神宮外苑、スポーツ博物館、新宿歴史博物館 ウォーキングストーリー
こんにちは。
引き続き、ぐるっとパスを使ったお散歩ネタ。
今回は、新宿区のミュージアムを回ってみることにしました。
大学ラグビーの入場券をもらったので、コラボで見ようか、と…。
ただ今回ご紹介する施設の中で、秩父宮ラグビー場だけは港区みたいですので念のため。
…ということで、ある祝日の朝、オイラはJR四谷駅にやってきました。
まず向かったのは、新宿歴史博物館。
読んで字のごとく、新宿区を中心とした歴史風土、生活文化の展示が見られるのですな。
常設展示室では、お決まりの縄文土器など旧石器時代から江戸時代までの新宿から発見された出土品が出迎えてくれます。
この模型は、江戸時代の内藤新宿。
今の新宿御苑は、かつて信濃高遠藩内藤家の下屋敷があった場所なのだとか。
その前を通る甲州街道には甲州へくだる最初の宿場町ができたのですね。
今ほどではなくても、当時から新宿が賑わいのある町だったというのがわかります。
他にも、当時の店蔵や近代に入って、新宿に移り住んだ文学者たちの紹介、明治・大正・昭和の新宿周辺の風俗の展示がありました。
オイラが行った日は、「夏目漱石と新宿の文学者たち」というテーマの企画展が開かれていました。
作家というとよく、温泉地に逗留しながら執筆活動に励むという印象がありますが、漱石は新宿区にあった自宅で創作活動を行ったとか。
自宅は「漱石山房」と呼ばれ、「三四郎」「それから」「門」「こころ」「明暗」という名作がそこから生まれたのですね。
漱石の若い頃からの写真が何枚か見ることができましたが、改めて俳優のブロマイドといってもいいくらいなかなかの美男子だと思いました。
鏡子夫人とはお見合いで結婚したらしい。
夫人の歯並びが悪いのに、それを隠そうともせず平気でいるところが漱石は気に入ったというエピソードが面白かったです。
名作と呼ばれるクラシック小説はいろいろ読んできましたが、漱石は今読んでも、まったく古さを感じさせない稀有な作家ですね。
前にも書きましたが、「草枕」はミステリーとしても一級品だと思います。
漱石が作家生活を送ったのはわずか12年だそうなんですよ。
もう少し長生きしていれば「明暗」も完結したし、現代の我々でも驚くほど斬新な小説をどんどん生み出して行ったでしょうね。
漱石の早すぎる死を悔やみつつ、外苑東通りを通って、神宮外苑に向かいます。
神宮外苑といえば、絵画館。
正式には聖徳記念絵画館というらしいですが、明治維新の頃の歴史事件をテーマにした絵画の展示で知られます。
そしてもうひとつは、銀杏並木でしょう。
「第三の男」のラストシーンほどではありませんが、それなりに素敵な風景。落ち葉の感触を歩きたかったのに、行った日は青い葉がまだかなり茂っていました。
11月の終わりだったんですけどね。
秩父宮ラグビー場では、早慶ラグビーの試合が行われていました。
ビルに囲まれたグランドですが、芝生の緑がひときわ鮮やか。
早めに行ったのですけど、中央の観客席はすでに満杯。仕方なくゴールの正面の席へ回る羽目に。
でも逆に、選手たちがものすごい形相で突進してくる迫力を堪能できました。
ラグビーとくれば、野球も忘れてはなりませぬ。
行った日より一ヶ月前に撮った写真ですが、ハンカチ王子祐ちゃんの画像をどうぞ。
と言っても、内野席の限りなく外野席から近い席から撮った写真なので、かなり選手が小さく写っていますが。
ケータイのカメラなので望遠が効かないのが残念でした。
言うまでもなく、マウンド上の小さな白い影が祐ちゃんですね~。
ドラフト1位でヤクルトに指名された慶應の加藤幹典投手と息詰まる投手戦でした。
斉藤祐ちゃんはあまり調子がよくなかったみたいですが、それでも要所をピタッと押さえて0対0のまま延長戦に。
途中で、祐ちゃんは変わりましたが、加藤投手はずっと一人で投げぬき、最後は1対0で慶應が勝ったのでした。
加藤投手は、左腕からしなやかなホームで速球や変化球を投げ分けるいいピッチャーですね。
ヤクルトに入ってからも頑張って欲しいと思いました。
それはともかく、早稲田の応援席はなんじゃ。
甲子園で有名な人文字をやろうとしているのはわかるんだけど、ごちゃごちゃで何が言いたいのかわかりませぬ。
