「大富豪」に学ぶ苦境脱出の方法

 

 こんにちは。

 うう、昨日から涙が止まりませぬ。

 とくに悲しいことはないのに、オイラも年のせいで涙腺がゆるんだのかなと思ったら…


 今年も、花粉症がキタァァァァァァァァァァァァ~


 不況と花粉症のツープラトンの攻撃にもだえ苦しむ今日この頃です。


 ということで、今日は前回の続きのビジネスネタ。

 前回は、大企業と下請けの中小企業の関係をカードゲームの大富豪と大貧民との関係になぞらえました。

 実際は、中小企業でありながら大富豪となっている会社は多々ありますけど、話を単純化するために、あえてこのようなシチュエーションにしましたので念のため。

 さて、この大貧民たる中小企業がどう大企業に対抗していくのか、という点。

 それは「大富豪」のどう大貧民の状況から抜け出すか、というテーマと、似ているのではないかと考えたのでした。

 だから、「大富豪」の敗因を分析することは、その状況から脱却できるヒントが隠されているのではないか、と…。

 そのように考えてくると、「大富豪」で負け続ける人は、結構同じパターンを踏むことが多いというのが前回までのお話です。

 それは、どういうプレイヤーか。

 それはまず、大富豪とまともに張り合おうとする人ですな。

 大富豪が「13」を出せば、「A」を出し、「A」を出せば、たった一枚しかない虎の子の「2」を序盤で使い切ってしまう。

 結局、「3」が一枚だけ残って、次々と他のプレイヤーに先に上がられて「大貧民」になってしまうパターン。

 負けず嫌いなのでしょうけど、もともと大したカードを持っていないのだから、すぐ底をついてしまう。

 いわゆる「カネ」で、中小企業が大企業と張り合おうとするのと同じ。

 創業したての中小企業って、意外とこのパターンで潰れることが多い。

 15年くらい前、同じ時期に創業した会社同士の親睦会があったんですよ。

 10社近くがそれに参加して、オイラも名刺交換させてもらったのですが、信じられない話、今残っている会社は一つもないのです。

 オイラの会社は、残っていると自慢できる規模ではないので自主的に省きましたが…。

 当時何度か、親睦会に参加した会社へお伺いさせてもらったことがあるのですけど、どこも羽振りがよかった

 …印象でした。

 ブランドの高い場所に事務所を借り、従業員を多数かかえていた会社もいくつかありました。

 中には、事務所の面積の半分近くを豪華な内装の社長室が占めていた会社も。

 当時は随分うらやんだものですが、その5年後くらいにどこも倒産や廃業してしまったのです。

 銀行や取引先に対する見栄もあって、それを維持するために借金を繰り返していたのでしょうか。

 創業間もない中小企業にとって、一番の敵は社長さんの見栄だと骨の髄まで思い知らされました。

 最初から、自分より数段上を望んでしまうと、「カネ」の面で必ず資金ショートします。

 「大富豪」でいったら、よほど自分のカードに自信がない限り、最初から大富豪とまともに張り合ったら駄目ですね。

 地道に「バス」を繰り返し、チャンスがあったら3~5などの小さい数字のカードを着実に減らしてゆく。

 大富豪や富豪とまともに戦わず、まずは平民を目指して一歩ずつ階級をあげてゆくことが肝要だと思いました。

 でも、残念ながらそれだけでは大富豪には太刀打ちできませぬ。

 「人」と「モノ」、そして「情報」を駆使してかからないと、「カネ」の面で圧倒的に不利な大貧民の中小企業は這いあがれない。

 企業における「モノ」は商品やサービスと言えます。

 大企業には、大資本を背景にした商品力、ブランド力がありますね。また大量生産によって、価格を下げても利益を維持できるので中小企業ほど苦しくはならない。

 「大富豪」で言ったら、悪いカードを大貧民に押し付け、自らダブルやトリプル、階段のカードをコーディネートできる状態でしょうか。

 ちなみに、階段のカードとは、「3」「4」「5」みたいに数字の一番違いのカードを3枚以上出せる状態っす。

 もともと「2」や「エース」「ジョーカー」などいいカードを豊富に持っているのに、それにプラスしてダブルやトリプル、階段のカードを作れるわけですから、ゲームを始める前にかなり有利な状況ですな。

 大企業も同じ。

 商品やサービスを市場に供給する前に、中小企業に比べかなり有利な状態なのは間違いない。

 それから「人」の問題も、最初からクリアできている。

 大企業は労働条件がいいから、当然優秀な人材が集まります。

 「大富豪」も、最初から同じ条件ではじめるわけですから、その中から勝ち抜いて大富豪になったということはある程度のスキルがあるということですからね。

 「カネ」はもちろん、「人」「モノ」でも劣る大貧民はどう大富豪に対抗してゆくのか。

 いつも悪いカードを大富豪から押し付けられる大貧民ですが、我慢しながらゲームを続けていると、悪いカードなりに特徴を持ったカードが集まることがあるのですよ。

 たとえば、最悪の「3」でも、それが3枚集まればトリプルだし、4枚集まればフォーカード。

 革命ルールがなくても、これを出せば他のプレイヤーは誰も対抗できないでしょう。

 それから、「3」「4」「5」のカードだって、階段の状態で出せば、切れる可能性はかなり高い。

 これを中小企業にあてはめると、商品特徴で勝負ということになるのでしょうか。

 単品では大企業と勝負にならなくても、それを加工したり、うまく組み合わせたりすることによって、大企業がすぐには真似のできない商品やサービスを創造することができる。

 身軽ですし、失うものが少ない分、大企業よりはダイナミックな勝負をすることもできると思います。

 ただここで大きな問題がありますな。

 「大富豪」で言うと、大貧民は、苦労して作ったそのカードをなかなか出すことができない。

 中小企業で言ったら、自信のある商品・サービスを持っていても、広告宣伝費にかけるお金がないということになるのでしょうか。

 「2」や「ジョーカー」など決定力のあるカードを多数持っている大富豪は、自分の出したいカードを自由に出すことができますからね。これは広告宣伝費に湯水の如くお金を使える大企業の状態に似ている。

 しかし大貧民は、カード出してもすぐ上のカードを他のプレイヤーに出されてしまう。

 しかも、オイラがやっていた「大富豪」のルールでは、最初に大富豪から出す決まりになっていたんですよ。

 普通は、大貧民から出すことが多いようですが…。

 大富豪に絶対的な権力が集中していたんですね。

 だから自分より上位のプレイヤーがハイレベルのカードでゲームをしている間、大貧民はじっと足の痛みに耐えて待っている。

 こんなとき、自分の虎の子のカードを使ってしまったら、数少ないチャンスを掴むことができないですからね。

 ここで待てるかどうかが、大貧民から這い上がる人とそうでない人との別れ道だと感じました。

 待っている間でも、今までどういうカードが出たかを記憶し、他のプレイヤーはどんなカードを持っているかを洞察することが大事ですね。

 中小企業としては、市場動向を調査しながら、いつ勝負に打って出るか、その時期を検討することが大切なのだと感じました。

 オイラが大貧民の場合、最初から勝てないと思ったら、大富豪や富豪に先に上がらせてしまうことが多かったです。

 下手に勝負に出て、虎の子のカードを使うよりは、戦力を温存して着実にひとつ階級を上げるといいますか。

 景気が悪くなって一気に業績が落ち込んだとき、一発逆転を狙って大勝負に出る経営者の人は意外と多いです。

 大勝負に勝って、一気に形勢を逆転できるならいいのですけど、不況でどこも必死で頑張っているときは思い通りに行くことはあまりないかも。

 オイラが上がるときは、大抵同じパターンが多かったです。

 ほかのプレイヤーがあと、1~2枚残っているとき、こちらはまだ4分の3のカードが残っている。

 でも、カードを出すチャンスがめぐってきたら、すべてトリプルや階段のカードを使って一気に上がってしまう、みたいな。

 そうやって着実に階級を上げて行き、大富豪や富豪になったら負けないゲームをする。

 大富豪になって、当然のように大貧民に一番悪いカードを渡すと、立場が逆転したとき仇をとられますからね。

 隣のプレイヤーが次のカードを出しやすいように、きれいな終わり方をしたり、大貧民が上がりやすいようなカードを渡す。

 オイラの「大富豪」の経験からいって、大富豪のときに恨みを買ってしまったら必ずあとでしっぺ返しにあいました。

 同じように、現在、大企業が下請けの中小企業に不況のつけを背負わすと、いつの日か必ずしっぺ返しにあうような気がするんですけどね。

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「大富豪」と企業経営の深い関係?

 こんにちは。

 新年ということで、久々のビジネスネタなぞやってみようか、と…。

 調べてみたら、ビジネスネタは3年以上も書いていないっす。

 オイラのブログのタイトルは「私の仕事に役立ったビジネス書」ですけど、延々と関係のないネタを書き続けているのでした。

 元はと言えば、今までオイラが読んだ一千冊のビジネス書の中で、実際の仕事に役立った事柄をお送りしようと思ったのが、ブログを始めたきっかけ。

 最初はその方針通り真面目に書いていたのですが…。

 でも、最近よく考えてみると、今まで読んだビジネス書より現在の自分の仕事に役立っているものがあるような気がしているんですよ。

 どぶの中を這いずりまわって、しぶとく生きてゆくコツといいますか。

 好況のときはあまり、気にしていなかったのですけど、不況になるとあきらかにそこから得た教訓が生きているな、と思えるのです。

 それは、高校から大学時代にかけて盛んにやった「大富豪」。

 ずっと前にも、「大富豪」をテーマにした記事を書いたこともありましたね。

 ちなみに「大富豪」とは、トランプのゲームのひとつ。

 カードをプレイヤーにすべて配り、手持ちのカードを順番に場に出して早く手札を無くすことを競うゲームです。

 その特徴はなんといっても、大富豪や富豪、平民、貧民、大貧民に分かれるところですな。

 「大貧民」になったら、「大富豪」へ一番いいカードを2~3枚渡し、代わりに悪いカードを受け取らなければならない。

 従って、一度、ドツボにはまったら、なかなか這い上がれないのです。

 前にも書いたと思いますが、オイラがやっていた当時は、大貧民は大富豪にカードを渡すだけではなく、さまざまなペナルティーを科していたのでした。

 たとえば、大富豪が牢名主のごとく座布団を3~4枚重ねて座るのに対し、大貧民になった人は、ゲームの間中ずっと正座していなければならない。

 最初はその程度だったのが、ゲームを続けるうちだんだんエスカレートしていったのですね~。

 大貧民は正座中ずっとほうきの柄を膝に挟んでいるとか、部屋に入れてもらえず、玄関で正座したままやるとか。

 時間が経つと足がしびれて、ゲームに集中できる状態ではなくなってくる。

 オイラがやった中で一番きつかったのは、大貧民はゲームの間中、4の字固めを食らい続けるというのがありました。

 カードを出そうとすると、かける相手が足に力を入れる。

 ぎぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~と激痛に耐えているうちに、「はい、パスね」とゲームを続けられてしまう。

 だから、一度、大貧民へ落ちてしまうとなかなか這いあがれない。

 しかも、オイラがやっていた当時のルールは、「革命」がなかったんですよ。

 ちなみに「革命は」は同じ数字のカードを4枚出すと、カードの強さが逆になるルールです。

 友達の家でやるときは、時間も限られているのですが、クラブの合宿で夜通しゲームをやるときは大変でした。

 延々と2~3時間も、足に棒を挟んだまま土間に正座。ひどいときは4の字固めを食らいながらだから、ゲームというより拷問と同じ。

 冷たい土間に正座しながら、温かい座布団にふんぞり返って見下す大富豪に一矢報いてやりたい。

 ネバーギブアップの精神は、そのとき鍛えられたのかも。

 でも、あせって無理な勝負をすればするほどドツボにはまる。

 これはもう、プチ格差社会ですよね。

 一度、大富豪になると、よほど変な出し方をしない限りずっと勝ち続ける。

 しかし、一度落ちると、ニートから抜け出すのは大変、みたいな。

 今、当時のメンバーが集まって「大富豪」をすることになったら、土間に正座ではすまないかも。

 ゲームからリストラされるばかりか、大貧民になったら新聞紙を一束渡されて、合宿所から追い出されるかもしれませぬ。

 近くの公園で、体に新聞紙をまきつけて野宿も、現実味を帯びてきますな。

 当時の連中だったら、そんなことを平気でやりかねない。

 ま、オイラもその中の一人ですが…。

 それはともかく、オイラは、大富豪を覚えるのが仲間内で一番遅かったので、ルールやテクニックを理解するまでは大変でした。

 大貧民として虐げられる日がひたすら続き、社会へ出てからも同じ目に合うのだろうかと随分悩みましたね。

 それでも、大富豪が強い友人たちのテクニックをいろいろ研究したり、敗因を分析したりするうちに、それほど負けなくなっていったのです。

 あれから30年近くたった今も、パソコンやケータイのゲームとして大富豪をやり続けていますよ。

 初心を忘れないためか、当時、虐げられる気分が病みつきになったのか、わかりませんが…。

 オイラの会社は、超零細企業という点では他の追随を許さないところがありますが、意外と不況に対するリスクは軽減できているような気がします。

 借金はないですし、取引先もさまざまな業界にわたって小口分散している。

 景気がいいときは、こんな会社いつまでやっててもいいのかなと疑心暗鬼になりますが、不況のときはわりとテンションが高くなるのです。

 ただ、元気よく、ニコニコしていると、逆に周りの人たちの機嫌を損ねてしまう。

 不景気の時は、不景気な顔をするものだ、と。

 でも、オイラにとっては、いつも遥か上空から見下ろされている会社が、不況のときはオイラのすぐ真上まで降りてきてくれるのが内心うれしかったりして。

 たとえば、景気のいいときは吉野家で絶対見かけないであろうエグゼクティブが、オイラの隣で牛丼をかっこんでいる。

 でも、オイラが牛丼の並、卵、味噌汁なのに対して、エグゼクティブはそれにごぼうサラダをトッピングしていますが…。

 その程度だったら、オイラでも清水の舞台から飛び降りた気分で、生野菜を追加することも可能ですからね。

 ジェットコースターみたいに上昇下降を繰り返す会社より、ずっとゆったりゆっくり走り続けるお猿の電車のほうが、安定感があるなと考える今日この頃。

 不況のときはオイラの会社、なかなか足腰が強いところがあるっす。

 前振りが長くなりましたが、今日は、そのあたりを考察してみようか、と…。


 よく考えてみると、大富豪というゲームは企業経営のノウハウがいろいろ含まれていると思うのですよ。

 企業経営で必要なのはまず経営資源。

 経営学の授業では、経営資源とは「人・モノ・カネ」であると習います。これにプラスして、「情報」も、多くの有識者が申しますな。

 これを「大富豪」に当てはめてみると、「人」はプレイヤー。

 「モノ」はカードの組み合わせ方。

 「カネ」は「2」や「A」、「ジョーカー」など強いカードを持っていることになるのではないか。

 最初は、同じ条件ではじめるのですが、プレイヤーの技量をのぞけば運の要素が大きい。

 「ソニー」や「松下」だって最初から大きかったわけではないですよね。でも、創業経営者の経営手法や市場の成長度、そして時流に乗る、あるいは時の運などによって差が出てしまう。

 しかし、一度、大企業と小企業に分かれてしまうとその差は歴然。

 大企業を大富豪とすれば、大貧民は赤字続きの零細企業といえるでしょうか。

 下請け企業は、自分の持っているいいカードを大企業に渡し、大企業のお荷物になっているカードをもらわねばならない。

 こんな厳しい状況が今の世の中、いろいろなところで起きていますな。

 テレビでも、大企業の経営不振のつけを中小零細企業に押し付けている事例をよくニュースで見ます。

 中小企業としては、こういう不合理な立場から脱却しないと倒産してしまう。

 この中小企業がどう大企業に対抗していくのか、というテーマは、「大富豪」のどう大貧民の状況から抜け出すか、というテーマと、似ているのではないかと考えるのです。

 だから、「大富豪ゲーム」の敗因を分析することは、その状況から脱却できるヒントが隠されているのではないか。

 そのように考えてくると、「大富豪」で負け続ける人は、結構同じパターンを踏むことが多いんですよ。

 それは、どういうプレイヤーか。

 それはまた次回。

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ライバルに差をつける企画書の研究

 こんにちは。

 相変わらず、目の疲労回復のために動脈マッサージをやっています。

 でも、しつこいようですが、目が疲れるのはテトリスをやっているからなんですね。

 それを止めれば、健康で文化的?な生活を維持できるのではと考える今日この頃。

 でも、止められない。

 朝、パソコンのスイッチを入れると同時に、気がついたらテトリスをやっている。

 その後ますます、スキルはアップし、よほど最初にブロックを積み上げておくハンデをつけなければ、ゲームオーバーにならなくなってしまいました。

 テトリスではなく、パソコンのタイピングゲームにはまっていれば、と悔やんでも後の祭り。

 そっちにはまっていれば、今頃はブラインドタッチをマスターできていたかもしれないんですけどね。

 はまるゲームを間違えたみたい。

 一応タイピングゲームも持っているのですよ。

 「宇宙戦艦ヤマト」のタイピングソフトを…。

 でも、買ってすぐ、沖田艦長から「何やっとるかぁぁぁぁぁ~!!!」と怒鳴られたことが原因で、挫折してしまいました。

 森雪から「頑張って~」と励まされても、尊敬する沖田艦長の叱責から立ち直れない。

 何度、ヤマトを遊星爆弾の直撃で大破させたことか。

 そもそも地球から発進できないのですからね~。

 人類滅亡の責任を感じつつ、いまだにカナ入力でキーボードと画面を見比べつつ文字を入力しています。


 それはともかく、ビジネスネタ。

 さて、前回尻切れトンボに終わってしまった「わかりやすい企画書を書くにはどうすればいいのか」という点について。

 前回と重複になりますが、企画は、問題解決に向けて具体的な解決策を明らかにしたものと言えます。

 それを文章にした企画書は、それを作る本人の夢や計画を文書にまとめ、多くの賛同者を得るツールでもあるのでした。

 それを実現するためにはまず、しっかりと現状の問題点を分析・把握する必要がある。

 何度も書きますが、企画は問題解決の方法。

 だからこそ、その問題とは何かをしっかり分析する必要があるのですね。

 そのとき、社内の現状という狭い視点からだけでなく、世の中の動向や将来の方向性まで含め、広く多角的な視点で問題を浮き彫りにする。

 そのためにはいろいろな人の話を聞いたり、関連する文献を読んだりして、多くの情報を集める必要があります。

 最近はインターネットの普及で、有益な情報を手軽に集めることができるようになりました。

 それらを頭の中に入れて熟成させ、問題点の現状を客観的に分析する。

 その作業に労力と時間を惜しまないことがいい企画書を作る秘訣なのかも。

 しかし、いくらテーマが明確で素晴らしい解決策が書かれていても、わかりやすくする工夫がないとその意図が相手に伝わりません。

 企画が通ってそれを実行し、成果が出てはじめていい企画書と呼べるもの。

 企画書は通すために書くのが大前提ですね。

 そのためには、こちらの意図をしっかり相手に伝える必要があります。

 企画の意図がなかなか相手に伝わらないのは、単純に文章力や読みやすくする工夫が不足しているケースが意外に多い。

 たとえば、企画を通したいという熱意のあまり、あれもこれも盛り込んで、細かい字で余白なくぎっしり詰め込まれた企画書。

 企画の良し悪しを判断する前に、読む気力が起きなくなったり、内容を理解するのに労力を使い果たしたりするような企画書は論外ですね~。

 でも、別に名文を書く必要はないと思いますよ。

 肩に力が入り、企画書の格調を高めようと日頃使わない言葉を使おうとすると、かえって逆効果。

 不自然な背伸びは、相手から自信がないと取られやすい。

 わかりやすい言葉で、読みやすい文章を書くという心構えが大切ですね。

 そのためにやることは、さほど難しいことではない。

 以前、少し触れたこともありましたが、わかりやすい文章を書くためのノウハウと一緒です。

 たとえば…


● 文章のセンテンスを短く切って、テンポをよくする。

● 主語と述語を明確にする。

● 見やすくするために、思い切って余白のスペースを設ける。


 余白も文章の一部であると考えることが大切です。

 以上の条件を満たす企画書の書き方といえば、やはり箇条書きでしょう。

 また、実績を強調したい事柄に関しては、抽象的で誇大な表現を避け、実績の数字だけドンとグラフや図で示す。

 そのほうが、インパクトがあり、相手の記憶にしっかり残ります。

それから大切なのは、作成者の企画書に対する自信とやる気が文体からにじみ出ていること。

 たとえば、「~と思います」というあいまいな表現を避け、「~である」と言い切ったほうが自分の強い意志が相手に伝わります。

 また、基本的なことですが、同じ語尾を書き続けていると、子供っぽい文章になってしまうので注意が必要。

 このあたりは、いずれまた触れたいと思いますが…。

 いずれにしても、内容より、書き方がまずくて企画が通らないというのだけは避けたいところですね~。


 ところで現在、企画書はほとんどパソコンで作られるようになりました。

 ワードやエクセルなどソフトを利用すれば、図やグラフ、写真などを簡単に文書に挿入できます。

 ビジュアル面を重視し、カラフルで、読んでもらうより見てもらう形式の企画書も数多くあるでしょう。

 ただ、そういう企画書を歓迎する相手が多い反面、ビジュアル面ばかり強調するのを喜ばない相手もいます。

 企画を通すという点において、読む相手の特性に合わせて書き方を工夫することは大事ですね。

 たとえば相手が論理的な考え方を好む人物なら、企画書の中身はもちろん、論理的な整合性、つまり辻褄がしっかり合っているかどうか気をつける。

 また現実的な考え方をする人物なら、実績や成功事例を数値で示す。

 この場合、その数字を裏付ける資料を充実させるなどの工夫が必要ですね。

 大事なのは、企画書を読むのは誰かということを常に念頭に置いて作ることではないでしょうか。

 イメージを重視する相手だったら、言葉に頼るよりも、ビジュアルを駆使して相手のイメージが膨らむのを手助けするといったことも考えなければならないでしょう。

 また、予算・収支などのコストをもっとも重視する人は多い。

 費用対効果を説得力ある数字でしっかりとアピールすべきですね。


 それから大事なのは、見た目。

 営業マンの場合、第一印象が何より重要だと言われます。

 企画書も同じで、最初に手に取ったときの印象を無視することはできません。

 魅力的な表紙を作ることは重要で、その中でも最初に目に入るのは、企画書のタイトルです。

 内容が一目でわかり、かつ企画書を思わず読んでみたくなるタイトルをひねり出すのは重要。

 たとえば売上げアップやコスト削減など、得する企画は誰でも興味をひくでしょうね。

 その場合、売上げが何パーセントアップし、何パーセントコストが削減できるのか、あいまいな数字ではなく、端数までピシッとアピールする。

 その端数まで出した根拠が、企画の中で説得力ある事実で証明できれば注目度は高いのではないでしょうか。


 最後になりますが、経験上、企画書の中に評価が定まっている専門家の言葉や企画に関連する有名企業の名前を記載すると、信頼性が高まっていい結果になりました。

 たとえば、メジャーな新聞の記事や大学の先生のご意見、企画書に取り上げた商品やサービスを利用する第三者の成功事例です。

 公正な立場で発表された権威ある情報とこちらの企画の方向性が一致している場合、企画の採用を後押しする強力なツールとなります。

 この場合も、これらの情報を何の加工もせず、客観的な事実のまま提供するようにすることが、逆に好感を持って迎えられることが多かったです。

 歯の浮くようなアピールや宣伝文句には誰も食傷気味ですから。

 事実は、小説よりも奇なり、とはよく言ったもので、どんなに人が素晴らしい筋書きを考えても、現実の説得力には及ばないのかも。

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わかりやすい企画書の研究

 こんばんは。

 先日、パソコンのやりすぎで目が疲れると、ブログに書いたことがありましたね。

 最近、それを緩和する方法を知りました。

 それは、動脈マッサージ。

 うちにあった健康雑誌を何気に見ていたら、目の疲れに効果的という記事が目についたのです。

 半信半疑で試してみたら、これが効果てきめん。

 目がショボショボしてかすんで見えても、目の周りを1分くらいマッサージするだけで、視界がすっきりです。

 やり方は簡単ですよ。

 まず、両手の手のひらで顔を覆う。そのとき、手のひらと指の間に隙間ができますよね。

 その隙間の部分に眼球が入るようにして、顔を両手で覆うのです。ポイントは、眼球を押さえないようにすること。

 そしてその状態のまま、手のひらを前後左右、上下に動かす。ぐるぐる回すように円を描いても良いし、左右の手のひらが別の動きをしてもいい。

 1分以上マッサージして、手のひらをパッとはずすと、うそのように目の疲れがとれて、まわりがくっきり見える。 

 よくわからないけれど、字義通り動脈をマッサージして疲れをとるのでしょうか。

 それはともかく、それ以来すっかり動脈マッサージにはまってしまいました。

 目が疲れたかなと思ったら、すぐやるようにしています。

 それで、先日外回りしていて、歩きつかれたので公園のベンチで少し休んだのですよ。

 そのとき、いつもの癖で動脈マッサージを…。

 マッサージをして、パッと手をはずして周りを見たら、公園にいる人たちがサッと顔をオイラから背けたのがわかりました。

 ベンチで休むサラリーマンや公園で遊ぶ子供を見守る主婦たちから、ホームレスのおっさんまで。

 公園デビューから間もない幼児は、きょとんとした顔でオイラを見ています。

 えっ?なんで??? どうしてオイラが注目を集めるわけ?

 自分がさっきまでしていたポーズを振り返ってみて、やっと納得がいきました。

 公園のベンチに浅く腰掛け、両手で顔を覆ってさめざめと泣く哀れな中年男が一人。

 リストラされたのか? それとも、勤めている会社が倒産したのか? もしかして、飲酒運転が発覚して懲戒解雇された公務員?

 大の男が顔を両手で覆って泣くシーンは滅多にないから同情されたのでしょう。

 ところが、その可哀相だと思っていた男が、いきなり手をパッとはずして周りを見回したのです。

 しかも、動脈マッサージの終わったすっきりさわやかな顔で…。

 まわりの同情が非難の顔に変わるのに、さほど時間は要しませんでした。

 大丈夫だろうかと思って心配していたら、いい年こいて、イナイ、イナイバァ~かよ。

 テメェ~、おちょくってるのか!!!

 その場の陰険な空気に耐えかねて、オイラは逃げるようにその場を去ったのでした。

 それはともかくビジネスネタ。 

 今日は新シリーズの一回目ですね。

 これからどれくらい続くかわかりませんが、ビジネスの基本中の基本、文章力にこだわってみたいと思います。

 10年以上前、いい文章が書きたい!と切なる希望をいだいて、図書館に半年以上通いました。

 そして「読みやすい文章の書き方」について書かれた本のエッセンスだけを抜書きしたのです。

 ところがそのバインダーノートがいまだに見つからない。

 そうこうしているうちに、最近オイラの文章がどうもおかしいと危機感をいだきはじめました。

 文章を作るのは、パソコンばかり。

 漢字がなかなか思い出せなくて、ボキャブラリーも減っているような。

 それにメールやブログをはじめとするネットの文体は、手書きの文章とは少し違いますからね。

 いつも読んでいただいている方はおわかりかと思いますが、どんどん崩れている。

 そこでもう一度、基本に戻って勉強しようと思ったのです。

 ところで文章といっても、いろいろありますね。

 作文、レポート、論文など学生時代におもに書く文章。

 それから、履歴書や職務経歴書、年賀状や暑中見舞いなどの手紙、祝辞、弔辞などは実生活に密接に結びついています。

 そのほか最近では、ブログやメルマガ、メールなどのネットで使われる文章も増えてきました。

 ブログやメルマガなどは、手紙や論文などの文体とは全然違いますね。

 それぞれTPOをわきまえて使い分けなければならないのですから、現代人は文章の定型が決まっていた昔の人より大変かも。

 今日は、その中でも企画書を取り上げたいと思います。

 ちょっと文章の中ではインディーズという感もありますが…。
             
 実は知り合いの社長さんたちから、いい企画書を書ける社員が少ないという声をよく耳にするんですよ。

 仕事をきちんとこなせる社員であっても、いざ企画書を作らせてみると、どこかで見たような文章を切り貼りしたものしか作れないらしい。

 実際、ただ命じられたから作ったと感じられるものが多いようなのです。

 作った本人に、企画のテーマや目的は何かと聞いても答えられないケースも多々あるとか。

 しかし社長さん自身、じゃあ自分で作れるかというとそうでもないみたいなのですね~。

 企画書の良し悪しはわかっても、白紙の状態から企画をひねり出すのはなかなか難しいのだと耳打ちされました。

 実はオイラの会社は、企画書や提案書の作成代行サービスもやっています。

 それなら、すぐ作れるのでしょうと皮肉の声が聞こえてきそうですが、依頼が入ると少し胃が痛くなる。

 肉体労働とも、頭脳労働とも違うちょっと違ったプレッシャーがかかるのですね~。

 仕事ってある意味、問題があって、それにどう応えていけばいいかという部分がある。

 でも、企画って、問題自体を自分で作って解答しなければならないことが多い。

 通常の仕事とは、脳の使う場所が違うような疲労感があるのですね。

 だから逆に、依頼されることが多いのかも。

 3年前に、ある出版社の社長から、出したい本の企画書があれば見てあげると言われたんですよ。

 ところが、いまだに書いていません。

 出版したいという気持ちは大いにあるのに、いざ企画書を書こうと思うとなかなか踏み切れない。

 いつでも書けると思うと、先送りしたくなるのが企画の本質かも。

 仕事としての強力なプレッシャーがないと、企画書を書くという面倒な仕事から逃れたいという気持ちも理解できますね。

 さて、そもそも企画って何なのでしょう。

 ある本によると「企画とは、問題解決に向けて具体的な解決策を明らかにしたもの」とあります。

 いわば企画書を作る本人の夢や計画を文書にまとめ、多くの賛同者を得るツールであると言えるのかも。

 そのためにはまず、しっかりと現状の問題点を分析・把握する。

 そして自分はこう提案したいという強い意志を持つことが大切なのですね。

 その気持ちがなければ、たんに上から命じられただけのレポート提出になってしまう。
 
 それでは、わかりやすい企画書を書くにはどうすればいいのか。

 長くなりそうなので、それはまた来週。

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会議で、発言せずにやる気を演出する法

 こんにちは。

 先日、ようやく角田光代の直木賞受賞作「対岸の彼女」を読み終わりました。

 忙しくて、細切れ時間を利用して読んだのですが、なかなか面白かったですよ。

 とくに、女性社長の率いる旅行代理店が、新規事業としてハウスクリーニングを手がけるリアル感にはびっくりしたな~もう。

 スモールビジネスの現場にいるオイラからしても、全然違和感がない。

 ハウスクリーニングの研修風景、新規事業立ち上げの問題点、チラシのポスティングの反応率。

 現実に、企業が経験のない分野で新規事業を立ち上げたら、こういうシュミレーションで事が進むだろうと思うのです。

 たとえば最初は、知り合いが顧客になってくれるのだけれど、注文は3件でストップ。そこから、まったく仕事のない長~い空白期間。

 チラシをポスティングしても、まったく効果なし。

 それでもあきらめずコツコツ宣伝していると、あきらめかけた頃に、電話で見積り依頼が入る。
 しかし相見積りで、すぐには決まらない。

 最初の仕事が決まったとき、感動して涙を流す主人公にジーンときました。

 だけど、そのまま事業が軌道に乗るわけではなく、過酷な試練が待ち受けて…。

 もちろん、作者が現場の人たちに密着して取材したからだと思いますが、作家自身にバックグラウンドがなければ、ここまでリアルに書けないかも。

 その意味では突っ込みを入れられない作品でした。

 恐るべし、直木賞作家。


 それに比べて、経営の専門家の書くビジネス書って、どうしてこんなに突っ込みたくなる本が多いのでしょう。

 そんなのあるわけないじゃん、という画期的営業法や経営法がたくさんあったりして。

 中身よりまず、注目されて本を売るという前提条件があるからでしょうね。そのために、皆が驚くようなタイトルを考える。

 その驚くようなタイトルにあわせて中身を考えると、理論と実践の間で矛盾が出てきてしまう。

 実際、現場で苦労したことがある人だったら、すぐ気がつくはず。

 若い頃、タイトルにつられてビジネス書を買い、実際ためしてみてひどい目にあったことが何度もあるので、否定的な意見を書いてしまうのですが…。

 もちろん、中には使える本もたくさんありますけど。
 

 さて、今まで、長々と引っ張ってきました「会議で、印象よく自己主張できる法」。

 ついに抵抗むなしく、2回目の最終回をむかえることになりました。

 次回からはまた新シリーズを、と行きたいところですが、目が疲れてどうしようかと…。

 さすがにテトリスは、時間短縮の方策を考えていますよ。

 たとえば、途中までブロックを一箇所に積み上げ、そこからスタートする。

 そうすると、ゲームオーバーまでの時間が短縮されて目の疲れが軽減できますからね。

 それでも最近は、ますますスキルがアップして、ゲームオーバー寸前の状態から盛り返すことがあるのです。

 大富豪は、勝ちすぎて面白くなくなり、最近はほとんどやらなくなりましたから、もう行き着くところまで行くしかないか、と…。


 それはともかく、ビジネスネタ。

 今日は、「会議で発言しなくても、積極的と思われる法」を中心に、アトランダムに書いていきます。

● 会議室の椅子に腰掛けたとき、背筋をビンと伸ばした姿勢が、しっかり者のイメージを作る。

 多胡輝氏の「好印象を与える自己表現術」によると、背中を丸めた姿勢をとる人は、内省的、防衛的な傾向が強いそうです。

 つまり、人嫌いなタイプと見られるんですね。

 やはりビジネスマン、ビジネスウーマンともに、そういうふうに見られるのは、仕事をしていく上において損かも。

 確かに会議のとき、背筋を伸ばして発言している人のほうを向くのは、前向きだと取られます。

 ただ司会者から、「○○さん、何か、発言したいことあるの?」と聞かれる可能性もありますので念のため。

 そういう姿勢をとる以上、自分の意見をまとめておく必要はありますね。

 逆に考えると、そういうふうに突然、意見を求められるから、皆、背中を丸くしてテーブルについているのでしょうか。

 消極的な見た目と、実際会議に消極的なのは、一致するわけなんですな。

 次は、上記と関連する自己表現術です。

● 椅子に深々と掛けるより、浅く座ったほうが積極的な姿勢を感じさせることができる。

 これは、会社訪問の学生ならみんな経験があることがらではないでしょうか。

 面接のとき、面接官に向かって、椅子に深々と腰掛けるのは、なんとなく傲慢な印象を与える、…と、面接のノウハウ本に書いてあったのを覚えています。

 確かに、椅子に浅く腰掛けると、すぐ立ち上がることができる。

 次の行動をとりやすいということで、積極的に感じさせるのでしょう。

 若さも感じられますね。

 椅子の座り方だけで、会議で積極的なイメージを与えられるなら利用しない手はありません。

 背を伸ばし、椅子に浅く腰掛ける。…とくれば次はこれでしょう。
 
● 身を乗り出して聞くと、相手に強い関心を持っていることが伝えられる。

 テレビの野球中継やサッカー中継でも、試合が白熱し、強い興味を持ってくると、人は自然に身を乗り出します。

 その姿勢を見ただけで、周りの人は、彼が強い関心を抱いているというのがわかるもの。

 もし会議の場で、面白くない議題だからといって、身を引いて及び腰になっていると、それだけで仕事に消極的だと思われかねない。

 嫌でも、興味がなくても、そういうふうに心の中で思っているのかと、相手に勘ぐられたくなければ、身を乗り出して聞くふりをすることも一法です。

 さて、今まではどちらかというとネガティブな自己表現術でしたが、最後は、究極の積極性を表現する法を。

 ただし、これだけは発言が必要ですが…。

● 会議やミーティングで発言するときは、立ち上がるだけでも話しに迫力を出すことができる。

 皆が座っている会議で、立ち上がる。

 そんな慣習がない会議だとそれだけでも参加者の印象に残るでしょうね。

 ここぞというとき、どうしても通したい案件があるとき、立ち上がって熱弁を振るうのは効きそうな気がします。

 ただ、この方法は皆がしらけてしまうと、ちょっとかっこ悪い。

 立ち上がって話すぐらいだから、話す中身もある程度、皆の注目を集めるものでなければならないでしょう。

 それに自信があるなら、今だ! という感じで、熱弁をふるってくださいね。


 最後におまけ。

 今年の正月にお送りした「決定! 心に残る東京都内絶景スポット、ベスト3」の第3位 「勝鬨橋から聖路加タワーおよび大川端リバーシティー21の高層ビル群を望む」の画像です。

Ts360208

 でも、こちらのほうが新旧の対比がいい味を出しているかも。

Ts360207

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会議で、周りから思慮深く見られる法

 こんばんは。

 もう気かついたら、9月ですか。

 ホントに日が経つのは早いです。

 学生のときみたいに、明日から学校で憂鬱~ということはありませんけど、去り行く夏に多少感傷的な気分も感じます。

 今年の夏は、例年と比べて、いろいろな経験をしましたから。

 まず、社交ダンス。そして、バンジージャンプ。

 壁を駆け上がり、摩天楼をひとっ飛び。それから、さる大名家への仕官活動。日本人武道家とカンフーで対決。また、異星人との戦争や連続殺人事件に遭遇したことも。

 東京タワーに巣を作ったギャオスに対して、ガメラとともに戦ったこともありましたっけ。

 ホント、盛りだくさんの夏でしたね~。

 
 もうお分かりだと思いますが、これ全部、オイラがこの夏に見たDVD。

 実は、夏の初めに新しいパソコンを買ったのですよ。

 その名は、東芝ダイナブック。

 CPUが、インテルセルロンM。メモリが512MB。ハードディスクが100GB。DVDスーパーマルチドライブで、ディスプレイが15.4型ワイドのスーパークリアビュー液晶です。

 いつも安い商品ばっかり買っているオイラとしては、わりと奮発したほうかも。

 でも、まともには買いませぬ。

 2006年の春モデルを在庫がなくなる寸前まで待ち、メーカー直販サイトのプレミアム価格で購入することができました。

 なんたって、価格コムの最安値より、1万円も安かったのですよ。

 そのパソコンで今年の夏はDVDを見まくりました。

 近所の図書館ではDVDの貸し出しもやっていて、一週間に2本まで借りられるのです。

 最初に見た、寺尾聡主演の「雨あがる」の映像がきれいで、物語もほのぼのとしていてすっかりはまってしまいました。

 社交ダンスは、役所広司と草刈民代の「シャルウィダンス」。バンジージャンプは、イ・ビョンホン主演の韓国映画、「バンジージャンプする」。

 それから、「キャット・ウーマン」や「スパイダーマン」、「インディペンデンス・デイ」、「ハスラー」なども面白かった。

 知り合いがなぜ突然、社交ダンスをはじめたのか、「シャルウィダンス」を見てはじめて納得がいきましたね。

 草刈民代さんの立ち姿は、とてもきれいでしたから。

 ハリー・ポッターのシリーズも、いつか借りたいと野望をいだいています。

 それはともかく、ビジネスネタ。
 
 今日は、会議で、できる自分をアピールする方法をアトランダムに上げていきたいと思います。少しテンポを早め、サクサクいきましょう。

 …ということで、会議で好印象を与える自己表現術のその7。
 
● 相手の質問には、一呼吸おいてから答えると、思慮深く見える。

 これは、自分が発言した内容に対して、反論があった場合に効果的ではないでしょうか。

 かつて見たアメリカ映画、『評決』の中で、ポール・ニューマン扮する酔いどれ弁護士が、検事に反論されると、じっと黙って検事を見つめ、一呼吸おく。

 独特の理知的な額にしわを寄せ、「困ったことを言う人だ」というように青い目で見ながら考え込むんですよ。

 当然評決だから、一般人の陪審員が彼の表情をじっと見ている。

 これが、検事の反論にすぐ飛び上がって、立て板に水のようにまくし立てていたら軽薄な印象は免れないでしょうね。

 積極的に論戦に持ち込む法廷戦略もあるかもしれませんが、やはり重要事項は、じっくり考えてから反論した方がいい。

 いわゆる、間の取り方。

 落語でも、会話でも、間の取り方が大事だとよく言われます。

 これがうまくいくと、確かに重厚で思慮深い印象を、人に与えることも可能ですね。

● 自分の専門分野について話すときは、専門用語を使わないようにしたほうが好感を与えられる。

 これも結構、大事だと思いますよ。

 会議の出席者のなかには、議題に関連する専門家が一人でもいれば当然、意見は重要視される。
周りの人たちが皆素人の場合、尊敬の目で見られるかもしれませんね。

 ところがその専門家が、自分は専門家であるとの自意識が働いて、他の素人の出席者を軽んずるような振る舞いがあると、その立場は一転します。

「少しぐらい知ってるからって、態度がでかすぎる」というのは当然としても、「専門用語ばかり使って、言ってることが全然わからない」と思われることは決して珍しくない。

「わざと、わからないような言葉を使って、会議の方向を煙に巻こうとしている」なんて思われたりしたら、逆に素人からのしっぺ返しがあるかもしれません。

 しかし、ホントは専門家って、そんな気持ちなど全然ない場合が結構ある。

 要は、専門家が常識だと思っていることが、素人には常識ではないというだけなのかも。

 人間というのは、自分の知っていることぐらい誰でも知ってるはずだと思ってしまう生き物らしいですから。

 それでも、素人のひがみにあってはたまりません。

 やはり、会議の場では、出席者の誰でもわかる言葉で話すのが鉄則です。

 
● 会議で、相手の話を熱心に聞いているふりをするには、メモをとるのもいい

 以前、ビジネス教育の研修会社の講師として、定期的に講演を行ったことがあります。

 いざ参加者の前に立ち、講演を行っていると、わかるんですよ。ちゃんと真面目に聞いてくれているのかどうかが。

 前を向き、下を向いてレジュメに目を落としているように見えるんだけど、微動だにしない参加者がいる。完全に固まっちゃってる。

 目を開いたまま寝てるのか?

