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正月恒例? 高水三山駅伝 ウォーキングストーリー 

こんにちは、ご無沙汰です。

 この時期、突然、更新がストップすると、夜逃げしたのではないかと憶測を呼ぶ今日この頃。

 今までの仕事に加え、某官庁の委員やら、某医療系大学の授業のお手伝いやら、知り合いの夜逃げ引越しのお手伝いやらで多忙な日々が続いておりまする。

 しかも、今までブログを更新していた土日に集中して仕事が入っているんですよ。

 しばらくブログの更新が停滞気味になりますが、当分夜逃げする予定はありませんので念のため。 

 さて、今日は約一年ぶりの山歩きネタ。

 なんと、一ヶ月以上前の正月の話題なのですね~。 
 
 前にも書きましたが、正月は、博物館や美術館の休館が多いので山へハイキングに行くことが多いのです。

 山が正月休みで休業しているのはあまり聞きませんからね。

 お正月といえば初詣。

 だけど混んでいるので、毎年すいてからお参りすることにしています。

 だから、毎年ご利益のおこぼれにあずかれないのか、と…。

 神社仏閣のご利益は、先着何名様と定員が決まっているからあんなにいつも混んでいるのかなと考えたりして。

 それはさておき、一月二日の朝、オイラはJR青梅線軍畑駅に降り立ちました。

 新宿から特別快速の電車が出でいるので、オイラの自宅から2時間かからないで行けるのですね~。

 それにしても、軍畑駅というネーミング。

 戦国時代好きのオイラはそそられまする。

 …と思って調べてみたら、やっぱりここで大きな戦があったそうですね。

 永禄6年(1563)、多摩川上流域を支配する三田綱秀と、八王子付近一帯を支配する滝山城主北条氏照が、この近くで激戦を展開したとか。

 結局、戦いは北条軍の圧勝に終わったのですが、その合戦での両軍の戦死者や具足を集めて葬った鎧塚があるとのこと。

 ハイキングコースには入っていませんでしたが、せっかくなので行ってみることにしました。

 青梅線のガードの下にある欝蒼とした森で、結構大きい。

鎧塚


 高さが約8.8mで、直径が約30mもあるのですか。

 これは、古墳時代の円墳といわれても納得してしまいそう。

 これだけ巨大な塚が今も残っているのですから、その激闘のほどがしのばれました。

 ハイキングコースに戻り、平溝川を右手に見ながら広い車道を登って行きます。

 さすがに正月なので、車はもちろんハイカーもほとんど見かけませぬ。

 このハイキングコースは、奥多摩の入門コースと言われるくらい人気があるらしいのですけどね。

 いつも騒然とした都会に暮らしていると静かすぎるのも落ち着かないっす。

 …と、ラジオのスイッチを入れると箱根駅伝の実況中継が。

 聴きながら歩いていると、自分も駅伝に参加しているような気分になります。

 ラジオ中継の沿道の歓声に励まされつつ、大きなストライドで第1中継所の高源寺へ到着しました。

高源寺


 初詣の人たちが一人もいない深閑としたたたずまいは、まさに山里のお寺というイメージ。

 競争率が低そうなので、ご利益の当選確率が高まるかも。

 しっかりお参りしたあと、左手の坂道を登ります。

 空気がピーンと張り詰めて肌寒いのですが、直射日光がすごいっす。

 例によって、ユニクロのエアテックコートを着ていたので、10分も歩くと汗びっしょりに。

 コートを脱ぎ、シャツを腕まくりして真冬とは思えない姿で山を登りました。

 やがてコンクリートのダムが目の前に現れます。

コンクリートのダム


 脇の急な階段を、息を切らして登り、いよいよここからが欝蒼とした木々に囲まれた本格的な登山道。

 大きな石がゴロゴロ転がっていたり、古木の根っこが蛇のようにうねっていて、行く手をさえぎります。

 くくく、きつい。汗が目に入って前が見えないっす。

 ここで、耳にさしたイヤホンから、アナウンサーの「さあ、ここからが箱根駅伝2区の難所、権太坂にさしかかります」との声が。

 う~、オイラも頑張って登らねば…。

 足場が悪く、昼なお薄暗い沢沿いの道を転びそうになりながらも前進。

大きな石が転がる登山道


 花の2区を走る各大学のエースランナーに負けじと、急な斜面に作られたジグザグな登山道を登ります。

 立ち止まって休みたいけれど、母校のタスキを必死でつなぐ後輩たちに、先輩が負けるわけにはいかないっす。

 悪戦苦闘を続けるうちに、周囲が明るくなり尾根が近づくのがわかりました。

 ようやく尾根道に出て、勾配がややゆるやかに。

 でもまだ、六合目ですか。

 箱根駅伝の中継は、日大がダニエル君の快走で順位をグングン上げているらしい。

 …と、前を見ると、先行するハイカーを発見!

