鷺宮、石仏めぐり ウォーキングダイエットストーリー 

  こんにちは。

 ゴールデンウィークも今日で終わり。

 皆様は、よいお休みを過ごされたでしょうか。

 オイラは、またいろいろほっつき歩いてきました。

 海と山へそれぞれ一回ずつ。

 昨日はまた古城を歩いてきたのですが、急斜面に玉砂利が敷き詰められていて、転びまくりました。

 滑りやすいシューズを履いて行ったのが失敗の元で、ローラースケートを履いたまま山道を降りてくるような感じでしたね~。

 おかげで、股裂きやバックドロップ、アトミックドロップを何度も食らったようなダメージが今も残っています。

 その修羅場の模様は、いずれまたまたブログの中で。


 ところで、今年になって、これだけしつこくお散歩ネタを繰り返していたら、ホントにやせてきたんですよ。

 ブログに書きたいから歩くという、インセンティブがしっかりできていたからよかったのかもしれませぬ。

 一番太っていた頃から比べると、6キロ減。体脂肪計を買って、定期的に体重を量り始めてからだと3キロ減です。

 これでオイラのBMIは22になりました~♪

 標準値が22だそうですから、ぴったし標準値っすか。

 ちなみにBMIとは体型評価の基準で、体重を身長(メートル換算)の2乗で割った数値です。

 たとえば、身長170センチ、体重80キロだったら

 80÷(1.7×1.7)で、27.68

 18.5未満が「やせ」、18.5~25未満が「標準」、25~30未満が「肥満」で30以上が「高度肥満」だそうですから、この数字だと肥満になってしまうわけですね。

 歩けば体重が減るのはわかるのですが、オイラの場合、身長が1センチも伸びるという結果に…。

 今まで森田健作と同じ身長だと言っていましたが、ハンカチ王子と同じ背の高さになりました~♪

 なんか、この差は非常に大きいような気が…。

 体脂肪計の「体内年齢」は30歳だし、まだまだ成長期にあるのかしらん。

 もっとも精神年齢は、小学生クラスという自負があるのですが…。


 しかしBMIは標準値でも、いけてる中年になるにはさらなるダイエットが必要かも。

 去年、日本橋のデパートで見た、舘ひろしのかっこ良さがまだ脳裏に焼きついて離れないのです。

 贅肉がまったくない。顔が小さくてシャープ。どんな動作も様になる。

 スリムなスーツをびったし着こなした姿は、同年配のおじさんたちと同じ人種とは到底思えないほどでした。

 そのかっこ良さは、隣にいた徳重聡がかすんでしまったほど。

 舘ひろしは、身長183センチ、体重68キロだとか。

 ちなみにBMIを計算してみると、20.3。

 標準の枠の中に入るし、あのかっこ良さはあこがれますね~。

 しかしですよ。

 医学的には、多少小太りのほうが長生きできるらしい。

 たとえば、170センチだったら、72キロとか。

 緊急手術の場合でも、やせている人よりは小太りの人のほうが命を取り留める確率が高いそうですね。

 BMIのぴったし標準のオイラとしては、今後、舘ひろしを目指すべきか、小太りの中年を目指すべきか、重大な局面に立たされておりまする。

 
 それはともかくお散歩ネタです。結果が出始めるとますますやる気が出る今日この頃。

 今回行ったのは、西武新宿線の鷺ノ宮駅のあたりです。

 さる土曜日の朝、この近くで用事をすまし終えたのが午前10時半。

 このあと用事はなかったので、せっかく来たのだからぶらぶらこの近くを歩いてみようと思ったのです。 

 何より、はじめて歩く場所って、脳細胞を刺激するそうです。

 オイラの持っている優れもののガイドブックに、鷺ノ宮駅周辺のウォーキングコースが紹介されていましたし。
 

 …ということで、鷺ノ宮駅前の中杉通りを練馬区の方向に向けて歩き始めます。

 商店街を通り、新青梅街道を渡ってしばらく進むと、スーパーの隣の三叉路に、二体のお地蔵様がありました。

Ts360851

 このあたりは、江戸時代に作られた石仏が数多く残っているみたいですね。

 近くの解説板によると、「願掛け地蔵」と言うらしい。

 この二体のお地蔵様のうち、小さいほうのお地蔵様を夜中に倒して願掛けをする。すると、大きなほうのお地蔵様は、小さいほうを起してもらいたいがために願いを聞いてくれるとのこと。

 お地蔵様にとっては、ちょっと理不尽な行いのような気がしますが、当時の人たちの願いに対する熱望が感じられました。

 今みたいに、もっとお金が欲しいとか、自分の希望する学校へ行きたいとかいう願いではなく、生きていく上での根源的な願いだったのでしょうね。

 マズローの欲求五段階説における「生理的欲求」や「安全の欲求」といいますか。

 オイラも、今なお人間が生きる上での根源的な欲求を欲する段階にありますので、今度夜に来て、やってみようかと思ったりしました。

 ところがよく見ると、小さなお地蔵様の台座がコンクリートで固められておりまする。

 当時と比べて人口も増えましたし、人々の願いがあるたびに、横倒しにされていてはかわいそうなので、これは致し方ないのかも。

 そう思いつつ、今来た道を引き返し、新青梅街道を上石神井方面に向かって歩きます。

 都立武蔵丘高校入り口の信号のそばにある二差路の角にも、お地蔵様がありました。

Ts360852

 これは、「つげの木地蔵」というらしい。

 屋根のある場所に立っているから、なんとなくリッチな感じがするのはオイラだけでしょうか。

 新青梅街道を渡り、少し住宅街に入った駐車場の脇に立っているのが、庚申塔。

Ts360855

 江戸時代、庚申講を続けた記念として、集落の辻などによく立てられたとか。

 小さいので見落としがちですが、どこの土地へ行ってもこの庚申塔は結構ありますね。

 江戸時代の大ブームの庚申講の痕跡が今でも残っているわけですから、当時としては一大センセーショナルだったのでしょう。

 ちなみに庚申講とは、集落の人が集まり、夜通し起きて庚申様を迎える信仰。それがだんだん、人々の楽しみの一つになって、全国で大ブームになったのですね~。

 仲のいい人たちと集まって、寝ないで夜通しお酒を飲めるわけですから。しかも、そうすることによって長寿を全うできるという大義名分があれば、ブームになる理由もわかります。

 しかし今、午前様のご主人が、「今日は庚申講の寄り合いだった」と言っても、奥さんは納得してくれないと思いますので念のため。


 それはともかく、庚申塔の前の道をどんどん歩きます。

 ところどころ残っている畑を横目に、300メートルほど行くと、また庚申塔が…。

 隣に、「子育て地蔵」というスラリとしたお地蔵様がありました。

Ts360857

 江戸時代は、乳児の死亡率も高かったから、当時の人たちはすがるような思いで拝んだのでしょうね。

 再び鷺ノ宮駅に戻り、今度は駅の反対側を歩きます。

 駅のそば、中杉通りに面して立つのは、「交通安全地蔵」。

 こちらは最近作られたみたいですが、近くに庚申塔や石仏が集められたスペースがありました。

Ts360860

 新旧のお地蔵様は、今も昔も変わらず、人々の願いを聞いてくれているようで。

 現代の人たちの願いの中に、「交通安全」がかなりのウェートを占めている点が若干昔とは違うかもしれませぬ。

 ここからまた石仏めぐりをしながら高円寺を目指したのですが、それはまた次回。

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体言止めにかかわる一考察

 こんにちは。

 ご無沙汰いたしております。

 とうとう過去例がないくらい、更新の間隔があいてしまいました。

 そろそろ限界説が流れる今日この頃。

 書きたいことはいっぱいあるのですけど、ここに来て、かなり忙しくなってきたんですね~。

 普段、休日は休むことにしているのですが、先週の日曜日は本業と副業でてんてこまいでした。

 朝、ネットの副業を片付けてから、外出して座談会やモニターに参加したり、取材したりした後、夜帰ってきてまたネットの副業。

 「功名が辻」を見る時間がなかったので、番組が終了していたのが不幸中の幸い?だったかも。 

 それでも座談会に出席すると、変わったことを言って笑いを取ろうとする自分が悲しい。

 今月はそれなりに頑張ったので、かなりの量の商品券や図書カードと、いくばくかの現ナマをゲットすることができました~♪。

 おかげさまで、これでようやく年が越せますだ。

 …と、苦労して手に入れた金券を、夜毎、机の引き出しから取り出しては、一枚~二枚~と番町皿屋敷のお菊のように数えて悦に入っていたのですよ。

 これだけあれば、ユニクロでフリースが何着買えるだろうと幸せな気分になったのです。

 クリスマス、皆様はいかがお過ごしでしたか。

 15年前のクリスマスは、降りしきる雪の中を、マッチ売りの少女のように営業に回ってつらい思いをしたなぁ~と感慨にふけったりして。

 ところが、そんなささやかな幸せに水を差す出来事が。

 今月のはじめに、金融機関のおねーたんに勧められて金融商品を買ったとブログに書きました。

 買ってから10日もたたないうちに、分配金が口座に振り込まれたのです。

 なんと、その金額が、この一ヶ月、オイラが寝る時間も惜しんで都内をぐるぐるまわり、2キロもダイエットに成功し、ブログの更新に支障をきたしてまで獲得したお金よりも、多い。

