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上野~谷中、上野動物園、旧東京音楽学校奏楽堂、朝倉彫塑館 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 さて、ぐるっとパスのお散歩ネタもそろそろ終盤になってきました。

 割引券は別として、残っている無料入場券も残りは十数枚。以前しっかり見学したことのあるミュージアムはパスする予定なので、実質はあと十館ほどで大願成就できそう。

 気を抜かずにゴールまで突っ走るっす。

 さて、今回行ったのは、二度目のチャレンジの上野。

 旧東京音楽学校奏楽堂は前回、貸切で見学できなかったので、今回はしっかりネットで公開日を調べて行くことにしました。

 その前に、上野といえば動物園を忘れることはできませぬ。

 ぐるっとパスにもちゃんと無料入場券があるのですね~。

 多摩動物公園へ行って、すっかり動物園の面白さに目覚めたオイラは、開園時間の午前9時30分にゲートの前にやってきたのでした。

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 なぜ、そんなに早く?

 前日、ウキウキして寝られなかったからではありませぬ。

 動物園の達人は朝一番に動物園に行くのだと、小耳に挟んだからです。

 以前、NHKの「ためしてガッテン」を見ていて、時間によって動物の行動パターンが変わるって聞いたんですよ。

 とくに肉食動物は、朝早く見学したほうがいいのだとか。

 そのときはホントかな、と思って見ていたのですが、それをこの目で実証しようと思ったのです。

 それで開門と同時に、ライオンとトラの檻のある方角を目指して小走りに向かったのでした。

 すると、アベックや子供連れのファミリーも、オイラが目指す方向に向け猛ダッシュ。

 皆口々に、「早くライオン、早くライオン」と叫んでいる。

 君らも、ためしてガッテンを見たっすか。

 何で動物園でかけっこをしなければいけないだろうと一瞬思いつつも、負けるものかと日頃ウォーキングで鍛えた脚力を駆使し、彼らを引き離してトップでライオンの檻の前に到着しました。

 透明な強化プラスチック?越しに中を覗いて、おおお~と声をあげました。

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 ライオンが立っている。

 前回行った多摩動物公園もそうでしたが、今まで動物園で見るライオンはいつもグタ~と寝てばかり。

 それでも、せまい檻の中で、私生活を人間の前にさらけ出しているわけですから、精神的にお疲れなのね、と同情していました。

 そのお姿を拝見できるだけで幸せだと…。

 でも、動物園でこんなアクティブに動き回るライオンを見たのは生まれて初めてかも。

 悠然と檻の中を動き回っている姿は百獣の王の名に恥じない凛々しさを感じました。

 動物園のライオンって、いつも寝てばかりでメタボは大丈夫なのだろうかと思っていましたけど、朝早く起きてトレーニングしていたのですね。

 グワォォォォォォォォォォォ~という吠え声も迫力満点。

 一緒に檻を覗き込む人たちの前で、サービス満点のパフォーマンスを繰り広げたのでした。

 でも、動き回りすぎて写真がぶれてしまうんですけど。

 隣のトラの檻でも、見学者の前で歩き回るトラを見ることができました。

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 こっちも動きすぎて、写真がなかなか撮れないっす。

 やっぱ、ライオンやトラが威嚇すると迫力ありますね。

 草食動物は、いつ見ても行動パターンはあまり変わらないそうなので、ゆっくり見学します。

 ゴリラは菜食主義者だそうで、草をもくもくと食べる後姿を見ると、よっ元気?って肩を叩きたくなりました。

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 動物園のレストランのメニューに、ゴリラの食事というのがありましたが、オイラのランチより品数が多かったです。果物や野菜、ヨーグルトが主体で体に良さそうでしたけど、菜食でもこんなに太るんですね。

 行った日はかなり寒かったので、シロクマは元気にはしゃぎまわっていました。

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 逆に黒クマは元気なさそう。

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 それから定番のサルやペンギン、象、シマウマ、カバ、サイ、キリン、カンガルーにフラミンゴなどさすが動物園の老舗だけあってバラエティー豊富。

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 哺乳類もいいけれど、見るだけなら両生・爬虫類館にキモかわいい動物が多くて楽しめました。

 コモドオオトカゲは、日本では上野動物園にいる一頭だけだそうですね。

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 まだ小さいですが、大きくなるとシカやイノシシを襲って食べるのだとか。爪が鋭くて、岩肌に当たってすごい音を立てるのが印象的でした。

 大きくなると3メートルにもなるらしい。まさに恐竜を彷彿としてしまいます。

 このガラパゴスゾウガメは、確か78歳と書かれていました。上野動物園で一番長寿の動物なのですね。それでも150~200年は生きるそうですから、人間で言えばまだ30歳代といったところでしょうか。

