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輝く!私が今年読んで面白かった小説大賞、ノミネート作品発表! 2007年上半期

 こんにちは。

 さて、気がついてみると、もう年末。

 今年もあとわずかですね。

 ぐるっとパスで、調子こいて秋から冬にかけ都内をぐるぐるまわっていたら、年末に仕事がたまってしまいました。

 昨日から、のども痛いし…。

 夏場、遊びほうけて冬になって青くなる、キリギリスの気持ちが実感できる今日この頃。

 今日から大晦日まで、お正月も若干仕事をしなければなりませぬ。

 もっとも以前、銀行に勤めていた頃は、初詣の人たちにまじって帰宅するなんてこともありましたから、あまり苦にはなりませんが…。


 それはともかく、最近、ホントに月日の経つのが早いと実感しています。

 つい最近まで、自分が若い若いと思っていたのですが、お馬鹿なことをしたら月に変わってお仕置きされる年代になってしまいました。

 外見の変化に精神年齢が追いつきませぬ。

 だらだら日を送っていて、気がついたら棺桶に片足を突っ込んでいた、では目も当てられませんからね。

 そこで、6年前から手帳にその日にあった出来事を簡単に書くことにしたのです。

 昨日より今日は成長していたい、と誰でも思うものですが、そうは問屋が卸しませぬ。

 だから、1年前よりは少なくとも、成長していたいものだ、と…。


 オイラの手帳利用法の唯一のオリジナルといえば、読書目録みたいなものを書いていることでしょうか。

 手帳に日記を書き始めたと同時に続けているのですが、これがなかなかいいです。

 子供の頃から本を読むのが好きだったので、生まれてからどれほど本を読んだかわからない。

 数年前、一度読んだ本を買ってしまったことがあって、これはいかんと本の名前を手帳に控えることにしたのですよ。

 せっかくだから、読んで面白かったかどうか、五つ星で評価することにしたんです。

 これも文学賞の選考委員になったような気分になって楽しめる。

 本は面白いんだけど、作家の性格が嫌いだから三ツ星だな、みたいな。


 …ということで、今日は、毎年恒例となりましたオイラが今年読んだ本の中で、面白いと思った小説ネタで行こうか、と…。


 題して、「私が面白かった小説大賞 2007」。


 小島よしおも流行語大賞を受賞しましたが、オイラはそんなの関係ねぇ~くて、単に個人的な趣味の面白かったかどうかだけで選んでいますので念のため。

 ちなみに去年のベスト5は以下の作品でした。


 ● 終戦のローレライ 福井晴敏

 ● 深重の海  津本陽

 ● 鳥類学者のファンタジア  奥泉光

 ● 四日間の奇蹟  浅倉卓弥

 ● 対岸の彼女  角田光代



 能書きはこのくらいにして、本日は「ビジベンは、こんな本を読んできた。2007年上半期 輝く私が読んで面白かった小説大賞 ノミネート作品発表」です。

 上半期があるなら、当然、下半期もあります。それはまた、いずれ。


 まずは、オイラが今年の1~6月までに読んだ本。

 読んだ小説は、以下のとおり、しめて29冊。

 ちなみに、去年は、22冊。おととしは34冊でした。

 去年よりは暇だったけれど、おととしよりは忙しかったのかな、といろいろ考えたのですが、その理由はわかりませぬ。

 もっとも、真田太平記や終戦のローレライのような文庫本のシリーズを読むと、どうしても多くなるのですが…。

 このほかにもビジネス書を結構読んでいるので、かなりの活字中毒かも。 

 まとまった時間がとれないので、電車や食事のときなど細切れの時間を利用して読むことが多いですね。

 それと、読みなれているからスピードも早いような気がします。

 図書館で借りた本がほとんどですが、なぜか日本人作家の本が多いのが特徴。

 前にも書いたことがありますが、最近、外人の登場人物の名前が覚えられなくて…。

 外人のプロレスラーの名前は、すぐ覚えられるのですが…。

 それはともかく、今年の上半期に読んだ本は以下のとおりです。発売された時期ではありませんので、念のため。


1月

 学生街の殺人 東野圭吾
 司馬遼太郎が考えたこと 1 司馬遼太郎
 逃げ水 (上) 子母沢寛
 逃げ水 (下) 子母沢寛 
 城の作り方辞典 三浦正年

2月

 壁・旅芝居殺人事件 皆川博子
 司馬遼太郎が考えたこと 2 司馬遼太郎
 沈黙の教室 折原一

3月

 秘剣・雪割り 佐伯泰英
 ホック氏の異郷の冒険 加納一朗
 覇王の家 (上) 司馬遼太郎
 覇王の家 (下) 司馬遼太郎

4月

 陰魔羅鬼の瑕 (上) 京極夏彦
 陰魔羅鬼の瑕 (中) 京極夏彦
 陰魔羅鬼の瑕 (下) 京極夏彦
 花まんま 朱川湊人
 新史太閤記 (上) 司馬遼太郎

5月

 新史太閤記 (下) 司馬遼太郎
 灰色のピーターパン 石田衣良
 司馬遼太郎が考えたこと 3 司馬遼太郎
 顔 松本清張

6月

 電車男 中野独人
 県庁の星 桂望美
 新宿鮫 灰夜 大沢在昌
 TUGUMI 吉本ばなな
 今夜宇宙の片隅で 三谷幸喜
 司馬遼太郎が考えたこと 4 司馬遼太郎
 司馬遼太郎と城を歩く
 上高地の切り裂きジャック 島田荘司



