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血糖値の再検査って、どんなことをするの? ~ 医師と女子高生の会話から ~

 こんにちは。

 先日、冷めたうなぎの蒲焼を食べていて、のどに違和感が…。

 「また、のどに骨が刺さったのかよ、勘弁しちくり~」と、のどを鏡に映してみたんですよ。

 わっ、何じゃこりゃ~ぁぁぁぁ!?


 扁桃腺の部分が赤く腫れるのではなく、白く腫れ上がっている。痛いというより、のどに骨が刺さったような違和感があるのです。

 骨が刺さったから腫れたのか、はたまた、白く腫れ上がっているから骨が刺さったように感じるのか…。

 それを確かめようと、大口開けたまま、30分も悪戦苦闘したのですが、その実態をつかむことはできませんでした。

 耳鼻科へ行こうかどうしようか迷っているうちに、少しずつ改善してきたのですね~。

 ネットで調べてみたら、花粉症でのどが痛くなるのは珍しくないらしい。

 赤ではなく、白く腫れれば熱も出ないのでしょうか。

 白くなっているのはオイラから見て、右の扁桃腺。

 左は大丈夫なのですが、風邪をひいて赤くなったら、紅白ですよね。

 尾形光琳の「紅白梅図屏風」みたいな世界が、のどの中で展開できたら、録画してYouTubeに投稿しようかと考える今日この頃です。


 
 …ということで、今日はまた、「AYAちゃんの糖尿病事件簿」です。

 この「糖尿病シリーズ」。

 ほぼ隔週で、お送りしています。

 前回は「高血糖をほっておくと、どんな病気が起きるの?」という話題を取り上げました。

 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に心と体のカテゴリのなかにある前回、前々回の記事をお読みいただければ幸いです。



 今日はその続きです。
 
 登場人物は、病院の院長先生と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、将来、看護師になることを夢見る元気な女子高生。

 血糖値の上がったお父さんを救うため、糖尿病について勉強しているという設定でしたね。
  
 前回、「糖尿病の合併症」について勉強したAYAちゃん。今日は、血糖値の検査について勉強します。

 それでは…。



3.血糖値の再検査って、どんなことをするの?  ~ 血糖値のタイムラグを調べる ~


● AYAちゃん「ところで先生、今度お父さんが受ける血糖値の再検査って、どんなことをするのですか?」


 再検査でよく行われるのは、「ブドウ糖負荷試験」だよ。これは、空腹時の血糖値を調べてから75グラムのブドウ糖溶液を飲んで、1時間後と2時間後の血糖値を調べるんだ。


● AYAちゃん「そんな甘いものを飲んだら、血糖値が上がってしまうじゃないですか。なんか、まずそうだし…」


 食後の血糖値の上がり具合を調べる検査だから、当然だよ。それにサイダーみたいな味で、結構おいしくて飲みやすいと言われている。


● AYAちゃん「血糖値の検査って、いつもお腹がすいているときにするんですね。それはブドウ糖溶液をおいしく感じてもらうためですか?」


 新しい解釈だけど違うね。ブドウ糖負荷試験は、糖尿病かどうかを診断するために行うんだ。糖尿病の人は、健康な人に比べて血糖値が大きく変動することがある。たとえば、空腹のときは誰でも血糖値が下がるわけ。糖尿病の患者さんでも、健康な人と同じくらいまで下がることがあるんだよ。


● AYAちゃん「お腹がすいているときは、健康な人か糖尿病の人か、見分けがつかないこともあるんですか」


 そう。そのため、糖尿病の検査をするときは、条件を一定にして行う必要があるんだ。ブドウ糖溶液を飲むと誰でも血糖値が上昇するよね。ただ、健康な人はそれほど血糖値は上がらないし、2時間も過ぎれば元に戻る。ところが糖尿病の患者さんは、一度上がった血糖値がなかなか下がらないんだ。


● AYAちゃん「どうして下がらないんですか?」


 血糖値を下げるのは、インスリンというホルモンの働きによるんだよ。糖尿病の人は、インスリンの分泌量が不足していたり、働きが悪くなったりしていて、2時間たっても血糖値が高い状態を維持してしまう。


● AYAちゃん「えっ? インスリン? ゆうこりんなら知っていますけど」


 誰それ?インスリンは、糖尿病を考えるときには、はずせない言葉だからよく覚えておいてよ。糖尿病についての記述がこの世に現れるのは、紀元前の古代エジプトまで遡るらしい。日本でも平安時代、御堂関白と言われ栄華を極めた藤原道長が、記録に残っている最初の糖尿病患者と言われている。


● AYAちゃん「へ~、そんなに昔から糖尿病があったんですか。藤原道長は日本史の授業で習いましたけど、それがインスリンとどう関係があるんですか?」


 大有りだよ。紀元前1500年には糖尿病がすでにあったということがわかっているんだ。だけど、それからつい最近の20世紀になるまで、重度の糖尿病患者にとって本格的な治療法がなかった。

 藤原道長は、食欲が旺盛で、のどがかわいてしきりに水を飲み、そのあと目が見えにくくなったと言われている。最終的には皮膚の感染症で亡くなったそうだけど、それまでさまざまな合併症で苦しんだそうだ。


● AYAちゃん「藤原氏って、『藤原氏にあらざる者は人に非ず』とか言って、栄華を極めた一族ですよね。いくらお金があって贅沢していても、健康じゃなければ楽しくなかっただろうな」


 藤原氏じゃなくて、『平家にあらざる者は人に非ず』だったと思うけど。藤原道長の詠んだ歌にこんなのがあったね。

『この世をば わが世とぞ思う望月の かけたることもなしと思へば』

 この世は自分のためにあると思う。今宵の満月が欠けているところがないように、自分も不満がまったく無いという意味だね。


● AYAちゃん「先生が私と違って、日本史や古文も得意なのはわかりましたよ。だからそれがどうインスリンと結びつくのですか?」


 藤原道長がそれだけ権勢を極めて、自分が思い通りにならないことがないなんて言っておきながら、糖尿病だけはどうにもならなかった。20世紀に入って糖尿病のメカニズムがわかるまでは、どうして病気になるのかわからなかったんだ。