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 いいな、亀は。スローライフの見本ですな。

 さて、上野動物園といえば、パンダを忘れてはならないでしょう。いよいよ真打の登場。

 最後に、表門のそばのパンダ舎へ行きました。

 今、上野動物園にいるパンダはリンリンというオスの一頭だけなのですか。

 以前、子供が生まれたとかいうニュースを聞いた記憶があったのですけどね、と世の中のパンダ事情に疎いオイラは驚くのでした。

 往年の人気はないにしても、やはり上野動物園のスーパースターの座は揺るぎない。

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 多くの見学者が、一斉にデジカメを向けている姿が印象的でした。

 ビジュアル的にも、そのかわいい仕草も、これ以上人を呼べる動物はいないかも。

 パンダとしては高齢だそうで、いつまでも長生きして欲しいと思いました。

 動物園をあとにして、次に向かったのは旧東京音楽学校奏楽堂。

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 今をときめく東京藝術大学音楽学部の前身であった東京音楽学校の校舎だった建物ですな。

 明治23年に建造され、本館は木造二階建ての桟瓦葺で、二階には奏楽堂である講堂兼音楽ホールがある。

 日本に初めて誕生した木造の様式音楽ホールでもあるのですね。

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 音響上でも、天井をかまぼこ型にしたり、客席の床や周囲の壁にぎっしりわら束を詰めるなどの当時としては最先端の配慮がなされているのだそうな。

 何でも、そのホールでは、かつて滝廉太郎がピアノを弾き、山田耕筰が歌曲を歌い、三浦環が日本初のオペラ公演でデビューを飾った由緒ある建物だとか。

 前回来たときは貸切り公演が行われて入れなかったのですが、二度目のチャレンジでようやく入ることができました。

 ホールといっても、それほど広いわけではありませぬ。

 行った日は、誰もいないがらんとしたホールに、クラシック音楽がスピーカーから静かに流れていました。

 音楽は詳しくありませんが、確かに、いい響きで耳に心地よく音が流れ込んできましたね。

 それでは、誰もいないから舞台にあがって、滝廉太郎の「花」を独唱しようかと思ったら、舞台には上がらないでくださいと注意書きがありました。

 やはり、誰も見ていないことをいいことに、皆、同じことを考えるのかしらん。

 そういえば昔、風間トオルが滝廉太郎を演じた映画を見たことがありました。あれだけの才能がありながら23歳の若さで亡くなってしまったのですね。

 この奏楽堂を使ったシーンがあっただろうかと思いましたが、思い出すことはできませんでした。

 寒風吹きすさぶ中、「春のうら~らの~隅田川~♪」と口すさびながら次に向かったのは、朝倉彫塑館。

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 ここは、明治から昭和にかけて活躍した彫塑家、朝倉文夫のアトリエ兼住宅だったところ。

 そこを改装して、朝倉文夫の作品を常設展示する美術館としたのですね。

 朝倉文夫といえば、代表作「墓守」や「時の流れ」のほか、早大のキャンパスに立つ「大隈重信像」や「九世市川団十郎」、「双葉山」の人物像、猫などの動物像で知られる芸術家。

 写実的な表現で、オイラの好きな芸術家の一人です。

 作品はもちろんですが、この美術館の魅力は建物にもありますね。

 アトリエや住居は、朝倉文夫自らが設計して増改築や新築をし、長い年月をかけて作り上げたものだとか。

 一言でいえば和洋折衷になるのでしょうけど、住んだらとても快適で一日中楽しく暮らせそう。

 オイラもいろんな家をこれまで見てきましたが、一番住んでみたい家かも、と思いました。

 アトリエが広くて、天井から太陽光が入るからとても明るい。しかも、サンダーバードの基地みたいに床が下がったり上がったりするのですね。

 もちろんアトリエで作品を作るときの仕掛けですが、アトリエの上の階に豪華な日本間があり、そのまた上の屋上に空中庭園があったりと次のステージへ行くたびに驚きがあります。

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 中庭はそれほど広くありませんが、池と木々が絶妙に配置され、そのまわりをぐるりと寝室や茶室、居間が取り囲む。

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 窓からは常に、水と緑が見えるわけで、仕事に疲れてもすぐ癒されそうですね。

 ただ、耐震面で不安から木造部分の立ち入りが制限されていたのは残念でした。

 でも、昔来たときは入れなかった屋上が開放されていたので行ってみることにしました。

 かつて屋上は、朝倉文夫が彫塑塾を開校していたとき、園芸の授業のため使用していた場所だとか。

 その名残が今でも残っていました。

 屋上からの眺めも絶景でしたよ。

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江戸深川、芭蕉記念館・深川江戸資料館・東京都現代美術館・江戸東京博物館 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 今回、ぐるっとパスを使って行ったのは、深川です。