 言っておきますけど、そんな大金を預けたわけではありませんよ。

 銀行の窓口で預けると、せいぜいティッシュか、よくてサランラップが粗品でもらえるくらいの金額。

 世の中のお金持ちは、こうやって不労所得を得ているのでしょうか。

 …とすると、今までのオイラは、完全にワーキングプア状態。

 汗水たらして働くのは、人間の美徳だと思うのですが、この差を歴然と見せ付けられてしまうと…。

 ネットで金融商品を買うのに要した時間は、1分もなかったですし、この作業を時給に換算したら…。
 

 さて、あまり考えると暗くなってくるので、今日は久しぶりに文章ネタを行ってみたいと思います。

 完全に前回のネタを忘れていて、読み直してみてようやく自分が文末についての話題を書いていたことを思い出しました。

 文末というと、避けて通れないのが「体言止め」でしょうか。

 「体言止め」とは、ご存知のようにセンテンスの末尾を「体言」で結ぶ書き方のことです。

 体言とは、名詞や代名詞。

 ちなみに、上記の文章は体言止めですよ~。

 それはともかく、またいつもの文章を使って例を書きますと…。

 「きのうは、ぼくの学校の運動会。だから、早起き。学校へ行くと、みんな集合中。最初はラジオたいそうから。そのあとの校長先生の長~いお話。ぼくは徒競走で、ビリから二番目。もう少しがんばればよかったかも。お昼にはみんなでお弁当」

 ちょっと無理のある例でしたが、ニュアンスは伝わったでしょうか。

 こういう文章って、軽い系の雑誌ではたまに見ますよね。 

 実は、ここだけの話、最近まで「体言止め」という言葉を知らなかったんですよ。

 なぜ知るようになったかというと、その点について指摘されたことがあるから。

 もちろん、言葉を知らないだけで、そういう文章技法は知っていたのですが…。

 かつて本を出版したとき、自称・文章の専門家であるフリーライターの人に原稿を見てもらったことがあるのです。

 そのとき、オイラの書いた文章の中に体言止めの箇所がいくつかあって、けちょんけちゃんに言われました。

 そのとき、理由は教えてもらえなかったのですが、体言止めなんか使う奴は素人だと…。

 確かに、オイラ、素人なんすけど。

 でも、一寸の虫にだって五分の魂がある。

 さすがに腹が立って、文章作法の本やネットの文章講座で調べてみました。

 確かに、ちゃんとした本ほど、体言止めについての分は良くないですな。

 そのデメリットについて、いろいろ書かれていましたが、主に次の点に由来するらしい。


● 一つの文章の中で何度も用いると、文章全体のリズムが途切れる
 
● 文章の品がなくなる。

● 文章が曖昧になる。

● 第一級の文章家は決して体言止めを愛用することがない。

 確かに、論文やきちんとした本は、上記のことが言えると思うんですよ。

 オイラのブログの文章は、論文に使えないのは自他共に認めるところ。

 でも、多用しすぎないよう気をつけながら、文章のスパイスの意味で使うなら、有効な面もあるのではないか。

 お言葉を返すようですが、体言止めにも、メリットはいくつか考えられます。

 まず、文章の中でとくに読者に注目してもらいたいとき、体言止めで、文章の流れを一度止める。

 そして、作者の言いたいことについて考えてもらう。

 センテンスを短く切り、テンポよく文章を連ねてゆくと、簡単に読み飛ばせる半面、読み終わってから何も記憶に残っていないことは結構ある。

 文章の心地よいリズムに身をゆだねているうちに、右の耳から入って左の耳に抜けてゆく、みたいな…。

 そういうときは、いったん停止の標識を文章の中に置いたっていいのではないか。

 うまく使えば、文章のリズムにアクセントをつけて、よりバリエーションのある表現も可能ですね~。

 文末のバリエーションにとって、体言止めは打順の中の「シンジョー」のような存在だと。

 オイラが好きなのはそこっす。

 打線のつながりを切るという意味ではありませんので、念のため。 

 「でした」や「です」と文章をつなげるより、途中で切ってしまったほうが読者の読む時間を節約できる。

 べらんめー、こちとら江戸っ子でぇ~、最後まで言わすんじゃねぇやい。気が短け~んだ!

 …みたいな。

 もちろん、書いてある内容がよくわかる場合に限ってですが。

 短い文章で、主題を強く読者に印象づけようとする場合は、自ずと体言止めが多用される結果となりますね。

 たとえば、俳句や和歌。

 限られた言葉の数で、自分の言いたいことをきっちり主張するためには不可欠な文章作法かも。

 もっとも有名な俳句、「古池や蛙飛びこむ水の音」だって、最後が体言止めだから静かな余韻が伴う。

 これが…。

「古池に蛙が飛び込んだ水の音です」

 …とやってしまったら、もう台無し。

 しつこく芭蕉のもう一句。

「荒海や佐渡によこたふ天河」だって

「荒海の佐渡によこたわるのは天河でした」

 …とすると、プラネタリウムのおじさんの解説みたいになってしまう。

 広告宣伝のコピーや情報系の雑誌の記事では、体言止めが花盛り。

 これも、なるべく短い覚えやすい文章で、主題をインパクトのある表現で印象付けようと考えているからでしょうね。

 このように書いてくると、オイラは体言止め主張論者みたいに思われるかもしれませぬ。

 でも、フォーマルな文章に体言止めが多いのもどうかと…。

 やはり、TPOはわきまえる必要があるのでしょうね。

 ブログや気軽に読める雑誌、友人のメールの文体と、フォーマルな文章は読む人というより、読む姿勢が自ずと違ってくるだろうし。

 一律に、体言止めはすべてよくないという姿勢もまた、表現のバリエーションの自由を奪ってしまうような気がするのですけど。

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リズムがあって読みやすい文章の研究

 こんぱんは。

 ご無沙汰いたしております。

 ここのところ、珍しく、忙しい状態が続いておりまして。

 今まではどちらかというと、副業は忙しくなっても本業はそれほどでもなかったんですけどね~。

 オイラがやっている副業のひとつに食品のモニターというのがあるのですよ。

 これは、ただで飲み食いできる上に、謝礼までもらえる優れもの。

 今までは10件申し込んで2~3件採用されれば御の字だったのですが、なんと次から次へと依頼が…。

 気がついたら部屋中、ペットボトル飲料やラーメン、冷凍食品だらけになっていました。

 でも、それを飲み食いするだけなら別になんということもない。

 大変なのは綿密な報告書を作成すること。

 普段はそれほどでもありませんが、こういうことになるとA型のマニアックな性格が遺憾なく発揮される。

 一口食べてみて、沈思黙考。

 腕組みをしながら、「う~ん。甘からず、辛からず、…美味からず」なんてダチョウ倶楽部の往年のギャグを思い出し、一人ケラケラ笑っている今日この頃です。

 オイラが書いた報告書をブログのネタにできたら面白いのでしょうけど、守秘義務があってできないのが残念!