 どーせ、面白くないっすよ、オイラの話は…。と、腹をたて、当てて恥をかかせてやろうかと思うのですが、それもかわいそう。

 連日、午前様になるまで、残業があるんだって。

 研修にくるときぐらいゆったりした気持ちになりたい気持ちもわかる。

 ところで、さっきから熱心にメモを取っている若手の参加者。

 それだけでも前向きだなと感じられます。

 でもあとで聞いたら、予定していた参加者が急用で来れなくなり、メモだけ取ってきてくれと新入社員に頼んだのだとか。

 メモをしっかり取らないと怒られるのですと、泣きそうな顔で言っていました。

 しかし最後の質問コーナーで、目を開いて寝ていたと思った参加者から、鋭い質問が来たんですよ。

 ちゃんと聞いていなければ、できないような質問が…。
 
 完全に固まった状態で講義を聞くのが、彼のスタイルだったのでしょう。

 しかし、あれはどう見ても、寝ているとしか思えなかった。

 オイラじゃなければ、怒った講師もいたかもしれません。

 講義の聞き方もそうですが、会議へ参加する人たちに、こちらの取り組み姿勢の「見せ方」も大事だと思うんですよ。

 次回は、その辺りを中心にご紹介したいと思います。

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会議で、自分の発言に説得力を加える法

 こんにちは。

 先日、なんと、「東京国立劇場」の中へ入ってしまいました。もちろん、生まれて初めて。

 たまに国会図書館へ行くとき、いつかは中へ行ってみたいと思っていました。

 その願いが通じたのか、公私共にお世話になっている病院の院長先生が招待してくれたのです。

「国立劇場」といえば、最高裁判所の隣にある格調ある建物。正面は、桜田濠をはさんで皇居。それから警視庁の庁舎もご近所です。

 江戸時代、庶民の娯楽であった歌舞伎や舞踊が、今の時代はお上の目の前で堂々と行われているのも、時の流れを感じますね。

 先日の公演は、「市川流舞踊会 市川ぼたん御披露目」でした。

 市川ぼたんは、歌舞伎界の大名跡、市川團十郎の長女で、市川海老蔵の妹だそうな。

 公演では市川ぼたんを中心に、市川團十郎率いる市川流の舞踊を堪能できました。

 まず、市川團十郎の「景清」。

 白血病の闘病生活を感じさせない動きと迫力に、さすがの存在感。還暦を迎えたとは思えないくらい若いですね。

 傘をさして見栄をきる動作が気に入って、今日雨が降ったとき、自然と真似してしまいました。

 次は、市川海老蔵と市川紅梅の「団子売」。

 大河ドラマの武蔵やスキンヘッドの強面のイメージもあった海老蔵ですが、団子を売るいなせな町人を飄々と演じて、好感が持てました。

 最後は、新歌舞伎十八番の「鏡獅子(かがみじし)」。

 長い白い毛を頭にかぶり、ぐるぐるまわすインパクトある演出は有名ですね。

 最初、六法を踏みながら鏡獅子が花道から現れたとき、誰もが海老蔵だと思ったんですよ。

 それくらい動きに迫力がありましたから。

 オイラなんか、終わった後も気づかなかったくらいです。あとで、26歳の女性のぼたんが演じていたと聞かされて、皆驚いていました。

 その少し前に、お姫様の姿でエレガントに舞踊をしていましたから、その落差にびっくりしたのです。

 それにしても先日の舞踊会は、有名な人たちが集まっていて、そちらのほうでもオイラはびっくりですね~。

 
 ところで、今では歌舞伎や舞踏というと、教養としてのカテゴリに入れられるのかも。

 テレビでは、NHKの教育テレビでしか見られないですし…。

 昨日行くまではオイラもそう思っていました。

 でも、生で舞台を見ると、ホントに面白い。

 江戸時代のエンタテイメントですね。

 三味線や鼓、太鼓、そして唄のバックミュージックにあわせて、出演者が踊る。

 これはまさに、ミュージカルですよ。

 床を足で踏んで、音楽に合わせ、リズミカルに「ドン」と音を立てるのは、タップダンスに見える。

 今見ても、結構面白いのだから、言葉が何の抵抗もなく受け入れられた江戸時代の人たちにとっては、「キャッツ」や「ライオン・キング」を見ているような気分になったのかも。

 ある程度、当時で完成してしまったから、そのままの形で今に残ったのかもしれませんね。

 江戸時代の庶民の気持ちになって見ると、まだまだ発見はありそうです。

 
 さて、今日は久しぶりのビジネスネタ。

 もうかなり忘れてしまっていますが、夏休み前は「会議で好印象を与える自己表現術」の話題だったような。

 今日はその続きの「会議で好印象を与える自己表現術のその6」から。

● 端数のある数字を使うと、話の信頼感を増す。

 会議の場では、たとえ使わなくても、資料を用意することで、信頼感を高めることができると言われます。

 …というのは、人がある決定をするとき、いかにそれに対する情報を集めたか、そしてその情報の出所は確かか、ということが重要になるからです。

 端数まできちんと出た数字を求めるためには、いい加減な仕事をしていたらわからないかも。
 しっかり資料を集め、分析しなければならない。

 当然、その出所も、確かなところでなければならないでしょう。

 また、その端数まで求められた理由も明らかにしなければならない。

 それだけの手間隙をかけて情報を集めたのだから、その話を信用してよいだろうと言うことになるのです。

 このあたりの心理は、チラシやパンフレットを作るときにも応用できますね。

 宣伝用のチラシやパンフレットには、どうしても「私たちの町で、一番売れている!!」とか、「市内で一番安い! ○○屋の××商品」とか、いろいろ気合を入れた宣伝文句を書きたくなる。

 売るほうにすごい気合が入っているのはわかるんだけど、意外と消費者は冷静。

 なぜかというと、こんな売り文句は、「こんにちは。今日は良いお天気ですね」みたいな挨拶言葉ぐらいにしか考えてないからです。

 中には、チラシを飾るロゴマークの一部だと思っているお客さんもいる。

おぉぉぉぉぉぉぉぉ~。今日の『一番安い』っていう言葉のレタリング。なかなかいいデザインじゃん」なんて。

 最近の消費者は、堅いですからね。

 経験豊富だし、テレビで悪徳商法のニュースを見ているから、ちょっとやそっとの宣伝文句では振り向かない。

 こういう場合のチラシやパンフレットの対策としては、事実だけをストレートに伝えることに徹したほうがいい場合もあります。

 たとえば、ホントに市内で一番売れているなら、自分の店と他の店との売上げ比較の数字だけを載せる。

 また、ホントに市内で一番安いなら、その商品の価格と他店の値段比較をきっちりやる。

 もちろん、端数までしっかりと、ですね。

 真実の情報だけさらりと開示し、「お選びになる基準は、こちらでご提供させていただきます。
あとはごゆっくり、比較ご検討ください」と、判断をお客様に委ねるのです。
 
 宣伝文句のない厳格な数字だけ載せたチラシ、パンフレット。数字だけでは嘘をつきようがありません。

 小細工もできない。

 だからこそ、説得力が増すといっても良いんじゃないでしょうか。

 だけど、それでも消費者様の全てを振り向かせることはできないんですよ。

「なんで、そんな安いの? 商品に問題があるんじゃないの?」

 …と、勘ぐる人が必ずいます。

 そういう風にうがった見方で物事を考えるのは、以前にお話したかもしれませんが、インテリに多い。

 インテリというのは、地域のキーマン、あるいは口コミの発信元になっているケースが多いですからね。絶対、無視することはできません。

 インテリを説得する方法は、以前ブログに書きましたが、もう一度ご紹介しましょう。

● 教育程度の高い人間は、説得者の意図する方向だけの説得よりも、その意図に反する情報を含めた説得によって、より動かされる。

 たとえば、インテリが納得できる商品の安い理由をこちらが提供しなければならない。それでもインテリは、「そんなにうまい話が世の中にあるわけがない」とデメリットを必死で探そうとする。

 そこで、「実は、ちょっとこの商品はワケありなんですと、説得者の意図に反する情報を含めて説得する」。

 こういう説得の仕方に、インテリは弱いんでしたね。

 あれっ? 最初は会議の話だったのに、どうしてここまで脱線してしまったんだろ。

 すいません。

 次回も会議で好印象を与える方法は続きます。 

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会議で、自分の意見に説得力を持たせる法

 こんにちは。

 先日やっと、司馬遼太郎の「胡蝶の夢」を読み終わりました。

 去年から読み始め、1~3巻までは続けて読んだのですが、最後の4巻が図書館でなかなか借りられず、半年近く間があいてしまいました。

 4巻だけ、もともとその図書館にはなかったみたい。

 何でいつも4巻だけ借りられているのだろうと、不思議に思ったのですが、やっとその謎が解けました。

 別の図書館には、その4巻だけがあったのですよ。

 関連はあるんだろうけれど、その経緯がよくわからない。

 ネット小説では、途中まで無料で読めるけれど、一番良いところだけお金を払わなければ読めない、なんてことがあるのだけれど…。

 その間に、20~30冊も別の本を読んだので、登場人物のプロフィールを思い出すのが大変でした。

 それはともかく、「胡蝶の夢」は、幕末から明治維新にかけての日本の医学史が手に取るようにわかって、とても面白かったです。

 医師と患者さんとの関係は、江戸や明治時代にその原型が作られ、今なおその影響が色濃く残っているという指摘は納得。

 もともと医師は、大名など身分の高い人を診察するためのもので、一般庶民を診察する医師は「町医者」と言われて低く見られていたそうな。

 それでも、当時の風潮に棹差す人間は必ず登場する。

 関寛斎という登場人物には共感できましたね。医者として栄耀栄華を極められたかもしれないのに、すべてを投げ打って北海道の開拓へ向かう。しかし、志半ばで自殺するくだりはいろいろ考えさせられました。

 司馬さんもそうだと思いますが、オイラもこういう常に視点が庶民の立場にある人って好きです。

 ただそういう視点を持って生きている人は、なぜか悲劇的な末路をたどる傾向がある。

 西郷隆盛も、英雄でありがら、常に庶民的な感覚を失わない人でした。その悲劇的な末路はご存知の通り。

 西郷の人間的魅力は、幼少時から備わったものらしい。

 西郷のいた鹿児島の小さな町内からは、彼のほかにも大山巌や東郷平八郎のような大勢の俊才が登場した。

 なぜ、こんな小さな町から、同じタイプの人間的魅力を備えた英雄が誕生したのか。

 司馬氏は、鹿児島に古くから伝わる風習が、それを生んだと位置づけています。

 それはまたいずれ。
 
 
 ところで前々回は、太閤秀吉の例など出して、多少話が堅苦しくなりました。

 日本史が好きだから、何でも今みたいに昔の有名人に置き換えて考えたくなるんですね~。

 とくに天守閣や石垣などを持った城が大量に作られる安土桃山から江戸時代初期の大名に関しては、オタクなみに詳しい。

 その当時は、戦国時代から3人の英雄によって、平和な時代へ移行しようという大変革期。

 ちょっとの仕事の失敗や失言でも、すぐ首と胴が離れる時代です。

 それだけ、人と人との関係を、日夜、突き詰めて考えざるをえなくなる。

 明日の命が、よほど運が悪くない限り保証されている時代って、過去の歴史を振り返ってみてもそう多くはないかもしれません。


 オイラだって、40年近く、早く生まれていたら、確実に戦争へ行かされてました。

 大学時代のアルバイト先の社長が、戦時中、マレーシア戦線で生き残った人で、顔を合わすたびに、「君らの年代で戦争へ行ったら、みんな鉄砲の弾除けだよ」って言っていたのを思い出します。

 確かに、そうだったのでしょう。

 吉野家の牛丼弁当を食べながら、アルバイト学生が車座になって、その社長の戦争の話に聞き入りました。

 ちなみにアルバイトって、ビルの清掃です。

 社長といっても、作業服を着た現場監督みたいなもの。

 でも、いつも背筋がぴんと伸び、残業で夜の8~9時までぶっ通しで働いても顔色ひとつ変えず、黙々と働いていました。

 そういえばここ数年、戦争へ行ったという昔話をする人がまわりに一人もいなくなってしまった。

 オイラが子供の頃は、当時50歳過ぎていた男性は皆戦争へ行った経験がありましたからね。

 当時、クラスメートの一人から「もし軍隊へ入るんだったら、陸軍と海軍とどっちがいい?」と聞かれた記憶があります。

 彼のうちでは、毎晩そういう話題が出ていたとか。

 今はどんなに仕事で失敗しても、普通の会社なら命までは取られません。思えば、そういう幸せな時代に生まれたことだけでも、喜んでいいのかも。


 それはともかく、会議の話の続きでした。

今日は、会議で話すとき、ちょっと気をつけるだけで相手に好印象を与え、なおかつ密かに上司にアピールする秘訣をご紹介しましょう。

 題して、会議で好印象を与える自己表現術のその5。

● 自分の話に説得力を持たせるためには、ことわざや格言を引用して言いたいことを補強すると効果があり、かつ傲慢に見えない。

 人生経験の少ない若者なのに、自分で考えた教訓じみた言葉を、教え諭すような感じで話すと、彼の年上の人たちは皆、カチンと来ますよね。

 しかし、人生経験の少ない若者の言葉だからカチンと来る訳ではないのです。

 年上に対して説教しようとする態度にカチンと来る。

 日頃の行いが悪いのか、オイラもたまに、酒癖の悪い後輩につかまって説教されることがあります。

 完全に目が据わっていて怖いので、仕方なく、大人しく聞く羽目になる。

 確かに、頭にきますね。

 そんなこと、お前に言われる筋合いはない!!!と、叫び、目を覚ませぇぇぇぇぇ~と、彼の頭に水をかけたくなる。

 でも、よく聞くと、彼の言うことにも一理ある。

 わかるけど、酔っ払いに説教されて、次の日から、「はい、そうですか」と変えられるわけもない。

 絶対、変えてやるもんかと思う。

 それはやはり、人の振り見て我が振り直さない人間の言うことなど聞けるかという気持ちもあるでしょうが、彼が後輩ということが一番の理由でしょう。

 しかし、できる人間は、年上の相手を説得したいとき、自分の言葉ではなく、ことわざや名言、格言を利用して、主張したいことをうまくオブラートに包んで言うんですな。

 誰でも、青二才の言うことは耳を傾けなくても、常識として知れ渡っていることわざや名言・格言に反することはしたくない。

 会議の席でこれらを引用して、自分の言いたいことを補強すれば、発言者の個人的な意見が、歴史上の偉人や名経営者が彼の意見に賛同しているような気分にさせることも可能です。

 そういえば、交渉上手で知られる外国の元首や外交官は、ことわざや世界各国の名言や格言を絡め、実にうまく交渉するそうですよ。

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会議で、生意気と思われずに意見をアピールする法

 こんにちは。

 暑い日が続きますね。

 さて、今日は気持ちを切り替えて、また会議ネタです。

 その前に、前々回に意味のない長文をだらだら書き続けたお詫びもしなければなりませぬ。
 
 でも、その実験的行為により、文章や会話のセンテンスは短く、ということは立証されたように思います。(←全然、懲りてない)

 落語の、「寿限無寿限無、五劫のすり切れ、海砂利水魚の水行末、運行末、風来末、食う寝る所~」(っと、あぶない、あぶない、また昨日の二の舞を踏むところだった)

 …という名前をバカ正直に呼ぶ人たちは、皆、頭悪そうに描かれていますものね。

 それはともかく、要点を端的に、短いセンテンスで表現できる人は、「できる人」と見られるのは間違いないようです。

 これと似たような、会議で気をつけたい点があるんですよ。

●「私に良い考えがあるのですが…」や「絶対、消費者に受ける新商品のアイデアを思いついたのですが…」など、会議のほかの参加者に期待を持たせる前置きは、逆効果になりやすい。

 たとえ、本当に、良い考えや絶対に受けるアイデアであっても、こういう前置きを自信満々で言われると、あとでそれらを聞き、な~んだぁ~と言いたくなりませんか?

 人は、鼻高々の自信家の意見を、たとえそれがどんなに素晴らしいものだったとしても、受け入れたくないんですね。

 それを無条件で受け入れると、あの野郎、ますます増長するだろう。ここらでひとつ、あいつの高い鼻をへし折って懲らしめてやろうと考えるんですな。

 おごり高ぶって領民をいじめる悪代官に、黄門様が、「助さん、格さん、少し懲らしめてやりなさい」と言うような。

 では、どうするか。その答えが、会議で好印象を与える自己表現術のその2。

●「あなたの話で思いついた」と、相手の話に関連させると、意見が受け入れられやすくなる。

 たとえば、「私に良い考えがあるのですが…」などと、自分で一から十まですべて考えたと自慢して顰蹙を買うよりは、「実は、以前、○○課長からご指導いただいたことから、ふと思いついたのですが…」とやったほうが、意見が受け入れやすいとか。

 そうですよね。上司の顔も立つし、上司の考えが反映された意見だと周りの人たちも思うでしょう。

 少し、自分の自意識を減らしてやるだけで、大きな効果が期待できます。

 次に、「絶対、消費者に受ける新商品のアイデアを思いついたのですが…」なんていう自信過剰の権化みたいな例はどう改めるか。

● 会議の発表のときの意見具申は、上の人間に教えを請う形ですると、生意気に聞こえない。

 これが、会議で好印象を与える自己表現術のその3。

 たとえば…

「新しい商品開発について、消費者の視点から、こんな新商品のアイデアを考えてみました。しかし、開発過程でこんな疑問がわいたのですが、考え方の方向性を教えていただければ助かります」

 と、改めてみたらいかがでしょう。

「何だ、そんなこともわからないのか」と、ブツブツ言われながらも、案外目は笑っている、かもしれません。

 これらと関連するものとして、以下のフレーズも追加させてください。

● 企画や提案は、100%完成させず、上役の意見を聞く余地を残しておく。

 はじめに申しておきますが、これは全てのケースに当てはまるわけではありません。

 本来、一人前の社会人なら、企画や提案は自分で全て考え、プレゼンテーションしてもなんら問題はない。…と、いうより当然でしょう。

 また企業として、それぐらいの能力を持った社員がいなければお話にならないのも事実。

 しかし、自分より優れた企画や提案が、部下の個人的な能力によってのみもたらされたということに、上司はどういう気持ちを持つでしょうか。

 客観的に見て、これは素直に喜んでいいことに決まってます。

 たとえホントは違っても、すぐれた部下を自分は育てたのだと思えば、表立ってそれに異を唱える人はいないはず。

 一応部下なんですから、多少の薫陶は目に見えない形でも、与えている可能性がある。

 でも、そう思わない上司って、結構多いかも。

 とくに大企業で、最先端の経営理論を勉強している上司ほど、部下が100%ひとりで作り上げた企画や提案にケチをつけそうです。

 本当にケチをつけねばならない企画や提案も数多くあるのでしょうけど…。

 これが、自分の会社とは関係ない赤の他人だったら、素直に受け入れられるんですよ。

「旧来の価値観を変えるようなバイタリティのある若手って、うちの会社にはいないよな」

 なんて、嘆いている中高年中間管理職は、結構いるらしいですが、ホントに部下にいたらどうなんでしょうねぇ。

「こいつの企画や提案が全て通ったら、大変なことになるぞ。いくら企画は良くても、あいつに権限を与えたら大変なことになる。俺たちは真っ先にリストラじゃ」と大騒ぎになって、シャットアウトせざるをえなくなる。
 
 これは少し極端な例かもしれませんが、能力のある部下が、自分ひとりで作った企画、提案に対して、諸手をあげて喜べないムードが一部の組織の中にあることは間違いない。

 そこで、企画や提案を支障なく通したいと思ったら、それを100%完成させず、上役の意見を聞く余地を残しておく。

 これは、おべっかとも考えられますが、このような手を使って出世をした人が、日本の歴史の中にいますね。

 史上最大の出世をしたと言っていい、太閤秀吉です。

 ご存知のように秀吉は、草履取りから身を起こし、上司といっていい織田信長に気に入られ出世街道を邁進します。

 そして、毛利攻めの司令長官に任命される。まだ羽柴秀吉と言っていた時代です。

 秀吉は苦労しながらも、諜略を繰り返して味方を増やし、一歩一歩、毛利を追い詰めていきます。そして、自分だけの軍勢でも毛利と互角に戦えるところまでくる。

 ここで秀吉が、自分の軍勢だけで毛利を滅亡に追い込めば、すごい功名を立てることになるでしょう。

 秀吉は、自分だけでもある程度戦えるという自信はあったと思いますよ。でも、上司の信長に援軍を要請します。

「大毛利は、とても猿風情が戦えるような相手ではございません。是非、信長様自らの出馬をお願いいたしたく…」と、平身低頭して、秀吉は信長の出馬を懇願します。

 功名を100%完成させず、信長の意見を聞く余地を残しておいたのです。この辺の人間の機微の読み方はさすがですね。普通なら、絶対自分のところの軍勢だけで勝ちたいと思うのが人情です。

 信長は、当然、秀吉の考えはわかっていたのでしょう。

 しかし、怒れない。

「いつまで経っても、俺が出て行かなければ戦を終わらせられないのか」と苦笑したかもしれません。

 しかし、気分は悪くなかったのでしょうね。すぐ明智光秀を、秀吉の応援に向かわせ、自らも安土城を出て中国へ向かうべく、京都の本能寺へ入る。

 そのあとは、皆さんご存知の通り。

 能力に見合った仕事なら、一人ですべて完成させないと、「何だ。こんなことも一人でできないのか」と怒られる。

 周りの誰が見ても、できそうにない仕事をひとりで全てこなしてしまうのは、気持ちのいいものです。

 若い頃、そう度々ではありませんでしたが、何回かありました。支店全体の目標を一人で全部やってしまうみたいな。

 当然、それだけ仕事をすればほめられます。全部自分がやったんだと肩で風切って歩きたくなる。

 しかし、それも一瞬。

 仕事ができるということは、確かに認める。だけど人間としては、ひとり突出して喜んでいる者は認めない。

 この論理を、もちろん面と向かって言う人は誰もいないでしょう。本人すら気づいていない場合が多いのですから。

 だけど、なんとなく面白くない。いけ好かないという気持ちだけが残る。

 そして、それがどんどん積み重ねられていくのですね。

 こういう人間関係のからくりを、太閤秀吉は知っていたのですね。いくら「人たらしの秀吉」と言われるぐらい人間関係に造詣が深くても、400年以上前の人ですよ。

 そんな昔の人に、いまさらながら教えられるというのは、人間は進歩したなんて、勝手に思っておきながら、実際は少しも進歩していないことに驚かされるのです。

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会議で、イメージよく自己表現する法

 こんにちは。

 先日、仕事で銀座へ行きました。

 ぐるぐるいろんな会社を回ったのですが、結構雨が強くなってきたのでちょっと雨宿りをしようか、と思ったのですよ。

 歩行者天国で有名な中央通り沿いには、三越や松坂屋などデパート、専門店が並んでいるので雨宿りには困らないですね。

 最近、ユニクロも銀座の一等地への進出を果たしましたし…。

 でも、歌舞伎座や新橋演舞場周辺はオフィスビルが多いので、喫茶店に入るしかない。

 こういう場合、なかなか喫茶店には入りづらいのです。ゆったりとしたソファーと軽音楽、おいしいコーヒーに囲まれたら、二度と暴風雨の吹き荒れる外へ出て行く気分がなくなってしまう。

 ちょっと雨風がしのげて、雨が小降りになるまで時間をつぶせるところがベター。

 この条件にぴったりのところがありました。

 日産本社のショールーム。

 銀座の中心街のショールームみたいに混んでなくて、広々としたロビーに腰掛けて休める場所もある。

 それに、新車が展示してあって、実際運転席に座ったりできるから、ちょっとしたプチ・モーターショー気分も味わえるのです。

 コンパニオンのおねーたんが、笑顔でいろいろ説明してくれますし…。

 オイラが行った日は、うれしいことに昭和40年代の日産の屋台骨を支えた名車が展示してありました。

 まず、スカイラインGT。

Ts360001

 ハコスカで有名ですね。車の性能ってあまり詳しくないのですが、伝説の名車と言われているそうな。今でもこの車に乗っているファンが少なくない。

 当時、スカイラインのCMが流れるたびに、東八郎率いるトリオ・スカイラインとどうつながりがあるのだろうと真剣に考えたものです。

 こちらはグロリア。

Ts360004

 実際見ると、すごく大きいですね~。今の高級車と比べてみても、堂々たる風格が違います。キャディラックなど超大型の外車に対抗して作ったのですかね。

 乗用車というより、RV車のような迫力がありました。

 でも、こんな高級車よりも、庶民のオイラとしては大衆車のほうが懐かしい。

 ところで、これが当時のブルーバードと言って、わかる人は何人ぐらいいるでしょうか。

Ts360003

 小型トラックのフロントみたい。この車は当時、ホントによく見かけました。

 やはり名車なのでしょうね。

 でもオイラはやっぱり、チェリーがいい。

Ts360002

 この車は、エンジンの排気量は小さかったのですが、室内は当時のスカイラインと同じくらいの広さがあったそうです。

 当時の車って、どれもハンドルが細い。力のある人だったら、ハンドルを壊したりしなかったのでしょうか。


 それにしても、前回のテーマは古い映画で、今回は古い車。

 昔を振り返るばかりでなく、未来にも目を向けねばなりませぬ。

 …ということで、今回のブログからまた新しいことにチャレンジしました。

 実は昨日、半日近くもパソコンと格闘したのですよ。

 以前のブログと違う点がわかります?

 わかったら努力の甲斐があったというものですけど。

 違う点は、次回に種あかしを。

 でも、見た目ではそれほどわからないかも。あまり一生懸命考えますと、あとで腹が立つと思いますので、その点はご容赦ください。


 さて、ここからが本題。今日も会議ネタです。

 会議というのは、当たり前ですが、大勢の人たちが参加するケースが多いですよね。

 ひとつの発言、ひとつの動作、表情が、大勢の人たちにインプットされます。

 仕事の現場で、大勢の人たちが一緒に論ずる機会というのはそう多くないはず。

 だから一層、会議の場での立ち居振る舞いが、一人ひとりの仕事の評価とあいまって印象に残りやすいのですね~。

 また、同じ議題を論じれば、その発言内容や考え方の違いによって、その人の能力や取り組み姿勢に優劣があることが明白になってしまう。

 会議の場での成功、失敗というのは、仕事の評価に大きな影響を及ぼすかも。

 仕事の内容が悪ければあきらめもつきますが、仕事は申し分のない働きをしていても、会議の場での印象が悪いために、冷や飯を食っている人たちは結構大勢いると思いますよ。

 …というのは、もしかしたらオイラも、勤め人をしていた頃は、まわりに悪い印象をふりまいていたのではないかと考えるのです。

 営業の数字は結構あげていましたが、評価するのは周りの人たちですからね。

営業で頑張って会社に利益をもたらす = まわりの人たちが大喜び、という当然の理屈がまかり通らないのが会社組織の面白いところ。

 独立開業し、自分が客観的に見られるようになって気づいたことって結構あります。

 会議の場でも、今の自分なら、何でそんなバカなことやるんだ、っていうことを平気でやっていたのですから。

 どんなに偉い先生や一流大学を出た経営陣が、経営学、経営組織論を唱えたところで、所詮、会社組織は、人と人の集まり。

 高等数学並みの高度な理論を学ぶ前に、まず人間関係の基本原則を勉強した方がいいのかもしれません。

 …と、前ふりはいつもながら長く、いつもと違って、カッコいいことも書いてしまいました。

 要は、自分の主張したいことを、ただストレートに言うだけじゃなく、相手がそれをどう受けとめるかということも考える必要がありますよ、と言いたいのじゃ~。

 自分の主張が、たとえ会社にとってプラスになることでも、主張の仕方によっては自分にとってマイナスの評価になる可能性もある。

 多胡輝氏の著作の中に、「だからこの人は好印象を持たれる」という本があります。

 この本はまさに、上記のジレンマの解決策を提供してくれますな。

 そのなかで、会議の場で使える方法だけに絞って、「会議の場で好印象を与える方法」についてご紹介しましょう。

 ただ、この本は、もともと会議の場で好印象を与えるという趣旨で書かれた本ではありません。かなりの部分、現場で失敗を重ねたオイラの勝手な解釈が含まれておりますので、念のため。

 では、会議で好印象を与える自己表現術その1から。

● 会議に提出する資料の文章は箇条書きを基本とし、センテンスを短く区切る。また会話のセンテンスも短く区切ることで、頭の良さを印象づけられる。

 センテンスを短く区切って、わかりやすく、読みやすく書くっていうのは、頭ではわかっていても、なかなか実際にはスパッと文章を切っていくのはある種の勇気がいることですし、かえって短くすることで、頭が悪いんじゃないかと勘ぐられる危険性もなきにしもあらずなような気がいたしまして、思うに任せないような状態が続いておる次第でありますが、また、センテンスを短く切って会話すべしという点に関しましても、こちとら江戸っ子でぃ、気が短けーんだというべらんめぇ調か、はたまた、ぼく、今日、先生にほめられたよ、みたいな子供言葉みたいに思われて、ちょっとあいつ、頭が足りないんじゃないのかと会議の参加者に思われ、評価が下げられるのではないか、という疑心暗鬼に襲われて、未だ華々しい成果を上げられない状態にあるわけでありますが、まして文章や会話のセンテンスを短く切ることによって頭の良さを印象づけられるなんて、まさか、そんな、ばかなことが世の中にあって、いいものだろうかと考え、では、逆に文章を長くすることによって、頭が悪いということが印象づけられれば、ソクラテスの三段論法的解釈ではもちろんありませんが、逆説的な解釈によって、上記のフレーズをはなはだ僭越で、しかも公共のブログを使い、かつ、お読みになっている方々の貴重な時間を拝借してまで、実験をさせていただく意味あいがあるのだろうかと考えつつ、このような暴挙に出た次第でありますが、あ~なんだか自分でもなにを言いたいのかよくわからなくなってきましたので、誠に申し訳ない次第でありますが、この続きは次回にさせていただいてもよろしいでしょうかと、…

 誰か、突っ込み入れてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ~!!!

 途中まで、受け狙いでやったのですが、ちっとも面白くない!!!


 自分でもわかってるんですけど、止められない。ブログに、即、読者が突っ込みを入れられる機能があると、助かるんですけどね。

 すいません。収拾がつかなくなってきましたので、この続きは来週書きます。急に暑くなったので、脳みそがオーバーヒート気味ですので…。

 次は真面目にやりますので、どうかお許しを。

 

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会議で主導権を取って、思った方向へ導く法

 こんにちは。

 最近、雨ふりの天気ばかり。

 じめじめして憂鬱な気分になりますが、気温が低くて過ごしやすいのだけは不幸中の幸いです。

 でも、またすぐ暑くなるのでしょうね。

 今のうち、体力の温存を図っておかねば。と思って、ゆっくり過ごしていると、暑くなったらまた仕事が手につかないなんてことになるかも。

 人間、楽なほうへ流れる気持ちに竿をさせるかどうかが、大事なのかもしれませぬ。

 
 …と思いつつ、頑張って書きます。
 
 さて、前回の会議の話の続きです。

 会議の場で印象を強めるには、いつも決まった席にすわるのがいいらしい。

 そのたびに席を変わるというのは、ほかの人の印象に残りにくいからだとか。

 確かに、発言力のある人は、いつも決まった場所に座る傾向がある。

 逆に言うと、たまたま下座に座った人、目立たない場所に座った人は、議論から疎外されがちになり、あとあと不満が残ることにもなりかねない。

 全員が、会議に参加しているという雰囲気を作るためには、議論の大勢が決まりつつある段階で、下座に座っている人たちの意見をじっくり聞くことが重要かも。

 それだけ、会議の場で座る場所というのは大事だということですね。


 ところで、いつも自分の意見に反論する相手っていませんか?

 意見の内容に反論するというより、あんたの言ったことにはすべて反論してやる、みたいな。

 与党に対する野党の代表質問もそんな部分が無きにしも非ず。

 そういう論敵が、自分の真ん前に座ると、より対決姿勢が明確になってしまいかねない。

 徹底的に相手とやりあいたいという人はいいかもしれませんが、そうじゃない人は自分の正面に、協力者として座ってもらうことも一法です。

 そして、いつも反論する相手が口を開く前に、協力者に「賛成」と賛同してもらう。

 この方法は、古今を問わずいろいろなところで使われていますね。

 先日、オイラが生まれて初めて出席した株主総会。

 議長が、「ご採択願えますでしょうか」と言った時、真ん前の第一列に座っていた人たちが一斉に拍手したんですよ。

 つられてオイラも拍手しちゃいました。

 株主総会が終わって、席を立つとき見たら、全員その会社の社員じゃないっすか。

 確かに、社員も株主様だろうけど。

 それにしてもあの拍手の中、意義ありなんてとても言える雰囲気ではなかった。

 万一の反対者に備えて、機先を制してしまう作戦なのですね。

 賛成の意見は、発言直後に、バックアップする形で言って貰えればベストです。

 今言ったように、反対者が反論する機会を奪う形になりますから。


 これについて有名な事例がありましたね~。

 関が原の戦いを前にした徳川家康です。

 上杉征伐で、豊臣恩顧の大名を引き連れ、今の栃木県小山にいた徳川家康は、石田三成の挙兵を聞き、反転して彼を討つ作戦に出ようとします。

 しかし、大阪城には今一緒に小山にいる豊臣恩顧の大名の妻女が人質になっている。

 今、石田三成征伐を宣言しても、彼らが味方についてくれるかどうかわからない。

 そこで家康は、彼らの中の協力者に、いち早く自分に味方すると宣言してもらいます。

 作戦の発表の場で、「これから石田三成を討つつもりだが、おのおの方、味方してついてくるか、どうか」と家康が問いかける。

 すると、いち早く、「お味方する」と協力者が立ち上がり、満座の諸侯に同意を促した。

 その協力者は、豊臣恩顧の大名。彼が従うなら、我も我もと賛同者が続出。

 どっちつかずだった大名も味方し、関が原へ向かって勝利を収めることができた。

 ところでその協力者って誰でしたっけ?

 福島正則と山内一豊だったと思うのですが…。

 この辺の事情は、司馬遼太郎の「関が原」に詳しく書かれています。

 大河ドラマの「功名が辻」ではまた、一豊の妻の千代の入れ知恵ということになるのでしょうけど…。


 ところで会議は、相手があってはじめて成立する。

 参加者には、それぞれ利害関係といったものがあるはず。

 そこで、リーダーになる必要はなくても、自分の望む方向へ議論を持って行きたい場合もあるでしょう。

 そんなとき重要なのは、会議の方向性を左右するキーマン。

 キーマンと友好関係を保ちながら、会議を進めたいと思う場合もあるし、どうしても受け入れなれない議題だったら、キーマンと対立しなければならない場合もある。

 議題の方向性によって、相手と友好的な立場を取りやすい席、対立して議論しやすい席の取り方というのがあるんですよ。

 いわば、会議の目的によって、もっとも効果のある席の取り方。

 たとえば、会議室のテーブルが、もっとも一般的な長方形だったと仮定しましょう。

 会議の主導権を握りたいなら、長方形の長い辺の真ん中。そして窓などの光源を背にするとよいと書きました。

 そして、いつも自分の意見に反論する相手がいたら、目の前に座らせないために、協力者にそこに座ってもらうとも。

 会議のキーマンが、テーブルの長方形の長い辺の真ん中に座ったとして、もし自分が彼と協力して議題を進行したいなら、なるべく彼のとなりに座るとスムーズに行きます。

 そしてキーマンが発言したら、すぐそれに同調する。

 さきほども言ったように、発言直後の賛同意見は、反対者の発言する機会を奪うことになるからです。

 また、長方形のテーブルの短い辺の真ん中は、副議長的な席なので、そこに座ってサポートするのもいいですね。

 逆に、相手と対立的に議論したいなら、もちろん正面に座る。

 しかし、客観的な立場から見て、お互いがテーブルの真ん中で言い争ったのでは収拾がつかなくなる恐れがあります。

 だったらその二人は、テーブルを挟んだまま平行移動してもらい、テーブルの端に座ってもらう。

 そして、客観的な視点を持った人に真ん中に座ってもらうのです。

 中央の争いから地方の争いに転換する。

 すると中央から斡旋する余地ができます。

 争いがないのにこしたことはありませんが、大勢に影響ない場所でやりあうのも時には必要かもしれません。

 多少のガス抜きは必要でしょうから。

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会議で、自分をうまくアピールする方法

 こんにちは。

 今日は、久々のビジネスネタです。

 そういえば最近、仕事の話題は無沙汰でした。

 曲がりなりにも、一応、ビジネスブログだと思っているのですが…。

 でも、まったく忘れていたわけじゃないですよ。

 次に書きたいと思っている企画もいろいろあるのです。

 たとえば以前リクエストしていただいた、「わかりやすい文章を書く法」とか。

 昔、自称プロの文章家の先生に、オイラの文章をいろいろ非難されたこともあり、「文章の書き方」の本はかなり読みました。

 それらは、一流の作家や第一線で活躍した新聞記者など、文章で生活している人たちが書き表したノウハウ本。

 役立つエッセンスを要約して、例のとおりバインダーノートに閉じこんでおいたのですよ。

 確か、名著といわれる本30冊分を、ノート100ページくらいに要約した記憶があります。

 なぜ、あいまいな記憶しかないのか。

 「……………」


 実は、どっかいってしまったぁぁぁぁぁぁぁぁ~

 約1ヶ月間、さまざまな図書館を渡り歩き、文章作法の名著の中のおいしい部分だけを抜書きした、汗と涙の結晶が…。

 もうここ1ヶ月くらいずっと探しているのに出てこない。

 もっとも、あまり熱を入れて探しているとは言えないのですが…。

 それだけ熱心に本を読んでも、オイラの文章はこの程度だし。ヘへへ。

 でも、どこへ行ってしまったんだろう。

 本を書くとき、そこだけバインダーノートから抜き出してどこかへ持っていった記憶があるような、ないような。

 貴重な資料であるのは間違いないですが、誰かがどっかへ持って行ったということはないはず。

 ビジベン速記は、普通の人にとって、古代エジプトのヒエログリフより解読不可能でしょうから。

 気合入れて探せばどっかにあると思うのですけど。

 オイラにとって、「文章の書き方」云々よりも、脳の活性化のほうが大事かもしれません。

 それはともかく、ないものは仕方ないっす。

 …ということで、ノートが見つかるまで、以前の再放送でお茶を濁すことにしました。

 以前、読んだことのある方はスルーしちゃってくださいね。多少、加筆修正をしましたので、お読みいただければ幸いです。

 ところで、前にもお話しましたが、このノート。

 独立開業したものの仕事がまったくなかった時代に、近隣の公立図書館をほぼ半年以上かけ、将来、自分の仕事に役立つと思うところをメモしたものです

 ふと目に留まったのが、「会議の場で、自分をアピールする方法」の箇所。

 何で、こんな箇所をメモしたんだろうと、笑ってしまいました。

 なにせ、独立開業してから、会議なんてしたことがない。

 お取引先やアルバイトと打ち合わせはよくしますが、あらたまって机を取り囲んで議論するということはないです。

 第一、会議をする人数が、会社にいませんからぁぁぁぁぁぁぁぁ~残念!

 …といって、正直、残念ではなかったりして。

 組織の方向性がまだ決まっていないとき、皆が頭を絞って、いいアイデアを持ち寄る。そんな参加者全員の同意の下にひとつの方向性が決まる会議なら、非常に有意義だと思いますよ。

 ところがそういう会議って意外と少ないですよね。

 最初から少数のリーダーたちが方向性を決めていて、その伝達の場だけになっているケースがあまりにも多い。

 会議ではなく、上司の個人演説会。またはミスを犯した従業員の糾弾の場になっている場合もありますな。

 会議を辞書で調べると、「人が集まりなにかをきめること」とありました。

 だから、ビジネスのみならず、PTAや地域の会合、サークル活動、どっかへ遊びに行こうと家族で集まって決めるのも、会議といえば会議。


 もっとも、集まる前から方向性が決まっていたら、会議じゃないんじゃないかと、うがった見方もしてしまうのですけど。

 でもそんなことを言ってたら次へ進まなくなるので、ここではそういう会議もどきの場合は無視して、皆が集まって平等に意見を述べる会議ということでお話したいと思います。

 そういう理想的な会議の場では、仕事の取り組み姿勢や企画力、表現力といった面で大きなアピールの場になるかも。

 いつもは、それぞれ違った自分の仕事をしていますが、会議の場では、ひとつの目標に対して、誰がそれに近づく努力をしたか、誰がいいアイデアを出したかという基準で評価できるからです。

 いわば同じ土俵で、戦わざるをえなくなる。

 ここで自分をアピールできるかどうかというのは、結構重要なことではないでしょうか。

 もちろんそのためには、企画力、表現力、独創性などが求められる。

 しかし、所詮人が人を評価するわけですから、会議の場でうまく自分をアピールするテクニックというものが存在するみたい。

 逆に言えば、いくら本来の実力で自分をアピールしても、自分をうまくアピールする人のテクニックに敗れるケースだってあるわけ。

 多胡輝氏の「しぐさ、動作、ふるまいの心理学」という本には、そのあたりのテクニックが興味深く書かれています。

 たとえば、会議の席が自由に選べる場合、すわる席の場所によって、会議のリーダー的立場になったり、どんなにすばらしい意見を言っても高く評価されなかったり、なんてことが起こるらしい。

 徹夜して考えた素晴らしい独創的なアイデアが、いつも採用されなくてふてくされている人もいるかもしれませんね。

 もしその理由が、いつも自分が座る場所のせいだったとしたら…。


 本には、会議室で座る席の場所によって、会議のリーダー的立場になれる可能性があると書いてありました。

 その席とはどこか。

 結論から言いますと、当たり前かもしれませんが、上座です。

 上座とはどこかというと、会議室の入り口からもっとも遠い席。

 しかも窓際で、窓を背にしていればベストだとか。

 そのココロは、光源のそばに身を置くことによって、自分を大きく見せることができるから。

 もちろん、元から上の立場のある人は、どこに座っても、それ相応の影響力を行使できるはず。
しかし、同じ階級にある者、または職位に関係のない会議に関しては、ある程度この説は確かだと思える。

 オイラが会社に勤めていたとき、ある会議に出席したことがあります。

 その会議は、会議室に入った順番で自由に席を選べる形になっていました。

 一般の傾向からして、そういう形だと入り口から近い下座から席が埋まっていきますよね。

 オイラも下座に着席して、会議が始まるのを待っていました。すると後から遅れて、新入社員が入ってきたんですよ。

 彼が入ってきたときは、下座は全部埋まり、まさに窓を背にして座る上座しか空いていませんでした。

 新入社員は仕方なく、上座に座る。

 オイラが下座から見ると、上座に座るその新入社員が後光に包まれ、すごく荘厳に見えるのです。

皆もそう見えたのかもしれません。司会者が、半分茶化す意味もあって、議題が変わるたびごとに彼に意見を求める。

 何回かそういうやりとりのあと、最後、なんと新入社員の意見が通ってしまったんですね~。

 それがどういう内容のものだったか覚えていませんが、さほど大した意見ではなかったのではないでしょうか。

 会議の後、なんであんな意見が通ってしまったのだろうと、同僚と話した記憶が残っていますので。

 今から考えると、それは上座に座った効果ではなかったのか。

 そのとき下座に座ったオイラは、その他大勢のなかに埋没してしまった印象があります。なにか話しても、不思議と注目が集まらないんですよ。

 いつもは、「また、あの野郎。おかしなことを言ってる」と皆から笑われるんですけどね。

 それにしても、せっかくいろいろな図書館をまわり、ノートにまとめた「会議の場で、自分をアピールする方法」。

 新規開拓、営業話法、苦情処理、マーケティングなど、ほかの部分は、実地でためしてみる機会がありましたが、これはメンバーの一員として会議に参加しなければ、試しようがない。

 これらのテクニックが会議の現場で実際使えるのか、すごく興味があります。

 どなたか、これからブログに書く内容を、実際の会議の場で試してみて、成功したか失敗だったかを教えていただければうれしいのですが…。

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私の仕事ストレス解消法

こんにちは。

 先日、福井晴敏の「終戦のローレライ」、文庫本全四冊を読み終わりました。

 戦争末期の日本、そして潜水艦という特殊な舞台設定でしたが、迫力ある戦争シーンと登場人物の克明な背景描写、息をもつかせぬプロット展開で、期待通り面白かったです。

 この作品は、完成まで3年くらい要したのでしょうか。現実の戦争を知らない作者が、頭の中だけでこれだけのストーリーをつむぎ出したという点に、人間の脳のはかりしれない可能性を感じました。
 
 そしておととい読み終わったのが、乙川優三郎の直木賞受賞作、「生きる」。

 この作品、たった二日間で読み終わったのですが、インパクトという点において、「終戦のローレライ」を凌駕するものがありますね。

 直木賞をとらなかったら、おそらく一生読まなかった小説だと思います。

 地味で暗そうだし…。

 でも、読後感は、面白いエンタテイメント作品を読んだあとより、さわやかな気分になりました。

 亡き藩主への忠誠心を示す「追腹」を禁じられ、生き続けざるを得ない初老の武士。周囲の冷たい視線、嫁いだ娘からの義絶、そして息子の決意の切腹。

 これ以上ないくらいドツボにはまった主人公が、失意の底から立ち上がる過程が、すごく説得力がありました。

 主人公は、自分を間接的にこのような境遇に陥らせた家老に書状をしたためようとするんですよ。

 そのくだりを引用すると、

「梶谷家老にあてて書状をしたためる。どうせ恥辱にまみれたまま死ぬのなら、うらみつらみを吐き出してやろうと思ったのである。

 ところがいざ恨みをつづりだすと、どれもこれも力を出せば克服できたはずのものに思われ、書けば書くほど泣き言を並べているような気がした。

 胸のうちを文字にしてみると、恨みの正体が見えてきて、その薄さに気付かされたのだった。長い間、評定を聞いたままに書き留めることに馴れてしまい、中身の重さや真意について考えないことがクセになっていたのかもしれない。

 何もせず、ただ恐れ立ち尽くし、嵐が去るのを待っていただけではないか。

 わずかなことでも人は変われるものだ、とやがて他人事のような感想をもてたとき、又衛門はようやく本来の尊厳を取り戻したらしい自分を感じた」

 どうして主人公は立ち直ることができたのでしょうね。

 おそらく、自分を客観視できるようになったからではないか。

 そこに、ストレス解消の糸口があるような気がしました。

 さて、前ふりが長くなりましたが、今日は私のストレス解消法について書きたいと思います。

 ストレスは、仕事なり、プライベートなりがうまく行っているときはあまり感じないもの。

 人は、自分の思い描いている理想と現実のミスマッチを実感するとき、大きなストレスを感じるのではないでしょうか。

 そのミスマッチの実感をひとことで言うと、「スランプ」なのかもしれません。

 しかし、何をもってスランプというのでしょうね。

 まわりから見ると別に普通じゃん、と思われるケースもあり、上司から何やってんだと怒鳴られ、ドツボにはまっているケースもある。

 ただ意外と、まわりは本人ほど悩み、苦しんではいない。

 本人だけが、スランプじゃ~と悩み、這いずり回って脱出しようとするが、ますます泥沼にはまってしまうのはよくあること。

 元巨人の中畑は、いつも、ぜっこうちょ~!!!って言ってましたよね。(← 覚えている人います?)

 ああなると、少々打撃成績が悪くなってもスランプだとは誰も思えない。

 スランプとは、まわりから調子が悪いと思われ、なおかつ本人がそれについて思い悩んでいる場合である、と私は勝手に定義します。

 だから、本人が悩んでいなければスランプではない。

 悩まないのが、とどのつまり、究極のスランプ克服法ではないか、と。

 オイラは血液型A型ということもあり、わりと小さなことでも悩むタイプかもしれません。

 だから結構、ストレスには弱いのかも。

 若い頃から、心配事があると眠れないことも何度かありましたね~。

 それで、そういった性格を改善しようと、いろいろな本を読んで、ストレスの解消法を研究したのです。

 そしてその中から自分なりに、役立つと思って抜き書きしたのが、以下の項目です。

● 人間万事塞翁が馬と考える。

  …とにかく、今取り組んでいる物事に対して、全力で頑張る。しかし結果が失敗であってもくよくよしない。

 災いが福を呼ぶ場合もあるし、福が災いを呼ぶ場合もある。

 確かにこれはありますね。

 オイラの知っているケースでも、人より早く出世して、将来を嘱望されていた人がいたんですよ。

 ところが、こういう出る釘を許さないのが、日本の職場風土。

 まわりの嫉妬から足をさんざん引っ張られ、なかなか上司の期待に沿った実績をあげられない。

 いわば、スランプに陥ってしまったのです。しかもすべて自分ひとりで抱え込んでしまった。

 そうなってしまうと、スランプから脱出しようとあがけばあがくほどぬかるみにはまる。

 真面目で責任感の強かったその人は、心労から病気になり、五十代前半の若さで亡くなってしまいました。

 トップで出世しなければ、亡くなることはなかったかもしれません。

 日本企業の場合、若い頃トップの成績をあげていた人ほど、意外と役員にはなれないと聞いたことがあります。

 同期や直属の上司の嫉妬から、途中で出世の階段から引きずりおろされてしまう。

 可もなく不可もない、世渡り上手な人間が、大企業の役員には多かったりする。

 実力者が役員にならないと中小零細企業は生き残ってゆくことはできませんが、大きな会社は、ジリ貧になってもすぐ倒産するわけではないですから。

 歴史を見ると、もうホント、塞翁が馬の繰り返しだと思います。

 ちょっとぐらい良いことや悪いことがあったとしても、その結果は、長期的なスパンに立って見なければわからない場合が多い。

 一喜一憂しても無駄だと言っていいのかもしれません。

 もちろん、いい結果を目指して最善の努力はする。しかし、その結果に関しては一喜一憂しない。

 そういった長期的なスタンスで考えれば、ストレスも低減できるはずです。要は気の持ち方ってことですね。

● 仕事に対する考え方を変えてみる。

 …つまり客観的にいろいろな角度からものごとを考えてみる。たとえば、仕事にゲーム感覚を取り入れるというのはどうでしょう。

 たとえば、ある人が尿管結石で入院したそうです。

 この尿管結石の痛みって、人間が感じる痛みの中で、一番キツイ痛みなんだとか。

 さて、その人は激痛の中で、当然ストレスがたまります。苦しみながらも、ちょっとその痛みに対して考え方を変えてみようと思ったそうです。

 それは、「人間、どこまで痛みに耐えられるか、ためしてみよう」と思ったこと。

 そのとき、感じたのは、「本当にキツイときは、気絶する。痛いと感じるときは、それほどではない」ということでした。

 そう思ったとき、不思議と今までの激痛が耐えられる痛みに変わったそうです。

 オイラも同じような経験がありますよ。

 若い頃、毎日飛び込み訪問で新規取引先を勧誘していたときのこと。

 うまくいく日もあれば、まったく調子が上がらない日もある。二十軒も連続して、けんもほろろの応対で断られれば、今日はスランプじゃ~と、暗くなる。陰気な顔をした営業マンなんて、誰も相手にしません。

 だからますますドツボにはまる。

 そのとき考え方を少し変えてみました。「どれだけ断られれば成約できるか、ひとつためしてみよう」と。

 その感覚は、自分が悲劇の主人公という主観的立場じゃないんですね。

 その悲劇の主人公が出ている熱血根性ドラマを、ポップコーンを食べながら固唾を呑んで見守っている観客になったような気分とでもいうのでしょうか。

 本人は苦しんでいても、傍から見て、「今にきっと良いことがある、頑張れよ」って、客観的に応援している立場。

 ちょっと考え方を変えるだけで、気分がす~っと楽になるのですよ。

「ちいさいことにくよくよするな」という本が、かつてベストセラーになりましたが、その本の中でも同じようなことを言っています。

 本人の気の持ち方次第で、ストレスを感じないですむらしい。

 このほかにもストレス克服法はいろいろありますよ。この続きは、また次回。

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苦情・クレーム処理に効く名言集

 こんにちは。

 昨日の夜は、結構、雨が降りました。雨の音で目が覚めたのは久しぶりです。

 花粉対策で、いつもマスクをして寝ているのですが、昨日はイヤーウイスパーをしなかったので、雨音のアンサンブルがよく聞こえました。

 さて、ずっと引っ張り続けた苦情・クレーム処理シリーズもいよいよ最後。

 ちょっと気分を変えるために、テンプレートをいじってみました。

 それにしても、今朝の雨の降り方は、ミュージカル「雨に唄えば」の雨でも、バート・バカラックの「雨にぬれても」の雨でも、森高千里の「雨」の雨でもないですね。

 どちらかといえば、三善英史の「雨」がふさわしい。

 なんかしんみり、じわじわと涙がにじみででくるというか…。

 涙だけじゃなく、鼻水も。

 …と思ったら、たんに花粉症の症状が出てるだけじゃん!!!


 人を感傷的な気分にさせてしまうほど、花粉の威力はすごいのですね。

 それでも去年は、花粉さまのおかげでお金をもらうことができたのですよ。

 花粉症の治験に参加して、約10万円をゲット。

 花粉症の症状が出るまでほかの薬は飲めず、おかげで風邪をひいてもただひたすら自然回復を待つという苦しい思いはしましたが、お金をもらったらそれも吹っ飛んでしまったのを覚えています。

 長年苦しめられている花粉症に一矢報いて溜飲を下げることもできました。

 しかし今年は、そういうメリットもなく、ただひたすら苦しむのみ。

 持ち上げといてストンと落とされた感じで、ますます花粉の症状が骨身にこたえます。

 でも悲観的な話ばかりじゃないですよ。

 最近はいい花粉症グッズがたくさんでていますよね。

 まず超立体マスク。
 
 去年は在庫が空っぽになるくらいヒットしたそうですが、確かに呼吸が楽。

 先日も書きましたが、私なんか毎晩マスクしたまま寝ています。

 花粉ガードは、衣類に付着した花粉がはじけないようにするらしいのですが、確かに効いたような気がする。(←ちょっと比較する資料がないので確かなことはわかりませんが…)

 市販の薬も結構効きますね。

 マツキヨの特売セールで買った、ストナリニ。1日1錠でいいのと、24錠入って千円以内で買えるという魅力にひかれて飲んでいます。

 確かにおっしゃるとおりで、これを飲むと一日中くしゃみや鼻水から開放されました。この値段でこんなに効いたら耳鼻科が廃業するよ、というくらいよく効く。

 ただひとつ問題なのは、眠くなること。しかも朝飲むと決まって昼食後の30分眠くなる。

 その眠さたるやもう壮絶で、歩きながら眠るという芸当もできるぐらいです。

 …ということで、昨日も昼食後、あまりの眠たさに公園のベンチに腰掛けてまどろんでいたんですよ。

 すると突然、「すいません」と声をかけられました。

 寝ぼけ眼で見上げると、真新しいスーツを着込んだ青年が地図を持って立っています。

 なんかあせっている様子。

「○○ビルはどちらへ行ったらいいのでしょうか?」

「…………。」

 まだ、頭の回路に電気が流れないみたい。

 ただなんとなく、青年が大学生で、企業の新入社員応募の説明会へ行く途中だというのがわかりました。

 ここまで書くと、オチが予想できますか?