 深川は、東京と言うより、江戸深川と言った方がしっくりくるような歴史のある土地ですね。

 江戸時代の深川七不思議を題材に、下町の人情の機微をミステリー仕立てで描いた宮部みゆきの「本所深川ふしぎ草紙」なんて小説もありました。

 この辺りは江戸初期、深川八郎右衛門という人が新田開発を行い、その一帯に特に名称がなかったところから深川村と名付けられたのだとか。

 名付け親がなんと、徳川家康らしい。確かめたわけではありませんが…。

 その後、幕府の都市づくり政策により本所深川の埋め立てが進む。

 現代のお台場みたいな感覚でしょうか。

 以前よりあった富岡八幡宮などの社寺の祭礼、開帳などの年中行事も豊富で、江戸市民の遊興地としても賑わったそうですね。

 当時の深川は景勝地でもあったので、大名の下屋敷や豪商の別邸などが建ちはじめ門前町としても繁栄。

 隅田川や先日のブログにも書いた横十間川など水運に恵まれていることから、木材や倉庫業、米・油問屋の町としても栄えたのですな。

 そういえば、清澄庭園は紀伊国屋文左衛門の屋敷跡とも伝えられているし、寛政の改革で有名な松平定信の墓も近くにあるのでした。

 …ということで、都営大江戸線森下駅を降りたオイラがまず向かったのは、芭蕉記念館。

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 江東区深川は、あの俳人松尾芭蕉ゆかりの土地でもあるらしいんですよ。

 芭蕉はそれまでの宗匠生活を捨てて、江戸日本橋から深川の草庵に移り住み、ここを拠点に多くの名句や「奥の細道」などの紀行文を残したのだとか。

 行った日は、「江東地域のゆかりの人物」という企画展が開かれていました。

 尾崎士郎や谷崎潤一郎、永井荷風など有名な文人の短冊などの書が多数並んでいましたが、草書体で何が書かれているかさっぱりわかりませぬ。

 ふむふむと、納得したような顔で眺めていたものの、頭はおっぱっぴー状態でした。

 興味深かったのは、芭蕉が奥の細道を旅したときの服装。

 意外と荷物が少ないんですね。

 昔は、今みたいに宅急便もないし、タクシーもない。途中で生活必需品を買おうと思っても、コンビにもないでしょうし。

 それだけでも大変な旅だったということがイメージできます。

 記念館のそばに、芭蕉稲荷神社がありました。

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 ここは、大正時代に、石の蛙の像が出土した場所らしい。

 芭蕉と蛙といえば、「古池や蛙飛び込む水の音」の有名な句が思い出されます。

 この辺りに、芭蕉が、蛙が飛び込む水の音を聞いた古池があったのでしょうかね。

 別の場所でも、芭蕉の古池のあった場所という解説板を読んだ記憶があるのですが。

 隅田川を臨む小公園に芭蕉の像がありました。

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 あまり風流は感じないような、工場や古い住宅街をテクテク歩き、オイラが次に向かったのは深川江戸資料館。

 資料館の隣にあるのが霊巌寺。江戸時代後期の老中で、寛政の改革を断行した松平定信の墓がありますよ。

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  そういえばこの辺り一帯の地名は、江東区白河。

 松平定信は奥州白河藩主でもありましたね。

 さて、深川江戸資料館は、地下一階から地上二階までの吹き抜けの空間に、江戸時代後期の深川の町並みを再現した展示が目を引きます。

 今でこそ、昭和の町並みを屋内で再現した施設とか、いろいろ見られますけど、最初にここを訪れたときは感動しました。

 入ったら、いきなり目の前に江戸の町並みが…。

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 長屋の屋根の上にはロボットの猫がニャーニャー鳴き、八百屋や米屋の店先に商品が並びます。遠くには町のランドマークタワー、火の見櫓がそびえ、船宿の前の掘割にはホントの水がさざめき、猪牙舟が浮かぶ。

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 さらに、深川の一日の暮らしを音響と照明効果で演出しているんですよ。

 夏の時期は、日の出の雰囲気の照明効果、そして鶏の鳴き声、あさり売りや金魚売りの声。また雨の日もあったり、虹や夕焼けもあったり、雪がしんしんと振る景色のときは、思わず身震いをしたりして。

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 それほど広くはないけれど、江戸時代の下町にワープした気分は十分味わえました。

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 ここがオープンしたのは、昭和61年ですから、もう20年以上も前なのですね。

 この資料館の前は何度も通るのですが、20年間一度も入ったことがなかったのは少しもったいない気がしました。

 一日でまだあと二つの施設を回らねばならないので、あまり感慨にふけっている時間はございませぬ。

 頭を切り替えて次にオイラが向かったのは、木場公園の中にある東京都現代美術館。

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 木場公園も広くて緑にあふれ、見所はいろいろあるのですが、今日はミュージアムオンリーで頑張ります。