慶應側の応援席では、失敬ながら指を刺して笑っている学生がいました。
ところで、そういうオイラがなぜ慶應側にいるかというと、早稲田側の応援席がいっぱいで慶應側へまわってくださいと言われたから。
ヤッホー、慶應ボーイじゃ、と喜んでホイホイ来てしまうのだから、あまり人のことは言えないかもしれませんが…。
ラグビーの試合に熱狂したあと、ふたたびぐるっとパスを使って、国立競技場の観客席の下にあるスポーツ博物館へ行くことにしました。
すると受付で、よかったら観客席を先にご覧くださいと言われました。
今は、Jリーグの試合で有名ですが、なんと言っても東京オリンピックのメイン会場だったところですからね。
ここが完成したのは、1958年。オリンピックがあった1964年当時は、7万2千人が収容可能だったとか。
現在はゆとりを持って観戦できるように、5万人収容のスタジアムに生まれ変わったのですな。
日本人の体格が大きくなったことも影響しているのでしょうか。
久しぶりだったので、入ってみることにしました。
国立競技場と略していますが、正式には国立霞ヶ丘競技場と言うのだとか。
そういえば他にも、代々木や西が丘に国立競技場がありましたね。
ゲートを抜け、スタンドに足を踏み入れると視界がパッと開けます。
おお~と、立ち止まって辺りを見回しました。
オリンピックが行われた広いグランドや観客席の中で、動いているのはオイラだけ。
シーンと静まり返って、グラウンドから選手たちの闘志がメラメラと陽炎のように立ち上っているような気がしました。
すごい、あの国立競技場を独り占めしている快感が全身を貫きます。
まさに、フィールドオブドリームズじゃ~と、ケビン・コスナーを気取ってオイラは立ち尽くすのでした。
東京オリンピックの聖火台や電光掲示板も残っているのですな。
感動をしっかり味わったあと、スポーツ博物館の展示を見ることにしました。
さすがに、東京オリンピックにまつわる展示品が多いですね。
東京大会の金銀銅の各メダル。
このデザインはしっかり覚えているぞと思ったら、子供のとき、お菓子のおまけで同じデザインのメダルを持っていた記憶がよみがえりました。
こちらのメダルは、まだ記憶に新しい長野オリンピックのメダルですな。
そして、これはなんと、あの友情のメダルの本物ですか。
学校で習った記憶があったような。
さっそくネットで調べてみると、以下のエピソードがあるとか。
オリンピックの第11回ベルリン大会の陸上・棒高跳競技。大江選手と西田選手が5時間半に及ぶ死闘の末、決着がつかず、2位と3位を分け合った。
二人は銀メダルを決めるための跳躍をせず、先輩であった西田選手を銀、大江選手を銅と決めたのだとか。大会後、2人は銀メダルと銅メダルを半分に割ってつなぎ合わせ、「友情のメダル」としたのですね。
銀と銅をつなぎ合わせたのですから、かなり見た目に違和感があるかと思いきや、最初から一つのメダルだったように完璧に一体化しています。
70年たって、友情のメダルは色も同じようになって、いつまでも友情の証は続いていくのだと思いました。
ほかにも、日本最古のハンマー投げ用具や明治時代の野球用具、冬のスポーツ用具である下駄スケートや竹スキーなど興味深い展示もありました。
それからオイラの目に留まった展示品がこれ。
この白いコスチュームはもしかして、あのビートたけしのギャグで有名なあの人?
そう、白い妖精として一斉を風靡したナディア・コマネチ様のユニフォームなのですね。
ところが「白い妖精」とネットで検索しても、トップページには出てこないみたい。
今は、菅山かおるさんという人が「白い妖精」呼ばれているのですか。
モントリオールオリンピックだったと思うのですが、コマネチが体操で10点満点を出したときは驚きましたね。
五輪史上、はじめての満点だったとか。
当時としてはこれ以上ない完璧な演技だったということでしょう。
ニコリともせず、精密機械のような完璧な演技をし続ける姿は印象に残っています。
すぐ、「下手こいた~」と四つん這いになって落ち込むオイラは、コマネチさまを見習わないといけませんね。
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