東京近郊のラビリンス、北総線沿線 ウォーキングストーリー
こんにちは。
ゴールデンウイークはいかがお過ごしでしたか?
オイラは二日間ほど、ウォーキングに行ってきました。しっかり充電したので、今日から仕事に頑張る予定です。
それはともかく、オイラは小学校時代から東京周辺をほっつき歩いていたので、首都圏の鉄道はほとんど制覇していると思っていたんですよ。
上野動物園のモノレールはもちろん、都内の遊園地のお猿電車まで…。
最近できた日暮里舎人ライナーはまだですが、いずれ確実に乗ることになるでしょう。
ところが灯台下暗し。
オイラがよく利用している都営地下鉄から接続しているのに、まだ足を踏み入れていないルートがあることを発見したのです。
それは、北総線。
読んで字のごとく、千葉県の北部を横断して、終点の印旛日本医大駅まで続いているのですな。
でも、電車に乗るのだけが趣味ではないし、結構電車賃が高い。
沿線に見所でもあれば行ってもいいのだけれど、と思っていました。
するとある日、都営地下鉄の駅で「ほくそう」という小冊子を見つけたのです。無料なので、条件反射で手が出てそれを読んでみると、ありました、ウォーキングコース。
北総線の秋山駅から松飛台駅まで、約11キロ、所要時間2時間20分のコースですと。
こりゃ、お手頃だし、コースを見ると神社仏閣、遺跡、そしてなんとお城までトッピングされている。
行くっきゃない、と花粉がびゅんびゅん飛んでいる日でしたが、決死の覚悟でウォーキングを敢行しました。
都営浅草線から乗り換えなしで京成線へ。京成高砂駅から北総線に乗り換えます。
地下鉄から直接終点の印旛日本医大まで走っている電車もあって、ルート選択はなかなかややこしい。
これは間違える人もいるだろうなと思いましたが、オイラは無事、目指す秋山駅に到着。
ホームを歩いていると、おっさん2人に呼び止められました。
何でも、柴又まで行くつもりが、迷ってしまったらしい。
いつまで乗っても着かず、だんだん郊外へ向かっているようで不安になって降りたのですか。
目が泳ぎ、映画で見る寅さんの舞台とは似ても似つかぬ風景に戸惑っている様子がありありでした。
京成高砂駅で京成線に乗らず、北総線に乗ってしまったのね。
高砂駅まで戻ったほうが良いと言うと、二人は肩を落としてトボトボと反対側のホームへ向かうのでした。
駅前に出ると、マンションはあるのに、商店がほとんどない。都心近郊の駅とは思えない風景でしたが、あと10年もするとスーパーやチェーン店がひしめく繁華街に激変するのでしょうね。
小冊子の地図を見ながら、まず向かったのは春日神社。
古くて急な石段を上がると、趣のある社殿がありました。
この近所に春日神社が多いのは、昔、この近くにあった下総国の国府に赴任した都の役人がそのまま土着し、都で彼らが崇拝していた春日神社を祭ったのが始まりとか。
1000年以上前にも、Iターンがあったのですね。生まれた土地に対する愛着は当時の人たちも強かったのでしょうか。
そんなことを思い、小冊子を読みつつ、次の目的地を目指します。
それにしてもこの小冊子。
地図はあるのだけれど、市街図のようにいろいろな目印が書かれていないのでわかりづらいっす。
それをサポートする意味で、地図に文章が書き込まれている。
たとえば…
『参道を進み、五差路を右斜め前の道に入り、大通りへと出たら右折し、高校正門先の横断歩道を渡る』
うう、国語の読解力が試されているような。
これは、どう読み解けばいいのだろうと、立ち止まって考え込みました。
海賊キッドの宝探しみたいで楽しかったですけどね。
でも、次の文章には困りました。
『突き当たり手前のT字路を左折し小路へと入り、小橋を渡り坂を上る』
この言葉通り進んだつもりが、地図と実態とが全然適合しない。
ひぃぃぃ、早くも迷子ですか。
あせるな、こういうときこそ、冷静になるのじゃと、自分を励まして、文章から地理的状況を推理しました。
小橋があるってことは、川が近くに流れているはず。それに坂があるということは高台もなければならない。
その二つの条件を満たす場所が、この近くにあるかどうか探せばよいのじゃ。
…と探したけれど、どこにもないっす。
第一、住宅街の真ん中でどこにも川なんて流れてないよう。
