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滋賀県・石積みの門前町 坂本 ウォーキングストーリー

 こんばんは。

 12月10日から12月11日まで、一泊二日で滋賀県に行ってきましたぁぁぁぁぁ~!!!

 ブログをはじめて4年半になりますが、これまでお散歩ネタといえば、東京周辺ばかりでした。

 行ってもせいぜい、伊豆半島や群馬、栃木県くらいまでだったような。

 それがいきなり、中部地方を飛び越えて近畿までジャンプできたのは、ネットの懸賞企画に当選したからなのですね~。

 それは、「滋賀の旅をモニターしよう!旅行ブロガー大募集」というキャンペーン。

 キャッチフレーズは、「元気やで!おいで~な滋賀」おもてなしキャンペーン・みんなで作る新しい滋賀の旅」です。

 1泊2日、旅行ライターになりきって旅をし、自分のブログに旅行記を書くというもの。宿泊施設を紹介してくれるということと、何より自分で自由に旅行ブランを立てていいという条件に惹かれて応募したのでした。

 …ということで、これから3回にわたって、「ビジベン滋賀へゆく」と銘打って滋賀県のお散歩シリーズをお送りしようか、と…。

 さて、滋賀県といえば何といっても最初に思い浮かぶのが琵琶湖の存在。

 ご存知、日本最大の湖で、淡路島より大きいのだとか。

 淡路島といえば、かつて淡路国と言ったように、日本の地方行政区分だった国の一つ。琵琶湖は、昔の国より大きい湖なのですな。

 ちなみに、滋賀県はかつて近江の国と言われていましたが、近江は「都に近い湖」が語源だそうですね。

 京都の隣の県としても有名ですが、実は滋賀県にも都があったのですよ。それは、白村江の戦いの後、のちに天智天皇になる中大兄皇子が、667年3月に都を飛鳥から近江の大津京へと遷都した時期です。

 都があったのは5年間くらいだったそうですが、その間は今の京都が「都の隣の県」だったのですな。

 それはともかく、12月10日の朝、東京・品川駅から新幹線に乗ったオイラは、昼前に比叡山坂本駅に降り立ちました。

 のぞみで京都まで行き、JRの湖西線に乗り換えれば東京から3時間足らずで着いてしまうのですね。

 十何年ぶりに訪れた関西は、生憎の曇り空でした。駅で街歩きのマップをゲッツし、期待に胸を膨らませながら坂本の町へと繰り出します。

 マップを見ながら、駅から比叡山の方向へ続く道をひたすら登ると石造りの鳥居が…。

 町の中心を貫くこの道は、比叡山の麓に広大な境内を持つ日吉大社の参道でもあるみたい。

 やがて左手に、京阪電車の京阪坂本駅のモダンな駅舎が見え、そのはす向かいに立派な山門が目に入ります。

 ガイドマップを見ると、このお寺は生源寺といって、伝教大師最澄の生誕地と言われているらしい。境内に入ると、右手に最澄の産湯に使った井戸の石碑が立っていました。

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 最澄といえば、今回の旅のハイライト、比叡山延暦寺を開祖した偉いお坊様です。

 司馬遼太郎の「空海の風景」という本を読んだことがありますが、最澄は、官費留学生として唐に渡るすごいエリートだったそうですね。またとても真面目な性格のお坊様として描かれていた記憶があります。

 歴史の授業で勉強するのは、最澄、天台宗、比叡山延暦寺のキーワード解説くらいですが、やはり現地へ赴くと1200年もの年月を経て、町の中に彼の足跡が残っているのですな。

 余談ですが、坂本竜馬の苗字も、ここ坂本の地名に由来していると司馬遼太郎の「竜馬がゆく」に書かれていた記憶があります。

 来年の大河ドラマ「竜馬伝」の主役は、女性に人気の福山雅治。もしかしたら、この土地も、坂本竜馬のルーツとして注目を集めるかもしれませぬ。

 福山のルーツではありませんので、念のため。

 オイラも、こんなに立派じゃなくてもいいから、何か生きた証を残したい物じゃと考えつつ、再び坂道を登ります。

 するとまた日吉大社の大きな鳥居が見えてきました。ここから先は日吉馬場という参道になり、車道の横の紅葉が美しいっす。道の両側は石垣が続いていて、まさに石積みの町・坂本が実感できる景色ですね。

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 ここが城下町なら、重臣たちのお屋敷が並ぶ大手門の前の道という風情ですが、石垣に囲まれたお屋敷は、この土地では里坊と呼ばれているそうな。

 この町でいう里坊とは、比叡山延暦寺の僧侶の隠居所。延暦寺は山の上にありますから、そこで生活するのはかなり大変なことだったらしい。年をとって現役を退いた老僧が里に降りてきて、余生をおくった宿坊なのですね。

 石垣というと、城のようなアクティブな施設をイメージしてしまいますが、こちらの石垣は老僧が静かに暮らしているような静謐さを感じました。

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 さらに坂を上ったところにある旧竹林院も、そうした里坊のひとつ。見学できるそうなので、入ってみることにします。

