一億円の札束と市谷 ウォーキングストーリー

 こんにちは。

 またまた口内炎ができて痛いっす。

 以前は、口の中を全力で噛んで血が出て、そこから口内炎に移行するタイプが多かったのですよ。

 口の中をよく噛むのは、太ったときにそうなると聞きました。口の中に脂肪がついて狭くなるからだそうな。

 そこでダイエットして、標準体重を下回るようになったら、口の中を噛むという悲劇は確かになくなりました。

 でも相変わらず、数ヶ月に一度は口内炎になる。

 よくストレスがたまると口内炎になると言われますが、ホントですかね。

 確かに、ウォーキングへ行くと良くなるのですが…。 

 
 …ということで、口内炎の改善のため、前回のお散歩ネタの続きから。

 神楽坂の代名詞ともなっている石畳の狭い路地を抜け、大久保通りに出ると巨大なビルが…。

 おお、ここは大手ゼネコンの熊谷組の本社ビルっすか。

 熊谷組とは個人的にも会社的にも関係はないのですが、なぜか子供の頃に見たインパクトのある映像が今でも記憶に残っています。

 それは熊谷組が都市対抗野球に出たときの応援風景。

 その後、かなり長く生きていて、プロ野球や大学野球をはじめいろいろな球場へ足を運んでことがありますけど、あんなすごい応援を見たことがない。

 当時は、東京ドームができる前で、屋外の後楽園球場でした。

 親戚の知り合いが熊谷組に勤めていて、入場券をもらって友人と見に行ったのだと思います。

 都市対抗野球の決勝で、応援席がすごい盛り上がり。

 野球の応援といえば、チアガールと応援団が定番ですよね。

 熊谷組のチアガールは普通の衣装だったのですが、男の応援団はヘルメットをかぶり、土木作業員のコスチーム。足はもちろん地下足袋。

 そして、つるはしやスコップを持って、チアガールと踊りまくる。

 中には、日に焼けて、つるはしを振り下ろす腰がすわっていて、とても素人には見えない人たちも何人かおりました。

 真夏の試合だったので、筋肉質のおっさんから飛び散る汗が球場のライトに照らされてキラキラ光ります。

 そのまま後楽園球場の改修工事に取り組めそう。

 試合よりも、おっさんたちの勇姿に目が釘付けっす。

 でも、最終回に逆転されて負けてしまったのでした。

 相手チームの優勝決定の瞬間、グラウンドに投げるために渡された紙テープを握り締め、悔し涙にくれたのでした。

 その後、野球部が解散したと聞いたのですが、今はどうなのでしょうね。

 せめて、あの応援風景をもう一度見たいものじゃと思いつつ、熊谷組の本社ビルの前にある小高い丘の階段を上りました。

 丘の頂上にあるのが、筑土八幡神社。

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 土で築くという名前から、土塁をイメージしてしまいます。

 ここも城跡の名残かも、と思いましたが、筑紫宇佐の八幡宮の土を取りよせて基礎を作ったことに由来するという説があるそうですね。

 神社の境内には、「田村虎蔵先生をたたえる碑」がありました。

 いかめしい名前の雰囲気から一瞬引いてしまいましたが、

 まさかりかついで きんたろう くまにまたがり おうまのけいこ ハイシイドウドウ ハイドウドウ ハイシイドウドウ

 という「金太郎」の歌を作曲した人だと知って、急に親近感がわいてきました。

 参拝したあと、境内の裏手から出て、御殿坂を下る角を右折し、道なりに進みます。

 けやきの大木のある白銀公園で一休みしたあと、近くの赤城神社へ向かいました。

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 牛込城主であった牛込氏は、元は群馬県赤城山麓の豪族大胡氏だったそうですから、この地にも赤城の関連のある神社があるのでしょうか。

 赤城というだけあって、参道には赤い燈籠が並び、社殿も鮮やかな朱色が目にまぶしい。

 本家の赤城山も、やはり赤のイメージがする山なのだろうかとまだ行ったことのない山に思いをはせます。

 赤城神社から早稲田通りを経て、朝日坂を上りました。この辺りは、横寺町というだけあってお寺が多い。

 江戸の香り漂うと言いたいところですが、一見なんの変哲もない住宅街を歩いてゆくと、民家の細い路地に解説板があるのを見つけました。

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 見ると、尾崎紅葉旧宅跡ですと。

 尾崎紅葉といえば、寛一お宮の「金色夜叉」で一世を風靡した作家ですが、気をつけていないと通り過ぎてしまうような場所に住んでいたのですね。

 でも、紅葉は30歳代の若さで亡くなり、この地に住んだのは25歳のときだったとか。

 20歳代で多くの弟子を抱えていたのに驚きましたが、この小さな家で玄関番をしていたのが、若き日の泉鏡花だったというのにはさらにびっくり。

 泉鏡花賞など権威のある賞もあるくらいの文豪ですから、若い頃から注目されてちやほやされているような印象でした。

 でも、金沢から十代で上京し、友人たちと同居しながら六回も下宿を引越したとか。

 そのあと、紅葉の家で書生をしながら、文章を磨いていったのですね。

 今でこそ、紅葉や鏡花は国語の教科書には欠かせない大人物ですが、この地にいたときは、20歳代の作家と10代の書生。

 今のオイラより年下だった二人は、どんな青春を送ったのかいろいろイメージは膨らみました。

 あまり長い時間狭い路地に立っていると、不審者と間違われそうなので次の目的地へ向かいます。

 そのまま道を直進すると、公園のそばにコンクリートの塀で囲まれた一画がありました。

 門が閉まっていて中に入れないのですが、上から覗くと古いお墓が並んでいる。

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 また解説板を読むと、ここは「林氏墓地」だとか。

 林氏といえば、林羅山が徳川家康にお目見えし、その後代々儒学をもって幕府に仕えた家というくらいの認識。

 そういえば、江戸幕府の学問所だった昌平坂学問所の前身は林氏の私塾だったそうですね。

 東大のルーツをたどると昌平坂学問所に行き着くそうだから、そのまたルーツは林羅山が作った私塾になるのでしょうか。

 湯島聖堂に合格祈願へ行く前に、ここへお参りするのもご利益あるかも、と思いました。

 誰もお参りしていないから、ご利益の競争率は低そうだし…。

 もっとも、扉が閉まっていて中には入れないのでした。

 住宅街のラビリンスをくぐり抜け、たどり着いたのは泉鏡花旧宅跡。

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 紅葉の玄関番から出世して、とうとう一軒家に住むことができたのですね。