仕方なく、地図と現実がマッチすると思われる場所まで戻ることにしました。
そしてもう一度、さきほどの文章を読み解いて、自分が思い違いをしていることに気づいたのです。
オイラは、突き当たりのT字路を左折してしまったのですが、正しくは突き当たり手前のT字路を左折するのですな。
その条件で探すと、ありました。T字路と小路が…。
そしてそこを進んでいくと、おお、これが小橋っすか。
確かに、「小橋」だけど、オイラの思い描いていたイメージとはかなりの隔たりが…。
ホントに日本語の表現って、難しいですね。
やっと、コースに戻れたと喜んだのも束の間、また次の目的地がわからなくなってしまいました。
それでも、目印となる高校が地図に書き込まれていたのでなんとか、その隣にある厳島神社に到着。
厳島神社といえば、安芸宮島の厳島神社が有名ですが、そこは平家一門の守護神としても有名ですな。
なぜ、関東に平氏が、という疑問もわきますが、関東にも平氏のスーパースターがおられるのでした。
それは、承平天慶の乱の立役者である平将門。
この地域は、平将門にまつわる伝承が今も数多く残っているのですね。この厳島神社も、平将門にゆかりの神社ではないかとも考えられているらしい。
平将門については詳しくないのですが、朝廷に反旗をひるがえして、関東一円を手中に収めた平安時代の武将だという記憶があります。独立国を立ち上げようと画策したものの、平貞盛や藤原秀郷らによって討死した悲劇のヒーロー。
ずっと前の大河ドラマ「風と雲と虹と」で、若き日の加藤剛が将門を演じてかっこよかったという記憶がありますね。
比較的新興の住宅街だと思いきや、こんな古い歴史があるとはすごいです。
そして次に向かったのは、もっと古い歴史がある場所なのですが、またしても迷ってしまいました。
『2棟のマンションの間のT字路を右折し、しばらく進み、突き当りを右折し、坂を上る』
2棟のマンションを行き過ぎ、こりゃいかんとまた戻る羽目に。
でもなんとか、縄文時代に作られたという曽谷貝塚にたどり着きました。
曽谷貝塚は、東西210m、南北240mという単独の馬蹄形貝塚としては日本一の広さがある貝塚らしい。貝塚が作られたのは、今から約4000~3000年前の縄文時代後期だそうですね。
貝塚だけではなく、竪穴住居や土偶、土器、埋葬された人骨なども発見されているらしい。
住宅と畑に囲まれた広い原っぱが、その跡ですか。さすがに日本一というだけあって、広いですな。
う~ん。でも、歴史に興味がない人から見たら、ただの原っぱかも。
あるのは石碑と解説板だけっすか。
でも、せっかく来たのだからと、原っぱの周囲をぐるっと回ってみることにしました。
それにしても、東京の近郊にこんな広々とした空間があるのは素敵ですよね。
…と、何気に畑を覗いてみたのです。
やけに白い土だなと…。
よく見ると、白いツブツブが土の上にまだら模様になっている。
何?この白いものは、とよくよく見たら、細かく砕かれた貝殻じゃないっすか。
も、もしかして、これは貝塚からあふれ出した貝殻?
だとしたら、ものすごい量の貝。
畑からあふれ出した貝殻は、細かく砕かれてアスファルトの道路の上にも撒き散らされている。
オイラが今道路の上で踏んでいる貝の欠片は、縄文人が食べた貝?
おお、これはすごい。すごすぎる。
農家の人も、畑からあふれ出た貝を撤去するというのではなく、作物とともに共存させているといいますか。
縄文時代の貝殻から、にょっきり出た作物がとても貴重なように思えました。
それにしても、この原っぱの下にはとてつもない量の貝が埋まっているのですね。それらは全部、縄文人がここまで運んできて、貝を食べた後捨てたもの。
人間の力を見せ付けられたような気持ちになりました。
今日の記事はまたまた長くなりましたが、まだウォーキングの半分も書いてはおりませぬ。
途中で随分道に迷いましたからね。
このあとも、文章の解釈をめぐってまた迷ってしまうのですが…。
果たしてビジベンは、この東京近郊のラビリンス、迷宮から無事脱出できるのか。
それは次回。
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