 おしっこがたくさん出て、体がだるくなり、そのうちやせてくる。そんな患者さんの体力を保つために、たんぱく質や脂肪が豊富な食事を与える治療法が行われたこともあるんだよ。


● AYAちゃん「わっ、今と反対のことをしてしまったんですね」


 そう。軽度の病気の患者さんは何とか持ちこたえられたんだけど、重症の患者さんは、血液が酸性に傾き、こん睡状態になって死んでしまったんだ。


● AYAちゃん「紀元前1500年から20世紀というと、約3500年ですか。そんなに長い間、糖尿病は原因不明の難病だったわけか」


 当時は、病気になると水を飲み続け、肉や手足がおしっこに溶け出して、やがて死に至ると恐れられていたんだね。ところが、1921年に、インスリンが発見されて重症の糖尿病患者さんの命を救うことができるようになったんだよ。


● AYAちゃん「すごいですね、インスリンって。これからは、インスリン様と呼ぼう。略して、インリン様か」


 また、マニアックな。インリン様を知っているなんて、AYAちゃんはプロレスも好きなんだね。


● AYAちゃん「そういう先生だって、マニアックですよ」


 そんなことより、インスリンって、どこで作られるかわかる?


● AYAちゃん「(頭がプロレスモードに切り替わってしまったAYAちゃん)そういえば、『ハッスル』の試合をテレビで録画しているんだったわ。早く帰ってみなくちゃ。先生、私ちょっと用があるんでこれで失礼します」


 えっ?お父さんの血糖値の話はもういいの?


● AYAちゃん「大丈夫ですよ。今日からガンガン減量させて、血糖値を下げさせますから。じゃ、先生。今日はありがとうございました。お父さんの検査結果が出たら、また来ますね(走って部屋から出て行ってしまうAYAちゃん)」


 まったく…。


        (再来週に続きます)

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佐倉惣五郎・佐倉義民伝のふるさと ウォーキングストーリー

 おはようございます。

 突然ですが、佐倉惣五郎という人物をご存知でしょうか。

 今回の記事を書くために、ヤフーとグーグルで「佐倉惣五郎」を検索してみたんですよ。オイラが調べた日では、ヤフーが約28000、グーグルでは約1万件の検索結果でした。

 思っていたより少ないのにびっくりです。何百万件とはいかないまでも、当然、何十万件の検索結果はあると思っていましたから。

 オイラが子供の頃、何で知ったかということは忘れましたが、いろいろな媒体から「佐倉惣五郎」という名前が耳に入ってきました。

 そういえば、何気に最近はあまり聞かなくなったような。あまり話題には上らなくなったのでしょうかね。

 ちなみに、佐倉惣五郎は「義民」と呼ばれた人物。義民とは、正義・人道のために一身をささげる民だと広辞苑には載っております。惣五郎は、江戸時代前期、下総国印旛郡公津村の名主を務めていたとか。公津村は現在でいうと、千葉県の成田市にあたるらしい。

 佐倉惣五郎なのに佐倉市ではなく、成田市にお住いだったのですか。

 伝説によると、公津村は当時、佐倉藩領で、藩主の堀田氏が悪政をしていたそうな。名主であった惣五郎は、藩や江戸のお役人、幕府の老中にも対策を訴えたが聞き入れられず、なんと将軍徳川家綱に直訴したと伝えられておりまする。

 その結果、悪政は改められたものの、惣五郎夫妻は磔。そればかりか子供たちも死罪となってしまった。

 今で言ったら、県知事をはじめとする県のお役人の悪政を総理大臣に直訴したら、一家すべて死刑になるということですかね。

 現代も、いろいろな問題点はありますが、江戸時代に生まれなくてよかったと感じる今日この頃です。

 もっとも、上記の話を証明する資料は見つかっていないそうなのですが…。

 でも、民衆の声を政治に生かすという発想自体、当時としては画期的なことだったのでしょう。

 先日、お役所の会議に出席して、現場のことは何も知らないくせに口ばっかり達者なお役人に言い負かされたオイラとしては、偉大な佐倉惣五郎を見習うためにも、彼の足跡をたどることにしたのでした。

 ウォーキングのスタートは、京成電鉄の宗吾参道駅。

 宗吾というネーミングは、佐倉惣五郎に由来しているらしい。私鉄の駅名にもなっている人物なのに、グーグルの検索結果が1万件なのは合点が行きませぬ。

 …と思って、駅を出ると、駅前にはコンビニどころか、一軒のお店もないのでした。

 昼食は、コンビニで弁当でも買ってすませようと考えていたので、急に不安になります。

 それでもさすが参道というだけあって、灯篭や立派な門が出迎えてくれました。缶コーヒーを自販機で買い、それを飲みつつ長い坂道を登ります。

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 駅から10分と少し歩いて見えてきたのは、由緒ありそうなお寺と土産物店がならぶ境内。ここが宗吾霊堂っすね。

 食べ物を売っていたのでほっとして境内に足を踏み入れると、右側に立派なお墓がありました。

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 これが佐倉惣五郎親子のお墓なのですか。

 …とお参りして、お墓のまわりをぐるっと回ってみると、まわりの石塀の壁に寄付した人たちの名前が刻まれておりました。

 でも、東京の亀戸や深川の商人の方たちはわかるとして、明治時代? つまりお墓は、ずっとあとになって整備されたみたい。

 仁王門をくぐり、まず本堂にお参りします。

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 一般に宗吾霊堂と呼ばれていますが、義民佐倉惣五郎を祀る霊堂があるからで、本来は、東勝寺という真言宗のお寺らしい。寺伝によれば桓武天皇の勅命により、坂上田村麻呂が創建したのだとか。