 先日のブログ、「アホ面の告白」のシーンが頭をよぎった方がいらっしゃるかも。

 しかし、オイラだって学習効果はありますよ。

 同じ失敗を二度繰り返すという愚は犯しません。

 眠い目をこすりながら、青年の持っている地図に目をやりました。

 でも、よく知っている場所なのに、地図の方向がなかなか理解できない。

 「北って、どっち? するとこっちが南だから、う~ん。よくわからないニャ~」

 青年があせっているのがわかりますが、この前みたいに逆方向を教えたら大変なことになる。

 なんたって、オイラのせいで会社説明会に完全に遅刻したら大変。

「この地図じゃ、よくわからない二ャ~。ちょっと待ってて」

 と、自分のカバンから愛用のポケット地図を出そうとする。

 ところがカバンの中がぐちゃぐちゃで、なかなか地図が見つからない。やっと見つけて、ぼんやりした頭で考えに考えたあげく、ようやく結論が出ました。

「あっ、わかった。このビルですよ」

 オイラが出した結論が、道路を挟んだ真後ろにあるビル。

 青年がずっこけるような気配が伝わってきました。でも最近の若者は人間ができていますな。

 丁寧にお礼を言うと、ダッシュでビルを目指したのでした。

 言い訳するわけではありませんが、オイラは地図を読むのは結構得意。昔はオリエンテーリングの大会で入賞したこともあるのです。

 しょうがないすっね、この時期は。
 
 半分眠っているような人間に、道を聞くのもどうかと…。
  
 
 それはともかく、苦情処理。

 シリーズも今日が最終回です。

 昔のノートをひっくり返し、苦情処理に効くと思われる格言を集めてみました。

 以下、アトランダムにあげてみましょう。

●「相手に直接会って話すのが、お互いの悪感情を一掃する最良の方法である」

 これを言った人は、あの有名な、アメリカの16代大統領、エブラハム・リンカーン。

 この格言は、携帯電話やインターネットのメール、チャットなどコミュニケーション手段が、当時とは問題にならないぐらい増えている現代に効く格言だと思います。

 電話やインターネットでは、普通、相手の顔が見えません。

 だから、言葉や文章だけでコミュニケーションしなければならない。

 本来人間のコミュニケーションは、相手の表情やしぐさからも多くの情報を得るもの。それがないばかりに、電話やインターネットでは冗談を本気と受け止められたり、ちょっとした指摘を中傷と取られたりする。

 とくに苦情処理の場では、相手はいきり立っている場合が多いです。

 電話やネットだけでは、こちらの誠意が伝わらず、ますますこじらせてしまうケースが多いのではないでしょうか。

 若い頃、電話でお客さんと話していて、お客さんを怒らせてしまったことがあります。

 今考えても、入金の催促でなぜ怒らせてしまったのかわかりません。

 でもとにかく、お客さんを怒らせてしまったのはこちらの不手際。

 電話ではこちらの意思が伝わらないと思ったので、夜、1時間以上電車を乗り継いで謝りに行きましたよ。

 だから今でもオイラは、重要な用件を電話やメールで伝えるのは好きではありません。

 もし何かあった場合、電話やメールのコミュニケーションではこちらの意思の半分も伝えられませんから。

 苦情処理は、実際会って話すのが鉄則です。

 
● 過失の言い訳は、かえってその過失を大きくすることになる。

 これを言ったのは、シェークスピア。

 せっかくプラスアルファの苦情処理法だなんて、もったいぶってえらそーに書いたのに、メジャーな格言だったのですね。

 ちなみにシェークスピアが死んだのは、1616年。

 徳川家康と同じ年に死んでいるんですよ。

 こんな古い時代にも、口先だけの言い訳や言い逃れをして、かえって相手をますます怒らしてしまった人がいるのですね。

 でも、名言というのは、その人の経験をひとつの法則として言い表した言葉だと思います。

 するとシェークスピアも、言い訳や言い逃れをして一度ひどい目にあったのかなぁ。

 リンカーンもシェークスピアも、いろいろひどい目に遭い、悩んで偉くなったと思うと少しは救われるような気もする。


● 論戦に勝つことで、何らかの真理が樹立された例はいまだかつてない。そんなことを信じているのは子供だけだ。

 これを言ったのは、フランスの哲学者のアランという人だそうです。

 お客さんと言い争い、言い負かしたとしても何も生まれてこないということでしょうか。

 こちらの溜飲は下がるかもしれませんけどね。

 ただこれは反論のある人はいるかもしれません。

 永田町のあたりでは日夜、論戦が繰り広げられているようだから…。

 あれだけ論戦しても、何の真理も樹立された例はないと断言されたら少しかわいそう。

 でも、やはりこの名言も鋭いところをついています。

 確かにお客さんと論戦して勝ったと喜んだ営業マン、苦情処理担当者を何人か知っていますが、今、彼らはどうしているのでしょうか。

 マジ、どっかへ行ってしまった。偉くなったのでないことだけは確か。

 その後、彼らがどうなったかは、さだかではない。(←木枯らし紋次郎の芥川隆行のナレーションみたいにお読みください)

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沈黙と社交性にかかわる一考察

 こんばんは。

 東京では桜が満開。

 うちの近所って、意外とお花見スポットがたくさんあるんですよ。

 近所の公園では、シートをひいて大勢の人たちがワイワイお花見を楽しんでいました。
 
 江戸時代からお花見の名所となっていた川もあり、広い通り沿いはまさに桜の花のトンネル状態。

 車の中から見たら、すごい景色かも。

 図書館の帰り道に、遠回りしてお花見スポットをぐるっと一回りしてみました。

 いい気分で家に戻ったら、突然、花粉症の禁断症状が…。

 久しぶりに地獄の苦しみを味わいました。

 しかし今日は、おかげさまで少し持ち直したみたいです。

 昨日の夜、完全重装備をして寝ましたからね。

 部屋中に「花粉ガード」をまんべんなく撒き散らし、とくに布団のシーツの上には念入りに。

 そして、超立体マスクをし、耳にはイヤーウイスパー、あとは手ぬぐいで目隠しです。

 顔にある穴はすべて塞ぎ、五感のうちの視覚、聴覚、臭覚をシャットアウト。

 さしもの花粉も、入り込む余地がなくて退散したみたい。

 こんな格好では眠れないんじゃないかと言う人もいるかもしれませんが、ところがどっこい、これがよく眠れる。

 不眠というのは、心配事があるなど精神的ストレスが影響する場合が多いと思うのですが、それ以外の要因も結構あるような気がします。

 たとえば、暴走族の音がうるさいとか、部屋に朝日が当たりまぶしくて目が覚めるとか、部屋の臭いが気になるとか。

 横になっている間は、自分がなんで眠れないのかわからずあれこれ考えているうちに、いろいろそのほかの不安が広がってくる。

 結局、ストレスからくる不眠症になってしまうケースもあるんじゃないですかね。

 そのような方は、とりあえず上記の方法を試されることをお勧めします。

 自分を外界と遮断する形で寝ると、なんていうか「無の世界」、わかりやすく言うと、「あの世」で熟睡しているような気分になれるのですよ。

 音もなく、臭いも感じない、漆黒の闇の世界…。

 そのなかでは、体という物質すら存在しない。

 あるのは、開放された魂のみ。

 朝になり目が覚めると、昨日とは違う、生まれ変わった自分をあなたは発見するでしょう。

 でもなぁ。この睡眠法は防災上大きな問題点もある。

 さすがに地震のときはわかりましたけど、近所で火事があったとき、朝までまったく気がつかなかったこともあるんですよ。

 消防車が何台も来たそうだけど…。

 志ん生の落語じゃないけど、自分の着物に火がついても面倒くさいから消さずに焼け死んでしまった怠け者がいたそうな。

 まわりが火の海なのに、一足先にあの世へ行った気分を楽しでいるなんて落語にもならない。

 焼死体で発見されたとき、耳栓に目隠し、猿ぐつわ代わりのマスク、それにもし後ろ手に縛られてでもしていたらやはり変死体として扱われるのだろうか。

 なぜ彼は、自宅内で監禁されていたのか。

 もしかしたら、彼は緊縛愛好者だったのか、なんて。

 それはともかく、久しぶりのビジネスネタでした。

 さて、先日から再登場している苦情・クレーム処理シリーズ。

 ずっと引っ張ってきましたが、そろそろ一区切りということで、最後に「苦情処理に効く名言」シリーズで締めるつもりです。

 昔から名言集が好きで、いろいろ読みましたので。

 ところで、名言というのは、古くは紀元前から残っているのもありますな。

 有名なところではソクラテスの「汝自身を知れ」、シーザーの「ブルータス、お前もか」etc…。

 ローマの作家、パブリウスの「最高に到達せんと欲せば、最低から始めよ」なんかは、実に奥の深い言葉だと思います。

 驚くことに、これらは二千年以上前の言葉ですよ。

 科学技術はめまぐるしく進歩していますが、人間本来の精神性は昔とさほど変わっていないのではないかと思わせます。今見ても、全然古くないですよね。

 腹心の部下に裏切られ、会社を乗っ取られた創業社長は、「○○専務、お前もか」と嘆きそうです。

 今、この瞬間も、そう言って嘆いている人は大勢いるかもしれません。

 先日、苦情処理法について、「ピンチに陥ったら、下手に口をきくより、「沈黙は金」と考えた方がいい場合もある」と書きました。

 調べてみたら、「沈黙」についてさまざまな名言があるんですよ。

 たとえば、亀井勝一郎の「沈黙の理解があるように、沈黙の怒りや反抗もある。黙っている人を畏れなければならない」

 確かに、人は本当に怒ると黙ってしまうかもしれない。

 怒りでスーッと血の気がうせて青くなり、じっとこちらを瞬きしないで見つめる人。

 ホラー映画に出てきそうで、怖い、怖い。

 また、イギリスの評論家・ハズリットは、以下のように言っています。

●「沈黙は会話の偉大な話術である。自分の舌を閉じる時を知る者は馬鹿でない」

 彼が活躍したのは、18世紀。

 そんな昔に、苦情処理法について含蓄ある意見を述べている人もいるんですね。

 確かに、失敗したとき、ペラペラ言い訳の言葉をまくし立てるのはかっこいいもんではありません。まさに、「沈黙は金」ということ。

●「心にもない言葉よりも、沈黙の方がどれほど社交性を損なわないかもしれない」

 これを言ったのは、フランスの思想家・モンテーニュ。

●「口に才ある者は多くのことに拙なり」

 これは江戸時代の儒学者・伊藤東涯。

 口がうまいばっかりで全然役に立たないということを言いたいのでしょう。「口は災いの元」ともいいますから。

 これだけ、「沈黙は金」的な名言を並べてしまうと、明日から口を開くのが嫌になりますね。確かに、世の中、しゃべりすぎる男は軽薄と取られ、嫌われる傾向にあります。

 女性が抱かれたくない男のランキングを見ると、出川哲郎、松村邦洋といった口から先に生まれてきたような男たちが常に上位を独占している。

 それに対して、高倉健や渡哲也は、沈黙派の代表でしょうか。

 彼らが嫌いという日本人もまた非常に少ないことは確か。

 そういえば渡哲也さん。少し前、石原プロのロケ現場で、所属俳優が人身事故を起こしたんですよね。

 そのとき、被害者に土下座して謝ったというのは有名な話です。

 渡哲也さんみたいな大物俳優に土下座して謝られれば、誰も何も言えないですよね。

 そしてすぐ、ドラマの制作を中止しました。この処置もまた見事というほかありません。
   
 しかもいい訳ひとつ言わずに、今後の対応策を決定しました。

 まさに沈黙派の面目躍如たるものがあります。

 寅さんで有名な渥美清さんも、プライベートでは寡黙な人だったというし…。

 かつて盛んにマスコミをにぎわしている元横綱の兄弟。しゃべる弟に沈黙する兄。しゃべる弟は少しかっこ悪い。沈黙する兄に分があるように見えるのは、私だけだったでしょうか。

 でもなぁ。ビジネスマンは口を開いてしゃべらないと仕事にならないんですよ。とくに営業マンは、沈黙していたら商売上がったりだし…。

 どうすりゃいいんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~

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高倉健さんの苦情処理法

 こんにちは。

 東京でも桜がいよいよ見ごろになってきそうな気配ですね。

 去年は、お花見の季節に隅田川沿いの公園へ行き、美しく咲き乱れる桜の木の下で、あまり美しくなく酒に酔い乱れるおじさんたちを目撃しました。

 黒田節を唄いながら、どんぶりに酒をなみなみと注ぎ、イナバウアーで飲み干す。

 完全に目が据わった状態で、桜の木と相撲をとろうとする。しまいには、桜の木に登って、大声で歌を唄う。

 やはり、ド演歌。

 演歌は嫌いではないですが、この場合、暗くなる歌はどうかと…。

 でもせっかくお花見に来たのなら、それにちなんだ歌を唄って欲しい。

 やはり森山直太朗の「さくら」か河口恭吾の「桜」ですかね。それが無理なら、「夜桜お七」なんてどうでしょう。

 オイラのリクエストは、松田聖子の「チェリーブロッサム」。

 でも酔っ払ったオヤジが、桜の木に登って唄ったら、花が全部散ってしまったりして。

 一気に冬へ逆戻り…。

 それを聞いた国連が、地球温暖化の打開策として、積極的に奨励するかも。

 またくだらないことを書いてしまいました。

 ところで今回も苦情処理ネタです。

 前回、伊達政宗が豊臣秀吉の苦情をうまく処理した話を書きましたね。

 苦情というのは少しこじつけで、本来は権力者からの圧迫というのが正しかったのかもしれませんが…。

 それにしても昔の苦情処理は、大変だったんでしょうね。なにしろ、うまく納得してもらわなければ首が飛びます。

 命がけの苦情処理。

 でも、今も苦情処理をこじらせて、会社からクビを切られたという例も無きにしも非ず。

 いずれにしても、首の皮一枚を担保にしてやりとりする姿勢は、昔も今も変わらないのかもしれません。

 先日、伊達政宗のエピソードを持ちだしたのは、オイラにも似たような経験があったからです。

 ちょうどNHKで、「独眼竜政宗」をやっていた頃ですから昭和62年だったと思います。

 その頃は銀行に勤めて、まだ5年目だったでしょうか。

 当時、上司にすごく怖い支店長がいて、行員たちを恐怖のどん底に陥れていましたんですよ。

 融資窓口に座っていた私は、一年上の先輩と、支店長を豊臣秀吉になぞらえてよく話をしました。

ドラマでは、勝新太郎が秀吉を演じ、すごい威圧感と迫力がありましたので。

 当時の模様をシナリオ風に書きますと…

オイラ 「本日の太閤殿下のご様子は、いかがでございましたか?」

先輩  「貴殿の稟議書をご覧になり、かなりご立腹のご様子であった」

 私、おろおろする。

オイラ 「(ゲェッ、やばい)そ、それは濡れ衣でございまする。得意先係の○木さんから頼まれ、あの人の言うとおり稟議書を書いただけでございます」

先輩  「そんな言い訳が太閤殿下に通用すると思っておいでか? あのご立腹のご様子では、よくて遠島。悪くて、切腹は避けられぬやもしれぬ」

オイラ 「(冷や汗)では、逃亡したらいかがあいなります?」

先輩  「殿下のご気性なら、日本全国、草の根分けても探し出し、厳しく吟味の上、打ち首獄門となるであろう」

 オイラ、呆然とした表情。やがて逃げ切れぬとあきらめ、達観した表情に変わる。

オイラ 「致し方ござりませぬ。拙者、覚悟はきめ申した。潔く出頭し、刑場の露と消えるでありましょう」

 オイラ、白装束を着て(着たつもりで)、支店長席へ向かう。そして支店長の前で平伏し、言上する。

オイラ 「太閤殿下のご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じ上げ奉ります。このたびは申し上げたき議がございまして、まかりこしました」

 支店長、鮫のような鋭い目を「オイラ」にむける。どうしてこんな稟議を書いたのか、理由を聞く。

オイラ 「されば、申し上げます。すべては私の一存で、かような仕儀にいたりました。このうえは、いかようなお咎めがございましても、従う所存にござります」

 支店長の顔のアップ。覚悟を決めた悟りの表情の「オイラ」のアップが続く。

              
  ここでCM。(NHKはCMはないので次回でした)
           
 …と、ちょっと誇張して書きましたが、当時の心境はまさにこんな感じでした。

 でも、先輩とは、ホントに上記の時代劇口調で話してましたよ。

 いわゆる、「独眼竜政宗ごっこ」。

 面白いのは、自分にとって不利な報告を、以上のように白装束を着たような気持ちで潔く報告すると、意外に怒られないんですよ。
 
 だから、ヤバイと思ったらすぐ神妙な顔で報告に行く。

 するとあまり怒られない。

 別の先輩は、お客さんからの苦情を支店長に報告しないで処理しようとしたことがありました。

 しかし、それが発覚。もう大変でした。まさに修羅場。

 思い出したくないから、具体的描写は割愛しますが…。

 しかし、苦情処理の現場によっては、潔くぺらぺらしゃべりすぎて、かえって揚げ足をとられ、状況が悪化することもある。

 上記の方法は、苦情が出た直後やまだ発覚していない状態のときには効きますが、追求され、どうしようもなくなってからでは、開き直りと取られる危険性もありますね。

 つまり時期を逸してしまうと、逆効果になることもあるということ。
何を言っても悪く解釈されるときって、言い訳をいうなと一喝されてそれでおしまい。

 こんなときは、次の法則が生きますよ。
 
 これが、プラスアルファの苦情処理法その8

● ピンチに陥ったら、下手に口をきくより、「沈黙は金」と考えた方がいい場合もある。

 もちろん、ただ黙ってしまうのはダメで、弁解の言葉を100吐くよりも、苦情に至った原因を早急に修復すること。

 口よりも誠意を行動で示すことが大事なのだと思います。

たとえば、納入した商品に不備があってクレームがでたら、その日のうちに新しい商品を持ってお詫びに訪問する。

 新築したばかりの家が、当初の希望とは違う部分があるとクレームが出たらすぐ工事業者とともに訪問して手直しする。

 そのあとで、じっくり説明するということですね。

 ここのところを書いていると、どうしても以前見た映画を思い出します。

 内容は忘れましたが、高倉健さん主演の映画。健さんは、確かダム建設の責任者の役どころでしたか。

 何かの不手際があって、住民が高倉健さんに苦情を言う。

 健さんは、だまってお詫びするばかり。一言も弁解しない。

 そして、黙ったまま、苦情の原因をひとりで修復に行くんですよ。

 かっこよかったなぁ。

 その姿を見て、住民は健さんに心を開く。

「ビジベンも、かくありたい」 (← 独眼竜政宗から出た流行語「梵天丸もかくありたい」をもじったのですが、無理でしょう) 

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ハイグレード・クレーム処理法

 こんばんは。

 脳みそが花粉にまみれ、きなこ餅になったような感じです。

 先日のこと、オイラが東京都西新橋の路上を歩いていると、ひとりの青年に呼び止められました。

「すいません。○○ビルを探しているんですが、どちらへ行けばいいのでしょうか?」

 その実直そうな青年は、なにかの案内状を手に聞いてきます。約束の時間に間に合わないのか、相当急いでいるというのがその素振りでわかりました。

 ボーッとして歩いていたオイラは、突然、声をかけられ、その状況を認識するのにかなりの時間を要した気がします。

「○○ビルだけではちょっとわかりませんけど」

 先ほど飲んだ花粉症の薬に眠気を感じながら、やっとのことでその言葉を口から発しました。

 まだ頭の回路に電気が流れていないみたい。

「西新橋1丁目にあるらしいんです」

「ああ、それならあちらの方角ですよ。そこをまっすぐ行くと慈恵医大の裏に出ますから、そこで誰かに聞いてみたらいかがですか?」

 オイラが、電柱に貼ってある西新橋2丁目の表示を確認しながら言うと、その青年は、「どうもありがとうございます。助かりました」と何度も頭を下げました。

 そして、示した方角へ全速力で走り去ったのです。

 ああ、今日もいいことをしたな、と自己満足に浸りながら、彼とは逆方向に向かって歩き始めました。

 3分ほど歩き、たまたま電柱についている住所表示が目に入ったのですよ。

 そのとき、雷に打たれたようなショックをうけ、オイラはその場に立ち竦みました。

 電柱には、「西新橋1丁目」とあるではありませんか。

ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ~!!!逆方向を教えちまったぁぁぁぁぁぁ~!!!

 目の前の景色がゆらぐのがわかりました。

 どうしよう。

 港区西新橋には知り合いがたくさんいて、年に三十回は来ています。はじめての場所でよくわからないなんて言い訳が通用するはずがありません。

 その瞬間、脳裏には、先ほどの実直そうな青年が逆上し、夜叉のようになってこちらへ走ってくる光景が目に浮かびました。

 やばい、逃げよう…。

 一刻も早く西新橋1丁目から離脱しなければ、先ほどの青年と鉢合わせしてしまいます。

 オイラは小走りに虎ノ門方面に緊急避難をしたのでした。

 人間誰でも過ちはあるもの。

 しかしその後の対応の仕方によって、その人間の本質がわかるのではないでしょうか。その意味で、昨日の行いには大いに反省していますし、自己嫌悪にも陥りました。

 もともと頭の電源を切って歩くというのは、花粉症でしびれた脳をセーブする方法として自らあみだしたもの。

 また、ストレス解消の手段としても効果がある方法だと思います。

 頭をカラッポにできる時間を持つということに異を唱える人はいないでしょう。

 しかし、パソコンのスイッチを入れて立ち上がるのと同じくらいの時間を要していては、いざというときに大きなミスを犯してしまいます。

 今後の対策としては、頭の中をスクリーンセーバーの状態にして歩くなどの方法を検討中です。

 しかし、こんなことを書くと非難されそうですが、昨日の事件はすべてオイラの責任だったのでしょうか。その青年にはまったく瑕疵がなかったと言えるのでしょうか。

 頭のスイッチを切って歩くということはすなわち、アホ面をして歩くということ。

 アホ面をして歩いている人間が、論理的かつ秩序だった思考ができるでしょうか。

 外見から人を判断するということではなく、声をかける前に、その対象者に対して心神耗弱の状態かどうか見極める必要があったのではないか。

 青年にも、何らかの注意義務が欠如していた部分があったのではないかと考えるのです。

 …と、ここまで考えて、その青年が後ろから私に声をかけたという事実に今、思い至りました。

 後姿じゃ判断できないですよね。

 やっぱりオイラが悪うございました。もうしませんから、どうかお許しくださーい!!

 毎回、えらそーなことをほざきつつ、少しも実生活に応用できていない事実に愕然とする今日この頃。

 
 ちょっと今日は前ふりが長くなりました。ここからが本題です。

 先日の続きのプラスアルファの苦情処理法、その6から。

● 相手に不快感を与えそうなことは、最初にその旨を断わると、相手の不快感は好感に逆転する。

 たとえば、何の予告もなしにかかってくるセールスの迷惑電話。
 
 まず、「今、お電話して大丈夫でしょうか?」とは聞いてこない。いきなり、自分の言いたいことをまくしたてる。

 こんなとき、「お忙しいところ失礼します。今、お電話大丈夫でしょうか」と迷惑電話のセールスマンが気遣ってくれれば、かなり好感に逆転するんですけどねぇ。

 …とは言っても、私だったら、「お気遣いどうもありがとうございます。はい、大丈夫ではありません。忙しいです。それでは失礼」 と、ガチャンと切ることに変わりはないから同じか。

 でも、なかなか礼儀正しい、迷惑電話のセールスマンだったな。と、少しは見直し、その日一日良い気分で過ごせるかもしれない。

 ほかにもバリエーションで、こんな使い方はどうでしょう。

 相手に不快感を与えるような反論をしなければならないとき…

「もちろん、ご存知だとは思いますが…」

「少し気分を悪くさせるかもしれませんが…」

「釈迦に説法みたいなことかもしれませが…」
 
「お怒りはごもっともですが…」

 なんてフレーズを前につけるだけで、その後の相手の受け答えがよくなってくるから不思議です。

 続きまして、プラスアルファの苦情処理法、その7

● 自分に不利なことは、前置きなしで、ズバリ用件に入ると、相手はそれ以上攻撃する気になれない。

 結構、この法則は、使えますよ。

 たとえば、仕事でミスったけれどもまだ上司が知らないとき。あるいは、自社の商品やサービスに問題があるのをお客さんが知る前にこちらが知ったときなどに、です。

 お客さんも上司もまだ気がついていない。

 しかし、発覚するのは時間の問題。

 運が良ければ発覚しないかもしれないが、もし隠しているのが知れたら大問題に発展しかねない事柄には有効かもしれません。

 こういうときは、下手に隠し立てせず、自首したほうがいいです。

 上司の前に背を伸ばして立ち、神妙な顔で、「申し訳ございません。実は大変な失態を犯してしまいました」とやる。

 すると、上司は、ただならぬ雰囲気に緊張し、「何をやったんだ」と聞く。

 この時点で上司は心の準備ができているから、何を言っても最悪の事態になることは避けられる。

 お客さんも同じですね。

 上司と二人、菓子折りを持ってお客さんの会社や自宅へ謝りに行く。お客さんはまだ問題に気づいていないから、驚いて、「何かあったのですか?」と聞く。

 そこで、「すいません。誠に申し上げにくいのですが、実は今日伺いましたのは…」と神妙な顔で経過を説明するのです。

 こうまで正直に、自分の否を認め、いさぎよく謝罪に来ている人には、人間、それ以上、攻撃する気にはなれないのではないでしょうか。

 …と、いうことで、次回も花粉ネタ、じゃなく苦情処理をテーマに書きたいと思います。

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理不尽な苦情にうまく対処する法

 こんにちは。

 久しぶりの更新になってしまいました。

 最近仕事が忙しいのに、花粉症の禁断症状があらわれて、なかなか前に進まない。

 頭がぼうっとして、目がかすみ、集中力が途切れがち。後頭部がズキズキするし…。毎年そうなるのですが、なかなかつらい季節です。

 面白いジョークを思いついたのですよ。でも、さっきからいくら考えても思い出せないし…。オイラ的には、これはかなりやばい状況かも。

 気をつけないとホントに体調を崩しますね。いや、もうすでに崩したのでした。

 もっと崩す前に、前回の続きのブログを書かねば。
 
 さて、今日も商品やサービスの苦情処理法です。

 題して、プラスアルファの苦情処理法、その3

● 商品やサービスへのクレームは、商品研究、新商品開発への貴重な参考意見として評価すると、お客さんの自尊心を満足させ、うまく解決する場合が多い。

 たとえば、お客さんからクレームがあった場合、商品の入手経路やどこでそのサービスを受けたのか、担当者は? という点を詳しく聞く。

 なるべく上位の階級にある人がお客さんから直接聞き、「申し訳ございませんでした」と深くお詫びする。

 そして、商品開発担当者やサービスの現場部門の責任者とともに、今後の商品開発、サービス開発の参考意見にさせていただきたいと、メモをとりながら熱心にお客さんのクレームについて耳を傾けるのです。

 すると不思議なことに、クレームを持ち込んだお客さんが、彼らとともに新たな商品開発を行っているんだという一体感が生まれてくる。

 お客さんとしても、これだけ自分のクレームに耳を傾けてくれたということで怒りが薄らぐ。そして自分の意見が今後の商品開発に生かされるんだという自尊心が満足されるのですね。

 それだけで、クレームを持ち込んだお客さんは、その会社のファンになってしまうということもあるらしい。

 個人的な意見ですが、クレームをいうお客さんは、自分なりに商品やサービスについて、こうあるべき基準というか理想を描いている人が多いのではないか。

 オイラは、人様に対してあまりクレームを言わないほうですが、心の中で「こうすればもっといいのに」とか、「どうしてこうしないのだろう」とつぶやくことがあります。

 それは誰もが思っていることかもしれません。

 その自分の基準から大きく逸脱して、不愉快な気分になったときにクレームとして表に出てくるようも気がします。

 クレームについて熱心に相手が聞いてくれるということは、お客さんの価値観を認めようと努力しているようにも見える。

 結果として、それが採用され、サービスの改善や商品開発に生かされるのであれば、お店が自分の好みにカスタマイズしてくれたとお客さんの目には写るのではないか。

 たとえそうはならなかったとしても、そのために努力してくれていると感じればお客さんにとって、その店は特別な存在になるかもしれません。

 たとえば、ご意見箱をテーマに、学生と生協の職員とのやり取りを描いた「生協の白石さん」。

 その本はまだ読んでいませんが、立ち読みをしてみると、学生たちが生協で働く白石さんに意見を書き、それに対して白石さんが当意即妙の返事をする内容です。

 中には真面目な意見もありますが、ふざけているとしか思えない意見もたくさんある。

 その意見に対しても白石さんは、真面目に目を通し、改善すべき点があれば考えて対策を立てようと努力する。

 …と言っても、ほとんど実現しないものばかり。少しコメディーっぽくはぐらかすこともありますが、真剣に目を通して考えてくれるという点では間違いない。

 その誠実さが、あれだけの共感を呼び、ベストセラーにつながったのだと思います。

 さて、以上はこちらの商品やサービスに問題があったというケース。

 しかし実際は、そればかりではないですよね。

 お客さんの明らかな誤解によってクレームが発生することもある。

 たとえば、お客さんが自分の誤りに気がつかないで、会社に腹を立てている場合。

 この場合、「おっしゃるとおりです」なんて言ったら、こちらが間違っていたと認めてしまうことになる。

 ここは当然、反論しなければならない。

 しかしまともに反論したら、また火に油をそそぐことになりかねません。

 お客さんの怒りをかわしながら反論するにはどうすればいいか。次のようにすればいかがでしょう。

 これが、プラスアルファの苦情処理法、その4

● 反論したかったら、いったん相手の意見を受け入れてからにすれば、反抗的に見えない。

 たとえば、いきなり反論するのではなく、お客さんのクレームを誠心誠意お聞きして、その不信感にいたった経緯を納得した上で、

「おっしゃることはごもっともです。当社の製品でご不快なお気持を持たれたことについては深くお詫びいたします。ですが…」

 と、いう形で続ければ反抗的には見えない。

 そして、「ですが…」のあとの反論にも、ちょっとした神経を使うと、お客さんはすんなり反論を受け入れてくれます。

 それが、プラスアルファの苦情処理法、その5

● 反論するときは、質問の形を取ると、生意気な感じを与えない。

 そうですよね。人は誰でも、「~しろ!!」と命令されるより、「~したほうがよくありませんか?」あるいは、「~したほうがいいんじゃないの?」と質問の形をとって言われた方が素直に相手の言うことを受け入れやすいだろ!!

 …と、言われるより、「相手の言うことを受け入れやすいのではないでしょうか」と言われたほうが読者の方は、気分いいですよね。

 言葉遣いは湾曲だけれども、しっかり自分の言いたいことを相手に知ってもらうことができる。

 相手に受け入れる素地さえ作ってもらえれば、こちらはじっくり理詰めで相手の考え方を変えてもらうこともできるわけです。

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クレーム処理で、うまい叱られ方の秘密

 こんにちは。

 少し反応が遅いかもしれませんが、荒川静香選手の金メダル、すごかったですね~。

 今回のオリンピックの日本選手はえらく不調だったので、いっそのことメダルがゼロのほうがさっぱりしていいのかも、とヤケクソ気味な気分になっていました。

 でもやはりメダルがあるのとないのとでは、気分が全然違う。

 日本人であることに、自信を回復した金メダルだったかもしれませぬ。

 こう言っては何ですが、荒川選手がこんなにすごい演技をするとは正直思っていませんでした。

 …というのは、今から五年前。生で演技を見たことがあるんですよ。

 場所は、新横浜プリンスホテルのスケートセンター。

 ちょうど、大学対抗アイスホッケーの試合の券をもらったので見に行ったときです。

 その試合の前に行われたエキシビション。今回、4位に入賞した村主選手と一緒に登場しました。

 今考えると、すごいことですね。世界の荒川と村主が前座で演技したのですから。

 もちろん当時も有名でしたし、演技も素晴らしかったですが、村主選手の完成度に比べるとちょっと物足りない印象もありました。

 でもトリノでは、当時とは別人と思われるなめらかなスケーティング。

 一番変わったのは体型ですね。昔は、どちらかというと今のミキティみたいなイメージでした。

 当時と比べて、とくに上半身はすごくスリムになったような気がする。

 ミキティも4年後は、今の荒川選手みたいになって頑張って欲しいです。

 それにしても、フィギアで金メダルとは何度考えてもすごい。

 ジャネット・リンやミッシェル・クワンも取れなかったし、あのトーニャ・ハーディングがあれだけ騒いでも取れなかった金メダル。

 札幌オリンピックが終わった後のようなフィギアのブームが再び起きるかも。

 当時のスケート場では、ジャネット・リンのダブルアクセルの真似をして転倒する人が続出したそうな。

 今回も、荒川静香のイナバウアーを真似して、スケート場のフェンスに激突するオヤジが続出するかもしれませぬ。

 当時、ダブルアクセルにチャレンジして怪我したオイラとしては、今回、イナバウアーへのチャレンジは控えようと思います。

 それはともかくビジネスネタ。

 前回、苦情処理をする上において、絶対動かせない基本的なステップについて触れました。

 確認のため、もう一度、ご紹介しますと…

1.まずはじめに、心をこめてわびる。
2.言い訳や弁解をしない。
3.お客さんの苦情の内容を誠心誠意聞く。
4.苦情の内容をしっかり把握し、原因をつかむ。
5.解決策を考え、すぐ行動する。

 …でしたね。そして、こちらに落ち度があるときは、上記の1の部分で相手の期待を上回る謝り方をすれば、誠意を印象づけられ、ファンになってもらえる、と。

 さて今回は、2と3についてのグレードアップした方法について述べたいと思います。

 つまり苦情をうける姿勢。

 相手が感情的になっているときは、ひとまず相手の言い分を認め、「間」を置くことが必要だと前に述べました。

 苦情をうけるときは、このように、ひとまず相手の言い分を認めることが大事なんですね。

 要するに相手の言い分を認めるような苦情の聞き方。

 私の後輩に、○田という銀行員がいるのですよ。

 彼はホントに苦情の聞き方というか、叱られ方がうまい。

 もう、叱られ方の天才 !!

 彼の場合、お客さんではなく上司から叱られことが多かった。

 もう十五年以上前の話ですから、彼も四十歳をとうに越えているはず。

 さすがに、今はもう叱られていないと思いますが、当時は三日に一回は支店長に呼ばれて叱られていました。

 誰が見ても能力はあるのに、間際まで仕事に取り掛からない。やれば何でもできるのに、積極的にやろうとしない。

 でもギリギリになって、問題が起きそうになったときは目にも留まらぬ早業で仕事をこなしてしまう。

 能力の出し惜しみをしているとしか見えないから、事あるごとに叱られるのですね。

 さて、その○田君の叱られ方。

 あとで考えると、実に理にかなったものでした。

 支店長のデスクの前に立ち、全身を耳にして、お小言を聞いている。(いや、聞いているふりをしている)

 ちょっと猫背な前かがみで、神妙な顔で両手をきちんと前でそろえ、相手の目は見ず、口元をじっと見つめる。

 一言も反論はしない。ただ黙ってお小言を聞く。そして時折、相槌をうつ。

 それも半端な相槌ではない。

 絶妙のタイミングで、首を縦に振り、「おっしゃるとおりです」と全身で、支店長の言葉を心に刻み込もうと努力する。

 彼のそういうしおらしい態度を見て、怒っていた支店長もいつのまにか穏やかな顔になっていきます。

 そしていつも、「期待しているんだから、今度は気をつけてよ」と最初とは打って変わった晴れやかな顔で、彼を解放する。

 文章に書くとちょっとイメージがわかないかもしれませんが、実際彼の叱られ方、苦情の受け方を見ていると、もう徹底していて、絶対苦情をこじらせないだろうなと思わせるものがあります。

 とにかく反論はしない。

 そして相手の立場に立ち、相手に誠心誠意、心を耳にして聞く姿勢を伝える。

 それだけでも、随分あとの展開が、違ったものになるはず。

 多胡輝氏の「しぐさ、動作、ふるまいの心理学」という本の中に、叱られ方のうまいテクニックについて次のフレーズがあります。

 これがプラスアルファの苦情処理法のその2

● 叱責を受けるときは相手の話に反応すること。少なくとも外見上は真剣に聞くそぶりをして、話に合わせてうなづいたり、言葉で相槌を打つことが大切である。

 件の○田君。支店長の前で、なんと1時間でも2時間でも叱られている。

 でも、お小言から開放され、自分の席に向かって歩いているときには、もう何事もなかったかのようなさっぱり顔。

 くるっと振り向いた瞬間に頭を切り替えるみたい。

 以前、一緒に飲んだとき、彼にうまい叱られ方の秘訣を聞いたことがあります。

 彼曰く、

「いや、叱られているときは、何も考えていませんよ。小言が左の耳から入って右の耳へ抜けていくだけ。そのとき、ちょっとリズムを感じるんですよ。小言がラテンミュージックみたいに聞こえるんです。その音楽に耳をかたむけ、その調子に合わせて相槌を打つだけですね。気持ちの切り替え方ひとつで、誰にでもできるんじゃないですか?」

 だめだこりゃ。次ぎ行ってみよう!!! (←いかりや長さん風にお願いします) 

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クレーム処理で、ファンを作るお詫びの仕方

 こんにちは。

 少し暖かくなってきましたね。でも風が強い。

 それとともに、後頭部がず~んと重い感じ。

 花粉部隊の先鋒が、もう飛び始めているみたいです。

 こちらも防衛を強固にするべく、超立体マスクの購入を決意。

 今まで苦労して貯めた楽天スーパーポイントをすべてそれにつぎ込みました。

 超立体マスクをした自分を鏡で見ながら、ふと思い立ってあたまに白いタオルをまき、サングラスをかける。

 そして額に、画用紙で作った三日月のマーク。

 おお…。まぎれもなく月光仮面じゃ~。

 サングラスを外して、今度は太陽のマークを額へ。

 おお、今度はまぎれもなくレインボーマン。

 今年の花粉症の時期は、この格好で正義のために戦うかもしれませぬ。

 それはともかく、「苦情処理でファンを作る法」。

 今までは、どこのビジネス書にも載っているベーシックな対処法を述べました。

 今日は、それプラス心理学的にアップグレードした方法について書きたいと思います。

 苦情というのは本来マイナスの側面を持ってます。それがプラスに変わったらすごいですよね。

 災い転じて福となす。ピンチがチャンス。塞翁が馬。

 でも、驚くような特別な方法ではないと思いますよ。こと、苦情処理に関しては、「非常識な苦情処理法」なんて存在しない。

 怒っているお客さんにはさまざまなタイプがいます。一人に成功した方法が、他の人に絶対成功するかなんてわからない。

 下手をすると火に油をそそぐ結果にもなりかねません。

 苦情処理は、最大公約数の人たちにとって、うまい対応だと思える基本を尊重しつつ、その中でうまくアレンジしてアップグレードしていく必要があるのかも。

 苦情処理をする上において、絶対動かせない基本的な考え方については以前触れました。

 その延長線上の考え方で、苦情処理には、以下のステップで行うのが望ましいと言われています。

1.まずはじめに、心をこめてわびる。
2.言い訳や弁解をしない。
3.お客さんの苦情の内容を誠心誠意聞く。
4.苦情の内容をしっかり把握し、原因をつかむ。
5.解決策を考え、すぐ行動する。

 この基本線は、苦情処理の王道ですね。これは動かせない。

 この基本線を維持しつつ、いかにお客さんをファンにしてゆくか。

 まず、1の「心をこめてわびる」。

 こちら側に落ち度がある場合、不利益をこうむったお客さんは、当然謝罪を受けると思っています。

 その期待をもって、苦情を申し立てているともいえるでしょう。

 ここで大事なことは、お客さんがこちら側の謝罪の仕方について期待値をもってみていることですね。

 ところで前回はラーメン屋さんの話題を書きました。

 おいしくない店は困りますが、不衛生な店はもっと困りますな。

 またも同じような話題で恐縮ですが、オイラの家の近所に、わりと流行っているラーメン屋さんがあるんですよ。

 もう随分前になりますが、評判を聞きつけて食べに行ったことがあります。

 その店は、10人くらい座れるカウンター席とテーブルが4つばかりの店内配置。改装したばかりのようで、カウンター席から見える厨房は磨き上げられてきれいでした。カウンターは木の香りがしてきそうな白木の一枚板。

 店員もきびきび動いて、場末のラーメン店にありがちな退廃的なムードは微塵もありません。

 まわりを見渡しながらカウンター席にすわり、その店のお勧めラーメンを注文します。

 それは、コクのある濃厚スープ、上にはもやしがたっぷり、そしてチャーシューがやわらかく麺もこしがあって、さすが評判になるだけの味だと思いました。

 喜んでラーメンをすすっていると、突然、目の前を横切ったものがあります。

 一瞬、何が横切ったのかわかりませんでした。

 目の奥に残った残像から記憶を呼び起こすと、毛が生えていて長い尻尾がある小さな動物。

 隣を見ると、同じくラーメンを食べていたおっさんが、目を見開き、はしを持ったまま固まっている。

 やがて気を取り直すと、オイラの方を見てこうつぶやきました。

「今、ネズミが目の前を通りましたよね」

「…そ、そうみたいですね」

 そのあと、沈黙。

 しかし、昭和30年代ならともかく、今は平成の時代。

 しかも流行っているラーメン屋のカウンター上をネズミが駆け抜けて行くなんて、二人して悪い夢を見ていたのではないか。

 そう思って気を取り直そうとすると、目の前に、ネズミの足跡がペタペタと残っているのを発見。

 乳白色の白木のカウンターに、濡れた足跡がくっきり。

 やっぱり、現実だった…。

 そのあと、必死で残ったラーメンをかっ込むとお金を払い、逃げるように店を出ました。

 店の人は、カウンターの中で後ろを向いていましたから、ネズミを見ていなかったと思います。

 でも我々の会話は聞こえていたはずだし、さっとカウンターに残ったネズミの足跡を目にも留まらぬ早業でふいてしまったので、当然知っていたはず。

 こういう場合、お店の人のリアクションは困ったでしょうね。

 「おい。目の前をネズミが横切ったぞ!どうしてくれる」と怒って、クレームをつければ、ちゃんと謝って対応したのだと思います。

 でも、こちらとしては、そんなことで大騒ぎするのは大人気ないと考えた。

 結局、どちらも見て見ぬふりをしてすましてしまった。

 その後、そのラーメン屋さんの前は何度も通りましたが一度も中に入ったことはありません。

 そのお店を見るたびに、カウンターに残ったネズミの足跡を思い出すのです。

 ネズミ本体ではなく、濡れた足跡を…。

 そして、知っていながら素知らぬ風を装った店員の表情まで。

 心理学の本を読むと、嫌な思いをしたとき、その最後の場面がよく記憶に残ると書かれています。

 だからやはりお客さんが嫌な思いをしたと感じたときは、しっかりフォーローしておく必要がある。

 以上の例は少し極端ですが、ラーメンの中に髪の毛が入っているのを見つけたときはどうでしょう。

 気にも留めずに、髪の毛をそのまま食べちゃう人ってあまりいませんよね。

 普通の人は、おそらく次の行動に出るのでは。

 ムッとして髪の毛をつまみ出し、「もう二度とこんな不衛生な店に来るもんか」と思いつつ、不機嫌な顔でそのままラーメンを食べ、何も言わずに去ってゆく。

 またある人は、店員に、「髪の毛が入ってるよ」と苦情を言う。

 そのとき、「こんな嫌な思いをさせられたんだから、この料理は当然、無料だよな」と考えるお客さんは多い。

 食べる前だったら、新しい料理に交換しますと言ってもらえる。そしてうまくすれば無料。

 苦情を言いながら、そういう期待値をお客さんは持つ。

 しかし、新しい料理を作って出してくれたが、しっかり代金を請求するっていうのはまだいい方で、苦情を無視して、「言いがかりをつけるのか」と何の対応もしないまま代金を請求されたらどうでしょう。

 大声を出して苦情を言う人はいると思います。

 しかし、たかがラーメン一杯。

 そう思って、しぶしぶお金を払って店を出る人も多いのではないでしょうか。

 だけど、顔は平静を装ってても、頭の中は怒り心頭。この恨み、晴らさずおくものか、とさっそくその店の悪口を言いふらすに違いありません。

 それに対して、店主がわざわざ出てきてペコペコ頭を下げ、「本当に申し訳ございません。新しいラーメンをすぐお作りいたします。もちろん今日のお代は結構です。

 それで、お詫びといってもなんですが…」と、餃子にチャーハンなど無料で追加してくれ、なおかつラーメンの無料券なんかくれたらどうでしょうか。

 きっと、そのお客さんは目を丸くして、かえって恐縮してしまうかも。

 そしてそのお客さんは、ラーメンに髪の毛が入っていた事を忘れ、そのラーメン屋のファンになり、毎週通いだす。

 もちろん、日頃衛生面で気をつけていると思われる店ですよ。

 たまたま不注意で、異物が混入し、そのことに対して心から反省しているのがわかる場合に限ります。

 あのラーメン屋、なかなかサービスが行き届いてるよ、って周りの人に伝えるかもしれません。

 苦情をいうお客さんは、相手側のミスの程度によって、謝り方の期待値を抱いている場合が多い。

 この場合、謝り方ひとつで、お客さんの苦情後の印象は大きく変わってくる。

 そこで、プラスアルファの苦情処理法その1

● こちら側に落ち度があるときは、お客さんの期待を上回る謝り方をすれば、誠意を印象づけられ、ファンになってもらうことも可能。

 
 いつもお世話になっている多胡輝氏の「好印象を与える自己表現術」には以下のフレーズがあります。

 誰でも、相手のミスによって迷惑を受けたとき、そのミスの程度によって、相手はこれくらいの謝り方をしてくるだろうという「期待値」を抱く。

 たとえば5の謝罪を期待していたところ、10も謝られると、その意外感から、相手の誠意を強く印象づけられる。

 それに対して「期待値」が5なのに、2か3しか謝ってもらえないと、相手の不信感や怒りが起きる。

 当然、明らかにこちらに落ち度があることがはっきりしている場合ですので念のため。

 以上はほんの一例。

「クレーム処理でファンを作る法」は、このあとも続きます。

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クレーム処理でまず考えたいこと

こんにちは。

 最近忙しくて更新がままなりませぬ。

 しかも悪いことに今朝起きたら目がショボショボ、鼻がムズムズ。

 いよいよキター!!花粉様が…。

 去年は花粉様のおかげでいろいろいい思いもさせてもらったのですけどね。

 それはまたいずれ。

 これから当分の間、花粉ネタでいけそうです。

 それはそうと、「足利をゆく」の続編も書かねばならないのでした。

 過去と現在とをタイムスリップしつつ、行道山の絶景とアクシデントを文章にまとめる作業はなかなか大変。

 別にさら~と書けばいいんですけどね、仕事じゃないのだから。 

 それはともかく、今日はクレーム処理の話。

 今日は一般論です。クレーム処理は、どうしてもまず基本から書かねばなりませぬ。どこかで聞かれた話に終始するかもしれませんが、ご容赦ください。

 苦情処理にはオリジナリティはあまり必要ないかも。

 基本をしっかり押さえた上で、自分なりの方法を構築したほうがいいと思います。

 突拍子もないことをしようとすると、東横インの社長さんみたいになってしまうので注意が必要ですよ。
 

 ところで、こちらがお客の立場で、会社や個人に対して苦情を言う場合、一番腹の立つ相手の態度ってどんなものでしょうか。

 明らかに相手が間違っているのに、それを認めない。

「こっちは、専門家だ。素人がつべこべいうな」と開き直って、無視するケース。そして、お客の知識不足を専門家が教えてやるという態度。

 結構、腹立ちますよね。

 また、自分に誤りはなかった、またはやむをえない場合だったと必死になって言い訳する姿勢。

 これも結構、頭にくる。

 お客さんとしては、改めて指摘されなくても、自分が素人だということはわかっているんです。わかっているから、高額な商品を購入したり、サービスをうけたりすることにすごい不安を持っている。

 自分の苦情を、素人の与太話みたいに考えて専門家がうやむやにしてしまうのではないか。ちゃんと対応してくれないのではないか。

 その不安が頂点に達すると、お客さんは激高します。よーするに、完全にキレてしまう。

 あんたじゃ話が通じないからダメ!上司を出せ。いや、それでもダメだ。社長をだせ!!