 「よくこんなこと思いつきますねぇ~」とメーカーの開発担当者からメールが来たことも何度かあるのですが…。


 それから、スーパーや金融機関、医療機関などサービス業の接遇応対調査。

 これは、本業の範疇に入ると思いますが、昔だったら隠密同心ですよね。

 企画書がどんどん通ってしまったので、これから関東一円をまわることになりそうです。

 気分を出すために、旧水戸黄門の「風車の弥七」スタイルで行こうか、と…。

 店頭で余計目立ったりして。

 これから年末にかけて若干更新が滞りがちになるかもしれませんが、元気に頑張っていると思いますので、よろしくご配慮のほどお願い申し上げます。

 もしかしたら、悪代官につかまって拷問を受けているかもしれませんけど。
 

 さて、かなり昔になってしまいましたが、前回の文末に関する話題の続きから。

 何度も書きますが、わかりやすい文章にとって重要なのは、センテンスを短く切って、テンポをよくし、主語と述語を近づけ、明確にする。

 リズムがあって、テンポのいい文章は、文末の表現が多彩なのではないかとオイラは考えました。

 オイラが知っている中でもっとも、上記の基準にあっていると思う文章。

 それは、夏目漱石の「草枕」の冒頭ではないかと思うんですよ。

 ちなみに引用しますと…。

「 山道を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世はすみにくい。住みにくさが高じると、安いところへ引越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟ったとき、詩が生まれて畫が出来る。人の世を作ったものは、神でなければ鬼でもない。やはり向こう三軒両隣にちらちらする唯の人である。唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行く許りだ」


 おお、なんと素晴らしいリズム感!

 センテンスが短く、テンポがいい。

 小説の冒頭部分でありながら、これだけ有名なのは、やはり含蓄のあるフレーズなのはもちろん、リズム感がいいからでしょうね。

 文末のバリエーションも多彩ですし、同じ文末が3回続かない。

 ちなみに、「草枕」は言うまでもなく名作だと思います。

 読んだのは10年位前で、それほど古くはないのですが、読む前のイメージと全然違っていたのに驚きました。

 実は、古臭い教訓小説だと思っていたのですよ。

 それが、なんと斬新なプロット。

 現代なら、ミステリーの範疇にも入るのかもしれませんね。


 それはともかく、文末の話題でした。

 それくらいオイラは、文末に注目しているのです。

 ところが、しかし…。

 実際、文章を書いてみると、日本語は文末のバリエーションがあまりに少ない。

 これは別にオイラの意見ではなく、日本語の特殊性によるらしいのです。

 この点について、井上ひさし氏の書いた「自家製 文章読本」がすごくわかりやすく説明してくれていますね~。

 日本語の文末のバリエーションの少ない理由、それは、文末決定性にあるらしい。

 つまり、日本語の表現のすべては、文末で決定されるということ。

 これは、よく言われることですよね。

 たとえば、欧米人が日本語を勉強するとき面食らうのは、最後まで聞かないと相手の言っていることが理解できない点だと。

 たとえば…

 ビジベンは、ロレックスの時計を持ってい□。

 …と、文末を伏せてしまう。

 すると、持っているのか、いないのか、あるいは持っていたが質に入れてしまって今はないのか。

 最後の最後まで、読んだり、聞いたりしないと、オイラがロレックスの時計を持っているかどうかわからない。

 もっとも、オイラのことを知っている人は、カシオのデジタル(Gショックではない)くらいしか持っていないと類推できるわけですが…。

 それに対して英語だと、文章の半ばくらいで「not」が入るから、ロレックスを持っていないとわかる。

 それはともかく、なぜ日本語の文末決定性が、文末の貧弱さを生み出すのかという点。

 それは、日本語の文末にはいつも何が来るのかを考えるとわかりやすい。

 言うまでもなく、文末には述語が来る。

 述語は、動詞である場合が多い。

 ここで、動詞の終止形を考えてみると「る」がほとんど。

 また、動詞の過去形は、言うまでもなく「た」。

 だから、日本語の文末は、「る」か「た」で終わる場合が圧倒的に多いのだそうな。

 確かにそうですよね。

 さっきの例で言うと、

 ビジベンは、ロレックスの時計を持っている。

 ビジベンは、ロレックスの時計を持っていた。

 …と、肯定的に終わろうとすると、ありきたりで陳腐な表現になってしまう。

 ここは、日本語表現にバリエーションを持たせるためにも


 ビジベンは、ロレックスの時計を持っていない。


 …と、終わらせるほうが秀逸な表現ができるのではないか。

 だから、オイラは、日本語表現の多彩さを目指すために、ロレックスは持っていないのであります。

 「………………。」


 別にオイラの貧乏を正当化するために、日本語の文末の単調さを指摘するわけではないですよ。

 文豪と言われる人たちだって、「文章読本」の中で、次のように書いているのだ。


「 ( 日本語は、)センテンスの終わりに「る」、「た」、「だ」、「す」等の音が繰り返される場合が多いので、都合のよいこともありますけれども、形が極まりきってしまって、変化に乏しい」 
 (谷崎潤一郎)


「 私はまた途中で文章を読み返して、過去形の多いところをいくつか現在形に直すことがあります。これは日本語の特権で、現在形のセンテンスを過去形の連続の間にいきなりはめることで、文章のリズムが自由に変えられるのであります。

  日本語の動詞が必ず文章の一番後に来るという特質によって、過去形のセンテンスが続く場合には「~した」、「~た」という言葉があまりに連続しやすくなります。
  そのために適度の現在形の挿入は必要であります」  (三島由紀夫)


「文章にリズムをつけるために、センテンスの語尾、つまり文末の影響は大きい。これが単調で、平凡な語が連続すると、文章全体にしまりがない感じがする。

 ところが、日本語は述語が一番後に来る構造のため、文末に語が来やすい。とくに、「~た」、「~である」、「~だ」などがひんばんに出てくる。

 これは文末を見つけ出すには都合がいいが、同じ語が文末に重なると、文章全体が単調になって、歯切れを悪くしてしまう。

 日本の作家たちも、この問題にはだいぶ悩まされたようだ」 (能戸清司)