 でも、一年くらいで引越してしまったそうですが、鏡花の生涯をたどっているような気分になりました。

 この辺りは古い町で、江戸、明治の史跡がたくさん残っておりまするな。

 坂をくだったところにあるのが、浄輪寺。

 ここには、先週、数学の不得意なオイラを落ち込ませた関孝和先生のお墓がありました。

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 ここへお参りすると、数学の不得意な人は大宰府や湯島天神より専門性があるからご利益があるかも、と思ったりして…。
 
 隣の多聞院には、新劇の大女優、松井須磨子の墓が。

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 ずっと昔、NHKの朝のドラマで見たことがありますが、文芸評論家であり演出家であった島村抱月のあとを追って自殺したそうですね。

 享年34歳。若くして亡くなってしまう俳優さんは、強烈なイメージとともに名前が残るのですな。

 そしてオイラが最後にむかったのが、「お札と切手の博物館」。

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 ソフトな名前がつけられていますが、正式には財務省印刷局記念館というらしい。

 子供時代、切手の収集が流行っていましたが、あまり興味はなかったです。

 反面、お札には今も昔も大きな興味を寄せていますけど、なかなかうまく収集できないっす。

 古いお金じゃなくて、出来立てのお金でもいいんですけどね。

 そんな思いが通じたのか、館内にはなんとモノホンの一億円が…。

 一億円の札束を持って重さを体験できるコーナーがあるのですね~。

 その重さを実感してもらおうという意図なのだと思いますが、思ったより軽いような。

 銀行員時代、聖徳太子の札束三億円をタクシーで運んだことがあったのでした。

 現金バッグが肩に食い込んで、そのときはお金なんか嫌いじゃ~と叫びたくなりましたね。

 今、貧乏なのは、そのときの心の叫びが神様に届いてしまったのではないか、と…。

 ほかに興味を覚えたのは、顕微鏡を使ってお札に入っている「マイクロ文字」が見られるコーナー。

 ここにはサンプルのお札はなくて、自分の財布から出さねばならない。

 財布から大枚一万円札を出して顕微鏡で見てみると、一本の細い線に見えたのが超細かい文字だというのがわかりました。

 「NIPPON GINKO」の文字は、どんなに近眼の人でも見ることはできないでしょう。

 さすがに印刷技術の粋を集めてお札が作られているだけあって、偽札防止の対策がいろいろ施されているのですね。

 オイラの持っているお札はおかげさまで偽札ではないということが証明できました。

 ホログラムやすかし、凸版印刷など、お札一枚でも技術の高さが実感できます。

 ほかにも、日本のお札や切手の歴史をたどるコーナーや世界各国のお札や切手。

 お札や切手を芸術の視点で触れられるコーナーもありました。

 それにしても、現在の一万円の肖像が、KO大学の創立者の福沢諭吉なのは異論がありますな。

 今日はたまたま一万円札が財布に入っていましたけど、いつもはなるべく福沢諭吉のお札は財布に入れないようにしています。 

 やっぱし、尊敬する野口英世の千円札がオイラのメイン紙幣なのだと…。 ← たんに貧乏なだけ?

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社会保険庁と新銀行東京から官僚的体質について考える with 脳卒中のリハビリの目的って何? 医師と女子高生の会話から

 こんにちは。

 いよいよゴールデンウィークも本番ですね。

 あまのじゃくのオイラは、大型連休になると硬めのネタを書きたくなりまする。あまりゆっくり休めないから、その腹いせもあったりして。

 遠くへ旅行に行きたいよう。


 それはともかく、「ねんきん特別便」の衝撃から、約一ヶ月。

 速攻で返信したものの、思った通り、あれから何も言ってこないっす。

 自分の年金記録を調べるのにも、年金手帳を出したり、支払い年月日を調べたり、わかりにくい提出書類の説明文を読んだり、書類を埋めたりとかなり労力を使いました。

 うぬぬ、それなのにオイラの年金記録は、大量の苦情と情報にまぎれて、再び海底奥深く沈んでゆくのではないかと懸念する今日この頃。

 大昔、ブログのビジネスネタで、苦情があったときの対応方法でピンチをチャンスに変えられる可能性があると書いた記憶があります。

「ねんきん特別便」を出したあとの対応がまさにそれではないか、と…。

 ハガキ一枚でいいんですけどね。

 たとえば…。

 「お忙しい中、年金記録の修正作業にご協力いただき、どうもありがとうございました。お送りいただいた資料は、早急に事務手続きに入らせていただく所存です。○月○日までに、ご回答できますよう職員一同、全力で頑張ってまいります。誠に恐縮ですが、いましばらくお時間をいただけましたら幸いです」

 …とか。

 こんなハガキが、返信して3日後くらいに来れば、喜びはしないけれども、今までとは取り組み姿勢が少しは違うな、くらいには思うかも。

 ハガキを出すコストの何倍かの心理的効果があるのではないかとは思うんですけど…。

 社会保険庁は、そんな最後と言ってもいい挽回のチャンスをみすみす逃してしまった。

 これは本来、「ねんきん特別便」を出そうという発想が生まれたとき、セットで考えつかなければいけないもの。

 サービス業だったら、当たり前のことなんですけどね。

 もっとも、期限を切ったら、また舛添大臣の首を絞めることになるのでしょうが…。

 ネットで買い物をしたときは、くどいくらいに商品の送付についての報告を顧客に送ります。

 少しでも顧客の心理的な不安を解消させようとするとともに、信頼感を持ってもらおうという方策でもある。

 これだけでも、お役所にはサービス業としての発想が欠落しているのではないかと思ったりします。
 
 
 ところで、以前ほどではありませんが、「新銀行東京」のニュースが相変わらず、新聞やテレビで取り上げられていますね。

 ずっと前のブログに「新銀行東京について考える」という記事をアップしたことがありました。

 最近また、ページビューが増えているみたい。

 そのときは、新銀行東京のコンセプトに対して好意的なことを書いたのですが、ご存知の通り結果は、こんなになってしまいましたぁぁぁぁぁぁぁ~

 確か、無担保・無保証融資が新銀行東京の売り文句でした。

 将来性は存分にあるけれど、資金と信用が不足している新興企業にタイムリーな形で融資できれば面白い存在になると思ったのですが…。

 やっぱり、理想と現実は交わりそうになったものの、交差したまま急カーブを描いて離れていってしまったのでしょうか。

 新聞記事を読むと、新銀行東京はまず「融資ありき」だったみたいですね。自分も融資係の経験があるのですが、「積極融資方針」が鮮明になっていると、企業の本質が見えなくなりがち。