 …と、いうことになる。

 たまにお客さんが店頭で大声を出して大騒ぎをしている場面に遭遇することがあります。

 そうなったらちょっとやそっとではお客さんの怒りは収まらない。

 しかし、お客さんが、いきなり大声を出すケースは、それほど多くありません。

 ちゃんとその伏線がある。

 それが担当者の最初の応対によってお客さんの不安が増幅し、頂点に達してしまったケース。

 つまりお客さんにとって、自分が悪者にされると直感した瞬間ではないでしょうか。

 そうならないために、まず考えなければならないことは、次の点ですね。

● 苦情処理の初期対応の最大の課題は、お客さんの不安をいかに取り除くか。

 それは、お客さんの不満や不安をきちんと誠意をもって伺いますよと、こちらの態度で示すこと。説明のまずさや漏れがあって申し訳ないという姿勢で話すことです。

 そうは言っても、お客さんが激高して手が付けられないような状態で、誠意を態度で示し、わかってもらうというのは難しい。

 お客さん自身、とにかく頭にきて、まわりが見えなくなっている場合が多いからです。

 そんなときどうするか。

 お約束の多胡輝氏の心理学の実践書シリーズには相手の怒りをかわす心理術として次のフレーズがあります。

● 相手が感情的になっているときは、ひとまず相手の言い分を認め、間を置いてから交渉を始めると、怒りをかわすことができる。 

 苦情処理の担当者を長年勤めてきた人が書いたさまざまな本や話を聞くと、共通して以下の方法がいいと話しています。

クレームのよい対応法 … まず困難な状況を「変える」ことが大切である。

 ○ 人を変える … たとえば、苦情の原因となった担当者ではなく、上司が話を聞く。

 ○ 場所を変える … 店頭ではなく、なるべく立派な応接室へ通す。そしてお茶や茶菓子を出してもてなす。地位のある上役が低姿勢で話を聞けば、お客さんのプライドが満たされます。

 ○ 時を変える … 冷却期間をおく。回答期限を明確に伝え、約束を必ず守る。

 いわゆる「間」をおくということは、大事だと思います。

 怒り心頭に達しているときは、いくらこちらが反論したい項目があるといっても、それをその場で言ったらこじらせるだけ。

 怒っているときは、論理を受け入れる体勢ができていないからです。その場合、時間をかけて怒りが収まるのを待ったほうがいい。

 お客さんを不愉快な気持ちにさせたのは事実だから、とりあえず謝る。

 そのうえで、「もう一度十分な調査をした上で、あらためてご報告にお伺いします」と間を置く。

 あとで、菓子折りを持って謝りに行ったら、「この前は、取り乱してすいませんでした」とお客さんから頭を下げられるケースは少なくないのではないでしょうか。

 もちろん、苦情処理の初期対応をきちんとやったからですが…。

 苦情処理の一般論はここまで。

 この次は、苦情処理のもうワンランク上の「苦情処理でファンをつくる法」について書くつもりです。

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苦情処理にかかわるエトセトラ

 こんにちは。

 東横インの事件が巷を騒がせていますね。

 ホテルの不正改造問題が発覚したときの社長の会見があまりにインパクトがあったので、私もその後のなりゆきを注目しています。

 それにしても最初の社長の会見には驚きましたね~。

 あまりにも自信満々に、他人事みたいに話すのだから、不愉快になるというより唖然としてしまいました。

 それだけ確信をもってやったのなら、何かほかに理由があるのではないか。もしかして大人物なのかも…なんて、うがった見方もしてしまいましたよ。

 でも結局は世間しらずというか、常識しらずなだけだった…。

 最初の会見と、あまりの落差の謝罪会見に声もありません。

 ただひと言、かっこわる~。

 社長さんはご自分でも、自分が上等の人間であると勘違いしていた、と涙ながらに話されていたようですが、これは事業がうまく行き過ぎると誰でも陥るワナなのかも。

 新聞や雑誌で少し読んだだけですが、東横インのビジネスモデルは素晴らしいと思いました。

 親の代からホテルを中心とした建設を手がけていたそうで、その点ではホテルをチェーン展開するノウハウの蓄積があったのですね。

 でもこのビジネスモデルだと、一度うまくレールを引いてしまえば、経営者はそれほど頭を使う必要がないのではないか。

 部下のホテルの支配人たちは大変みたいですけどね。客室の稼働率が75パーセントを切ったホテルの支配人はペナルティーが科せられたとか。

 それはともかく、社長が、一度引いたレールの上を走る特急列車の乗客になってしまっていると、外の景色をぼんやり眺めているだけでもどんどん前に進む。

 しかし今度のような緊急停車の事態になったとき、今自分がどこにいて何をしたらいいのかわからない。

 最初の会見をテレビで見たとき、現場感覚から完全にずれていると思いましたね。

 現場でクレーム処理をして苦労した経験のある人なら、絶対あんな他人事みたいな態度はとらないはず。

 なぜなら、それがもっともお客さんが怒る行いだと、自分の肌にしみ込んでいるはずだから。

 東横インのように確信犯の悪質なケースは論外ですが、クレーム対応ひとつで会社を窮地に陥れることって結構ある。

 不況で経済がどん底のときよりも、景気が上向いて、経営者や社員が「上等の人間」であると勘違いしてしまったときのほうが、クレームで大問題に発展するケースが多いのだと思いますよ。

 前ふりが長くなりましたが、チラシに続くビジネスネタの新シリーズは「クレーム処理」についてです。

 去年、同じテーマを取り上げました。

 マンションの耐震強度偽装事件や今回の事件など、クレームに対する責任者の対応の仕方に大きな注目が集まっているので再登場です。

 一応去年のリメイク版が中心ですが、スターウォーズみたいに未発表文章?や新たに書き加える部分もありますので、お暇な方はご覧いただけるとうれしいです。

 それでは…。

 先日、家へ帰る途中の商店街で、お客さんと電気店の店主が言い争っている光景を目にしました。お客さんは、六十歳ぐらいの男性。

「男はつらいよ」に出てくるタコ社長みたいに顔を真っ赤にして怒っている。

 何を言い争っているのでしょうねぇ。

 道行く人たちは皆、係わり合いを避けるように通り過ぎていきますが、必ず興味深そうに振り返って見る。

 私もそう。

 ゆっくり歩きながら、何度も振り返ってそのやりとりを見ました。見たいけど、立ち止まってその顛末を遠くから見ているのもなんだし…。

 この喧嘩、俺が買ったぁぁぁぁぁぁ~、としゃしゃり出て行くのは時代錯誤。

「なんだお前は。関係ない奴は引っ込んでろ!」と言われ、「およびでない?こりゃまた失礼しました」とおどけながらずっこけるのはもっと時代錯誤。

 こういうときの第三者の対応って、結構難しい。

 でも、第三者として確実にいえるのは、商店街のみんなの見ている真ん中で、お客さんと喧嘩しちゃまずいですよ。

 たとえ理由がどうあれ。

 さて今日は、クレーム処理について書きたいと思います。

 クレーム処理は、どこの会社でも、プライベートでも、誰もが経験のあることですよね。

 早い話、幼稚園の子供でもやってます。

 たとえば、○○ちゃんが、別の子のおもちゃを取ったり壊したりしてしまったケース。

 当然、不利益を被った子は、○○ちゃんに不平を言います。○○ちゃんは、その子の不満に対してクレーム処理をしなければならない。

 うまくクレームを処理できなければ、先生に言いつけられて怒られる。

 その子に納得のいく説明ができるかどうかが大事。きちんと誤ればそれですむ場合が多いと思うのですが、子供のことだから大抵こじらせてしまう。

 子供の世界ならまだ笑い話ですみますが、ビジネスの世界ではそうはいきません。

 昔からのお得意先を怒らせて、取引停止なんてことになったら、担当者は給料カット。悪くすると降格なんてことになりかねない。

 当然、取引停止になる前に、お得意先はクレームの意思表示をしたのでしょう。

 クレーム処理に失敗して、火に油を注いでしまったというケースは結構あるんですよ。

 逆に、クレーム処理に成功したばかりか、かえってお得意先がクレーム担当者のファンになり、取引が拡大するケースもある。

 ビジネスでお取引先をもっている方は、最初の取引経緯を調べてみると面白いですよ。

 結構、大口取引先で、最初クレームが発端になっているというケースは多い。クレームに対して、誠心誠意応えているうちに自分の会社のファンになってくれたんですね。
 
 私事で恐縮ですが、私が今取引していただいているお客さんの中にもそういう会社があります。銀行に勤めていた頃からですからもう二十年以上ですか。最初のお付き合いの発端はやはりクレームからです。

 当時は銀行の方針というものもあって、一社だけ特別扱いできないということもあったのですよ。

 だけど、そんなことはこちらの都合で、お客さんにとっては何の関係もないこと。その頃は毎日のように電話がかかってきて、ヒヤヒヤの毎日でした。私も若かったので、何度も通って説明しました。

 結局、「銀行の言うことはよくわからないが、君の立場はよくわかる」と最後は納得してくれました。

 私の会社が創業のとき、その社長さんは助けてくれた一人です。さんざんクレームをぶちまけたから、親近感がわいたらしいです。

 そのとき思ったのは、クレームとは、お客さんの本音をストレートに表現した形だということ。

 だから、それに一生懸命応えているうちに、プライベートでも本音で付き合えるようになる。

 うまく処理できれば、最高の取引深耕策だと思います。また、本音から出た言葉だから、マーケティングに利用すればものすごい効力を発揮する。

 以前テレビを見ていたら、福井県の商工会議所が中心となって、苦情クレーム博覧会を開催したとか。

 大手企業の商品開発担当者も注目しているそうですね。困ったことに対して、それを改善してくれる商品を開発することは、商品開発の最大のコンセプトでしょうから。 

 有名な漫画家で、テレビのコメンテイターとして現在も活躍されている○○氏。

 彼の奥さんも、すごく怖かった。電話で呼びつけられ、さんざん小言をいわれたことがあります。美人なのに、すごい剣幕で。

 ちょっとした言葉の行き違いだけだったのに…。

 言っておきますが、私は始終クレームを発生させていたトラブルメーカーではないですよ。

 しかし、一日、何十人も会い、踏み込んだ話をしていれば、数ヶ月に一回、クレームや不満は発生するもの。もちろん最善の注意を払い、クレームや不満を発生させないのに越したことはないですが、どうしても行き違いが発生するケースはある。

 重要なのは、その後の対応ではないでしょうか。

 クレーム直後の処理の仕方によって、180度、その後の反応が異なってくる。

 クレームが入った直後というのは、天国へ行くか地獄へ行くかの分岐点といえますね。

 東横インの社長さんは、初期対応を誤ったために地獄へ行ってしまった。

 もっとも、身から出たサビなので同情の余地はありませんが…。

 その話は別として、そこをうまく乗り切れれば、クレームがなかったより、お客さんから信頼を勝ち得るのは可能かもしれません。

 さて、件の有名漫画家さんのその後。

 おそらくクレーム処理の仕方がよかったのでしょう。

 あのとき、キレて悪かったと、ご夫婦から自宅へ招待され、サイン入り色紙を何十枚もプレゼントされました。そして、奥さんから手料理までごちそうしてもらったのです。

 今はもう、連絡がとれなくなってますが、その人がテレビに出ているとあのときのことを思い出します。やっぱり、長い間、第一線で活躍するには人格も必要なのですね。

 クレーム処理のうまい方法を教えてくれたのも、多胡輝氏の書いた心理学の実践書シリーズでした。これらの本から得た知識がなければ、大変なことになっていたかも…。

 今まで何度もピンチを切り抜けてこられたのは、これらの本のおかげだと感謝しています。さて、次回はその具体的方法についてご紹介したいと思います。

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チラシとバケツの水との深い関係

こんばんは。

 おかげさまで、結構忙しいっす。

 そういえば最近、土日も休んでないっす。

 でも仕事は、ないよりあったほうがうれしい。

 正月に「トトロの森」へ行ってから一度もウォーキングへ行けてないのと、ブログの更新が滞り気味なのがつらいところですけどね。

 それでも先週の肉体労働で、だいぶリフレッシュできました。

 …で、そのとき、体力が落ちてきたのを実感したので、今週から少しずつ寝る前のトレーニングを再開です。

 昔、通販のトレーニング器具をヲタク的に買い漁った時期があり、体力復活のためのツールは万全。

 夏までには、あのブルース・リーのような贅肉のない筋肉の繊維が浮き出るような肉体に変身している、はず…。

 オイラが「燃えよドラゴン」を見たのは中学生のときでしたが、いまだに最初見たときのインパクトを持続しています。

 当時、映画を見た若者は皆、空手や少林寺拳法を習いに行ったり、ジムで体を鍛えたりしたもの。

 でも大抵、3日~半年で挫折してしまった人が多かったです。

 オイラは、30年近く持続しているから、すごいと言うか、しぶといというか。

 それなのに、今忙しい仕事はすべて頭脳労働なのです。

 来年の1月まで、今のところ肉体労働はなさそう。

 うう、肉体労働がしたい。


 それはともかく、ビジネスネタを。

 そして、今日はおそらくチラシネタの最終回。

 チラシも持続が大事だというお話です。

 それでは、ビジベン流チラシ作成術 その12

 ● チラシは、ポスティングしてもすぐには効果が出ない場合もある。しかし3ヶ月に1回程度、続けていると、やがて注目され、一気に効果が出ることがある。

 これも長年、チラシをまき続けて得られた経験則といってもいいでしょうか。

 大学時代、マーケティングのゼミにいたのですが、そのときに教授の言ったひと言が今でも忘れられません。

 確か、広告効果についての話だったと思います。

 ある一つの新商品や新サービスが世に出るまでには、一定の広告量が必要だとか。

 それはあたかも、水道を使ってバケツに水を満たす行為に似ているらしい。

 この場合、バケツに注ぎ込む水が広告の量。そしてバケツの容積が、市場の人たちに認識してもらうために必要な広告量の総計。

 バケツに水が一杯になり、こぼれたときはじめて商品やサービスを多くのお客さんに認識され、売れ始めるとか。

 だから水道の蛇口を一杯にひねって、一気に水をバケツに注ぎ込めばすぐ一杯になる。

 大企業が新商品を売るために大金を投入して、テレビのCMや新聞・雑誌広告、そしてさまざまなキャンペーンを行って注目を集める行為に似ていますね。

 速攻で、市場の大勢の人たちに新商品や新サービスを認識してもらう。そして評判になり、短時間に多くのお客さんから買ってもらう。

 そのためには、一気にお金をかけて広告量を集中的に増やさなければならない。

 逆にお金がない中小企業や個人はそんなこととてもできません。

 仕方ないから蛇口を少しひねり、水をチョロチョロ流しながら時間をかけてバケツを一杯にする。

 それでもバケツを一杯にするために必要な水、すなわち広告量は同じという考え方でした。

 わかりやすく言うと、商品やサービスを多くのお客さんに知ってもらうためには、お金をかけるか、時間をかけるかの二者択一であるということ。

 もちろん、この考え方はちょっと問題を単純化しすぎていて、問題もあるかと思います。

 たとえば、広告の質の問題など。

 また、中小企業や個人の場合は、どんなに頑張っても大きな市場でシェアを占めることなんてできませんね。

 だから最初からニッチのマーケットを狙っていくしかない。

 でもバケツの大きさが小さくなるだけで、それを広告量で満たして商品やサービスを認知してもらうという行為は同じです。

 私が言いたいのは、水が一杯になるまではほとんどお客さんからの反応がないこと。

 チラシをまいている人はおわかりだと思いますが、ずっとチラシをまき続けても、全然反応が出ないことは珍しいことではありません。

 …というより、それが当たり前の部分もある。

 しかしそれでもあきらめずにコツコツ、3ヶ月に1回程度ポスティングを続けていると、1年後くらいに、パッと一気に花が咲くみたいに、あちらこちらで反応が現れることがあるんですよ。

 これって、蛇口からチョロチョロ水が流れ出ていて、やっとバケツに水がたまってあふれたときの感覚によく似ている。

 今までまったく反応がなかったのに、何で急にレスポンスが上がり始めたの?、みたいな。

 このとき、大学の教授がさきほどの話をしていたことを思い出し、目からウロコが落ちたような気分になりました。

 それはともかく途中であきらめて蛇口を閉めてしまったら、バケツに水はたまらない。

 反応がまったくなくても、あきらめずに少しずつポスティングを続けることは大事ですね。

 オイラの例で言うと、チラシをまいて一年以上たってから、反応が出ることもありましたよ。

 最高記録は、2年前にまいたチラシで仕事をもらったことかな。

 チラシを見て電話してくれた社長さんは、あるプロジェクトを立ち上げることになったのだとか。

 そのとき、そういえば新規事業のお役立ち情報が書かれたチラシがあったなと、引き出しの一番下から引っ張り出したのだと話していました。

 その2年間のあいだ、チラシは、社長の引き出しの中で眠っていたのですね。

 もちろん、反応があったのは、今までにご紹介したチラシ作成術を駆使して作った自信作のチラシです。

 最初からニーズがなければ、いつまで待っても反応が現れませんからご注意くださいね。

 経験上思うのは、チラシを捨てずに、いずれ使うつもりで取って置く人も多いということ。

 根気よく、反応を見、チラシの内容を少しずつ変更しながらポスティングすることも必要だと思いますよ。 

 それから大事なのは、チラシをまいてある程度時間が立ってから電話してくるお客さんは上客になりやすいということ。

 じっくり、仕事をお願いするかどうか検討し、コストなども支払える範囲を決めてから電話してくるので、話が早い。

 問題点が明確になっていますから、アドバイスもしやすいですし。

 意外と、しつこく値段を聞いてくるお客さんは金銭感覚がしっかりしているので安心です。

 元銀行員だったので、信頼できる会社かどうか最初に見分けるという点についてはプラスになっているかもしれません。

 その辺りはまた別なシリーズで書ければと思っています。

 あ~、やっと、チラシシリーズはこれでおしまい。

 ヘロヘロになりながらも何とか続けられたのは皆様のおかげと感謝しています。

 最近かなり忙しいので、次回からしばらくの間、ビジネスネタは過去の記事のリメイク版をお送りしようか、と。

 「スターウォーズ」みたいですが…。

 一度読まれた方はスルーしちゃってください。

 でも、以前の記事ではご紹介できなかった未発表映像?ではなく未発表文章もありますので、暇なときに読んでいただければ幸いです。

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チラシ掲載商品の価格にかかわる一考察

こんにちは。

 また久々の更新になってしまいました。

 先週の土日は、都内某所で仕事でした。

 …っていうより、オイラにとっては趣味の延長のようなものでしたので、結構楽しかったですよ。

 自分より年上のおじさんや遥かに年下の大学生たちと一緒の仕事。

 年齢差は相当ありましたが、皆スタッフの一員として、サークル活動みたいなノリで活動しました。

 自営業者としては、スタッフの一員として働くというのがすごくノスタルジックな気分になるのですよ。

 現場では上も下もないので、みんな助け合いながら和気あいあいとした雰囲気です。

 昼は、みんな車座になって仕出し弁当を食べたりして。

 それにしても体力落ちたのを実感しましたね~。

 みんなで、リヤカーに机や椅子をたくさん載せて運んだりもしたのですが、ほかの人と同じくらいにしか動けない。

 ちょっと不遜な言い方ですが、若い頃は、肉体労働を皆で一緒にやるときはどうやって目立とうかということばかり考えていましたから。

 別に目立ったからどうなるということもないのですが、その心境をたとえると、プロレスラーのスーパースタービリー・グラハムが腕周り70センチの鉄腕を観客に見せびらかし、どよめきが起きるのを喜ぶ、みたいな。

 オイラの場合、肉体労働でさまざまなパフォーマンスを考え出しました。

 たとえば、会議用のテーブルを置くとき、抱きかかえながら後方に反り返ります。するとジャーマンスープレックスホールドの体勢のままテーブルの設置が完了、とか。

 100円硬貨の入った袋を運ぶときは、必ず5袋以上持ち、一旦頭の上に持ち上げてからワンハンドバックブリーカーの要領で膝に落とす、とか。

 清掃のときに使うポリッシャーは、片手で持ち上げて一気に階段を駆け上がり、右手の親指と人差し指だけで操作する、とか。

 学生時代、渋谷を一人で歩いていると、必ず自衛隊の勧誘員に、「君、いい体してるね。自衛隊入らない?」と誘われ、いい気になって力こぶを見せると、「おお、すごい。今すぐ入隊申込書にサインして」と絶賛された、とか。

 若い頃は、怒涛の怪力、ストロング小林か、人間発電所、ブルーノ・サンマルチノの再来か、と言われたのに…。

 それなのに、普通に仕事しただけで筋肉痛が起きるとは情けない。

 もう一度、虎の穴に入って特訓を受けようかなと思う今日この頃です。

 それはともかく、チラシのお話でした。

 それでは、先週の続きのビジベン流チラシ作成術 その11から。

● 単なる値引きだけでは効果なし。なぜ値段が安くなるのか、その理由が顧客に伝わらなければ、かえって誤解される。

 商品やサービスの安い点を強調するのは、チラシのレスポンス率アップの王道であるのは異論のないところだと思います。

 安ければたくさん売れるというのは経済の基本原則。

 だから売れなくて困ったというと、誰もが値引きを考える。

 しかし、ご自分で商売をされた方はおわかりだと思いますが、安易に安さだけを強調すると自分で自分の首を絞めることになりかねませんね。

 お客さんがチラシを見て大勢集まってくるような値段設定だと、少々売れたぐらいでは儲からないですから。

 スーパーだって、目玉商品でお客さんを集め、それ以外の商品も一緒に買ってもらってはじめて店を維持していくだけの利益が出る。

 そのような考えで、計画的に、よい品をどんどん安く売ろうとする会社や商店はもちろん健全ですよ。

 だけど、安い目玉商品だけしか売れないと全然儲からない。

 オイラみたいに、常に各商品の損益分岐点を研究し、出血覚悟の目玉商品だけしか買わない人はたくさんいますからね。

 ホント、今の時代、商売を維持してゆくのは大変だと思います。

 そのなかで「よい品が安い」というブランドイメージを消費者の中に作り出すには、それこそ膨大な先行投資が必要。

 チラシで商売やサービスを始めたばかりの会社や個人にはもちろんそんなお金はありませんよね。

 だから自分のブランドイメージを作ることよりも、普通より飛び切り安い価格だけで勝負することが多い。

 しかし普通の商品を大量に売れないまま原価ギリギリの安い値段で売ったら、商売というより慈善事業になってしまう。

 そんなとき、悪い人が考える手っ取り早く儲ける方法は、もっと安く仕入れられる粗悪品や中途半端なサービスを安く売る方法です。

 恐らく、今まで一度は、安いという魅力で商品を買ったものの、それが粗悪品だと気付いて失敗した経験は誰でもあるのではないでしょうか。

 だから、たんに値段が安いというだけでは、現代の堅い消費者はなびかない。

 安くて興味は持っても、実際に買うという行動を起こすまでは至らないのですね。

 でも昔はわりと、商品やサービスが安いというだけでお客さんからの反応はあったそうなんですよ。

 モノが少ない時代は、比べる対象がなかったから仕方ないとあきらめたらしい。でも今はモノが溢れていますからね。

 大量にある商品の中から、自分の裁量でいくらでも選べる。そして今やお得な商品を選ぶためのツールもたくさんあります。

 たとえば、新聞、雑誌の商品紹介コーナー。インターネットの価格比較サイト等。

 だから、安いという点だけチラシで強調しても、かえって粗悪な商品やサービスをつかまされるのではないかと懸念され、逆効果になる場合もあるのですね。

 そうならないためには、お客さんになぜ安いのか、その理由を納得してもらう必要があります。

 たとえば、傷モノ処分、会社創立○周年記念、事業撤退につき在庫一掃など。

 ただ最近は、こういう方法を使い、逆に安心させて売っているケースが無きにしも非ず。

 倒産品処分セールというチラシがたまに入っているのですが、あれ?この会社、去年も倒産してたぞ、みたいな。

 傷モノなら、理由やその背景などをしっかり実証する。会社の創立記念なら、その沿革もきちんと書くなどの工夫が必要でしょうね。

 そのときは売り込みだと思われないように、事実だけをさらりと書くのがベターです。

 そういえば、スーパーの午後6時以降の生鮮食品の値引きなんて、一番説得力がありますね。

 翌日に在庫が売れ残ったらスーパーが困るなんて、誰もが理解できますから。

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チラシの反応にかかわる一考察

 こんにちは。

 今日は、またまた久しぶりのビジネスネタです。

 ビジネスネタの場合は、書く前に気合が必要ですね。

 昔、大量のビジネス書のエッセンスを集めたバインダーノートを作ってあるのでネタには困らないのですが、やはり体力の消耗度は他のネタの倍以上あるかも。

 同じ文章量でも1.5倍は時間がかかっています。

 毎日ビジネスの話題を書いている人は、いつもすごいと尊敬しますね~。やはり好きこそ物の上手なれなのでしょうか。

 これだけ大変だと、もしかしてオイラはビジネスには向いていないのではないかと考える今日この頃。

 でも去年から続けているチラシのネタを締めねば次へ進みませぬ。

 頑張らねば。

 立て、立つんだ、ジョー!

 ジョーと言ったら、今の若者は、オダギリジョーを思い浮かべるかもしれません。

「・・・・・・・・・・。」

 つまんね~。三谷幸喜の爪の垢を煎じて飲みたい。

 ところで「有頂天ホテル」にも、意外な役どころでジョーは出ていましたよ。映画が終わるまで、誰だろう、どっかで見たような?と首をひねるような役柄で。

 それはともかく、今日はチラシネタの締めとして、チラシの反応についてこだわってみたいと思います。

 それでは…。

 ビジベン流チラシ作成術 その10

FAX、メールやホームページのアドレスをチラシに記入しても、そこからはほとんど反応はない。反応があるのは、ほとんど、電話での問い合わせ。フリーダイヤルや自分が電話に出られないときの対応など、受付体制をしっかり作っておく必要がある。
 
 電話での問い合わせばかりというのは、はっきり言って理由を聞かれても困る。

 長年、ただ一筋にチラシをまき続けてき、ひとつの傾向がわかったと言うべきものです。

 これは、私が携わったチラシの傾向ですが、実はこれ、5年前くらいのデータ。

 今はどうなのでしょう。チラシにFAX番号やメールアドレスを書いて、そちらから反応はあるのでしょうか。

 実はここ数年はまったくチラシをまいていないのですが、今も毎月、チラシをポスティングしている会社の話によると、やはり電話での問い合わせがほとんどらしい。

 これはお客さんの心理から考えると納得できる。

 いまなり、FAXで注文すると売り手にこちらのFAX番号が知られてしまう。メールで問い合わせるのも同じで、メールアドレスが知られてしまうからですね。

 ただ、いきなりホームページから注文や問い合わせをする場合、その垣根はもう少し低いような気がします。

 ホームページのフォーマットに自分のメールアドレスを記載するのはさほど面倒ではないですから。

 それでも、インターネットだけで開業して食べていくのは簡単ではないみたい。

 売り手がどういう会社か、果たして信用できるのか、ということをホームページで納得してもらうまでは時間がかかります。

 極論を言えば、わからないというのが本音かも。

 東証マザースに上場している信用と、代表者がテレビや新聞、雑誌、著書を通じて、その人となりがよくわかったように見えても、多くの人たちがその会社の実態を見抜けなかったように。

 今回の事件で、ますます消費者はネット企業に対して疑い深くなったのは間違いないのでは。

 チラシで商売を考えている会社や人は、これからますます自分の信用をどういう形でお客さんに訴えていくかが、レスポンスの大きな鍵だと思います。

 そしてそこに、自分なりのオリジナルをひと手間もふた手間も加えないと難しいでしょうね。

 そのオリジナルは、失敗を繰り返しながら自ら会得したものでなければ価値が薄い。

 人から聞いたり、本で読んだりしただけですぐ真似のできる方法は、別の会社もすぐ真似ができるからです。

 成功したと思って先行投資し、会社の規模を大きくしたら、すぐ別の会社にノウハウを真似され売上げが低下する。

 資金繰りが厳しくなって倒産。

 傍から見ていると、このパターンが結構多い。

 一見、お客さんに簡単にクリックしてもらえればいいだけだと思うネット起業も、長期的な視点で見ると思ったほど成功している人は少ないですね。

 ネットでもそうなのだから、チラシに書かれているFAX番号やメールアドレスに対して、お客さんがアクションを起こそうとするのも、そう簡単ではない。

 いちいち、用紙をセットしてFAX番号を押したり、メールの宛先にアドレスを打ち込むのは、よほど商品を買ったりサービスを利用したり決心してからでないとその気にならないのでは。

 問い合わせくらいの軽い気持ちではなかなかアクションを起こしづらいですよね。

 その点、電話だと手軽。

 今は発信者番号表示なるサービスがあるようですが、それを使わなければ相手に自分の電話番号を教える必要がない。

 匿名でいろいろ聞くこともできるわけです。

 そういえばわざわざ公衆電話から、問い合わせしてきたお客さんもいましたっけ。

 やはり、見ず知らずの会社や人に、自分の電話番号やメールアドレスが知られるのは抵抗があるのでしょうね。

 よほど知恵を絞らない限り、電話からしか反応が得られないケースはよくあること。

 だから、電話の応対はもちろん、すぐ担当者につながるかどうかも重要になる。

 会社を始めた頃は、事務所にいないときは留守番電話だったのでずいぶん苦労しました。

 まず、留守番電話だと新規のお客さんは声を残してくれない。

 やはり改めて電話してもらうには、自分の電話番号をそこに残さなければならないですから。

 大抵、留守番電話だとわかると途中でプチッと切られてしまう。

 だから十年以上前の出始めの頃から携帯電話を買って、事務所の電話から携帯に転送するようにしました。

 今は秘書サービスとか、いろいろなサービスがあるから、その意味では一人での独立開業のハード面は以前より楽かもしれませんね。

 久しぶりにビジネスネタを書いたら、収拾がつかなくなってきました。

 ちょっとこのまま終わるのは、奥歯にものが挟まった感じなので、次回はもう一度最終回にチャレンジします。

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一目見て、読もうと思うチラシの研究

 こんにちは。

 3日ぶりの更新で~す。

 おかげさまで新年早々、忙しい日々を過ごしてま~す。

 今月は、3年前から続けている、資格試験の監督の仕事もあるのです。

 ここだけの話、あまり報酬はよくないのですが、子供時代から30歳過ぎまでほぼ試験漬けの日々を送った人間としては、逆の立場が経験できて、これも楽しい。

 試験を受ける身にとって、試験用紙を持っておごそかな顔で登場する試験監督は、一種畏敬の存在でしたからね。

 緊張して青くなっている受験者たちを眺めながら、昔の自分をその中に発見し、感慨にふけるビジベンでありました。

 キンチョーした顔が並んでいると、それをネタに、みのもんたバージョンの突込みがしたくなるのを、必死で抑えるのがつらいですが…。

 
 ところで昨日、千代田区へ仕事で行ったのです。

 せっかく都心へ来たのだからと、新春特別企画でお送りした「都内絶景スポット」へ足を向けました。

 そこは、第二位に輝いた「皇居桜田掘から半蔵掘にかけての土塁と水辺の迫力ある景観」。

 左手に皇居のお堀。右手に国立劇場から最高裁判所、社会民主党本部を見ながら内堀通りを桜田門に向かって歩きます。

 薄暗くなっていましたが、さすが絶景スポット第2位の景観だなと感心しました。すぐそれを選んだのが自分なので、当然だと気づきましたが…。

 桜田門外の変で有名な桜田門。やはり城門としての規模は、他の城とスケールが違いますね。

 そして今や桜田門と言えば、警視庁の巨大な庁舎。昔のテレビアニメ「鉄人28号」や「エイトマン」で登場した古い庁舎が頭をよぎります。

 その向かいには、華麗なゴシック風建築の法務省庁舎。見ていると明治時代に逆戻りしたよう。ライトアップされた夜景はまさに壮観。

 日比谷方向に向かって歩くと、内堀沿いに建ち並ぶ帝国劇場や商工会議所のビルの灯りが内堀の水面に映って、とてもきれいでした。

 このまま今日は終わりそうな雰囲気。

 今日は、お散歩ネタではないのでした。

 チラシによるお客さんの開拓法を、去年から細々とお送りしています。

 金曜日、チラシを作るとき、常に念頭においている書類があるというところまで書いて終わってしまったのでしたね。

 その書類は、おわかりの方もいたようですが、「履歴書」です。

 さっそくですが、これがビジベン流チラシ作成術 その9

● 最強の広告チラシは履歴書である。売り込みの言葉は一つもないが、採用側が購入を判断する材料が簡潔に一目でわかるように書かれている。企業は、それをもとに約3億円の買い物をする。

 ちょっとストレートに言い切ってしまったので、異論はあるかもしれませんね。
 
 もちろん、チラシの書式を履歴書みたいにするのではありませんよ。あくまで、コンセプトとして利用しようということ。

 企業がお金を出して買うものの中で一番高い買い物は何かというと、やはり人材なのではないかと思うのです。

 もちろん製造業なら数百億円もする設備を購入する場合もありますが、そうたびたびあるものではない。

 しかもある程度、うまく稼動すればどれくらいの利益をもたらすかが予想できる。

 でも人材って、ホント、予想できないですよね。

 採用してから数年たって、おお化けする場合もありますが、鳴り物入りで採用しても全然役に立たない場合も少なくない。

 しかもいくら年俸制や成果報酬だと言っても、生涯賃金の3億円が減るわけではない。

 一度採用したら、今の時代だって、普通に仕事している従業員のクビを簡単に切れないことは周知のところです。

 そのために面接試験を繰り返し行ったとしても、就職希望者が企業に対して提出する書類は履歴書1枚だけ。

 履歴書は、いわば人材のカタログ、パンフレットのようなものですよね。

 企業は、それを元に約3億円の買い物をするわけです。

 それだけ重要なものだから、よく見ると、履歴書には他の人の知りたいことが非常にコンパクトに要領よくまとめられている。

 また企業の採用担当者のみならず、部外者であっても、興味をひきやすいものであることは間違いないですよね。

 今、個人情報の保護がさかんに取り沙汰されていますが、それはほかの人が一番興味をひくものだから。

 誰も見向きもしないものに、目くじらを立てる人はいないはず。

 ところで興味があるのは、別に個人情報を調べて商売する人ばかりではない。

 知っても一銭の得にもならない一般の人も、なぜか関心が行ってしまうのです。

 オイラも新聞や雑誌に、顔写真と略歴が載っていると、記事を読まなくてもそこだけよんでしまうことがよくあります。

 へ~、この人はこんなに若いのに社長なんだ。でも二代目経営者か、とか。

 趣味がミステリーを読むことなんて、ミステリー談義ができそう、とか。

 やはり、人って、他の人のことをいろいろ知りたい生き物なのでしょうね。

 だから、チラシに履歴書の記載事項にあるような項目がずらりと書かれていると、人は思わず読んでしまう。

 それから大事なことは、原則として履歴書には事実だけが書かれている。

 もちろんウソを書くことも可能ですが、それが発覚したら厳しく処罰される可能性がある。

 いくらうまい履歴書の書き方という本が売れていても、学歴や職歴を偽れとは書かれていない。

 せいぜい趣味や性格で好印象をアピール程度でしょう。

 だから、あからさまな売り込みの文句は書きにくい。

 事実だけを積み重ね、さあ、そちらで判断してくださいと、読み手に決断を促すのです。

 売り込みの臭いがなければ、じゃあ読んでやろうかという気分にもなる。

 しかも一目でわかるように書かれているから読みやすい。

 
 チラシで一番大切なのは、お客さんに読もうという気持ちになってもらうこと。

 最初から捨てるつもりで、チラシを手に取りますからね、お客さんは。

 一瞬で、読もうという気になってもらわなければならない。

 そのとき、顔のイラストや写真と売り手の履歴書的個人情報の開示は、すごくインパクトがあるのではないか。
 
 あれっ?と思って、ゴシップ記事的な興味でチラシを読み始めてくれれば、まず第一段階は成功でしょう。

 チラッと見て、なんだまたかとゴミ箱へ捨てられてしまうチラシがいかに多いことか。

 レスポンス率の大きな分かれ目は、一瞬で決まるといっていいでしょうね。

 それと…、あれっ忘れた。

 ほかに何か書くべきことがあったのですが、度忘れしてしまったので思い出したらまた続きを書きます。

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手作り自己紹介チラシで、お客さんを獲得する方策

 こんにちは。

 結構忙しいのですが、ブログを書き始めると文章が長くなると思うので、今日は前ふりなしで行きたいと思います。

 古今亭志ん生の落語のCDを聞いてから、まくらを書かないと本題に入れないクセができてしまったのは困ったものじゃ。

 志ん生の場合、まくらがとびきり面白いっすからね。

 オイラも最近、たっぷり自虐ネタを仕入れているというのに。

 実は…。

 と、また長くなるのでやめておこう。
 

 さて先日は、ビジベン流チラシ作成術 その7 として、以下のポイントを書きました。

● 商品、サービスの価値も重要だが、それ以上に、どのような会社がそれを売り、サービスの提供をしているのかが重要。知名度がなく信用的に不安を感じさせる会社や人の場合、顧客に不安を与えないようにするにはどうするかを、まず考える必要がある。

 私はあまり詳しくないですが、インターネットで商品を売ろうとする場合、売り手がイメージできるようなページ作りをすべきというのはよく知られていることですね。

 いかにネットショップの店主の顔と表情がホームページに反映できるかが繁盛のカギらしい。

 ネットでも対面販売でも、売るという行為は結局同じなのだと聞いたことがあります。

 私が子供時代、よく切手やはがきを買いに行かされました。

 歩いて50メートルほどのところにそれらを売っている店があったのですが、あえてその数倍の距離を歩いて別の店へ行ったのですよ。

 理由は、その店のおやじがつっけんどんで、一度嫌な思いをしたことがあったから。

 今でも、そのおやじの憎々しげな顔は覚えています。

 ところで我々は買い物に行って何か買おうとするとき、お店の人に「すいません」と声をかけませんか?

 ある人が、何で商品を買うのにこっちが謝らなければならないんだと、絶対「すいません」と言わないと心に決めたそうなんですよ。

 でも、忙しそうに働いている店員にどう声をかけていいかわからない。

 いくらお客でも、「おい」とか「ちょっと」では相手に対して失礼だと感じたとか。

 結局、降参して「すいません」と声をかけたそうです。

 ここで言いたいのは、モノを買うときはお客さん自身も結構緊張するのだということ。

 買う気がないのなら別ですが、買う気になってしまったお客さんは、見ず知らずの人から商品を買ったり、サービスの提供をうけたりしようとするとき、声をかけるのが不安になる。

 いや、買うというのが不安というより、売り手のお客なるという行為が不安になるというか。

 もちろん、コンビニでお茶や弁当を買うのと違いますよ。

 値段の張る商品やサービスで、リピーターになる可能性のあるものと言ったらいいでしょうか。

 その場合、お客になってしまえば、赤の他人ではなくなってしまう。

 自分の住所や電話番号を売り手に教えなければならない商品やサービスだったらなおさらですね。

 もし悪徳業者だったら、毎日のように訪問販売に来るのではないか。

 毎日のように電話セールスされ、煩わしい思いをさせられるのではないか。

 メールでも、一度アドレスを知られてしまうと、迷惑メールがとめどなく送られてくるのはおわかりですね。

 でもチラシの場合、自分の住所や電話番号を売り手に教えなければ、商品を買ったり、サービスの提供を受けたりできない。

 匿名なままでは前に進まないのです。

 この点が、普通の店で商品を買う場合と違って、大きな障害になる。

 だから、知名度がなく、社会的に不安を感じさせる会社や人の場合、ニーズがあっても、買ってもいいなと思っても、無視せざるを得ない。

 その売り手に対する不安をどう取り除くかがとても重要になるのです。

 
 …ということで、今日はビジベン流チラシ作成術 その8 

 
● 上記との関連で、会社のどのような人が商品を売り、サービスの提供をしているのかが顧客に伝わるようにします。モノと同じく人を売るということで、経営者や担当営業マンの略歴、人柄、趣味等がイメージできるように簡潔に表します。

 昨日は、一部上場企業など有名で信用力のある会社との関連性。有名大学の教授など社会的信用のある人や有名人に推薦文を書いてもらう。それから会社の情報を客観的な数字で表すなどお客さんに会社をイメージさせる方法をいろいろ書きました。

 ただ、会社というのはもともと抽象的な存在。

 そういった目に見えないもので、判断しろというのも本来酷な話ですよね。

 しかしですよ。

 会社は抽象的な存在でも、経営者や従業員、そして商品を売りサービスを提供する人は、お客さんがしっかり目にすることができる。

 目にすることはできても、どういう人かということは一目で判断するのは難しいでしょう。

 お客さんは、商品の効用はもちろんですが、どんな人が商品を売り、サービスを提供しているのかということも、買うときには判断材料として知りたいと思うはず。

 もちろん日頃使っていてわかっている商品やサービスは別ですよ。

 でも今まで使ったことのない商品やサービスで、結構値の張るものの場合は、買うときいろいろな情報を集めますよね。

 たとえば、家や車みたいに滅多に買わないような商品で、はじめてその会社の従業員に接する場合は、担当者がどんな人か詳しく知りたいと思いませんか。

 しかし名刺には、名前と役職しか書いていない。

 前に、チラシに社長や担当者の写真やイラストが描かれていたら注目を集めやすいと書きました。

 それとともに、経営者や営業マン、サービス担当者の略歴や人柄、趣味などの属性情報が書かれていたらどうでしょう。

 オイラの作るチラシには、売り手のイラストはもちろん略歴や人柄、趣味、特技などがしっかり書かれています。

 大学の先輩だということで、電話をかけてきてくれた経営者さんが十人近くいました。それだけでも無視できない数字ですよね。

 それから趣味、特技、出身地が近いからという理由もありましたっけ。

 どれか一つが一致していると、それだけでもう親しく口調で話しかけてくれるから不思議です。

 以上の経験から、チラシを作るとき、常に念頭においている書類があるのですよ。

 おそらく、誰もが一度は作ったことのある書類だと思いのですが…。

 それはまた来週。

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手作りチラシで、新規顧客を獲得する方策

 こんにちは。

 今日はまた久しぶりにビジネスネタに戻りたいと思います。

 調べてみたら、今年に入ってからまだ一日しかビジネスネタをやっていないのですね。

 仕事が忙しくなってくると、無意識にそこから離れたくなってくる傾向があるようで…。

 そういえば、「私の仕事に役立ったビジネス書」という大層なタイトルをつけているものの、まだトータルで20冊も紹介していなかったのでした。

 ビジネス書を1000冊読んで、そのエッセンスをまとめたのはホントなんですよ。

 この調子では、何十年かかっても終わりそうにないな~。

 でも言い訳を言うわけですが、司馬遼太郎の小説は「余談」が魅力と言う人も多いですし…。

 オイラの場合、仕事と関係ないネタを書くことがストレス解消になっている傾向も無きにしも非ず。

 近々、完全に一部のマニアにしかウケないネタをお送りする予定です。

 いちおー、予防線を張っておいたところで、さあ行きましょう。

 さて、最近のビジネスネタは、チラシによるお客さんの開拓法のテーマでお送りしているのでした。
 

 今日は1月6日のブログの続きで、ビジベン流チラシ作成術 その7 からですね。

 それでは…

● 商品、サービスの価値も重要だが、それ以上に、どのような会社がそれを売り、サービスの提供をしているのかが重要。知名度がなく信用的に不安を感じさせる会社や人の場合、お客さんに不安を与えないようにするにはどうすればいいかを、まず考える必要がある。

  
 チラシを作る場合、売ろうという気持ちが強すぎると、商品やサービスのセールスポイントだけを徹底的にアピールしたくなりますよね。

 せっかく高いお金を出して作るのだから、早く売って元を盛り戻したくなるのも人情。

 もちろんそれはそれでとても大事なことなのですが、それだけでは商品は売れない場合がある。

 たとえば、今世間で出回っている商品やサービスより明らかに優れていて、値段もリーズナブルなのに売れないケース。

 それでもテレビや雑誌などで紹介されて誰もが知っており、かつその評価も定まっている商品ならある程度売れるかもしれませんよ。

 あとで触れますが、それでも苦戦を強いられることがあまりにも多い。

 商品やサービスの良さはなんとなくわかっても、いざ買うときに不安が起きることってありますよね。

 チラシを作って商品やサービスを売ろうと考えている会社や人は、こう言っては何ですが知名度が低いケースが多い。

 お金のある企業は、テレビや新聞・雑誌広告などを考えるでしょう。チラシはどちらかというとリーズナブルな広告手段。

 見ず知らずの会社や人からモノを買うというのは、お客さんにとって、チラシを作る立場の人から考える以上に抵抗を感じるもの。

 詐欺まがいの不道徳な販売会社の起こした事件は、新聞や雑誌で目にしたことのない消費者はいないと言っていいでしょう。

 チラシを見て、この商品が欲しいな、このサービスを利用してもいいなと思っても、実際、電話をかけて注文する人はごく少数だと思います。

 潜在的なニーズはあっても、実際、買うという行動まではなかなか結びつかない。

 いくつか理由は考えられますが、その商品を売っている会社や人がイメージできないというのも大きな理由のひとつではないかと考えるのです。

 これはもったいない。

 最近は、チラシ作成の現場から離れていますが、十年ほど前は、チラシを見ただけで大体のレスポンス率を予想できました。

 ある人材派遣会社が、かつてチラシを都心部の事業所にポスティングしたそうなんですよ。
 
 私がそのチラシを見て、「レスポンス率は、0.05パーセントでしょう」と言ったところ、派遣会社の担当者が驚いたことがありました。

 約1万枚もまいたのに、5~6件しか電話がかかってこなかったとのこと。

 どうしてわかるのかと聞かれましたが、これは今まで数をこなしてきた経験としか言いようがない。

 しかし、そのチラシを見て、その人材派遣会社がどういう会社なのかということがイメージできなかった。

 自分が派遣会社を利用しようとする場合、その点に不安を感じましたね。

だから低いレスポンス率になったのではないか。

 でも今は、もっと厳しいかも。

 現場で苦労している人は、そのレスポンス率なら大成功だよ、というかもしれませんね。

 もし1000枚チラシをまいてお客さんが一人でも獲得できたとすれば、ものすごい幸運の持ち主かもしれません。

 ところで、知名度がなく、信用的に不安を感じさせる会社や人の場合、チラシの中でその不安を解消させられないまでも、逓減する努力は必要でしょうね。

 ある程度、成功している会社のチラシは、この点についてもよく考えられています。

 たとえば一部上場企業など有名で信用力のある会社との関連性。

 最近は、かえって胡散臭いイメージになりつつありますが、有名大学の教授や社会的信用のある有名人に推薦文を書いてもらう、など。

 でも、これは先日問題になった健康食品の事件がありましたね。

 それでも、チラシにこういう記載をするのが減らないのは、やはり効果があるからでしょう。

 私だったら、できるだけ会社の情報を客観的な数字で表すようにします。

 そして売り込みの言葉を極力書かない。

 数字だけで判断してください、と、その数字の出所も明らかにします。

 ちょっと抽象的ですが…。

 
 この点の具体的な話は、また次回。

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手作りチラシで、お客さんを開拓する法

 こんにちは。

 1月もとうとう8日になってしまいました。 

 さて、そろそろビジネスネタを再開しようと思ったら、もう10日以上そのネタから離れているのでした。

 確か、チラシによるお客さんの開拓法だったと思うのですが。

 そこでもう一度、前回までのチラシ作成のポイントを書きますと…


● チラシのメインタイトルが重要。簡潔にどういう商品なのか、どういうサービスなのかが一目でイメージできるように書く。

● いかにもプロが作ったという色彩の豊富な凝ったものよりも、手作りの素朴なチラシの方がかえって目立ちます。

● チラシの下地の色は、クリーム色が、レスポンス率が高い。

● チラシに代表者や営業担当者の顔のイラストを入れると注目度が増します。


 以上の4点でした。

 すると今日は、ビジベン流チラシ作成術 その5 からですね。

 それでは…


● チラシに売り込みの文章が多すぎると、かえって顧客の拒否反応が強くなりま す。顧客が商品、サービスを選択する場合の情報提供という形に徹した方が、いい結果が出ます。

 これはみんな頭ではわかっているのですが、いざチラシを作ろうとするとやってしまうのですよね。

 山本耕史がわかっていても、紅白で「山川さん」と言ってしまったみたいに。

 たとえば店に入って、いきなり店員が必死の形相で寄ってきて、「これは絶対いいものですよ。買ってください。買わなきゃ損ですよ。買うべきです。買いなさい」とまくしたてたら誰でも逃げ出します。

 だからと言って、ずっと知らんぷりをしていても、お客さんにとっては面白くない。

 こちらから声をかけたいときは、すぐかけられる雰囲気というか、そのへんの機微もわきまえていて欲しい。

 また、お客さんにとって、売り込まれるのは大嫌いだけど、興味のある商品に対する専門家としての意見とか、客観的な見解だけは欲しいもの。

 一歩引いた立場で、そして客観的な立場で、商品やサービスの情報を提供することに徹する店員さんがいたら、それはそれでありがたいですね。

 もちろんそれでも最初は、警戒されるかもしれませんよ。また理解されるまで時間もかかるでしょう。

 でもその情報がお客さんに明らかにプラスになるものだったら、あるときを境に大きく飛躍することも可能だと思います。

 遠回りだと思っている方法が意外と近道なのですね。


 そして、それに関連する方法をもうひとつ。

 これが、ビジベン流チラシ作成術 その6 。


● 売り込みの文章よりも、こちらで考えられる顧客のニーズを箇条書きにして、顧客自身が今まで気づいていなかったニーズを引き出せるような形にした方が、効果が上がる場合があります。

 お客さんは、こちらが紹介しようとする商品やサービスのニーズについて、気がついていない場合も結構多いのだと思います。

 自分にとってプラスになるのかどうかよくわからないケース。お客さんが必要ないと思い込んでいても、少し見方を変えれば大きく生活が改善されたり、コストが削減できたりするもの。

 お客さんは結構面倒くさがりですからね。

 自分が買う理由を、売るほうに考えさせるなんてことも意外と多いのです。

 また逆に売るほうも、自分の商品やサービスについて、固定観念を持っている場合が結構多い。

 お客さんが買う理由と売るほうが提供する理由が食い違っていたらいつまでたっても売れませんね。

 だから売るほうは、自分の商品を買ってもらう理由を数多く持つ必要があります。

 それを考えるのは、やはり一人では限界があるでしょう。営業マンや社内の人たちで一緒に、自分たちの売る商品やサービスについて、お客さんが買う理由を考えたらいいと思います。

 その中でいろいろな意見を聞いていると、営業マンの固定観念が取り払われる。またいろいろなアイデアも出てくると思います。

 そして、考えるだけ考えた顧客ニーズを箇条書きにしてチラシに記載する。

 ここで営業活動における名言を一つ。

 近代の広告理論の基礎を築いたと言われるジョン・E・ケネディ(大統領とは別人)はこんなことを言っています。

● 人に多く買ってもらうためには、人々になぜそれを買ったほうがいいのか、という理由を与えることである。

 「なぜ、それを買わなければならないか」を人々に納得させるのが広告という考え方なのですね。

 つまり買う理由をお客さんに与えるということですか。


 さて、さきほどのチラシですが、お客さんから問い合わせがあったとき、こんな反応が多かったです。

「チラシを見たんだけど、チラシに書かれている中の○番と○番の部分についてちょっと聞かせてくれないかな」

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自分が望むものを他人から得る一番の方法

こんにちは。

 皆様、お正月はいかがお過ごしでしょうか。

 お正月なのに仕事の話のブログを書くあまのじゃくにお付き合いいただいてどうもありがとうございます。

 なんか、正月に勉強している受験生みたいですが、たまにはこういうお正月もいいかも。
 

 さて、昨日に引き続き、ロバート・コンクリンの『説得力』から。

 この本の中で、私が一番忘れられず、また営業マンとしてだけでなく、人としてこうありたいと思わせる営業法則のことがあるって書きました。

 たぶん、この本の著者が一番言いたかったは、次のフレーズなんでしょうねぇ。

● あなたが望むものを他人から得るには、他人の望むものを彼らに与えればそれだけ、彼らはあなたに、あなたの望むものを与えてくれる。

 なんか哲学問答みたい。

 この本は、こんなフレーズでずっと書かれているもんだから読みにくいんですな。

 言ってることは簡単なことなんですけどね。

 簡単なんだけど、これを人生の指針として徹底してやり続けることって簡単じゃない。

 よーするに、営業マンがお客さんに、自分の会社の商品を買ってもらいたいなら、お客さんが望んでいることをまずかなえてあげなさいよ、って言っているんでしょう。

 売る前に、お客さんが望むものを彼らに与えなければならない。

 その逆ではダメですよ、ってことなのですね~。

 そのためには、お客さんが望んでいるのが一体何なのか、知る必要があります。

 これが本の中で何度も出てくる顧客ニーズというもの。

 それに応えていくのが、いい営業マンなんだと結んでいます。

 確かに、私の知っているトップセールスマンたちは、方法はどうあれ、皆この要素を持っている。

 私にかつて保険を売りつけた営業マンは、当時パソコン初心者で、途方に暮れていた私に助けの手を徹底的にさしのべて、契約を結ばせました。

 プロバイダの設定やインターネットの接続の仕方など、全部、数日にわたって手取り足取り教えてくれたのですよ。

 その間、一度も保険のセールスはされなかったのですが、最後はこちらから、「入るよ。入りますよ」っていう気分にさせられてしまった。

 コンサルタントの大親分みたいな船井総研の船井幸雄氏も同じことを仰ってます。

●「ギブアンドテイク」ではダメ。今は、「ギブアンドギブ」だ、と。

 つまり、お客さんから見返りを期待して営業するのはまだ甘い。

 お客さんが望むものを見返りを期待しないで与え続けろ、ってことですか。

 まさに、聖人君主! だから、あれだけ大きなコンサルティング会社を作ることができたんだろうな~。

 それはともかく、元総理の竹下登氏の「かしかり帳」も有名な話です。

 何でも竹下氏は、若い頃から、周りの人たちを助けたり、困っていることに応えたりすると手帳に「貸し」と記入したんだそうな。

 そして知り合い全員に「貸し」という形になるように頑張ったとか。

 背が低いし、どちらかというと押しが強いタイプでもない竹下氏が総理大臣に上り詰めたのも、「ギブアンドギブ」の精神を貫いたおかげなのでしょうか。

 営業で、このギブアンドギブの精神を使うとしたら、どんなことが考えられるでしょうか。

 私は、上記の人たちほどすごくはないですが、それでもいろいろ考えてやったことがあります。

 たとえば、ギブアンドギブの精神を理解してくれるお客さんだと思ったら、

 ●お客さんの会社の業界情報や景気動向、近隣情報などのお得情報を持ってゆく。

 ●困っていることがあれば相談に乗る。

 ●記念硬貨が出たら銀行に並んで両替し、持って行く。

 ●取引先の企業を紹介する。

 ●プライベートの旅行へ行ったときのお土産や会社の粗品を持って行く。 など。

 ポイントは、すぐ見返りを求めないということですね。

 たとえば、どうしても深耕したいお客さんの場合、6ヶ月間、そのお客さんは営業するのをやめようと思う。

 そしてその間ずっと、上記のことを行って、恩を売り続けるのです。

 最後はお客さんの方で不安になってくるみたい。そして機が熟したと思ったら、その会社を訪問する。

 そして、社長さんに、

「今日は、社長さんに折り入ってお願いしたいことがあって参りました。実は…」

 と、真剣な表情でお願いするのです。そのときの社長さんたちの顔は、心なしかほっとした表情だったのを覚えています。

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迷っているお客さんを説得する法

 明けましておめでとうございます。

 昨年は大変お世話になり、どうもありがとうございました。

 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 ところで早速ですが、昨日の夜は紅白歌合戦を見ましたか?