 もっとも、以上の文章を読んだから、オイラが文末にこだわっているわけではないのです。

 今まで、いろんな本を読んできて、なんとなく文章のリズムが気になった。

 それで、それは文末の表現方法によるものではないかと仮説を立てたんですよ。

 そして調べてみたらなんとこの問題は、超有名な人たちからずっと論じられてきたことだったのですね~。

 オイラは、理論的にはこの謎を解き明かすところまでは行きませんでしたけど。


 …ということで、いつになるかわかりませんが、文末の話題は続きます。

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意表をつく書き出しの研究

 こんにちは。

 久々の文章ネタです。

 今日は、前ふりを書きにくい雰囲気のテーマなので、いきなり行きまっす。

 前回は、読者に興味を持っていただく書き出しについての話題でしたね~。

 それは、最初からすべてを明らかにするのではなく、読者に「えっ?何?」という疑問をまず持っていただく。

 そしてその疑問を牽引車にして、ひっぱって、ひっぱって、最後まで読んでいただこうというせこい方策でした。

 つまり、インパクトのある前提を最初に持ってきて、結論を先伸ばしにしてしまう。

 何、何?と関心を持ってもらった読者を、興味を維持し続けてもらったまま、本論までどうぞ、どうぞ、狭いところですが、と…。


 ただ、これをビジネス文書や論文でやってしまうとまずいかもしれませぬ。

 これらは、結論から書け!という鉄則がありますからね。

 上司や先生から叱られても、オイラは責任を負いかねますので念のため。


 実はここだけの話、銀行時代、支店長から怒られたことがあるのです。

 報告書を結論から書かず、ハードボイルド小説みたいにリアルな文体で書く。そして結論を先送りにし、興味をあおりつつ、引っ張って引っ張って、続きは次回、と…。

 やっぱり、怒りますよね。

 この忙しいのに、なに考えてんだ!と…。

 でも、そのすぐあと、面白いから早く続きを読ませろ、と言われましたが。


 それはともかく、前回の続きから。

 オイラのブログは、最初の一行は、「こんにちは」か「おはようございます」か「こんばんは」という在り来たりのあいさつが多いです。

 最初はたぶん違ったと思いますが、いつの間にかこのパターンが定着してしまいました。
 
 その代わり、二行目はわりと意表をつくフレーズを書きたいと思っています。

 一行目ではなく、二行目にこだわりたい、と。

 なぜかというと、一行目を普通に入れば、二行目の意表をつく展開がより引き立つのではないかと考えたからなんですね~。

 それは、オイラが学生時代、漫画研究会にも所属していたからかもしれませぬ。

 ギャグ漫画ばかりでしたけど、4コマ漫画も基本を勉強するために何十篇も描きました。

 4コマ漫画のセオリーは、「起承転結」。

 でも、文章の書き出しがそれだと少し冗長なのではないか。

 「起」から「転」へいきなり、行っちゃったほうが、インパクトがあるような気がするのです。

 普通と非凡の対比とでもいいますか。

 山上たつひこの名作「がきデカ」のギャグは、暗記するくらい頭に入れましたが、あの面白さはやはりそれがポイントだったのかも。

 まじめなあべ先生やこまわり君のおとーさんやおかーさんが、コマひとつ後には予想できない災難に見舞われる。

 鮮やかな場面転換。

 ちなみに、オイラの冗談のルーツをたどると、すべて「がきデカ」にたどり着くのかもしれませんね~。

 能書きたれていても仕方ないので、オイラの以前のブログで例を示しますと…。


「 こんにちは。

 脳みそが花粉にまみれ、きなこ餅になったような感じです。

 ところで昨日のこと、オイラが東京都西新橋の路上を歩いていると、ひとりの青年に呼び止められました。

「すいません。○○ビルを探しているんですが、どちらへ行けばいいのでしょうか?」

 その実直そうな青年は、なにかの案内状を手に聞いてきます。約束の時間に間に合わないのか、相当急いでいるというのがその素振りでわかりました。

 ボーッとして歩いていたオイラは、突然、声をかけられ、その状況を認識するのにかなりの時間を要した気がします。

「○○ビルだけではちょっとわかりませんけど」

 先ほど飲んだ花粉症の薬に眠気を感じながら、やっとのことでその言葉を口から発しました。

 まだ頭の回路に電気が流れていないみたい。

   (以下略) 」

 「こんにちは」と一般人として書き始めているのに、いきなり「脳みそが花粉にまみれ、きなこ餅になったような感じ」

 何だ?こいつは?ということでしょうか。

 まじめに挨拶しているのに、やっていることは変なおじさんそのもの、みたいな。

 「がきデカ」のワンシーンをイメージしながら書いているかもしれませんね。

 ただ意図的にやっているのではなく、天然ですので悪しからず。

 自虐趣味なのか、と聞かれれば、ハイそうですと答えざるを得ないのですが…。


 それはともかく、1年以上、ブログを書いていて、オイラが一番気に入っているのは、次の出だしでしょうか。

 良し悪しは別として、オイラの本性を浮き彫りにしているかも。


「 こんにちは。まずはショッキングな画像から…。


200587_

 ( 自宅天井 崩落現場:写真撮影 ビジベン氏 )


 8月7日、午前10時ごろ、江戸荏原村にある江戸町奉行ビジベン越前守の役宅の一階天井部分が突然崩落。はがれた天井板が、当時自宅にいたビジベンさんの頭を直撃いたしました。幸い、本人は学生プロレス出身で頭突きも得意だったということから大事には至らず。江戸町奉行所では、現在、崩落の原因を究明中…。


 もう…、信じられない。

 いきなり頭上から天井板が落ちてきたんですよ。天井板が安物で軽かったからよかったものの、高級品だったら今頃病院にいましたね。

 この前は、パソコンが壊れてデータをなくすし、今日はありえない事件が起きるし、一度お祓いをしてもらったほうがいいかもしれません」

 今読み直すと、もう少し行間にスペースがあったほうが読みやすいかも。

 脳天を強打しているのに、「こんにちは」とノー天気に入っているところが、なかなかシュールですな。

 これも、「起」から、いきなり「転」への落差を狙ったケースと言えると思います。


 ちなみに、今は「ビジベン」ですが、以前は「江戸町奉行」というニックネームでした。

 タイトルが「ビジベンの私の仕事に役立ったビジネス書」なので、当然、「ビジベン」がニックネームになるはずなのに、なぜか当初は「江戸町奉行」。

 ブログを始める前に、楽天のサービスを「江戸町奉行」というニックネームで受けていたからなんですね~。

 でも、「ビジベン」への変更をしたのに、プログラムのミスか全然変わらない。

 じゃ、「江戸町奉行」でも、いいや、と…。

 なんとも、いい加減。

 そしたら、3ヶ月くらい経ってから、頼みもしないのに突然、ニックネームが「ビジベン」に変わっていたのですよ。

 楽天の担当者様が気をきかせてくれたのでしょうか。

 多少、「江戸町奉行」のニックネームにも愛着が湧いてきていたのですが、ま、それでもいいや、と…。

 ブログのタイトルやプロフィールなどは、全然、こだわりがない。


 そんなオイラでも、このブログの最初からこだわりをもって取り組んでいる文章作法があるのですよ。

 一度書き上げてから、もっとも重視して推敲するポイントが…。

 今日のブログも、その点をしっかり注意して手直ししました。

 それは何か。

 ヒントはやはり文章のリズムです。

 答えはまた次々回。

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ブリとオヤジと扁桃腺と

 こんにちは。

 突然ですが、う~、のどが痛い。今朝、鏡で見たら、のどが真っ赤っか。

 …とくれば、風邪をひいて扁桃腺が腫れているのか、と思いますよね。

 実は、そうじゃないのです。

 なぜかというと、先週、昼食に定食屋に入ったのですよ。

 その定食屋は山手線のターミナル駅の近くにあり、何度か訪れたことがあるチェーン店です。

 500円で、日替わりのおかずのほか、ごはんと味噌汁がお替りし放題。そしてテーブルの上に並べられた、生卵、つけもの、ふりかけ、のりが食べ放題。

 東京に詳しい人なら、どのチェーン店か、察しのつく方も多いはず。

 このようなシチューエーションの店だと、どうしてもオヤジが集まる傾向がある。

 当然、オイラもその看板を見て、吸い寄せられるようにその店に入りました。

 正午近くだったので、サラリーマンや近くの現場で働く作業員の人たちで店はごった返している。

 長いテーブルの隅の席が空いていたので、そこに腰かけ、店員に食券をわたしました。

 注文したのは、ブリの一夜干しの焼き魚定食。

 このチェーン店のいいところは、とにかくすぐ料理が出てくるところですね~。

 おそらく松屋の牛めしより早いに違いない。

 ふりかけをたっぷりごはんにかけて、それをのりで包んで食べるとおいしいっす。

 二、三口食べて、いやにテーブルがべとべとするのに気付きました。

 誰じゃ~!!! 生卵をこぼしてふかない奴は~!!!

 チョーむかつく。

 きっと、前にこの席に座って食べたオヤジが、生卵を割るのに失敗したのでしょう。

 仕方ないので、目の前のナプキンを使って、テーブルを拭きました。

 ふと前を見ると、オイラより10歳以上年上のオヤジが、自分のどんぶりにお替りのごはんをてんこ盛りにして席に着くところ。

 ちなみに、お替りはセルフサービスなのです。

 よく見ると、彼の前のテーブルには、今まで食べた思しき、生卵の殻や海苔の入っていた袋がうずたかく堆積している。

 しかもまた、お替りしたどんぶりのごはんに、ふりかけをたっぷりとかけ、容器からご飯茶碗一杯分の漬物を取ります。

 そして、何と、三杯目の味噌汁を店員に注文。

 いくらお替り無料だからって、そこまでするか?

 本人は周りの雰囲気などお構いなしで、小太りで脂ぎった顔を照からせながら、クチャクチャ飯をかっこんでいます。

 ちゃんとしたスーツを着て、少しもお金に困っているようには見えないのに。

 もう嫌じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!! こんなオヤジと一緒に飯食うの!!!