 あぱたもえくぼに見えてくると言いますか。

 一般の銀行は、今も、土地や建物を担保にとった融資を取るケースが多いと企業経営者から批判を集めています。ただ経験上、有担保付の融資のほうが企業は発展しているところが多いみたい。

 やはり、背水の陣といいますか、企業経営者にとって「帝国の興廃はこの一戦にあり」と日本海海戦に向かう連合艦隊の気分になるからかも。

 ただ、誰もがこんな大勝負を挑んでも構わないとは思いませぬ。

 かく言うオイラも、借金をして勝負を挑む勇気が無いばかりに、いつまでたっても低空飛行を余儀なくされておりまする。

 リスクを伴わないで、お金を使った勝負がしたいと何度思ったことか。

 そんなとき、企業の将来性を見極めて、無担保無保証でお金を貸してくれる銀行ができたというのは、ほんの一時的ですが、魅力的に映ったのです。

 でも、やはりというか、当然というか、残念な結果になってしまいました。

 企業の将来性を見極める、というのは、理想としては素晴らしいコンセプトですが、占いのように神がかり的な発想で、そんなことができる銀行員がいるのかどうか。

 経営分析というのは、過去の数字に対してのもの。その過去の数字を徹底的に分析して企業の未来を予想する。その経験上の蓄積で、ある程度リスクの少ない融資を一般の銀行は行ってきたのだと思います。

 それをすっ飛ばして、イケイケでお金を貸していたら、結果は落ち着くところに落ち着いたのかも。

 長い実績と経験を持つ銀行でさえ、たたらを踏む領域へ、新銀行東京は裸足で入ってしまったのですね。

 それができたのは、半官半民の組織だったからとしか考えようがない。

 もし何かあっても、助けてくれる場所がある、と…。

 
 オイラは就職のとき、半官半民の組織の会社訪問に行ったことがあります。

 そのとき聞いた話を今でも覚えていますね。

 人事担当者は次のように話しました。

 「うちは、はっきり言って仕事は楽です。将来も組織がなくなる心配は無い。トップや幹部は、お役所から人が来ますが、頑張れば部長くらいは可能です。それに、残業も年間、2~3日くらいあるかどうか。それになんと言っても、給料がいいです。一流企業より多少少ないですが、時給に換算したら倍くらいは違うと思いますよ。ただバリバリ仕事をしたい人は、仕事に物足りなさを感じるかもしれませんね。」

 とても魅力的に条件には見えますけど、入ったとたん定年までの人生が決まってしまう。それどころか、定年後の人生まで決まってしまうのではないか。

 若い頃から、自分の老後の姿まで予想できてしまう人生って果たして面白いのだろうか。

 それでバスしたのですが、今ならラッキー♪と思うかも。

 5時ぴったりに帰って、そこそこ以上の給料がもらえるなんて最高っす。
 
 さすがに今は、そこまで楽ではないと信じますけど…。

 その選択は、その人の価値観だからどうこういうつもりはありませんが、そんなネガティブな気持ちで仕事に取り組まれてはたまらない。

 その人の人生には関係なくても、その人が取り組む仕事に我々は大きく関係していますから。

 半官半民の組織には、少なくない税金が投入されていますからね。

 新銀行東京の追加出資に関しては、モロにあてはまる。

 公務員が必要ないとは思いませんけど、オイラが会社訪問した20数年前から、基本的に公務員の仕事に対するネガティブな体質はあまり変わっていないのではないか。

 オイラの友人たちも公務員になった人は少なくないですが、バリバリ仕事をしづらい雰囲気は職場にあるようです。

 職場の「和」というスローガンの下に、自分より目立った成果をあげさせない上司や先輩が少なくないという話も聞きました。

 民間企業だったら、成果が上がらないと自分の首が危うくなるのに対して、成果があがらなくても安定した身分と収入が約束されているのですな。

 そんなことを言ったら、公務員の友人から、職場の「和」という点ですごいストレスがかかると反論されましたが…。

 公務員の職場でも、ストレスの負荷のかかっている人とそうじゃない人はいるのでしょうね。

 ただ民間企業よりは、ストレスのかからない比率は高いかも。

 しかし、あまり生活が安定して、生活が楽すぎても、脳の活性化には結びつかないようです。

 筋肉が重いものを持ったりして、常に負荷をかけないと、減り続けてゆくのと同じ。

 不況の荒波にもまれ、立ち向かっている中小企業の経営者は、70歳を越えても皆若いです。

 公務員さんたちも、もう少し負荷をかけて仕事に取り組んでくれたらと考える今日この頃です。


 前ふりが長くなりましたが、今日は、ブログのほうの「脳の病気シリーズ」。

 前回は「脳卒中の後遺症のリハビリ」という話題を取り上げました。

 今日が初めての方は、「心と体」の体のカテゴリにある前回、前々回の記事をお読みいただければ幸いです。

 
 今日はその続きです。
 
 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。

 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。 
 
 今回は、脳卒中のリハビリの目的が話題になります。

 

< 脳卒中のリハビリの目的って何? >


● AYAちゃん「百パーセント元気だった頃の体に戻ろうとすると、今の体とのギャップに苦しんでしまいますね」


 そうだね。この場合、リハビリの限界を冷静に受け止めることが必要になってくる。『できないこと』についてくよくよ悩んだりせず、『できること』に目を向けて新しい生活を切り開いていく気持ちの切り替えが必要だね。


● AYAちゃん「本人にとっては大変なことかもしれないけど、ポジティブに気持ちを切り替えて頑張っている障害者の人たちも多いですからね。ところで、先生。もしリハビリをしなかったらどうなっちゃうんですか?」


 寝たままで手足や体を動かさないでいると、手足の関節が動かなくなったり、筋肉や骨が萎縮したり、床ずれがおきたりするんだ。また運動不足にもなって、心臓や肺の働きが弱くなり体力が低下する。