 ニュースでは、みのもんたは不満だらけだったそうですが、それなりには楽しめましたけど…。

 とくに、エロかっこいい倖田來未の場面は印象に残っています。

 本人ももちろんよかったのですが、その前に旗を持った前川清率いるオヤジトリオが現れ、かぶりつきで眺めようとするシーンになぜか共感を覚えてしまう今日この頃。

 中でも堀内孝雄が脂ぎった顔で、食い入るように見つめる表情は、演技ではない臨場感を感じました。

 これぞ、紅白。生の迫力!

 それから、モー娘。もよかったですね~。

 ラブマシーン、懐かし~い。

 おお、中澤裕子じゃ~、保田圭、ひっさしぶり~、ゴマキとなっちはやせたよね~

 そういえば、今は吉澤ひとみがリーダーか。

 それから高橋愛にミキティ、小川麻琴だっけ。

 …あれ? それにしても、なんでオイラ、モー娘。メンバー全員の名前、知ってんの?

 旧メンバーならわかるけど、新メンバーの久住小春まで。

 最近の歌番組はほとんど見ないし、単語カードを作って暗記しようと努力したわけでもないんですけどねぇ。

 電車の中吊り広告や屋外の看板、図書館でペラペラめくって読んだ雑誌で覚えてしまったみたい。

 自分のミーハーさにあらためて気づかされる紅白でした。

 それはともかく、いよいよ平成18年が始まりましたね~。

 一年の計は元旦にあり、ということで新年早々のブログをぱ失礼いたします。

 今年はいろいろやりたいことがあって、張り切っているのですが、健康に気をつけて地道にコツコツやって行きたいと思っています。

 さて、新年早々ですが、ビジネスの話題で行きます。

 気楽にお読みいただければ幸いです。

 去年の29日のブログで、営業マンはお客さんのバイイングポイント(買う理由)を見出す感度を磨くことが大事だと書きました。

 そのためには、お客さんにタイミングよく質問し、ニーズを把握すればいいのだ、と。

 そして、ロバート・コンクリン(ゆうこりんじゃないですよ←しつこい。知らない人はネットで検索してみよう)というトップセールスマンの書いた『説得力』という本の中に、この効果的な方法が紹介されているとも触れました。

 さて今日は、この『説得力』という、かなり昔ですが全米で大ベストセラーになった本についてご説明しましょう。

 少しチラシの話題からそれますが、バイイングポイントを磨くという点では、チラシも営業も共通する点が数多くあると思いますのでご容赦を。

 この『説得力』という本をひとことで言いますと、トップセールスマンのノウハウものですな。しかしかなり学問的です。

 だから結構読みづらい部分もある。読むのが早い私でも一週間以上かかった記憶がありますから。

 でも、ここに紹介されているエピソードは、著者の長年の経験から導き出されたものでとても興味深いですよ。

 この本の中で面白かったのは、昨日の日記で紹介した「確実にセールスに成功する法」です。

 これは著者の成功体験から導き出されたひとつのノウハウですね。

 著者は不動産会社のセールスマンをしていた頃、お客さんと売りに出ている家を一緒にまわって営業したのだそうです。

 そのとき、お客さんのニーズを聞き出す、もっとも効果的なセールストークが次のフレーズだったとか。

● 「どうしてこの家をお買いにならないのです?」

 なんじゃこれは、と思われる方もいるかもしれませんね。

 でもよく考えてみると、お客さんを前にして、こういう質問の仕方をする営業マンは多くないと思いますよ。

 一番多いのは恐らく、「この家をお買いになりますか?」という問いかけでしょう。

 もちろんこんなストレートに聞くことはないでしょうが、大体このバリエーションの中で営業しているかも。

 いわば想定の範囲内。

 この本の中で著者は、こういう聞き方は、「はい」か「いいえ」の答えしか引き出せないと言っています。

 すなわち、それだけではお客さんのニーズがどこにあるのかわからない。

 ところが、「どうしてこの家をお買いにならないのです」という聞き方は、相手の感情と思考、そしてお客さんのその家に対する正直な感想に対して直接訴えかけている

 …と、言うんですな。そして、この聞き方は、さわやかで、誠実で、そして具体的な頼み方であるとも書かれています。

 同じ方法を他の不動産会社の営業マンに伝授したところ、一年間で成果が三倍になったとか。

 また、生命保険の営業マンもこの質問でお客さんのニーズを聞き出してセールスしたところ、大成功を収めたそうです。

 逆に言うと、いかに営業マンは、お客さんのニーズがどこにあるか知らないまま営業しているということかもしれませんね。

 確かにこの質問をして、お客さんが答えてくれた内容を徹底的に聞くことはとても大切なことだと思います。

 そして、そのニーズを満たす対応策を、お客さんと一緒に徹底的に考えてあげる。

 このポリシーは、いま流行の「提案営業」にも通じるものがあるんじゃないでしょうか。

 自分の例で言うと、やはり使えますよ、この方法は。

 さんざん営業して、お客さんが迷っているとき使うと結構グーです。

 困ったちゃんのような顔をして少し笑いながら言うと、大抵のお客さんは迷っている理由を言ってくれます。

 そこで、「ああ、なるほど。確かにおっしゃる通りですね」と言って、大げさにうなづき、「大変参考になります。もっとお聞かせいただけませんか」とさらに促します。

 うまく相槌をうちながら神妙な顔をして聞き入っていると、とうとう本音を話してくれます。

「買ってもいいけど、この点がネック」とか「買いたいんだけど、ずっと昔このメーカーの別の製品が故障して困ったことがある」など。

 このあたりの本音は、もうバイイングポイントに直結していますよ。

 その部分さえクリアできれば、もう買っていただけたも同然。

 持てる営業能力のすべてをその部分に注ぎ込み、一気にお買い上げに持っていくことも可能です。

 やっぱりトップセールスマンの経験から導き出された理論と法則は使えることが多いですね。
 
 ロバート・コンクリンの『説得力』にはもうひとつ、忘れられない営業法則が書かれていました。

 これは、デール・カーネギーの「人を動かす」にも同じことが書かれていて、営業マンだけでなく、人としてこうありたいと思わせるものです。

 その点については、また次回…。

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効果のあがるチラシを作るために、一番大切なこと

こんにちは。

 いよいよ今年もあとわずかになりました。

 そろそろお休みに入っている会社も多いのではないかと思います。

 そんなムードに掉さすようですが、久しぶりのビジネスネタで行きたいですね。

 あまのじゃくな性格は、今年も直りませんでした。来年こそは、と思うのですが…。

 
 さて、12月26日のブログで、いいチラシを作るためにもっとも大切なことは何かというテーマで書きました。

 それは、チラシを作る人が自分の売る商品、サービスに愛着を持つこと。

 つまり、その商品にほれこんだチラシの作成者が、自分の言葉でその商品のいい面をお客さんに説明することでしたね。

 かつて、近代の広告理論の元を築いたコピーライターのジョン・E・ケネディ(大統領ではありません)は、こんなことを言っています。

● 人に多く買ってもらうためには、人々になぜそれを買ったほうがいいのか、という理由を与えることである。

 つまり、お客さんがその商品を必要である場合は、それを買ったお客さんの生活なり仕事なりが大いに改善される。

 そのことをお客さんによく納得させるというのが、営業の重要なポイントである、と。

 ぶっちゃけた話、お客さんになぜそれを買ったほうがいいのかをわかったもらう。

 買う理由を、お客さんに与えるということですな。

 この点を念頭に入れて、以前、チラシを作ってみたのですが、なかなか効果がありました。

 商品やサービスをお客さんが買ってもらう理由を、こちらで考えられるだけ考え、チラシに箇条書きで盛り込んだのですよ。

 実践編はこの次にして、今日は抽象論で終始します。

 お客さんが商品を買う理由というのは、もうホント、さまざまです。

 それはお客さんが自分で気づいている場合もあるし、自分で気づいていない場合もたくさんある。

 それというのも、人間の精神構造にもともと大きな違いがあるからです。

 ここでまた、お約束の多湖輝氏の心理学の実践書シリーズには、「国民性の違い」として、次のような例があります。

○ アメリカ人…外向型。開放的、ざっくばらん、人懐っこい、気軽に打ち解ける。

○ ドイツ人…内向型。威厳を繕う、形式ばり、閉鎖的、とっつきが悪い。

 つまり、アメリカ人は、他人に立ち入らせたくない「私的な領域」が狭いのに対し、ドイツ人は広いから、上記のような国民性の違いが現れる。

 しかしドイツ人は、はじめはちょっととっつきにくくても、一度、「私的な領域」の中に入って深く交際するようになると、たちまち肝胆相照らす仲になるらしい。

 これと同じように、お客さんといっても、アメリカ人型、ドイツ人型、そのほかの型、さまざまな人がいるわけです。

 少し本筋から外れましたが、言いたいことは世の中、いろんな人がいて、当然、商品を買う理由も全部違うということ。

 そのため、顧客ニーズを把握することが営業にとってもっとも大事だとよく言われますね。

 これに反論する人はいないでしょうし、皆、頭ではわかっている。

 わかっているんですけれども、実際、営業の現場で見ていると、会社で商品開発したときのデータ、または営業マン自身の興味や価値基準をそのままお客さんに押し付けている場合が結構多い。

 たとえば、エアコンを買おうと思って電気店へ行く。

 すると販売員がやってきて、音が静かでさまざまな付属機能のついた新商品を勧める。実は買いに来た人は、エアコンが静かだといっても家の周りが騒音だらけであまりその点には興味がない。

 いろいろ聞いてみたいんだけど、あんまり突っ込んで質問すると無理やり買わされそうでためらうというケース。

 私だったら、とにかく安くて値ごろ感のある商品って決まってますが、あまりあからさまにそれを言うのもはばかられる。

 結局、別のディスカウント店でよくわからないまま買い、あとで後悔ということも結構ありました。
 
 要は、人はそれぞれ価値基準が違うということ。

 どこを突けば、お客さんは商品に興味を示すのか、いろいろ広く突いてみる必要がありますね。

 そのためにはお客さんの話をよく聞くことが大切かも。

● お客さんのバイイングポイント(買う理由)をいち早く察知し、そのバイイングポイントを徹底的に攻めることが営業の最短距離である。

 そのために、営業マンは、バイイングポイントを見出す感度を磨くことが大事である。

 でも、そんなこと、一朝一夕に磨けるもんじゃない。

 しかし、お客さんにタイミングよく質問し、ニーズを把握すればいいのだと言う人がいます。

 ロバート・コンクリン(ゆうこりんじゃないですよ)というトップセールスマンの書いた『説得力』という本の中で紹介されている方法です。

 これがあまりにあっけなくて、しかしそうかも、と納得する方法なのですよ。

 それはまた次回。

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いいチラシを作るために、一番大切なこと

 こんにちは。

 クリスマスも終わり、いよいよ今年最後の週になりました。

 来年に向けてスタートダッシュをうまく切るためにも、すっきりと終わりたいものですね。

 さて、今日もチラシの話です。

 ちょっと抽象的な部分もありますが、これから書くことは、チラシを作る上において欠くことのできないことかも。

 オイラがチラシを作る上において、常に念頭にあるのは、歴史的なトップセールスマンの以下の名言です。

 やはり、苦労を重ね、何度も挫折や失敗を乗り越えて会得した彼らの成功法則は、ものを売る上においてもっとも大切なことを教えてくれますね。

 ただ抽象的な言葉なので、その精神をどうチラシの中で生かしていくかという点が難しいのですが…。

 能書きはこのくらいにして、さっそく行きましょう。

 それでは…。


 一般論ですが、売れない営業マンのパターンというのがあるんですよ。

 たとえば商品パンフレットの受け売り。

 セールストークを聞いていても一本調子で何を言いたいのか全然伝わってこない。売りたいという気持ちはわかるのですが、商品に対するこだわりが感じられないケースです。

 IBM創立者のワトソンは、世界最高のセールスマンともいわれた人ですが、こんなことを言っています。

「セールスのコツは、自分の製品が優秀だという信念を持つこと。そしてこの商品がお客さんの役に立つということを心から思っているかである」
  
 また、かつて家電のCMで彼が出ればヒット間違いなし、と言われた人がいたそうです。

 彼はCMの出演を引き受けるとき、その会社の製品を自宅に持ってこさせ、2~3週間愛用し、自分がとことん納得しほれ込んでからCMに出演したらしい。

 理由は、たった数十秒のCMでも、消費者に対する説得力が違うからだそうな。

 夏が近くなると各ビール会社の宣伝競争が白熱しますよね。

 やはり本当にそのビールにほれ込んで、おいしそうに飲んでいるタレントというものはわかるもの。出演タレントによってビールの売れ行きに大きな差が出るというのもわかる気がする。

 ところで、各企業のトップ営業マンに共通している点は何でしょうか。

 いろいろあると思いますが、これだけは間違いないと思われるのは、彼らは自分の扱っている商品にとことんほれ込んでいるということですね。

 自分が本当に良いと思わなければ、相手に自信を持って売り込めません。

 また彼らトップ営業マンに共通しているのは、自社の商品に対する信頼です。

 この素晴らしい信頼できる商品をお客さんに是非わかってもらいたい。わかってもらうために我々が存在しているのだという使命感ですな。

 彼らは一様に、この商品を売ることが世の中のためになるとまで思っているのです。

 その思いがエネルギーとなり、営業の原動力となっている。
 
 営業マンは、「自分の言葉で、自分の売っている商品を説明できるか」と自らに問いかけてみることが必要です。

 それから大事なことは、自分の売っている商品を十秒間でお客さんに説明できるか、ということですね。

 その商品について、今のところ興味のないお客さんが、営業マンに耳を貸してくれる時間はせいぜい十秒間。

 その十秒間に、お客さんに商品の関心を抱いてもらうにはどうするか。

 一言でお客さんの心をつかむバイイングポイントをしっかり把握する必要があるのですよ。

 それを言ったのは、営業活動を理論的に洞察した研究で有名なエルマー・ホイラーという人です。

 それに関連して、彼は、以下のようなことも言っています。

● 商品についてのすぐれたアイデアを、十秒で話せるようにせよ。できるだけ言葉を少なくする工夫をすることが、もっともよいアプローチを生む。
 

 オイラはチラシを作るとき、上記の「十秒で話せるようにせよ」の部分を「一目でわかるようにせよ」と置き換えて考えました。

 お客さんがチラシを見てくれる時間は、せいぜい数秒。

 一目でわかってもらえなければ、即、ゴミ箱行きです。

 レスポンス率の高いチラシを作るには、上記の鉄則を常に頭において置く必要があるでしょうね。

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手作りチラシで、新規顧客を開拓する法

 こんにちは。

 今日は久々のビジネスネタです。

 やはり師走はいろいろあって忙しいですね。

 文章を書く仕事が入っていて、完成させるのにかなり時間がかかりそうなのです。

 大変なのは、文体にビジベンのキャラが使えないことかも。

 どこかで、オチをつけたり、冗談を書きたくなったり、そんな自分を抑えるのに一苦労です。

 少し身を清めなければと思う今日この頃。

 年末、年始は、真面目に仕事しようかなあ。

 そんなこと書くと、普段は真面目に仕事していないように見えますけど…。

 それはともかく、チラシの話でしたね。

 さて、前回はタイトルの付け方と用紙の色にまず注目しました。

 次に何を書くか。いわゆるコンテンツですか。

 商品やサービスは、チラシを作る人によってもちろん違いますから、共通の部分で行きましょう。

 これをコンテンツに入れると、確実にレスポンス率が高くなるというもの。

 これが、ビジベン流チラシ作成術 その4。

● チラシに代表者や営業担当者の顔のイラストを入れると注目度が増します。

 個人的な意見ですが、おそらく人は、人の顔の形をしたものには無意識に注目してしまう傾向があるからではないかと考えるのです。

 人によっては、人の写真やイラストをゴミ箱に捨てるのに抵抗があると言いますね。

 オイラの場合、今まで作ったチラシのほとんどすべてに、商品を売る人、サービスを提供する人の顔のイラストを入れました。

 やっぱり、これを入れると入れないとではレスポンス率が全然違う。

 タイトルよりもまず、イラストの顔が目に入って注目し、読んでみようという気になったというお客さんは多かったです。

 名刺にも写真を入れている人は多いですね。

 名刺は直接会って渡すものだから、当然お客さんと会うときに顔をあわせる。第一印象を鮮やかに残すという意味において効果があるのでは。

 ところがチラシは、新聞折込やポストに入れるだけ。

 電話で申し込もうにも、問い合わせをしようにも、相手の顔がわからないよりはわかったほうが、お客さんにとって抵抗感が少ない。

 ブログだってそうですね。やはりはじめてコメントを書く場合、どういう人か写真があったほうが、抵抗感が少ないような気がする。

 ただ個人的には、写真よりイラストのほうが、リスクが少ないような気がします。

 写真というのは、言うまでもなくそのまま。

 鬼瓦権造(おにがわら ごんぞう)みたいな、見るからに怖い顔をしていたり、意地悪そうな顔をしたりしている人もいないわけではない。

 直接会ってみれば、すごくいい人だとわかるのに写真になってしまうと、みんな引いてしまうことって多い。

 それなら、愛嬌のあるイラストのほうがいいですよ。

 私は元漫画研究会だったので、絵を描くことが好きですが、あまりうまくはありません。

 でも、怖い顔の人も、特徴をとらえ、笑顔で描くと、その愛嬌溢れる顔のイメージが、第一印象としてお客さんの頭に刷り込まれる。

 いつか第一印象の見栄えが大事だって書きましたね。

 そういう場合、イラストの愛嬌溢れた顔が第一印象になる。

 かつてクリニックで、非常勤の事務長をしていた頃、手作りチラシを作ったことがあります。

 院長先生は、ホントはすごくやさしい性格の人でしたが、体重が100キロ以上あって、見た目がちょっととっつきにくい。

 どうも怖い、とっつきにくい先生というイメージができてしまって、一時は閑古鳥が鳴く状況になってしまいました。

 これはちょっとそのマイナスのイメージを払拭しなければならない。

 そこでオイラが院長の顔を、愛嬌のあるイラストにして、印象を変えようとしました。

 そのイラストの描かれたチラシを簡易印刷し、自ら近隣の商店や住宅街にポスティングしてまわったのです。

 これが近隣の人たちにすごくうけ、来院してくれる患者さんが50パーセントも増えました。

 怖いと思っていた先生が、カバみたいな顔に描いてあり、しかもニコニコ笑っている。

 診察のときの印象は変わらなかったのですが、患者さんの頭の中には、どんなに愛想がなくても、あのカバみたいな愛嬌ある顔の印象が残っているのですね。

 いくら院長先生が相変わらず仏頂面して診察していても、患者さんはその別な一面を知っているから、真面目にふるまえばふるまうほどおかしくなったのかも。

 威厳を保つという点ではマイナスだったかもしれませんが、いまどき街のクリニックで、偉くて怖い先生は時代遅れですから。

 チラシのイラストだけで、受け取るお客さんの印象をよくすることもできるのですね。

 ところが以前別のケースで、ある会社がプロのイラストレーターに社長の似顔を依頼したそうな。

 見せてもらったのですが、これがうまい。原画を見たら、あまりのきれいさに驚きました。

 さすがプロ。

 そして、それを使ってチラシを作ったそうなんですよ。

 しかし、チラシの反応というか、社長の顔のイラストの反応はあまりよくなかったそうです。

 どうしてでしょうね。

 もしかして、うますぎるイラストを見て、お客さんが安心してしまうのではないか。

 きれいな美しいチラシに、プロの作った非の打ち所のないイラスト。

 あまりにも当たり前のパターン。

 オイラの描いたイラストは、ちょっと自慢話が入ってしまうのですが、チラシをまくと結構評判になります。

 お客さんが見て、描かれた人がかわいそう、とか、なんじゃこりゃ、変な顔~というリアクションが多いですかね。

「プロじゃないね、この下手さ加減は。もしかして、チラシをまいている会社の社員が自分で描いたの?」

 素人にしては結構うまいじゃん、みたいな。

 いわゆる、チラシで効果のあるイラストは、「ヘタウマ」ぐらいが丁度いいのではないか。

 お客さんが親近感を持ってくれるというのは、こういうイラストですね。

 やはり、チラシの素人が、自分たちで汗水たらして作った手作り感がいいのだ、と。

 チラシネタは、まだ続きます。

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効果のあがる手作りチラシを作る法

 こんばんは。

 今まで長々と、新規開拓におけるチラシの効用について述べてきました。

 いよいよ今日から、私が自分で作ってポスティングして効果のあったチラシの実例ですね。

 最初に申しておきますが、これから書くことは理論的な根拠は明確ではありません。

 いろいろなパターンでチラシを作り、レスポンス率を見ながら改良を加えて、より効果の上がるチラシを模索していった結果です。

 もちろん、どこがよかったか、という点はとても大事なことですが、人はそれぞれ好みというものがありますから、こうすれば絶対うまく行くなんてものは存在しない。

 最大公約数の人たちから、注目され、好感を持たれ、電話で問い合わせしたくなってくるというのがいいチラシなのだと思います。

 体系的にまとめられていないので、アトランダムに行きましょう。

 もちろん、ビジネス書で読み、自分でうまく行くかもしれないと思った事柄をためしてみて、実際、効果のあったチラシ作成のエッセンスです。

 理由はあまり詮索しないでくださいね。私自身もよくわからないことが多いですので。( ← なんじゃそりゃ )

 それでは…。


ビジベン流チラシ作成術 その1

● チラシのメインタイトルが重要。簡潔にどういう商品なのか、どういうサービスなのかが一目でイメージできるように書く。


 あまり突飛過ぎても意味が伝わりませんし、ありきたりのものでは興味を引かれない。

 そのチラシのテーマを的確に、短い言葉で表現できるかどうか。

 誰でもイメージできる商品、サービスを少しひねったものがベターですね。

 ちょっと抽象的ですが、個々にはありきたりでも、組み合わせると面白くなるものがありますよ。

 たとえば、リフォームのコンビニ、おもちゃの病院、カギの救急車、など街でよく見かけるネーミングですが、パッと見て、なんとなくサービスの内容を理解できる。

 しかも、ありきたりではない。

 リフォームのコンビニなんて、コンビニ感覚で気軽に安い値段でリフォームをやってもらいたいという人には、注目されるかも。

 またおもちゃの病院は、ちょっと壊れたらすぐ捨ててしまうのではなく、愛着のあるおもちゃを直して、長く使いたいという人にはほろっとさせます。

 琴線に触れるネーミングと言っていいでしょう。

 おもちゃのぬいぐるみや変身モノのヒーローが入院して点滴をうっている姿を想像するとほほえましくなりますし…。

 かぎの救急車は、鍵をなくして自分の家に入れない、なんて真っ青になっているとき、救急車のようにすぐ駆けつけてくれたら助かります。

 オイラの「ビジネスの便利屋さん」。略してビジベン、なんてのもそう。

 今はわりと当たり前のネーミングですが、当時はインパクトがありました。

 へぇ~面白いこと考えたね、とそのタイトルに興味を示して電話をかけてきてくださった経営者の方は多かったです。

 コンサルタントというチラシをポスティングしたときはまるで効果なし。

 当時の仕事は、コンサルと入り口は変わりませんでしたから、ネーミングはどうだっていい。

 ただ便利屋で入ってしまうと、まさに便利屋的な仕事を頼まれるのですが…。

 でも、依頼する会社からしてみると、最初から「先生」で入るよりも、「便利屋」のほうが依頼しやすいですよね。

 企業と最初の取っ掛かりができてしまえば、あとは実力次第。

 頭を使う仕事を任されるか、便利屋で終わるか。

 はい、いまだに便利屋で終わってますです。

 それはともかく、気軽に声をかけやすいという心理的な効果を狙ったわけです。


ビジベン流チラシ作成術 その2

● いかにもプロが作ったという色彩の豊富な凝ったものよりも、手作りの素朴なチラシの方がかえって目立ちます。

 これは日記の中で何度も書きましたが、自分の会社や自宅のポストの中を覗けば自明だと思います。

 最近は新聞オリコミのチラシもすごく豪華なものが入っていますね。

 自分の興味のある商品には目を通しますが、それでも即ゴミ箱行き。とにかく捨てていかないとすぐ部屋の中がチラシで一杯になってしまう。

 とくに消耗品で、安売りがテーマのチラシが豪華すぎると、かえってマイナスじゃないかと考えます。

 当然、価格にチラシの作成費用が商品に転嫁されていると考える人は多いでしょうから。

 こういう時代だからこそ、素朴でシンプルなチラシは、目立ちますね。

 またスモールビジネスの場合は、手書きで作り手の人間性がこめられていると、愛着がわいてきます。

 チラシは豪華なチラシも素朴なチラシも、お客さんの目に触れる頻度は同じ。

 同じ値段をチラシにかけるのだったら、コストの安いチラシを大量に作り、ポスティングの回数を増やすほうが、効果が期待できます。


ビジベン流チラシ作成術 その3

● チラシ用紙の色は、クリーム色が、レスポンス率が高い。


 これは、いろいろなカラーのコピー用紙をためしてみた結果です。

 確か、白、ブルー、オレンジ、グリーンなど、市販の色つきのコピー用紙はすべてためしてみました。

 すると、黄色、というかクリーム色のレスポンス率が高かったです。

 私は、カラーコーディネーターではありませんが、黄色は注目を集める色と聞いたことがあります。

 驚くことに、このことを経験的に知ったあと、あるビジネス書の中に、黄色のチラシに効果があると書かれていたのですよ。

 世の中、いろんな人がいる反面、基本的な事柄には同じ反応をしてしまうところが、人間の面白いところですね~。

 チラシネタはまだ続きます。それは、また来週。

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手作り自己紹介チラシで新規開拓する法

 こんにちは。

 うう、寒くなってきましたね。

 朝起きて、布団から出るのが一苦労。

 暖かい布団から、急に冷たい室内へ出るのは体に良くないんですよ。

 脳の血管がキュッと収縮して、血液の流れが滞る。

 怖い怖い脳卒中です。

 それを予防するためには、太陽が昇り、部屋が暖かくなるまで布団から出ないほうがいいのですね~。( ← 起きたくないだけだろ! とっとと、ストーブつけろ!! )

 それはともかく、今日は久しぶりのビジネスネタです。前回まで、チラシのネタでお送りしました。

 今日はその続きですが、書いている本人も忘れていますので、先週のおさらいから行きましょう。

 それでは…。

 そもそも、営業というのは新規開拓や取引先の担当者が変わった場合など人間関係を築くのにかなりの時間を要するものですよね。

 最初は大抵、名刺の交換から始まります。

 営業の飛び込み訪問では、なんとか相手に自分の名刺を渡し、もしうまくいけば相手から名刺を受け取るというのが最初の目標でしょうか。

 言うまでもなく、それくらい名刺は営業の場では大切なもの。

 ところが、あいにく名刺には会社名や役職などフォーマルな情報のみで、人と人とが打ち溶け合って親しくなるような情報が記載されていない。

 最近では、たとえば出身地や出身校、趣味、顔写真などを刷り込んでいる営業マンもいるようですが、全体から見たらごく少数でしょう。

 名刺に、ゴチャゴチャ書いてあるのを嫌うお客さんも無きにしも非ず。

 そういえば、新任挨拶で名刺を忘れた私の後輩に対して、「名刺は、武士の刀のようなものだ。それを忘れたら、昔だったら切腹だ」といって諭した社長さんもいたようですね。

 ただ名刺交換は、すでに相手の顔も、会社も、役職も知っているのに、一種の儀礼のような形で行う場合もある。

 名刺交換はすんだものの、そこから先がなかなか進まないということって結構ありますね。

 その後、何回か会って、お互いのインフォーマルな情報を知り合うようになって初めて、お客さんと営業マンは親しくなっていく。

 だから初対面の相手にいろいろ聞きたいことがあるけれど、最初から質問攻めにするのも、なんとなくしづらい部分はありますよね。

 一度では聞けず、何度か会って少しずつ聞きだし、自分と相手との間にいくつかの共通点を見つけて親しくなってゆく。

 う~ん。奥ゆかしいけれど、ビジネスの現場としては何とも非効率。

 それなら一番はじめに、こちらのインフォーマルな情報を紙に書いて、名刺とともに渡せば、相手との人間関係を築く時間を短縮できるのではないか。

 と考えて作ったのがこの手作りの自己紹介・挨拶文チラシ。

 よく、モノを売る前にヒトを売れ、と言いますが、まさにそれを意図したものですね。

 最初は、名刺プラスアルファのグッズとして考えたのですが、これをチラシとしてポスティングしてみたらどうかと考えたのです。

 この発想は、別にオイラが考えたのではなく、ある雑誌で以下の成功事例のエピソードを読んだからでした。

 それは、26歳の自動車セールスマン。

 担当地区内を飛び込み訪問で軒並みまわったのですが、玄関を開ける前にインターフォンで断わられる。

 こういうシチュエーションって、どうしようもないですね。

 お客さんの顔が見えないのだから、取っ掛かりがつかめない。

 どうすれば玄関を開けてもらえるかと考えて、「消防署から定期点検に来ました」とかウソを言って、消火器を売っていた営業マンがいましたっけ。

 言うまでもなく、犯罪ですよ。

 もちろん、その営業マンは、合法的なやり方で、玄関を開けてもらえないだろうかと考えたそうです。

 お客さんの立場で考えたら、どこの馬の骨かわからない人物に対して、不用意に玄関の扉を開けませんよね。

 だったらインターフォンで断わられる前に、担当地区の人たちに自分がどういう人間なのか、知ってもらうことを考えたそうです。

 それで作ったのが、自己紹介チラシ。

 具体的には、まず、自分の似顔絵、受けそうなプロフィールを入れる。

 それから、「○○君の1日」というシリーズものの漫画にして、自分の仕事や断わられたときの様子、失敗談などを手書きで描き、それを毎日コピーして、郵便受けに入れて回った。

 約1週間、それを続けたところで各家庭を回り、「チラシでおなじみの○○です」とインターフォンで自己紹介、実績をあげたとのこと。

 この記事を読んだとき、なるほどと思いましたね。

 気に入ったのは、まず自分のプロフィールを相手に示すこと。

 本を買うとき、まず、著者がどういう人間なのかなと思って、最後の方のページを開けてみる人って、結構いるんじゃないですか?

 新聞や雑誌でもそうですね。

 自分の写真があって、そこに略歴とかが書いてあると、なにげに目を通してしまいますもんね。

 ブログだってそうですよ。

 ホームページのアクセス対策として、本人の写真を載せ、プロフィールを細かく具体的に書くこと、なんてよく書いてあります。

 それから、そのチラシを作った営業マンのいいところは、断わられたときの様子、失敗談などを面白く書いたところではないでしょうか。

 人が笑うときって、他人に対して一種の優越感を感じたときであると、本で読んだ記憶があります。

 他人の自慢話や成功談よりも、失敗談を聞くほうがなんとなく親密な気分を覚えるもの。

 そんなことを考えつつ、私も自分の自己紹介チラシを作ってみることにしました。

 そのエッセンスはまた次回。

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効果のあがるチラシ、あがらないチラシの研究

 こんにちは。

 今までずっとチラシの抽象論というか、能書きを長々と述べてきました。

 そろそろ、オイラはどういうチラシを作って、ポスティングしたかという事例について書かねばなりませぬ。

 ただそれに対して、確固とした理論はないんですよ。

 語弊はあるかもしれませんが、講演会の講師なら、実戦はさほどうまく行かなくても、確固とした理論を示し、参加者の納得を得られれば商売が成り立つ部分はある。

 こちとら、結果がすべて。

 いろんなビジネス書を読み、講演会へ参加して、理論武装してチラシを作っても、まったく泣かず飛ばずという例は日常茶飯事でした。

 いろいろなチラシを作ってポスティングし、レスポンス率の良し悪しをみる。その結果を参考に、試行錯誤しながら作り直していったというのが本音です。

 もちろん、成功した点に関してはいろいろ考え、理論づけはして行ったのですが、同じ状況でやってみて、すべてがうまく行くということもない。

 不確定要素も多々あるということですな。

 こちらとしては、成果が上がればそれで結果オーライみたいな部分はあったりして。

 ここだけの話なんですが、オイラの作ったチラシをある大学の教授が見たことがあるんですよ。

 かなり前ですが、ある大学のマーケティングのゼミから、実戦講座の講師として招かれたのです。

 さて、その先生。

 マーケティング分野ではわりと有名な人で、たまにテレビでコメンテイターなんかもやっています。

 理論は普段その先生から教えてもらっているからいいだろうと、成功したチラシ、失敗したチラシの実例だけを述べることにしました。

 そのまま講義みたいに話しても面白くないだろうと、クイズ形式でやってみたのですよ。

 学生さんたちに、オイラが今まで作ったチラシを渡して、レスポンス率がどれだけあったか、また、そう考えた理由について討議してもらいました。

 たとえば、何月の平日を中心に東京の○○の地域のビルオーナーを中心に5000部のチラシをポスティング…と、ファクターもしっかり示して。

 そしてはたして何件、お客さんから電話がかかってきたでしょう、とクイズみたいに聞き、学生さん一人ずつの予想数字と理由を黒板に書き込んで行ったのです。

 すると、オブザーバーの立場で座っていたマーケティングの教授も、その趣向を面白がり、自ら参加してしまった。

 なんと、大学の先生、一人だけ突拍子もないレスポンス率を言ったのです。

 確か、5000枚配って、30件以上電話があるはず、と。

 従って、レスポンス率は、0.6パーセント。

 ありえねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~

 実は、そのチラシ。

 表面上は実に購買意欲をそそるように作られているのですが、顧客の心理に及ぼす影響という部分で致命的な欠点があったのです。

 見た目は、無料耐震診断と書かれていて、とてもいい感じ。でも、そこから仕事を結び付けようという意図がほのかに読み取れた。

 もちろん、悪徳リフォーム会社ではないですよ。

 こちらが頭を下げたくなるくらい良心的な会社です。

 耐震診断はもちろん無料でアドバイス。問題がないケースは、もちろん、そのまま何もしない。

 問題がある場合は…。

 そのへんの言い回しがあいまいだったのでしょうね。若干、お客さんに不安感を与えたのかも。

 それと、阪神大震災の直後だったことも、便乗商法と取られて逆に災いしたのかもしれません。その企画は、震災のずっと前からあったのですが…。

 結果はなんと、5000件配って、1件も電話がかかってこなかった。

 つまり、レスポンス率ゼロ。

 ニーズはあるはずなのに。

 今も、耐震強度偽装問題など、自分たちの家に対する不安はいつの時代にも根強いものがありますよね。

 それはともかく、当初の私のもくろみは、学生たちのチラシのレスポンス率の甘さを指摘することでした。

 それなのに、大学の先生が参加してしまった。

 しかも、私からレスポンス率を聞く前に、自分の予想を言い、学生の前で自分の予想を理論付けてしまった。

 震災のあとだから、皆ものすごくこの問題にナーバスになっているはず…と。

 まだ学生さんの方が、現実的でしたね。

 皆、10~20件くらいだろうと予想したのですから。

 正解を言うと、先生の顔をつぶしてしまうので嫌でしたが、仕方ありません。ウソを言うわけにはいきませんから。

 その先生は、自分が突拍子もないことを言ったと気づき、照れ笑いをしていました。

 しかし、その目は笑っていなかったぁぁぁぁぁぁぁ~。

 専門家でも、配る前にチラシのレスポンス率を予想することはなかなか難しい。

 あまり理論づけてしまうと、逆に微妙なニュアンスの違いが読み取れなくなるのかも。

 ところが、これから話すオイラのチラシは、当時、0.3~0.5パーセントのレスポンス率は必ずあったのです。

 コンセプトは、昨日書きました手作りの自己紹介・挨拶文チラシ。

 でも最初は、チラシとして作ったものではなかったのです。

 そもそも、営業というのは新規開拓や取引先の担当者が変わった場合など人間関係を築くのにかなりの時間を要するものですよね。

 最初は大抵、名刺の交換から始まります。

 営業の飛び込み訪問では、なんとか相手に自分の名刺を渡し、もしうまくいけば相手から名刺を受け取るというのが最初の目標でしょうか。

 言うまでもなく、それくらい名刺は営業の場では大切なもの。

 ところが、あいにく名刺には会社名や役職などフォーマルな情報のみで、人と人とが打ち溶け合って親しくなるような情報が記載されていない。

 最近では、たとえば出身地や出身校、趣味、顔写真などを刷り込んでいる営業マンもいるようですが、全体から見たらごく少数でしょう。

 名刺に、ゴチャゴチャ書いてあるのを嫌うお客さんも無きにしも非ず。

 そういえば、新任挨拶で名刺を忘れた私の後輩に対して、「名刺は、武士の刀のようなものだ。それを忘れたら、昔だったら切腹だ」といって諭した社長さんもいたようですね。

 ただ名刺交換は、すでに相手の顔も、会社も、役職も知っているのに、一種の儀礼のような形で行う場合もある。

 名刺交換はすんだものの、そこから先がなかなか進まないということって結構ありますね。

 その後、何回か会って、お互いのインフォーマルな情報を知り合うようになって初めて、お客さんと営業マンは親しくなっていく。

 その点に着目したのが、オイラのチラシです。

 最近、真面目なことを書いて疲れましたので、その内容は、来週に。

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手作りチラシで、効率的に顧客開拓する法

 こんにちは。

 また図書館で、CDを借りてきました。

 西城秀樹のベストアルバムです。今、ヒデキといえば松井秀喜でしょうが、一昔前は、100人中80人は西城ヒデキの名をあげたでしょう。

 ヒデキ 感激!

 もちろん、桃太郎侍・高橋英樹も忘れてはいけません。東条ヒデキが最初に思い浮かぶ方もいらっしゃると思いますが…。

 CDを借りてみようと思ったのは、不謹慎ながら「脳こうそく」のネタがらみから。

 それにしても、西城秀樹が脳こうそくで倒れたというニュースは衝撃的でしたね。幸い、さほど重くなかったようで元気に復帰したようですが、若い頃の西城秀樹を知っている人間にとって他人事では済ませない出来事でした。

 さて、そのCD。

 声が若い。当時のシングルレコードからそのまま収録してあるのですね。

「ちぎれた愛」「激しい恋」「傷だらけのローラ」そして「YOUNG MAN」。

 思い出の曲はいろいろあるけれど、私は「薔薇の鎖」ですね。

 当時中学生でしたが、マイクスタンドを縦横無尽に振り回して歌う姿はかっこよく、新鮮でした。

 今はいろんなバンドのボーカルがやっていますが、私が始めてみたのが西城秀樹。

 当時テレビで見て、さっそく、掃除の時間にモップを振り回して真似して唄ったのを覚えています。

 そして、振り回したモップの柄が、教室の天井から吊り下げられた蛍光灯を粉砕。

 先生に怒られたのなんの。

 その西城秀樹が、脳こうそくか…。

 気をつけようと思う今日この頃。

 蛍光灯が割れて、ガラスの破片が頭に刺さると痛くて血が出るし…。

 それはともかく、今日は久しぶりのビジネスネタです。

 題して、手作りチラシで新規開拓する法。

 この方法は、個人的にとてもお世話になりました。この方法がなければ、今私がここで、えらそーにブログなど書いていられなかったかもしれませぬ。

 前にも書きましたが、自分で行うチラシのポスティングが一番いいのは、お金がほとんどかからないこと。

 最初は、ワープロもなかったので、全部手書き。

 従って製作費用は、紙とペンとコピー代だけです。

 しかしもっといいのは、自分で作ったチラシのレスポンス率をみながら、より高い比率を目指して試行錯誤できることですね。

 プロのデザイナーに頼んで数万枚も刷ってしまったら、なかなか再チャレンジはコスト的にも心理的にも難しい。

 また、自分でポスティングすれば、どの地域にどういう会社や商店があるか市場調査もできる。

 しかも、歩き回るので健康になるし…。

 ではなぜ、飛び込み訪問ではなく、第一段階はチラシなのか。

 そんなまわりくどいことしないで、いきなり営業をかけたほうが話が早いのに、と思いますよね。

 実は私。銀行時代は飛び込み訪問の営業は得意でした。

 独立開業して、同じ気持ちで会社に飛び込むのですが、なぜか思ったようにうまくできない。

 自分の熱意が足りないのか、それとも営業能力が落ちたのか? と、ずいぶん悩みました。

 だけど逆の立場で考えればわかるのですね。

 自分の会社のブランドの差。

 銀行員の名刺を持っていれば、一応、どこの馬の骨かわからないということはない。

 もちろん飛び込み訪問でけんもほろろの応対をされることは日常茶飯事ですが、たま~に、お茶をいれてくれてじっくり話を聞いてくれるお客さんもいました。

 世間的に名の通っている会社というのは、その点でメリットが大いにあります。

 同じことが大型資格で独立される方にも言えると思いますね。

 やはり安心感といいますか。

 大きな看板を背負っている以上、看板に傷がつくようなことはしないだろうという、お客さんが一種の担保を取ったような気分になるのは事実。

 これが、半年前に作ったような世間でまったく知られていない会社の名刺を持ってまわった日には目もあてられません。

 大企業でトップセールスマンを張っていた人が、自分の看板で独立開業したとたんスランプになる人が多いというのはこのパターンかも。

 大企業でトップセールマンというのは確かにすごいことですが、半分以上、その会社のステイタスに助けられているのは無視できないと思います。

 その一段高くなった枠の中から下へ降り、その他大勢の名もない会社の営業マンと同じ土俵に立って、なおかつトップセールスマンでいられるなら実力は本物ですね。

 本人だけの実力で勝負しているわけですから。

 しかし私は、大企業の看板がなくなったとたん、売れなくなってしまった。

 自分の実力だけで売っていたと思っていたのですが、実際は、寄らば大樹の陰で売っていたに過ぎなかったわけです。

 ここのところがいつまでも理解できないで、またサラリーマンへ戻っていく人は多いかもしれませんね。

 しかしですよ。

 昔、日本でも指折りのトップセールスマンの講演会を聞きに行ったことがありますが、誰も聞いたことのない会社の名刺で、すごい成果をあげる人がいるんですよ。

 もう生まれながらの営業マンというか。

 でも、そういう人は何百人に一人という確率でしょうか。

 ちょっと脇道にそれるかもしれませんが、急ぐ話じゃないですし、その超人的な自己抑制的営業スタイルをご紹介しましょう。

 なぜか、そのときの様子が鮮明に残っているし、自分の営業スタイルを確立する上において重要なファクターになったエピソードですので。

 また普通の人が営業をする場合の反面教師の一面もあるかと思います。

 とても真似ができないから、もっと別の方法を考えよう、とか。

 さて、それは…と、思いましたら、長くなりそうなので、それはまた次回に。

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かっこ悪いけど成果の上がるチラシの研究

 こんにちは。

 先日の夜、NHKの番組で、久しぶりに松田聖子の歌を聞きました。

 それなりに年を重ねているみたいでしたが、やはり見た目は若い。

 今まで、いい曲をたくさんもらって、そして見事に歌いきっていますよね。

 やはり聖子ちゃんを書かないと、オイラの青春を述べたことにはならないかも。

 なんたって、彼女の全盛期に、多少かかわりのあった人間としては…。

 人違いで、テレビ局のリポーター数十人に囲まれ、走って逃げたこともあります。

 オイラの二十代は、完全に杉村タイゾー状態でしたから。

 それにしても、初期の曲はすごくいい。

 「赤いスイートピー」はメジャーすぎますけど、好みとしては、「白いパラソル」、「渚のバルコニー」、「秘密の花園」、「瞳はダイヤモンド」といったところでしょうか。

 当時、ドライブへ行くときは、すべてのアルバムのカセットを持ってカーステで流していました。そのサウンドは、何度聴いてもあきません。

 それにしても、聖子ちゃんのお母さんが人格者で、やさしくて、元気一杯でいい人なんですよ。

 おっと、このまま書いていくと、この話題だけで今日は終わってしまいそう。

 
 今日は、おととい、中途半端に終わってしまったチラシの話題の続きです。

 ホントに数字に絶対の自信があるならば、へりくだった売り込みの文句を長々とチラシに載せるとかえって足元を見られることになると書きました。

 そして、そのことを気づかせてくれたチラシがある、と。

 さて、そのチラシ。

 今から十年以上前になりますが、私の事務所のポストに何度もポスティングされていたものです。

 大きさははがきサイズより少し大きいくらい。色は白で、ケント紙くらいの厚みがありました。

 そこに黒と赤の二色刷りで印刷されている。

 見るからに安っぽい作り。

 そこに当時普及しつつあった携帯電話の販売会社と機種名、価格だけが書かれていました。

 もちろん、販売代理店の名前と住所、電話番号も記載されていましたよ。

 売り込みの文句と言えるものは、確か、「開店値引きセール」の文字だけ。

 あと、目を引くための工夫といえるものは、値段が赤字で印刷されていることぐらい。

 最初、なんだこの安っぽいチラシは、と思って即ゴミ箱へ。

 当時も、結構きれいな写真入の携帯電話のチラシは出回り始めていましたから。

 ところが、その二週間後、また同じチラシがポストに入っている。

 それも即捨てましたが、なぜか印象に残りました。

 あまりに安っぽく、売り込みの匂いがないことに…。

 普通、チラシって、カラフルな写真が印刷してあって、景気のいい売込みの文句がジャーンとでっかい文字で書かれているじゃないですか。

 そういうのが、いつもポストにあふれかえっている。

 その中にあって、チープさが極端に目立つんですよ。

 三度目はまた二週間後。前とまったく同じ、安っぽいチラシがポストに入っていたのです。

 ほかの色鮮やかなチラシは全部ゴミ箱に捨てましたが、そのチラシだけは気になってとっておきました。

 そういう状態が何度か続く。

 その二ヵ月後くらいですかね。携帯電話を持つことが、仕事のうえにおいてすごくプラスになると思って、欲しくなったのが。

 いろいろ調べてみると、とてつもなく安くはなかったものの、そのチラシに書かれていたケータイの値段はまあまあ安い。

 そしてそのチラシの販売会社から買うことにしました。

 初期費用がなんと、トータルで18万円。昔はケータイを1台買うお金で、パソコンが買えたわけですね。

 ケータイを買うとき、その販売会社へ行ったのです。

 確か、新宿区内にあったワンルームマンションの小さな事務所。

 応対するスペースがないのか、社長さんが、近所の喫茶店へ行きましょうかと言いました。

 18万円もする買い物であったためか、私が頼んだアイスコーヒーは、もちろんその社長さんのおごりです。

 あとで聞くと、社長のほかには従業員が2名だけ。その従業員がチラシ配りをしているとか。

 はじめてケータイを買うので、そんなちっぽけな販売会社から買って大丈夫かなと思いました。

 でも、話してみるとその当時40代前半の社長は、なかなか優秀なのですよ。

 私も興味があったので、チラシのことをいろいろ聞いてみたのですが、やはり試行錯誤しながら、お金をかけないでもっとも効果の上がる販促手段をやってみたらしい。

 そして行き着いたのが、例のかっこ悪いチラシ。

 売り込み文句のない素朴なデザイン。

 だからかえって目立つ。

 また自己主張が強くないから、何度ポストに入っていても、それほど腹が立たない。

 そして、チラシ1枚あたりの単価が安いから、何度捨てられてもコスト的に影響がない。

 チラシを作る企業は、よし、ここで勝負だ! とばかりに一度にお金をかけ、豪華でカラフルな「勝負チラシ」を作ってしまう。

 これだけお金をかけ、かっこいいチラシを作ったのだからみんな驚いて注文が殺到するぞと期待をかける。

 結果、惨敗に終わって、「チラシは効果ない。駄目!」とすぐほかのことを考えるのですね。

 いくら見た目のきれいなチラシを配っても、1回で終わってしまったら、ほとんど印象に残らないのですよ。

 私の例で言えば、1~3回目は躊躇なく捨てていましたね。

 だからと言って、売込みの文句がゴテゴテ書かれた、単に売るほうの都合ばかりを主張したチラシが何度もポストに入っているとうざい。

 びみょーなバランスの上にそのチラシは釣り合って存在していたのです。

 ともかく、そのかっこ悪さとドンくささは、確信犯だったということ。

 その理論的考察はこの次にして、私は一度でその社長を信頼して、ケータイの販売契約を結びました。

 信頼した理由は、今まで作ったさまざまなチラシのレスポンス率を端数単位で細かく記憶し、分析していること。

 昨日書きましたね。

● 端数のある数字を使うと、話に信頼感を増す。

 そう、社長は自分の仕事の成果を端数までしっかり把握しているのです。

 自分の仕事に必要な数字はできるだけ端数まで覚えておく。それを日常茶飯事のように使うと、その問題に精通している、という印象を相手に伝えることができるという点。

 そしてそれが信頼感に繋がる、と。

 国会やテレビの政治討論会で、政治家が、「今年度の物価上昇率は、推定○.○○パーセントですから、福祉予算の○.○パーセント増では…」などと、書類を見ないでそらでペラペラしゃべっているのを見ると、よく勉強している政策通だな、と感心することもありますね。