 休まず、ぐんぐん登って来たから追いついたのですね。

 距離は、約100メートル。

 ラジオでは、ダニエル君が20人をゴボウ抜きと言っています。

 よし!オイラも先行するハイカーを追い抜くのじゃ~!

 近くにあったベンチを横目に、追撃態勢に入るオイラ。

 差が50メートルほどに詰まってくると、先行するハイカーは、頭の登山帽から足の登山靴までびっしりブランド物で固めたオヤジだというのがわかりました。

 トップをゆくオヤジ学院大学をビジベン大学が急追。しかし、急な斜面に足を取られ、思ったように前に進まない。

 先行するオヤジがオイラの存在に気づき、ピッチを上げます。

 高い杉が見下ろす九合目で、ようやくオヤジ学院大学をとらえ、後方にピタリとつきました。

 そのまま両校は並走状態に。

 急な上り坂が終わり、頂上に続く尾根道に出たところでビジベン大学がラストスパート。

 ぐんぐんその差を引き離し、トップで第2中継所の常福院にゴールすることができました。

 ハイペースで飛ばし過ぎたので、さすがにゴールしたあとは石段にすわりこんでしまいましたが…。

 高水山常福院は、いかにも山奥の古刹といった風格が感じられるお寺。

高水山常福院


 ここは何でも、鎌倉時代の有名な御家人であった畠山重忠にもちなんでいるらしい。焼失する何代か前の不動堂は、重忠が再建したそうですね。

 境内で小休止をしたあと、高水山向けて歩き、ようやく山頂へ。

高水山山頂


 この山の標高は、759メートルですか。

 軍畑駅からの標高差は約500メートル。自分の足で、東京タワーの1.5倍の高さを登ってきたのですね。

 さすがに山頂だけあって、雪はないものの地面が凍結している。

地面が凍結


 3つの山のうち、一つの山をクリアし、次の岩茸石山を目指します。

 木の根が露出した急な斜面を下ります。気をつけないと滑り落ちそう。

木の根が露出した急な斜面


 それにしても、山の頂上付近は風が強いのですね。生木が裂けて転がっているのを何度か目にしました。

生木が裂けて転がっている


 こんな強風に見舞われたら、人間はひとたまりもないかも。

 ゆるやかな尾根道をしばらく行くと、また急な坂が。

 岩の角や木の根っこにつかまりながら登ります。

 そして、第3中継所の岩茸石山山頂へ到着。

 この山の標高は、高水三山で一番高い793メートル。

 そのせいか、360度の眺望が素晴らしい。

岩茸石山山頂


 見渡す限り、山、山、山…。

 正月で空気が澄んでいるためか、奥多摩の大パノラマを満喫することができました。

 再び、急な岩場を降り、第4中継所の惣岳山を目指します。

 下界に、すすきの原が広がる風景やどこまでも続く杉林の尾根道は、一見の価値がありましたね。

すすきの原が広がる風景


 快適なウォーキングを続け、最後の難所・惣岳山の岩場登りにチャレンジです。

ロープを使って岩場を登る


 久しぶりにロープを使って岩場を登ることができて楽しかったっす。

 惣岳山の山頂は、杉の大木が囲まれて眺望はよくないですが、古い社殿があって荘厳な雰囲気。

 これは青渭神社の奥宮なのですね。

 惣岳山からの下りは、また木の根や岩が行く手をはばむ難所でした。

 登りは息が苦しいけれど、下りは息が楽な分膝や腰に負担がかかりますな。

 これだけの急坂を延々と下ったのは、筑波山を下ったとき以来ではないか。

 …と思って、後ろを振り返ると、ハイカーがオイラを急追している。

 今度は、茶髪スポーツ刈りのおにーさんじゃ。大学のウインドブレーカーを着ている体育会系っすね。

 う~、ものすごいスピードでオイラを猛追しているっす。

 別にオイラを追っているわけじゃないけれど…。

 ああ、このままではトップが奪われてしまう。

 足を速めるオイラ。

 いくら日頃からウォーキングをしていても、体育会系のおにーさんにオヤジがかなうはずはない。

 すんなり追い抜かれてしまったのです。

 でも、ここからが勝負じゃ~とスピードを上げようとしたとき…。

 グキッと足をひねって転倒。

 骨は折れなかったものの、ゴール寸前で涙の途中棄権となってしまったのでした。

 来年は予選会からの出場っすか。

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