 こうしてあらためて見ると、相変わらず濫読かも。

 どちらかというと、歴史物とミステリーが好きなので、そのふたつのジャンルを中心に読み、箸休めとしてジャンルを問わずベストセラー作品を濫読する傾向にあるみたい。

 今年は、小説とは言えないと思いますが、城についての本も読めたのはなんだか得した気分ですね。


 それにしても、司馬遼太郎の本がやっぱし多い。

 小学生時代から毎年、必ず司馬遼太郎の本を読んでいるのに、まだ完読できないのですから、その著作量は膨大なのですね。

 以前にも書いたと思いますが、司馬史観という独特のアカデミックな内容はもちろん、オイラが惹かれるのはその文体。

 初期の頃は、他の多くの歴史小説のように読みづらい部分もあったのですが、脂が乗っている時期に書かれたものは、どれも記述が平易ですね。

 センテンスが短く、余計な文章の装飾がない。

 反面、司馬遼太郎の小説を読んでいると、関が原で大軍が戦塵をまじえる大迫力のシーンがリアルにイメージできる。

 行間で、ビジュアルを表現できる稀有な作家だと思いました。

 それから、「ここで余談だが…」という書き出しから始まるアカデミックな記述。

 オイラの知り合いの社長さんたちで司馬遼太郎のファンは多いのですが、中でも「余談」が面白いという意見をよく聞きます。

 むしろ、余談が面白いから読むという人もいました。小説というエンタテイメントの面白さとともに、余談でアカデミックな知識も仕入れることができる。

 一粒で二度おいしいのも、大きな魅力ですね。

 でも、最近は主だった作品は皆読んでしまったので、老後の楽しみが損なわれたのではないかと考える今日この頃です。


 その視点でいろいろな小説を読むと、現在のベストセラー作家の佐伯泰英の本はエンタテイメントの占める比率が高い。

 新聞や雑誌の書評を読むと、仕事に疲れたサラリーマンのおとうさんが、読書中は仕事を忘れられるという癒し効果を追い求めて買っているのだと書かれていました。

 確かに、オイラも銀行員時代、電車の中で頭をクールダウンしたいという意味で、内田康夫のミステリーをよく読みました。

 忙しくてなかなか遊びに行けないから、本の中で旅行ができて、なおかつミステリーの楽しさを味わえる、みたいな。

 これもまた、一粒で二度おいしい魅力でしょうか。 


 それはともかく、この中から、ベスト5を選ぶんすか。

 自分で言っておきながら、難しいっすよ。

 今日一晩、考えてみます。発表は次回。

 ところで皆さんは、どの小説を選びますか?


 最後になりましたが、今年はいろいろお世話になり、ありがとうございました。来年もまたよろしくお願い申し上げます。

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多摩動物公園、八王子市夢美術館 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 今回も引き続き、ぐるっとパスのミュージアムめぐり。