 オイラは、早くこのおぞましい光景から逃れようとしました。

 一刻も早く飯を食って、外へ出よう。

 ごはんを食べるペースを上げます。

 ブリって、開きにしてしまうと、骨が多くて食べづらい。

 それでもどんどん食べ物を押し込む。

 口の中は、焼き魚とごはんと漬物と味噌汁のコラボレーション。

 そうなってしまうと、小骨を選別して、それだけ口から取り出すのはなかなか困難ですよね。

 え~い、飲み込んでしまえ、っとばかりにゴクンと嚥下しました。

 「………………。」

 食べ物のほとんどは胃のほうに流れていったのですが、何かのどに違和感が…。

 イッタァ~

 やっぱり、ブリの骨がのどに刺さるという結果になってしまいました。

 そのときは、すぐ取れると思っていたのですよ。

 比較的楽観していました。

 なんたって、魚の骨ですからね。

 でも、ごはんのかたまりを飲み込んでも、うがいをしても取れない。

 夜、家に帰ってから、綿棒や割り箸で突っついても駄目。

 それほど、痛くはないのだけれど、つばを飲み込むたびにひっかかるような感じで気になって仕方がないのです。

 何となく、ブリの魚臭い感じが抜けないのも気持ち悪い。

 鏡を見たら、左側の扁桃腺の部分に、骨が五寸釘のような形で打ち込まれているのがわかる。

 毛抜きで取れないかな。

 鏡を見ながら口に指を突っ込んで見たけど、全然とどかない。

 あんまり奥まで、手を口の中に入れたのであごが外れそう。

 口の中に手を突っ込んでもだえている光景が鏡に映って、ふきだしそうになりました。

 そういえば、昔見たアニメ「ど根性ガエル」。

 ひろし少年がのどに刺さった骨を抜こうと口に手を突っ込んだまま抜けなくなり、大騒ぎになるという話がありましたっけ。

 ひろしは涙を流して苦しんでいるのに、周りの人たちは笑いながら彼をからかう。

 その場面を思い出して一人ケラケラ笑ったのですが、それどころではないと思い直しました。

 そうだ。酢を飲んで小骨をやわらかくすれば突破口がひらけるかもしれない。

 台所から酢を出して、コップに少量入れ、うがいをしてみようか、と。

 酢を口に含んだとたん、脳天を貫く刺激臭に思わず咳き込みました。

 とてもじゃないけど、うがいなぞできませぬ。

 昔、CMで、毒蝮三太夫が「酢は健康の巣」?とかなんとか言いながら、ゴクゴク飲んでいたのは、ウソだったのか、と初めて気付きました。

 まあ、のどに魚の骨が刺さったくらいで死ぬことはないだろうとその日は寝たのです。

 でも、のどの違和感からか、夢にまで出てきてうなされました。

 次の日も、いろいろ突っついてみたけれど、全然のどに刺さった骨は取れる見込みなし。

 仕方ないので、さすがに昨日の午前中、耳鼻咽喉科へ行きました。

 のどに刺さった骨を取るくらいで、クリニックに行くとは情けない。

 トホホ…という感じですね。

 流行っているクリニックだったので、一時間半も待たされ、アニメの声優みたいな女医さんに診察してもらいました。

 口を開けて、「あっ、これですね。わっ、大きい」と言いながら抜くまでの時間はわずか5秒。

 あれだけ苦しんだのは何だったのか、という感じですね。さすが、ブロ。

 抜いてもらった骨を見て、少し驚きました。

 長さが1センチ以上もあるんですよ。しかも結構太い。

 見えていた部分は1ミリ程度だったから、1センチも深く突き刺さっていたのですね。

 これじゃ、どうやっても自分じゃ取れない。

 それにしても、取れたときの爽快感と言ったら、なんか生まれ変わったような感じです。

 それだけで喜んでしまって、イソジンガーグルで3日間うがいしてくださいと言われていたのをほっておいたんですよ。

 今朝起きたら、のどが真っ赤に腫れているという結果に。

 やはり、お医者様の言うことは謹んでお聞きするものだと実感しました。

 それにしても、500円の定食で喜んでいたら、その4倍以上も医療費を支払うという羽目になってしまった。

 やれやれです。

 これからは、オヤジとブリには気をつけねば。

 松井選手の怪我に比べれば、軽傷ですんだのは救いですが…。

 今日は、GW中に出かけたお散歩ネタで行こうかと思ったのですが、以上のような事情ですので、それはまた次回。

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私の会社訪問成功法

 こんにちは。

 とうとうゴールデンウィークも今日で最後になってしまいましたね。

 前回は、オイラのずっと昔の就職活動の経験談でした。

 面接試験に当初、ずっと落ち続けていたオイラが、あるきっかけをヒントに立ち直ったというお話でしたね。

 今日はその解決編を書かねばなりませぬ。

 実はあまりにもたいしたことがなかったので、前回、途中までにしてゆっくり考えようかと。

 
 ホントに、つまらないことなのです。

 これだけ期待を持たせておいて、アホなこと書いたら、苦情が殺到するかも。

 一時は、このままどっかへ高飛びしようかと…。

 でも、そういうわけにもいかず、前に書いた「苦情処理法」を活用できないかと真剣に読み直しました。

 でも、ウソじゃなくホントのことですよ。

 ほんのちょっとやり方を変えただけで、面接試験全敗から全勝になったのは。

 …ということで、開き直って書かせていただきます。


 前回は、会社訪問で連戦連敗中の日曜日、友人たちと代々木公園に遊びに行き、帰りの電車の中で面接試験の失敗の理由に気づいたというところまででした。

 まだお読みでない方は、このひとつ前のブログをお読みください。

 今日はこの続きです。

 電車の中で考えたのは、オイラと同じく面接試験に失敗し続けている友人の表情でした。

 いつもははつらつと自信にあふれているのに、今日はなぜか元気がない。

 顔色が悪く、目の下にクマができ、とにかく暗いのです。

 失敗し続けているから当然なのでしょうが…。

 この元気がないというのは、彼がいつもは明るくはつらつとしている顔を知っているから元気がないと感じるのであって、知らない人が彼を見たら、ネクラなおやじ顔の大学生と思うでしょう。

 あぁぁぁぁ~、あんな顔して面接へ行ったらやっぱし落ちるよなぁ~、とつり革につかまりながら苦笑しました。

 自分は、あんなことないはず…

 渋谷駅が近づいたので、窓の外のネオンの輝きが増したのがわかりました。

 夜になっていたので、電車の窓ガラスに自分の顔が映っています。

 「…………。」

 それを見て驚きました。

 やっぱり、暗い。

 こ…、これは以前、写真集で見た太宰治の自殺する前の顔じゃ~。


 もちろん当時のオイラも、第一印象が大切だということは知っていました。

 面接試験で聞かれたことにはハキハキ答えているし、服装も典型的なリクルートスタイル。

 いすの座り方や目線などにも気を配っています。

 面接試験の天王山と言われる志望動機は、実体験もまじえ5分近く話してやる気をアピール。

 言葉遣いも完璧。


 だけど無表情。

 無表情って、その後オイラも面接官の経験があるから言えるのですが、すごい不気味なんですよ。

 何考えてるかわからない。

 能面のような顔が、いきなり鬼に変わって飛びかかってきそうな恐怖感もある。

 しかももっと悪いのは、その無表情で、ぺらぺらよくしゃべること。

 それでも、あ、彼は緊張しているんだなと面接官がわかれば、それなりに情状酌量の余地はあるかもしれません。

 しかし、ぺらぺらしゃべりまくられると、これが彼の地なんだろうと思われる。

 やっぱり傍から見て、生意気に見えますよね。


 お前は、田原総一郎か!!!