 この美術館もロビーは吹き抜けになっていて、開放感抜群ですな。

 オイラが行った日は、「ポップ道」というテーマの展示が行われていました。

 江戸時代からいきなり未来へタイムスリップした感覚は、ぐるっとバスならではの浮遊感と言ったらいいでしょうか。

 歴史も美術も音楽も、動物園も、科学技術も、ごっちゃまぜになって頭に飛び込んでまいりまする。

 とくに、現代美術は刺激が強いですな。

 星条旗を頭にかぶったマネキンや天井から巨大な電気プラグが吊り下げられたオブジェは、考えれば考えるほど「2001年宇宙の旅」的謎に包まれそう。

 だだっ広いスペースの中で、女性の鳴き声やうめき声が聞こえるのですよ。

 部屋の隅にあるスーツケースの中からみたい。

 近くへ行ってスーツケースの中を覗き込むと、小さな人形の顔が表情豊かに笑ったり、泣いたり、怒ったり、悲鳴をあげたりしているのでした。

 まさに、京極夏彦の世界ですな。

 よく見ると、のっぺらぼうの人形の顔に、映写機で女性の顔の動画を投影しているのでした。

 この作者は、ホラーやオカルトを表現したかったのだろうかなんて考えるとますますわからなくなる。

 エレベーターで3階に登ると、さらにインパクトのある絵画が…。

 縦5.5メートル、全長30メートルの長大な壁画は、その大きさだけでも圧巻ですが、作者が岡本太郎ですからね。

 まさに岡本太郎的抽象画なのですが、これはちょっと文章では表現できませぬ。実際、目で見ていただくしかない。

 中央に、ドクロの頭を持った白骨化した人間の抽象画。その周りに燃え盛る火は原爆と放射能を表現したものでしょうか。

 見ていると、頭が爆発しそう。
 
 題名は、「明日の神話」といって、そこで語られる神話は、原爆、放射能という人類の悲劇を描き出しながらも、その先へと生きる希望を与え続けていると解説されていました。

 そういえば以前、この大壁画をテレビで見た記憶があります。
 
 岡本太郎がメキシコのホテルだったか、ある施設の壁画を描いたものの、工事が途中で挫折して、完成した壁画が行方不明になってしまう。その後、メキシコでの壁画の再発見とその修復作業の模様がドキュメンタリータッチで放映されていました。

 「芸術は爆発だ」というフレーズは何度も聞きましたが、「芸術はうまくあってはならない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない」とも言っていたそうですね。

 まさにそのポリシーを代弁した作品だと思いました。

 東京都現代美術館を出たのが午後2時過ぎ。比較的いいペースで3つの博物館をクリアしました。

 次は最後の江戸東京博物館へ向かいます。何度か来ている博物館ですが、広いし、展示物も多様なので何回見ても飽きることはありませぬ。

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 それにしても、この博物館は斬新といいますか、珍しい形ですね。

 地上7階、地下1階で、隣接する国技館との調和を考え、高床式のユニークな構造を採用したのだとか。

 高床式というけれど、異常に広くて高い下の開放スペースは、たんなる通路になっているだけ。デザインを優先したのでしょうね。

 貧乏納税者のオイラから見ると、もったいないという感想しかわかないのですが。

 下から上を見上げると、巨大な宇宙船かと思える迫力は十分感じました。

 途方もなく長いエレベーターで上にあがると、床の下には何もないとは思えない景観が広がっています。

 入場ゲートを越えるといきなり、江戸時代の日本橋。長さは短いですが、当時の日本橋を体感できるのですな。

 常設展示コーナーは、5階と6階が巨大な吹き抜けの構造になっていて、江戸、東京、通史の各ゾーンに分かれています。

 見所はたくさんありますが、当時と同じ大きさの歌舞伎の中村座、江戸時代の長屋、大名屋敷のミニチュア模型もありました。

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 江戸時代の帆船模型や日本橋や永代橋周辺の賑わいの風景を設置されている双眼鏡で覗くと、細部まで実に詳細に再現されていて驚きます。

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 歌舞伎の名場面の役者人形は生きているよう。

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 明治時代の新聞社の社屋や鹿鳴館、銀座の文明開化の様子も、その雰囲気を間近で味わうことができます。

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 有名な浅草の「十二階」の模型も見事でした。

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  たった十二階ですが、当時の人たちにとっては、横浜のランドマークタワーや六本木ヒルズの展望室に上ったような感動があったのでしょうね。


