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曽我兄弟の里、曽我梅林 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 今日は、前々回の「曽我の里ウォーキング」の続きです。

 前回は、ちょっとした不注意から、全力疾走をせざるを得ない状況になってしまったのでした。

 春になると毎年、頭がぼーっとして失敗するのはやはり花粉のせいですな。

 今年は花粉の飛散量が少ないようで、現在は、ほとんど症状はございませぬ。でもまた、毎年恒例の花粉症の失敗談が…。

 先日、都心を歩いていて道を聞かれ、また間違った方向を教えてしまったのですよ。

 会社訪問の学生さんみたいで、急いでいるらしく、オイラが指差したほうへ走り去って行ったのでした。

 そのすぐあと、脳の回線がつながって自分の間違いに気づいたのです。

 オイラのせいで時間に遅れ、不採用になったら大変!!!

 …と、全力疾走で学生さんの後を走って追いかけました。

 すると、前方からさっきの学生さんがこちらへダッシュしてくるのが見えました。

 わっ、早くもオイラにリベンジか…。と身構えたら、横をそのまま全速力で駆け抜けて行ったのです。

 どうやら、道を教えたとき、オイラの目の焦点が合っていなかったようで、不審に思って別の人に聞いたのでしょうね。

 当然、その日は一日、自己嫌悪に陥ったのでした。

 外を歩いていると、結構、オイラは道を聞かれることがあるのです。

 傍から見ると、わりと道を知っているオヤジに見えるのかも。

 ところが、今は花粉の影響もあるのでしょうけど、もともと頭のなかに地図がインプットされていないのですね~。

 都心で道に迷うことは滅多にないのですが、それは動物的な感覚でつかんでいるといいますか。

 サバンナの動物は恐らく、地図を頭の中で思い描いていないはず。自分の生まれた川へ戻ってくる鮭だってたぶん同じだと思います。

 そんなオイラに道を聞いても、わかりませんよ。

 今度から『オイラは道に詳しくありません』という標識をぶら下げて歩こうかと思う今日この頃です。

 自己弁護はともかく、お散歩ネタでした。


 のどかな景色を見ながら歩き、丘の上にある天津神社にお参りしてから、かつて曽我郷六か村の総鎮守だった宗我神社へ向かいます。

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 境内の雰囲気から、さすがに歴史がありそうだと思ったら、創建は平安時代の1028年ですと。大和国からこの土地に移住した、宗我播磨守保慶が故郷にある氏神である蘇我明神を祀って建立したそうですね。
 
 戦国時代には、小田原城主だった大森氏によって小田原城の鬼門を守る神社として崇敬されたのだとか。

 大森氏といえば、北条早雲が小田原城を攻略したときの城主。相模を歩いていると、さすがに北条氏の噂はよく耳にします。でも、その圧倒的なスター性の前に、北条氏以前の大名がかすんでいるような。