 佐倉惣五郎の死罪ののち、佐倉藩藩主の子孫が、宗吾道閑居士の法号を与えて冥福を祈ったことから、宗吾様と呼ばれるようになったのですね。

 境内にはほかにも、宝物館である霊宝殿や惣五郎の生涯を66体の人形と13の場面で再現したという御一代記念館がありました。

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 さきほど、資料では惣五郎が一揆や直訴を行ったという記録はないと書きましたが、霊宝殿には、「惣五郎」という有力農民がいたことを示す「公津村名寄帳」があるそうですよ。

 これらの施設は、二十年以上前に来た時、見学したのでパスしましたが…。

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 佐倉惣五郎が死罪になったのは江戸時代初期ですが、江戸時代晩期から明治時代にかけて義民・佐倉惣五郎が大ブレイクしたのですか。

 それは、歌舞伎の影響があったようですね。1851年に上演された新しい演目「東山桜荘子」の主人公は、佐倉惣五郎をモデルにした浅倉当吾。

 百姓一揆をテーマにしたこの作品は、予想をはるかに超える大ヒットとなり、またたく間に日本中に広まったらしい。

 そういえば忠臣蔵が現代にも広く人気を集めているのは、歌舞伎の貢献度が高かったと聞いたことがあります。

 当時は、江戸幕府から同じ時代の武家社会の事件を上演することは禁じられていたため、幕府をはばかり、別の時代の人物を登場させていたとか。

 ガチガチの封建社会で、庶民の不平不満の捌け口にもなっていたのでしょうか。

 明治以降も、惣五郎を主人公にした歌舞伎の人気は衰えず、頻繁に上演されて、佐倉義民伝として不動の地位を確立したのですな。

 境内には、福沢諭吉の発意による宗吾顕彰碑など多数の石碑もありました。

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 福沢諭吉など明治の自由民権活動家は、彼らの主張の先駆者として惣五郎をとりあげたらしい。

 キリストの受難もそうですが、やはり民衆のために自らの命をささげるというシチュエーションは、長く人々の心に残ります。

 惣五郎の同時代の人たちで、幸せに余生をおくった名主さんたちも大勢いたはず。

 そういう人たちも今では惣五郎と同じ天国に行ってしまったわけですが、今となってみると、果たしてどちらが幸せだったのだろうか、と…。

 亡くなってから350年たった今でも、お墓に手を合わせに参拝に来る人は引きもきらず、今でも歌舞伎でその徳を湛えられているのですからね。

 なんだかうらやましいニャーと思いつつ、とは言え磔になるのも嫌だし…。

 でも、人類の歴史から考えたら、少しくらい長く生きるか、早く死ぬか、なんて無きに等しいものだし…

 …と、究極の選択に迷いつつ、次の目的地を目指します。

 広い田んぼがあったり、深い木々に囲まれた森があったりと、近くに新東京国際空港があるとは思えない景観ですね。

 そして麻賀多神社に到着。

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 鬱蒼とした森に抱かれた境内に足を踏み入れると、霊気を肌で感じました。

 この神社は由緒がありそうだと思ったら、なんと今から1700年前、応神天皇の時代に創始したと言われているそうな。その後、推古天皇の時代に、現在の稷山に新たに宮殿を建て麻賀多大宮殿と称されたらしい。

 どの神社の由緒にも、古いというキーワードの言い伝えは残されているものですが、こちらの神社にはその生き証人ともいうべき、樹齢1000年とも、1400年ともいわれる大杉が聳え立っているのでした。

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解説板によると、当時植えられた大杉は、現在、その太さ約八メートル、高さ四十メートル余り。最近では特に、不老長寿祈願の御神木として崇拝されているらしい。昔から多くの祈願が行なわれ、大願成就前には梢より霊光が輝き、神のお告げがあるそうなんですよ。

 やはり、不老長寿と聞いては、黙って見過ごして帰るわけにはまいりませぬ。

 しっかり、大杉さまに祈願したのでした。ただ、残念ながら、梢より霊光が輝くことはなかったのですが。

 麻賀多神社の近くにある室町時代に開山されたという超林寺にお参りし、いよいよ宗吾旧宅へと向かいます。

 なんと、佐倉惣五郎の生家が残っているそうなんですよ。しかも、現在も子孫の方たちが住んでいらっしゃるそうです。

 細い道をおりてゆくと、左手に「宗吾旧宅」の看板が…。道の傍らには満々と水を湛えた井戸。

 この井戸は、惣五郎が直訴の前に、親子で別れの水盃を行ったときに使用した水を汲んだそうな。

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 そして、近くには屋敷森に抱かれるように古い旧家が建っておりました。

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 おお、これが義民佐倉惣五郎さまの住んでいらっしゃったお宅なのですね~。

 同じ敷地に、子孫の方たちの家が建っていたので、中に入るのは遠慮したのですが、名主さまのお宅としては多少慎ましやかな気がしました。

 古民家を見て歩くのも趣味の一つですが、お城の御殿のような名主様の豪邸を見たこともありますので。

 やはり、日頃から慎ましやかに暮らしていて、当時の農民たちの苦しみを自分のことのように感じていたのでしょうか。

 惣五郎の旧宅の前には、広い田んぼが広がっていました。

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 そこから、次の目的地、薬師寺までは見渡す限りの田んぼの中の道を歩いて行きます。

 直射日光がすごいのに、日陰がまったくないっす。

 紫外線は活性酸素を発生させ、老化を促進するんだったよな、と去年出版した本の中のフレーズが頭をよぎります。

 実際、家に帰って鏡を見たら、顔が日に焼けて真っ赤になっていたのですね~。

 道に迷いつつもようやく薬師寺に到着。小さなお寺でしたけど、朱塗りの仁王門の中には鎌倉時代の仁王像と金剛力士像がありました。

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 思ったより小さくて、怖いというよりかわいい印象でしけど。