● AYAちゃん「まさに寝たきりになってしまうんだ」


 だからリハビリは、容態が安定したらできるだけ早く始めたほうが良いんだ。早めにリハビリを始めると、障害を受けた脳の機能を修復することができるんだよ。


● AYAちゃん「えっ!? 一度死んだ脳細胞って、生き返らないんじゃないんですか?」


 もちろんそうだけど、リハビリで手足を動かすことによって脳によい刺激を与え、新しいネットワークが作られるんだ。その場合、死んでしまった部分のまわりの脳が、その代役を果たすんだよ。脳卒中が起きたばかりの頃って、死んだ部分のまわりの脳細胞にも手足が自由に動いていたときの記憶がまだ鮮明に残っているからね。

 それを忘れないうちにリハビリを行い、まひしていることを認めさせなければ、まわりの脳細胞が晴れて代役としてスポットライトを浴びることができるんだ。


● AYAちゃん「へー、これはすごい。するとリハビリは、舞台のプロデューサーか演出家になるのかな。主役が倒れたらすぐ演出家が代役を立て、早くから猛烈な稽古で台詞や演技を覚えこませて興行に穴を開けないことってたまにありますよね」


 それからリハビリをしないと、回復したときの動作に変なクセがついてしまうことがよくあるんだ。


● AYAちゃん「どんなクセがついてしまうんですか?」


 たとえば、膝だけ伸ばそうとしても一緒に股や足首も伸びてしまうとか、肘だけ曲げたくても一緒に手首が曲がり指を握ってしまうとか、だね。


● AYAちゃん「自分が思っているのとは違う動き方をしてしまうんですね」


 そう。これらは脳とせき髄の障害でおきることが多いんだ。これらの動きを抑えて、自分の思った通りの動きをいかに取り戻すかが脳卒中のリハビリにとって大切なことだよ。リハビリはその後の人生の生活の質を高めて、よりよく生きるというのが大きな目標だからね。


● AYAちゃん「なるほど。健康だった頃の体にできるだけ戻せれば、元の生活に近づけますね。リハビリの大切さはよくわかりましたけど、リハビリって具体的にどんなことをするんですか?」

  (約1ヵ月後に続きます)

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太平洋戦争は、どうして止められなかったのか

 こんにちは。

 巷ではお盆休みですね。

 この時期になると、テレビや新聞では、かつての戦争の話題が取り上げられます。

 特に今年は、戦後60年の節目の年。昨日もNHKで、戦後60年企画ドラマが放映されていましたよね。

 ドラマがあるなら、戦後60年企画ブログがあってもいいのではないか。

 という勝手な思い込みで、8月15日まで3回にわたって、戦後60年のスペシャルブログをお送りしようと思います。

 その企画を思いついたのは、やはりこの人の本を読んだからでした。  

それは、司馬遼太郎の「この国のかたち」。「テゲ」の一件のあともずっと読み続けていますよ。

仕事のほかにブログを書いたり、池波正太郎の「真田太平記」にはまったりして、なかなか前には進まないけれど、いろいろ考えさせられることが多い本です。

先日、第四巻の92ページの「別国」から145ページの「統帥権(四)」まで読んだとき、昔からの疑問が氷解するような気がしました。

太平洋戦争向けて突き進む軍部に対して、なぜ法的に中止させることができなかったのかというテーマです。

もうすぐ終戦記念日がやってきますね。終戦とは、当然のことながら太平洋戦争のこと。

私はもちろん戦後世代ですし、終戦から十四年もたってから生まれたのですが、子供の頃の世の中は、まだ戦争を引きずっていたように思います。

嫌いな食べ物があってぐずっていると、大人たちは決まって戦争の話を持ち出し、「いくら食べたくても、食べられない時代があったんだぞ」と諭される。

私の祖父は、いつも癇癪を起こし、「のどが渇いた兵隊さんは、牛や馬の小便を飲んでのどの渇きを癒したのだ」と怒鳴りました。

子供の頃、戦争が生まれる前にあった実感させる出来事は、近くの不動尊の縁日のときだったと思います。

本堂にお参りして、長い石段を降りてゆくと階段の踊り場に白い着物を着た中年の男性が二人立っている。

一人は小さなアコーデオンを弾き、もう一人は鉦を鳴らしています。着物の裾から義足が見え、もう一人は、針金で作ったような義手。その先端が、絵本で見た海賊のフック船長のようになっていたのを今でも覚えています。

二人は、楽器を演奏しながら、石段を降りてゆく人たちにお金をもらっている元傷痍軍人さんでした。

その悲しい音色を聞くと、子供ながらに戦争って大変だったんだと思ったものです。

戦争は、当時の人たちに多大な損害を与えたのはもちろんですが、今の私たちだって少なからず影響を受けているのではないでしょうか。

中国や韓国の排日運動は、太平洋戦争当時の迫害がその大きな要因のひとつ。

いまだに私たちは、昔の人たちが起こした戦争のつけを払わされている、と言っていいのかもしれません。

冷静に考えてみれば、こんなちっぽけな国である日本が、アメリカや英国と戦って勝てるわけがないと思いますよね。当然、当時の有識者は、こんな無謀なことを仕出かすと国が滅びるということはわかっていたのでしょう。

それでも一部の軍人の暴走を食いとめることができなかった。

当時の日本には、大日本帝国憲法がありました。皆さんご存知のように、帝国憲法にも立法、司法、行政の三権分立の規定があります。

何で立法や司法、行政が、軍部の暴走の歯止めにならなかったのか。

この点につき、司馬氏はこの本の中で、非常にわかりやすく説明してくれています。

その前に今の日本を考えてみましょうか。

今の日本には、当たり前のことですが、軍隊がありません。もちろん、全然別物ですが、今の日本の軍隊と聞いて何をイメージするかと言えば、自衛隊をあげる人って結構いるのではないでしょうか。

自衛隊をテーマにした映画が上映されているらしいですね。私はまだ見ていませんが、自衛隊が軍隊化する話だとか。そういうイメージは、どこか拭いきれないものがある。

それはともかく、自衛隊が暴走するかどうかという議論は別にして、今の日本には、しっかり暴走をゆるさない法律上のシステムになっています。

ところがですよ。太平洋戦争前の日本には、軍部の暴走を法的に(憲法においても)止めることができなかったらしいのです。

いちおー、法学部を出ているのですが、要領よく「優」を取るという作業にのみ没頭し、単位をとったらすぐ忘れるという行為を繰り返していたために、法律が実務として身についておりません。

