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お葬式にまつわるエトセトラ

 こんにちは。

 突然ですが、実は先月、父が亡くなりまして。

 ネットに書くのもどうかと思って黙っていたのですが、新年のご挨拶があることを思い出しました。

 このまま新年を迎え、「明けおめ~」とは、心情的にも、日本古来の風習からも言いづらい。

 知り合いに喪中ハガキは出したのですが、ネットでも新年のご挨拶は失礼させていただきますのでよろしくご配慮のほどお願い申し上げます。

 皆様にはどうぞよい年をお迎えください。寒さに向かう折から、ご自愛のほどをお祈り申し上げます。


 父は肝硬変から肺炎を併発しまして、八十歳で永眠しました。

 昔から肝臓が悪く、検査のたびに指摘されていたようです。

 ところが、お酒はほとんど飲まず、タバコも吸わない。肝臓が悪いと言われてからは、しじみ汁もよく飲んでいたんですよ。

 それでも良くならず、どんどん悪くなって、最後は肝硬変の末期的症状をすべて併発して亡くなったのでした。

 偏差値70を超える大学医学部の病院へ長く通院していたにもかかわらず、原因がわからなかったそうな。 

 最近、少し医学の門前で小僧をやっていますので、今になって考えてみると、その原因は「食べ過ぎ」だったのではないかと考えるのです。

 まさか病院の先生も、その食べっぷりのすさまじさは想定外だったのではないか。

 たとえば、厚さ5ミリのバターを塗ったトーストをメインにした朝食をしっかり食べた後、デザートにクリームパンを1個食べる。

 昼食の前に、お腹がすいたと食パンをそのまま食べ、昼食はしっかり1人前食べたあと、おやつにせんべいやケーキなど家にあるものをすべて…。

 これ以上は書けませぬ。故人を鞭打つようなことは。

 でも、どんなに少なく見積もっても一日4000Kcalは超えていたでしょうね。

 当時は、年をとってもその健啖ぶりはすごい、健康だから食欲があるのだという認識があったのは事実です。

 幼年時代を戦争で過ごし、好きなものを十分食べられなかった反動もあったのかと…。

 本来なら、肥満体や血糖値が上がって糖尿病になるはずですが、それほど太らず、血糖値もあまり上がらなかった。

 結果的に、それで危険信号が見過ごされてしまったのでしょうね。

 オイラの血液検査の結果から見て感じるのですが、うちの家系は遺伝的にインスリンの分泌は盛んみたい。

 日本人は一般的に、西洋人と比べるとインスリンの分泌が良くなく、糖尿病になりやすい民族だと言われます。

 農耕型で、比較的少ないカロリーの食生活で生き続けてきたからでしょうか。

 ところが西洋の狩猟民族は、高カロリーの肉をよく食べるため、血糖値を下げるためのインスリンが分泌しやすい体質になったのだとか。

 …とすると、オイラの家系は西洋狩猟民族?

 アジアやアフリカにも狩猟民族はいると思いますが…。
 
 それはともかく、インスリンの分泌が悪くなると、血液中の糖分が細胞に取り込まれず、高血糖が続いて糖尿病になります。

 ただ、インスリンの分泌が盛んだと、血液中ではなく細胞の中に糖分や脂肪が取り込まれる。脂肪はちょっと記憶が定かではありませんが、内臓脂肪として蓄えられるのは間違いないみたい。

 内臓脂肪は脂肪肝と直結しますからね。

 長年、肝臓が悪かったのは、肝臓そのものから来るのではなく、高カロリー食をし続けたために、肝臓が悲鳴をあげていたサインだったのはないか。

 本来の死因は、メタボリックシンドロームだと感じました。

 だから、病院から長年肝臓の薬をもらって飲み続ける前に、ダイエットに励むべきだったのでしょう。

 病院の先生は、ダイエットは勧めてはいたものの、肝臓の病気とコラボで考えてはいなかったみたい。

 多少太めでしたが、肥満体ではなかったですからね。メタボが騒がれるようになったのは、そんなに古くはない話ですし、騒がれたときはもうどうしようもないくらい病状が進んだ後でした。