 と、言いたくなる。

 あれだけ功なり名を遂げた人が言う分には理解されても、無名の大学生が同じことをやったら反発を買います。

 とくに協調性を採用基準にしている会社だったら一発でアウト。

 誤解があるといけないので書きますが、無表情でやったらいけないというだけで、表情豊かに笑顔でしゃべりまくるならプラスになると思いますよ。

 今から考えると、オイラの失敗は、無表情で面接の部屋に入っていったことですね。

 当然、入ってくるオイラを面接官は見ています。

 こちらも緊張していますが、面接官も、限られた時間で人材を評価しなければならないプレッシャーがある。

 次は、どんな奴が入ってくるのだろうと部屋に入ってくる学生を、身を乗り出すようにして凝視している。

 そこへ、田原総一郎のような表情をした学生が、リクルートスーツを着て入ってくるのです。

 面接官は、糾弾される政治家のような気分になるのかも。

 その第一印象で、その学生を採用するかどうかかなりの部分左右されると思います。

 ここで、お約束の多湖輝氏の心理学の実践書シリーズには次のような記述があります。


● 知り合った瞬間に持つ印象が、この先近づきたいか距離を置きたいかを決する。とくに相手の受ける第一印象から判断するのに要する時間は、長くても10秒間。

 だから最初の10秒間こそ、笑顔で好印象を与えるのが勝負なのですね~。

 10秒というのは、面接の部屋に入って、名前を名乗り、面接官の前に腰掛けるまででしょうか。

 そのときの表情を中心とする第一印象がとても重要。

 また面接の冒頭で、笑顔ではきはきと好印象を与えられれば、そのあとの面接でもそのときの印象が持続します。

 その点で、私の二つ目の失敗は、あまりにも堅苦しく若さの感じられないネクタイをしていったことです。

 デパートで買ったので値段は高かったのですが、少し黒みかがった無地のえんじ。

 そういえば、デパートの店員さんも、あまりいい顔はしていませんでした。

 これはちょっと…、と反対しようかどうか、店員さんが迷っていた様子がありましたっけ。

 でも、マスコミやファッション業界ではないんだし、お堅い金融機関を受けるのだからと、とにかく無難すぎる選択基準で選んだのです。

 二十うん年後、そのネクタイをたんすから出して見たのですが、これは中年というよりご高齢の方がすると似合いそうなネクタイ。

 これでは若さがないと思われても仕方ない。

 でも当時の若かった自分にはそれがわからなかった。

 代々木公園へ友人と遊びに行った次の日の会社訪問で、180度方針を改めました。

 スーツは紺色のリクルートタイプでしたが、ネクタイは少し赤みがかった派手目の柄。

 そして何より最初が肝心と、明るく元気な笑顔で面接の場へ入っていきました。


 結果は、今までの不振が嘘のように内定が続出。

 もう就職活動が終盤戦にかかっていたにもかかわらず、最終の会社説明会で某銀行から内定をもらうことができました。

 あとで聞いたのですが、最終日だったので受験者87名中、内定をもらったのは2人だけだったとか。

 面接といっても、当然評価するのは人間です。

 ほんのちょっとポイントを変えるだけで、こんなに結果が違ってきてしまうんですね。


 今思うと、昭和56年の10月は、今までの人生でもっともしんどい1ヶ月間でした。

 なにせ、1ヶ月で体重が5キロも減ったのです。拘置所に入っていたホリエモンより早い減量ペース。

 買ったばかりの革靴がボロボロになるくらい東京、神奈川、埼玉、千葉を歩き回りました。

 面接官を中心に、どれくらいの人と会って話をしたか多すぎて記憶にない。おそらく数百人の社会人と会って話をしたでしょうね。

 今考えると、その地獄の苦しみのような1ヶ月が、自分にとってすごくプラスになったのではないかと思うのです。

 まず、世の中の大まかな仕組みがわかったということ。企業社会の本音と建前の使い分け、また自分でお金を稼いで生きてゆくことの厳しさ。

 それから、自然と営業力が身についたのではないかと思うんですよ。自分という商品を持って、いろんな会社、業界へ売り歩いたわけですから、それだけでも大きな経験とノウハウが身についたはず。

 親や学校のコネで、まったく苦労しないで就職した学生もいたのですが、やっぱり苦労して歩き回った経験があるのとないのとでは入社前に大きく差がつきます。

 オイラが新入社員のとき、面接試験のノウハウを生かして銀行の新人としての営業記録を更新できたのは、おそらくそのせいかもしれません。

 会社や家庭を訪問するとき、いつも面接にのぞむようなつもりで入っていきましたので。

 ちょっと、自慢が入ってしまいましたけど。


 ところで後日談。

 オイラが会社訪問で落ちた銀行や会社は、皆、その後のバブルの影響で倒産したり、吸収合併されたりしてしまいました。

 当時の人気企業ランクでは上位の企業ばかり。

 ひどい目にあわされた銀行や会社ほど、なくなってしまったような。

 そこの会社に入っていれば、当然、仕事以外の別な面で苦労を味わうことになったでしょう。

 今の状況とどっちがよかったのかわかりませんが、やっぱり「塞翁が馬」的なことはあるかもしれませんね。

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会社訪問にまつわるエトセトラ

 こんにちは。

 昨日は、雲ひとつないいいお天気で、気温もまさにベスト。

 久しぶりに、ウォーキングというか、遠くへハイキングへ行ったのですが、その話題はまた日をあらためて。

 
 先日、青山の出版社に顔を出してから、少し時間があったので、「表参道ヒルズ」へ行ったのですよ。

 表参道ヒルズへ行ったのは、恥ずかしながら昨日が初めてです。

 建築家安藤忠雄氏が手がけた斬新なデザインとコンセプトですか。

 建物自体は、六本木ヒルズやシオサイトを見慣れている目にはさほど大きさを感じない。

 エスカレーターは普通のビルより、狭くて急なくらい。

 特徴は、ビル全体が大きならせんスロープになっている点ですかね。

 通路が少し傾斜していて、その坂道にそっていろいろなテナントが並んでいる感じ。

 それにしても、ブランドショップばかりがどこまで行っても続いていて、貧乏人代表のオイラには、とても店に入る勇気がございませぬ。

 立ち飲みの屋台みたいなお店もあったのですが、そこさえも気後れしてしまう。

 原宿や表参道が、どんどんオイラから遠のいてゆく寂しさを感じてしまいました。

 これでも、小学校時代から、ひとりで原宿や表参道を歩いていたんですけどね~。

 どこで、人生の階段を踏み外してしまったのだろうと考えつつ、帰りに「ユニクロ」へ寄って癒されました。


 それはそうと、ここからが今日の本題。

 今の時期、オフィス街を歩いていたり、電車に乗ったりしていると、よくリクルートスーツを着た会社訪問の学生さんの姿を見かけます。

 今は春が、会社訪問の時期なのですね。

 オイラが会社訪問をした二十うん年前は、会社訪問の解禁日が十月一日と決められていました。

 いまより短期決戦でしたね。

 だから十月の早い時期に大手企業は内定が出て、ほとんど勝負が決定してしまう。

 十一月や十二月までリクルートスーツを着て、就職活動をしているのは悲惨と言われました。

 実は、オイラも就職活動に関しては、言葉にできないほど苦労した経験があるんですよ。

 なんというか、就職活動の一ヶ月で、人生観が変わるほどの経験を積んだといっていいかも。

 採用担当者の本音と建前の使い分け。

 ライバル企業を訪問させないようにしておいて、最後の最後で落とす。採用面接で全人格を否定する、など。

 それにもまして、最初のうち、面接試験をうける会社にすべて落ちてしまったのです。

 オイラは、銀行業界が第一志望でした。

 大学の成績はわりとよかったですし、業界の研究も一通りしていました。志望動機も、きちんと説明できました。

 それでも次から次に会社の面接に落ちる。

 仕方なく、他の業界もまわりました。

 それでも落ちる。

 まぁ、大手企業ばかりでしたが、わりとまわりの人たちから前評判が高く、きっと一流企業から真っ先に内定をもらうだろうと期待されていたオイラはかなりあせりました。

 どうして、自分ばっかり落ちるんだよう~!!! 

