思い出の板橋 ウォーキングストーリー
こんにちは。
がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~ん。
いつも通り、お散歩ネタを書いて、ケータイに入っている写真をパソコンに転送しようとしたのです。
しかし…、そこで大失態を。
ケータイに撮り貯めてあった写真を、間違えて全部削除しちゃいましたぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!!
ひぃぃぃぃぃぃ~、今回はよく撮れていると思ったのに。
何よりショックだったのは、先週行った、横浜市の茅ヶ崎城址と大塚・歳勝土(おおつか・さいかちど)遺跡の画像が消滅してしまったこと。
復元された「環壕集落」とか、弥生時代の村の雰囲気がよく出ていたんですけどね。
まさに「覆水盆に返らず」「It's no use crying over spilt milk」状態。
記事を書いてしまったので、今回は写真なしで行くしかないっす。
あらためて読み返すと、写真なしのお散歩ネタは、コーヒーにクリープが入ってないみたいに味気ないですな。
それが実感できたという点では、画像なしのお散歩ネタも一度アップする意義があるかもしれませぬ。
さて、去年の秋から冬にかけては、「ぐるっとパス」を使って都内の美術館や博物館を徹底的に歩き回ったのでした。
できれば今年もやってみたいですが、さすがに毎年やるわけにもいかず、今年は、パスを使ってプチお得旅をしてみることに…。
それは、都営地下鉄「秋」のワンデーパス。
ワンコイン(500円)で都営地下鉄が一日乗り放題になるのですね~。
もっとも、使えるのは休日だけ。
平日にビジネスに使えたら、営業マンの得意先回りの訪問件数が増えるかも。
それはともかく、その優れもののパスを使って今回行ったのは、板橋区のあたり。
オイラの自宅の最寄り駅から目的地の蓮根駅までは360円。
その周辺をウォーキングして、高島平駅から帰ったとすると往復で720円。
つまり、220円もお得になるのですね~♪
何度でも改札を出たり入ったりできるから、その気になればもっとお得感は味わえるのですが…。
地下鉄に乗るのが趣味という人にとっては、たまらないでしょうね。
…ということで、都営三田線の蓮根駅へやってきました。
地下鉄というのに、この辺りに来ると駅は皆、高架になっているのですな。
駅前から住宅街を抜け、団地のそばを通って来たのが、城北交通公園。
入口に近くにあるのが、年代物のこの蒸気機関車。
あまりに小さいので、昔の遊園地のアトラクションかと思ったら、なんと当時メジャーで活躍していたというからびっくり。
1912(明治45)年にドイツのコッペル社で製造されたらしい。その名もかわゆく、ベビーロコ号。
当初は和歌山県の有田鉄道で活躍し、1952(昭和27)年、東武鉄道の気動車と交換して、東武東上線の川越機関区に配置されたのだとか。
ただ、最大時速は20キロで、燃料や水の積載量が少ないことから、実際はほとんどなかったようですね。
引退してから保管場所を転々として、現在の場所に移されたらしい。
それにしても、小さいニャーと思ったのですが、日本で最初に新橋と横浜の間に開通した鉄道も、陸蒸気(おかじょうき)と呼ばれ、これくらいの大きさだったのでしょうね。
城北交通公園には、そのほかにもD51型蒸気機関車、通称デゴイチも保存展示されておりました。
次に向かったのは、「植村冒険館」。
ここに来たのは、15年ぶりですかね。
実は、オイラの会社の創業当初、ある会社から営業を頼まれて、東京の城北部から埼玉県南部にかけて営業に回ったことがあるのでした。
今では懐かしい思い出ですが、当時は喜びより苦しみのほうが10倍以上もあったような。
でも、そのとき頑張ったおかげで、会社が今でも細々と続いているのですね~。
その辛い時期、休み時間についふらふらと立ち寄ったのがこのミニ博物館です。
植村冒険館とは、ご存知国民栄誉賞を受賞した冒険家植村直己の生涯と数々の冒険で使用したグッズなどを展示してあるのですな。
当時はこれを見て、勇気をもらったことを思い出しました。
いくら仕事が辛いと言っても、命までは取られませんからね。
北極点到達やグリーンランド縦断など犬ぞりを使って、しかも単独で冒険を達成したところがすごい。
狭いテント暮らしを何か月で、話し相手は犬だけ。
冒険家としての植村直己のすごい点は、冒険の現地で長期間を過ごし、生活まで現地の人たちに溶け込んでしまうところにあったらしい。