申し訳ございませんが、ここから私が述べることで間違っている点がございましたら、どなたか突っ込みを入れていただければ幸いです。

さて、今の日本は、内閣総理大臣が同じ内閣の一員である防衛庁長官に対して命令権がある。防衛庁長官もまた、本庁の役人や自衛隊の制服組に対して命令権がある。だから自衛隊は、内閣総理大臣の下にあって、その命令に服するわけです。

内閣総理大臣に対しては、立法府である国会や最高裁判所を頂点とする司法がそれぞれブレーキの役を果たすことが出来る。

だから今の日本にあっては法的に軍隊(もちろん自衛隊は軍隊ではありませんよ)が勝手な行動をするのは違法なのです。

しかし、太平洋戦争前の日本には、軍部が勝手に戦争を起こしても法律違反とならない抜け穴があった。

…と、司馬氏は指摘するのです。 

その抜け穴とはどこか。

それは、明日。

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オタクが営業で成功する話

昨日、一冊の本を読み終わりました。書名は、「火天の城」で、山本兼一著。

 最近読んだ本の中では、面白かった本のうちの一つです。内容を一口で言うと、安土城の築城を請け負う大工の総棟梁が、さまざまな困難に直面しながら城を完成させるまでのストーリー。伏線として、父と子の葛藤や仲間同士の軋轢、仕事にかける職人の意地みたいなものが織り込んである。

 興味深いのは、当時の築城の技術的な面が、職人の視点で細かく書かれていること。こういう切り口で書かれた、戦国の歴史小説は今まで読んだことがありません。書棚にある安土城の図面や航空写真と見比べながら、自分が安土城を作る職人の気分になって一気に読みましたよ。

 この本、なんでも松本清張賞受賞作で、直木賞候補にもなったとか。そうか、直木賞だめだったんだ…。構成や技術的な面での考証の努力はすごいと思ったのですが、引っかかる部分もある。敵の女間者かなんかが出てきて、途中で成敗されるところ。全編リアリティーに溢れているんだけど、その部分だけ忍者小説みたいになってる。全体の流れのなかでその部分だけ浮いちゃってるというか、とってつけたような印象なんですよ。

 城を作るだけの話じゃ、一般読者に興味を持ってもらえないと思って、ミステリーの要素を付け加えようとしたのかな。ミステリー的な要素を入れるなら、全体のプロットの中に組み込んでいく必要があるんじゃないでしょうか。異質な箇所がひとつあると、全体のイメージがぼやけちゃう。

 でも、それを割り引いても面白かったのにぃぃぃぃぃ~、直木賞だめだったんですからぁぁぁぁぁぁ~、残念!!。

 作者は実際に大工の親方から、木の見方や削り方を教えてもらったそうですね。専門書をいくら読んでもイメージできなかった築城の様子がよくわかりました。次回は、大阪城を書いて欲しい。姫路城もいいけど、個人的には、肥前名護屋城なんか知りたいですね。あれだけの大工事を起こしながら、今は何の建物も残っていないという点では安土城と同じだし。

 実は私、かつて城オタクだったのです。小学校時代、暇さえあれば日本の城の本ばっかり読んでました。

 小学生で、全国の五万石以上の城郭の位置やら、築城者、石高まで記憶していたのだから、結構キモイかもしれない。三つ子の魂百までもと言いますが、今でも日本中の城のことは大抵頭に入ってる。

 でもこのオタク知識が、社会人になってから役に立ったから世の中わかりません。銀行員になって、会社の社長さんたちと話すとき、結構これが話題になりました。

 会社の社長さんって、司馬遼太郎のファンの人が多いですけど、歴史が好きな人も多いんですよ。ある会社では、戦国時代ファンの社長さんと話があって、昼食をはさんで五時間もぶっ通しで、歴史談義に花を咲かせたことがあります。当然、営業にもプラスになりました。

 まず初対面の社長さんの苗字が少し変わっていたら、「変わったご苗字ですね。どちらの御出身ですか?もしかしたら由緒のあるお家柄ではないてしょうか」と聞く。

 そのあと、地方の出身だったら、その土地の歴史、名所旧跡、名産品などの話をする。すると、大抵、「よく知ってるね。行ったことあるの?」と聞かれるから、「いえ。そういうわけではないのですが、知り合いがおりまして、いろいろお話を聞いております」

 とかなんとか、話をつないでいくと、初対面で結構打ち解けた話が出来るのです。

 世の中、営業理論や横文字のマーケティング理論が華やかに横行していますが、そればっかり勉強してたら、ちっとも面白くない人間になっちゃう。遠回りに見えますが、一見仕事とは関係ないこと、ほかの人があまり知らないことを追い求めているオタクになることが、案外近道になるんじゃないかと思えるのです。

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銀行融資の個人保証について考える2

前回、またまた途中で途切れてしまった私のブログ。テーマは、「銀行融資の個人保証について考える」でした。あれからまた考えてみたのですが、自分は便利屋としていろんなところに足を突っ込んでいるので、ポジションが明確に出来ないで悩むところです。

代表者個人保証という制度がなくなれば、現状ではお金を簡単に借りられなくなるというデメリットはあるでしょう。個人保証をとっているんだから、それ以外はちょっと大目にみておこうという銀行側の融通性がきかなくなる。これはお金を貸すほうの心理として考えるとよくわかります。個人保証をとることにより、借り手に心理的プレッシャーを与えられる。それだけ貸すほうは安心なわけです

売掛金や在庫を担保に取っており銀行側の安全がはかれていれば、個人保証は入れないでもいいのではないかというのが旅人さんの御意見でした。確かに仰るとおりで、二重三重に経営者を縛りつけ、過度の心理的プレッシャーを与えるのには不賛成です。これらの短期的な運転資金に関しては、柔軟に対応してもらいたいというのが本音です。