 それにしても、さっきから落ち着かないのはオイラが立っている下は巨大な吹き抜けだと感じるからでした。

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北の丸公園、国立近代美術館、国立公文書館、工芸館、日本武道館、科学技術館 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 今日は久しぶりのぐるっとパスを使ったお散歩ネタ。

 今回行ったのは、東京都心、かつて江戸城の北の丸だった場所です。当時は徳川御三卿である田安徳川家と清水徳川家の上屋敷でした。

 現在は、緑あふれる北の丸公園として、都会のオアシスとなっているのですな。

 武道館のある場所として有名ですけど、ほかにも文化施設が広い公園の中に点在しているんですよ。

 今回はそれらの施設を一挙に制覇しようという野望を企てたのでした。

 …ということで、オイラがまずむかったのは、地下鉄竹橋駅の近くにある国立近代美術館。

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 ずっと以前、ここに来たことがあるのですが、建物がリニューアルしたのか、ゆっくり名画を鑑賞できるいい雰囲気に包まれていました。

 何でも、2年半におよぶ大規模な増築・改修工事が終わって、再開館したのが平成14年の一月だとか。

 前は、オフィスビルの中のような感じでしたけど、広々としたフロアにゆったりと絵が飾られていて欧米の美術館みたいだと思いました。

 もっとも、外国の美術館へ行ったことはありませんが…。

 東京の国立美術館といえば上野が思い浮かびますが、こちらもお勧めです。

 ところで、ここは近代美術館というくらいだから、明治時代後半から現代までの日本を代表する近現代美術作品があるらしい。

 絵画・彫刻・水彩画・素描・版画・写真作品を随時コレクションし、常時展示した初めての美術館でもあるのだとか。

 それまでの日本の美術館は、企画展等で「借り物」の展示を中心に行われていたそうなんですよ。

 日本の美術館運営に初めて「美術館による美術品収集」をもたらした記念碑的な美術館でもあるのですね。

 企画展は高いけれど、常設展だと420円でこれだけ盛りだくさんの名画を鑑賞できるのですからお得感は高いっす。

 確かに、展示室をまわっていると、おお~、どっかで見たことがある!という作品ばかり。

 どこで見たんだろうと思うと、学生時代の美術の教科書だったことに気づきました。

 洋画では、黒田清輝、岸田劉生、萬鉄五郎、藤田嗣治、佐伯祐三、梅原龍三郎に安井曽太郎などキラ星のように有名な画家の作品が並んでいる。

 以前、ためしてガッテンで、美術館のうまい鑑賞法をやっていましたね。

 確か、自分が欲しいという基準で絵画を鑑賞すれば、興味をもってあきずに見られると言っていたような。

 そう思って眺めると、岸田劉生の麗子像を家に飾ると夜怖そう。萬鉄五郎の腋毛を見せて横たわる裸婦もちょっと…。

 やはり東山魁夷の幻想的で色鮮やかな風景画を飾ると、落ち着いて暮らせそうだ、などと思いつつ、まわりました。

 満ち足りた気分で、美術館を後にします。

 近代美術館の隣にあるのが、国立公文書館。

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 ここは行く予定にはなかったのですが、道を歩いていたら入場無料というポスターに遭遇したのです。

 「御一新から国会開設へ」といういかにも固いテーマでしたが、オイラはそれより無料という文字に条件反射を起こしましたね。

勝手に足が動いてフラフラと門をくぐり、建物の中に入りました。
 
 国立公文書館って、国の公的な文書を保管している場所くらいの認識でした。まあ大体正しくて、 公文書を保存し研究者に公開する機関なのだとか。

 一階のロビーに並んでいるショーケースの中に、展示資料があるのですな。

 軽い気持ちで見ていくうちに、だんだんとオイラの目が開いていくのがわかります。

 日本史の教科書の幕末から明治維新のページに太字で並んでいる書類ばっかしじゃないっすか。

 日本史で受験した人は、おそらく覚えているはず。

 たとえば、「王政復古の大号令」「五箇条の御誓文」「版籍奉還」「廃藩置県」「地租改正」「民選議員設立建白書」「国会開設の勅諭」「大日本帝国憲法」なんですと。

 すっご~い。モノホンですかねぇ。

 複製とはどこにも書いてないし。
 
 ちゃんと明治天皇の署名もありました。三条実美や伊藤博文、大隈重信、山県有朋、大山巌に西郷従道っすか。

 明治政府のオールスターの直筆サインがそれぞれの元勲たちの個性を表していて面白い。

 それから、当時から書類に決裁印を押していたのですね。元勲たちの印鑑の形や押し方にも特徴が現れていたりして。

 教科書の文字だけだと、記憶してお終いみたいな部分はありますけど、もとの文書を近くで見ると当時の人たちの思い入れや息遣いまで感じられました。

 オイラは結構面白かったですが、平成20年3月21日(金)までこの展示会は開催されているそうですので、興味のある方は是非どうぞ。

 イレギュラーの見学で、得した気分になって次に向かったのは、同じく国立近代美術館の工芸館。

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 さきほどのコンクリート造りの本館と異なって、こちらは赤レンガのレトロな建物でした。