 薬師寺から、六地蔵の前を通り、小高い丘のうえの勝福寺からの展望を楽しみ、根山神社にお参りして、最後に向かったのは甚兵衛渡公園。

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 今では何の変哲もない公園ですが、ここはかつて水神の森といって、渡し船の船着き場があったそうなんですよ。

 この渡し場から、佐倉惣五郎は、江戸へ直訴するために舟に乗ったのですか。禁を破って印旛沼の対岸まで送りとどけた渡し守の甚兵衛は、その後、印旛沼に身を投じたといわれています。

 悲劇の名シーンですが、伝説だとも言われているらしい。

 NHKの「おしん」や最近の「坂の上の雲」にも、小船と別れのシーンがありましたね。やはり水と船には、人の琴線に触れる何かがあるようで。

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高血糖をほっておくと、どんな病気が起きるの? ~ 医師と女子高生の会話から ~

 こんにちは。

 先週、都心の繁華街で、ある大衆食堂へ入ったのですよ。

 ごはんや味噌汁のほかに、おかずが三品ほどついて、500~600円のリーズナブルな価格。しかも、わりとおいしいので、昼食時になるとオヤジで溢れます。

 いつも混むので、11時半くらいに店に入り、さっそく焼き魚定食を注文しました。

 それをパクパク食べていると、オイラの前にオヤジが座り、肉豆腐定食を注文。

 フーフー、いいながらおいしそうに食べるオヤジを見て、寒い日は、肉豆腐でもよかったなと思った頃、突然、そのオヤジが手を上げました。

 先生に質問するような挙動にオイラがギョッとすると、店員のおばさんに食いかけの肉豆腐の中を箸で示します。

 その先には、なんと、季節はずれのでかい蝿が…。

 やわらかく煮込まれて、いい出し汁が出ていそう。

 そのおばさんは、ギョッとするかと思いきや、手馴れた様子で、「あ~御免ね~」と肉豆腐を下げ、「別のすぐ持ってきますから」と言いました。

 そのオヤジも手馴れた感じで、「じゃ、アジフライをもらおうかな」と冷静な顔で、漬物をボリボリと齧っている。

 やがて、オヤジの前には、アジフライのほかに、サービスの冷奴が並びます。しかも、伝票には大きくゼロの文字が書き込まれているのですよ。

 いいな~。

 オイラの皿にも、何か入っていないかニャー。ゴキブリでも入っていたら、ビフテキが食えるかも。

 …と、食い散らかした魚の骨のすきまや味噌汁、おひたし、漬物などの皿の中を確認したのですが、残念ながら猫の子一匹入っていないのでした。

 それにしても、あの店員と客の冷静さは、ちょっと怖い気が…。

 毎度のことのような雰囲気も。

 もっとも、オイラの世代は、テレビジョッキーでゴキブリを食べる少年とかいましたからね。

 食卓には普通に蝿が飛んでいたどころか、予防接種の注射針も使いまわしていた時代ですし。

 しかし、それだけ強力な免疫力を持っている世代でも、糖尿病にはかなわないのでした。


 …ということで、強引な前振りのあと、今日はまた、「AYAちゃんの糖尿病事件簿」です。


 この「糖尿病シリーズ」。

 ほぼ隔週で、お送りしています。

 前回は「血糖値とは何か」という話題を取り上げました。

 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に「心と体」のカテゴリにある前回の記事をお読みいただければ幸いです。

 今日はその続きです。
 
 登場人物は、病院の院長先生と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、将来、看護師になることを夢見る元気な女子高生。

 血糖値の上がったお父さんを救うため、糖尿病について勉強しているという設定でしたね。
  
 前回、血糖値について勉強したAYAちゃん。

 今日は、高血糖をほっておくと、どんな病気が起きるのかが話題になります。
 
 それでは…。


2.高血糖をほっておくと、どんな病気が起きるの? ~ 動脈硬化が進んで起こる怖い合併症の数々 ~


● AYAちゃん「そうか。私はお父さんと違って大食いしませんからね。でも、自覚症状はほとんどないんですよね。だったら無理に努力しないで、ハニーブラッドのまま生きてゆくのも一つの生き方だと思うんですけど」


 何?ハニーブラッドって。ルー大柴みたな英語だね。検査結果を見て、「また、血糖値が高めだ」と落ち込むだけの影響だったら、何も言わないよ。残念ながら血糖値が高いまま放っておくと、困ったことが体に起きてくるんだ。


● AYAちゃん「甘い雰囲気に誘われて、異性が集まってきて困る、みたいな?」


 だったら良いんだけどね。血糖値が高い状態が続くと、体中の毛細血管が徐々に障害を受ける。同時に動脈硬化が進んで、いろんな合併症を引き起こすんだ。


● AYAちゃん「えっ? たとえばどんな病気ですか?」


 これから言うから、メモしてお父さんに教えてあげてね。まずは、糖尿病の三大合併症といわれる糖尿病性網膜症、糖尿病性神経障害、糖尿病性腎症…。


● AYAちゃん「ちょっと、先生。難しい病名はいいですから、放っておくと体がどうなるのかだけ教えてください」


 将来、看護師になるんだったら全部覚えないといけないんだよ。まず、糖尿病性網膜症は成人の失明原因の第1位になっている怖い病気だ。それから糖尿病性神経障害になると、末梢神経が妨げられ、全身にさまざまな症状が現れる。


● AYAちゃん「たとえば、どんな症状ですか?」


 多量の汗をかいたり、逆に汗が出なくなったりする発汗異常、また、便秘や下痢、こむらがえり、立ちくらみ。それから手足の先がしびれたり、冷えたり、痛んだりすることもある。あと、胃のもたれや吐き気を訴える人もいるよ。


● AYAちゃん「そんなにたくさんあるんですか。末梢神経って、いろんな役割があるんですね」


 そう。それから高血糖によって糖尿病性の腎症になると、腎臓の糸球体という組織が障害されるんだ。腎機能が低下すると、尿にたんばくが漏れ出したり、血圧が高くなったりする。また、体がむくんだり、だるくなったりもするね。最終的には、おしっこを作ることができなくなって「人工透析」が必要になるケースもあるんだ。