 今回は、ぐるっとパスの使用エリアでは最西端、東京都八王子市周辺に行ってきました~。

 まずオイラが向かったのは、八王子市夢美術館です。

 家からだと若干遠回りになるのですが、安いので京王線を使い、京王八王子駅に降り立ちました。

 八王子は前に何度か来ているので、勝手知ったる街。甲州街道へ出てひたすら歩き、美術館を目指します。

 通りが広くて、街路樹の緑が眼にまぶしい。山が近いせいか都心より空気がひんやり澄んでいるような気が。

 高層ビルも都心ほど多くないので、道を歩いていて圧迫感がないのがいいですな。

 などと考えながら歩いているうちに、夢美術館に到着。

 行った日は、1960年代から2000年にかけてのアメリカポップアートの企画展が開催されていました。Ts362131

 ポップアートって、よくわからないのですが、原色系の色使いと輪郭線がくっきりとしたインパクトのある絵、くらいの認識でした。

 パンフレットを読むと、「ポップアートは広告や漫画、映画など大衆文化のイメージを作品の中に取り入れた美術」なのだとか。

 正直言いますと、花鳥風月の日本画やユトリロやセザンヌなどの洋画が好きなんですけどね。

 ぐるっとパスがなければ来なかったであろう展覧会ですが、食わず嫌いはいけないと入ってみることにしたのです。

 いきなり、畳二畳くらいの大きさに拡大されたコミック誌の登場人物の女性の絵。

塗り絵みたいに太い輪郭線と黄色と赤だけで表現しているからインパクトがありますね。

 有名なキャンベルスープの缶を描いたアンディ・ウォーホールの作品やユニクロのTシャツの絵柄になったキース・へリングの作品もありました。

インパクトはありますが、意味を考えようとすると混乱する作品ばかり。

 それら横には、作者のプロフィールも紹介されていました。結構、大学院の修士課程を卒業した人が多いんですよ。

 しかも、工科大学とか理科系の人が多いような。

 頭のいい人が作ったのだから、きっとこの作品には何か重要なメッセージがこめられているのではと考えてしまう。

 本来、ポップアートは、明るく軽快な表現で、イラストのような親しみやすさを持っているものらしいのですが。

 頭で考えず、感性を研ぎ澄ませて見るといいのでしょうか。

 腕を組みながら、おっぱっぴー状態で美術館を出たオイラは、次の目的地、多摩動物公園へと向かいます。

 京王八王子駅から高幡不動で乗り換え、多摩動物公園駅へ。

Ts362135

 この駅に来たのは、30年ぶりかも。

 多摩動物公園の駅舎は、当時とほとんど変わっていないみたい。

 前回来たのは学生時代、友人が中央大学へ通っていたので、遊びに行ったのでした。神田にあった中央大学が八王子へ引越して、確か1~2年目だったと記憶しています。

 当時、友人と駅から大学へ向かう途中、大きなリュックサックを背負い、本格的な登山靴を履いたハイカー数人と出会いました。

 八王子の山はそんな重装備をしないと来れないところなのかよ、と怒っていた友人の姿が懐かしい。

 今はもちろん違うと思いますけど。

 前回来たときと変わっていたのは、駅舎の隣に京王れーるランドという電車模型の施設があることでした。

 中には多摩地区を模したジオラマがあって、実際京王線で使用していた運転席で、鉄道模型を走らせることができるのだとか。

Ts362140

 鉄道模型にはそれほど興味はないのですが、かなりマニアックな作りで、眺めているだけでも楽しめました。 

 さて、多摩動物公園に入るのも、とんでもないくらい久しぶり。

 幼稚園以来かもしれませぬ。幼稚園の遠足で来たときの写真が今でも残っているのですが、入り口付近の景色はほとんど変わっていないみたい。

 入り口でもらった地図を見ながら園内をまわります。

 さすがに広いですな。それもそのはずで、52ヘクタールもあるらしい。

 丘陵にあるので起伏に富んでいて、緑あふれる山を借景に動物が見られるという都会の動物園にないメリットは感じました。

 地図を見ると、園内は大きく分けて4つのゾーンがあるわけですか。

 それは、アジア園、オーストラリア園、アフリカ園に昆虫園。

 オイラはまず左の丘陵を越え、アジア園を目指すことにしました。

 ちょっと距離はありましたけど、園内でハイキング気分を味わうならこのコースはお勧めです。

 レッサーパンダはふてくされて寝ていたけれど、ユキヒョウはサービス精神満点で檻の中を歩き回り、写真のリクエストに応えていました。

 園内にぶっとい電信柱?が何本も立っているんですよ。

 カメラを持った入場者がみんな上にレンズを向けている。

 何気に上を見たオイラは、おおお~と驚きました。

 地上10メートル以上のところに張られたワイヤーを伝って2匹のオランウータンが移動しているのです。

Ts362149

 当たり前ですが、命綱もなしに…。

 動物園でサーカスも見られて得した気分。

 オランウータンの檻では、一番近くまで寄ってきて、愛嬌?を振りまいてくれました。

Ts362152

 コンサートで、アーティストが客席のすぐそばまで来て唄っているシーンをイメージしてしまいます。

 ほかにも、マレーグマやオオカミ、トラが住んでいる場所を思わせる演出で見学することができました。 

 となりのオーストラリア園ではもちろん、カンガルー、ワラビーがいましたよ。

 それからこれが、ワライカワセミとか。

Ts362159

 昔、NHKの「みんなの歌」で聞いた「ワライカワセミに話すなよ」の歌みたいに「ケララ ケラケラ ケケラ ケラ」と鳴くかどうか、待っていたのですが、何の声も出しませんでした。

 そしてハイライトは、コアラっすね~。

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 夜行性で、臆病な動物らしく、暗くした豪華な建物の中でのVIP待遇でした。

 思ったより大きくて、抱っこしたら重そう。

 再びアジア園に戻って、コウノトリやトナカイ、鷲や鷹の猛禽類、ヒグマやシカ、イノシシ、ニホンザルなどを見学しました。

 中でもモグラの家の世界一ちいさなモグラが記憶に残っています。

 最初、小さいと言っても、カブトムシくらいの大きさだと思っていたんですよ。

 ところが、親指の二分の一くらいの大きさしかない。スズムシを食べているみたいですが、同じくらいの大きさ。格闘しているシーンのバトルがすごかったっす。

 次に向かったのは、昆虫園。

 昆虫はあまり興味ないのですが、興味がない人でも面白く見せる工夫が感じられました。

 昆虫生態園では、起伏に富んだ大きな熱帯温室のなかで蝶が放し飼いになっている。最近、見かけることが少なくなったアゲハ蝶はもちろん、種類はわからないですがきれいな蝶がそこら中飛び回って楽園状態。

Ts362180

 虫の好きな人はたまらないかも。

 昆虫園だけあって、人様から好かれる虫ばかりではなく、あまり日常生活ではお目にかかりたくない虫もたくさんありました。

 サソリにタランチュラ、そして巨大ゴキブリはいかがでしょう。

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 バッタもこれだけ数がたくさんいたら、キモイですね~。

Ts362189

 鳥肌が立ちながら最後に向かったのは、アフリカ園。

 チーターやキリン、シマウマ、ダチョウ、フラミンゴなどがいました。

 多摩動物公園の名物、ライオンバスには乗らなかったのですが、百獣の王様は道路上でお休みになっておられました。

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 土の上よりアスファルトのほうで寝ているのが好きみたい。

 そして、アフリカ象。

Ts362202

 思わず、「アフリカ象が好き~」と叫んだのですが、無視されました。
 

 最近の動物園は変わったといろいろ聞いていましたが、結構楽しいところですね。

 檻の中に動物がいて、それを外から眺めているだけで面白いのかな、なんて思っていましたが、それほど興味がない人でも飽きないです。

 入ってから、あっという間に4時間が経っていました。

 まだ午後4時だし、30年前を思い出して中央大学のキャンパスまで足を運んでみることにしました。

 意外と急な山道なのは変わりませんが、しっかり舗装されていて天気のいい日は快適な通学路でしょうね。

 そういえば、こんなトンネルもありましたね~。

Ts362209

 トンネルを抜けると、巨大な白い建造物が二つ。

Ts362210

 ふたつの建物をつなぐ屋根によって作られる広い吹き抜けの空間は、巨大な白い額縁に見える。

 そこから見える景色が緑の風景画になっているのですな。

 なかなか洒落た趣向だと思います。

 緑あふれる広大なキャンパスもいいですよね~。

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相田みつを・山種美術館、古賀政男音楽博物館、東京オペラシティアートギャラリー、ICC ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 相変わらず、伝家の宝刀、「ぐるっとパス2007」をフルに活用して、美術館、博物館を見まくっています。