 お洒落な外観は、なんと明治時代の末期に作られたのだとか。重要文化財に指定されているのも納得です。

 ここは皇居にも近いことから、当時は近衛師団の庁舎として使われていたらしい。厳しい軍人さんたちも、当時のデザイナーズ建築を好んだということでしょうか。

 その後いろいろあって、近代美術の工芸を専門とする「工芸館」として生まれ変わったのが1977年。

 ぐるっとパスでいざ入場と思ったら、企画展なのでお金を出さないと入れないそうな。

 前に入ったこともあったし、次に行く科学技術館は時間がかかりそうなのでバスすることにしました。

 時間が少し空いたので、北の丸公園を散策します。

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 昔、映画で見たニューヨークのセントラルパークってこんな感じ?と思われる景色もありましたね。

 行った日は、晩秋で紅葉がきれいでしたと書きたいのですが、あまり紅葉が進んでおらず地球温暖化をここでも実感しました。

 緑と赤の木々を抜けて歩いていくと、ご存知、日本武道館。

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 「なんで、いろんなアーティストのコンサート会場に武道館っていう無粋な名前がつけられたんですか?」と昔、若者から聞かれたことがありました。

 「舞踏しながら唄う歌手のために作られた広いコンサートホールだからですね~。最初は舞踏館と呼ばれていたんだけど、いつのまにかそれが武道館と変わったのですよん」

 東京オリンピック、知らないのかよ…とあきれて冗談を言ったら、変に感心されてしまいました。「じゃこれで」と訂正する暇もなく帰ってしまった彼はどうしているだろうかと…。

 その後、音信不通になってしいましたが、まさか、今もそう思い続けていたとしたら申し訳ないと考える今日この頃です。 

 過去の罪を悔いつつ向かったのは、科学技術館。

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 ここもいろいろな思い出のある場所ですが、そういう過去はおいといて、未来の科学技術に夢をはせようと逸る胸を抑えて入ります。

 オイラの子供時代からあるなと思っていたら、昭和39年の開館ですか。

 科学技術の進歩はまさにドックイヤーですから、当時の記憶に残っている展示物は当然ながらまったくないっす。

 いつも最先端の展示物にリニューアルしていくのは大変でしょうね。

 前回来たときは、確か5~6年前だったと思いますが、いくつかの例外を除いて一新されていました。

 ところで科学技術館は5階建てで、うえから見ると星型。

 星型の出っ張りの5つのブースにそれぞれのテーマごとの展示があるのは昔と同じ。

 見て・触って・からだ全体を使って体感する展示も、さらにグレードアップして健在でした。

 地球環境とか、車とか、ゲノムとか、宇宙とか、建設とか、いろいろ興味深い展示は数あれど、オイラが一番面白かったのはやはりロボットのコーナー。

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 こんな、いかにもという感じのロボットもいいけれど

 おいらはやっぱりこちらのほうが… 

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 顔も動きも人間クリソツ。しかも、会話もできるらしい。

 ロボットのコンパニオンのおねーたんと会話しちゃいましたぁぁぁぁぁ~♪



 なんでも質問してくださいね♪っておねーたんが言うから、お言葉に甘えて質問することにしたのです。

 ホントに何を質問してもいいの?

 それなら、ひひひ、「あの、おねーたんの、身長と体重と、できればスリーサイズなぞ、お聞かせいただければ幸いですぅぅぅ」

 と、セクハラオヤジそのままに質問したんですよ。

 すると、

「え~!?そんな困りますぅ。そういうプライベートな質問は事務所を通してください!」と、ロボットのおねーたんに怒られてしまいました。


 ガァァァァァーン 何を質問してもいいって、言ったじゃん!


 傷ついたオイラを慰めるように、おねーたんは話題を変えます。

「それじゃ、私から質問させていただきますね♪ 私、いくつぐらいに見えますか?」

 二十歳代の半ばくらいには見えるのですが、さっき恥をかいたので敵討ちとばかり

「30歳くらいですか?」

 と何気に聞いたら、ロボットのおねーたんは豹変。


「ええええええええええええ~、そんな老けて見えますか、ショックだわ~」


 世の中の三十歳過ぎの女性が聞いたら、逆ギレしそうなリアクションで落ち込むのでした。


 ロボットのおねーたんでも、謝罪会見を開かないといけない日が来るかもしれませんね。

 それはともかく、誰もほかにお客さんがいなかったので、オイラはロボットのおねーたんと科学技術の発展には何ら寄与しない会話を延々と続けるのでありました。

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ダイエット、カロリー摂取と消費にまつわるエトセトラ with 脳卒中と認知症の関係 医師と女子高生の会話から