 会社の会議でも、それをやってみたらみんな一目おくかもしれませんよ。

 ところで、その販売会社のその後。

 チラシの効果か、こちらが嫉妬するくらいのペースで成長し、一時は社員百人を超えたらしい。

 ところがその後、ケータイの販売競争が激化して倒産してしまったとか。

 大企業に成長して、例の安っぽいチラシを配り続けることに抵抗があったのか、はたまた社長が端数の数字を覚えられなくなったのか、その理由はわかりません。

 企業経営というものが、板子一枚下は地獄だということを感じました。

 企業が急成長して、社長が行け行けドンドンになっているときが一番危険と隣りあわせなのだ…と。

 合掌。

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チラシで成果をあげる法

 こんにちは。

 師走が近づいて、やっと体調が回復してきたので、またビジネスネタの新シリーズをやってみたいと思います。

 今回は、販促手段としてのチラシに注目。

 商売柄、ビジネス関連のブログをよく拝見させていただくのですが、チラシによる販促を考えている方は多いですね。

 現代は、ホームページやメルマガ、ブログといったデジタルの販促手段が数多くあるのに、いまだにアナログ時代の代表といっていいチラシが生き残っているのは、何だかうれしい気分。

 チラシも比較的安価な販促手段ですが、コスト的には、メルマガやブログのほうに軍配が上がると思います。

 それなのに、チラシはデジタル優位の時代にあって、その存在感が色あせることはない。

 理由としては、デジタル販促より、効果があるからでしょう。

 もちろん、壺にはまった場合に限ってですが…。

 デジタル販促の草分けといっていい、ヤフーや楽天でも、実際の営業は泥臭いみたいですよ。

 ヤフーBBの営業で、露天で店を開いて道行く人たちに、「がまの油売り」みたいな口上を述べているおにーさんやおねーたんの姿は記憶に新しいところ。

 楽天も、先日電話がかかってきて、営業マンがお伺いしますと熱心に口説かれました。

 人にデジタル販促を勧めておきながら、自分たちはアナログ営業の王道を歩んでいる姿がなぜかおかしい。

 それはともかく、泥臭いアナログ営業は、まだまだ無視するわけには行かないと思います。

 自分の会社の創業時も、よくチラシを作って、自らポスティングをしました。

 最初にはじめた商売が見事に失敗し、資本金800万円が半年でゼロになってしまったので、まったくお金がなかったですから。

 新聞折込やほかの人にお金を払って配布してもらうことなんて、当時は夢のような話。

 だから今でも、東京の都心部や南部の地域はすごく詳しいですよ。

 …というか、どのビルのポストは入れやすいとか、どこのビルは管理人がうるさいとか、そういうレベルですが。

 だからチラシ自体も、プロにお願いして作ってもらうなど、まったく頭にありませんでした。

 デザイナーが知恵を絞った見栄えのいいチラシなど夢のまた夢でしたね。

 でも結果的にはこれがよかったと思っています。

 チラシの命は、ポスティングしたあとのレスポンス率。

 いくらそれを見たお客さんが、きれいね~と言って感心してくれてもあまり意味はない。

 自分で試行錯誤しながらチラシの文章を考え、レスポンス率を調べながら改良を加えていきました。

 素人の作ったものだから、今考えてもとてもお粗末なものでしたが…。

 当時は、ワープロすら持っていず、自分でケント紙にサインペンで文字や絵を書き、コピー屋さんでコピーしました。

 見た目も実際も、完全な手作りです。

 ところがこのチラシ。

 1000枚配って3件のレスポンス率。もっとも効果があったときは、1000枚まいて、5件の電話がかかってきました。

 いくら安いコピー屋さんで、1000枚5000円でコピーしてもらったといえども、1枚5円もする貴重品。

 顧客になってくれそうな会社を吟味してポスティングしたということもありますが、かなり高いレスポンス率だと思いますよ。

 そういった私の苦境時に出会った、あの神田昌典氏も、まだ有名になる前でしたが、そのレスポンス率の高さには驚いていましたから。

 簡単に捨てられてはもったいないと、ポスティングのときに吟味するから、1日にポスティングできるチラシはせいぜい300~400枚。

 だから1000枚まくのに3日かかったなんてことも。

 そのチラシから電話をもらうのは、約3件。

 当時、3件のうち、1件は仕事をもらえました。だから、3日で新規のお客さんを1件獲得できる計算になりますね。

 さて、そのチラシ。

 やはり作るときは、多胡輝氏の著作をいろいろ参考にさせてもらいました。

 今日はその中からひとつをご紹介しましょう。

 それは…

● 端数のある数字を使うと、話に信頼感を増す。

 チラシには、なるべく売り込みの言葉は書かない。

 自分のプロフィールを紹介する場合、抽象的な言葉でアピールするより、今までやった成果や成功事例をさらりと数字で書く。

 しかも端数までしっかりと…。

 数字は事実だけを表すもの。もちろん、意図的に脚色することは可能だろうとうがった見方をする人は必ずいます。

 しかし、しっかりと全体の数字とそれに対する事実だけを書く。あとはどうぞそちらで判断してください、というように。

 商品の紹介もそれは言えますね。

 たとえば、経費節減において画期的な数字を節約できる商品がもしあるとするなら、その事実だけを書く。

 もちろん、いろいろな場合があり、プラスアルファをしっかりアピールしなければならない場合もあります。

 でも、その数字に絶対の自信があるならば、へりくだった売り込みの文句を長々と書くとかえって足元を見られることになる。

 この方法を思いついたのは、当時、事務所に毎月2回のペースでポスティングされていたあるチラシを見たからです。

 この話をすると長くなりそうなので、この続きは次回。

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続・会議の場で有能さを印象づける法

 こんにちは。

 最近、やたら目がしょぼしょぼします。目をパチパチやっていたら、石原都知事の真似をしているのかと言われてしまいました。

 どうも、花粉症の症状に似ていますな。

 まさか、ホントに花粉が飛んでいるとも思えず…。

 でも去年、ファンヒーターを出してすぐ、くしゃみが止まらなくなりました。

 どうやら春に吸い込んだ花粉が、フィルターに引っかかっていたみたいです。原因究明に、また推理を働かせねばと思う今日この頃。

 口内炎もできて、しゃべるのも億劫だし…。

 満身創痍の状態ですが、なんとか今日は更新ができそうです。

 それはともかく、先日から再び、会議ネタでお送りしています。

 前にも書きましたが、私がこのように会議にこだわるのは、自分の苦い思い出があるからかもしれません。

 もしかしたら私も、勤め人をしていた頃は、会議でまわりに悪い印象をふりまいていたのではないか、と考えるのです。

 当時、営業の数字は結構あげていましたが、評価するのは周りの人たち。

 営業で頑張って会社に利益をもたらす = まわりの人たちが大喜び、という当然の理屈がまかり通らないのが会社組織の面白いところです。

 独立開業し、自分が客観的に見られるようになって気づいたことって結構ありますね。

 会議の場でも、今の自分なら、何でそんなバカなことやるんだ、っていうことを平気でやっていたのですから。

 要は、自分の主張したいことを、ただストレートに言うだけじゃなく、相手がそれをどう受けとめるかということも考える必要がありますよ、ということ。

 自分の主張が、たとえ会社にとってプラスになることでも、主張の仕方によっては自分にとってマイナスの評価になる可能性もある。

 仕事とは関係ないところで評価される部分って、結構、あるんじゃないですか。

 最新の経営理論が頭に入っていても、やっていることは猿山のボスをめぐる権力争いと何ら変わらないのも皮肉なもんです。
 

 それはともかく、先日の続きから。

 テクニックとして、自分の発言を効果的に見せるタイミングでしたね。

 たとえば、意見が対立して参加者同士激しい応酬があるケースは、いつ発言したら効果的かという点。

 以上のように、出席者の関心が高い内容の場合は、多くの意見が出た後で発言するのが効果的です。

 この点につき、いつもお世話になっている多胡輝氏の「好印象を与える自己表現術」には次のようなフレーズがあります。

● 会議では最後に発言をまとめると、有能さを印象づけられる。

 たとえば、テレビの討論番組なんかよくやっていますね。

 よく2組のゲストがあるテーマで論争を行う。熱の入った討論は、大抵番組の終了まで決着はつかず、司会者の当たり障りのないコメントがついて時間切れとなる。

 民放は、田原総一郎などが結構やりあったりしていますが、NHKの討論番組ではいつもこのパターン。

 こんなとき、テレビを見る側の印象では、なぜか司会者の最後のコメントが一番正しいように思えるのは私だけでしょうか。

 司会者自身は、別に何も自分の意見を言っていないんですよ。

 それなのに、終わりのほうで論争の問題点をちょこっとまとめるだけで、こちらにある程度の印象を残すことができる。

 このような「最後の発言」は、会議の場ではさらに印象が強い。

 上記の本には、会議で使える「最後の発言」のテクニックが載っています。

 たとえば、「最後にひとこと言っておきたいのですが」と、それまでの発言を考慮しながらまとめると、文句の出ようがなく、有意義な結論がでたような雰囲気になる。

 また、発言があとになるほど問題点もわかり、自分の意見も修正できる。それは参加者に「頭のよさ」となってイメージに残る。

 自分の意見とほとんど同じことを他人に先に言われてしまった場合はどうするか。

 そのときは、「いままでに、大体出尽くしたようだが」として、自分の発言にまとめてしまう。

 こうすると、まわりには一段高度な発言ととられるらしい。

 先に発言を求められたらやり過ごし、時を待つ。

 かなり技術を要すると思いますが、会議で有能さを印象づける自己表現法として本には書かれています。

 しかし、出席者の関心が低く、誰も積極的に話しをしないような場合は、なるべく早い時期に発言するのがよいそうです。

 どうしてかというと、出席者の緊張感も手伝って、印象に残りやすいから。

 そういえば、企業ドラマや時代劇の会議のシーンなんかを見ていると、主役が話すタイミングがあるんだなというのがわかります。それがちょうど、上記のケースに似ている。

 会議のテクニックばかりに走って、もっと王道を進まんかい! と言われそうですね。

 もちろん、独創的なすぐれたアイデアや問題解決の方法を提案するのを否定するつもりはありません。

 しかし、せっかく素晴らしい意見やアイデアがあるならなおさら、効果的なタイミングで発言し、皆にアピールするテクニックは必要だと思いますよ。

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会議の場で有能さを印象づける法

 こんにちは。

 14日の日記で、上司に仕事の報告をするときは、結論からまず伝えると「キレる奴だ」という印象を強められると書きました。

 そしてそれは会議の場でも同じ、と言ったところで終わってしまったのでしたね。

 確かに、だらだらと前置きばかり長い報告をすると、会議がだらけてしまいます。

 それだけならまだいいのですが、会議というのは、大勢の人たちが参加するケースが多い。

 長時間にわたり、大勢の人数を拘束したと、無駄話をした職員は、一気に評価を下げることになる。

有能な経営者や上司は、職員の一時間あたりのコストなんてしっかり把握していますからね。 

 以前、会議特集でも取り上げましたが、会議って、意外と能力をアピールする場において重要な面があると思うのですよ。

 仕事の現場で、大勢の人たちが一緒に論ずる機会というのは会議のほかには、そう多くないはず。

だからひとつの発言、ひとつの動作、表情が、大勢の人たちにインプットされます。

 皆が集まって平等に意見を述べる会議の場では、仕事の取り組み姿勢や企画力、表現力といった面で大きなアピールの場になりますね。

 しかし、逆に評価を大きく下げることだってある。

いつもは、それぞれ違った自分の仕事をしていますが、会議の場では、ひとつの目標に対して、誰がそれに近づく努力をしたか、誰がいいアイデアを出したかという基準で評価できるからです。

一層、会議の場での立ち居振る舞いが、一人ひとりの仕事の評価とあいまって印象に残りやすい。

 また、同じ議題を論じれば、その発言内容や考え方の違いによって、その人の能力や取り組み姿勢に優劣があることが明白になります。

いわば同じ土俵で、戦わざるをえなくなる。

 仕事の内容が悪ければあきらめもつきますが、仕事は申し分のない働きをしていても、会議の場での印象が悪いために、冷や飯を食っている人たちは結構大勢いると思いますよ。

 所詮人が人を評価するわけですから、会議の場でうまく自分をアピールするテクニックというものが存在するようです。

 逆に言えば、いくら本来の実力で自分をアピールしても、自分をうまくアピールする人のテクニックに敗れるケースだってある。

 だから会議のテクニックというのは、とても重要なのではないか、と…。

 …ということで、以前日記にも書きましたが、もう一度、会議のテクニックにこだわってみたいと思います。

今日は、会議で発言するタイミング。

 ところで、会議で一番目立つのは、どんなシーンでしょう。

 前に書いたことがありますけど、覚えていますか?

 私は忘れました。(笑)

 ここから先は、前の記事を見ながら書いていますのであしからず。

 それは、会議の最中、皆、いいアイデアが浮かばず、顔を見合わせて沈黙してしまったとき、その沈黙をさっそうと破って意見を言うシーン。

または、参加者同士の対立で会議が紛糾し、収拾がつかなくなったとき、解決の方向性を提案するシーンでしょうか。

 たとえば…

「これまでの意見をまとめてみると…」

「意見が対立しているみたいですが、問題を整理してみると、要するにこういうことですね」

「この点だけが問題で、あとは合意と考えてもいいんですか?それでは、こういうふうにしたら、いかがですか?」

 …なんて言いながら、全体の意見や方向を見極めてまとめ、調整する役目に徹する人です。

 こんなことを言うと怒られそうですが、大して発言に内容がなくても、話し合いの方向付けをする人は、結構、皆の記憶に残るのでは。

 ところで、テクニックとして、自分の発言を効果的に見せるタイミングがあるそうなんですよ。

 たとえば、意見が対立して参加者同士激しい応酬があるケース。

 こんなときは、いつ発言したら効果的か。

 それは次回。

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上司に有能さを印象づける法

 こんばんは。

 今週はちょっと忙しいので、前ふりなしでいきなり行きましょう。

 …と言っても、書き始めるとまた長くなってしまうのですが…。

 今日は「上司に有能さを印象づける法」です。

 ああ、サラリーマン当時、こういう方法を知ってればよかったんすけどねぇ。

 覆水盆に返らず…
 
 それはともかく、仕事ができないわけじゃないのに、上司からトロい奴だと思われている人って、職場にいませんか?

 別に職場に限らなくても、かまいません。やれば何でもできるのに、学校でもまわりのクラスメートから、意外と評価の低い人っていますよね。

 もちろん、仕事の段取りが悪かったり、何度も同じことを繰り返し聞いたりすることがほとんどだと思いますが、意外と上司に対する報告の仕方が悪い場合が多い。

 仕事がうまく行きそうなのか、駄目なのか。いつまでに仕事が完成するのか。

 または仕事が成功したのか、失敗か。

 前置きが長すぎて、何をいいたいのかわからないケース。

 上司が一番知りたいのは、結論ですよね。

 とにかく、人の上に立つ人は忙しいもの。

 部下の意見や見通しを聞いて、すぐ判断を下さなければならない。

 とくに最近のように情報が瞬時に伝わる時代なら、なおさらです。

 そのためにどうしてもせっかちな心理状態になる。

 昔もそうでしたが、今はとくに早く結論を知りたがると言っていいでしょう。

 それなのに、部下が結論を先送りして、だらだら不要な前置きを言う。

 こういうときは大抵、仕事がうまく行っていないときが多いですね。

 部下としては、結論を先送りして、まず言い訳を先にだらだら述べ、「ゆえに結果として駄目でした」と持って行きたい。

 でも、こういう報告の仕方だと、失敗の結果で叱られる前に、不要な前置きで貴重な時間を使うなと怒られそうです。

 それが積み重なると、信用を無くす原因となる。

 この点につき、多胡輝氏の「好印象を与える自己表現術」には以下のフレーズがあります。

● 上司に仕事の報告をするときは、結論から伝えると「キレる奴だ」という印象を強められる。

 「キレる奴」というのは、もちろん短気という意味ではなく、「できる奴」という意味。

 この本の初版は、昭和58年の9月ですが、確かこの頃は、「すぐキレる」とかいう表現はなかったはず。

 言葉の変化も時代の世相を反映しているような気がしますな。

 それはともかく、本には、仕事が失敗した場合はとくに、「失敗しました」と結論から報告したほうが、上司の印象はよくなると書かれています。

 表現の仕方は変わっても、この内容は今の時代はとくに重要ですね。

 上司は、部下のいいわけを聞きたいのではなく、仕事の結果を真っ先に知りたがっているからです。

 失敗した理由などは、あとからゆっくり報告すればいい。

 同じ失敗でも、結論を先に持ってくるか、あとにするかでその報告から受ける印象はまるで違ってくるとか。

 そういえば以前、「苦情を最小限に抑える法」というのをお送りしましたね。

 関連すると思いますので、もう一度以下に書きますと…

● 自分に不利なことは、前置きなしで、ズバリ用件に入ると、相手はそれ以上攻撃する気になれない。

 結構、この法則は、使えますよ。

 たとえば、仕事でミスったけれでもまだ上司が知らないとき。あるいは、自社の商品やサービスに問題があるのをお客さんが知る前にこちらが知ったときなどに、です。

 お客さんも上司もまだ気がついていない。しかし、発覚するのは時間の問題。運が良ければ発覚しないかもしれないが、もし隠しているのが知れたら大問題に発展しかねない事柄には有効かもしれません。

 こういうときは、下手に隠し立てせず、自首したほうがいいです。

 上司の前に背を伸ばして立ち、神妙な顔で、「申し訳ございません。実は大変な失態を犯してしまいました」とやる。すると、上司は、ただならぬ雰囲気に緊張し、「何をやったんだ」と聞く。

 この時点で上司は心の準備ができているから、何を言っても最悪の事態になることは避けられる。

 お客さんも同じです。上司と二人、菓子折りを持ってお客さんの会社や自宅へ謝りに行く。お客さんはまだ問題に気づいていないから、驚いて、「何かあったのですか?」と聞く。

 そこで、「すいません。誠に申し上げにくいのですが、実は今日伺いましたのは…」と神妙な顔で経過を説明するのです。こうまで正直に、自分の否を認め、いさぎよく謝罪に来ている人には、人間、それ以上、攻撃する気にはなれないのではないでしょうか。

 
 ちょっと今日のテーマから外れてしまいましたが、仕事の報告は結論から上司に報告することが大切。

 これは、会議の場でも同じですね。

 この点に関しては、いずれまた。

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新・普通の人が頭をよく見せるための法

 こんばんは。

 今日は一日、埼玉県のとある都市へ出かけていたので、夜の更新です。

 
 昨日、ブログに書いたのでやっと「スーパースリー」の

 ♪ラリホー ♪ラリホー ラリルレロ~ ♪ラリホー ♪ラリホー ラリルレロ♪
 
 …の耳鳴りが消えました。

 おかけで今日は少し真面目に書けそうです。 

 さて、おとといとその前、「普通の人が頭をよく見せるための法」について書きました。

 今までは会話を中心にお話しましたが、今日はおもに文章で頭のよさを印象づける方法。

 …といって、私の日記の文章を読んで全然頭よさそうに見えないじゃん、と苦情を言われても困るでござりまする。

 あくまで一般論として、多胡輝氏の「好印象を与える自己表現術」という本に書いてありますので。

 でも、元新聞記者や名文家といわれる作家の書いた文章術の本をいろいろ読みましたが、これから書くことは、いい文章を書く上において間違ってはいないと思いますよ。

 ただ私が、それらの本に書かれているコツを会得していないだけですので悪しからず。

 さて、ジタバタと見苦しく保険をかけておいて、普通の人でも頭がよく見える文章のコツを行きましょう。

 上記の本の中には、以下のフレーズがあります。

● 頭のよさを印象づけるには、文章も会話もセンテンスを短く切る。

 でも、なんか違和感がありませんか?

 大学教授の書いた論文は、意味不明にセンテンスが長い場合がありますし、芥川賞受賞作のなかには、1ページにもわたって句読点のない作品がありましたっけ。

 学術論文は読みにくさというか、崇高さがひとつの売りになっており、作家の場合は新しい表現方法を模索したのでしょうかね。

 もともと頭がいいというレッテルの貼られている人が使うのであれば、何を言っても、また何をやっても、大目に見てもらえる状況は無きにしも非ず。

 それはともかく、文章のわかりやすさを研究した実験があるそうなんですよ。

 ある4コマ漫画を何人かの人に見せ、それを文章化させた。

 そしてその文章を別な人たちに読ませて、わかりやすいものとわかりにくいものを選んでもらったそうです。

 すると、センテンスが短いほどわかりやすく、長いほどわかりにくいという結果が出たそうです。

 なぜかというと、短いセンテンスは、主語と述語が離れていないから、頭の中に入りやすい。

 しかも、文章全体のテンポが早く、歯切れもいいので、スラスラ読めるのだとか。

 だからわかりやすい文章は、読む人にさわやかさを与えると同時に、書いた人の頭のよさを印象づけるのですね。

 私がいつも、読みやすくて、物語の世界にすぐ入り込めるのが、司馬遼太郎氏の文章。

 読まれた方はおわかりだと思いますが、センテンスが非常に短く、テンポがいい。

 誰でもスラスラ読めるし、意図的に難しい漢字を使うときを除いて、ひらがなもわりと多いですね。

 偉い大学の先生の書いた小難しい論文とは対極にありますが、誰も司馬氏が頭が悪いからこんなやさしい文章しか書けないとは思わないですね。

 変に自分を偉く見せようとしない自信が文章から伝わってきます。

 これは文章だけではなく、話し言葉についても同じですね。

「~だからぁ…」とか「~ですけど、~」とか、「~でもって、~」など、ダラダラ話がつながっていくと、「一体あなた、何がいいたいの?」とさえぎって聞きたくなる。

 そのいらだちが、相手に対する不快感に転じることってありますね。

 ま、言ってる本人が、何を話しているかわからないような話し方自体、相手から頭が悪いんじゃないかというマイナスイメージを与えてしまう。

 私事で恐縮ですが、私が最初、日記に徒然なるままに書く文章は、すごくセンテンスが長いんですよ。 

 以前ふざけて日記の中で、異常にセンテンスの長い文章を書いたことがありました。そのとき、すごく楽でした。

 接続詞の「~ですが、」という形で続けるのは、すごく楽なのですね。でも、あとで読み返してみると、冗長で、だらだらした文章になっている。

 推敲はほとんど、長くなっている文章を途中で切って、短いセンテンスの文章に直す作業といっていいのかもしれません。

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続・普通の人が頭をよく見せるための法

  こんにちは。

 おとといは、話しはじめに、テーマがいくつあると断わっておくと、頭のよさを印象づけられると書きました。

 そのいくつかとして、3つの問題点、3つの解決策を例としてあげましたね。

 実はこの3つという数字。

 人間は誰でも、「3つ」という数字に、落ち着きを感じる心理作用があるそうなのです。

 たとえば、1つではなんとなく寂しい。

 2つは座りが悪い。

 それが3つになると、「3つどもえ」になって、安定感を感じさせるのだそうな。

 この点につき、多胡輝氏の「好印象を与える自己表現術」(ごま書房)には、以下のフレーズがあります。

● 要点などは、3つにまとめると、頭のいいまとめ方という印象が強くなる。

 上記の本には、その具体例として、かつて伊藤忠商事の副社長を務め、言論界でも活躍された故瀬島龍三氏のエピソードが紹介されています。

 当時、瀬島氏と会った人は例外なく、その説得力のある話し方に驚いたのだそうな。

 瀬島氏は、どんな問題についても、「それは3つの答えがあります」とか「その問題点は3つあります」と複雑な事柄も「3つ」に絞り込んでしまう。

 こうすると、複雑な問題も整理されて理解しやすくなるとか。

 また、全体のイメージもつかみやすくなる。

 しかし、「答えはこれしかない」と「1つ」に絞ると独断的な印象を与え、「2つ」ではとってつけたような感じになりやすい。

 だから、「3つ」は、人間心理の特性に訴えかけて、十分な効果を及ぼすのですな。

 さて、この3という数字。

 私の年代なら、「栄光の背番号3」をリアルタイムで見てきたから、思い入れはあるのですが、ビジネスの現場ではどうでしょう。

 おそらく、「3分間スピーチ」という言葉を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。

 これもまた、普通の人が頭をよく見せるための秘訣として使えるらしいのです。

 この点につき、さきほどの本にはまた、以下のフレーズがあります。

● 一つの用件は、3分以内に話すようにするのも、頭のいい話し方をする秘訣。

 ところで、なぜ3分が、これほどまでに重要なのか。

 多胡氏の本には、3分に相当する言葉の分量が、普通の人間がメモを使わずに話せる平均値であると書かれています。

 また、約3分が、一つのテーマを話し終えるのにちょうどいい時間でもあるらしい。

 つまり3分は、自己表現をするときにも、ひとつの区切りになる長さなのですね。

 どんな用件であれ、およその内容は3分あれば表現できるはず。

 内容のない開会のあいさつや結婚スピーチなど、無駄なことを長々と話す人って、やはり頭がいいという印象からは遠いですよね。

 スピーチや自己紹介は、聞き手があっての話。

 とりあえずひとつの用件は、3分以内で収めるよう努力することが大事ですね。

 複雑な事柄でも、スパッと要点をわかりやすく話せる人って、やはり優秀で好感が持てますよ。

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普通の人が頭をよく見せるための法

 こんにちは。

 今日は月曜日。

 一週間の始まりだし、天気もいいので、またビジネスネタをひとつ。

 学校はもちろん、家庭、ビジネスの現場、地域の人たちとのコミュニケーションをする上において、他人から頭がいいと思われて損はないと思うんですよ。

 子供に勉強をさせる上においても、親の頭がいいと子供に思われれば説得力が加わるでしょうし、ビジネスの現場においてもやはり頭のいい営業マンから商品を買いたいと思う。

 ここで最初に断わっておきますが、こんなことを書いたからといって、オイラは頭がよくないっすよ。

 銀行の新入行員時代、「体力があるのは認めるけど、お前、もうちょっと頭使って仕事しろよ」というのが上司の決まり言葉。

 当時、オイラの個人的目標は、百円硬貨の入った麻袋をいくつ持てるか、ということでした。

 一袋には、百円硬貨が四千枚、四十万円ですよ。それを右手に3つ、左手に2つ持って、階段を駆け上がる…。

 そんなことをやってみんなを驚かせて喜んでいたのだから、杉村タイゾー先生も真っ青でしょうね。

 ソロバンはできないし、数字はよく間違えるし、上司に屁理屈をこねて怒られるし…。

 ただビジネスの現場においては、いわゆる学校秀才としての頭の良さはあまり関係ないと思います。

 商談に入る前にペーパーテストをやって、80点以上取れた人と取引するなんて話は聞いたことがない。

 テストが行えないとすると相手の主観的評価で、こちらの頭の良し悪しが判断されるわけです。

 大事なのは、その人が、頭がいいかどうか、どこで他人が判断するかですね。

 さっきも言いましたように、実社会では、初対面の人にいきなりペーパーテストをやって学力を調べるわけには行きませんから、限られた条件でしか、その人を判断できない。

 わかるとしたらまず、まず会話ですね。

 とくに話がわかりやすいというのは、その人の頭のよさを印象づける重要なポイントではないでしょうか。

 わかりやすいということは、問題をしっかり把握して、わかりやすく順序だてて説明できる人だと相手に思わせる。

 私たちがテレビで解説者やコメンテイターの話を聞いてわかりやすければ、頭のいい人だなと好感を持ちますもんね。

 とすると、普通の人でも、わかりやすい話し方ができれば、頭のいい人だと相手に印象付けられるということになるかも。

 でもこれって難しい。

 ところが、これは意外と簡単なことらしいのです。多胡輝氏の「好印象を与える自己表現術」には、以下のフレーズがあります。

● 話しはじめに、テーマがいくつあると断わっておくと、頭のよさを印象づけられる。

 名前は忘れましたが、テレビでよく見かける大学教授が、司会者から質問を投げかけられると、これと同じような対応の仕方をしますね。

 たとえば…

「今、おっしゃられたことに関して、私は3つの問題点があると思うんですよ。まずその第一点はですね。…」

 また、国会や街頭演説で、論客として知られるある政治家もこんな話し方をしていました。

「皆さん。今日私が訴えたいことは3つあります。是非、この3つのテーマは、じっくり考えて欲しいのです。そのひとつは…」

 上記の2人とも、頭がいいという感じを受けませんか? 少なくとも悪いという印象は受けないはずです。

 共通するのは、テーマがいくつあると断わって、それぞれのテーマの大雑把な説明をする点。

 なぜ、この話し方が効果的かというと、聞き手にとって、あらかじめ相手が話すことの全体像をつかんでおくことができるからだそうです。

 つまり、話を聞きながら、次の展開の見通しがつけられるんですね。そうした心の準備をしたうえで話を聞くのだから、自然と話がわかりやすくなる。

 最初にテーマを示すことで、聞き手の方で勝手に話をわかりやすく解釈して聞いてくれるとも言えますね。

 本には、相手の能力を借りて、自分の頭のよさを印象づける方法と書いてあります。

 私もこの方法はクリニックの事務長をしていた頃、使ったことがあります。

 別に頭のよさを印象づける云々は別にして、話を単純にしてわかりやすくする上においてですよ。

 医師や看護師、リハビリ担当者、事務職員、それぞれの立場から主張を繰り返して、物事が紛糾することがよくありました。

 そのとき、こんなことを言って、ぐちゃぐちゃになった問題点を整理することがあります。

「みなさん、それぞれの立場があるのはわかります。ただ、問題点を整理してみると、要は次のことを解決できればいいわけですよね。それでは私がそれに対する解決策を3つあげますから、その中から選んでください。そのひとつは…」

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大きなことをお客さんに引き受けさせる法

 こんにちは。

 昨日まで、東京モーターショーや脳卒中についての話題をお送りしました。

 今日は久しぶりにビジネスネタ。

 …と思って、前回のブログを見たら、重大な事実を発見。

 なんと10月27日(木)に、思わせぶりに問題を出したまま、すっかり忘れているではありませんか。

 今日が始めての方は申し訳ございません。まず、前回のこちらの記事をご覧ください。

  東京モーターショーへ行ってうかれていたら、大変な失態を犯してしまいました。深くお詫び申し上げます。

 さて、遅ればせながら今日は27日のブログの続きです。 

さて、先日の回答ですが、あなたの家の家庭用品を、戸棚、押入れ、倉庫まで見せてくださいといった依頼に対して、引き受けたのは、驚いたことに52.8パーセントにのぼったそうです。

ところが、第一の電話を省略し、いきなり第二の電話の趣旨で依頼した場合は、22.2パーセントしか引き受けてはいなかったといいます。

この数字でも、今の日本では考えられませんね。

第一の電話でも、「結構です」といってほとんどの人が電話を切ってしまったと思います。

この本の初版が昭和47年で、実験はそのかなり前にあったのでしょう。

昔は電話セールスでも飛び込み訪問でも、断わり方に人情味があったと、ある会社の営業マンはぼやいていましたっけ。

昔と今の成功率の比較はともかくとして、実験の結果は、人に物を頼むときは、まず小さなことから頼むと成功率が高くなることを示していますね。

昨日、お客さんに大きな取引をお願いする前に、まず銀行口座を開いてもらうことが先決であると書きました。

いったん相手に引き受けさせて、それから徐々に、要求を引き上げていくといいわけですね。

いきなり大きなことを頼んでは、相手もなかなか引き受けにくいので、簡単に断わられてしまうからです。

しつこいようですが、同じような実験がカリフォルニアのある町で行われたのですよ。

これは、「カリフォルニアを美しくしよう」というキャンペーン広告を、庭先に出させてくれという依頼を、2つのグループに行ったもの。

第一のグループは、最初は小さな広告を、ついで家が見えなくなるほど大きな広告を庭に出させて欲しいと依頼した。

そして第二のグループには、いきなり、家が見えなくなるほどの大きな広告を持ち込んで、お宅の庭先に出させて欲しいと頼んだのです。

結果は、第一のグループの76パーセントがこの依頼を引き受けたのに対して、第二のグループでは17パーセントしか引き受け手がなかったそうです。

以上は、営業サイドから見た大きなことを顧客に引き受けさせることのメリットですが、逆に消費者の立場としたら気をつけなければいけない心理法則ですね。

たとえば、詐欺師などは、この心理法則を実にたくみに利用します。

お人好しの人を見つけると、「銀行からお金を下ろすのを忘れちゃったんで、1万円貸してもらえませんか?明日必ず返しますから」と言って近づく。

まったく見ず知らずの人ならいざ知らず、少しでも面識がある人からこう言われたら、なかなか断われませんよね。1万円くらいなくなってもたかが知れているし。

それで1万円を貸すと、次の日、その詐欺師はきちんとお金を持って返しに来る。

別の日に2万円貸してくれと言ってくる。それを貸すと次の日にまた律儀に返却する。

そういうことが何度か続き、詐欺師は信用ができたと実感したとき、100万円貸してくれと言ってくる。

額は多いけれど、いつものようにお金はすぐ返してくれるだろうと安心して貸すと、ドロンてなことは実社会では珍しいことではありません。

この場合も、最初から100万円貸してくれと大きなことを相手に引き受けさせようとすれば、誰も気軽に貸さなかったと思います。

まず小さな依頼を繰り返し、いったん相手に引き受けさせて、それから徐々に、要求を引き上げていくというわけです。

今でも、皆様方のもとに毎日、このような心理法則のわなが仕掛けられているかもしれません。

もう一度、客観的な視点で、見直してみることも大事だと思いますよ。

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大きなことを相手に引き受けさせる法

 こんにちは。

 昨日また図書館へ行って、CD枚と本を3冊借りてきました。

 借りたのは、「山口百恵ベストセレクション2」と「昭和歌謡歌合戦 昭和50年代編」と司馬遼太郎の「胡蝶の夢」が3冊。

 今日はなかなかいいセレクションで借りられましたね~。

 でもなんか最近、CDも本も、昭和レトロばっかし借りているような気がする。

 ホントは、ヒッキー(ちなみに宇多田 ヒカル)やZONEなども借りたいのだけれど、いつも借りられている。

 予約すればいいのですが、ヒッキーはまだしもZONEを予約するのは少し恥ずかしい。

 次善の策としての山口百恵でしたが、聞いてみるとやはりいいですね。

 さすがに一世を風靡した歌手だけのことはあります。

 歌ごとに自分のキャラクターを見事に変えられるのは、美空ひばりと山口百恵が双璧じゃないですか。

 私は、有名な「プレイバックpart2」や「いい日旅立ち」、「秋桜」よりも、「乙女座宮」や「しなやかに歌って」のようなスローバラードのような曲の方が好きです。

 でも、「美・サイレント」もいいかな。

 それから、「昭和歌謡歌合戦 昭和50年代編」も懐かしい名曲がいっぱい入っていてこれがまたいいんですよ。

 このまま続けると今日はこの話題だけで終わりそうなので、音楽ネタはまたいずれさせていただくとして、今日もビジネスネタ。

 今日は「大きなことを相手に引き受けさせる法」。

 なんか怪しいタイトルになってしまいましたが…。

 ところで、大きなことを引き受けさせるといってまず思いつくのは、ビジネスの現場だったら、新規のお客さんにいきなり億単位の取引をお願いする場合でしょうか。

 営業をされたことのある方なら、もちろんお分かりですよね。億単位ほど大きくなくても、今まで見ず知らずのお客さんと取引をしてもらうだけでも大変。

 第一飛び込み訪問で行っても、最初から実権者にあうことはまず不可能といっていいでしょう。

 私事で恐縮ですが、私が銀行にいたときもそうでした。

 銀行員だからといって、見ず知らずの会社にいきなり、数億円の融資をお願いしても、なかなか首を縦に振ってもらえない。

 …というより、ありえない。

 当然、相手の会社にも取引銀行があり、優良先だったら頻繁に営業係が出入りしているでしょうから、いまさら何しに来たのという感じで、適当にあしらわれる。

 個人のお客さんもそうでしたね。

 いくらお金持ちで、1億円の定期預金をするだけのお金があるからといって、時代劇のセットのような豪邸のインターフォンを押しても、「うちは決まったところがあるから結構です」と断わられ続ける。

 そういう場合、会社でも個人でも、いくらでも結構ですから、1万円で口座だけでも作っていただけませんか?とお願いすると、意外と、それくらいで納得するならまあいいかと当時は作ってもらえました。

 今はどうだかわかりませんよ。

 それはともかく、口座さえ作ってもらえれば、大きい小さいは別として、もう新規先ではありませんね。既取引先として、少なくとも次回は通帳の返却に大手を振るって訪問できる。

 私は、これから大きなことをお願いしようと思っているお客さんに通帳を作ってもらったら、支店長にお願いしてお礼訪問をしました。

 それから少し粗品なんかも奮発して。

 たかが1万円で口座を作ったくらいで支店長がお礼に来るのですから、お客さんは恐縮しますね。

 それが契機となって、取引が大きく発展した顧客も少なくありません。

 しかし、口座を作ってもらえなければ、支店長と一緒に訪問する口実は作れなかった。

 いわば、通帳を作るという小さなことが、大きなことをお願いする契機となったのですね。

 この点につき、いつもお世話になっている多胡輝氏の「言葉の心理作戦」には、以下の記述があります。

● 大きなことを引き受けさせるには、小さなことから頼むのがよい。

 本には、スタンフォード大学の心理学者の野外実験が紹介されています。

 まず、実験者から無作為に主婦に対して、次のような電話をかける。

「カリフォルニアの消費者グループの者ですが、ある本に載せるため、あなたの家の家庭用品についていくつか質問に答えて欲しいのですが」

 主婦のOKが出ると、「台所でどんな石鹸を使っているか」といった簡単な質問状が郵送される。

 そして、それから数日あと、実験者から再び、次のような依頼の電話がその主婦にかけられる。

「先日はありがとうございました。実は調査を拡大することになり、近々、スタッフを5,6人ばかり、2時間ほどお邪魔させていただきたいのですが。お宅がお持ちになっているあらゆる家庭用品について、情報を提供してほしいのです。その際、戸棚、押入れ、倉庫なども、自由に見せてやってください」

 いかがですか?

 自分の家の中の家庭用品すべてを白日のもとにさらけだす、という突拍子もない依頼。

 これこそ、大きなことを相手に引き受けさせることになりますね。

 ところで、この申し出をいったい何パーセントの主婦が受けたと思いますか?

 また長くなりそうなので、この続きはまた次回。

 

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押し付けを感じさせずに、相手を説得する法

 こんにちは。

 昨日の夜は、ある食品メーカーの試食会に参加しました。

 メインデッシュは、正月用のおせち弁当。

 これがおいしかった~♪

 赤飯があたたかくて、香りが良くて、噛めば噛むほど甘みがまして、これならおかずがなくてもおいしく食べられるますよ。

 しかも、エビ、サトイモの煮付け、玉子焼き、黒豆などのおせちの定番メニューがおかずにどっさり。

 どれも口に入れると、溶けてしまうぐらいやわらか~い♪

 こんな盛りだくさんの弁当が、お手ごろ価格で今年の冬は店頭に並ぶのだそうな。

 ラッキー~♪と思っていたら、今度は、天ぷらそばの試食です。

 ファストフードのそばと言っても、最近はバカにできませんな。

 この食感は、どう見ても、手打ち風。ほんのり蕎麦の香りが漂って、すっかりファンになりました。

 この大手食品チェーン店は、いつも試食会を開いて、お客さんの不満点を徹底的に聞き取り、新商品開発にダイレクトにつなげようとする。

 営業力やマーケティング力があるのはもちろんですが、やはり顧客第一主義を貫いている企業は強い。

 ただで一食分を浮かせることができた恩義を深く感じ、ビジベンは強くそう思うのでありました。

 ところで、ここからが今日の本題。

  少し前になってしまいましたが、圧倒的自民党の勝利で終わった今回の衆議院選。

 今後の関心は、造反議員の罰則、改造内閣や自民党の人事に移りつつあるそうな。

  それにしても、今回の衆議院選挙の結果は、いろんなところで分析されているみたいですが、争点を、郵政民営化、是か非か、に絞ったことが大きな勝因なのは異論のないところだと思います。

 また引用させていただいて恐縮ですが、多胡輝氏の本の中に、「迷っている客を獲得するトリック」というのがあるのですよ。

 これは、お客さんの目の前に多くの商品を並べ、「何を」「どれを」選ぶか聞くのではなく、「どちらを」選ぶか聞くほうが効果があがるというもの。

 この質問の仕方は、お客さんと店員の間に、すでに商品を買うという前提が成り立っていて、その上で商品を選びましょうというニュアンスが含まれているからです。

 これを「迷っている有権者を獲得する」と言い換えれば、なんとなく今回の結果も予想できる。

 郵政民営化、賛成か、反対か、どちらを選びますか? と聞けば、もう選択肢は限定されますよね。

 他の党は、多くの選挙公約を掲げ、「何を」「どれを」とやってしまった。

 当然焦点はぼやけ、アピール度で自民党の後塵を拝することになったのでしょう。

 さて、もしもですよ。

 国民に対して、こういう形で自民党が選挙に望まなかったらどうなっていたか。

 たとえば、「政治改革を進める方法は、郵政民営化しかない」とか、「郵政民営化を進めるには自民党が政権を取るしかない」といったように、断定的な訴え方をしたらどうでしょうか。

 かつてこういう訴え方で選挙に臨んだ自民党の政権もありました。

 しかし、ほとんどが敗北し、政権交代を余儀なくされたのは記憶に新しいところです。

 これら敗北した政権は、得てして、断定的な訴え方をした場合が多いですね。

 この点について、多胡輝氏の「人間心理の落とし穴」には、以下のフレーズがあります。

● 人は、選択の余地のない形で一方的に行われる説得に対しては、その内容には同意できていても、拒絶しようとする傾向がある。

説得が成功するかどうかは、受け手にどれだけの選択の余地が残されているかにもかかっていると言われます。

「~しかない」と言った一種の押し付けによる説得の仕方は、受け手にほとんど選択の余地が残されていませんね。

たとえその内容が、さほど反対のものでなくとも、拒絶反応を起こしがちだとか。

かつて、アメリカの世論調査機関が、自分の国の政策の支持率を調べてみたそうです。

たとえば、ある政党が掲げる政治スローガンをその政党の支持者になんのコメントもつけずに読ませた場合では、ほとんどの人がその政策を支持したとか。

ところが、この政策は当然支持すべきであるという簡単なコメントをつけたそうなんですよ。

すると、その政策の支持率はぐんと下がったそうです。

これは政党の支持率の調査ですが、家庭にも当てはまりますね。

自分の子供に対して、「勉強すべきだ」「勉強するしかない」と親が言ったとすると、支持率が下がるばかりではなく、反対票を投じられる可能性もあるわけです。

やはり選択肢の余地のない言い方ですから、勉強することに同意はできても、拒絶してしまうんですね。

説得というのは、最終的には自分の行動や考えを相手に受け入れさせるのが目的です。

やはりそういった反感を買いやすい言い方ではなく、うまく自分の言い分を相手に受け入れてもらえる言い方をとるべきだと思います。

その意味でも、今回の選挙でとった小泉政権の方法はうまいですね。

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難しいことを言うお客さんに対処する法

 こんにちは。

 昨日の夜からずっと、パソコンというか、ネットの接続の調子がよくないのです。

 ホームページから別のページに飛べなかったり、メール送信ができなかったり。

 でも、まったく駄目かというとそうでもなくて、3回に1回は成功するから始末が悪い。

 だから今日は朝から、ネットがらみの仕事はいつもの3倍も時間がかかっています。

 ネット接続の問題だと思うのですが、同じプロバイダの人に聞いても、別にどこもおかしくないと言うし…。

 仕方ない。もう少し様子を見てみます。

 ところでこんな状況なのになんですが、今日からまた、久々に初心に帰ってビジネスネタを続けようと思います。

 さて、前回のビジネスネタの記事は、10月 7日 (金)でした。

 ロバート・コンクリン(ゆうこりんじゃないですよ ←しつこい)というトップセールスマンの書いた『説得力』の中から、「確実にセールスに成功する法」をご紹介しましたね。

 著者は不動産会社のセールスマンをしていた頃、お客さんと売りに出ている家を一緒にまわって営業したのだそうです。

 そのとき、お客さんのニーズを聞き出す、もっとも効果的なセールストークが「どうしてこの家をお買いにならないのです」というフレーズだったとか。


 確かにこの質問をして、お客さんが答えてくれた内容を徹底的に聞くことはとても大切なことだと思います。

 そして、そのニーズを満たす対応策を、お客さんと一緒に徹底的に考えてあげる。

 このポリシーは、いま流行の「提案営業」にも通じるものがあるんじゃないでしょうか。

 自分の例で言うと、やはり使えますよ、この方法は。

 さんざん営業して、お客さんが迷っているとき使うと結構グーです。

 困ったちゃんのような顔をして少し笑いながら言うと、大抵のお客さんは迷っている理由を言ってくれます。

 そこで、「ああ、なるほど。確かにおっしゃる通りですね」と言って、大げさにうなづき、「大変参考になります。もっとお聞かせいただけませんか」とさらに促します。

 重要なのは、すぐ反論せず、いったん相手の意見をすべて受け入れること。

 この点につき、多胡輝氏の「人間心理の落とし穴」には、以下のフレーズがあります。

● 人はいったん自分の主張が全面的に受け入れられると、最後には自分の主張を捨て、相手の主張を認めやすくなる。

 そのことを念頭に、うまく相槌をうちながら神妙な顔をして聞き入っていると、とうとう本音を話してくれます。

「買ってもいいけど、この点がネック」とか「買いたいんだけど、ずっと昔このメーカーの別の製品が故障して困ったことがある」など。

 このあたりの本音は、もうバイイングポイントに直結していますよ。その部分さえクリアできれば、もう買っていただけたも同然。

 持てる営業能力のすべてをその部分に注ぎ込み、一気にお買い上げに持っていくことも可能です。

 
 つまり難しいことを言うお客さんには、次の点を念頭に入れ、交渉してみてはいかがでしょうか。

 まず、お客さんの言い分を、徹底的に聞く。そして、その言い分をいったん全面的に認める。

 そして、お客さんが言いたいことをすべて言い終わってから、お客さんの言ったことは確かに一面では真理であること。しかし、他にもまた別の審理がるのではないかと問いかけていくことがうまく交渉する秘訣ですね。

 実は、この方法。

 「容認」という心理カウンセリングと同じ手法らしいのです。

 相手の言い分がどんなに非合理、非道徳的であっても、いったん全面的に認めてしまう。

 すると相手は、自分が尊重されている、敬意を払われている、評価されていると感じ、心を開いてくれるそうな。

 人間は、最初にいったん自分の主張が全面的に認められると、最終的には自分の主張を捨て、逆に自分の主張を受け入れるようにもなってくると言います。

 そうなってくれればしめたもの。相手は、こちらの言うことに耳を傾ける余裕が生まれるというわけです。

 優秀な営業マンは、自然とこのテクニックを会得していることになりますね。

 まずお客さんに話させ、お客さんを受け入れるところから全てをはじめることが多い。

 まさに、話し上手は聞き上手。

 優秀な営業マンは、優秀な心理学者といわれる所以です。

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文句を言うお客さんが上客といわれる理由

  こんにちは。

 いろいろお見舞いの言葉をいただきましてありがとうございます。

 おかげさまで昨日よりは調子がいいみたい。

 今日の昼は、いつもさんま定食を食べる食堂の親父と目が合ったのですが、無視してそば屋へ。

 今週は昼、とろろそばととろろうどんばっかり食べているのです。

 とろろは胃にいいと聞いたことがありますので。

 食堂の親父は、「いつもサービスしているのに、冷たい奴」と思っているかもしれませんね。

 現在、回復率60パーセントなので、早く小骨ごとさんまを食べられるようになりたいですねぇ。

 しかも今日、横目で見たら、店のウインドウに広島産のかき入荷と書いてありました。

 かきフライ定食もいい!!