 こんな芸術三昧の秋は当分ないだろうと思いつつ、果たしてどれだけ記憶に残るだろうと危惧しつつある今日この頃です。

 なんと、先日の土曜日は、一日に5つのミュージアムを回ってしまいましたぁぁぁぁ~

 こんなに憑き物に取り付かれたように東京をぐるぐる回るのも、大枚2000円を払った分、見られる展示は全部見てやろうというオイラの貧乏根性がルーツにあるのですね~。

 芸術的な感性はともかく、心肺機能と脚力だけは向上しておりまする。

 …ということで、休日なのに早起きして向かったのは、相田みつを美術館。

Ts362047

 早く行き過ぎて、開館時間の午前10時まで待つことになってしまいました。

 でも場所は、東京国際フォーラムの地下一階。船の竜骨を下から眺めるような天井のデザインですよね。

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 その迫力に圧され、ボーっと見上げているうちにあっという間に時間は経ちました。

 相田みつをという名前は知らなくても、この独特の字体はご覧になった方もあるはず。

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 美術館の中は撮影禁止でしたが、この書だけは自由に写真に撮ってもいいそうなのでお言葉に甘えてアップしますけど。

 書を見るだけの美術館が、こんな東京の一等地にあって繁盛するのかなと思っていました。

 ところが、朝早いのに入館者が引きも切らない。女性、とくに若い女性が大勢訪れているのが印象的でした。

 作品を見ているうちに、それも納得できましたね。

 書家だけではなく、詩人としての側面もあって、その書と詩がストレートに心に訴えかけてくる。

 略歴を拝見すると、曹洞宗のえらいお坊さんに師事して仏法を長く学んだ人だとか。

 相田みつをの遺品である文庫本の「正法眼蔵」も展示してありましたけど、書き込みや手垢にまみれ、相当勉強されていたのがうかがえました。

 仏法の教えをベースにして、やさしくわかりやすく私たちに健やかに生きる術をアドバイスしてくれているのか、と…。

 苦しいときやつらいときは、泣いても愚痴をこぼしてもいいからとにかく生きて行こうみたいなニュアンスの言葉があったと思います。

 オイラが書くと全然その感動が伝わってきませんけど、苦しみや悲しみを乗り越えた人だけが持つやさしさが、その書体と詩の中に凝縮されていました。

 苦しみや悲しみを一端受け入れることによって、心がしなやかに対処できるのかなと考えたりして。

 ところで恥ずかしながら、相田みつを、って女性だと思っていました。

 実は、いつも凛として、背をしゃんと伸ばして歩くスリムなおじさんだったのですね。

 若い頃から書の達人だったそうですが、書だけではまだ食べられない頃、商店を飛込み営業して包装紙のデザインを手がけたこともあったそうな。

 今でも、和菓子の包装紙などで使われているそうですね。

 つらい飛び込み営業を経験したからこそ、書や詩にも温かみが感じられるのかも。

 現在、いろいろな悩みがある人は、ここに来て作品を眺めているとジーンと来るのがわかりました。

 営業マンの側面があるということと貧乏だったということで、相田みつをに親近感を覚えたオイラは、次の美術館へ向かいます。

 地下鉄に乗って向かったのは、山種美術館。

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 ここはご存知、山種証券の創業者、山崎種二が作った美術館ですな。かつて兜町にあったとき、何度か行ったことがあります。

 行った日は、日本画の川合玉堂の企画展が行われていました。こちらもさすが日本画の巨匠だけあって結構混んでいましたね~。

 どちらかというと、オイラは日本画より洋画のほうが好きですな。全部同じに見えると言うのは、いかにもトーシロー的見解ですが…。

 最初は、なんでも鑑定団の鑑定士みたいに、「ほう~、これはいい仕事していますな」なんて気分で見ているうちに、一つひとつの絵の迫力に魅了されました。

 やはり絵の題材や色使いに安心感というか、親近感を覚えます。

 美術館で見るならやはり洋画だけど、くれるというのなら日本画をもらうかも。

 家に飾って、毎日見ていると気持ちをより豊かにしてくれそうです。ま、こればっかりは好き好きでしょうけど。

 それにしても、川合玉堂は83歳で亡くなられたそうなのですが、死ぬ間際に描かれた松の絵がすごい迫力で、絵が若々しいのに驚きました。

 日本画家は、洋画家に比べ長生きの人が多いような気がしますね。

 画風と長寿との関係を誰か研究しないのかなと思いながら美術館を後にしました。

 またまた地下鉄を乗り継いで、今度は代々木上原に。

 駅から歩いて3分の好立地にあるのは、古賀政男音楽博物館。

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 ここは以前、音楽家としてはじめて国民栄誉賞を受賞した古賀政男の自宅のあった場所だとか。

 中へ入ると受付の親切なおねーたんが館内の説明をしてくれました。

 古賀政男だけではなく、音楽博物館というネーミングからも、日本の大衆音楽文化のミュージアムという側面もあるらしい。

 一階は中規模のコンサートホールで、行った日はカラオケの全国大会の地区予選が開催されていました。

 上にあがると、日本の大衆音楽文化を育てた功労者の紹介がされています。

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 野球殿堂みたいに、それぞれ功労者のレリーフが飾られていました。