● AYAちゃん「それは大変ですね。私の友達のおじいさんが人工透析を受けているそうなんですよ。週3回クリニックに通わないといけないんだって話していました」


一回の透析治療に4~5時間もかかるから、日常生活に負担がかかるのは間違いないね。それから糖尿病になると、動脈硬化が促進されることも忘れてはいけない。


● AYAちゃん「動脈硬化になると、脳卒中や心臓病になりやすいんでしたよね」


 そう、よく覚えていたね。血糖が高い状態が続いていると、血管の内膜に傷ができやすいんだ。そこにコレステロールなどからできたドロドロのおかゆのようなかたまりがしみ込んで硬くもろくなってしまう。

 結果的に血管が狭くなったり、症状が進むと血管が詰まってしまったりする。動脈硬化が心臓の冠動脈に起こって、血流が不足するのが狭心症だよ。


● AYAちゃん「血糖値が高くて血液がドロドロだと、血液のかたまりができやすくなるんですよね。そのかたまりが脳の血管に詰まると脳こうそく…」


 その通り。血液のかたまりが心臓の冠動脈に詰まると、心筋こうそくになる。


● AYAちゃん「以前、先生から、動脈硬化を引き起こす危険因子は他にもいろいろあるって聞きましたね」


 加齢や高血圧、高脂血症、肥満、タバコなどが考えられるね。


● AYAちゃん「高脂血症って、何でしたっけ」


 コレステロールとか、中性脂肪とか言われている血液中のアブラが多すぎる病気だよ。そういえば以前、彩君がてんぷら油やサラダ油をキッチンの排水管に流して、そのあと水が流れにくくなったしまったって言っていたよね。血管も同じように、流れている血液のアブラが多すぎると、詰まりやすくなるんだ。


● AYAちゃん「先生って、私が失敗したことはよく覚えているんですよね。糖尿病は、おしっこが甘くなるというイメージしかなかったんですけど、死亡原因にも大きく影響しているんですか。知らなかったわ」


 それから、糖尿病の合併症としてよく引き合いに出されるのが「壊疽(えそ)」だね。


● AYAちゃん「壊疽って、何ですか?」


 怪我でできた傷などに細菌が感染して化膿してしまい、やがてその部分の組織の細胞が死んで腐ってしまう病気だよ。糖尿病の場合、とくに足に多いんだ。症状が悪化すると、足を切断しなければならない場合もある。


● AYAちゃん「細胞が死んで腐ってしまうなんて、痛そう」


 ところが、それほど悪い状態になっても、患者さんは痛くもかゆくもないケースが多いんだ。


● AYAちゃん「えっ?どうしてですか」


 原因は、糖尿病性の神経障害にあるんだよ。足の末梢神経が正常なら、怪我をすれば当然痛みを感じて、すぐお医者さんへ行ったり、自分で消毒して絆創膏を貼ったりするよね。

 ところが糖尿病の患者さんの中には、末梢神経の機能が低下しているから痛みを感じない人たちがいるんだ。たとえば、足の裏に画びょうが刺さったのに気づかないで、何日も歩き続けてしまうケースもある。


● AYAちゃん「考えるだけで痛そうですけど、本人は痛くないんですよね。痛みを感じないと、自分の体の異変は見て判断するしかないわけか。でも、自分の足の裏をしげしげと眺めることはあまりないような。まして靴下を履いてしまうと滅多に見ないですよ。冬の寒い日なんか、靴下を脱ぐのが面倒くさくてそのまま寝ちゃうこともありますし…」


 老婆心までに言うけど、靴下は毎日交換してよ。その患者さんの場合、熱が出て、炎症が広がり、足が二倍も腫れあがって赤く変色しているのを見てはじめて気がつくわけ。その変わりように驚いてお医者さんに駆け込む患者さんもいるんだよ。いかに人間は痛みなどの感覚に頼って生きているか、ということだね。


● AYAちゃん「普通なら、画びょうを踏んだとき飛び上がるんですけどね。ドアに手を挟んだり、包丁で指を切ったりしたときは、何で痛みなんか感じるんだろうって思いますよ。でも痛みは、人間にとってとても大事なものなんですね」


 そういえば小泉元首相は、痛みに耐えろと言ったけれど、なぜ痛みが必要なのか教えてくれなかったね。


● AYAちゃん「(改まった口調で)先生、そんなくだらない冗談を言っている場合じゃないです。私のお父さんの血糖値が高いんですよ!今度、暇なときに再検査に行こうって言ってるけど、至急、行かせなければ。会社を休ませてでも、病院へ連行するぞ!」


 また極端だね。彩君があんまり楽観的だから、ちょっと言いすぎちゃったみたいだけど…。そこまですることはないよ。


● AYAちゃん「いえいえ、昨日の夜も、結構夜食をバクバク食べていましたからね。この前の検査のときより、血糖値はもっと上がっていると思いますよ。体の改革の痛みに耐えて、頑張ってもらわねば」


 怖い…。目が据わってる。


● AYAちゃん「どげんかせんといかん!!!」


 ひぃ~宮崎県の知事みたい。


  (再来週に続きます)

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法華経寺、中山競馬場、行田公園 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 今週は、お散歩ネタです。

