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世界文化遺産・比叡山延暦寺 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 さて、今日は「ビジベン滋賀をゆく」シリーズの最終回。いよいよ今回の旅のハイライト、比叡山延暦寺です。

 延暦寺は、滋賀県大津市にあって、標高848メートルの比叡山全体を境内とするお寺。これまでも述べてきましたが、平安時代初期に、伝教大師最澄により開かれた日本天台宗の本山なのですね~。

 空海の開いた高野山金剛峯寺と並び、平安仏教の中心であったそうな。とくに、密教による加持祈祷は平安時代には皇室や貴族の支持を集めて大きな力を持ったらしい。

 そういえば、源氏物語や枕草子にも、加持祈祷のネタがいくつも出てきた記憶があります。貴人が重い病気になると、お坊さんに病気退散のお祈りをしてもらうのですな。当時は、最先端の医療であったのかも。

 比叡山について注目すべきは、日本仏教史ばかりか日本思想史に燦然と輝く偉いお坊様たちを数多く輩出してきたことですね。

 比叡山興隆の基礎を築いた円仁・円珍、浄土宗の開祖法然、浄土真宗の開祖親鸞、臨済宗の開祖栄西、曹洞宗の開祖道元、日蓮宗の開祖日蓮さんもですか。

 日本史の教科書では太字で示される重要人物ばかり。

 これらのお坊様の多くが若い日に比叡山で修行されたそうなんですよ。比叡山は「日本仏教の母山」とも称されているとのこと。

 また、比叡山はユネスコが登録する世界文化遺産でもあるのですね~。

 当然、国宝もたくさんあるらしいですよ。

 でも、高い山の上だし、雨がザーザー降っているし、で行くのは大変なのではないか。

 …と思ったら、そんな心配はないのですね~。

 ケーブルやバスがあって、延暦寺は楽に参拝できるらしい。さすが世界文化遺産。

 しかも、ケーブルの長さは、なんと日本一なのだとか。距離は約2キロ、所要時間は11分っすか。

 …ということで、日本一のケーブルを体感しようと、滋賀院門跡と慈眼堂から程近いところにあるケーブル坂本駅へやってきました。

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 ケーブル坂本駅の駅舎はモダンで素敵だと思ったら、国の登録有形文化財でもあるのですな。

 作られたのは、なんと大正14年。洋風木造二階建てで、縦長の窓、庇を支える金具などレトロな雰囲気がグー。

 中に入ると、さらに大正を感じるアイテムが構内にたくさんあり、大正ロマンをかきたてられます。

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 平成5年にリニューアルされたというケーブルカーの車体は、窓を大きくとったヨーロッパ調のデザインなのだとか。確かに、日本語の看板がなければ、これからアルプスへ登ると言っても違和感がないですな。

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 毎時、0分と30分の発車だそうですが、オイラが行ったのは12月の平日。しかも、雨が降り続いている悪天候なので、これまた広い車内にお客はオイラ一人でした。

 貸切のVIP待遇のまま、ケーブルカーは発車です。ゴーという音ともに、ぐんぐん坂道を登り、坂本駅が小さくなっていきます。

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 トンネルを抜け、杉林のなかを快調に走り、やがて山の上から降りてくるケーブルカーとすれ違う。すれ違うために、そこだけ線路が二つに分かれている場所は「ターンアウト」と呼ばれているのですか。

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 レンガで囲まれた長いトンネルは歴史を感じました。一瞬、遊園地のスリラーカーに乗っているような感覚にもなりましたが。

 やがてケーブル延暦寺駅へ到着。

 こちらの駅舎も、下の駅舎と同じく大正14年の建設。外観は、こちらのほうが当時の面影をとどめているみたい。

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 それはともかく、駅舎を出ると、まわりに霧がかかって100メートル先は真っ白で何も見えないっす。

 絶景と言われる展望台からの眺めも、こ~んな感じ。

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 ケーブルの駅から延暦寺まで数百メートル歩くのですが、一人も歩いていなくて幻想的な気分になりました。

 このままタイムトラベルして、霧の中から古の比叡山の僧兵が現れるのではないかと思ったり…。

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 小説だったら、織田信長の比叡山焼き討ちの直前にタイムスリップしたらドラマチックなのでしょうけど、それだけは勘弁しちくり~と願いつつ歩きます。

 「JIN -仁-」みたいに医療のスキルとかあれば、どの時代でも生きられるでしょうけど、オイラにはそんなものないし。

 ようやく、現代のものらしい延暦寺の拝観受付が霧のなかに見えてきたときはほっとしました。

 比叡山は大きく、東塔、西塔、横川の三つの地域に分けられるのですか。これらを総称して比叡山延暦寺と言うらしい。これらの地域はシャトルバスで結ばれていて、本来はとても交通の便がいいのだそうな。