 作詞家や作曲家、歌手の人たちですが、歌手で知っている人は3分の2くらいでしょうか。作曲家はずっと少なく、作詞家はほとんど知らない人ばかり。

 作詞家や作曲家がいなければ歌ができないわけですから、スポットライトを浴びる歌手と同じようにいつまでも記憶に残すのは大切なことなのでしょうね。

 館内には、当時の古賀政男の私邸の模型や書斎、日本間を再現した展示もありました。

 当時の私邸は延べ千坪の敷地面積があったとか。

 そこに有名な大川栄策などお弟子さんの部屋などあって相当な豪邸だったというのがわかります。

 古賀政男は、若い頃離婚してからずっと独身だったらしい。しかも、子供の頃から大学を卒業してヒット曲が世に出るまではすごい貧乏だったと聞きました。

 しかも、その不遇の境涯に耐えられず若い頃、自殺未遂をしたこともあったそうですね。

 古賀メロディーとして、オイラが子供の頃見ていた番組では、歌謡界の大御所といった貫禄でしたから意外な一面を見た気がしました。

 また、音楽博物館だけあって、いろんなCDを聞くこともできるんですよ。

 ボランティアの人から勧められて聞いた石原裕次郎の「影を慕いて」は絶品でした。

 石原裕次郎って、こんなに唄がうまかったんだと改めて気づきましたね。

 ほかにも、自分の歌ったカラオケをオリジナルCDにできるスタジオもあったりして、歌謡曲ファンにはたまらない魅力だろうと思いました。

 オイラも楽しかったですが、古賀メロディーよりかなり後の世代なので、昭和40~60年代の歌謡曲の博物館を作って欲しいと思いました。

 今に、たのきん音楽博物館や聖子ちゃんミュージックシアターなんてものができると思うのですが…。

 でも、すでに殿堂入りしてしまうのもなんとなく寂しいような。

 古賀政男音楽博物館を出て、今度は結構距離がありましたがテクテク山手通り歩き、東京オペラシティーを目指します。

 東京オペラシティーは、西新宿にある複合文化施設。

 NTT東日本の本社のほかに、コンサートホールやアートギャラリー、NTTのインターコミュニケーションセンターなど文化施設のデパートのような趣です。

 オペラシティーのタワーは、地上54階、高さ約234mもあるらしい。

Ts362128

 オイラはまず、インターコミュニケーションセンターへ行ってみることにしました。

 どこも横文字ばかりが並ぶ作品が多くて、見学者は若者ばかり。

 ここにある作品はどう表現していいものか、迷ってしまいますね。

 言葉で言い表せないからこそ、現代美術なのだと思ってしまったり。

 アート&テクノロジーゾーンでは体験型のメディア・アートがたくさん展示されていました。

 デジタル技術を現代アートに組み込んだと言ったらいいでしょうか。

 音の出ない部屋があったり、デジタル映像の大暴風雨があったり、遊園地のビックリハウスみたいな部屋があったり、ちょっと一言では言い表せませぬ。

 これは実際に見て体感してもらうしかないっす。

 企画スペースでは、真っ暗な部屋の天井にたくさん水槽が置かれていて、煙のように濁った水に映像が映されていました。

 それを見学者は、みんな車座になって寝転び、下から眺めるというコンセプト。

 真っ暗な部屋に入って目が慣れてくると、若者たちがずらっと寝転んでいる姿にギョッとなりました。

 昔見た反戦集会みたいだと…。

 オイラも寝転んで見たのですが、意味が分からない映像と英文が映されていましたね~。

 語学力があればわかったのかもしれませんが、誠に不思議な体験でした。

 そして本日最後に行ったのは、その下の階にあるアートギャラリー。

 当日は、北欧モダンという名前の企画展で、北欧諸国のデザイン&クラフトが展示されていました。

 いわゆる食器やいすなどの生活製品ですね。

 これは期待していたより面白かったです。

 朝食や昼食は、こんな素敵なデザインの食器と家具に囲まれて食べたら気分よく毎日が過ごせそう。

 日本で今売られている洋食器よりも北欧モダンというデザインの製品に一票入れたいです。

 それはパンフレットに書かれていたシンブルなデザインと簡素なフォルム、あたたかみのあるテイストにオイラの好みがビビビと来たからでしょうけど。

 それにしても、ミュージアムを回りすぎて、頭の中身がシェイクされた一日でした。

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神宮外苑、スポーツ博物館、新宿歴史博物館 ウォーキングストーリー

 こんにちは。 

 引き続き、ぐるっとパスを使ったお散歩ネタ。

 今回は、新宿区のミュージアムを回ってみることにしました。

 大学ラグビーの入場券をもらったので、コラボで見ようか、と…。

 ただ今回ご紹介する施設の中で、秩父宮ラグビー場だけは港区みたいですので念のため。

 …ということで、ある祝日の朝、オイラはJR四谷駅にやってきました。

 まず向かったのは、新宿歴史博物館。

Ts362499

 読んで字のごとく、新宿区を中心とした歴史風土、生活文化の展示が見られるのですな。

 常設展示室では、お決まりの縄文土器など旧石器時代から江戸時代までの新宿から発見された出土品が出迎えてくれます。

 この模型は、江戸時代の内藤新宿。

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 今の新宿御苑は、かつて信濃高遠藩内藤家の下屋敷があった場所なのだとか。

 その前を通る甲州街道には甲州へくだる最初の宿場町ができたのですね。

 今ほどではなくても、当時から新宿が賑わいのある町だったというのがわかります。

 他にも、当時の店蔵や近代に入って、新宿に移り住んだ文学者たちの紹介、明治・大正・昭和の新宿周辺の風俗の展示がありました。

 オイラが行った日は、「夏目漱石と新宿の文学者たち」というテーマの企画展が開かれていました。

 作家というとよく、温泉地に逗留しながら執筆活動に励むという印象がありますが、漱石は新宿区にあった自宅で創作活動を行ったとか。

 自宅は「漱石山房」と呼ばれ、「三四郎」「それから」「門」「こころ」「明暗」という名作がそこから生まれたのですね。

 漱石の若い頃からの写真が何枚か見ることができましたが、改めて俳優のブロマイドといってもいいくらいなかなかの美男子だと思いました。

 鏡子夫人とはお見合いで結婚したらしい。

 夫人の歯並びが悪いのに、それを隠そうともせず平気でいるところが漱石は気に入ったというエピソードが面白かったです。

 名作と呼ばれるクラシック小説はいろいろ読んできましたが、漱石は今読んでも、まったく古さを感じさせない稀有な作家ですね。

 前にも書きましたが、「草枕」はミステリーとしても一級品だと思います。

 漱石が作家生活を送ったのはわずか12年だそうなんですよ。

 もう少し長生きしていれば「明暗」も完結したし、現代の我々でも驚くほど斬新な小説をどんどん生み出して行ったでしょうね。

 漱石の早すぎる死を悔やみつつ、外苑東通りを通って、神宮外苑に向かいます。

 神宮外苑といえば、絵画館。

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 正式には聖徳記念絵画館というらしいですが、明治維新の頃の歴史事件をテーマにした絵画の展示で知られます。