 さて、今回歩いたのは、千葉県市川市から船橋市にかけて。

 立派なお寺や全国屈指の競馬場、そして緑あふれる公園を一度に満喫できるコースでした。

 ホントは、桜の名所がコース沿いに一杯あるので、春に行くのがお勧めなのですが…。

 実は、正月に初詣に行ったところなのです。今年こそは、ブログの記事と季節感をマッチされることが課題かもしれませぬ。

 それはともかく、去年の正月はハイキングへ行き、山登りの5区でオヤジと激しいデッドヒートを演じたのでしたね。

 今年もやろうかと思ったのですが、去年は正月早々足を挫いてしまうというアクシデントに見舞われたので、今回はまずお参りに行ってからにしようか、と…。

 正月なのにおせち料理には見向きもせず、てんやで500円の天丼を食べたあと向かったのは、京成中山駅。

 駅を出ると、そこは法華経寺の門前町の中心でした。道は、初詣の参拝客でごったがえしています。

 法華経寺(ほけきょうじ)は、千葉県市川市にある日蓮宗の五大本山の一つのお寺。創立は、鎌倉時代の文応元年なのですね。

 開祖の日蓮上人は鎌倉時代、布教活動を行っているとき、さまざまな迫害を受けたそうな。

 ところが、この土地の領主だった富木常忍と太田乗明は日蓮上人を温かく向かいいれ、お寺を寄進したそうなんですよ。

 のちに、富木常忍は出家して、日蓮宗のお坊様になったそうですから、その意志は半端じゃない。

 日蓮聖人が最初に教えを説いたお寺ということで、日蓮宗の草創期に、もっとも重要な役割を果たした場所のひとつだということ。

 今でも、由緒あるお寺の門前町として賑やかなのも頷けました。

 駅を出て、下総中山商店街とコラボになった参道を歩きます。

 道の両側には、茶店、和菓子屋、寿司屋、そば屋が並び、正月ならではの露店も数多く見かけました。

 てんやでお昼ごはんを済ましてしまってもったいないと思いましたが、結構どこもいいお値段なのですな。

 それでも寒かったので、一杯250円の甘酒を買い、チビチビ飲みながら前に進みます。

 やがて見えてきたのは、風格のある山門。

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 山門をくぐり、さあお参りしようとすると、本堂へ続く長蛇の列が目に入りました。初詣に来て、お参りするのに並んだ経験がないので戸惑いますね。

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 明治神宮や浅草寺など参拝客数全国ベストテンの神社仏閣には、正月三が日にはお参りしたことがないですし…。

 お参りの順番がまわってくるのに30分近くもかかってしまいました。

 本堂にあたる祖師堂は、日蓮聖人をお祀りするお堂。現在のお堂は江戸時代中期に上棟されたものらしい。

 前から見ると普通のお堂なのですが、横から見ると屋根を二つ並べた特徴的な概観ですな。

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 こんなお堂は珍しいと思って調べてみると、なんと似たような形のお堂は、日本でも岡山県にある国宝の吉備津神社本殿の本殿だけだそうですね。

 20年以上前に一度行ったことのある神社ですが、その形までは記憶にございませぬ。レンタサイクルやランニングで神社仏閣や古墳をめぐるというトライアスロンみたいな旅だったことを思い出しました。

 しっかりお参りをして、後ろを振り向くと朱色が目にまぶしい五重塔。

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  やはり五重塔があると、境内の雰囲気が引き締まりますね。ブランド価値をあげるアイテムとしても重要な役割があるような気がしました。

 それにしても、この形と色はどこかで見たことがあるニャー。

 …と思って考えてみたら、池上本門寺の五重塔にクリソツかも。

 そういえば、あちらも日蓮宗の大本山のひとつなのでした。

 解説板によると、法華経寺の五重塔は元和8年(1622)に、本阿弥光室が加賀藩主前田利光の援助を受けて建てたものらしい。

 高さは、31.6メートル。千葉県では、江戸時代初期の様式をとどめる唯一の五重塔だとか。

 本門寺五重塔は、慶長十二年(1607)に創建され、地震による修復のあと、元禄十五年(1701)に現在地に移築されたのですか。こちらは、関東最古の五重塔らしい。高さは29.5メートル。

 ちなみに、池上本門寺の五重塔はこちらです。

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 これだけ似ているのは、当時の流行ですかね。それとも、あえて兄弟みたいに似させて作ったのか。

 やはり、後から作られたほうが若干高いのですね~。

 東京スカイツリーを作る人たちも、東京タワーの高さは当然意識したでしょうからね。江戸時代の初期のひとたちも、少しでも高いものを建てようという気があったら面白いと思いました。

 境内の奥にある法華堂の創建は、室町時代と推定されるらしい。日蓮宗の本堂として建立された中では最も古いものだそうな。

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 お寺の建築様式は詳しくないですが、前面にこれだけ柱が並んでいるのは珍しいような気がしました。

 さらに奥へ歩くと、仏教の本場、インドへ来たのかと思われるような建築物が…。

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 お寺を歩いていると、わりとこういう建築物は珍しくないような気もしますが、さすがにこの大きさは半端じゃないっす。

 この建物は聖教殿といって、この中に、「観心本尊抄」や「立正安国論」など、日蓮聖人に関する貴重な文書などが納められているとのこと。

 日蓮上人直筆の文書とはすごいと思ったら、やはり国宝ですか。

 見どころ満載の法華経寺の境内を抜け、住宅街へと足を踏み入れます。

 そこにあるのは、「中山文化村」という看板がかかった旧片桐邸。

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 このお屋敷を建てた方はどんな人?と思って、門前の解説板を読むと、『昭和13年、電気業界で成功を収めた片桐勝蔵氏が建てた家屋で、木造2階建て瓦葺の日本家屋』だとありました。

 何でも、ランプを見て「これからは必ず電気の時代が来る」と考え、明治41年に片桐勝蔵商店を創設。以来、関東の電気問屋として東京芝浦電気(現東芝)と取引したり、松下電気の代理店となって東京進出に力を貸したりなど、日本の電気業界草創期に活躍されたのですか。また、ヤマギワ電気創設者も氏の片腕となって活躍されたとのこと。