ただ銀行と融資などの深い取引をする場合は、「銀行取引約定書」を交わす必要があり、個々の融資の前段階で、個人保証を入れる必要があるのですよ。この辺を流れ作業で行ってしまっている側面もなきにしもあらずです。ある程度定型化しなければ、事務がとどこおり、かえって申込者に迷惑をかけると銀行側は反論するでしょうが、これも実務を担当していた人間としてよくわかる。企業にとって、お金は血液みたいなものであって、緊急輸血しなければ倒産してしまう場面も結構あるのです。その場合、あらかじめ血液検査がすんでいて、本人の意思で先生にすべておまかせするという念書が入れてあれば病院側も家族にいちいち確認を取らなくても思い切った処置ができるわけです。

もっとベーシックな面から、個人保証を考えてみたいと思います。

私は決して個人保証という制度が、100パーセント悪いとは思っていません。銀行の窓口にすわっているといろいろな人がお金の相談にやってきます。結構、中途半端な気持ちでお金を借りようとしている人もいました。返す当てがないのに、会社を作ったのだから一応銀行から借りられるだけ借りておこうとか、見栄えのいい事務所を借りる資金が必要だからとか。まず売り上げを上げて、その中から返済資金を捻出するという考えが抜け落ちてしまっているんですね。こういう人にお金を融資すると、あの銀行が簡単に融資してくれたから、会社経営に失敗したんだと非難されることもある。(信用金庫で本当にあった怖い話)

創業社長である以上、会社と経営者は一蓮托生の存在であり、個人保証を入れて自分の会社に責任を持つという気持ちも大切です。新規開業の生存率が一割にも満たないと言われている中、背水の陣の気持ちで経営していかなければすぐに立ち行かなくなるのも事実です。

しかし現状で問題なのは、銀行融資の個人保証に、あまり選択肢がないことですね。今は、一律に融資には個人保証が必要となっている。すると、将来性があっても、失敗したときの不安が脳裏をかすめる経営者は、二の足を踏んでしまう。本来、経営者には勇気が必要でしょうが、臆病な側面もなければいけないと思います。日本のベンチャー企業の経営者が皆、ギャンブラーだったら誰も怖くて株主になんかなりたくない。

今まで日本の銀行は、このような将来性はあるが慎重な経営者を持つ企業を遠ざけてきたのかもしれません。

大事なのは、銀行が、将来性がありながらも危ない橋をわたりたくなくて停滞している中小企業に、成長のリスクを肩代わりしてやることなんじゃないかと思います。ぶっちゃけた話、お前を見込んで金を貸してやる。なんかあったら俺が責任をとる、みたいな。

でも前にも言いましたが、現状ではこれも難しいだろうな。昔は大蔵省、今は金融庁が、銀行融資について銀行経営の健全性をお題目にガチガチに枠をはめている。確かに銀行の経営がおかしくなったら、取引している利用者は困るでしょうが、枠をはめすぎても新しい有意義な発想は生まれてこない。

銀行員は、いろいろなところから監督、指導をうけています。銀行の上層部はもちろん、金融庁、日銀など。年に何回かは、これらの部署から検査、臨店という名目で徹底的に指導をうける。とくに金融庁の検査が入る店なんか、人食い鬼がやってくるみたいな上へ下への大騒ぎになる。とても斬新で清新な発想が生まれる土壌が育ちません。

そこで新銀行東京…。金融庁と互角に戦える石原都知事に期待し、銀行業界に新しい風をふきこんでもらいたい。

「法人のお客様は代表者の連帯保証が必要です」なんてかたいこと言わないで…さ。

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銀行融資の個人保証について考える

昨日、私のブログ「新銀行東京について考える」に、旅人さんという方からコメントをいただきました。どうもありがとうございます。誰かに読んでいただくというより、完全に自己満足で作っているブログなので、読んでくれている人もいるんだと素直に喜んでおります。

さて、お返事をさしあげようと思ったのですが、なにぶん私は、ブログのトウシローで、正直、トラックバックはおろか、コメントへのご返事の仕方もよくわかりません。そこで、記事として書かせていただくことにしました。不慣れですいません。

コメントいただいたのは、以下の内容でした。

新銀行東京ホームページの、中小企業向け無担保融資の案内を見ると、「法人のお客様は代表者の連帯保証が必要です」とあります。 中小企業向け融資の実情は何も知らないのですが、個人連帯保証はやはり不可欠だと思われますか?

「企業の未来の姿で融資する」のであれば、企業のキャッシュフローに立脚しつつリスク見合いのリターンをうまくマネージする、例えば貸掛金、在庫を担保に取り、且つワラント等で成功時のアップサイドはシェアする、等すれば良いように思うんですが、そういう手法は現実的ではないでしょうか?

私より、旅人さんのほうが銀行融資に詳しいかも…。とくにワラントのあたりは銀行退職後15年もたっているので、最新の知識が不足していて正直、よくわからないです。以下はあくまで個人的見解で述べさせていただきます。

まず私の今の職業、零細企業の経営者という立場からいうと、代表者個人保証の制度は、実に嫌ですね。これがあるために、起業や会社発展のために大きな個人的リスクを背負うのは事実です。多くの人が銀行からお金を借りて事業展開をはかりますから、一度失敗したらなかなか立ち上がれない。逆に言えば、企業経営には勇気が必要です。今、裸一貫でベンチャー企業を立ち上げ、大きくした経営者は、ある意味、大きな博打をうって成功した人たちだといえると思います。

ただ私も含め、多くの人はそんな大勝負をしかける勇気がない。日本が、アントレプレナー精神がアメリカに比べ劣ると言われる要因のひとつなのは間違いありません。

つまり全てを失って家族を路頭に迷わせたくない。だから冒険しない。風向きが上昇気流に変わって銀行からお金をドンと借り、企業規模の拡大をはかる千載一遇のチャンスがありながら、脳裏に一家離散の光景がチラッとよぎって勝負から身を引いてしまう経営者がどれだけ多いことか。

以上は、零細企業の経営者としての見解です。ただ私は、十年間銀行から給料をもらい、融資担当者としていろいろな社長さんと接してきました。当時のことを思い出しながら別の視点で考えてみたいと思います。

銀行の融資マニュアルには、銀行取引約定書と個別の融資の書類に代表者個人の連帯保証をもらうという文言があります。これに対して、面と向かって不服を唱えた経営者の方はほとんどいませんでした。もちろん、心の中はうかがい知ることは出来ませんが…。