 こんにちは。

 諸般の事情でご無沙汰しておりました。

 本日はダイエットと脳卒中のお話です。

 12月5日の記事の続編でもありますので、御用とお急ぎでない方はこちらのページもご覧いただければ幸いです。

 さて、もう忘れてしまいましたが、前回はそれぞれの人にとって必要な一日のカロリー量を算出したのでした。

 調べてみると、生活強度別にみた一日の必要エネルギー量もおおよそ計算できるそうなんですよ。

 たとえば、標準体重1キログラム当たりのエネルギー量を次の3つに分ける。


 軽労働 25~30kcal
 中労働 30~35kcal
 重労働 35kcal


 標準体重というのは、BMIという数値でよく表されます。

 それは、身長(m)×身長(m)×22

 オイラの場合だと、身長1.75m ×1.75m×22で、67.375キロが標準体重。

 その数字に、自分の一日のライフスタイルを考え、上記の軽労働から重労働に必要な標準体重1キログラム当たりのエネルギー量をかければいいわけですな。

 つまり計算式は次のようになりまする。

 身長(m)×身長(m)×22×標準体重1キログラム当たりのエネルギー量

 上記の式をオイラに当てはめてみると

 身長1.75m ×1.75m×22×35kcal = 2358.125kcal

 本来、重労働というのはスポーツ選手や肉体労働者らしいので、いくらハードでもウォーキングは中労働みたいなのですが。

 まあ、多少下駄を履かせて、オイラにとって、一日に必要なエネルギー量は、2358.125kcal と出ました~♪


 それに対して、やばかった当時はこんだけ~食べていたんですよ。

 たとえば、当時の平均的な一日の献立は…

朝食
 食パン(バター付)一枚 260 kcal
 オレンジジュース  116kcal
 プレーンヨーグルト  66kca
 あんぱん 半分  110kcal
 バナナ  80 kcal
 リンゴ  106 kcal

昼食
 てりやきマックバーガー  538 kcal
 マックフライポテト(S)   230 kcal
 コカ・コーラ(M)   140 kcal
 チーズバーガー  303 kcal

※ マックフライポテトがMサイズだと 420 kcal

おやつ

 クリームぱん  260kcal 
 ココア  125kcal

※ ハンバーガーだと 251 kcal、カレーパンだと 398kcal

 おやつと夕食の間のおやつ
  アーモンドチョコレート(81.6g)4分の一  114kcal
  のど飴(1粒) 16kcal

夕食
 ご飯(茶碗)大盛り2膳  500 kcal
 納豆 85 kcal
 味噌汁(豆腐) 47 kcal
 おでん(セット)306 kcal
 グリーンサラダ 80 kcal
 ポテトコロッケ 230kcal

夜食
ドラ焼き 280 kcal

そのほか
  一日に 缶コーヒー 加糖3本 150kcal


合計、な、なんと、4142 kcal


  一日、2000キロカロリー近くオーバーしていたことになるわけですか。

 ちょっとばかり運動していたとしても、これでは太らないほうがおかしいっす。

 これだけ毎日食べていたのに、それでも一応は標準体重の範囲内だったのはある意味すごいかも。 

 そんなにいいものを食べているわけじゃないのに…。

 マックが昔、60円バーガーをはじめた頃は、いよいよオイラの時代が到来したぞと喜んだものですが、その頃から太り始めていったみたい。

 値段の安さとカロリーの低さは、決して比例するものではないのですな。

 おかげさまで今は、176センチの66キロ台を維持しています。

 なぜか身長が1センチ伸びたのですが…。

 それはともかく、内臓脂肪があった頃と比べてかなり体調が改善しているのがわかります。

 まず、日中眠くなくなりました。

 太っていた頃は、昼食後、殺人的な睡魔と闘い、敗れて眠ってしまうことがしばしば。今は、日中はすっきりと過ごせています。

 ウォーキングは、同じ3万歩歩いても、翌日の体調が全然違いますね。前は、疲れて午前中はグロッキー状態でしたが、今は多少の快い疲労感が残るぐらい。

 歩くのもすごく楽ですよ。自分で歩いていながら、動く歩道に乗っているみたいで。

 今まで8キロの鉄アレイを持って歩いていたのがなくなった計算になるのですからそれも当然ですな。

 いずれオイラのダイエット法を書いてみたいけれど、やはり50キロくらいやせないとインパクトはないかも。

 …ということで、健康になるエッセンスが満載の「世界一やさしい脳卒中にならないための本

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 好評発売中だよ~ん。


 さて、今日は、ブログのほうの「脳の病気シリーズ」。

 本とブログとの微妙な違いを比べてみるのも面白いかもしれませぬ。

 前回は「脳卒中の後遺症は、どんなものがあるの?」という話題を取り上げました。

 