 やはり、偉くなる人は違うと感じました。

 私事で恐縮ですが、オイラがはじめてランプを見たら、明るくなって夜更かしできるぞ、とか、下から明かりを当てたら怖い顔になるぞとかしか思いつかないだろうし…。

 もっとも、理科系オンチだから、電気を仕事にしたら感電死の危険もあったのでした。

 昭和初期のお宅訪問~♪と思ったら、正月なのでお休みでしたぁぁぁぁぁぁぁ~

 当時としては大変モダンな、純和風の間取りに洋風な趣向を凝らした造りの家屋なのだそう。

 正月は、初詣以外はどこもすいているからいいのですが、施設がほとんどお休みになるのが玉に瑕ですね。

 次に向かったのが、法華経寺の奥の院。

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 住宅街や商店街によって隔てられた若宮と呼ばれる場所にあるのですか。同じお寺なのだから法華経寺の境内にあるべきではないか、と…。

 実は法華経寺は、室町時代に、この若宮の地にあった法華寺とさきほど訪れた場所にあった本妙寺が合併してできたお寺らしい。

 どちらも、前は武士の居館だったそうですね。

 とくにこの若宮の居館の主であった富木常忍は、北条氏や他宗から弾圧を受けた日蓮をかくまい、のちに出家して日常を名乗り、自邸を寺院にしたそうな。

 確かに、この奥の院の周りは、鎌倉武士の居館の面影を残している。それほど広くはないのだけれど、まわりをぐるっと取り囲む土塁が残されています。

Ca3a2155

 この土塁に囲まれた一画に、かつて日蓮さんがいたのですか。当時の鎌倉武士の館をイメージしながらまわりを歩きました。

 再び若宮商店街に出て、ひたすら歩くと、巨大な建築物が目の前に広がります。

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 ここが、売上高世界一を誇るという年末のビッグレース「有馬記念(GI)」で有名な中山競馬場。

 行った日は、お休みでしたので中には入れませんでした。その威容に、レースの興奮が伝わってきます。

 ちなみに中山競馬の起源は1907年、現在の千葉県松戸市につくられた松戸競馬倶楽部だとか。

 その後、1919年(大正8年)に、現在の市川市若宮へ移転したらしい。

 競馬場へは一回しか入ったことがないけれど、緑の芝生を背景に疾走する馬の美しさを実感したことはあります。

 そのとき一緒に行った社長は、馬券を握り締めながら、それとは別なことを感じていたみたいでしたが…。

 中山競馬場の近くを走る市道沿いは桜並木が見事でした。きっと春になると、近くの競馬場の大歓声で、桜の花びらが舞い上がるのかも。

 JR武蔵野線の高架の下をくぐって最後に向かったのは、行田公園。

 この近くを地図で見ると、直径1キロ近くある円形の土地になっているのですよ。周回道路に囲まれたこの一帯は、大正の初めに旧海軍の無線基地がおかれていたとか。

 よくわからないけれど、中心に巨大なレーダーでも置かれていたのでしょうか。

 戦後は米軍の管理地となり、昭和41年に返還されましたらしい。

 行田公園は、その跡地の一部に、昭和47年から整備を進め、昭和54年度に全域開園したとのこと。

 公園の中心を貫く道によって東西に分かれており、それぞれ扇形の形をした東西の公園は歩道橋によって結ばれている。

 こんな広々とした芝生の広場が近くにあったら最高ですね。オイラの好きなアスレチックの器具がいたるところにありました。

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 運動をする中高年の人たちも多く、かなりのアスリート揃いなのには驚きましたね。

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なぜ、お父さんの血糖値が上がったの? ~ 医師と女子高生の会話から ~

 こんにちは。 

 今日は、「AYAちゃんの糖尿病事件簿」なのですね~。

 さて、この「糖尿病シリーズ」。

 ほぼ隔週で、お送りする予定です。今日が始めての方は、先に前々回の記事をお読みいただければ幸いです。


 今日はその続きなのですね~。
 
 登場人物は、病院の院長先生と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、将来、看護師になることを夢見る元気な女子高生。

 血糖値の上がったお父さんを救うため、糖尿病について勉強しているという設定でしたね。

 いよいよ本論の第一章、「なぜ、お父さんの血糖値があがったの?」

 今日は、「運動しているのに、お父さんの血糖値が上がったのはなぜ?」が話題になります。
 
 それでは…。



第1章 なぜ、お父さんの血糖値が上がったの?


1.運動しているのに、お父さんの血糖値が上がったのはなぜ? ~ 血糖値は多少高くても、自覚症状はほとんどない ~


 あまり危機感はないみたいだけど、お父さんの血糖値はどれくらいなの?


● AYAちゃん「123だそうですよ。お父さんが検査表の数字を見ながら、ワンツースリーって冗談みたいな数字だって笑っていたから覚えているんですけど。ところで血糖値って、血がどれくらい甘いかってことですよね」


 血糖値の血糖とは、血液の中に溶けているブドウ糖のことを言うんだ。その濃度を表す数値が血糖値だよ。ブドウ糖は、脳や筋肉の細胞のエネルギー源として欠かせない物質だ。これがないと、人間は考えたり、動いたりすることができない。だから誰でも血液の中に一定の量のブドウ糖が流れている。


● AYAちゃん「そんな大切なものなんだ。でも、ブドウ糖の量が多すぎてもいけないんですね」


 そう。血糖値は、正常なら大体血液1リットルあたり0.7グラムから1.2グラム含まれているんだ。つまり、70~120mg/dlだね。AYAちゃんのお父さんの血糖値123というのは、1リットルあたり1.23グラムのブドウ糖が血液中を流れているということになるわけ。


● AYAちゃん「なんだ、それっぽっちですか。だったらうちのお父さんは、それほど高くないわけですね。心配して損したわ」


 また楽観的になって。血糖値は1日の中で大きく変動するんだよ。一般に、食後は血糖値が高くなって、お腹がすくにしたがって段々下がってゆく。AYAちゃんのお父さんが健康診断へ行ったときは、朝ごはんを抜いて行ったんじゃないかな。