ただ全部の会社がそうだったのではなく一部の例外もありました。絶対個人保証を入れたくないと言う経営者の方もいたのです。もちろん銀行に対し、それだけ強い立場を取れる会社ですから、経営も安定しており、預金や貸金、その他もろもろの要因で優良取引先でした。本来、個人保証が実務上問題とされるのは、会社が倒産したときに会社の資産からだけでは貸出金の回収がはかれない場合、不足分を経営者個人に埋め合わせしてもらうときです。銀行としては、貸し出したお金が回収できれば、誰に返してもらっても結果オーライなはずです。

しかし実務上は、もう少し話が複雑になります。一行取引だけならいいのですが、普通会社はいろいろな銀行と取引をしている。銀行にとって、その会社がどれだけ他の銀行から借入しているか、正確なところはわからないのです。もちろん、土地建物の謄本を調べたり、自己申告してもらったりして大体把握できるのですが、完全というわけではない。

決して銀行の肩を持つわけではありませんが、個人保証に関してはいろいろ難しい問題があるのは事実ですね。

また起承転結を考えないで、ダラダラと書いてしまったら、とっくにお昼休みの時間が過ぎてしまいました。

すいません! この続きは、水曜日に書きます。

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新銀行東京について考える 2

 昨日、新銀行東京について書いていて、途中で尻切れトンボになってしまったので、今日もその続きを書きたいと思います。二日連続で同じテーマを書くのは、集中力が持続できないのでつらいけどがんばろう。
 中小企業は、経営者がすべてだと言われます。とくに新銀行東京がターゲットとする零細中小企業は、すべての権限が経営者に集中していると言っていいでしょう。当然、審査するポイントとして、経営者の資質がその第一になります。
 新銀行東京は、そのような零細企業に、無担保で資金を融資するそうです。これはとくに斬新な発想ではなく、一般の金融機関でもよくやっていることですよね。ただちょっと違うのは、一般の金融機関から断られたり、二の足を踏んだりしている中小企業にターゲットを絞るということ。この点はテレビでも、新銀行東京の職員が、他の金融機関さんとは顧客層が違うと仰っていました。
 普通の金融機関から断られた中小企業に積極的に融資を行う。素晴らしい。
 素晴らしいけど、大丈夫なんだろうか。一般の金融機関は、貸し渋りと叩かれていますが、今は赤字で担保がなくとも、将来性があって経営者がしっかりした中小企業はけっこうマークしている。都市銀行は、将来性があっても小さな会社は相手にしないところがありますが、地方銀行や信金クラスの真面目なところは、バブル当時から心を入れ替えて、わりと融通がきく部分もある。
 新銀行東京が民業を圧迫しない中小企業というのは、一般の金融機関の融資対象から外れた企業ということになりますね。このクラスの企業は、玉石混淆でとても判断がむずかしい。磨けば、数年で上場を果たすような潜在能力を持っているところから、どんなにお金をつぎ込んでも体質的にどうしようもないところもなきにしもあらず。
 このような企業に対しては、一般の銀行は保証協会や担保、個人保証、連帯保証などあらゆる手段を使って身の安全をはかろうとしてきました。逆に言えば、要件さえ満たせばある程度、すんなりお金が出る部分もあった。
 会社への融資は、基本的には個人間のお金の貸し借りとそう違わないと思います。昔から付き合いがあったり、実家が資産家で家族もよく知っていたり、サラリーマンで毎月決まった額の収入が入ったりしてきちんとした人から借金をたのまれれば、「何に使うの?」と聞いたうえで、その理由が納得できれば、お金を貸してもいいと思うはずです。
 ただ会社への融資が個人と少し違うのは、判断する要素がとても複雑で、融資担当者の資質をはるかに超えるような状況が多いことです。それを今まで一般の銀行は、過去から未来を推定する形で行ってきました。
 たとえば、過去の決算書の数字、過去に取得した土地建物などの資産。これらのものは目に見えるから、いわば誰でも一定の経験をつめば融資審査をできるようになる。
 それを新銀行東京は、それらを取っ払って、企業の未来の姿で融資を行うという方針らしいです。
 これは私的に見ると、理想的な融資の形ですね。でも、私企業である一般の銀行はできない。リスクが多すぎます。それに、これは銀行員の致命的な欠陥なのですが、行内の規定、規定でがんじがらめに縛られているから創造的な思考ができなくなっている。大学を出て、とてもユニークで、面白い、型にはまらない発想をしていた人間たちが、十年、二十年と組織の中で型にはめられ続けているうちに、マニュアルがなければ何も発想できない人間に変えられてゆくのです。
 もちろん一般論で、そうじゃない人たちも大勢いますが、そういった人たちは悲しいかな、異人種として本道を歩めないのが実情です。最近とくにその傾向が強くなって来ているんじゃないですか。金融庁の方針以来、銀行員たちは、常にマニュアルからはずれることに怯えていると言っていいのかもしれません。
 ただ、企業の未来を評価するという融資方針では、このマニュアル的発想は大きな阻害要因となります。今伸びている会社の経営者は、マニュアルを見ながら経営をしている人なんかいません。何度も何度も失敗を繰り返しながら、その都度自分の頭で考え、何もないところから道を切り開いてゆく。
 今までは、将来性はあるが、銀行のマニュアル的融資審査からこぼれてしまったベンチャー企業は、かんたんに倒産してきました。もちろん、つぶれるべくしてつぶれたケースがほとんどだと思いますが、中にはタイミングよく資金が出ていれば今のライブドアや楽天のようになった会社もあったかもしれない。
 新銀行東京が、本当に未来発想で融資を行うのか、たんなるマニュアル的発想融資の二番煎じで終わるのか、注目したいですね。
 しかし、大きな理想を実現するには、あまりにも大きなハードルだと思います。果たしてできるのかな。新銀行東京も、金融庁の監督下でしょう?。でも、石原都知事ががんばっているからなあ。少し期待する部分もある。
 ともかく、新銀行東京のひとたち、新たな発想で頑張ってください!!