 そしてもうひとつは、銀杏並木でしょう。

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 「第三の男」のラストシーンほどではありませんが、それなりに素敵な風景。落ち葉の感触を歩きたかったのに、行った日は青い葉がまだかなり茂っていました。

 11月の終わりだったんですけどね。

 秩父宮ラグビー場では、早慶ラグビーの試合が行われていました。

Ts362510

 ビルに囲まれたグランドですが、芝生の緑がひときわ鮮やか。

 早めに行ったのですけど、中央の観客席はすでに満杯。仕方なくゴールの正面の席へ回る羽目に。

 でも逆に、選手たちがものすごい形相で突進してくる迫力を堪能できました。

 ラグビーとくれば、野球も忘れてはなりませぬ。

 行った日より一ヶ月前に撮った写真ですが、ハンカチ王子祐ちゃんの画像をどうぞ。

Ts362019

 と言っても、内野席の限りなく外野席から近い席から撮った写真なので、かなり選手が小さく写っていますが。

 ケータイのカメラなので望遠が効かないのが残念でした。

 言うまでもなく、マウンド上の小さな白い影が祐ちゃんですね~。

 ドラフト1位でヤクルトに指名された慶應の加藤幹典投手と息詰まる投手戦でした。

 斉藤祐ちゃんはあまり調子がよくなかったみたいですが、それでも要所をピタッと押さえて0対0のまま延長戦に。

 途中で、祐ちゃんは変わりましたが、加藤投手はずっと一人で投げぬき、最後は1対0で慶應が勝ったのでした。

 加藤投手は、左腕からしなやかなホームで速球や変化球を投げ分けるいいピッチャーですね。

 ヤクルトに入ってからも頑張って欲しいと思いました。

 それはともかく、早稲田の応援席はなんじゃ。

Ts362020

 甲子園で有名な人文字をやろうとしているのはわかるんだけど、ごちゃごちゃで何が言いたいのかわかりませぬ。

 慶應側の応援席では、失敬ながら指を刺して笑っている学生がいました。

 ところで、そういうオイラがなぜ慶應側にいるかというと、早稲田側の応援席がいっぱいで慶應側へまわってくださいと言われたから。

 ヤッホー、慶應ボーイじゃ、と喜んでホイホイ来てしまうのだから、あまり人のことは言えないかもしれませんが…。


 ラグビーの試合に熱狂したあと、ふたたびぐるっとパスを使って、国立競技場の観客席の下にあるスポーツ博物館へ行くことにしました。

 すると受付で、よかったら観客席を先にご覧くださいと言われました。

 今は、Jリーグの試合で有名ですが、なんと言っても東京オリンピックのメイン会場だったところですからね。

 ここが完成したのは、1958年。オリンピックがあった1964年当時は、7万2千人が収容可能だったとか。

 現在はゆとりを持って観戦できるように、5万人収容のスタジアムに生まれ変わったのですな。

 日本人の体格が大きくなったことも影響しているのでしょうか。

 久しぶりだったので、入ってみることにしました。
 
 国立競技場と略していますが、正式には国立霞ヶ丘競技場と言うのだとか。

 そういえば他にも、代々木や西が丘に国立競技場がありましたね。 

 ゲートを抜け、スタンドに足を踏み入れると視界がパッと開けます。

Ts362028

 おお~と、立ち止まって辺りを見回しました。

 オリンピックが行われた広いグランドや観客席の中で、動いているのはオイラだけ。

 シーンと静まり返って、グラウンドから選手たちの闘志がメラメラと陽炎のように立ち上っているような気がしました。

 すごい、あの国立競技場を独り占めしている快感が全身を貫きます。

 まさに、フィールドオブドリームズじゃ~と、ケビン・コスナーを気取ってオイラは立ち尽くすのでした。

 東京オリンピックの聖火台や電光掲示板も残っているのですな。

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 感動をしっかり味わったあと、スポーツ博物館の展示を見ることにしました。

 さすがに、東京オリンピックにまつわる展示品が多いですね。

 東京大会の金銀銅の各メダル。

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 このデザインはしっかり覚えているぞと思ったら、子供のとき、お菓子のおまけで同じデザインのメダルを持っていた記憶がよみがえりました。

 こちらのメダルは、まだ記憶に新しい長野オリンピックのメダルですな。

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 そして、これはなんと、あの友情のメダルの本物ですか。

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 学校で習った記憶があったような。

 さっそくネットで調べてみると、以下のエピソードがあるとか。

 オリンピックの第11回ベルリン大会の陸上・棒高跳競技。大江選手と西田選手が5時間半に及ぶ死闘の末、決着がつかず、2位と3位を分け合った。

 二人は銀メダルを決めるための跳躍をせず、先輩であった西田選手を銀、大江選手を銅と決めたのだとか。大会後、2人は銀メダルと銅メダルを半分に割ってつなぎ合わせ、「友情のメダル」としたのですね。

 銀と銅をつなぎ合わせたのですから、かなり見た目に違和感があるかと思いきや、最初から一つのメダルだったように完璧に一体化しています。

 70年たって、友情のメダルは色も同じようになって、いつまでも友情の証は続いていくのだと思いました。

 ほかにも、日本最古のハンマー投げ用具や明治時代の野球用具、冬のスポーツ用具である下駄スケートや竹スキーなど興味深い展示もありました。

 それからオイラの目に留まった展示品がこれ。

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 この白いコスチュームはもしかして、あのビートたけしのギャグで有名なあの人?