 もっとも、これは検査結果を見たオイラの推理ですし、専門家から見たら、全然見当外れなのかもしれませんが…。


 でも、そう考えると驚くべきは父の体力。

 40歳代のオイラよりもはるかに大量のカロリーを数十年にわたって摂取しつつも、80歳まで生きたのだから。

 健康に気をつけて、日々節制していても70歳前に亡くなってしまう人は少なくないはず。

 オイラも一時期、真似してガンガン食べたことがありましたが、3年ほどで体が悲鳴をあげてしまいました。

 父は終戦の年に国家公務員になって、平成9年に財団法人を退職するまで、勤続52年。

 70歳まで仕事ができて、定年後は思う存分食べたい物を食べ、趣味に没頭できた人生はうらやましいと言うほかありません。


 お葬式も、遺族みんな泣くこともなく、淡々と進められたのはそういう思いがあったのかもしれませぬ。


 …ということで、おかげさまで父の葬式は無事すんだのですが、お葬式というと、いつも思い出す出来事があるのですよ。

 オイラにとっては、人生最大の修羅場だったと言いますか。

 父の葬儀の話題の後に書くネタではないかもしれませんけど…。

 でも、父は日頃はカタブツのイメージでしたが、オイラの子供の頃は、いつも家族が寝静まってから起きだし、深夜テレビを見ていました。

 ふと、目を覚ますと、テレビのコメディを見ながら、ククククククと押し殺したような声で笑っていたのを覚えています。

 きっと、父もこの話題は嫌いではないはず。


 もう20年近く前、銀行に勤めていた頃の話ですが、職場の先輩の父君が亡くなったということで、支店のみんなとお通夜にお伺いすることになったのです。

 お通夜の会場は先輩の自宅。

 夜8時を過ぎていたので、遺族や親族、関係者のお焼香が大方終わった頃です。

 そこへ支店の行員がゾロゾロ並んで、一人ずつお焼香をします。

 古い日本家屋の縁側を挟んだ座敷に祭壇が作られていて、その前に喪主の未亡人と息子の先輩が正座し、参列者のお焼香が終わるたびに会釈しました。

 故人はまだ60歳代だったと記憶しています。未亡人もまだ若く、涙に濡れてうつむく姿が痛々しい。

 いつもはニコニコ笑っている先輩も、さすがに今日は沈鬱な表情でうなだれている。

 オイラはまだ若かったので、お焼香の仕方がわからず、お焼香をする人たちを後ろから眺めておりました。

 冠婚葬祭のマナーは、しっかり守らないといけませんからね。

 お焼香が進み、いよいよ次の次がオイラの番。

 すぐ前に立っていたのが、副支店長でした。後ろから副支店長の所作に注目するオイラ。

 さすが副支店長。数珠を用意しているっすか。

 数珠を右手から左手に持ち替えた。

 そして、お香に向かって右手が伸びる。

 そのとたん、キャというくぐもった声がお通夜の会場に響きました。

 皆がお焼香をしている副支店長に注目します。

 副支店長の右手が体の横でひらひら揺れている。

 なんと、お香を取ろうとして、間違って香炉に手を突っ込んじゃったみたい。

 大勢の人たちのお焼香が終わったあとなので、香炉の中は真っ赤かに燃えている。

 そこへ思いっきり手を突っ込んだら、激痛が脳天を直撃したはず。

 本来なら、思いっきり、ギャァァァァァァァ~とか、アチャャャャャャャ~と悲鳴をあげるところでしょうけど、キャッという必要最小限の悲鳴で留めるあたりは、さすが副支店長だと思いました。


 ただ、そのあとの所作は若干問題かも。

 本来なら、数珠を両手のひらにかけ、合掌礼拝しなければならない。

 ところが、激痛で大脳皮質がマヒしたためか、パンパンと柏手を2回も打ってしまった。

 真正面からこんな滑稽なライブを見せられてはたまらない。

 それまで泣き濡れていた未亡人が、思わずプッと吹き出したのです。

 神社にお参りしているわけじゃないから、それはまずいっすよ。

 副支店長はお焼香が終わると、左手で右手を抑えながら、そそくさとその場を離れます。

 そして一目散に出口に走ってゆくのでした。

 きっと火傷した指を冷やそうと、水を探しに行ったのでしょう。


 もちろん、その時のオイラはその一部始終を冷静に眺めていたわけではなく、信じられない光景にただ呆然と立ち尽くしているだけでした。

 気がつくと、お焼香はオイラの番。


 前を見ると、今まで涙に濡れていた未亡人が必死で笑いをこらえている。先輩は下を向いて目をギュッと閉じ、両手で膝がしらをつかんでいる。

 他人から笑っていると思われないためには、これがベストな方法かも。
 
 肩が小刻みに震えているのは、どこから見ても、父親の悲しみに耐えている姿にしか見えませぬ。

 本来なら、こういう面白すぎる光景を見てしまうと、ギャハハハハハハハハハハと人目をはばからず大声で笑うのですが、さすがに非常識と言われるオイラでもそんなことできるわけありませぬ。

 父の位牌にお香を投げつけたと言われる織田信長でも、さすがに笑ってはいなかったでしょうし…。

 笑いながらお焼香をするなんて、人として一番やってはいけないことですからね。

 人生最大の汚点だけは残したくない。

 とっさに思ったオイラは、思いっきり尻の肉をつまみあげて、込み上げてくる笑いを必死で抑えました。

 目の前では喪主と先輩が笑いをこらえているのがわかりますけど、こっちは笑いをこらえている様子すらわかってはまずい。

 目を見開き、歯を喰いしばって、必死に耐えてお焼香をすませました。

 脂汗は出てくるし、もう大変でしたね。


 後日、先輩から、そのときのオイラは鬼気迫る表情をしていたと聞きました。

 石川さゆりの「天城越え」のときの表情みたいだったと…。

 でも、そんな色っぽくはなかったはず。

 大相撲の優勝決定戦で、足の痛みに耐え、貴乃花が武蔵丸を破って優勝したときの「鬼の表情」と言って欲しかったっす。

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