 …食欲はあるんだけどな。

 

 さて、ここからが今日の本題。

 以前、私のブログで、「苦情処理でお客さんをファンにする法」というのを取り上げたことがありました。

 多少重複するかもしれませんが、とても大事なところだと思いますので、再び触れたいと思います。

 さて、ベテランの営業マンや販売員といわれる人たちでも、困ってしまうお客さんは、どんなタイプでしょうか。

 私も経験ありますが、一番困るタイプのお客さんは、無視するタイプ。それから、のらりくらりと本心を明かさずに反対するお客さんですね。

 こういうタイプのお客さんは、商品に対して大きな主張や意見を持っていない場合が多い。だから何を言っても、暖簾に腕押し。

もちろん、理由がインサイドワークに長けているというお客さんもいますけど…。

 駄目なら駄目でいいんですよ。他へ行くから。

 中途半端な状態で、ズルズル時間を取られてしまうのは一番困りますね。

 営業で大切なのは、お客さんのニーズを見極めること。そして時間をかけてもお願いすれば、買ってくれるお客さんかどうか見極めること。

 営業マンにとって、買う理由を探ることは大事ですが、買わない理由を早急に知ることもまた重要ですね。

 その辺りの見極めが、有能な営業マンかどうかの分岐点の一つになると思います。

 これに対して、何かとケチをつけたり、理屈をつけて反対したりしてくるお客さんはどうでしょう。

 一見、大きな声で反対しているわけですから無理かと思いきや、意外と説得しやすいのです。

 営業の糸口がつかめないで、のらりくらりと時間ばっかりかかるお客さんより、少なくともつかみどころがありますから。

 なぜ、お客さんはこの商品を買わないかがわかれば、いかようにも戦略が立てられるのです。

 そういえば以前、ブログで、「確実にセールスに成功する法」というのを取り上げました。

 これは別に私が言ったのではなく、ロバート・コンクリン(ゆうこりんじゃないですよ)というトップセールスマンの書いた『説得力』という本の中で紹介されている方法です。

 再登場になりますが、お読みになっていない方が多いと思いますので、述べさせていただきます。

 これはロバート・コンクリンの成功体験から導き出されたひとつのノウハウですね。

 著者は不動産会社のセールスマンをしていた頃、お客さんと売りに出ている家を一緒にまわって営業したのだそうです。

そのとき、お客さんのニーズを聞き出す、もっとも効果的なセールストークが次のフレーズだったとか。

●「どうしてこの家をお買いにならないのです」

 なんじゃこれは、と思われる方もいるかもしれませんね。でもよく考えてみると、お客さんを前にして、こういう質問の仕方をする営業マンは多くないと思います。

 一番多いのは恐らく、「この家をお買いになりますか?」という問いかけでしょう。もちろんこんなストレートに聞くことはないでしょうが、大体このバリエーションの中で営業している。いわば想定の範囲内。

 この本の中で著者は、こういう聞き方は、「はい」か「いいえ」の答えしか引き出せないと言っています。すなわち、それだけではお客さんのニーズがどこにあるのかわからない。

 ところが、「どうしてこの家をお買いにならないのです」という聞き方は、相手の感情と思考、そしてお客さんのその家に対する正直な感想に対して直接訴えかけている。

 …と、言うんですな。そして、この聞き方は、さわやかで、誠実で、そして具体的な頼み方であるとも書かれています。

 同じ方法を他の不動産会社の営業マンに伝授したところ、一年間で成果が三倍になったとか。また、生命保険の営業マンもこの質問でお客さんのニーズを聞き出してセールスしたところ、大成功を収めたそうです。

 逆に言うと、いかに営業マンは、お客さんのニーズがどこにあるか知らないまま営業しているということかもしれませんね。

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口コミや一部矛盾した情報が信じられやすい理由

 こんにちは。  

 相変わらず胃の調子がよくないので、昨日仕事帰りにマツキヨに寄って胃薬を買いました。

 家に帰って夕食後それを飲み、ついでに家にあった腸の薬も飲んだのですよ。  

 これで、胃腸は完璧。  

 ところが、寝ているとどうも胃の辺りがちくちく痛む。まあ、我慢できないほどではなかったので、そのまま眠りました。  

 朝食後、また胃と腸の薬をそれぞれ飲んだのですが、またちくちく痛み出す。  

 それでもそのまま事務所へ行って仕事をし、昼食後、また薬を飲まなきゃと胃薬を飲みました。  

 それから腸の薬も、と思って箱を開けようとしたら、中から説明書が落ちたのです。  

 手にとって、なにげに見たら、次の文言が目に飛び込んできました。

「本剤を服用している間は、次の医薬品を服用しないこと。 胃腸鎮痛薬  

…守らないと現在の症状が悪化したり、副作用が起こりやすくなります。」  

 がぁぁぁぁぁぁぁぁ~ん。  

 二つの薬を飲んだ後の、あの胃がちくちくする痛みは、このせいだったのでしょうか。  

 胃の薬を飲んで胃が痛くなるなんて…。  

 飲みなれている薬でも、ちゃんと説明書は読まねばならないという教訓を得ました。  

 しかし、このままだと長生きできないだろう。私は…。

 それはともかく、今日は「私の仕事に役立った心理法則」の実質1回目ですね。  

 今はあまりやっていないのですが、会社の創業当時のメインの仕事は営業代行でした。

 どの中小企業も、扱っている商品やサービスは、大企業と比べそれほど劣っていないのですよ。  

 やはり大きく差が開いているのが、営業力。  

 大企業と比べると、個々の営業マンの能力の差ももちろんあるかもしれません。  

 しかし一番大きな違いは企業のブランド力ですね。  

 どんなにいい商品を中小企業が作っても、信用という面で大丈夫なのかな、とお客さんはたたらを踏む。  

 それを使ってもらえば、わかるんですけどね。  

 その垣根を越えるまでが大変。  

 そこで、新商品や新サービスの販売促進をお手伝いしようと考えたのです。  

 その具体的な事例はいずれ書かせていただく機会もあるかもしれませんが、今日はどんな心理法則が役立ったかというお話。  

 新商品や新サービスですから、お客さん自体それを使った経験がない。  

 人間誰でも、自分の経験的知識のない新しい行動を起こす際、慎重にならざるを得ないですよね。  

 つまり営業マンの理屈に対して疑い深くなっている。  

 だから、最初は売れない。でも最初売れないだけならまだいいんです。  

 最初どころかずっと売れないまま、在庫をかかえて倒産する会社がいかに多いことか。

 こういう場合、営業マンは商品のメリットだけを徹底的に主張してお客さんの関心を惹こうとする。  

 たとえば、うまいことずくめで隙のないセールストーク。商品のマイナス面など露ほども感じさせない完璧な論理で…。  

 どうしてそんなことがわかるのかというと、営業代行を依頼しようとするクライアントがそういう形で、私に自分の商品やサービスを説明しようとするからです。  

 自分で言うのもなんですが、オイラ、結構その面では疑い深い。 「これは絶対、売れる」と言い張る社長さんは、宗教のごとく売れると信じきっているのです。  

 そんなに売れるなら自分で売ればいいのに…なんてことは思っても口には出しませんが、そう思いたくなってくる。

「逆に、実はこの部分が少しネックなのですが、それさえクリアできれば客観的にみて行けるんじゃないかと思います」という説明のされ方だと、ほぅと思わず身を乗り出していろいろ質問したくなってきます。  

 どうしてなんでしょうね。  

 ここで、それに関連する多胡輝氏の心理法則をご紹介しましょう。

● 人は、完璧な論理よりも、一部に矛盾を持つ論理のほうを信じやすい。  

 たとえば、デパートやスーパーなどでよくやっている「キズもの大処分セール」。  

 私は自慢じゃありませんが、A型気質で、買い物に対しては慎重なほうです。  

 たとえば先日、ウォーキングシューズを買おうと思いたってから、毎日、帰りにいろいろな靴屋をまわったり、チラシを眺めたりして吟味しつくしました。    

 結局買ったのは、近所の靴屋で見て買おうと思っていた商品が、イトーヨーカ堂で20パーセント引きで売っていたのを目にしたから。    

 電車賃まで払って買いに行ったのですから、筋金入りです。(← せこい!!)  

 そんな私でも衝動買いすることがたまにあるのですよ。  

 それは、上記の「傷もの半額セール」。なんと、○万円もする腕時計をついで買いしてしまいました。  

 この場合も、傷ものという一部矛盾を持つ論理のほうを信じたからだと思います。  

 なんか魅力ありますよね。安くても、その理由がしっかりしていれば安心できるというか。

 ここにも多胡輝氏の心理法則がありますよ。

● 人は、「傷もの大処分」というようなマイナスの意味を盛り込んだ言葉に機を引かれやすく、購買意欲をそそられてしまう。  

 この心理法則は、新商品や新サービスなどで疑い深くなっているお客さんを説得する手段として大きく活用できました。  

 自分の売る商品のメリットばかりを強調せずに、さりげなく一箇所、デメリットも付け加えておくのです。  

 もちろん商品購入における致命的なデメリットは逆効果で、取るに足らないようなデメリットを。  

 そうすると、営業マンのセールストークに信頼性が生まれるんですね。または客観性といったらいいでしょうか。  

 そこから信頼され、購入に結びついた事例は結構ありました。

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私の仕事に役立った心理法則

 こんにちは。

 今日は朝から雨が降り続いていますね。

 急に寒くなったみたいで、なんと朝、マフラーを巻いて歩いている人を発見。

 髪は茶髪、コートの襟をたて、めがねをかけてニッコリ微笑んでいる。

 ???

 いくらなんでも、もう古いだろう。その格好は…。

 しかも、顔はペ・ヨン様ではなく、林家ペー様だし。

 誰も、彼と目を合わさないように行き過ぎてゆく姿が印象的でした。

 今年の冬も、「冬ソナルック」を着て歩く、カップルがいるのでしょうか。

 先日まで「人をやる気にさせる法」シリーズを長々とお送りしました。

 正直、結構きつかったっす。  

 文章を書くのは好きなので、毎日書くのはそれほど苦にならないんですけどね。 きつかったのは大量にある文献の中から、「人をやる気にさせる」部分を抽出すること。  

 文献は、ご存知のように多胡輝氏の心理学シリーズです。

 具体的に本の名前を挙げさせていただきますと、「心理トリック」「言葉の心理作戦」「深層説得術」「好印象を与える自己表現術」「人間心理の落とし穴」「悪の心理術」の6冊。

 今まで私の記事をご覧いただいた方はおわかりかもしれませんが、多胡輝氏の著作をテーマにさせていただいたものが多い…、というよりこればっか。

 もちろん実際読んだ本は、さまざまなジャンルに渡っています。かなりビジネスに使える本も多いのですが、ちょっと専門分野に偏りすぎている。

 ブログをお読みになる方によってはつまらない部分もあるかと思いまして、最大公約数の方々のニーズを満たすと思われる部分を今までお送りしていました。

 私がもともとビジネス書を大量に読んだ一番の理由は、「お金をかけずに新しいお客さんをどうやって開拓するか」というテーマです。

 いわゆる新規顧客の開拓。

 当時は、もちろん今みたいにインターネットはありません。

 携帯電話が出始めの頃で、約8万円出して、昔の黒電話の受話器みたいなケータイを買ったのです。とにかく電池のもちが悪くて大変でした。

 長くても10時間ぐらいしかもたないんですよ。

 たまに通話中に切れたりして、公衆電話へ走ったものです。

 しかも機能は通話だけ。

 そんな時代だったから、パソコンもごく限られた人たちが持っていたと思います。

 当然、ホームページもなくメルマガもない。

 だから新しいお客さんを開拓するには、思いっきりアナログの手段しかなかった。

 今はまず、インターネットでホームページを作るというのが最初ですよね。もちろん作っただけでお客さんを開拓できるかといえば、そんな甘いもんじゃないと思います。

 しかし、投下する資金はそれほど多くなくてすむ。とりあえずネットでやってみて反響があるのか、ないのかぐらいの予測はつく。

 言い換えれば、昔に比べて、新商品や新サービスの将来性について簡単なアウトラインは予測しやすいと言えるのかもしれません。

 もちろんマーケティングの専門家に言わせれば、そんなもんじゃないという答えは返ってくると思いますけど…。

 それはともかく、ネットを除けば、お金をかけずに顧客の反応を見る手段としてまず考えられるのが、ダイレクトメールやチラシのポスティング、飛び込み訪問といったところでしょうか。

 私も創業当時、上記3つの方法を中心にいろいろなやり方を試してみました。

 失敗した経験も数多くありますが、今ここでこうして細々と会社をやっていられるのも、成功した販売促進法があったからですね。

 いずれ、「チラシ5000枚で、10年間生きてゆく法」とか、今やカリスマコンサルタントになられた神田昌典氏とのコラボレーションの経験とか、気が向いたら書いていきたいと思います。

 資料をまとめるのが大変なので、まだまだ先になりそうですが…。

 ところで、どこまで行きましたっけ。

 そうそう多胡輝氏の心理学シリーズの話。

 果たしてこれらはビジネス書か。…という疑問もありますが、私にとってそんじょそこらのビジネス書より役立ったのだから、ビジネス書でしょ! …と、勝手に言い張ってます。

 それはともかく、昔お世話になった上記の本をざっと読み返してみたんですよ。

 結構忘れている項目もあって、あの仕事のときはこれを参考にしたんだっけなとノスタルジックな気分にもなりました。

 だけど、テーマを決めてしまうと、そこからはみ出した部分は書きづらい。(でも、結構書いてますけどね)

 …ということで、これから当分は、アトランダムに「私の仕事に役立った心理法則」というテーマでお送りしたいと思います。

 あっ、でもやっぱり、これも「テーマ」だった。

 ということで、支離滅裂になりましたが、明日からまた新シリーズで行きます。

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子どもの成績をあげる法

  こんにちは。

 昨日の夜は久しぶりに、懇意にさせていただいている、病院の院長先生や医療法人の理事さんたちから、六本木のお寿司屋さんでごちそうになりました。

 味自慢の老舗のお寿司屋さんですから、おいしいのなんの。

 松屋や吉野家を中心に、ファストフードばっかりの私としては、涙をこらえつつ、その味を堪能しました。

 ところで私を除けば、お三方は、職員数百人を越える組織のリーダーです。

 さぞ、シリアスな極秘会談が行われたと思いきや…

 そんなこと全然なくて、終始一貫して冗談ばかり。

 それも、わははは、ではなく、ぎゃはっはっはっは~ という感じで。

 それぞれ、ジョークのセンスにかけては一歩もひかないと自負していますから、次々と争って面白いことを言い、最後は笑いすぎてあごが外れそうになりました。

 …いまだにあごの骨が痛い。

 それにしても、本当に偉い方というのは、気取らず、愛想がよく、ユーモアのセンスが抜群で、思いやりがあって、謙虚で、腰が低いですね。少しほめすぎかな~。

 とくに院長先生は、学会の要職にありながら、テレビで病気のコメンテイターも勤められる有名人です。

「実るほど頭をたれる稲穂かな」というフレーズがぴったり当てはまる人ですね。

 人徳というのは、とても重たいものですから、たくさん持っている人はその重さで、腰が低く謙虚になってゆくのかなと感じました。

 昨日依頼されたお仕事も、しっかり頑張らねば。

 さて、ここからが今日の本題。

私のブログの読者の方には、お子さんをお持ちの方も大勢いらっしゃると思います。

また将来、お子さんをお持ちになる予定の方も。

私がいつも引用させていただいている、多胡輝氏の心理学シリーズの中に、「子どもの成績がよくなかったとき、反省して発奮させる方法」みたいな部分があるんですよ。

確かに仰るとおりと思われるので、ご紹介しましょうか。

昨日の「人を発奮させる法」とも大いに関係するところですので。

さて、ここで問題。

もしあなたが、自分の子どもの通信簿が、前の学期よりも悪かったとき、子どもに対してどんな態度をとるでしょうか。

やはり普通の親は、子ども可愛さのあまり叱るでしょうね。

「勉強しなさいと言っているのに、いつも遅くまでテレビゲームばっかりやっているからこんなことになるのよ。もうテレビゲームは当分禁止。来学期、成績があがるまで預かっておきます」

 こういう叱り方をする親は、結構多いのではないかと思います。

 でもねぇ。テレビゲームがなくなったからといって、今の時代、子どもは遊ぶツールには全然困らない。

 漫画はあるし、携帯用のゲームもあるし、ネットだってできるし…。

 果たして子どもたちは、親の期待通り、発奮してよい成績をとれるかどうかビミョーなところ。無理かもしれないですよ。

 だって、親の世代になっている私たちが昔そうだったのだから…。

 ここで昨日書きました「人を発奮させる法」が生きてくるわけです。

 もう一度書きますと…

● 人は、予期した結果が満たされると、それまでの行動パターンを変更する必要がないと思い込む。

こんなときは、なるべく無関心を装い、通信簿などどうでもいいのだといった態度をとるといいのだそうです。

つまり、「きっと怒られるに違いない」という、子どもの期待をわざと裏切るわけ。

すると子どもは、予期しない意外な親の反応に、すっかり動揺し、「今度こそ、いい成績をとるぞ」という気持ちにかられるのだとか。

これは、人は期待を満たされると安心感を得て、それまでの行動パターンを変更する必要がないと思い込む習性の裏をかいたトリックと言えますね。

…ということは、これまでいい成績をあげられなかった子どもに対して、子どもが期待するとおりに叱っていたってこと。

子どもは叱られたということで、すっかり安心してしまう。

叱られたという事実で、すべての成績の悪さは償われて、今後も今までどおりの行動パターンを繰り返す。

だから子どもたちの「期待」を裏切り、怒りや興奮をうまくやる気に転化すべきと言うわけですね。

このやり方をうまく使うのは、プロ野球やサッカーなどの強いチームを率いる監督だと言います。

たとえばプロ野球の試合。

ピンチで、なんでもないゴロをトンネルしてやらなくてもいい得点を相手に与えてしまった若手内野手。また絶好のチャンスに、長いスランプで前の回にゲッツーを食らってしまった打者。

我々観客は、「野手を変えろ~」「ビンチヒッターを出せ」と思う。

しかし、監督は腰を上げない。エラーやゲッツーを食らった選手に、よしよしと頷くのみ。

昨日優勝した阪神の岡田監督も、気の長いことで知られていますね。

選手から見たら、当然、変えられると思ったのに変えられない。

いわゆる、いい意味で期待を裏切られる。

こんなとき選手は、期待を裏切られた「怒り」から、次の機会にはファインプレーやヒットを打ち、自信を取り戻すことがあるのです。

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人を発奮させる法

 こんにちは。

 なんか最近急に涼しくなりましたね。

 昨日は寝ていて寒いほどでした。

 つい、一週間前までは、扇風機をブンブンまわして寝ていたのに…。

 ちょうど今が、晩夏から秋にかけての体感上の転換点なのでしょうか。

 他の方のブログを拝見していても、体調が悪い、のどが痛い、寒気がするという記事が多くなってきているようですね。

 時節柄、くれぐれもお体にお気をつけください。

 …と、他人事のように言っておきながら、私も昨日のハードワークが応えたのか、朝からずっと体がだるいのです。

 なにせ、昨日は約束の時間に遅れそうになり、東京丸の内のお堀っ傍を全力疾走。

 皇居のまわりを走るランナー数人を、スーツでカバンをぶらさげた状態で追い抜きましたから。

 テレビの撮影でもあるのかと振り返っていた人も何人かいたようです。

 確かにテレビドラマでは、刑事がスーツ姿で走っている光景をよく目にしますね。

 でも、とても刑事には見えないだろうなぁ。

 逃げる犯人役? (←ほっとけ!!) 

 さておとといの記事は、のちに三洋電機の副社長になられた後藤清一氏が、松下氏のもとで工場長を勤めていたとき、失火のため工場を全焼させてしまったという話まででした。

今日はその続きです。

工場の責任者ということで、当然後藤氏は、クビかよくても左遷を覚悟しました。後藤氏が肩を落とし、恐る恐る松下幸之助社長に報告に行きます。

報告を受けた松下社長の言葉は次の一言だけだったとか。

「まぁ、頑張ってくれや」

昨日も書きましたように、決して当時の松下社長は、やさしい経営者ではなかった。電話のかけ方一つでも厳しく叱責する人だったそうです。

だけど工場を焼いてしまったという当然、厳しく叱責されるべき状況下では何も言わない。

この火事の一件があってから、後藤氏の松下社長に対する忠誠心はますます高まったそうです。

普通なら逆ですよね。小さなミスを叱らず、大きなミスに対しては厳重な態度で臨む。

 このあたりが「経営の神様」と言われた松下社長の人遣いのうまさの秘訣らしい。

 この小さなミスを叱って、大きなミスを叱らないというやり方は、うまい叱り方の手本とも言えますね。

 ここで、多胡輝氏の心理学シリーズには、以下のフレーズがあります。

● 部下の忠誠度を高めるには、小さなミスを叱って大きなミスをわざと無視する。

本には、小さなミスは、本人が、気がつかない場合が多いので、指摘してやる必要がある。

しかし大きなミスは、本人がいやおうなく自覚して反省しているのだから、厳しく叱る必要がない。

確かに大きなミスをしてしょげかえっているところに、追い討ちをかけるようにして叱れば、溺れている人の頭をピコピコハンマーで殴るようなもの。

またやる気をなくすばかりか、そんな薄情な上司をうらむことにもなりかねない。

ふだん口うるさい上司が、大きなミスを叱らなければ、そこに「思いやり」を感じるでしょうね。それが忠誠心へと転化する。

さすが、松下幸之助氏と、ますます尊敬が深まりました。

さて、この方法は、人を発奮させる場合にも応用できるらしいのです。

大きなミスを犯したときって、当然、そのミスに比例して、叱責の度合いが高まるって思いますよね。

そしてその期待通り怒られる。

すると人は、期待を満たされると安心してしまうらしいのです。

この点につき、またしても多胡輝氏の心理学シリーズから引用させていただくと…

● 人は、予期した結果が満たされると、それまでの行動パターンを変更する必要がないと思い込む。

もしこの期待が報われないと、人は、怒りや興奮で、俄然反抗的になるそうです。

だから、子どもや部下が期待通りの成果をあげたとき、彼らの期待通りにほめられないと、ふてくされてしまう。

子どもが一生懸命頑張って努力しても、その努力を親や周りが認めてあげなかったことで不良に走る子どもがたくさんいると聞きました。

以前ブログにも書きましたが、やっぱり人は、ほめられるようなすごいことをしたときは、ほめられなければダメになってしまうのですね。

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部下がついていきたくなる上司になる法

 こんにちは。

 連休中、間が空いてしまいました。今日は4日ぶりの更新になるのでしょうか。

 実は「愛・地球博」へ行きました。

 …といいたいところですが、そうじゃなく、ほとんど外出しませんでした。

 土曜と日曜は、台風の影響もありましたから、主に自宅で事務整理です。

 ちょうど来月は決算の準備をしなければならないので、早めに手を付けられて良かったのですけど。

 それにしても、「愛・地球博」。

 行きたかったですねぇ。

 閉会の様子をテレビで見ていたのですが、中盤以降の来場者数がすごかったとか。

 人気パビリオンは8時間待ちですか?

 朝9時から並び始めて、入れるのが夕方の5時ってこと? 

 整理券を配っているのかもしれませんが、信じられませんよね。

 子供の頃、大阪万博へ行ったことがありますが、そのときは人の数がすごかったという記憶だけ残っています。

 確か、覚えているのは、リコー館。円筒形のパビリオンの外壁面に、絵だかイラストだかが幻灯機(もはや死語?)みたいに映し出されるだけ。

 それを見るだけに炎天下、2時間近く並んだのですが、見れた時間は10分も無かったのでは。

 しかもパビリオンの中に入るのに、もう2時間待ちと言われたときは、子供ながら卒倒しそうになりました。

 あとは、日帰りだったので、アフリカやアジアの小さな国のパビリオンをいくつか回っただけ。

 それでも、大阪万博へ行ったんだという輝かしい記憶だけはいつまでも残っています。

 やはり、歴史的なイベントに立ち会うだけでも、人生のターニングポイントになるのかもしれません。

 だから、あれだけ混むのもよくわかります。

 さて、ずっと離れていましたビジネスネタ。

 もう半分忘れかけていましたが、「人をやる気にさせる法」シリーズを再開させていただきます。

 ところで、人間にいろいろ性格があるのと同じように、上司にもいろいろなタイプがありますよね。

 どういう上司を希望しますか?というアンケートをもしやったとしたら、たぶん、「ついて行きたくなる上司」という答えも多いのではないかと思います。

 そういえば、有名人でいったらどんな上司を望みますか?なんて企画もよくテレビや新聞に出ていましたっけ。

 「好ましい上司」の常連となる有名人は、詳しくは覚えていないのですが、おそらく長嶋茂雄氏、星野仙一氏、北野武氏なんかが上位に来るのではないかと思います。  

 そういえば、上記の3人は皆、監督と呼ばれていますね。野球選手や俳優といった一癖もふた癖もある人たちをうまく使って結果を出さなければいけない。

 しかも結果がすぐ形となって現れる。自分のストレスもたまるだろうし、中途半端な管理手法では通用しないのでしょう。その理由もわかるような気がします。

 さて、この「好ましい上司」に、見るからにやさしそうな人が入っているケースが少ないことがいつも気になります。

 星野元監督の鉄拳は有名な話だし、北野氏だって決してやさしくないと思いますよ。長嶋終身監督だって、昔は部下に対して怖かったそうです。

 上司のやさしさ。それ自体はマイナスだとは思わないですし、熱烈なファンがいることは間違いないのですが、意外と人気がない。

 もちろん、いつも厳しい上司が垣間見せるやさしさとは違います。常に、終始一貫してやさしい上司の話。

 やさしい上司と相反するものが、ついて行きたくなる上司にはあるのかもしれません。

 そのついて行きたくなる上司の魅力とは何なのか。

 私にはちょっと難しすぎる問題ですねぇ。自分には、そういった崇高な資質がこれっぽっちもないようだから…。

 でも話が前に進まなくなるので、いちおー考えてみると、いざというときの頼りがい。上司を目標として自分を高めて行きたい前向きな気持ち。

 やさしさだけでは自分がだめになってしまうのではないかという部下の危機感などが思いつきます。

 ついて行きたくなる上司の個人的な魅力が必要なのはもちろんですけどね。

 それ以上考えていくと、ちょっと哲学的な抽象の世界へ迷い込んでしまいそうなので、この辺で名誉ある撤退といきましょう。

 私が今できるのは、部下が上司について行きたいと感じるときはどんなときか、を考えること。

 とても自分では思いつかないので、また先人の知恵を拝借するしかないですな。

 何度も引用させていただきます、「経営の神様」松下幸之助氏のエピソード。

 のちに三洋電機の副社長になられた後藤清一氏が、松下氏のもとで工場長を勤めていたとき、失火のため工場を全焼させてしまったそうです。

 当時の松下電器は今と違って、まだ巨大企業と言える存在ではありませんでした。当然、会社の存続を揺るがすような大損害。

 松下幸之助氏と後藤清一氏のエピソードは、以前、ご紹介しましたね。幸之助氏は、晩年の温厚なイメージと違って、若い頃はものすごく怖かったそうです。

 怒ると部下の前で、持っていたストーブの火かき棒が折れ曲がるぐらい床を叩いて叱ったとか。

 あまりの剣幕のものすごさに失神しそうになったと後藤氏は自著の中で記しています。

 また電話のかけ方ひとつでも、厳しい叱責を日々受けていたとか。

 そんな状況で、工場ひとつ全焼させてしまった。

 さて、幸之助社長が後藤清一氏に対してどんな対応をしたのか。

 あとでその幸之助社長の対応で、後藤氏はさらなる忠誠心を深めたと言われています。

 それは次回。

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今日もサザンにまつわるエトセトラ

 こんにちは。

 今日もサザンネタから入ります。

 先日のサザンのコンサートの模様をテレビで見ると、ファン層がすごく幅広いんですよ。

 十代の女性から五十歳代の男女までノリノリで踊っている。

 サザンのサウンドが、どの年代の人たちにも受け入れられているのでしょう。アルバムを聴いていても、ホントに歌のジャンルの引き出しが数多くあると感じます。

 ロックから歌謡曲の世代まで、幅広くカバーしている。

 私たちのちょっと上の世代になると、残念ながら、何を言っているのかわからない、という意見が増えるのですが…。

 やはり歌詞を一言一句おろそかにせず、把握したいのかな。

 それはともかく、今日からビジネスネタで…

 …と行こうと思ったのですが、昨日の質問に答えないとちょっとやばいかも。

 せっかくアクセスしていただきましたので、手ぶらでお返しするわけにも行きませんよね。  それではお答えいたします。

 その前に昨日の質問をもう一度、ご紹介しましょう。

 それは、サザンの桑田さん以外のメンバーが、当時、桑田さんに対して尊敬している点は何か、という質問。

 一応、選択肢を用意しました。

1.原坊というかわいい彼女がいる。

2.すばらしい曲を作る才能がある。

3.○○が大きい。

4.車を持っている。

5.湘南のナンパスポットに詳しい。  

 結論から言いますと、正解は、4番です。

 ちなみに、3番の○○は、人格。

 ところで、「ぴったしカンカン」のクイズは、選択肢が用意されていないので、2チームの回答者がひとりずつ答えを言っていく形でした。

 それぞれのチームのキャプテンは、確か、欽ちゃんと二郎さん。

 そして最初に、ゲストの子供の頃の写真が出て、「今日のゲストは誰?」と当てるのでしたよね。

 サザンがゲストとわかったとき、会場が大騒ぎになったのを覚えています。

 どうして私がこの質問と答えをよく覚えているかというと、回答者のメンバーに相本久美子が入っていたから。

 当時、相本久美子のファンで、一挙一動を見逃すまいと目をさらにして見続けていました。

 それで、この質問に対して相本久美子は、「腕がある」と一言。

 それは、いい曲を作る腕を持っているという意味だったのですが、少し他のメンバーがムッとした顔をして苦笑したのを覚えています。

 当時は皆若かったから、桑田さんの才能に嫉妬を感じているのかなとも思いました。あくまで憶測ですが。

 当時のメンバーは、桑田さんが車を持っている点を尊敬していたのですね。

 しかも、車はセダンではなく、バン。いわゆる商用車らしい。その車に楽器やメンバーを乗せて、走り回っていたのでしょう。

 桑田さんが運転して…。

 当時、若者が自分の車を持っているというだけで、尊敬の対象になりましたからね。

 …ということで、今日でサザン特集はホントのおしまいです。アクセスしてしただいた大勢の方、どうもありがとうございました。

 明日からまた、細々とビジネスネタを続けさせていただきます。また遊びにお越しいただければ幸いです。

 追伸  昨日図書館で借りたCD。著作権禁止とかでパソコンに取り込めないよ~

 チクショー、せっかく「モー娘」と「SPEED」のベストアルバムを聴けると喜んだのに…。

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サザンに関するマーケティング戦略考

  こんにちは。

 さっそくですが、昨日の選挙。

 予想通りというか、予想以上というか、自民党の圧勝に終わりました。

 おそらく今日は、選挙ネタのブログで花盛りだと思いますので、その細かい分析は他の方に譲りたいと思います。

 でも、選挙にいたるシチュエーション、有権者へのアピールの仕方において、小泉さんのほうが役者が一枚上でしたね。

 とくに争点を、郵政民営化、是か非か、に絞ったこと。

 また引用させていただいて恐縮ですが、多胡輝氏の本の中に、「迷っている客を獲得するトリック」というのがあります。

 これは、お客さんの目の前に多くの商品を並べ、「何を」「どれを」選ぶか聞くのではなく、「どちらを」選ぶか聞くほうが効果があがるというもの。

 この質問の仕方は、お客さんと店員の間に、すでに商品を買うという前提が成り立っていて、その上で商品を選びましょうというニュアンスが含まれているからです。

 これを「迷っている有権者を獲得する」と言い換えれば、なんとなく今回の結果も予想できる。

 郵政民営化、賛成か、反対か、どちらを選びますか? と聞けば、もう選択肢は限定されますよね。

 他の党は、多くの選挙公約を掲げ、「何を」「どれを」とやってしまった。当然焦点はぼやけ、アピール度で自民党の後塵を拝することになったのでしょう。

 人間心理は、政治をも、大きく動かすものだということがわかります。将来、これを悪用する政治家が現れないことを祈るばかり…。

 でも、言っておきますが、私は郵政民営化には賛成ですよ。

 少し長くなりましたが、ここから今日の本題。   

 今日は平日ですが、予定を変更して昨日の続きのサザンオールスターズネタで行きたいと思います。

 さて、「勝手にシンドバット」という衝撃的なデビュー曲で登場したサザン。

 二曲目は確か、「気分次第で責めないで」でした。

悪い曲ではないと思いますが、これがデビュー曲だったら売れなかったかもしれません。

勝手にシンドバットの二番煎じ的な部分もあり、ベスト10には入ったものの、サザンもこれで終わりかなと思ったものです。

 アーティストが売れなくなる典型的なパターンは、ヒットした曲の二匹目のどじょうを狙って同じような曲調の歌を出し続けること。

 しかしですよ。桑田さんは、この轍を踏まなかった。

 勝負の3曲目は、あの名曲「いとしのエリー」です。

 この辺の戦略はうまいですよね。最初、「勝手にシンドバット」で世間の度肝をぬいて注目を集める。とりあえず2曲目で二匹目のどじょうを狙って小金を稼ぐ。

 そして、もうこれでサザンは終わりだなと思ってたところに勝負曲「いとしのエリー」をぶつけてくる。

 へぇ~、サザンってバラードも歌えるんだ、と感心した記憶があります。意表を突く形で、今までと違った魅力をアピールした。この歌で、当時ライバル視されていたツイストをぶっちぎり、独走態勢に入ったのです。

 その次だったかどうか忘れましたが、初期の曲の中で、私がもっとも好きな「C調言葉に御用心」が生まれます。

 この曲は好きですね~。 桑田さんにしては最初抑え気味に、けだるい感じの歌い方が夏の恋に疲れた男を連想させます。

ただこの曲をカラオケでCDどおりに歌おうとすると、呼吸困難に陥る危険性がありますから注意。息継ぎする箇所がほとんどないのです。

当時ラジオでベスト10番組の司会をしていた作曲家の宮川泰がこの曲の楽譜を見て、「すごい肺活量だね」と言っていました。でもコンサートで聴いたら、かなりはしょって歌っていましたが…。

 そのあと順調にヒットを飛ばしていたサザンに最大のピンチが訪れます。

 大学卒業を目指して、確か1年間の休養宣言をしたあと。

 生き馬の目を抜く芸能界で1年も休んでしまっては、さすがのサザンも忘れられてしまいそうになりました。

1年後、復帰したものの、ヒットに恵まれずスランプが続きます。

 この状態を打開したのが、桑田さんと原由子さんの結婚だったと思います。そしてそれに合わせて発売したのが、「チャコの海岸物語」。

 先日のコンサートでトップに桑田さんが歌った曲です。

 この曲は、ロックというよりは歌謡曲の範疇ですね。昭和30~40年代の歌謡曲を思わせる旋律で、一気にサザンのファン層を拡大したと言っていいでしょう。

 この辺りの戦略も立派なマーケティング戦略と言って、いいのではないでしょうか。

 当時、黒柳徹子と久米宏の司会で大ヒットしていた「ザ・ベストテン」という番組があったのですが、「チャコの海岸物語」でサザンが毎週登場していました。

 見ていると桑田さんが、「この曲がヒットしないと結婚できません。視聴者のみなさん、よろしくお願いします」とアピールしている。

 普通、「私たち結婚します。どうか記念にCDを買ってください」と言えば、嫌味に聞こえる人もいたと思います。

しかし現在の自分たちの現在の苦境をさらけ出して、かっこ悪くアピールしている。

 なんかこっちが偉くなったような気分になって、じゃあお祝いに買ってあげようかなと思いました。

また、桑田さんが絶世の美女なんかと結婚すれば、みんな、「この野郎」と思って反発する人もあったかもしれません。

 原坊は、誰が見てもどこにでもいる普通の女性。しかも性格の良さが顔ににじみ出ている。

 誰もが、二人の結婚を祝福したくなりますよね。

  あれっ、今日は、サザンのネーミングのうまさを実証しようと思ったのに、また長くなってしまった。

 ではサザン特集の最終回は、また明日。

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阪神が猛然とやる気を出す理由

   こんにちは。

 昨日、ブログを書いてから外出しました。

 仕事が長引いて、昼食をとるのが午後3時過ぎになってしまったんですよ。すきっ腹を抱えながら炎天下、とぼとぼ歩きました。

 木陰を縫うように歩いてゆくと、いつのまにか美しい銀杏並木が…。

 いつの間にか、神宮外苑に来てしまったのです。

 そのとき突然、スープパスタが食べたくなりました。ふらふらとイタリアンレストランへ入り、パスタを注文。

 パスタを食べ終え、ようやく自分を振り返る余裕が出来ると、なぜ突然、スープパスタが食べたくなったのか疑問が芽生えたのです。

 しばらく考えて、その理由に思い当たりました。

 先週図書館で借りたCD。ユーミンとZARD、そしてタンポポ。

 ユーミンとZARDはよく聴くので、今までの嗜好の延長線上ですね。タンポポは何気に借りたのです。ジャケットが目を惹いたので。

 ところがそのタンポポにはまってしまった。

 ちなみにタンポポはモーニング娘のメンバーの別ユニットですが、今はもうないはず。

 そのタンポポのアルバムのなかに、『乙女パスタに感動』が入っていて、それがいつのまにか頭にインプットされていたんですね。

 お昼休み~、おやじパスタに感動♪~火曜日だけ、いつもランチ売り切れ~♪

 それにしても、つんくは、たまにいい曲を作りますな。

 個人的には、タンポポの「聖なる鐘がひびく夜」と松浦亜弥の「100回のキス」と赤組4の「赤い日記帳」が、つんくベスト3でしょうか。

 私のまわりに、仕事のできる人間は星の数ほどおりますが、こんな素敵な曲を作れる人間はいないですねぇ。

 人生に一つでいいから、後世に残るようなものを作りたいと思う今日この頃。

 おっと、また前ふりが長くなりすぎました。 

今日も昨日に引き続き、「仕事をゲーム感覚で楽しみ、成果をあげる法」の具体例と心理法則との関係を考えてみたいと思います。

グループ活動のメリットとして、個人主義より、一般的に参加者の精神的安定は図れるかもしれませんね。

もちろん、一匹狼が好きだという人は中にはいるでしょうが、あくまで一般論としての話。

職場の営業成績の表に、個人名が記載されるのと、グループ名が記載されるのと、どちらがいいでしょうか。

おそらく前者がいいという人のほうが多いと思います。それだけプレッシャーが軽減されるから。

これに関しては、以下の心理法則が書かれています。


人は、自分が所属する集団の規範に合わせて態度を決め、行動する。

これはたとえば、「隣がこれを買ったから…」とか、「みんながそうしているから…」という行動動機を、社会的動物である人間は持ちがちだということ。

若い人はおそらくご存じないと思いますが、私が子供の頃、カラーテレビが爆発的に広がって行きました。

そのときのコマーシャル。

 ♪うち~のテレビにゃ、色がない♪ となりのテレビにゃ、色がある♪(思いっきり、古い!)

 …なんてCMソングが流行りました。この歌を聴いて、カラーテレビを買わなきゃ、時代に遅れると思った人は当時、多いと思いますよ。

 このCMソングは、今にして思うと、上記の心理法則にかなっている。

 このような現象は、積極的な集団行動の開発に利用できると思います。

 たとえば「心理トリック」に載っている事例。ちょっと古いのですが…。

 かつて赤痢が流行したとき、国民に手を洗わせる方法の研究を行ったそうです。

 詳しい点は省きますが、女子大生に協力してもらって、以下の2つのやり方のうち、どちらの方法が、効果があがるか調べたとのこと。

 それは、講義グループと討議グループ。

 講義グループは、講師が、赤痢について説明し、徹底して手を洗うよう訴えた。

 もう一方の討議グループは、「赤痢の発生を防ぐために、どんな対策をとるべきか」というテーマで、お互い討議させた。そしてその結論は、「手をよく洗うようにしましょう」ということにまとまった。

 10日後、そのあと手をよく洗うようになったかどうか、実態調査をしてみると、講義グループより、討議グループのほうが、よく手を洗っていたのだそうです。

 この点は、多胡輝氏の「悪の心理術」に、相手の要求を引っ込めさせる心理術というのにも関連がありますね。

● 全員参加でとことん討議させれば、どんな結論でも全員が自分の意思が反映されたと思いこむ。

グループ活動を行うには、すべての参加者に意見を出してもらい、それに対して討議する必要があります。

またそれに関連する心理法則がありましたね。

● 人は、たとえ自分に不利な結論が出されたとしても、その決定に参加していれば不満を抱かない。

人は、自分の知らないところで重要事項が決定され、それを高圧的に命令されると人間はへそを曲げてしまうということ。

そうならないために、たとえ形だけでも会議を開く。そして、その決定に参画したのだという意識をもってもらうことで、やる気に大きな差が出るのでした。

 今日は総まとめということで、ぐちゃぐちゃな展開になってますが、ご容赦ください。

それから、何度も触れますが、次の心理法則との関係も無視できません。

目標にいたる心理的距離が近ければ近いほど、それだけ早く目標を達成しやすい。


 
これは何度もお話しているサブ・ゴールとの関係。

 たとえば大相撲だったら、序の口は序二段、十両は幕内、幕内は三役、大関は横綱というように常に手の届く範囲内にゴールが設けられている。(もっとも、横綱にチャレンジしない大関は最近の風潮みたいですが)

 十両力士にいきなり、すぐには達成困難な大関を狙えと言うより、すぐ手の届く範囲にある十両に上がって関取になれ、というほうが発奮するのではないでしょうか。

 「ようし、あと一息頑張れば関取になれて、付き人もつくぞ」

 自分の目標がもうちょっとで手の届く範囲にある人間は、猛然とやる気をだして頑張るものですよね。

 今の阪神みたいに…。

 巨人は、今年はもうだめか? 

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グループ活動が、仕事のやる気を高める理由

 こんにちは。

 昨日は台風一過の青空と書きました。しかしそのあとものすごい雨が降ってきて、傘を持たずに外へ出た私はずぶ濡れになってしまったのです。

 ブログにいい加減なことを書いた報いだと反省しております。

 さて昨日、「仕事をゲーム感覚で楽しみ、成果をあげる法」の具体例として、戦国時代の大名家の軍団としてグループ活動をとりあげたました。 

 今日はもう少し詳しく、グループ活動の心理的な側面から、ご説明させていただきたいと思います。  

 まず、以下の心理法則が、「心理クリック」という本に書いてあります。

● 集団のメンバーを一定の集団目標に協力させるには、メンバー個々の心理的な抵抗を排除しておかなければならない。

 グループダイナミクスの古典的な研究に、ドイチェという学者の有名な実験があるそうなんですよ。

 これは、5人ずつに編成された2つのグループに、ある課題を与え、賞の与え方の違いが、メンバーの集団活動にいかなる影響を与えたかを調べた実験。

 まず、Aグループは、「個々のメンバーが、どれくらい課題の達成に貢献したかを評価する」と言い渡して作業を行わせ、賞を約束する。

 Bグループは、「他のグループに比べて、よりよく課題を達成したら、集団全員に等しく賞を与える」と言って、作業を行わせた。

 さて、どちらが効率よく作業を行えたと思いますか?

