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横浜の涼感スポット、帷子川親水緑道、白根不動、白糸の滝 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 またしても、更新を怠けてしまいました。

 今回ご紹介するのは、横浜市旭区。

 緑豊かな水辺と歴史をめぐるウォーキングコースが整備された地域です。

 ただ、行ったのは今年の三月。今は、もっと強烈な日差しが照りつけているはずですが。

 更新を怠けているうちに、どんどん写真の季節感がずれ込んでいく今日この頃。

 でも、涼しい頃の写真のほうが涼感を呼ぶのではないか、と…。

 それはともかく、ウォーキングのスタートは、横浜から相模鉄道に乗り換え、快速だと12分足らずの鶴ヶ峰駅です。

 駅から少し歩くだけで大自然の景観が味わえる穴場スポットがあるのですよ。

 …と、知ったかぶりをしたくなるのは、今から10年ほど前に訪れたことがあるからなのですね~。

 当時は、田園風景の広がるのどかな場所といったイメージでした。

 森の中の古いお堂と渓谷、水量の豊かな滝もあったりして、ハイキング気分で楽しめたのです。でも、あれから横浜の郊外も急速に開発が進みましたからね。

 どれくらい町が変わっているだろうかという点も、最近のウォーキングの醍醐味のひとつ。

 鶴が峰駅前は、あまり記憶に残っていないのですが、超高層のマンションやショッピングセンターがありました。

 当然、10年前はなかったような。

 駅前には、いまやどこでも見かける飲食店のチェーン店が軒を並べています。

 まあ、駅前は変わっても、遠いエリアは10年間でそれほど変わるわけはないでしょうね。

 5年前に出版されたガイドブックにも、コース上に食事や喫茶を楽しめる店が少ないと書かれていますし…。

 ということで、駅前のスーパーでおにぎりをしこたま購入します。

 姫おにぎりの詰め合わせ弁当と巨大おにぎりと普通のサイズのおにぎり。

 なぜおにぎりばっかり購入したかというと、パンよりカロリーが少ないから。

しかし幾らなんでも買い過ぎたと、あとで後悔する羽目になるのでした。

 曇って雨もパラついていましたが、それにめげることなくまず向かったのが、帷子川親水緑道。

帷子川親水緑道


 ほんの5分ちょっと歩くだけで、駅前の繁華街から住宅街、そして緑あふれる公園の三つのおいしさが味わえるのですね~。まるで、三色パンっす。

 親水緑道の近くを流れる帷子川は、かつてこの地域に多くの水害をもたらしたのだとか。

 それを防ぐためにバイパスの河川を作ったのですか。そして親水公園として生まれ変わったのですな。

 親水緑道を歩くと、最初は整備された公園の雰囲気だったのですが、次第に自然の渓谷の雰囲気に変わってゆきます。

 小さなつり橋やバードウォッチングの施設などがあると、プチ里山ハイクの気分。

 この水辺の景色は、どこぞの美術館の油絵に、構図が似ているような気も。

水辺の景色


 親水緑道を堪能したあと、帷子川を渡り、住宅街をテクテク歩いて白根不動尊へと向かいます。

白根不動尊


 小さなお堂ですが、ご本尊も小さく約5センチの不動明王の座像らしい。

 しかし、この座像は、前九年の役のとき、源義家が兜に収めて大勝した由来があるとのこと。

 平安時代に作られたお堂は、建武の中興の際、新田義貞の兵火によって焼失したそうです。

 でも、江戸時代になってから、不動明王のご本尊が近くの畑から出土し、その後再建されたのですか。

 お堂の中にあったら燃えていたでしょうから、その前に誰かが埋めたのですかね。

 当時の様子をイメージするといろいろな歴史のロマンが生まれそう。

 お堂の裏は、中堀川という小さな川になっていて、崖のところには、今でも行者修行に使われている白糸の滝の小滝や龍神を祀った岩の祠などがありました。

 崖の上へと通じる石段は危険とのことで閉鎖されていたので、別ルートから丘を登ります。

 その上にあるのが白根神社。

白根神社


 同じ境内にお寺と神社がある形式は、明治の神仏分離によるものだそうですね。

 この場所には、もともとお寺があったそうですが。

 お参りしようとすると、正面の階段で昼寝をしていたニャンコが大儀そうに脇へどいてくれました。

 人懐っこい猫で、建物のまわりを歩き回っているとオイラの後ろについて移動します。

 人懐っこいというより、不審人物として監視していたのかもしれませんが…。

 白根神社の丘をくだると、滝の音がしてきます。

 これが白糸の滝の大滝。

白糸の滝の大滝


 大滝といっても、幅7メートル、高さ3.5メートル。滝の近くまで行けるので、頭から水しぶきをあびて、そこそこ滝の迫力を感じることができました。