 そう、白い妖精として一斉を風靡したナディア・コマネチ様のユニフォームなのですね。

 ところが「白い妖精」とネットで検索しても、トップページには出てこないみたい。

 今は、菅山かおるさんという人が「白い妖精」呼ばれているのですか。

 モントリオールオリンピックだったと思うのですが、コマネチが体操で10点満点を出したときは驚きましたね。

 五輪史上、はじめての満点だったとか。

 当時としてはこれ以上ない完璧な演技だったということでしょう。

 ニコリともせず、精密機械のような完璧な演技をし続ける姿は印象に残っています。

 すぐ、「下手こいた~」と四つん這いになって落ち込むオイラは、コマネチさまを見習わないといけませんね。 

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ダイエット、基礎代謝とカロリー消費にまつわるエトセトラ with脳卒中の後遺症は、どんなものがあるの? 医師と女子高生の会話から

 こんにちは。

 ここ1~2年の長期計画で取り組んでいるダイエット、ようやく今月で当初の目標を達成できました~♪

 去年の同月比で3.5キロ。2年前と比べると8キロ近くやせたことになります。

 「いつまでもデブと思うなよ」の岡田斗司夫の50キロのダイエットには足元にも及びませんが…。

 それにしても、何で50キロも太っていたの?と突っ込みを入れたくなる今日この頃。

 弁護しているわけではありませんが、自分の経験から、太るときって本人は気がつかないものだとわかりました。

 2年近く体重を量っていなかったのもありますけど、オイラの場合、一番太っていたときでもお腹の肉がつまめなかったんですよ。

 つまり、皮下脂肪がほとんどなかった。

 だから久々に体重計に乗ったとき、これが自分の体重とは信じられなかったです。

 若い頃から部屋に筋トレの道具を置いて、暇なときにやっていたから力こぶもあるし、腹筋だって小島よしおほどではないですが結構割れている。

 変わったことといえば、上半身の胸板が厚くなってきたかなというぐらい。

 それも鍛えているからだと思っていました。

 風呂上りに鏡で見て、力道山や長州力(長州小力じゃないですよ)みたいになってきたぞと喜んでいたのですね~。

 黒タイツをはいて、空手チョップをマスターしようか、と…。

 さすがに周りの人たちは、少し太ったんじゃないの?と言う人もいましたが、筋肉を見せたら納得していました。

 でも、若い頃ほど鍛えていないのに、なぜ筋肉がつくのかはわかりませんでしたが。

 太っていると気づいたのは、治験を頼まれ体重測定や血液検査を受けたとき。

 もう、真っ青っすよ。

 肝機能がやばいし、血糖値も高くなっている。

 その頃でも、週に2日は3万歩以上歩いていました。家で筋トレだってやっていたのですよ。

 筋肉量は維持できていたのですが、それ以上に内臓脂肪が蓄積されてしまったみたい。

 家庭医学の本を読んだり、医師の先生に聞いたりして、オイラがメタボになりかけていた理由がわかりました。

 どんなに運動をしても、カロリーの高い食事をしている限り、絶対やせないのだと。

 要は、基礎代謝を中心として使ったエネルギーと取得したカロリーの差。太る・やせるは、足し算と引き算でしか計算できないのですね。

 ここで言う基礎代謝は、何もせずじっとしていても、生命活動を維持するために必要なエネルギー。

 一般の成人では、一日に男性で約1500キロカロリー、女性で約1200キロカロリーと言われております。

 消費量は筋肉が最も多いとか。だから筋肉の多い人は基礎代謝量が大きい、つまり太りにくいのですね。

 一般に老化が進むにつれ筋肉量は減少してゆくのですが、同時に基礎代謝量も減少する。

 ゆえに、オヤジ = 中年太りという哀しいイメージが定着するわけですな。

 基礎代謝は、ある程度、身長と体重、年齢により算出できるそうなんですよ。

 そして、算出された基礎代謝量を0.6で割った数値が自分にとって、「1日に必要なカロリー」となるとか。 

 ということで、ネットで調べてみると、オイラの基礎代謝は、1269.7 kcal。

 算出された基礎代謝量÷0.6が、オイラにとって一日に必要なカロリーなのだから、計算式は…

 1269.7 ÷ 0.6 = 2116.1kal

 つまり、2116.1kalが、同じ身長・体重・年齢の男性が一日に必要なカロリーとなるのですね。

 しかし、オイラの場合、常人よりも長い距離を日々歩いておりまする。

 週に2日は、3万歩以上歩いているかも。

 だから、少しばかり人より食べても大丈夫だと思っていたのですが…。

 でも、毎日、激しいトレーニングと試合を続けていた全盛期のアントニオ猪木でさえ、カロリーの大量摂取が祟って糖尿病になってしまったそうな。

 今は標準体重よりちょっと少ないくらい。

 とても体調が良いし、そのほかの面でもいろいろ良いことがありました。

 フィギアの荒川静香も、ミキティも、やせてから成績が良くなりましたね。

 ダイエットに関するさまざまな知識が得られたのは、この本を書くために勉強したからでした。 

 …ということで、健康になるエッセンスが満載の「世界一やさしい脳卒中にならないための本

9784779700835

 好評発売中だよ~ん。

 次回の健康ネタのときに、基礎代謝とカロリー消費にかかわる実証的な研究成果を書いてみたいと思いまする。

 さて、今日は久々に、ブログのほうの「脳の病気シリーズ」。

 前回は「脳卒中には、どんな後遺症があらわれるの?」という話題を取り上げました。

 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に「心と体」のカテゴリにある前回、前々回の記事をお読みいただければ幸いです。
 