 別にオイラだけ不採用になっていたわけじゃないんですけどね。

 しかしですよ。

 それから二十うん年後、自分も採用面接の担当者の経験をし、もし当時のオイラを、今の自分が面接していたら、やっぱり落としただろうなぁ~と思ってしまうのです。

 でも落ち続けていた当時のオイラには、その理由がぜんぜん気がつかない。

 志望動機がいけなかったのだろうか。業界研究がまだまだ足りないのだろうか。

 どんどん自分のやってきたことに対して疑心暗鬼になってくる。

 理由は、もっと基本的なことだったんですけどねぇ。

 あまりにも単純なことなので、人生経験が少なかった当時のオイラにはわからなかったのかもしれません。

 しかし、おかげさまで、あるちょっとしたきっかけでヒントをもらい立ち直ることができたのです。

 
 就職活動中の日曜日、落ち続けていたオイラは暗く、自宅の布団にくるまって悶々と過ごしていました。

 そこへ大学時代の友人が電話をかけてきたのですよ。

 「内定もらった?」と聞くから、「まだ。全然駄目」とふてくされて答えました。

 電話をかけてきた本人は親のコネで大手企業から早々と内定をもらっているから、元気いっぱい。

 遊びに行こうと誘います。

「そんな気にならない」と断ろうと思ったのですが、自分と同じようにまだ内定のもらっていない友人も来るからと言われ、とりあえず行くことにしました。

 行ったのは、代々木公園です。

 電話をかけてきた彼と彼女、そして就職が決まらないあわれな学生が二人。

 合計4人でフリスビーをして遊びました。こんな単純なことですが、楽しくてすごい気分転換になりました。

 みんなでゲラゲラ笑いながら話し、食事をしてその日は帰りました。

 帰る電車の中で、ふと気づいたのが、今までの就職活動の失敗の理由。

 そのときは疑心暗鬼でしたが、次の日から再開した就職活動で実行に移すと、前の週とは様変わりして連戦連勝に転じたのです。

 ほんのちょっと心構えを変えただけなのに。

 ちょっと今日は長くなったので、この続きはまた次回書きます。

 ただあまり大したことじゃありませんので、期待しないでくださいね。

 今の学生さんは、「面接の達人」などで理論武装しているから、基本的なことはもう理解しているかもしれませんけど。

 でも、面接試験の担当者だったころ、逆の理由でうまく面接をすり抜け採用した学生がいて、あとでしまったと後悔したことがありました。

 こんな簡単なことが、面接試験にうまく通るテクニックかもしれません。

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「3」にまつわるエトセトラ

 こんにちは。

 昨日、「3」という数字をテーマにいろいろ書きました。

 実は、あれからずっと、「3」にまつわるエトセトラが頭の中でフラッシュバックしているのです。

 今日は、昨日の「普通の人が頭をよく見せるための法」の続きを書こうと思いましたが、急遽予定を変更してやお送りします。

 今、書かないと、これからずっと「3」という数字が頭の中でピコピコ点滅し続けるような気がするので。

 さて、昨日は「3」という数字に対して、以下のようなことを書きましたね。

  人間は誰でも、「3つ」という数字に、落ち着きを感じる心理作用がある。

 たとえば、1つではなんとなく寂しい。2つは座りが悪い。

 それが3つになると、「3つどもえ」になって、安定感を感じさせるのだ、と。

 私は歴史が好きなので、3という数字でまず思い出すのは、江戸時代の御三家。

 言うまでもなく、徳川家康の晩年の子供を、要地である尾張、紀伊、水戸に配置して幕藩体制を固めようとしたもの。

 ところが、何の本で読んだか忘れましたが、幕府は最初から御三家を作ろうという意識はなかったそうです。

 もちろん、家康の子供を大大名に取り立て、要地に配置するという考えはあったものの、別にそれが御三家である必要はなかった。

 将軍の秀忠は、家康の三男でしたが、その上に兄もいました。ほかにも子供はいたわけですからね。

 事実、最初は尾張義直と紀伊頼宣、そして家光の弟の駿河忠長が御三家と言われたそうです。

 確かに、皆官位は同じ大納言。石高も均衡している。釣り合いは取れますね。

 御三家といわれて、何の不思議もない。

 しかし、その後忠長が失脚した。それなら御二家になればいいのに、格下の中納言、水戸頼房が入って、御三家となった。

 やはり、2より3のほうがよかったからでしょうか。

 水戸家だけ、ワンランク下の評価なのに昇格した。

 上記の話は、記憶に残っていることを書いただけで間違っているかもしれません。どなたか詳しい方がいらっしゃれば、突っ込みを入れてください。

 ただ、どうしても、「3」という数字にこだわりたかったという気持ちはなんとなくわかります。

 時代は下って、御三家といえば、西郷輝彦、舟木一夫、橋幸夫。

 その前に、美空ひばり、江利チエミ、雪村いずみの三人娘も忘れちゃいけません。

 テレビで見たのですが、この頃は、3人セットで売り出すとヒットすると言われていたとか。

 ちょっと古いですか?

 それならば、西城秀樹、郷ひろみ、野口五郎の新御三家。

 …とくれば、

 森昌子、桜田淳子、山口百恵の花の中三トリオはどうでしょう。

 ええ、まだ古い?

 じゃあ、田原俊彦、近藤真彦、野村義男のたのきんトリオ。

 そうくるなら、シブがき隊や少年隊も出さねばなりませぬ。

 そういえば、伍代夏子、藤あや子、坂本冬美の女性美人演歌歌手の3人セットで売ったような。

 でも、香西かおりは入っていなかったっけ。

 ロック御三家といえば、ツイスト、原田真二、チャー。

 スケ番刑事の風間三姉妹。

 ううん、きりがない…。

 それはともかく、「3」という数字で売り出すメリットってありますよね。

 これは個人的見解なのですが、2人が人気でブレイクしているとき、あとの1人を入れて、3人で売り出せば2人の人気者に引っ張られてあとの1人も人気が出る。

 これは「花の中三トリオ」の山口百恵のケースですかね。最初は一番地味なイメージでした。ところが、東大生が支持したりして、あとはぶっちぎりの人気者になりました。

 なぜ東大生が支持したかというと、当時、3人の中で一番人気がなかったからだそうな。

 それから、1人や2人の人気が落ちても、3人のうち1人が頑張っていれば、「そういえば、3人組のあとのメンバーはどうしたかな」と思い出してもらえる。

 これは、たのきんの野村義男やシブがき隊の府川敏和が当てはまりますかね。

 おかげで、しっかりオイラの記憶に残っているのだから。

 当時、活躍していた芸能人もかなり忘れていると思いますが、3人セットで売り出した彼らの名前は、きっと忘れないでしょう。

 
 このトリオで売り出す理論を、ブログで活かすのも面白いかもしれませんね。

 たとえば、同じテーマや同じくらいのアクセス数の人と組んで、3人で売り出す。

 それぞれ少し個性が違っていた方が面白いかも。

 たとえば、美人看護師御三家とか。

 若手税理士、あるいは若手行政書士アイドル御三家。

 オヤジ御三家は嫌だなあ。

 
 最後に、やっぱり「3」と言えば、やっぱしこれでしょう。

 これがやりたいばかりに、ここまで書いてきたのだから。

実は、昨日からずっとこの唄が耳の中で鳴り響いているのです。

 ♪ラリホー ラリホー ラリルレロ~♪ラリホー ラリホー ラリルレロ

 コイルはデブっちょボヨヨンのヨン

 フリーは気取ってスイスイスイ

 マイトの出番だバラッバラッバラッ

 スーパースリーは諜報部員、世界の為ならエンヤトットどっこいしょ

  
  懐かしのテレビアニメ、スーパースリーのテーマでした。

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東京モーターショーをゆく (トヨタ、日産編)

 こんにちは。

 今日はいい天気ですね。

 昨日歩き続けて疲れているのに、また、日中は取引先を訪問していました。今月は、最先端医療の現場レポートも書かなければいけないし、忙しくなりそうです。

 ところで、おととい中途半端になってしまった記事をはやく書かなければ、東京モーターショーが終わってしまう。

 11月6日(日)までですよね。

 それではさっそく、おとといの続きから。

 日産の忘れてはならない注目のコンセプトカーは、PIVO(ピボ)という車です。

 一番の特徴は、キャビンの向きが前後に変わること。

 つまり運転席がぐるっと180度回転して、前が後ろに、後ろが前に変わることができる。

 ボンドカーみたいな発想ですね。そういえば昔、こんな車があったら面白いとふざけて友達と話したことがあります。

 まさかホントに実現できてしまうとは思いませんでした。

 下のプラットホームの上に大き目のボールが載っていて、それが回転できるという形なのでしょうが、技術的にはとても難しそうに見えます。

 キャビンの位置をプラットホームと直角にもできるから、その形を真横から眺めると、福助がお辞儀をしているよう。

 上でまわるキャビンの下部に目盛りがついているから、いろんな角度で止まることができるのでしょうか。

 ホントは、写真でご紹介できればよかったのですが、すごい人だかりで、最前列はカメラ小僧オヤジに独占されていました。

 だからいいアングルで写真が撮れなかったのです。

 カメラ小僧たちはいいアングルで、コンパニオンのおねーさんをバシバシ撮っていたのですが…。

 それはともかく、この車が街で、キャビンをクルクル回していたら注目を集めると思いました。

 どうしょうもないくらい狭い道の先端にある駐車場でも、この車なら車庫入れが簡単にできそう。

 入れることさえできれば、くるっとキャビンをまわして後ろが前になる。

 運転席をはさむように斜め後方に2つの助手席があるというシート形状も面白い。

 三角関係の男女がドライブへ行くとき、誰が助手席にすわるかでもめる心配がありません。

 さて、最後にトヨタのブース。

 ここのカラーコンセプトは、白ですか。

 個人的には、「2001年宇宙の旅」の宇宙船のようなイメージをうけました。(あくまで個人的意見ですよ)