 勝ち組といわれる大名よりも、負け組みといわれる大名のほうに親近感がわく今日この頃。

 藤原時代の木彫薬師三尊があるという法輪寺にお参りし、仇討ちで有名な曽我兄弟ゆかりの城前寺へとやって来ました。

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 このお寺は、曽我兄弟の菩提寺だそうですね。

 「曽我物語」を調べてみると、源頼朝が鎌倉幕府をひらいた1193年に事件が起きたそうな。

 頼朝をはじめ幕府の御家人が集った富士の裾野の巻狩りの際、曾我十郎祐成・五郎時到兄弟が、父河津祐泰の仇である工藤祐経を襲撃し討ち果たしたそうなんですよ。

 何でも、河津祐泰と工藤祐経との所領争いがあり、祐経が祐泰を暗殺したという発端があったみたい。

 これだけ有名な物語になったのは、仇討ちに成功してめでたし、めでたしにならなかったからかもしれませぬ。

 なんと曽我兄弟は、工藤祐経を討ち取った後、源頼朝の襲撃を企てたとか。

 当然といいますか、兄弟は頼朝の護衛の武士たちによって殺されてしまった。ちなみに、兄は22歳、弟は20歳だったそうです。

 なぜ、仇討ちに成功したのに頼朝を襲ったかということですが、詳しいことは定かではありませぬ。

 一般には父が暗殺されたときの頼朝のお裁きが喧嘩両成敗ではなかったからと言われているようですが…。

 そういえば、忠臣蔵も喧嘩両成敗の原則が適用されなかったのが、仇討ちの理由のひとつでしたね。

 でも、頼朝がいなくなって喜ぶ人たちも、幕府にいたのではないかという意見もあるようで。

 何と言っても、北条政子という、とかく噂のある奥さんもいましたし…。

 その真相究明は、歴史の先生たちにお任せして、オイラが気になったのは、お寺の名前のほうでした。

 城前寺って、城の前にあるお寺という意味ですかね。

 …とイメージしたら、まさにどんぴしゃりのネーミングなのでした。

 曽我城という城が、このお寺の近くの台地上にあったそうです。

 もちろん、鎌倉時代以前の城跡ですから、城館といったほうがいいと思いますが。

 お寺のまわりを歩いてみると、そう思って眺めるとちょっとした窪みが空堀の跡のようにも見えるのですが、正直よくわかりませんでした。

 ただ、お寺の裏に曽我兄弟の供養塔があり、解説板によると供養塔の前の土が盛られている部 分は、曽我城の土塁のあとだとありました。

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 この部分だけ盛り土が残っているだけなので、残念ながら当時の縄張りはわかりませぬ。

 ここから先はハイキングコースになっていて、かなりの急坂が続きます。

 道は広くて歩きやすいのですが、急勾配のためにつづら折になっておりまする。

 朝の全力疾走で体力を使い果たしたオヤジには、相当こたえる上り坂でした。しかも、あきらかにオイラより年上と思われる中高年のグループも、元気に登っている。

 さすがに、いくら元気といっても60歳代の方たちに抜かれるわけには参りませぬ。

 一息入れるときは、見栄を張って、写真を撮る振りをしたり…。

 でも、実際、眼下に広がる美しい景色は、そんなオイラの演技が嘘でないことを証明してくれました。

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 遠くは霞がかかっていますが、ところどころ白とピンクの梅の花が田園地帯に彩を添えます。

 ひたすら坂道を登り、もう休まないとヤバイと思った頃、左手に曽我祐信宝篋印塔が見えました。曽我兄弟の義父である祐信の供養塔と伝えられていますが、実際はわからないらしい。

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  でも鎌倉時代の様式で作られていて、市の重要文化財にも指定されているのですな。

 フムフムと、塔を眺めていたら、先ほどのグループがもう登ってきて、オイラを追い越していきました。

 全然、休まないのですか。ひょっとして、運動不足の若者たちより健脚かも。

 ウサギと亀の気分でふたたび、ハイキングコースに戻り、先を目指します。

 ガイドブックによれば、ここから六本松と呼ばれる峠道はすぐなのですが、今まで以上の急坂が待っていたのです。

 ずっと先まで続く山道に、何じゃこりゃ~と、松田優作のまねをして叫んでも、キキキとうけるのは野鳥ばかり…。

 あとで調べたら、通常のウォーキングコースが工事中で、迂回路を通ったのですね。

 距離的には3倍近くありましたが、距離よりも高低差がきつかった。

 それでも、道の途中から眺めた相模湾や輪郭がぼんやり浮かぶ富士山の景色は圧巻でした。

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 行った日は、遠くに靄がかかってあまり視界がきかなかったのですが、霧がなければ富士山と伊豆半島、相模湾のコラボを満喫できたでしょうね。

 ヒーヒーいいながらもようやく目的地の六本松に到着。

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 六本松は、曾我山の峠道で、かつて六本の松があるからこの名がついたとのこと。ここは鎌倉時代、近くの豪族の館と鎌倉を結ぶさまざまな街道が交わる重要な場所だったそうですね。

 …といわれても、これだけ苦労して、石碑と新しく植えられた松だけっすか、という気になりましたが。

 でも、ここから先は、急な下り坂。走ったら、止まらなくなりそう。

 こんな高低差を登ってきたのだと感慨に浸りながら降り、平地に差し掛かった頃、左手に有名な銅像が見えてきました。

 なんで学校もないのに二宮金次郎の銅像が、と思ったら、この近くに金次郎の母方の実家があったらしい。

 その後、二宮尊徳となり、実家の復興にも貢献したそうな。尊徳に仕えていた実家の三兄弟の次男が遺髪をもちかえり、その遺言によって昭和13年に塚が築かれたと解説板にありました。

 そういえば昨年、小田原へ行ったとき、さかんに二宮尊徳のお話を耳にしたのでした。一応ここも、小田原市内ですからね。

 そこから県道に出て、曽我兄弟の母とされるお墓のある法蓮寺にお参りした後、また曽我梅林へ。

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 ここ別所梅林は、3つからなる曽我梅林のなかで一番広いのですか。

 さすがに、車で来る人のために駐車場も完備されていて、平日でもかなりの賑わいでした。

 広々としていて、山の緑をバックにすると白い可憐な花はよく似合いますね。

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 こういう、しだれ桜みたいなゴージャスな雰囲気の梅もあるのですな。

 梅干とかも売っていて、梅を見ながら条件反射でつばが出てくるのでした。

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