 まず庭へまわると、八王子山を借景にして、滝や築山の配置が見事。ここでも石垣が景観のアクセントになっておりまする。手入れされた苔と茶室のコラボもなかなかでした。

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 長い間山上で辛い修行をされてきたお坊様にとって、老後の生活がこの美しい景観とともにイメージできていたのかも。

 癒しの庭園に囲まれたお屋敷は、究極の老後の生活だと感じます。この安らぎの空間を手に入れるには、やはり、若い頃は苦労しないといけないのでしょうか。

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 旧竹林院を出て、20分ほど歩いて向かったのは西教寺。

 このお寺は、安土桃山時代の遺構や美術作品が残っているということで旅行前からチェックしていたのです。

 途中に眺望が開けている場所があり、眼下に琵琶湖をのぞむことができます。東京に住んでいる人間にとって海は珍しくありませんが、これだけの広さがあって、なおかつおだやかな水面というのは驚きというより不思議な感じがしますね。

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 しかも、湖がぐるっと山に囲まれている。これは、ここでしか味わえない景観かもしれませぬ。

 …と考えつつ、西教寺に到着。この総門はお寺としてはそれほど珍しくない形をしていますが、解説板を読むと、なんと明智光秀の坂本城から移築したそうなのですよ。

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 そういえば明智光秀は、近江国坂本城主でした。残念ながら、坂本城の痕跡はほとんど残っていないそうですが、安土城の次に立派な天守閣があったのだと聞きます。

 聖徳太子が創建したと伝えられるほど歴史のある寺ですが、1571年に織田信長が比叡山を焼き討ちにしたとき、このお寺も災禍を被ったらしい。

 神仏に信仰心の篤かったといわれる光秀は、焼き討ちに加担せざるをえなかったときは辛かったでしょうね。

 戦が終わったあとに、西教寺の復興に尽し、さまざまな寄進を行ったものが現在も残っているのですな。

 本堂は重要文化財ですが、江戸時代の建築。安土桃山時代の客殿が境内に残っているのは興味をそそられます。

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 しかも、それはもともと豊臣秀吉の伏見城にあった旧殿なのだとか。行った日は工事中で薄暗かったのですが、当時の雰囲気は伝わってきました。

 派手好みだった秀吉の御殿としては質素でしたが、狩野永徳筆と伝えられる襖絵もあり、秀吉から家康時代にかけて活躍した大名のスーパースターがここで話をしたかと想像するとゾクゾクしますね。

 小堀遠州の庭園や明智光秀の墓なども見学し、山の辺の道といわれる変化に富んだ道を通って日吉大社へ向かいます。

 途中に、日吉古墳群といわれる横穴式石室を持つ多数の古墳がありましたけど、これらは渡来系の特徴があるらしい。これから行く日吉大社もこれらの古墳と関係があるのではないかと妄想が広がりました。

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 さきほども書きましたが、JRの駅から町の中心を貫く大通りは、この神社の参道とコラボになっておりまする。それだけ歴史は古く、創祀はなんと崇神天皇7年というからおよそ2100年前なのですか。

 ご由緒によれば、地主神である大山咋神(おおやまくいのかみ)とその妻、鴨玉依姫神(かもたまよりひめのかみ)を祀ったのが始まりで、古事記に記されるほどだそうな。

 邪馬台国はおろか、神話の世界から続いているのですね。

 全国に約3800ほどある、日吉、日枝、山王神社と言われる神社の総本宮なのですか。

 それを知り、若干緊張しつつ、東本宮の入り口から参拝することにしました。ちなみに、こちらの神社は、東本宮と西本宮に分かれていて、どちらの本殿も国宝に指定されているとのこと。

 国宝とはすごいですが、こちらの神社も織田信長の比叡山焼き討ちによって、それ以前の建物がすべて燃えてしまったのですな。

 二つの国宝が建てられた時期が、1586年と1595年。新たに作られた本殿でも国宝なのだから、それ以前の本殿が現在も残っていたら世界遺産クラスだったのではないか、と…。

 現在の本殿は、豊臣秀吉が復興に尽力したときのものでしょうか。秀吉は、幼名を日吉丸といいましたから、こちらの神社を特別な存在と考えていたのかもしれませぬ。

 そんな歴史絵巻を考えながら、二つの国宝の本殿にお参りしました。

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 神社の本殿としては少し変わった建築様式だと思いましたが、これは日吉造といわれ、こちらの神社だけに見られる形式だそうですね。

 屋根の庇が前面と両側面の三面にだけで、背面の屋根は切れたような形になっているのが特徴らしいですが、素人にはよくわかりませんでした。

 ほかにも、境内を流れる川にかかる石橋や神仏習合の信仰を表す独特の形をした山王鳥居など、神社仏閣ファンにはたまらないアイテムが満載。

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 ところで時刻は午後3時を過ぎるあたり。日が落ちるのが早い時期なので、昼食をとらずに歩きまわっていたのです。

 そろそろ空腹で限界っす。このままでは行き倒れる。でも、あまりガツガツ食べるとホテルの夕食に悪影響を及ぼしそうですし…。

 日吉大社を出て、ガイドブックで確認すると近くにおいしいお蕎麦屋さんがあるというではないですか。

 早速、向かうことにしたのですが、それはまた次回。

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コメント

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投稿: 相互リンク依頼 | 2009年12月19日 (土) 20時16分

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