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横浜市・市ヶ尾の古墳~川崎市・王禅寺 ウォーキングストーリー

こんにちは。

 今日は久々のお散歩ネタ。

 ブログをかなりの長期間にわたってさぼっていたため、お散歩ネタがだぶついておりまする。今回のネタも、三ヶ月前に行ったときのものですが…。

 記事をサボっていたくせに、お散歩だけは従来のペースで行っていましたからね。

 かなり忘れている部分があるのですが、知る人ぞ知るウォーキングコースなので、ご紹介せねばと思いました。

 さて、今回行ったのは、横浜市の市ヶ尾から川崎市の新百合ヶ丘にかけて。

 東京のベッドタウンとして発展している地域ですが、古墳や由緒あるお寺など古い歴史もあるところなのですね~。

 緑豊かな丘陵地帯もあり、オイラの家からなんと片道の電車賃が240円で行けるのですよ。

 いつもはウォーキングのガイドブックを参考に歩くのですが、今回は、以前行った古墳とネットで何気に見ているうちに行きたくなった公園やお寺を一筆書きのように結んで歩くことにしたのです。

 ウォーキングガイドに載っていないコースなので、地図は図書館へ行って大きなロードマップをコピーして利用しました。

 歩きながらA3のコピー用紙4枚を持って歩いたのですが、これがなかなか優れもの。

 いつもは割とアバウトな地図を利用しているので、たまに迷うこともあるのです。

 でもさすがに今回は、100メートルが1センチの大きさですからね。自分の今いる場所がピンポイントでわかるだけではなく、歩いていて面白い建物が目に止まったら、それが何の建物かわかるのです。

 等高線やそれに伴う街のレイアウト、コンセプトなどいろいろ考え、キョロキョロまわりを見回しながら歩くことができました。

 ホントは、名所旧跡、見どころなどを詳しく表示してくれれば良いのだけれど…。

 …ということで、ウォーキングのスタートは、東急田園都市線の市ヶ尾駅。

 市ヶ尾(いちがお)とは珍しい地名だと思って調べてみたんですよ。

 戦国時代の小田原北条氏の頃、この辺りは「市郷」と呼ばれていたらしい。

 それがなまって、市ヶ尾になったのですか。

 でも、「いちがお」より「いちごう」の方が呼びやすい気もするのですが…。漢字をイメージして発音したら、こういう変化はしないかもしれませぬ。

 漢字の読めない人たちが、伝言ゲームで伝えた結果なのかなと、勝手に推測してしまいました。

 ちなみに、どうして「市郷」と呼ばれていたかはわかりませぬ。

 晴れてはいたものの風の強い日だったので、あまり深くは考えず、前に進むことだけに集中して歩きます。

 商店街から住宅街に入り、市ヶ尾小学校の横の坂を登ってゆくと、右手に市ヶ尾遺跡公園がありました。

 ここに来たのは2回目。

 前回は、確か10年ほど前に来たのですが、たまたま「市ヶ尾古墳群」という表示板を見かけて足を運んだのです。

 来てみて、かなり立派な横穴古墳が並んでいたのにびっくり。当時の歴史ウォーキングのガイドブックには取り上げられていなかったですから。

 園内に入り、小高い丘に作られた階段を登ってゆきます。

 中腹まで登り、丘を取り巻く遊歩道を少し歩くと、モルタルで固められた横穴がボコボコと並んでいるのが目に入ります。

Ca3a2293_2

 横穴古墳群は、二つのエリアに分かれていて、全部で12基あるそうな。

 ちなみに、横穴古墳は、丘などの斜面に高さ2メートル前後の穴を掘り、人を埋葬した施設。

 以前行った、埼玉県の吉見百穴は丘いっぱいに穴がボコボコ開いている景色が有名ですね。

 こちらは、それほど穴は多くはありませんが、中に石が敷き詰められていたり、二段に分かれた段差も確認できたりして、当時の雰囲気をイメージすることができました。

 この古墳群は、昭和8年に発見されたらしい。古墳時代末期の6世紀後半から7世紀後半の古墳時代末期に造られた有力な農民の墓と考えられているそうな。

 巨大な古墳が造られた後に、だんだん小さく質素になってゆくのは、当時のエコの発想でしょうか。

 横穴の中に入れる古墳もいくつかあるので、中に入ってみることにしました。

 入口は、屈まないと入れない大きさ。這うようにして羨道(せんどう)と呼ばれる部分を進むと、立ちあがれるスペースがあります。

 ここが、埋葬用の空間である玄室(げんしつ)ですな。

 下に敷き石があり、これは復元されたものらしいのですが、壁に残されたノミの跡は当時のものだと解説板に書かれていました。

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 ホントですかね~と、壁の起伏を指でなぞりながら、古墳を作った人たちの思いを肌で味わいます。