 ここは、そうですね。ホンダが赤でチャレンジ精神をアピールしている「動」に対し、王者の貫禄の「静」ですかね。

 ここも階段で2階にあがれるスペースがあるのですが、全体として統一感といったものは感じられない。

 未来的なイメージの展示場を作っていますが、展示の仕方は晴海会場時代を髣髴とさせるところもある。

 新車を載せた台の上で、コンパニオンがニコニコ笑いながら立っている構図はまさにそれですな。

 王者トヨタにしては、少し守勢にまわったかな、という感じ。

 多少ほっとする側面もありますが…。

 それはともかく、トヨタにも日産の「PIVO(ピボ)」と同じような発想のコンセプトカーが展示されていました。

「Fine-X」という車です。

 両社とも、コンセプトカーのコンセプトは、狭い場所でも駐車が簡単というところにあるのでしょうか。

 実際、都会では車を止める場所を探すのに一苦労しますから、ドライバーのニーズに合っている。

 日産は運転席のコックピットがぐるっと回転するのに対し、トヨタは車輪の動き方の固定観念を破ったというところが新しい。

 ところでこの車。

 見た目は普通のコンパクトカーなんですよ。

 ところが、デモンストレーションで奇怪な動き方をしたとき、観客から「おお…」というどよめきが聞こえました。

 なんと説明したらいいのかな。これは見たほうがわかりやすい。

 ちょうどフィギアスケートの選手が、後ろ向きに滑るような格好といったらいいか…。

 だからその場で、スケートみたいに車がクルクル回転することも可能。

 の動きができれば、縦列駐車のときに切り返しが一切いらなくなる。従って、車の全長分のスペースが開いていれば、路肩に車を止められるのでしょうね。

 なぜそんな奇妙な動きができるかというと、4つの車輪のホイール内にそれぞれ電動モーターを内蔵したからとか。

 電気自動車でなければできない動きですね。

 面白さと発想の豊かさは日産ですが、実際公道で威力を発揮しそうなのは、「Fine-X」のほうかな。

 でもまだどちらが力を発揮するかわかりませんよ。

 2年後のモーターショーでの両社のガチンコ対決が楽しみです。

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東京モーターショーをゆく (ホンダ、日産編)

 こんにちは。

 昨日は、モーターショーの紹介記事といっておきながら、カメラオタクの話題で終わってしまい失礼しました。

 さて、今日はいよいよ展示されている車の紹介です。

 …と、言ってもね~、最近の車はあまり知らないんですよ。仕事で行ったのは、各社のプレゼンの仕方を見るためだったので。

 昭和40年代の車は異常に詳しいんですけどね。

 当時は小学生だったのですが、ガイドブックの説明書きを夜寝る前に見て、それから眠りました。

 まさに、先日紹介した効果的な記憶法そのまま。

 おかげで今でも、当時の車の最高速度や馬力、価格はある程度覚えています。(←なんと、役にたたない知識!)

 それはともかく、最初に見学したホンダのブースから。

 ホンダは、展示会場の作り方がうまい!!と、一目見て思いました。

 赤を基調として、近未来のガソリンスタンドといったイメージ。(これは個人的意見ですが)2階をシアターにして、前面は階段、後方はスロープで登れるようになっている。

 その前の広いスペースを先進技術ゾーン、モータースポーツゾーン、コンセプトカーゾーンに分け、開いたスペースに福祉車両や人気の車種を置いて自由に触れられるようになっているのですな。

 全体のイメージが統一されているから、気軽にガソリンスタンドに寄るような感じ。

 きっとお客さんの動線が計算されているのだと思いますよ。

 しかし何といっても、注目すべきはプレゼンテーション。

 一定の時間ごとに、床の間の位置に当たるコンセプトカーゾーンで、ショー形式で行われるのです。

 他のブースでも、こういう形で行われていましたが、ホンダはとびきり完成度が高い。

 イケメンの男性とラバースーツを着こなした女性、カジュアルウェアの女性コンパニオン、合計5名が入れ替わり立ち代り現れて、コンセプトカーのプレゼンをするのですよ。

 迫力ある音響と後方の可動式スクリーン、プレゼンターの動きが一体となって、テーマパークのアトラクションを見ているよう。

 その中で印象に残ったのは、愛犬と一緒にドライブできるのをコンセプトにした「WOW CONCEPT」という車。

 助手席の前や後部座席の前にも愛犬の乗るスペースが用意されているとか。

 プレゼンでは実際に、チワワが登場して盛り上げました。

 こういうニッチなニーズに気づくところがいかにもホンダらしい。

 次に行ったのはトヨタのブースですが、構成上、日産を先にご紹介します。

 ここは注目すべき車があるのでした。

 スカイライン GTR PROTO。

 円形ステージのように作られた日産のブース。それを取り巻くように作られた2階からは、手すりごしに下の喧騒を見下ろすことができます。

 そして円形ステージのど真ん中に鎮座しているのが、スカイライン GTR PROTO。

 よほどメーカーとしても力を入れているのでしょうね。一定の時間ごとに会場に雷鳴がとどろき、下の台から煙が噴出します。

 そこまでやるか、といった感じ。まるでビッグバン・ベイダーの登場シーンですな。

 ボーッと突っ立って見ていたら、係員から前へ詰めてくださいと注意されました。

 だからひねくれて言うわけじゃありませんが、このフロントグリルってかっこいいのかなぁ。

 隣に展示してある「フォーリア」も、昔に比べずんぐりした形をしていますよね。

 昔は、車高が低い流線型がかっこいいという定番のイメージでしたが。

 スポーツカーじゃなくても、70年代のセリカ。80年代のシルビアのほうがカッコよかった気がする。

 居住性は悪かったですけどね。

 でも、やはり究極のカーデザインは、マッハGOGOGOの「マッハ号」ですな。

 あの車以上にかっこいい車のデザインは生まれてからお目にかかっておりませぬ。

 それはともかく、日産にはもうひとつ忘れてはならない注目のコンセプトカーがありました。

 もうおわかりですよね。

 次回は、その車とトヨタのブースもご紹介します。

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東京モーターショーをゆく

 こんにちは。
 
 今日は、おととい行った東京モーターショーのことを書きたいと思います。

 でも、いろいろな人がもうすでに、モーターショーについての記事をブログに書かれていますね。

 独自の視点で書かれた興味深い記事が数多くあって、楽しめました。専門家の文章は安心して読めますが、やはりインパクトはオタク的視点の素人が一枚上。

 だからオイラも…と思ったのですが、車はそれほど詳しくない。

 仕方ないからまた昭和的視点と、文化人類学的視点で行くしかありませぬ。

 ところでモーターショーは、昔、東京の晴海ふ頭で行われていましたね。私は子供の頃、よく連れて行ってもらったものです。

 自宅から車で行くと、あのかちどき橋を渡るのですよ。運悪くというか、運良くというか、橋の途中にある信号が赤に変わる。

 すると、上からスルスルと遮断機のようなものが降りてくる。橋の上ですよ。

 そしてサイレンが鳴り、目の前の道路が持ち上がり、壁のようになって前方の視界をふさぐ。

 かちどき橋はご存知のように、全長約250mのうち、両側22mが跳ね上がり、下の隅田川 を大型船も通行できる「跳ね橋」です。

 最後に開いたのが昭和43年だから、もう37年間も跳ね上がってないわけですか。

 それはともかく、晴海のモーターショーでは一部の車を除いて、販売店のショールームのように新車を並べてあるだけといった感じでした。

 でも当時としては斬新なデザインの展示場と生まれて始めて食べたバイキング形式の食堂がすごく珍しかったですね。

 子供のクセに、ビールのつまみとして出されていた枝豆の皿を何皿も取ったのを覚えています。

 さて、おとといの幕張メッセの「東京モーターショー」。

 晴海の会場も広かったけど、やはり迫力が違います。

 私は仕事の関係もあったのですが、国産車メーカーのブースを中心に見学しました。生涯、ベンツやBMWは、おそらくオイラにとって無縁の存在でしょうから、それは悪くない選択。

 金曜日は平日でしたが、結構混んでいましたよ。でも、受け皿が大きいから、見学するのに支障をきたすというほどではありません。

 やはり来場者は男性が多いですね。もっと若い人が多いと思っていたのですが、意外と中高年男性が多かったです。

 カジュアルな服装をしている人たちは皆、カメラを首にぶら下げている人が多い。

 熱心なカーマニアなんでしょうね。話題の新車を写真に撮りまくっていました。

 すごい人だかりができているところがあったので、行ってみました。皆、一点にカメラを向け、バシャバシャ、シャッターを押している。

 おお、今話題のハイブリッドコンセプトカーじゃん。

 人ごみの後ろから伸び上がって前を見ました。

 全然、前が見えない。175センチでも、駄目。カーオタクは背が高いのか?

 オイラの前の人が数人、デジカメを頭の上に伸ばし、裏の液晶画面を見ながら写真を撮っていました。

 なにげにその液晶画面を覗いてみて、あ然。

 映ってい