土方歳三のふるさと日野・高幡不動 ウォーキングストーリー
こんにちは。
新選組・日野シリーズの最終回は、いよいよ真打ち、土方歳三さまの登場っす。
生家跡への訪問ですね。
土砂降りの雨から天気が回復して、快適なウォーキングをすることができました。
右手に見えてきた、こんもりと緑に包まれた丘。あれはどうみても、城跡でしょうとあたりをつけたら、案の定、高幡城址なのでした。
川と丘がコラボであると、城跡を疑ってみたくなります。
丘の麓には高幡不動があるので、あとで行ってみようと足を速めました。
万願寺歩道橋を越え、左手に神社が見えたところを左折、住宅街を道なりに歩いてゆくと、庭に「誠」の旗が立っているお屋敷がありました。
ここが土方歳三資料館であるとともに、歳さんの生家あと。
歳さんが青春時代を過ごした実家だったのですが、オイラが20年以上前に来たときとは、まわりの景色はもちろん家も様変わりしていました。
20年でこんなに変わるんですね~。
うろ覚えですが、田んぼや畑があって、当時は近郊の農村といった感じでした。今はお洒落な住宅街。
すぐそばを多摩モノレールの高架が走っていて、スーパーやファストフードのお店も建ち並ぶ。
昔のこの辺りを知っているオイラとしては、より歳さんが暮らした石田村に近い景観を見たことがあるぞ~、ひひひ、うらやましいだろ~と自慢したい気分になりました。
立派ではあったものの、トタン屋根の崩れそうな家屋だった歳さんの実家も、ハイカラなお屋敷に変貌を遂げている。
もっとも、以前の崩れかけたような家屋よりは今のお屋敷のほうが、あの写真に写っている歳さんのイメージに結びつくというのが変な感じですが…。
こちらも、子孫の人たちが経営しているようで、月一回、第三日曜日だけの開館なので行った日は休館なのでした。
歳さんの愛刀、和泉守兼定や書簡、池田屋事件で使用したと伝わる鎖帷子、鉢金、榎本武揚の書、歳さんも行商をした土方家家伝薬である石田散薬にまつわる資料などを保管しているらしい。
それにしても、歳さんの肖像写真を見ると、江戸時代を生きた人とは思えないくらい現代的な顔立ちの美男子と思えます。
当時の人たちも、「眉目清秀ニシテ頗ル美男子タリ」と言われていたそうな。
五尺五寸で、身長は当時としては長身の168センチ。すらりとして、色も白く、一見商人風で鬼の副長と恐れられていたとは思えない。
そのギャップが人気の一つなのでしょうね。
うぬぬ、写真をよく見ると、ウッチャンナンチャンのウッチャンにも似ているぞ、とかいや、狩人の弟のほうにクリソツじゃとか、嫉妬心が湧き上がる今日この頃。
個人的には、栗塚旭の土方歳三の、口下手で無骨だけど、ちょっとやさしくてかっこいいイメージが好きなのです。
司馬遼太郎の「燃えよ剣」のイメージにぴったりで…。
ただ、歳さんは昔、薬の行商をやったりして一見商人風の愛想のよさもあったのではないか。営業をやると、人格に劇的な変化が現れますからね。
オイラも営業をやっていたから経験があるのですが、栗塚旭版土方歳三のキャラクター設定では行商はできなかったかも。ノルマ達成できなかっただろうといいますか。
その点では、山本耕史版土方歳三のほうが、より実際の土方歳三に近かったのかな、という気はしています。
それはともかく、この辺りの家は土方さんと書かれた表札が目につきますね。
歳さんの実家あとの隣にある立派な長屋門のお宅も、土方さんという表札が掛かっていました。
土方家は、この土地の大百姓だったというのも頷けますね。
そんなことを考えつつ、資料館から道なりに歩いてゆくと、住宅街の中に小さな社を取り囲むように大木が数本ある場所に出ました。
ここは、「とうかんの森」と言って、土方家の氏神として祀られた稲荷神社の跡なのだとか。この近くにはかつて歳さんの生家、土方家があったのですね。
浅川と多摩川の合流地点に近く、この場所はたびたび大雨の被害に見舞われ、天保十一年の洪水で歳さんの生家は流されてしまったらしい。
それで、先ほどの場所に引っ越したのですな。
大雨に悩まされたという点だけはオイラと共通点があったと喜びながら歩き、石田寺に到着。
ここは古くからこの土地に暮らしていた土方家の墓所であり、土方歳三顕彰碑がありました。
確かに墓地に並んでいるお墓は、「土方家」のものばかり。
境内にそびえる樹齢400年と言われるカヤの大木は高さ20メートルもあるらしい。当然、歳さんもこの木を眺めて少年時代を過ごしたのでしょうね。
石田寺から高幡不動へは浅川のほとりを歩きました。この河原に生えていた「牛革草」という野草を、土用の丑の日に石田村の村民が総出で採り、散薬にしたものが歳さんの生家に伝わる打ち身薬「石田散薬」なのですね。
この河原で、若い日の歳さんが村人たちをまとめて、草を総出で刈っている姿が目に見えるようでした。
そして最後に向かったのが高幡不動。
土方歳三の菩提寺で、関東三不動の一つにも挙げられる古刹ですね。
不動堂や仁王門は重要文化財にも指定され、新しく作られた五重塔とともに、とても美しい境内だと思いました。
そして境内には、土方歳三の銅像。
こちらはまたすこぶるイケメンですな。若い頃の栗塚旭と山本耕史を足して2で割ったような。
佐藤彦五郎たちが建てた殉節両雄の碑もありましたよ。
夕方でしたが、丘の急斜面を登って高幡城跡にも行ってみました。
城の縄張りの地図もなく、本丸跡の標識があるだけでしたね。
なんでも、城についての記録は少なく、金剛寺の裏山に城址があったという伝承があるだけなのだとか。
土塁や空堀のあとも推定するしかなかったですが、新選組とお城がコラボで見られたのは一粒で二度おいしいウォーキングコースでした。
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