埼玉県小川町・仙元山、青山城址 ウォーキングストーリー
こんにちは。
ぐるっとパスでさんざミュージアムを回り尽くしていたら、夢に絵画や古文書、恐竜、ロボットのおねーたん、ライオンやオランウータンなどの動物が出るようになってしまいました。
ちなみに今月から、「ぐるっとパス2008」が発売されたそうですよ。
詳細はこちら。
オイラはさんざん歩き回ったので、今年のぐるっとパスはパスするつもりですが…。
それはともかく、ぐるっとパス後遺症を通常モードに戻さねば、社会生活に支障をきたしかねない。
…ということで、休日を従来のウォーキングモードへ補正することにしたのです。
さて、どこへ歩きに行こうか、と…。
そういえば最近、山へ行っていないと思い至り、近場へハイキングに行くことにしました。
図書館で「大人の遠足・駅から山歩き」という優れものの本を借りてきて、パラパラめくっていたら、東武東上線の小川町という駅名を目にしました。
会社に勤めていた頃、ストレスで胃が痛くなりながら仕事していた時期があったのです。
そのとき気分を変えようと、ハイキングに出かけたのが、小川町の近くにある官ノ倉山という低山。
森閑とした山道を登っているうちにストレスが汗とともに流れ落ちてゆくのがわかりました。
どういう仕事のストレスだったかは忘れましたが、そのときの爽快感は今でも記憶に残っています。
同じところへゆくのもいいけれど、小川町を起点とした別の山のハイキングコースもあるらしい。
ストレスはあまりたまっていませんが、山城の跡も残っているという魅力的なフレーズに惹かれ、出かけることにしました。
レトロ感ただよう小川町駅を出ると、さっそくコンビニを探します。
以前、年末年始に山へハイキングに行った時、駅前で食料を調達しようと思ったら、店が一軒もない。
近くを歩き回り、酒屋と乾物屋さんを見つけたのですが、正月休み中。
仕方なく、駅で缶コーヒーやジュースを買って、夕方山から下りてくるまでそれらを飲んで飢えをしのいだのでした。
駅前のローソンで、しこたまおにぎりやサンドウィッチを買い込み、山を目指して歩きます。
これで、遭難しても2日は生き延びられそう。こんな低山で迷う人はいないと思いますが…。
小川町は、懐かしい昭和の雰囲気を感じました。明治・大正の面影を残す家が少なからず残っているのは戦災の影響を受けなかったからでしょうか。
東京にも、佃島や下町のあたりに古い街並みが残っている地域は戦災で焼けなかった場所みたい。
市内を流れる槻川の水はとてもきれいですね。
小川町といえば、和紙の里として有名ですが、和紙作りが盛んになった理由がこの市内を流れる清流だったらしい。
しかも、厳しい寒さと冷たい水が品質に影響するのだとか。
奈良の正倉院の文書には武蔵の国から大量の和紙が寄進されたという記録があるそうですね。
行った日は、晴れていましたが、北風がピューピュー吹くとても寒い日でした。
こんな寒い日に、冷たい水に手を突っ込んで手すき和紙を作るなんて、つらそう。
そんな作業のつらさを歌った「紙漉き唄」も残っているそうな。
そんなことを思いつつ歩いていると、これから向かう仙元山の登山口に着きました。
右手に沢を見ながら湿った細い道を登ります。
仙元山は、標高わずか298メートル。
一番太っていた頃から比べ、8キロも減量したオイラにとってダッシュで駆けあがれるとなめてかかっていた部分も無きにしも非ず。
メタボにもっとも近づいたときでも、ミシュランで三つ星を取った高尾山にケーブルカーなしで登りましたからね。
だけど、きついっす。
内臓脂肪がなくなって、余った内臓の皮が腹の中でヒラヒラ揺れる感触が…。
さすがに座り込みはしませんでしたが、立ち止まって息を整えたことが何度かありました。
頂上はまだですか~と思い始めたころ、あまりにあっさりと頂上が目の前に現れました。
到着すると現金なもので、ちょこっと物足りない気もしましたが…。
ガイドブックには、視界はあまり開けていないと書かれていたのですけど、小川町の市街地が眼下に広がっている。
頂上付近の杉の木を切って、眺望を確保してくれたのですな。
あまり期待していなかったのですが、冬晴れの透き通った空気を通して、小京都・小川町の息吹が感じられました。(行ったのは冬でしたので念のため)