● AYAちゃん「そうです。今日は健康診断へ行くからって、一人だけ朝食を食べませんでしたから」


 それじゃ、やっぱりお腹がすいているときに血液検査を受けたんだね。血糖値が123で高いって言われたのなら、空腹時血糖検査を受けたのだろうと思ったわけ。食事時間に関係なく受けられる随時血糖検査なら、それほど問題ない数値だから。


● AYAちゃん「ふ~ん。よくわかりませんけど、そのお腹がすいているときとそうじゃないときの検査の数値は、どれくらいなら正常なんですか?」


 一般に、空腹のときの血糖検査が、110mg/dl以下、いつでも行える随時血糖検査では140mg/dl以下が正常だと言われている。ちなみに、空腹のときの血糖検査では、126mg/dl以上、随時血糖検査で200mg/dl以上なら「糖尿病型」と判定されるんだよ。


● AYAちゃん「じゃ、お父さんのお腹がすいているときの123mg/dlはどちらに入るんですか?」


 この検査の数字だけで見る限り、「正常型」と「糖尿病型」の中間にあるということで、「境界型」ということになるね。


● AYAちゃん「境界型って、良いんですか、悪いんですか」


 「境界型」で血糖値がさらに上がり続けたままだと「糖尿病型」へ移行するんだ。ただし、生活習慣を改善すれば、「正常型」に戻ることができるという意味だよ。


● AYAちゃん「えっ、糖尿病? まさか。だって、うちのお父さんはまだ41歳だし、特別太っているわけじゃないって、さっき先生言ってたじゃないですか。しかも、学生時代はサッカー部で、今も週1回はジムへ行って鍛えているんですよ」


 絶対糖尿病になるって言っているわけじゃないよ。今のままの状態だと、その可能性が高くなるということだね。 


● AYAちゃん「糖尿病って、有名な病気ですけど、そもそもどんな病気なんですか。病名からすると、おしっこが甘くなるイメージですけど」


 糖尿病は、病名から「尿に糖が出る病気」だと思っている人が多いけれど、血液の中の糖分が多いことが問題なんだ。おしっこに糖が出るのは、血液中の糖分が高くなった結果として出てしまうわけ。ただ、おしっこから糖が出たからといって、必ず糖尿病だと言うわけでもない。


● AYAちゃん「じゃ、糖尿病というネーミングが当てはまらないじゃないですか」


 糖尿病という名前がつけられたのは、18世紀なんだよ。尿がたくさん出て、その尿には甘みがあるということで、ディアベテス・メリトスと西洋で名づけられた。ディアベテスはギリシア語のサイフォンという意味、そしてメリトスは蜂蜜という意味だ。「糖尿病」というネーミングは、その日本語訳だよ。


● AYAちゃん「欧米か!」


 えっ、何?ときどきわけの分からないことを言うなぁ。ところが20世紀に入って、血液中の糖分を正確に測れるようになってくると、血液中の糖分が増えなくても尿に糖が出るグループがいることがわかったんだ。


● AYAちゃん「欧米か!は、お笑いのタカアンドトシのネタですよ。それはともかく、そういう人たちは、血液中の糖分が正常だから糖尿病ではないということですか」


 ネタは古いけど、その通り。腎臓の病気である場合が多いんだけど、糖が漏れ出てくる蛇口が下へ下がってしまったと言ったらいいかな。話が難しくなってくるからこれくらいにしておくけど。


● AYAちゃん「つまりおしっこから糖が出たからといって、糖尿病とは限らないということですね。だったら、こんなまぎらわしい名前をつけなければよかったんですよ」


 だから、かつては血糖値が高い状態を言う「高血糖病」という病名に変えたらどうかという意見もあったんだ。だけど、糖尿病というネーミングが古くから世間に浸透していたから、いまさらということで反対する人たちが多かった。


● AYAちゃん「確かに、見栄晴や谷隼人、宮崎美子が一時芸名を変えて、また元に戻したことがありましたね。やっぱり一度イメージが定着すると変えるのは難しいのかも」


 相変わらず芸能通だね。


● AYAちゃん「そんなことより、ホントにこのままだとお父さんが糖尿病になる可能性があるのですか。少し太ってきただけで、あとは前と全然変わりませんよ。血糖値が少しくらい高くても、お腹が痛いとか、どこかがかゆいとかなければ大丈夫なような気もしますけど…」


 血糖値は、多少高くても、自覚症状のまったくない人がほとんどなんだ。病気が進んで糖尿病になっても、よほど悪くならない限り自分が病気だとは気づかない。


● AYAちゃん「最初は自覚症状がないなんて、ガンみたいですね。でも、ガンほど怖い病気とは思えないんですけど」


 ガンはもちろん怖い病気だけど、最近は検査や治療法が進歩して、早期発見して適切な治療を行えば完治させることも可能になった。ところが糖尿病は、一度病気になると完全に治るということはないんだよ。


● AYAちゃん「えっ?不治の病なんですか?」


 また極端だね。糖尿病は、遺伝的な体質をベースにして、いろんな誘因が働いて発症すると言われているんだ。遺伝的な体質は一生変わることがない。だから、一時的に血糖値が下がっても、一生自分で気をつけていかなければならないという意味だよ。


● AYAちゃん「えっ? 糖尿病って遺伝するんですか? と言うことは、もしお父さんがこのまま糖尿病になったら、私も糖尿病になるかもしれないんですよね。これは大変。今日から何としてもやせさせないと」


 話は最後まで聞いてよ。糖尿病になりやすい体質が遺伝すると言ったけど、病気そのものが遺伝するとは言ってないよ。なりやすい体質に、いろんな要因が重なることによって発症するんだ。だから、もし糖尿病になりやすい体質があったとしても、その要因をシャットアウトすることで、糖尿病になる可能性をぐっと下げることができるんだよ。


● AYAちゃん「そうか。私はお父さんと違って大食いしませんからね。でも、自覚症状はほとんどないんですよね。だったら無理に努力しないで、ハニーブラッドのまま生きてゆくのも一つの生き方だと思うんですけど」


        (再来週に続きます)

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