不思議な家と写真にまつわるエトセトラ
こんにちは。
またまたご無沙汰いたしてしまいました。連休はいかがお過ごしですか?
前回のネタはお花見かと思ったら、もう初夏のような日差しが降り注ぐ今日この頃になってしまったのですね~。
日本桜の名所100選に選ばれた茂原公園の桜は素晴らしかったです。
でもよく考えてみたら、オイラの家の近所にもなかなかの桜の名所があるんですよ。
小学生の頃は、川が流れていた場所ですが、今は暗渠になって普通の道路になっているのです。
今では、ここが昔、川だったということを知らない人のほうが多いかも。
その通り沿いに、桜が数百メートルにわたって植えられているのですね~。
家から事務所までは30分くらい歩くのですが、毎年、桜のシーズンは、必ずこの道を歩いて通勤しておりまする。
若干、遠回りになりますけど、桜の魅力には抗えない。
お気に入りの100円の自販機でコーヒーを飲みながら、公園のベンチに座って桜を眺めるのは至福のひとときです。
桜の名所は世の中に数えきれないほどありますが、やはり場所より開花の時期のほうが重要かもしれませんね。
そのあと、花粉の禁断症状が現れて大変なことになるのですが…。
それはともかく、この通り沿いに前から気になっている家があったんですよ。
過去形なのは、最近取り壊されてしまったから。
いずれその家の秘密について、誰かに聴いてみたいと思っていたのですが、永遠の謎?になってしまいました。
それは、この家…。
どこにでもある普通の家なのですが、なぜ二階に扉だけあるの?
ま、普通は、昔、二階へ通じる階段があって、その階段だけ撤去され、扉だけ残ったと考えるでしょうね。
オイラもそう考えたのですが、階段があったという痕跡がない。
あるいは、前はもっと大きい家だったのだけれども、半分取り壊すなど改築したとき、二階の扉だけ何らかの理由で残ったとか。
でも、改築した痕跡もない。
写真で見てもわかると思いますが、隣の家はもっと古いですし、ふたつの家の間はほとんどスペースがないんですよ。
もしかして、非常口?
普段から、扉がもし簡単に開いたら、寝ぼけて落ちる人とかいないのだろうか。
謎の扉の理由をいろいろ考えると、眠れなくなりそう。
不思議といえば、オイラが子供の頃に見た写真が、数十年前からずっと、心の片隅に引っかかって取れないのです。
当時のことはあまりよく覚えていないのですが、その写真だけは今でも鮮明に記憶に残っている。
不思議というより、怪奇といったほうがいいかもしれませんが…。
それはオイラが小学校の4年生か5年生の頃。
当時は、学校が終わると、狭い道路で友達と三角ベースの野球をするのが日課でした。
三角ベースの野球も一区切りつき、オイラは行きつけの駄菓子やで、合成甘味料と合成着色料満載のすももを頬張っていたのです。
そのとき、クラスメートのT君と隣のクラスのH君が駄菓子やの前を通りかかりました。
いつもは明るく元気な二人ですが、今日はいつもと様子が違う…。
二人とも目の焦点があっていないと言いますか、足取りもふらふらしている。
どうしたのかな、と思っていたら、二人がオイラに気づいて近寄ってきました。
「ビジベン。これ見ろよ」
二人は一枚の写真をオイラに見せました。
「えっ?何?」
それは、日光の「華厳の滝」のスナップ写真。
以前、オイラが家族旅行で日光へ行ったとき買った絵葉書の構図とほとんど同じです。
おそらく、彼らも家族旅行で日光へ行ったとき、撮った写真の一枚なのでしょう。
綺麗に撮れていましたが、よくある構図ですし、別に騒ぐほどのこともないのではないか。
そう思って、オイラが首をひねりながら眺めていると、H君が「ここを見ろよ」と写真の一点を指差しました。
それは、華厳の滝の滝つぼから少し上の辺り。
轟音を響かせながら、圧倒的な水量が滝つぼの水面を打ち、水しぶきが霧のように立ちこめている部分です。
オイラが、そこを見たとたん、一瞬で凍りつき…。そして、背筋に鳥肌がゾワワワワ~と立つのがわかりました。
小さいのでよく見ないと見逃してしまうような部分でしたが、そこにはくっきりと女性のシルエットが…。
髪の長い若い女性だというのがわかります。見えているのは、女性の上半身だけで、下半身は水しぶきの中に溶け込んでいるよう。
オイラが一瞬で鳥肌が立ったのは、そのポーズでした。髪を振り乱し、のけぞる姿勢で、救いを求めるように片手を上に伸ばしている。
断末魔の叫びをあげながら苦しんでいるのがわかります。
水しぶきのシルエットだけで、そんな細かな部分までわかるか、と突っ込みを入れたくなるのはごもっともですし、これが逆の立場だったら、眉につばをつけたくなるでしょうね。
でも、ホント、おそらく等身大の大きさでありながら、ありえないくらい鮮明に、滝つぼの上空に浮かんでいるのです。
オイラは、この写真を見て、次の言葉が出てきませんでした。
二人は、呆然と立ち尽くすオイラを残し、またふらふらとした足取りで別のクラスメートに写真を見せています。
得意になって見せているというより、この恐怖を共有したいと思っているかのように…。
その後、H君に、あの写真もう一回見せて、という友人はいたようですが、二度と見せることはなかったようです。
何でも、勝手に写真を持ち出したということで、家の人からこっぴどく怒られたみたい。その後、彼の父親がどこかへ写真を持っていってしまったとH君が話していたのを覚えています。
あれから何十年も立ちますが、今でもあの写真を思い出すと背筋が寒くなりますね。
皆様の中にはきっと、たまたま水煙が女性の形になったと思われる人が少なくないでしょう。
でも、絶対、あれは水煙ではないと、今でもオイラは断言できます。
ネス湖のネッシーの写真みたいにぼやけていないし、若い女性の完璧なシルエット。振り乱す髪の毛、指の形まで鮮明でした。
ただ、トリック写真に関しては、可能性がまったくないとは言えないかも。
でも、デジタル写真全盛の現代ならともかく、昭和40年代前半のアナログ時代に、あれほど見事なトリック写真が作れたかどうか。
水煙の粒子と女性のシルエットが完璧に一体化しているんですよ。ひとかけらの不自然さもなく…。
もし、トリック写真だったとして、子供たちしか見ていない写真のために、何のメリットがあって作ったのかという疑問も残ります。
それ以降、完全に闇の中に消えてしまったのですから。
お金と時間を費やして作ったのなら、多くの人に見せたいと思うのは人情だと思うし…。
今、ネットで「華厳の滝 心霊写真」のキーワードで検索すると、すごい数のページがヒットしますね。
やはり、あの不思議な写真は心霊写真だったのでしょうか。
当時、あの写真を見た瞬間、この女性は華厳の滝で自殺した女性だという気がしました。
とくに理由はなく、頭の中で閃いたと言いますか。
あの苦しんでいるポーズを見ると、やはり自殺はやめたほうがいいのかも。
それ以降、オイラは霊感がないのか、同じような経験は一度もありません。
でもああいう写真を見てしまうと、死後の世界がまったくないとは言い切れないですな。
やっぱり、何もないよりは死後の世界はあったほうがいいと思います。
真っ暗で静寂な「無」の世界だったら寂しいし…。
でも、舌を抜かれたり、釜茹でになったりするのも嫌ですが。
さて、皆さんは、死後の世界やオイラの写真の話を信じますか?
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