 中はそれほど広くはないですが、外とは満たされた空気や時間まで違って感じられました。

 玄室の奥から外を眺めるのは、古墳フリークのオイラでも、そうない経験でしたね~。

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 再び狭い羨道を通って外へ出たときは、生き返ったミイラ男になったような気分でした。

 古墳群の奥へゆくと、それらの前にちょっとしたスペースがあり、そこから刀や土器などが発見されたそうです。

 解説板には、おそらく死者を悼み、祖先の霊を祀る儀式が執り行われていたのではないかと書かれていました。

 いわゆるお葬式ですね。現在のお葬式のスタイルとどう違うのか、興味をそそられます。

 公園の広場の端に立つと、住宅街を見渡す眺望が見事でした。

Ca3a2295

 ここに葬られた人たちの家族は、ここから眺められる地域に暮らしていたのですかね。

 いつも、丘の上からご先祖に見守られて暮らしているのは、どんな気持ちなのかとインタビューしてみたくなりましたが。

 遺跡公園を出て、住宅街をテクテク歩いて向かったのは、稲荷前古墳。

 こちらも前回来て、こんな立派な古墳が近くにあったのかと驚いた記憶があるのでした。

 稲荷前古墳群は、昭和42年に住宅造成中に発見されたらしい。

 なんと、前方後円墳や前方後方墳、円墳、方墳など計10基の古墳と横穴墓9基があったとのこと。

 これだけバリエーションに富んだ古墳が一か所にあるなんて、まさに古墳のデパートの趣がありますな。

 …と、バス通りに面した緑あふれる小高い丘をまたしても登ります。

 こちらも、高くて見晴らしのよい場所に古墳を作ったのですな。

 見つかった古墳は、住宅地となって消滅したものも多いのですが、前方後方墳1基と方墳2基が保存されているのですね~。

 それにしても前方後方墳とは珍しい。何でも神奈川県ではじめて発見されたそうですね。

 かなり急な階段を登り、頂上の開けた場所に出たら、目の前に芝生に覆われた巨大な丘が現れました。全長は37.5メートルですか。

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 興味のない人から見たら、何の変哲もない土のかたまりですが、その上に登ってみると、確かに四角を二つ繋ぎ合せたような前方後方墳の形状が確認できました。

 自然な丘の上に、人工的な丘を作り上げたわけですから、見晴らしがいい。

 この古墳が造られたときは、360度の眺望が広がっていたのかもしれませぬ。

 それにしても、残り二つの方墳が、前方後方墳に寄り添うような形であるのはどういう趣向ですかね。

 これらの古墳は、この地域を治めた歴代の権力者や一族の墓だそうですが。

 現在、この地域は、東京や横浜のベッドタウンとして発展していますが、当時は、今の東京都心や横浜よりずっと先進地帯だったのかも。

 稲荷前古墳を後に、黒須田川に沿って北上を開始します。

 すすき野団地から虹ヶ丘団地といった巨大団地を経て、虹ヶ丘公園で小休止し、少年野球を観戦しました。

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 小学生ですが、最近の少年野球はレベルが上がっているのですね。

 ヒットエンドランはもちろん、ワンアウト一、三塁で、小学校低学年がスクイズを決めるなんて。

 しかも、ピッチャーがストライクを投げられるのがすごいっす。

 もっとも、オイラの草野球と将来の大リーガーを比較するのは迷惑な話なのでした。

 そこから少し歩くと、広大な緑に囲まれた王禅寺ふるさと公園があります。

 広さが10ヘクタールもあり、その半分は雑木林、また芝生広場や池や小川などもあってよく整備されています。

 行った日はまだ3月の初めでしたが、見事な桜が咲いていました。

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 梅かなと思ったのですが、これはどこから見ても桜ですよね。

 王禅寺ふるさと公園の隣にあるのが、王禅寺。

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 関東の高野山とも呼ばれる由緒あるお寺で、開山は平安時代の921年。

 建武の中興のとき、新田義貞に焼きつくされたそうですが、室町時代に再興された歴史があるそうですね。

 確かに関東の高野山と言われるだけあって、東京のすぐ近くにありながら、深山幽谷の趣が感じられるお寺でした。

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 このお寺は、日本最古の甘柿の品種と言われている「禅寺丸」が発見されたお寺として有名らしい。

 この近くに「柿生」という土地がありますが、このお寺の柿にちなんだものだとは初めて知りました。

 ここから新百合ヶ丘の駅に向かって歩くのですが、その途中にあるのが「むじなが池公園」。

 近くにゴルフ練習場やスーパー、マンション、住宅が立ち並ぶ一角にぽっかり欝蒼とした森が。

 公園の中にある「むじなが池」とその周辺は、まさに小泉八雲の世界が広がっているような。

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 きっとここにも、都市伝説があるのかも。

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