 今日はその続きです。
 
 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。

 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。  
 
 前回、脳卒中の後遺症について勉強したAYAちゃん。

 今回も引き続き、脳卒中の後遺症が話題になります。

 それでは…。


< 脳卒中の後遺症は、どんなものがあるの? >


 言語障害はあとのリハビリのところでまた触れるとして、次へ行こうか。脳卒中のそのほかの後遺症として、『失行』と『失認』があるね。


● AYAちゃん「うーん。これも『失語症』と同じように漢字から症状を推理すると、『失行』が『行うのを失う』、つまり『行えなくなる』、ですかね。そして『失認』が『認めるのを失う』、つまり『認められなくなる』と考えたらいいのかな」


 『脳卒中講座』じゃなくて『漢字講座』みたいになってきちゃったけど、まあいいか。今、AYA君が言ったように、行為がうまくできないことを『失行』、見たり聞いたり触れたりしてものを正しく認識できないことを『失認』と言うんだ。


● AYAちゃん「また抽象的なことを…。具体的にはどんな状態なんですか?」


 失行というのは、まひや知能に障害がなくても、よく知っているはずの行為の手順やものの扱い方がわからなくなる場合だよ。たとえば出来立てのラーメンがあっても、それにコショウを振りかけて割りばしを割って食べることができない場合。

 または朝、洋服を着ようと思っても、どうやってそれを着ていいかわからずに手をズボンに突っ込んで着ようとしたり、シャツの袖に足を通そうとしたりする場合だね。ちなみにこれを着衣失行と言うんだけど。


● AYAちゃん「それは困りますね。コントみたいだけどとても笑えないわ。どうしてそんな状態になってしまうんですか?」


 脳の中には『連合野』と言って、入ってきたさまざまな情報が集まるところがあるんだ。そこで、これらの情報を分析し、過去の記憶と照合して行動のプログラミングをするんだよ。


● AYAちゃん「そうか。そこが障害を受けると、コンピュータのプログラムが壊れてしまった状態になるんですね」


 そう。『失認』も同じ理由で起きるんだ。『失認』にはいろいろな症状があるんだけど、たとえばピアノを見ても何に使うかわからない患者さんが、音を聞いて初めてそれが楽器だとわかる場合。それから、家族の顔を見ても誰だかわからない患者さんが、声を聞いて初めて家族だとわかる場合だね。

 逆に声だと誰だかわからないのに、顔を見て初めてわかる場合もある。また、見えているところに何があるのかわからなかったり、自分の体の部分の呼び名がわからなかったり、今触っているものが何であるかわからない場合もあるんだ。


● AYAちゃん「その違いって、やはり障害を受けた脳の場所によるんですよね。でも、顔を見てもわかってくれなかったら、家族としてはショックだろうなぁ」


 そうだね。あとでリハビリのところで話すけど、『失行』、『失認』はゆっくりと繰り返しながら動作を覚え、残っている機能を引き出す練習をすれば、症状が軽くなることもあるんだ。あきらめずにじっくりリハビリに取り組むことが大切だよ。


● AYAちゃん「なるほど。ほかにどんな後遺症があるんですか?」


 ほかにもいろいろな後遺症があるけど、日常生活で困ってしまうのは、飲み物や食べ物をうまく飲み込めない『嚥下障害』だね。これは、舌やのど、あご、食道など、飲み込むための神経や筋肉がまひしているために、食べ物がのどにつかえてしまうんだよ。


● AYAちゃん「食べ物や飲み物が気管に入ると、すごく苦しいですよね」


 嚥下障害になると、そうなるケースも多いんだ。肺炎などの合併症を招くこともあるんだよ。それから『排泄障害』も同じくらい日常生活では困ってしまう障害だね。これは排尿や排便のコントロールが自分でできなくなってしまった状態なんだけど。


● AYAちゃん「やっぱり、我慢できなくなってしまうケースが多いんですか」


 患者さんによってさまざまだけど、脳卒中の障害によって起こる場合は、膀胱に十分尿をためることができずに頻尿になったり、尿意を我慢できずに失禁してしまったりする場合が多いね。また排便に関しては、脳卒中になって運動が減ったことで便秘になってしまうこともよくある。


● AYAちゃん「便秘になると気分が晴れなくてイライラしますよね」


 それから『視野障害』と言って、おもに右脳が障害を起こした場合に左側の視野が欠けてしまうことがあるんだ。


● AYAちゃん「ん? 左目が見えなくなるんですか?」


 脳卒中でそういう障害が出ることもあるけど、この場合は違うね。目では見えていても左側の視野がわからないというか、無視してしまうんだよ。たとえば食事のとき、自分の右側にあるものだけ食べて左側にあるものは食べないとか、左から声をかけても声をかけた人がどこにいるのかわからず、正面や右側だけを探すといったことが起こる。


● AYAちゃん「実際どういうふうに見えるのか、患者さんの立場になってみないとわからないですねぇ。それにしてもいろんな後遺症が起きるんですね」


 脳卒中になった患者さんが、一人で全部これらの後遺症を抱え込むわけじゃないからね。脳に起きる障害の場所と程度によって、後遺症の現れ方は人それぞれなんだよ。そのほかにはよく、口のまわりや手足のしびれを訴える患者さんが多いね。それからさまざまな感覚が鈍くなる患者さんもいる。


● AYAちゃん「鈍感な人はよくいますけど…」


 そういう意味じゃなくて。たとえば、温かさや冷たさを感じる温度覚が鈍くなると、お風呂のお湯が熱くても分からずに入って大やけどをすることがある。それから痛みを感じる感覚が鈍くなると、台所で包丁を使っていて手を切っても気づかず大けがをすることもある。


● AYAちゃん「わっ、そりゃ大変。感覚が鈍くなると命に関わることもあるんですね」


 脳卒中の後遺症というのは、複雑でさまざまなものがあって、触れていくときりがないからここまでにするけど、あとどうしても触れておきたいものがあるんだ。


● AYAちゃん「随分引っ張りますね。それは何ですか?」


 ( 約一ヵ月後に続く )

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