っこの部分しか残っていませんが、太田道灌が戦勝を祈願して植えたという「道灌杉」の古株がありました。
そしてここにも力石がいくつも残っています。
力石って、おもに江戸時代から明治にかけて、神社の境内などで行われた力試しに使った石ですよね。
力石には、その重さと持ち上げた村の若者の名前などが彫りこまれているのですが、どれも100キロ以上。
北野神社や氷川神社にある力石は、200キロくらいの重さの石があったような。これらの石を抱えて持ち上げて、力を競う。
中には300キロ近い重さの石もあるそうですね。
まさか、こんな大きな石を頭の上に持ち上げたのでしょうか。村の力自慢の若者ぐらいで、今だったら怒涛の怪力ストロング小林も真っ青の怪力パフォーマンスを見せるなんて。
江戸時代の人たちは、全体的に背が低かったらしいですが、身長229センチの生月鯨太左衛門という力士もいたらしい。
あの、大巨人、アンドレ・ザ・ジャイアントでさえ、身長が223センチ。
一般的に体格は現代人のほうが格段によくなっていますが、途方もない大きさの人が昔にもいたのですね。
力もやはり昔の人のほうがあったのでしょうか。
私事で恐縮ですが、オイラだって、若い頃はスーパースター、ビリーグラハムにあこがれて銀行の100円硬貨が40万円分入った硬貨袋を一度に8袋も頭の上に持ち上げた記録があるのですが…。
でも、200キロの石とでは雲泥の差。
もっとも大きな石は、宙に数秒浮かせたり、動かしたりするだけでも、成功とみなされた例があったらしい。
古の若者たちと力比べをしたいと、かつてゲームセンターの腕相撲で「横綱」に勝ったことのあるオイラは切に思うのでした。
ビリーグラハムのようなボディビルのパフォーマンスを道行く人に見せながら、次に向かったのは、中野区立歴史民俗資料館。
茅葺の民家をイメージしたシックな外観で、中野区の郷土文化の変遷を知ることができます。
充実した展示で無料なのもうれしかったっす。
江戸時代から現代に至るまで、青梅街道の影響を中野はたぶんに受けたみたいですね。
資料館を出て、百体の観音像が境内に林立する明治寺、そしてイチョウの大木がそびえる禅定院を見て、沼袋商店街に入ります。
商店街を歩き、沼袋駅前の踏切を渡り、坂をずんずんあがっていくとそこは、平和の森公園。
ここは昔、中野刑務所のあったところだとか。
今は緑深い自然味豊かな公園へと変わったのですね。
野球場やせせらぎの流れる水辺の広場、園内には弥生時代後期の住居も復元されているっす。
なぜか、茅葺ではなくなぜかコンクリートの屋根でしたが…。
そして、見渡す限りの芝生の広場。
都内では、庭園やスポーツ施設より、なんの変哲もない芝生のだだっ広い空間にリッチさを感じてしまうのはオイラだけでしょうか。
大勢の人たちが、キャッチボールや紙飛行機を飛ばしたり、サッカーをしたりしていましたが、それでもゆったりしているところが素晴らしかったです。
平和公園通りを一直線に歩き、中野駅に向かいました。
先ほど資料館でチェックしたのですが、中野駅前から区役所のあたりは、かつて「犬屋敷」があったところだそうな。
犬神家の一族のような犬という名前のついた大金持ちではなく、本物の犬の屋敷が…。
といっても、江戸時代の話ですけど。
「生類哀れみの令」で有名な五大将軍綱吉が、江戸の市中で増えすぎた野犬をここに収容したのですか。
犬小屋が乱立していたのかと思いきや、五つのお囲い御用屋敷が造られて、その敷地面積は100万平方メートルにも及んだらしい。
歴史の教科書で習った事柄も、実際、現場に立ってその広さを実感すると、その極端な政策が個人の脳みそだけから作られたのだと思うと驚きます。
区役所の隣にあるのが、中野の名所ともいうべき、「サンプラザ中野」ではなく「中野サンプラザ」。
行った日は、アイドルグループのコンサートがあったようで、ファンの人たちが大勢広場に集まっておりました。
十代の少女のグループのコンサートだから、若い男性が多いのはわかりますが、なんとオイラと同世代のおじさんたちも少なくない。
しかもそろいのはっぴを着て、背中にはアイドルの個人名が大書きされておりまする。
うぬぬ、オイラも追っかけやろうかな。
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