たとえば、グリーンランドを犬ぞりで横断したときは、エスキモーの家に寄宿し、犬ぞりの技術はもちろん、衣食住や狩・釣りに至るまで、極地に暮らす人々から直に学んだそうな。
冒険館には、そのときの冒険の様子を写したパネルが展示されておりました。
それほど大きな博物館ではありませんけど、一階には冒険や登山関係の書籍、ビデオが無料で利用できますから、そういう趣味を持っている人にはたまらないかも。
冒険館を出て、住宅街をテクテク歩き、環八通りを横断して坂道を上ります。
関東平野といっても、このあたりは起伏がかなりあって、とても23区内とは思えない。
この辺りは、つい最近までのどかな農村風景が広がっていたのかも。
そんな風景に溶け込んでいたのが、円福寺。
本堂の前にそびえるコウヤマキの2本の大木が印象的でした。
この辺りを歩いていると、ところどころ緑豊かな公園にぶつかります。都会の中にある人工的な児童遊園と違って、起伏があって自然な森のようになっている公園は癒されますな。
前谷津川緑道を通って、昆虫公園へ。
ここも前に来たことがあります。雑木林の斜面に、昆虫のいる3つの温室と小さな標本室があるのでした。
施設はかなり古くなっていて、虫さんはホントにいるの?という感じでしたが、標本室ではお母さんと子供が熱心に蝶の標本を眺めておりました。
昆虫公園から前谷津川緑道に戻り、今度は反対側の坂道を上ります。
前谷津川は現在暗渠になっていて、その上が緑道として整備されていますが、昔は川の両側は崖になっていたのでしょうね。
相当な急坂ですが、マンションが建ち並んでいます。
その坂道を、ベビーカーを押した若いお母さんが息を切らしながら押しているのが印象的でした。
長崎など坂道の多い町に住む人たちは、足腰が丈夫で心肺機能も高いそうですが、日々の買い物などで毎日この坂道を登ったらメタボとは無縁かも。
便利で楽なだけが、幸せではないと思いましたね。
そんなことを考えつつ坂道を登りきると、由緒ありそうな神社がありました。
こちらは北野神社。なんと、995年創建の板橋区でもっとも古い神社なのだとか。
境内には、菊の花がたくさん置かれていました。
この神社には、毎年2月11日に行われる「田あそび」という神事があるそうですね。
「田あそび」というから、田んぼに村の人たちみんな集まってお花見やカラオケみたいなことをするのかなと思ってしまいました。
実は、水田耕作に関わる行事で、年の始めに、その年の五穀豊穣と子孫繁栄を祈願し、稲作の作業内容を唱え、言葉と所作によって表現するのだとか。
神社の隣にある郷土芸能伝承館には、そのときに使用する衣装や道具が展示されておりました。
神社にお参りしてから、前の通りを右折します。
ここから次の目的地、水車公園までの道の街路樹は、ちょっと変わっているような気が…。
なんか、大きな盆栽が道の両側に並んでいるような感覚。
この木はマキといって、街路樹として使われることは全国的にも珍しいのだとか。
確かに、ほかでは見たことありませぬ。
面白い景観に見とれているうちに『徳水亭』という茶室のある庭園に到着。
ここも、以前何度か来たことがあってよく覚えています。広くはないけれど、石の配置や池の形、深山幽谷を表した岩の景観などよく考えて作られていますね。
隣にあるのが、水車公園。
公園の名前の由来にもなっている通り、ここにはモノホンの水車があるのでした。
水車小屋では、実際に脱穀や製粉の様子も見ることができます。木製の巨大な歯車がまわってゴトゴト音を立てる様は迫力満点。
この辺りは、徳丸田んぼと呼ばれ、かつてはのどかな田園風景が見られたそうな。
現在も、ところどころ畑が残っていて、当時の様子をイメージすることができます。
水車公園を出て赤塚公園に向かう途中にも、小さいながらも個性豊かな公園が並んでおりました。
それにしても、この自販機はなぜかよく覚えている。
真夏の暑い盛りに、この自販機から何本も清涼飲料を買ったのでした。
当時は、コーラやジュースなどカロリーの高いものをがぶ飲みしていましたね。
最後に向かった赤塚公園は、高島平団地と首都高速5号線に沿って、東西にのびる公園。自然林が広がる崖の上から、高島平の巨大団地群を臨むことができます。
高島平は、江戸時代後期に、この地で砲術家の高島秋帆が日本で初めての洋式砲術と洋式銃陣の公開演習を行なったのがネーミングの由来。
ところが、高島平と呼ばれるようになったのは、意外と新しく昭和44年だそうなんですよ。
できた当初、高島平団地は高島忠夫にちなんで作られたのではないかと友人と話したのを思い出しました。
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