標高300メートルを切る山だというのに、高層ビルが近くにないからとても高く感じられます。
こう考えると人間が作った333メートルを誇る東京タワーというのはとてつもない偉業だと思いました。
下町に600メートルを超えるタワーが今年着工されるそうですが、人間がますます天に近づくのでしょうね。
ちなみに、仙元山の「せんげん」というネーミングは、かつて頂上に浅間神社がまつられていたからなのだとか。
頂上をくだり、本日のハイライトである青山城址を目指します。
自称城愛好家のオイラにとって、青山城はガイドブックを見るまで知りませんでした。
ただこの辺りは、小田原の後北条氏や越後の上杉氏、甲斐の武田氏といった戦国大名の関東三国志の舞台となった場所。
鉢形城や松山城などの名城も近くにありますね。
青山城は戦国時代、松山城の支城としての位置づけだったらしい。
それほど有名ではないし、空堀の跡ぐらいわかれば上等と思っていました。
でもうれしい誤算と言いますか、土塁や郭はおろか、帯郭の跡も肉眼で判別できる。
標高265メートルの本郭へたどりつくまで、急峻な山道と深い堀、高い土塁が行く手を遮ります。
郭が連立して伸びているのかなと思ったら、本郭を中心に二つの郭がコの字型になっている縄張りまでしっかり確認できました。
広さはさほどではありませんが、砦と呼ぶには多少抵抗ある規模かも。
それにしても、山城の写真は難しいっす。
どこを撮っても、雑木林。
それはともかく、土塁が立派なのはもとより、大きな石や人工的に見える石の壁など興味深い発見もありました。
石垣というほどではないにしても、石を使った防御施設の発想があったんだろうな、と…。
うちに帰ってネットで調べたら、オイラと同じ部分に関心を持った人のブログも発見して、やっぱりと思いましたね。
当時の城の面影をイメージしながら、次の目的地、大日山に向かって歩きます。
途中に細い杉が針山のように生えている薄暗い場所がありました。
見上げると木の枝が風になびいて、生き物が鼓動しているようにも見える。
行った日は、スギ花粉が飛ぶちょっと手前でしたけど、背筋が寒くなりましたね。
今行ったら、恐らく呼吸困難に陥って命が危ないかも。
大日山の頂上からつづらおりの林道をひたすら降り、割谷の集落に入ります。
左手には、今登ってきた仙元山の穏やかな稜線。
仙元山の麓に広がる冬枯れの水田の景色は、とても首都圏から日帰りで来たとは思えませぬ。
このあたりを流れる槻川は、かつて氾濫してこの辺りの人たちを苦しめたそうですが、土地改良工事を終えてからはゆったりとした流れを見せてくれていました。
この地域の古社である大聖寺にお参りして、最後に埼玉伝統工芸会館に寄ってみました。
ここは、地域の伝統工芸を振興する目的で作られ、館内の常設展示室では埼玉県指定の伝統手工芸品がすべて見られるのだとか。
しかも、手すき和紙作りを体験できるのですね~
よろこんで入ろうと思ったら、休館でした。
ぐるっとパスを条件反射で出そうとしたあたり、いろんなミュージアムがまだ夢に出てきそう。
| 固定リンク
「旅行・地域」カテゴリの記事
- 東京近郊のラビリンス、北総線沿線 ウォーキングストーリー (2008.05.07)
- 湘南・大磯 ウォーキングストーリー (2008.04.23)
- サザンオールスターズの故郷、湘南・茅ヶ崎 ウォーキングストーリー (2008.04.16)
- 埼玉県小川町・仙元山、青山城址 ウォーキングストーリー(2008.04.08)
- 東京リゾート・江戸川区・新左近川親水公園~葛西臨海水族館 ウォーキングストーリー (2008.03.26)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/97372/40816265
この記事へのトラックバック一覧です: 埼玉県小川町・仙元山、青山城址 ウォーキングストーリー:
![永嶋 信晴: [世界一やさしい] 脳卒中にならないための本](http://ec1.images-amazon.com/images/I/01DZDM-014L.jpg)




コメント