 かなり忘れた部分もありますけど、前回来たときは、深い森のなかに滝があったような気が…。

 今回は、広い公園が目の前に広がり、滝が公園の施設の一部にも感じられます。

 巨大なスロープの歩道橋や体育館、図書館は確か当時はなかったですね~。

 住みやすそうだけれど、昔ながらの自然が失われて多少寂しい気持ちも。

 公園でプチおにぎりのセットを食べ、白根通りを北北西に進路をとって進みます。

 それにしても、一番変わったのは、お店がすごく増えていること。

 食事や喫茶のできる店が少ないから、おにぎりをしこたま買い込んだのに、スーパーやコンビニも結構あるじゃないですか。

 食事ができる店も少なくない。

 こんなにたくさんおにぎりを買い込まなければよかったっす。

 自動車学校を超えたところで、中堀川を渡って折り返し点へ。

 ここから別の道を歩いて、鶴ヶ峰駅へと戻ります。

 小高い丘の上の稲荷社の境内にあるのが、内藤鳴雪の句碑。

内藤鳴雪の句碑


 俳人には疎いので、内藤鳴雪という人は知らなかったのですが、元武士であり、文部省のお役人でもあったのですね。

 こんな立派な石碑が後世に残るのは、やはり有名な俳人だからでしょうね。

 文部省のお役人としてではなく、創造的なクリエイターのほうが歴史に名前を刻めるということでしょうか。

 右手に巨大なマンション群を眺めながら広い坂道をのぼります。坂の頂上は公園になっていて、今まで歩いてきた地域を見渡すことができました。

 ここから、ふるさと尾根道緑道という名前が付けられているように、尾根沿いに整備された遊歩道を歩きます。

 桜の木が植えられ、満開の頃には多くの人たちの目を楽しませてくれるのでしょうね。

 快適な緑道をテクテク歩いてゆくと、右手に深い森に抱かれた公園が…。

今宿東公園


 看板には、今宿東公園とありました。

 アスレチック施設はあるけれど、自然の森をそのまま生かした公園ですな。起伏もかなりあり、郊外の山にハイキングに行ったような気分が味わえます。

 行った日は、広い公園にほとんど人影もなく、プチ深山幽谷気分を満喫できました。

 再び緑道に戻り、鶴ヶ峰中学校の横を通るとき、気になる鉄橋が目につきます。

 電車や車はもちろん、人が通る鉄橋でもなさそう。

 地図を見ると、鶴ヶ峰沈殿池から浄水場へと向かう水路上にある。

いわゆる水道橋


 これはもしかして、いわゆる水道橋ですかね。古代ローマの水道橋よりはかなり小さいですが、何となく似ていなくもない。

 確かめることができず、スルーしたまま先へ進むと、鶴ヶ峰浄水場の脇に、小さな塚がありました。

駕籠塚


 立て札には駕籠塚とあります。

 何でも、鎌倉幕府の重臣だった畠山重忠の奥様のお墓らしい。

 もっとも、埋葬の地は何度も変わり、ここに塚が作られたのは1974年らしいのですが。

 畠山重忠は謹直な人物として評判が高かったものの、北条氏の謀略によって殺されてしまったのですな。

 彼の終焉の地がここ、鶴ヶ峰なのですな。

 何でも、埼玉県の嵐山町にある菅谷館で、鎌倉一大事の知らせを受け、一族郎党130騎をひきつれて、いざ鎌倉!と急行しているとき、突然目の前に北条の大軍が現れたものの、名を惜しんで逃げずに奮戦、討ち死にしたのですか。

 重忠の奥さんは、夫の死を知って自害。駕籠ごと葬られたそうですね。

 それにしても、いざ鎌倉!と、鎌倉に異変があったということで、参上するべしと呼びつけておいて討伐するとは…。

 たとえ成功しても、なんとも後味が悪い結末ですな。

 歴史をいろいろ勉強していると、ホントに正直者が馬鹿を見るということが日常茶飯事だったと気づかされます。

 それは現代も変わらないことですが、まさか命まで取られることはあまりないですからね。

 以前、畠山重忠の本拠地だった埼玉県の嵐山町へ行ったことがありますが、今でも彼の清廉潔白な生き様が多くの人たちに慕われていました。

 後世まで高潔な人物評を残したという点では、報われたといってもいいかもしれませぬ。

 鶴ヶ峰は、畠山重忠終焉の地として、ほかにもいくつか史跡が残っておりまする。

 駕籠塚から近くに、重忠麾下の六騎の塚と伝えられる六ツ塚、帷子川と二俣川が交差するところに「畠山重忠公碑」もそうですね。

 鶴ヶ峰駅周辺の繁華街、旭区役所の裏手の住宅街のアパートの横にあるのが首塚。

首塚


 現在は、土が盛られた小さな塚の上に、小さな地蔵尊と石塔が建っていました。ここが、重忠の首が祀られた場所なのですか。

 しっかりお参りしたのですが、鶴ヶ峰周辺のここ数年の変化に一番驚いておられるのではないかと思いました。

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