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新銀行東京について考える

昨日はちょっとやわらかい話題だったので、今日はちょっとかたい話を書いてみようかな。バランスをとらなければ。経営者は何事につけ、バランス感覚が大事なのですよ。

それで、私が取り上げるテーマは、「新銀行東京」です。昨日の夜、NHKのクローズアップ現代でやっていましたね。元銀行員の私でもあり、ぶつぶつ頭の中でひとりごとを言いながら聞いていました。

資金繰りの困っている中小企業に、資金を融資して健全な発展を促し、経済を活性化する…。

素晴らしいことだと思いますし、是非、我々中小企業をサポートして欲しい。企業経営者の端くれとしては、大いに歓迎するところでありますが、元銀行の融資担当者の視点で見ると、この理念をスムーズに実現するのはなかなか大変ではないだろうかと思ってしまうのです。

一般銀行の融資を審査するポイントはいくつかありますが、重要なのは資金使途、返済能力、そして担保です。バブルの崩壊前は、土地や証券といった担保の価値がうなぎ登りにアップして、いざというときそれを売れば問題ないやという気持ちで、資金使途はまったく後回しになってしまいました。

たとえば当時、従業員3名足らずの会社に、ある都市銀行の支店長は土地を担保に一億円借りてくれとたのみに行きました。そんな大金を借りても使い道がないと社長が断っても、とりあえず株で儲けましょうよと強引に借りさせ、その資金を全額株に投資させます。結果は言わずもがなで、株が大暴落して多大な損害をこおむった社長は、親の代から住んでいる土地建物を借金の形にとられてしまった、という例は少なくありません。

すなわち、バブル当時は、資金使途がないがしろにされ、まず担保、それに付随する形の返済能力に審査方針が偏ってしまっていたのです。

さて、昨日テレビを見ていたら、新銀行東京は、信用金庫の融資ノウハウを積極的に取り入れるそうです。

信用金庫の場合、今はどうだか詳しく知りませんが、まず取引した会社に積立金を勧めます。そして、毎月職員が集金に訪問し、社長と親密になる。その後、借り入れを申し込んだらその積立金の支払い状況やたまった金額を参考に融資額を決めるというやり方でした。

このやり方は、信金の経験法則から割り出したのかもしれませんが、とても理にかなった方法だと思います。

まず毎月信金の職員が集金にかこつけて会社を訪問し、常に現場から経営状態をチェックできます。そして社長や従業員と親しくなって、彼らの人となりを理解できる。また、毎月、決められた日に、決められた金額を入金させることで、お金に対する神経の使い方、計画的に経理事務がなされているかどうかがわかることですね。

そのなかでも、もっとも重要な融資審査ポイントは、経営者でしょう。かつて「銀行は経営者のどこを見ているか」というテーマで勉強会を行ったのですが、そのとき以下の点を話したことがあります。ちょっと箇条書きにしてみようかしらん。

⑴経営者にバランス感覚はあるか

 自分の会社について、いろいろな視点から見ることができるかどうか。たとえば技術畑出身の社長が、マーケティング度外視の商品企画を単に技術的な興味だけで採用していたら、会社は先細りしてしまいます。いろいろな視点から見ることのできる柔軟さがあって初めて、会社を取巻く外部環境の変化に対応できるのです。

⑵経営者に財務的素養はあるか

 これは別に、経営者が経理をできるかどうかというのではありません。もちろん、自分で帳簿をつけておられる経営者は、自社の財務的な問題点をよく理解されていると思います。ただこれは零細企業の例であって、従業員を10人も抱えてしまうと経営者のやる仕事はほかにもあるはずです。これは、会社のさまざまな長所、改善すべき点、問題点などが数字に裏打ちされて頭に入っているかどうかということです。たとえば新しい商品を売り出すためにセールスプロモーションをかけるとき、広告会社の言われるまま販促費をかけたのでは、もしそれが売れなかった場合、倒産の危機に直面することになります。あまりケチったのでは売れる商品も売れなくなってしまいますが、どの程度まで販促費をかけてもリスク回避できるのか、そのあたりの見極めは常日頃から会社の数字を頭に入れておかなければ判断できません。経営者にとって会社の実状が計数的に頭に入っているかどうかということも大変重要なことです。

⑶経営者は人の話に耳を傾けることができるか

 中小企業の経営者にワンマンは多いと思います。しかしワンマンもいい面はいろいろあります。経営の意思決定は早いですし、何より経営責任が明確でバイタリティがありますから、会社が順調なときは思いもかけない急成長をみせるときがあります。現在大企業に発展している会社も中小零細企業だった当時は、ワンマン社長が従業員をぐいぐい引っ張って大きくしていったところが多いと思います。ただ経営者も人間ですから、完全ではありません。営業に得意な経営者、技術者出身の経営者、経理出身の経営者、いろいろなタイプの経営者がいると思います。自分にとってわからない点を謙虚に人に聞けるかどうかという点も経営者にとって大切です。またわからない点を補ってくれるのが部下である場合は、その部下をうまく使いこなしているかどうかということも重要なのです。

⑷経営者が正直かどうか

 経営者の中には銀行員の前で調子の良い話ばかりする方がいます。たとえば、この新商品が世に出れば年間○億円の売上は堅い、とか、海外の有名企業から格別の好条件で提携の話が来ているとかいったことです。これが本当なら何の問題もないのですが、銀行員はどうせ業界事情に疎いから口先でごまかしてやろうとかかるのはかえって逆効果になりかねません。銀行員は、いわゆる会社ウォッチャーのプロです。その会社が本当に儲かっているのか、本当に将来がバラ色なのか、といったことは、従業員、仕事場の活気、業界他社の動向、噂話、在庫状況などからわかるものなのです。経営者が会社の現在の状況に目をつぶり、バラ色の将来にばかり目を向けているということから、銀行員はその会社を警戒するようになります。銀行員も人間です。悪いところがあればかえって包み隠さず、経営者自ら客観的に分析し改善策を提示したあとで、それに対する意見を銀行員に求めた方が、経営者はそこまで自分を信頼してくれるのかと意気に感じるものなのです。経営者は正直であることが鉄則です。

大体、私的には、以上の点が重要だと思います。

以上の審査眼は、経験豊富な銀行マンは皆持っていると思うのですが、銀行マンには一般的に致命的な欠点があります。

それは、新銀行東京の銀行マンに今後、とくに関わってくることじゃないかな、と考えるのです。これは、銀行の中に居続けたのではなかなかわからないこと。

ところで、ちょっと今日は長くなりすぎてしまった。銀行に関しては言いたいこといっぱいあるので、大変。この続きは、次回にさせてください。

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