 ところが今は12月なので、バスはすべて運休でした。しかも、雨と霧と悪コンディションにより、楽しみにしていた国宝殿も本日は休館とのこと。

 こんな日は、参拝の人もほとんどいないでしょうから仕方ないけれど…。

 それでも、ここまで来てしまったら引き返す訳には行きませぬ。不退転の決意を持って、すぐ近くの東塔から拝観することにします。

 東塔には、延暦寺の総本堂である根本中堂、文殊楼、大講堂などの重要な堂塔が集まっているそうです。

 とくに根本中堂は国宝で、織田信長の焼き討ちの後、寛永19年に徳川家光によって再建されたものらしい。最澄が最初に建立した一乗止観院は、この場所にあったそうですね。

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 さすがに巨大な建築物ですが、内部は内陣と外陣に分かれていて、見学者が入れるのは外陣まで。内陣が土間になっていて、外陣より3メートルも低い場所にあるという構造は珍しい。

 内陣の中央には、最澄の自作と言われる秘仏・薬師如来立像が安置された本尊厨子。そして、その前の灯篭に灯るのが、最澄の時代から1200年間続くという「不滅の法灯」ですか。

 まわりが暗い中、これらは明かりに照らされてぼうっと浮かび上がっています。外陣の観客席から舞台を見下ろすように眺めることができるのは不思議な感覚でした。

 根本中堂を見学し、文殊楼という二階建ての門の階上にある文殊菩薩にお参りします。階段というより、垂直のはしごを上るような感じでした。

 東塔には古い建物がたくさんありますが、新しい建物もあるのですね。

 法華総持院東塔はそのひとつで、1980年に再建されたらしい。霧と塔のコラボは、そう見られないのかもしれませぬ。

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 そして次に向かうのは、東塔から北へ約1キロ離れた杉木立の中に広がる西塔。ここは、最澄の弟子の円澄が開いたそうですね。

 比叡山延暦寺といえば、厳しい修行が行われることでも有名なのでした。山内の院や坊の住職になるためには三年間山にこもり続けなければならないそうな。

 中でも、90日間横になることは許されず、一日数時間手すりに寄りかかり仮眠をとるという修行もあると聞きました。

 オイラには絶対無理ということしか言えませぬ。

 テレビで以前見た、千日回峰行はさらにすごい荒行ですな。

 深夜二時に出発し、真言を唱えながら東塔、西塔、横川、日吉大社と二百六十箇所で礼拝しながら、約30キロを平均6時間で巡拝するのですか。それを雨の日も風の日も毎日続けながら七年間。

 そのあと、足かけ九日間にわたる断食・断水・断眠・断臥をされるのですか。

 東塔から西塔へと向かうこの石の階段を、千日回峰行の行者は使うのでしょうね。

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 階段を下りながら、深夜、笠をかぶり、白装束をまとい、草鞋履きといういでたちで、飛ぶように進む行者の姿をイメージしました。

 行者に比べれば、雨の中、傘をさして山道をゆくなんて屁の河童ですな。

 …と甘く見たら、滑って尾てい骨を石段に強打してしまいました。激痛が脳天を駆け抜けます。

 それにしても、東塔では数人の観光客を見かけましたが、さすがに西塔へと向かう道の途中では一人もすれ違いませんでしたね~。

 そして、ようやく西塔へ到着。

 西塔の入り口付近では、「親鸞聖人ご修行の地」という石碑が出迎えてくれました。こんな山奥で辛い修行をされたのですな。

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 さらに行くと、美しい杉木立と静謐な空気のなか、二つのお堂が寄り添うように建っていました。

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 おお、これが通称「弁慶の担い堂」ですか。

 常行堂と法華堂の二つのお堂が渡り廊下で結ばれていて、その天秤のような姿から「にない堂」と呼ばれているのですな。

 渡り廊下の下をくぐり、長い階段をおりると、眼下に巨大な建築物が見えてきます。

 これが西塔の中心、釈迦堂ですか。

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 比叡山の焼き討ちのあと、豊臣秀吉が琵琶湖のほとりの三井寺より移築させたものだそうです。

 延暦寺でもっとも古い建物だそうですが、これだけ巨大な建築物を山の上に運び上げたのはすごいかも。

 ここからさらに北へ4キロ歩くと、最澄の弟子の円仁が開いた横川という地区へ行くことができるそうです。

 鮮やかな朱塗りで、京都の清水寺のような懸崖造りの横川中堂があるらしいのですが、雨もまた強くなってきたし、霧もますます濃くなってきたのでここで勇気ある撤退をすることにしました。

 このまま強行して、ホントにタイムスリップしたら困るし…。

 来た道を引き返して、東塔へと戻ります。

 大講堂の近くにある鐘楼が霧の中で霞んで見えました。

 近くへ寄ると、ひと撞き50円とリーズナブルなお値段が目に留まります。鐘突きフリークとしてはこのお誘いを断るわけには参りませぬ。

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 さっそく50円を賽銭箱に入れ、鐘突き棒に結び付けられたロープを握り締めます。

 思いっきり振りかぶり、野茂のトルネード投法のフォームでガツゥゥゥゥゥゥゥ~ンと…。

 
 ゴォォォォォォォォォォォォォ~ン


 静まりかえった全山に轟くような音響で、打った本人までびっくりしました。

 今年はいいことがあるといいですね。

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