 今日が初めての方、この記事に興味がおありの方は「心と体」のカテゴリの中にある前回、前々回の記事をご覧いただければ幸いです。

 今日はその続きです。
 
 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。

 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。  
 
 今回は、「脳卒中と認知症の関係」が話題になります。

 それでは…。


< 脳卒中と認知症の関係 >


 脳卒中というのは脳がやられてしまう病気だよね。すると脳がつかさどる精神に障害が起きる場合が多いんだ。

● AYAちゃん「たとえばどんな症状が現れるんですか?」


 心の変化としては、うつ状態になることがある。脳の侵された場所に関係があると言われているんだけど、片まひが起こって体が不自由になれば、気分が落ち込むのは無理もないかもしれないね。それから物事に無関心や無欲になることもあるんだ。これも脳の中の『やる気』を起こす部分に障害が起きるからだと考えられている。


● AYAちゃん「傍から見たら、せっかく脳卒中がよくなったんだからしっかりしなさいよって言いたくなるかもしれませんね。周りの人たちはどのように接したらいいんですか?」


 これらの症状は一種の病気だから、励ましてもなかなか良くならないんだよ。とくにうつ状態の人を励ますのはかえって逆効果で、症状を悪化させることもあるから気をつけたほうがいい。
 まわりの人たちは、本人の話をよく聞いてあげることが大切だね。気軽に精神科の先生に相談してみるのも必要だよ。それから無関心・無欲の場合は、さっき言った視野障害を起こしている場合があるんだ。


● AYAちゃん「右の脳に障害が起きて、左側の視野が欠けてしまうというか無視してしまうんでしたっけ」


 そう。その場合は、その症状を回復させるリハビリを行うとよくなることがあるね。


● AYAちゃん「まわりの人たちが、無関心・無欲が脳卒中の後遺症だと気づかないと回復が遅れるかもしれないんだ」


 そうだよ。ほかにも脳卒中でいろいろな感情の障害が起きることがある。たとえば、テレビでメロドラマを見ながら笑ってしまったり、バラエティー番組を見ながら泣いてしまったりすることもあるんだ。


● AYAちゃん「私もたまにメロドラマを見ながら笑っちゃうことはありますけど…」


 そういう意味じゃなくて。この場合、『感情失禁』と呼ばれる病気なんだよ。そのほかにも怒りっぽくなったり、頑固になったり、急に几帳面になったり、逆に集中力が欠け落ち着かなくなったり、粗雑になったり、ということもある。


● AYAちゃん「病気になる前からその人を知っているまわりの人たちは、急に性格が変わったんじゃないかと思ってしまいますね」


 それに関連して認知症が起きる場合があるんだ。今まで話してきたさまざまな症状が組み合わさった状態が認知症だとも言えるね。だからどういう症状が出たら認知症だと、なかなか定義しづらいんだ。


● AYAちゃん「誰でも年をとったら物忘れが激しくなったり、新しいことが覚えられなくなったりしますけど、それとは違うんですか?」


 そういうときは、年のせいで物忘れがひどくなったって自覚しているからあまり心配はいらないんだ。困るのは、自分がぼけや認知症になっているのを自覚できないケースで、そうなると家族を初めとするまわりの人たちは大変だよね。今日の日付や曜日がわからなくなる患者さんはまだ良いほうで、目を離すと外へ出て帰って来られないとか、いつもイライラして腹を立てているとか、時には暴力を振るう患者さんもいる。

 逆に物事への意欲がなくなり、一日中無表情でぼんやりしている患者さんもいるんだ。それから同じ話を何度も繰り返したり、物忘れを指摘されても認めなかったりするのも認知症でよくあるケースだね。


● AYAちゃん「そんな症状が続いたら、家族の人たちは相当心配でしょうね。先生、そもそもどうして認知症が起きるんですか?」


 それは前にも言ったように、脳の中のさまざまな働きが病気によってダメージを受けるからだよ。その病気は、脳こうそくを初めとする脳血管障害、脳の中にできものができてしまう脳腫瘍が多いね。それからアルツハイマー病が原因となる認知症も多い。


● AYAちゃん「アルツハイマー病? どっかで聞いたことあるような」


 以前なくなったレーガン元大統領が、自分はアルツハイマー病と宣言して大きな話題になったことがあるね。ほかにもよくテレビや新聞などのマスコミで取り上げられるから聞いたことのある人も多いんじゃないかな。


● AYAちゃん「脳卒中の後遺症の認知症と症状が違うんですか?」

 

(途中ですが、約一ヵ月後に続く)


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