 答えは、Bグループだったそうです。

 理由は、Aグループは個人プレーが目につき、メンバーが相互に妨害し合い、協力して課題達成に努力しようという雰囲気は生まれなかった。

 これに対してBグループは、メンバーが互いに義務感を持ち、協力し合う傾向が見られたのだそうです。

 結局、Bグループのほうが、与えられた課題を、集団目標としてみんなで達成する雰囲気を強く作れたことになる。

 だから集団のメンバーを、一定の目標に協力させるためには、メンバー個々の心理的な抵抗を排除しておかなければならないということ。

 そのためには、各メンバーを平等に扱い、ともに同じ目標に向かうという意識を植え付ける必要があるそうです。

 行き過ぎた能力主義は、かえってグループ内の結束を取り乱し、目標達成を困難にさせることが多い。

 グループのメンバーを平等に扱っているのだという意識を持たせることが、チームリーダーの最大の役割…。

 以上の文章を私が読んで、金融商品の目標の与え方を個人に対してではなく、集団に対して与えようと、まず考えました。

 従来は、営業目標に対して、営業マンや窓口係の女性に、その人の能力や経験に応じてノルマとして割り振っていたのです。

 もし目標が達成できなければ、ボーナス査定をはじめとした人事評価は下がります。

 当然個人プレーが目につき、メンバーが相互に妨害し合い、協力して課題達成に努力しようという雰囲気は生まれない。

 いわば上記のメンバー個々の心理的な抵抗が著しくある状態ですよね。

 これをBグループの与えられた課題を、集団目標としてみんなで達成する雰囲気を強く作ろうとしたのです。

 そのために、戦国時代を舞台にした販促キャンペーンでは、あえて個人的なノルマといったものは一切廃止した。

 ノルマというか、目標としてあるのは、各大名の軍団に割り当てられた12件の目標だけです。

 個人のノルマがないから、よく営業場に貼り出されている個人別獲得の棒グラフがない。

 精神衛生上、非常にいいわけです。

 そして、軍団のメンバー全員(実際の営業担当者以外にも)に、優勝すれば商品がもらえるとした。 また、それぞれの軍団ごとに飲み会をやって鋭気を養ってもらった。会社の経費で。

 当然、軍団のメンバーの結束が生まれます。

 なんとしても天下を取ろうぜ、ということになる。

 これはグループダイナミクスの理論といえると思います。

 それにしても、「心理トリック」という本。初版が昭和46年ですよ。 私が最初に多胡輝氏の本を買ったのは、高校生のとき。

 今読んでも全然古くないと今更ながら驚いています。

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新・仕事をゲーム感覚で楽しみ、成果をあげる法 

 こんにちは。

 東京は、台風一過といった青空が広がっています。

 昨日テレビを見ていたら、九州では大きな被害があったそうですね。被害にあわれた方に心からお見舞い申し上げます。

 さて、昨日の続きの「仕事をゲーム感覚で楽しみ、効果をあげる法」。

 今回は、戦国時代の国盗りゲームの事例でお送りしています。

 今日が始めての方、昨日の記事をお読みになっていない方は、先に昨日の記事をお読みください。

 そういえば、この販促キャンペーンのあとに、テレビゲームの大ヒット作、『信長の野望』が出たのですね。

 熱くなってゲームに取り組んだという方もいらっしゃると思います。

 今回の企画は、それを実体験できたといったら言いすぎかな。

 でも、参加者のフィバーぶり(←死語)を見ていると、それと同じ効果があったと思えるのです。

 さて、昨日の続き。

 私が昨日の企画を実行するに当たってまずやったのは、自宅で模造紙を貼り合わせ、二枚分の大きさの日本地図を作ることです。

 そして日本地図に、昔の国境線と武蔵の国や大和の国といった昔の国の名前を書き込みました。

 次の日の朝、それを筒状に丸めて持ち、出勤したのですよ。

 そして朝礼で、その地図を皆の前に張り出し、キャンペーンの企画を発表しました。

 前の大相撲の企画のときの朝礼と同じように、支店の人たちは微笑を浮かべ、目を輝かせているのがわかります。

 私はこの後もさまざまなキャンペーン企画を考案して行いました。これがいい企画かどうか、成功するかどうかは、みんなの前で発表したときすぐわかりますね。

 みんなの目の輝きが違うのです。

 よし頑張って一番に京都に上ってやるぞという闘志をメラメラ燃やしている営業マンは、しばらく表を凝視して、そのあと視点を上に向ける。

 この金融商品をどのお客さんにお勧めしようか、彼の頭の中でハードディスクが急回転して見込み先リストを検索しているのでしょう。

 それから、営業マン以外の人たち、とくに事務の若い女性の反応。

 前回の大相撲キャンペーンのときの影のMVPは、彼女たちだと書きました。

 彼女たちに興味をもってもらえたらしめたもの。

 若い営業マンは、私も含めていいカッコしいですから、あまり成績が悪いとなんとなく馬鹿にされるのではないかと思ってしまう。

 上司だったら、多少叱られても、まあいいやと思うんですけどね。

 とにかく、支店の人たち全員が面白い、と思ってくれれば目標はもう半分達成したようなものだと思います。

 しかし、もし最初の発表の時点で興味を引いてもらえないときはあとが大変ですね。

 やる気を出してもらうまで、新たに企画を練り直すなど相当苦労します。

 このキャンペーン企画はおかげさまで前者だったので、一気に目標を達成することができました。

 私がやったことといえば、毎日、朝礼の時間に日本地図を前にして、誰が現在どこまで進出している。誰が朝廷から左大臣の位をもらった、誰が京都まであとわずか、など皆の競争心をあおりながら発表すればいいだけ。

 ほかに、日本地図をもう一枚作って、階段のところに張り出しました。

 色違いのマジックを使って、各軍団が獲得した国を塗りつぶしていくのです。

 この作業は結構楽しかった。

 何もない白地図がどんどん四つの色で埋められていき、どの軍団が最初に京都に到達するか興味があおられます。

 休み時間に階段を登ろうとすると、階段のところに人だかりができているんですよ。

 営業に関係ない人も、その表を見ながら予想しあっている。

 これが個人別のノルマの表だったら、営業マンはたまらないですね。

 軍団としてのグループの獲得表だから、彼らも楽しめる。

 また形上は、自分の家臣ですから、彼らのためにも頑張ろうと努力するのです。

 目標達成間際の盛り上がり方は相当なもので、誰が将軍になるのか、視点はその話題で持ちきりになりました。

 私の一年後輩の若手営業マンはことのほか熱心で、夜遅くまで金融商品の獲得に頑張りました。

 上司はもちろん誰もそんなに遅くまで頑張れなんて言っていません。彼の自由意志だけでやっているのです。

 その彼。

 九州から本州へ海を渡るときに金融商品の獲得が一件必要だとあとで言ったのですよ。

 これは、他の軍団と同じ条件にするため、仕方ないことだったのです。

 すると、どうしてそれを最初にいってくれなかったのかと本気で私に食ってかかってきたのです。

 今日中に本州に上陸するのが夢だったと…。

 それまで一度も私に、声を荒げたことのない温厚な後輩でした。それが真っ赤になって怒っている。

 そこまで思いつめることないじゃん、と言おうと思ったのですが、気の毒になって、「説明不足で悪かった」と謝りました。 

 ところで、私が毎日朝礼で、中間報告を行うとき気をつけたのは、誰が取れていないとか、どこの軍団の動きが遅いとか、マイナスの話は一切しないという点です。

 プラス思考を念頭において話をし、頑張っている人を徹底して褒め称えました。

 そういうことをずっと繰り返していると、支店の中で冷めていた人たちも、なんだかみんながわいわい楽しそうにやっているのを目にして、自分から仲間に加わってきてくれるのです。

 なんか自分だけ冷めた目をしているのが、つまらなくなってくると言うか。

 そして最後には、お祭り騒ぎの活気あふれる雰囲気のまま、一人の落伍者も出さずに目標達成できるのです。

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続・仕事をゲーム感覚で楽しみ、成果をあげる法

 こんにちは。

 少しくどいようですが、先日さんざんお送りした「仕事をゲーム感覚で楽しみ、成果をあげる法」。 

 この分野はサラリーマン当時、結構こだわりをもって取り組みましたので、今日もまた具体的事例をまじえてご紹介させていただきたいと思います。

 先日、エピソード3までご紹介しましたが、今日は「続・仕事をゲーム感覚で楽しみ、成果をあげる法」です。

 明日は、「新・仕事を~」で、このまま行けば寅さんの48作に迫るのではないかと懸念される方もいらっしゃるかもしれません。

 大丈夫。私は山田洋次監督のような才能はありませんので、明日で打ち止めになる予定です。 

 それはともかく、これもまた私が銀行のある支店に在籍していた頃、金融商品獲得のために行ったキャンペーンの実話です。

 舞台は、大相撲○○支店場所の企画に成功した3ヵ月後。

 今度はまた別の金融商品の獲得に、○○支店は苦しんでいるのでした。

 なんでいつも苦しんでいるのか。本部から与えられる目標が高すぎるということもあったのですが、ぎりぎりになるまで動かないというのも理由。でも、とにかくやることが多すぎて、今すぐやらなければならない仕事を優先させていたということもあったのです。

 じゃあまた、同じ大相撲のキャンペーンで盛り上げればいいと思いますよね。

 う~ん。そこが難しいところなんですよ。

 一度企画が受けたからって、二度目になると目新しさがないためか、皆興味を持ってくれないのです。

 推進責任者が苦労しながら新しいキャンペーン企画をひねり出して始めて、他の人たちは「じゃあ協力してやろう」という気持ちになるのですね。

 でも、まったく新しい企画を最初から考え出すほどの才能も自分にはない。

 だから表面上は前と違うように見えますが、基本的枠組みは前と同じような企画を考えたのです。

 たとえば、車のエンジンとフレームが同じでもボディが違うと別の車に見えますよね。中身は同じでも、切り口が違えば新鮮に映るもの。

 それはともかく企画案。

 その頃は、NHKの大河ドラマの影響で戦国時代がブームになっていました。

 人に興味を持ってもらうためには、話題性を取り入れるのも重要。そのようなことを考えながら次のようなキャンペーンの企画を作り上げました。

< 企画案 : ○○支店 戦国時代 誰が支店で天下を取るか >

● かつて「三枝の国盗りゲーム」というクイズ番組があった。それはクイズに正解すると戦国時代の国、一カ国を獲得することができたが、同じように金融商品を一件獲得するごとに一カ国獲得できるようにする。

● 模造紙二枚分の大きな日本地図を作り、そこに昔の国境線と国の名を書き込み、営業マンが金融商品を獲得するたびに獲得した国をそれぞれ違った色で塗りつぶす。

● 支店の職員(支店長、副支店長を除く)を8から9人単位の四つの軍団に分け、それぞれ得意先係の若手営業マン4人が司令官になる。4人の司令官はそれぞれ独立した大名として、他のメンバーを家臣として従える。(役職者はその軍団の家老となる)

● 四つの軍団はそれぞれ、最初、日本の端の国(陸奥、薩摩)の半国ずつ与えられる。そこから金融商品を獲得することによって、隣の国へ領国を拡大し、最終的には京都を目指す。

● どこの軍団からも京都への通過する国の数が同じになるように、大きい国には線を入れ、同じ件数で京都に到達できるように調整する。

● 軍団の中の誰が積立定期をとってもその軍団の数字としてカウントされる。

● 一番早く京都に上った軍団が天下を盗ることができ、その司令官である大名は、征夷大将軍となる。幕府を開き、家臣団も朝廷での位があがる。しかもそれぞれのキャラクターに見合った位が与えられる。

● 一番早く京都に入り、幕府を開くことができた軍団全員に図書券などの商品を渡し、司令官には『将軍認定証』を与える。

● 再びキャンペーンを盛り上げる方策として、誰が将軍になれるか、どこの軍団が幕府を開けるかというクイズを支店全員に無記名で投票してもらい、結果を朝礼で発表する。(一番人気のあった人は当然頑張ろうとするが、人気のなかった人もこの結果に 発奮し頑張るのである)  

 今回もこの企画書を上司に出したらすぐOKが出ました。

 前回成功したし、なおかつすごく楽しかったので、読みながらニヤニヤ支店長が笑っているのです。

 今考えても、入社してから2、3年の若造にすべて任せてくれた太っ腹に感謝しています。

 そのあとがまた大変。前回以上の大騒ぎ。

 その続きはまた明日。 

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「らしさ」で、やる気と能力を高める法

 こんにちは。

  昨日の大学相撲部の監督の件。

 まだ多少、頭の中でクエスチョンマークが点滅している。

 それで、学生時代の友人に電話したんですよ。

「昨日、スゲェーテレビ見たんだよ。○○、覚えているよな。彼が相撲部の監督やっているみたいなんだ。なんと、まわしを締めて、学生に胸を押させてる…」

 ものすごい驚くと思いきや。

「ふ~ん。昔から変わっていたからな。一応、驚いたけど、想定の範囲内だね」

 あんまり驚いてないみたい。彼のその後の変貌ぶりは納得できるらしい。

「それよっか。お前が十年以上会社をつぶさずに生きていられることのほうが納得できねぇ」と声をあらげて言われてしまいました。

 こちらのほうが彼にとって想定の範囲外だそうな。

 それはさておき、先日、といってもかなり前ですが、会社時代の上役と会う機会があったんですよ。

 私が新入社員当時の上役で、すごく叱られた人。

なんてったって、歩き方が悪いって怒られたんですから。

それだって普通に歩いていたつもりだったのですが、覇気が感じられないとか。

注意ぐらいの生易しいものだはなく、烈火のごとく叱られたといった感じでした。

生まれてこのかた歩き方が悪いと言われたのはそのときだけ(笑)。

そのほかにも、もう数え上げれば切がないくらいいろいろ叱られました。

…といって、私が独立したのはその十年後ですから、叱られたこととは関係ありませんのであしからず。

…で、その厳しかった上役。会社から出向という形で、取引先の経理部長になったそうです。ここまではよくある話ですよね。

ところが、出向先の社長とけんかして辞めさせられてしまった。取引先ですし、また友好関係にもありましたから、それは異例のこと。

片道出向だったので、行き先がなくなってしまったそうです。

私が会ったときは、もう昔の面影がまったくないくらいやつれていました。

冗談だか本気だかわからない口調で、「ビジベン君の会社に雇ってもらおうかな」なんて言われたときは、正直ゾッとしました。

また例の調子で叱られてはたまりませんから。丁重にお断りを…、なんてうちの会社はそれ以前の問題なんスけどね。

でもあの調子では、もう叱るだけのパワーは残ってないかも。

あまり悪口は言いたくないけれど、その上役は、上司としての権力を振りかざすような人でした。若くして出世して、支店長も経験して、でも役員にはなれなくて、取引先に出向した。

その人のパワーの源泉は、会社内の地位ではなかったのか。

この点につき、多胡輝氏の本には以下の記述があります。

人は、低い地位につくと、その地位にふさわしい低い能力しか発揮できないようになりがちである。

人は誰でも、ある地位につくとその地位にふさわしい態度をとるものだと言われます。その地位にふさわしい能力は、それらしく振舞うことによって身についてゆく。

その上役は、上役らしく権力を振るうことによって、その地位にふさわしい能力を身に付けていったのかもしれません。

しかし逆に、活力の源泉である地位がなくなってしまったことによって、活力どころか能力まで錆び付いてしまったみたいです。

逆のことも言えると思うんですよ。

社長の能力がなくても、社長らしく振舞っているうちにその地位が身についてゆくのではないか。

また、今勉強ができなくても、優等生らしく振舞っていれば、次第に自信がつき、勉強もできるようになるのではないか。

つまり、地位が人を作る。

プロ野球でも、技術が未熟な新人選手でも、「お前をレギュラーとして使う」という方針のもと、一シーズン使われ続けた選手がいます。その選手は、他の選手より能力のアップ度が高いはずです。

野球の最高峰のプロ野球球団でレギュラーをはった自信は、何にも代えがたいものですよね。

逆に能力があっても、失敗して閑職にでもつけばそれなりの能力しか発揮できないようになる。

もし不幸にしてそういうケースになってしまった人でも、以上のことを知っておく必要がありますね。

地位は一時的に下がっても、能力までは自信を失ったからといって下げる必要はないということを…。

それにしても私たちは、「らしさ」のもたらす絶大な効果と恐ろしさをよく理解すべきだと思います。

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自分の夢をかなえる効果的な方法

 こんにちは。

 実は昨日から、頭の中でクエスチョンマークが点滅していて、仕事が手につかない状態なのです。

 というのは、昨日NHKでクローズアップ現代を見たんですよ。

 東北大学の大学院に在学している内舘牧子さんが相撲部の監督に就任して、部が強くなったらしいです。そして、現在の子どもたちの相撲離れにどう歯止めをかけ、相撲の底辺を広げてゆくかという話題が中心でした。

 この3日間、ブログで間接的に相撲の話題を取り上げたので興味深く番組を見ていたのです。

 そこまではよかった…。

晩御飯を食べながら、次の「試してガッテン」のテーマは何かな、と考えていたとき、いきなり衝撃の映像が…。

まわしを締めた中年の男性。相撲の指導者にしては割とスリム。

あれっ? どっかで見たことあるぞ。

下にスーパーが出ます。「名古屋大学相撲部監督、○○」

えぇぇぇぇぇぇぇ~、おいらの学生時代の同級生じゃん!!

当時20人いた同じゼミの仲間。当時から20年以上たっていましたが、雰囲気は変わらない。

ゼミの仲間とは何年かに一回は会っているのですが、彼とは卒業以来一回しか会っていなかったので、すぐには気がつかなかったのです。

卒業してから大学院へ進学し、フランスへ留学したというのは聞いていました。だから名古屋大学の教授になっていたとしても、とくに驚きません。(多少、嫉妬と羨望で見たのは事実ですが…)

私が驚いたのは、彼がまわしを締めて、部員たちに稽古をつけていたこと。

当時の彼を知っている人が見たら、信じられない光景…。

私も含め、学生時代、ほかのゼミ生はTシャツかトレーナーにジーンズが普通のスタイル。彼だけ、ブランド物のカジュアルウェアをさりげなく着こなしていましたっけ。

趣味がテニスで、大学院へ行きながらテニスのインストラクターをしていたとか。

実家もお金持ちですごい豪邸に住んでいるらしかったので、私たちは、「貴族」と読んでいました。

そんなひと頃のトレンディードラマの主人公のような人間がまわしを締めてテレビに出ているんですよ。

フランスに留学してから、日本固有の文化に目覚めたのかな。

相撲部員が、体脂肪率20パーセント以下で、つねにカッコよくなければならないという指導方針だけは昔を髣髴とさせるものがありますが…。

しかも、これが一番重要なポイントなのですが、学生時代はたぶん私の方が相撲強かったと思うし。いつ強くなったの?

う~ん。わからないよ~。謎は深まるばかり…。

ちょっと前ふりが長すぎました。ここからが本題。

ブログを拝見していると、本当にさまざまな記事がありますね。私がよく記事を出させてもらうカテゴリーは、「ビジネス」。

自分が記事を出している以上、ほかの人はどんな記事を書いているのかな、ということが気になります。

当然、将来起業を考えている人、独立開業して汗にまみれて頑張っている人がたくさんいるようです。

なかでも注目しているのは、若い人たちが大きな目標をタイトルに掲げ、その実現に向けて頑張っているブログでしょうか。

起業家である以上、皆、大きな目標を抱いて独立したのだと思います。

今でこそ、とにかく食べていければ御の字というくらいまで目標が縮小してしまった私でさえ、独立した当初は、せめて従業員100人くらいの会社を作りたいなぁと思っていました。

うぅ、今から思ったら、なんて向こう見ずな奴。

でも、あくまで目標、夢は大きく持つべきだと思うのです。最初から食べていければいいやぐらいの軽い気持ちで独立しても、現実は食べていくのさえ大変だと気づきますぜ。

さて、この目標。いろんな表し方があると思うんですよ。

大きな目標を立てても、自分の胸の中にそっとしまっておく人。

私はこのパターンでしたな。開業当時、従業員100人の会社を作るなんていったら、周りの人たちから笑われるか、現実はそんなに甘くないよと諭されるかしたでしょうから。

だからその無謀とも言える目標は、誰にも話さず、自分の胸にしまっておいたのでした。

でも、若い人たちは、目標を堂々と掲げ、その目標に向け頑張っています。

その分野は、ブログの中でも、もっとも注目を集めるもののひとつですから、その目標は多くの人が目にすることになります。

つまり自分はいつまでに何をするかという目標を、他人の前で宣言すること。

実はこのやり方が、目標を達成するためにもっとも効果的な方法だそうです。

そうすると、もうあとへは引けなくなる。自分から頑張らざるをえなくなる。そして、奮闘努力の末、気がついてみると、不思議に目標が達成されている。

そうですよね。私みたいに、目標が自分の心の中でだけ立てられている限りでは、達成できそうもないときはすぐ「ま、食べていければいいや」と下方修正できてしまう。

これに対して、「宣言」というのは、目標を自分ひとりの心の中だけでなく、天下に公言することです。少なくともブログだったら、インターネットにつながるパソコンがあれば、世界中の人たちが眺められるわけですから。

当然、安易な修正はできなくなり、目標に対する緊張関係は常に保たれる。

いつもお世話になっている多胡輝氏の「人間心理の落とし穴」には、この点につき、心理学の実験の事例が記載されています。

ある学校の教師に、生徒五人に対して一人を選ばせ、その選んだ生徒が自分の成績があがると宣言させる。そして教師も、それを極力信じ込むようにした。

するとしばらくして、成績があがると宣言した生徒たちの成績が本当に上がってきたのだとか。

なるほど、やはり自分から宣言するといいのですね。もちろん成績を疎外するいろいろな要因もありますから一概には言えないと思います。

でも、この方法でしっかり宣言して、それでもだめだったらあきらめがつくかも。

それでは私も心を入れ替えて、今からでは遅いかもしれないけど宣言しようかな。

私、ビジベンは、ファストフードだけの昼食から、毎日、800円の日替わり定食が食べられることを目標にして頑張ります!

だめだ、こりゃ ( いかりや長さんの口調でお願いします) 

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ドツボにはまった人を勇気づける法

 こんにちは。

 今日はまず、以下の問題から。

  

(問題)投身自殺をする人が、履物を脱いで飛び込むのはなぜか。

(答え)はかない人生だから…。

 ハハハハハハ…

 上記は、多胡輝氏の本に出ているブラックジョークです。

 本編の欄外にジョークのおまけまでついているのですよ。

 初版が昭和49年。30年前のジョークですが、なかなかいけてます。

 ところで、投身自殺するほどではなくとも、それと同じくらいドツボにはまっている人は、今のストレス社会、少なくないですよね。

 周りの人もそうですが、いつ自分もドツボの海底深く沈んでゆくかわかったものではない。

 こうなったら、専門家にカウンセリングをうけるのがもっともいい選択肢でしょうね。カウンセリングを受けるほどではなくとも、その手法の一端を知っておいて損はないかも。

 …ということで、このカウンセリング。

「終わりよければすべて良し」的な対応の仕方をすることが多いそうな。

 私はカウンセリングのことはわからないのですが、普通、楽観的なことばかり言っても、疑い深い現代人は納得しないと言います。

 当然、悲観的な話や見方もカウンセリングの中に出てくる。

 この場合、まず楽観的な見方、次に悲観的な見方という順序の話し方は極力避けるべきだと言います。

 極力、「悲観的な見方」→「楽観的な見方」という順序の話し方に徹するべきだと。

 それはなぜか。

たとえば、「ブログを続けるのはとても難しいだろうけど、君なら大丈夫だ」と言うのと、「君なら大丈夫かもしれないけど、やはりブログを続けるのは難しいよ」と言う場合。

内容的にはまったく同じことを言っていても、心理的というか、受ける印象はかなり違いますよね。

なんとなく、後者はブログが続けられないような気になってくる。

同じ内容の言葉でも、その末尾が楽観的なものであれば、楽観的な見方が、受け手の頭の中に残るとか。

そういった言葉を意識的に繰り返して言うと、受け手の心の中に希望的な気分が少しずつたまって行って、勇気が湧いてくるそうです。

人を勇気づけるには、悲観→楽観という順位のフレーズを繰り返すことである。

またこれと関連して、以下の言葉もドツボにはまった人を勇気づけるとか。

人を絶望から立ち直らせるには、二者択一をせまる言葉が有効である。  

 本には、倒産寸前で顔の青ざめた経営者、受験に失敗した学生、妻に逃げられた夫など、絶望に打ちのめされた人たちから相談を受けたとき、彼らを絶望の淵から生還させるための言葉として紹介されています。

 たとえば…

「今、あなたには、二つの方法しか残されていません。この際、すっきりあきらめてしまうか、あるいは、何かを意思決定して行動するか、どちらかに決めなさい」

こういうふうにカウンセラーから言われると、人は「あきらめます」とはなかなか言えないものらしい。

「よし。もう一度頑張ってやってみよう」ということになって、這い上がるきっかけをつかめるのだそうです。

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やる気にさせる指導法

  こんにちは。

 昨日テレビでサザンオールスターズの特番をやっていました。コンサートライブの模様と桑田さんへのインタビューが同時進行する。

 やっぱりいいな、サザンは…。

 曲のよさはいまさら言うまでもないことですが、年を経るに従って、桑田さんの歌がうまく丁寧になっていくような気がしました。もちろんノリの部分の爆発力は健在ですよ。

 デビュー当時は、完全に大学の学生サークルみたいな感じでしたね。当時ライバル視されていた世良正則&ツイストは最初からプロのようでしたが、サザンは勢いだけでやってたみたいなところもありました。

 デビュー曲の「勝手にシンドバット」のタイトルだって、「勝手にしやがれ」と「渚のシンドバット」をくっつけただけですから。

 そのサザン。デビュー当時はいろいろな新人賞にノミネートされ、授賞式に出るんですよ。ああいうバンドって、俺たちは賞のためにやってるんじゃない、と辞退するのが普通だった。

 だけどサザンは出る。短パンにトレーニングウェアスタイルで…。

 当時はアイドル全盛で、演歌の新人もノミネートされる。当然、授賞式では浮きますよね。しかも、最優秀賞は取れないから、まったくかっこ悪い。

 スポットライトの当たる受賞者の脇にたたずむ場違いな格好の若者たち。

 でもそれにめげずに何度もノミネートされる授賞式へ出る。

 受賞できないのはわかっているし、出ても完全に浮いてるから出なければいいのにと思いました。またデビュー当時は、ラジオ番組に自分たちの曲をかけてもらうため、メンバー全員ではがきのリクエストを書いていたそうです。

 これまたかっこ悪い。

 でも、かっこ悪いことを繰り返していると、いつの間にかすごくかっこよくなっていくのだと、昨日テレビを見ながら思いました。

 当時のバンドで、今も第一線で活躍しているのは、サザンのほかにはほんの一握り。

 なんかその辺に、生き残りの秘訣のようなものが隠されているような気がします。

 …いかん。今日はサザンの話だけで終わってしまう。その話題の続きはまた日を改めて、遅ればせながら本題へ行かせていただきます。

 さて、先週からの続きの「人をやる気にさせる方法」。

 子供の頃、いい先生に出会って、勉強や体育にやる気が出たっていう人は多いのではないでしょうか。

 実業家や研究者、スポーツ選手の半生記が好きでよく読むのですが、子供時代、自分の将来を左右するような先生との出会いが書かれているケースが多いですね。

 そういう先生って大抵、ほめ方がうまい。

  以前、「やる気にさせるうまいほめ方」でも書きましたが、勉強やスポーツをすることが楽しく好きになるようなほめ方をする。

 最初はそれほど勉強ができるわけでも、スポーツが得意なわけでもなかったかもしれません。しかし好きこそものの上手なれということわざ通り、朝から晩まで集中して取り組んでいるうちに、いつのまにか第一人者になっている。

 そういうやる気にさせる先生のパターンがあるらしい。あまり見たことはないのですが、NHKのBSでやっているBS演歌塾なんかはこのパターンですね。

 たとえば、出演者の素人がまず歌う。すると審査員の先生(名前は度忘れしましたが)が、まず「大変お上手です。よくできていました」とほめる。(第一段階:賛辞)

 そして、「ただ、最初の出だしとさびの部分をこうすれば、もっとよかったですね」と審査員の先生が模範例を示す。(第二段階:指摘)

 最後に、「あなた、なかなかいい線いってますよ。これからも頑張って練習してください」と励ます。(第三段階:激励)

 有名な作詞家や作曲家の先生から、このような形で指導されると、やる気が出ますよね。素人の出演者の顔を見ていると、もうホントに生き生きとしていて明日からカラオケで練習しまくるぞという気迫まで感じます。

 その番組。最後に一番上達した人が、プロモーションビデオの演歌歌手みたいに自分が指導を受けた曲を歌うシーンがあるんですよ。

 いつもテレビでプロの演歌歌手の歌を聴いているこちらとしては、決してそれだけほめられるほどうまくはないと思います。

 でもきっと、今回を契機にもっともっと練習を重ねて、いずれはプロの歌手としてデビューする人もいるんじゃないかという気もしました。

一流の先生にほめられたという事実は、何にも変えがたい自信となりますよね。これからものすごく真剣に、歌のレッスンに取り組むに決まってますから。

この点について、多胡輝氏の「言葉の心理作戦」には、以下の記述があります。

● 暖かい感化的な言葉で包まれた情報は、人を発奮させる力を持つ。

上記の演歌道場の審査員の講評の仕方は、ちょうど暖かい感化的な言葉で包まれた情報なのだと思います。

 たとえば、「大変お上手です。よくできていました」と「あなた、なかなかいい線いってますよ。これからも頑張って練習してください」が暖かい感化的な言葉。

「ただ、最初の出だしとさびの部分をこうすれば、もっとよかったですね」は、指摘、いわゆる批評という冷たい情報ですね。

その冷たい情報を、暖かい感化的な言葉で包むことによって、出演者に、批評に対する拒絶反応を起こさせないように、「よし、もう一度頑張ってレッスンしよう」という気持ちにさせるとか。

審査員の先生の批評が、出演者の目標である「歌をもっとうまく歌うこと」に転化するわけだそうです。

う~ん。山口百恵や森昌子がデビューするきっかけとなった「スター誕生」という番組の審査員は、もっと厳しかった気がするけど…。

でもあの番組の場合は、一流のスターに即なるという目標が明確だったし、ちょっとくらい厳しいことを言われたくらいで断念するような根性がなければプロにはなれないわけだから、あれでよかったんですかね。

きちんとほめていた審査員もいましたから。

それにしても、小学校時代の私の図工の先生もまさに、演歌道場の審査員の先生のような人でした。

そのときは、相当絵に打ち込んだんだけど…。

やっぱり才能もありか?

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自信を失っている人にやる気を出させる法

こんにちは。
 
 昨日の夜はすごい暴風雨でした。自宅で仕事をしていると、窓ガラスにバサッ、パサッと水しぶきがかかります。

 地鳴りのような響きが遠くの方から聞こえ、それに混じって救急車のサイレンが…。

 あまりにうるさいのでイヤーウィスパーをしたら、やっと落ち着いて仕事をすることができました。そしていつのまにか、深い眠りの中に…。

 嵐の晩にぐっすり眠れる幸せを満喫したのですが、絶対いざというとき逃げ遅れますね。

 窓をひとつ閉め忘れて、雨がものすごい勢いでふきこんでいたのに気がつかなかった。あのものすごい音は、近くで異変が起きていたのか。

 灯台下暗し…。

 それはともかく、このブログでは今まで何回か、ドツボにはまっている人に自信を取り戻す方法を書いてきました。

 やはり人にはいろいろなタイプがあります。

励まそうとして、「頑張って」と言ったところ、「今までこんなに頑張ってきたじゃないか。それなのにもっと頑張れと言うのか」とますますドツボの海底深く沈み込んでしまう人もいる。

今日ご紹介する方法は、即効性はないけれどもジワジワ効いてくる、漢方薬のようなやり方でしょうか。体質改善とまではいかないでしょうけど…。

もうかなり昔の話ですが、ある作家は、スランプに陥ると深夜、二階の窓を開け放って、「俺は天才だ!」と大声で三回叫んだそうです。

昔、テレビである洋画を見ていたのですが、やはりこれと同じような光景を目にしました。

主人公のボクサーが最強のチャンピオンに挑戦する試合の前、ロッカールームの鏡で自分の顔を眺めながら、「お前は強い。お前は強い。絶対勝つ、絶対勝つ、絶対勝つ」とつぶやいているのです。

これは皆さんご存知の一種の自己暗示。自分を励ます技法としてよく使われています。

このやり方は、自信を失っている人に使うこともできますよね。いわゆる他者暗示。

ボクシングはプロレスほど詳しくないのですが、ボクサーとトレーナーが練習しているとき、「そうだ、その調子。いいぞ、お前は強いんだ。絶対勝てる」とよく励ましているシーンはイメージできます。

作家とボクサー。以上ふたつの例をここで挙げましたが、共通する点は何だと思いますか?

そう、繰り返しです。

ここで例によって、多胡輝氏の「言葉の心理作戦」には以下のフレーズがあります。

●「簡単な言葉」の繰り返しが人にやる気を出させる。

なんかたいしたことなさそうな気もしますよね。

でも簡単ではっきりした言葉を繰り返し、ストレートに相手に伝える方法を直接暗示といって、意外な効果があるそうです。

自分の意図が相手にわかっているから、最初はなかなか相手にされませんが、この繰り返しがじわじわと相手の心に影響を与えていくのだとか。

たとえば、ある語学教材にこの手法が取り入れられて成果をあげているらしいのです。

その語学教材のCDの各項目の最初の部分に、以下の声が入っているとのこと。

「僕は今年、××大学に入学した○○です。このCDを二ヶ月で完全に修得いたしました」

 この教材を聞いている人はどうなんでしょう。××大学ってあの超一流大学。スゲェー嫌味に聞こえるんじゃないですか? 当然自慢しやがってと不愉快になる人もいるでしょう。

 だけど、それを我慢して十回も聞いていると、別に気にならなくなるらしい。次第に意識下に影響を与え、いつの間にか自分も二ヶ月で覚えられそうな気がして、やる気が出てくるそうです。

 この方法は、社内でドツボにはまっている部下や同僚を励ます場合にも使えますね。

 繰り返し、ストレートに表現する。

 相手に自信を持たせ、やる気にさせるには、努力を惜しまず、同じ言葉をストレートに繰り返すこと。

 どんな言葉がいいんでしょうね。

「大丈夫、君ならできる。今は少し、踊り場にいるみたいだけど、絶対できる。僕が保証する。いつかきっと大成すると信じてる」

 …なんて、どうでしょう。

 そういえば、私も会社に入ってすぐドツボにはまった時期がありました。そのとき上司の言った言葉が忘れられませんね。

  ことあるごとに、上司は私に以下の言葉を繰り返したのですよ。

「大きくジャンプする前は、誰でもいったん大きくしゃがまなければいけない」

 最初は、正直、たいして気に留めていなかった。

 しかし、何度も繰り返されると、今の自分は大きくジャンプする前の状態だと思って、頑張る気分になったから不思議です。

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ひとことで州知事になる言葉の魔術

 こんにちは。

 みなさんご存知のように現在、台風11号が接近中。

 今夕にも紀伊半島~関東太平洋岸上陸の恐れ(読売新聞)とか。東京も結構雨が降っていますよ。

 これから大荒れになるのでしょうね。そういえば、昔、こういう大荒れの天気の日に張り切って得意先を訪問する営業マンがいましたっけ。

 わざとずぶ濡れになって、「ひぃぃぃぃぃ~、すごい天気で参りました」と髪の毛から水を滴らせながら言う。

 そう来られたら、普通の人は邪険にはできませんよね。

「こんな天気の日も、営業するの? 熱心だねぇ」と同情まじりのお客さん。

 ちょっとここで雨宿りしてったら?と言われ、延々と粘って商品を買ってもらったとか。

 いつもは別の来客があって商談が途切れることがあっても、こんな日は誰も尋ねてきませんから、まさに独壇場。

 でも今はどうなんですかね。

 そんな人情話は今は通用しないっす、と知り合いの営業マンが言っていました。

 インターネットをはじめ、お客さんはいろんな情報を知る機会が増え、よりシビアにメリット、デメリットを分析するようになったみたい。

 人と人とのつながりも、よりシビアにメリットデメリットを分析してどうしようか決める、ということにならなければいいのだけど…。

それはともかく、目下の人をやる気にさせるには、言葉で身分の逆転をはかるとよいという昨日の話。

それに関連して、多胡輝氏の本に面白いエピソードが書かれているんですよ。

かつて、アメリカの州知事選挙に、兄弟が出馬して争ったことがあったそうです。

兄弟で同じ椅子をめぐってよく立候補したものだと思います。仲のいいときの若乃花と貴乃花が、千秋楽で優勝をかけて戦うようなもの。

それはともかく、兄は、赤ん坊にキスしたり選挙民と握手したり、幼い子をかわいがる愛情あふれる候補者というイメージをつくることに成功した。

これに対して弟の候補は、派手なジェスチャーをしなかったそうです。

しかし演説会場で演壇に立つと、ポケットを探ってから聴衆に向かって、「どなたか一本。たばこを恵んでいただけませんか」というのを常とした。

結果は、弟の大勝利に終わったそうです。

選挙民たちは、えらい政治家にめぐむことができたということで、弟を熱烈に支持したのだとか。

ふ~ん。今だったらどうでしょうね。嫌煙家たちからの不支持で、立場は逆になっていたかもしれない。

それはともかく、社会的に下位だと思っている人は、上位のものに対して劣等意識をもっている。

「めぐむ」という言葉には、上位の者が下位の者にものを与えるという意味があります。

だから、この言葉を上位の者が下位の者に使うことによって、一瞬にしてこの関係を逆転させることができたのですね。

それにしても、「恵んでください」と言っただけで、州知事になれたのか。言葉の力ってすごいですね。

この言葉の魔術。

以前、ブログで、職場で部下のやる気を引き出す方法として次のポイントを書かせていただきました。

● 人をやる気にさせるには、命令形より疑問形のほうが効果ある。

昨日お話ししたように、部下が反抗的になるのは、上司の態度や命令の仕方によるものが多い。劣等感をあらためて思い知らされるのは誰でも嫌ですからね。

職場で、部下をやる気にさせながらうまく誘導するには、命令形より疑問形にしたほうが抵抗少なく受け入れられやすいのです。

この疑問形も、「~したらどうか」「~したほうがいいと思うよ」と押し付けがましい形にしないことがベターですね。

そのほうが、サスペンション状態が強まり、部下への心理的インパクトが強まるとか。

またこういった疑問形も、部下についてよく知らせければ効果が薄くなるそうです。

上司から思いがけない質問を浴びせられたとき、「え~!? さすが上司の○○さん。よく見ていてくれるんだなぁ」と部下に対する効果が倍増するらしい。

そういえばこの疑問形。

かつてNHKで、タイトルはど忘れしましたが、長崎奉行を主人公にした時代劇がありましたね。確か、小林捻侍が遠山の金さんの父親役で登場した…。

細かな設定は忘れましたが、ドラマの中で、長崎奉行が身分は低いけれど気位は高い女性に頼みごとをするシーンがありました。そのときの言葉遣い。

それは、「~してくれぬか」という頼み方。

これも一種の疑問形ですね。

小林捻侍のお奉行様が微笑みをたたえながら相手の目をじっと見ながら言うと、さしものはねっ返りの女性も、「仕方ないわねぇ」という顔でうなずいたのを覚えています。

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目下の人をやる気にさせる法

 こんにちは。

 更新は、2日ぶりですね。なんか夏ばての影響が出ている今日この頃。

 それにしても昨日は参りました。

 むしむしする都心を汗を拭きつつ歩き回っていると、突然の豪雨ですよ。もうびしょ濡れ。

 カバンを頭の上にかざしながら、やっとのことで地下鉄の入り口までたどりつきました。なんか拭くものなかったかなとカバンの中を見て、はじめて傘があったことに気づく。もう最悪…。もうボロボロっす。

 仕事もいっぱいあったので、ブログを書くのは少しためらわれ…。

 こんなことではいかん。もう一度初心に戻って頑張ろうと思っております。

 先週からの続きの「人をやる気にさせる法」シリーズ、さっそく行きますよ。

 今日は、目下の人をやる気にさせる法。

 

 上役から仕事を命令されるとき、なんか嫌だなとか、ときにはムッとするシーンってありますよね。

 たとえば、「ビジベン君、ちょっと来たまえ」と上司からお呼びがかかり、上役のデスクの前に呼び出されるとき。

「なんかまたヘマをやったのかな」とビクビクしながら、上司のところへ行く。

 すると、ドサッと書類の束を渡され、「この仕事を明日までにやっておくように。いいね。明日の朝9時までに私に必ず提出すること。もし、遅れたら大変なことになるからな」

 …と、さも部下が上司の命令を守るのが当然と言わんばかりの傲慢な態度。

 さすがに温厚なビジベン君もムッとする。

 だって今日の夜は、明日の午後に提出しなければならない仕事のために残業する予定だったのだから…。

 その仕事を命令したのもあんたでしょう。決して仕事は遅い方じゃないけど、物理的に無理っスよ。

 さすがにキレて、もろ肌脱ぎ、「やいやいやい、てめぇ、何様だと思っていやがる。この遠山桜にかけても、理不尽は許さねぇぜ」と、傲慢な上司をひっとらえ、お白州に座らせて、百叩きの刑を命じられたら、…気分いいだろうなぁ。

 これにて、一件落着~!!

 …なんてことのできないサラリーマンの人たちはつらいですよね。こんな経験がある方は多いと思います。結構頭にくるシチュエーション。

 でもなぜ、こんなに頭に来るのでしょう。

 仕事を命じられるのは、給料をもらっている以上当たり前のことなんですよ。

 忙しいというのも、会社にとってその仕事が重要であり、やらなければならないものだとわかれば、徹夜してでもこなすことには仕方ないと思える。

 頭に来るのは、上役が上役風をふかせる「役割言葉」である場合が多い。

 社内で下の人間は、上の人間に対して常に劣等意識を持っていますからね。そのことは、もう十分痛感している。

 それなのにあえて、神経を逆なでするような上役風を吹かせる上司は、傷口に塩をなすりつけるようなもの。

 あまのじゃくでなくても、反抗的な態度をとりたくなる。

 反抗的な部下が多い職場は、「役割言葉」によって、上役風が風速50メートルぐらいの暴風雨となって吹き荒れているのではないでしょうか。

 じゃあ、どうすればいいか。

 この点について、多胡輝氏の「言葉の心理作戦」という本には、以下の解決法が記載されています。

目下の人をやる気にさせるには、言葉で身分の逆転をはかるとよい。

 つまり、上役の「役割言葉」が問題で、部下が反抗的な職場は、その「役割言葉」を逆転させてやればいいということ。

 たとえば、部下に対しては、必ず冒頭に、「頼みがあるのだが」という言葉を使ってから本論に入る。

 一見、なんでもないことのようですが、これを日常的に続けていると、やる気のなかった社員が発奮し、反抗的な部下が素直になったと本には書かれています。

 人は、劣等感が優越感に変わったとき、非常にやる気が出るといいます。

 これと関連する話ですが、昔時代劇を見ていた頃、お奉行様が町のチンピラに対して頼みごとをするシーンがあったんですよ。確か、「遠山の金さん」だったかな。

 このチンピラ。チンピラだから当然反抗的ですよね。直前まで奉行所の役人に悪態をついている。

そこへお奉行様が登場し、「実は、おぬしを見込んで頼みたいことがあるのだが、引き受けてくれぬか」って言ったんですよ。

その言葉を聞いたとたん、そのチンピラが従順になり、「へい。あっしでお役にたつことでしたら、何でもやらせていただきますぜ」。

あまりの態度の変化に驚きましたが、不自然には見えなかった。

自分も、お奉行様からああいう風に頼まれたら、感激して同じことを言ったでしょうから。

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営業にやる気を出す理由を考える2

こんにちは。

 昨日、知り合いの社長さんから突然ケータイに電話をもらったんですよ。

 その社長さん、知る人ぞ知る有名人で、テレビや新聞にもたまに出ています。たしか七十八歳。十年近く前に仕事を依頼されたことがあってからの知り合いです。

 いきなり、「ちょっと相談したいことがあるんだけど、来られるかな。新しい事業を思いついたので意見を聞かせて欲しいんだ」と切り出しました。

「はい。どちらへお伺いすればいいのですか?」と場所を聞き、唖然。

 都内の病院じゃないですか。驚くべきことに、数日前に自宅で倒れ、救急車で運ばれたとのこと。点滴の状態のまま、病院の公衆電話からかけているそうです。

 何でも、一時は意識不明となって危険な状態だったとか。

「昏睡状態のとき、儲かる新規事業のアイデアを思いついたんだよ。これ絶対うまく行くと思うから、ちょっと手伝ってくれないかな」

 すぐには言葉が出てきませんでした。

 すごい事業欲。朝から晩まで儲けることを考えている人でしたが、ここまですごいとは…。

 営業についても、独創的な考えを持っています。 

 見た目も若い人だし、その執念なら、あと最低20年は現役できますよ。生きがいを持つことの重要さを再認識いたしました。

 さて、おとといから続けている営業にやる気を出す理由。私のほうは今日で打ち止めになりそうですが、ほかにもありましたらどうぞ教えてください。

 それでは行きます。    

● 営業の知識は、あらゆる人間関係に応用できる知識である

 上記の名言は、営業活動についての明解な洞察力に富んだ分析を行ったトップ営業マンのエルマー・ホイラーの言った言葉です。

 「ステーキを売るな、シズルを売れ」というマーケティングの格言でも有名なトップ営業マンですね。 

 彼は、営業マンはお客の心の動きを常に読み続ける。つまり人間を十分に観察している人間学の大家であり、優秀な心理学者であると言っています。

 トップ営業マンで「あんな嫌なやつはいない」などと言われる人はいません。嫌な人間から商品を買うお客などいないからです。

だから営業マンは逆に、自分の商品を売ろうと思ったら、人間関係の機微をわきまえるために必死に勉強し、いつも相手の立場に立って物を考えようとします。

トップ営業マンほど仕事を離れた分野でも実に多くの友人がいるといっていいでしょう。

飛び込み訪問などキツイ仕事を切り抜けてきた人ほどどんなに偉くなっても腰が低く、皆から好かれるものです。

● 営業マンは社長になるための勉強をしている

 創業社長で成功している人はほとんど、優秀な営業マンと言っても過言ではありません。

たとえば現在総合セキュリティー企業で有名なセコム創業者の飯田亮氏は、社員4人(営業2名、ガードマン2名)で会社を創業し、自ら一日中ガードマンの派遣契約を売り歩いたそうです。

それでも当時、自分の会社の警備を他の会社に依頼すると言う発想自体がなく、毎日20軒以上会社を飛び込み訪問してもまったく相手にされなかったそうです。はじめて契約できたのは3ヵ月後だったとか。

現在一流大企業に発展した同社からは信じられないようなエピソードですね。

 松下電器創業者の松下幸之助氏が、大飛躍のきっかけとなったのは二股ソケットの開発でした。その頃の松下電器は、会社とは名ばかりで、3畳一間に土間しかなかったそうです。

だから若い頃の幸之助氏が自分の自転車の荷台に二股ソケットを積んで問屋へ営業に行っても、零細企業だと馬鹿にされ、全然相手にされない。月々の支払いに追われ窮地に陥り、もう会社はやめようと思ったそうです。

その頃、営業に行っていたある会社から、「これだけプラスチックの加工ができるなら扇風機のハネもできるだろう」と大量の下請けの仕事が入ったとのこと。

幸之助氏は後年、あの時の注文がなかったら今の「松下電器」はなかったかも知れないと話していました。

営業に走り回っていたからこそ、新たな展開が生まれたのですね。

 またアシックス創業者の鬼塚喜八郎氏は、自分の会社で作った運動靴を履いて、日本全国のスポーツ洋品店を飛び込み営業してまわりました。多くの店主との雑談の中から、新商品開発のヒントを得たと言います。

 これだけ良い商品を開発したのにどうして売れないのだろうとぼやいている経営者の方がよくいます。

 よく話を聞いてみると、営業にあまり力を注ぎ込んでいない場合が少なくない。

極論かもしれませんが、たとえ売れない商品であっても、営業マンが誠心誠意努力していると別のところで何らかの突破口が生まれてくるもの。

またお客さんとの話の中から、商品の改善のポイントや新商品開発の発想が生まれてくるものですね。

 経営者や上司は、自分の会社の営業マンに対し、以下の理由から「営業マンは将来社長になるための勉強をしているのだ」と営業に誇りを持ってもらうことが大事だと思いますよ。

● 営業マンは目標達成のため努力し、精神を鍛えられる       

● 営業で苦労すれば人間関係がうまくなる

● 営業を経験していない社長は、一番ポイントとなる営業をする人間の気持ちを理解できない

技術畑出身であっても、社長になったら自社の製品の売り込みの先頭に立たねばならない場面が必ず来る

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営業にやる気を出す理由を考える

こんにちは。

 暑いですね。暑いと書くと余計暑くなるから書くのをやめようと思うんだけど、やっぱり書いてしまう。

 頭がフリーズしてしまって、暑いという言葉しか出てこないですよ。

 内勤の方は、クーラーが効き過ぎて夏は嫌だと言う人もいると思います。でもやっぱり一番困っているのは、外回りの営業マンじゃないでしょうか。

 少しでも歩くと汗が吹き出す。いくらクールビズといっても、涼しそうなノーネクタイは、ギンギンにクーラーが効かせてあるお役所の窓口だけ。

 公園の木陰で息も絶え絶えになって倒れこんでいる営業マンをよく見かけます。

 こう暑くては、やる気が出ない人も多いかもしれない。

 まあ、暑くてやる気が出ないケースは肉体的な要因ですが、精神的な要因でやる気が出ないのは困りますね。なんとかしなければ、症状は長引きそうです。

 …ということで、昨日お話しした営業マンが営業にやる気を出す理由にはどんなものがあるか、について考えてみたいと思います。

 その前に、私だけの意見かもしれませんが、わりと営業担当の上司って、成果のあげ方や成果の管理の方にばかり目が行きがちになるのではないでしょうか。

 たとえば、どうしたら飛び込み訪問で断わられないか、パンフレットの出し方やクロージングの仕方はこうしろ、など。

 成果の管理だったら、ノルマの設定、ノルマの達成状況の管理などですね。

 もちろんこういう仕事は、会社の営業にとって必要不可欠なものであるということを否定はしません。

 ただその前に、部下、とくに営業の初心者の部下に対してやるべきことがあるのではないか。

 それは、なぜ会社の仕事として営業をしなければいけないのか。営業の仕事は、これからのキャリアアップ、人生設計においてどのようなプラスを君たちにもたらすのか、ということ。

 それをしっかり部下に教えないで、営業にやる気を出せ!と強制するのはちょっと酷かもしれませんよ。

 給料や成功報酬がアップするのはもちろん大きな魅力ですが、それは一時的なもの。

 もっと長い期間、人生レベルで、営業という仕事がどのようなプラスを営業マンにもたらしてくれるのか。

 そのことを知り、心の底からやる気になったとき、初めて営業マンは本当の能力を発揮できるのだと思います。

 私は、以下のような点を営業のメリットとして考えたのですが、もしほかにございましたら教えていただければうれしいです。

 とりあえずそれを箇条書きにしますと…。

● 企業は営業で成り立つという事実

営業は、会社を支える重要な仕事であるという誇りを持つことが大切ですね。営業活動がなければ、お客さんの需要を掘り起こすことがいつまでたってもできないからです。

 前にもブログに書きましたが、IBMの創立者にワトソンという人がいました。彼は世界最高のセールスマンと呼ばれた人物ですが、「販売なくして会社なし。セールスに誇りを持て」と常々言っていたそうです。

● 売ることは価値の創造である

 いくら技術者が素晴らしい商品を作っても、お客さんの手に渡り、使用され消費されなければ価値は生まれません。営業マンがお客さんに売ってはじめて、モノに価値が生まれるのです。

 いわば営業マンは、会社に価値をもたらすとも言えるのではないでしょうか。

● 会社で認められるには、営業の仕事が一番手っ取り早い

 営業は成績としての数字がはっきり出ます。実力のある人間にとってこれほど自分の能力をしっかりアピールできる職種はないでしょう。他の仕事は、実績が数字では計りにくいので、上司によっては自分の能力を正しく評価してもらえない場合があります。

● 営業できれば、食いっぱぐれがない

 自らも一流の営業マンであったリコー創業者の市村清氏は、「会社がたとえ潰れたって売る力を持っていたら困らない」と営業マンを鼓舞したそうです。

昨日も書いたように、確かに求人情報誌、ハローワークなどの求人案内を見ると、営業・販売員の募集が圧倒的に多いですし、賃金水準も他の職種より高いところにあります。

また求人条件の年齢も不問としているところが多いようですね。営業能力に磨きをかけたほうが、難しい資格の取得に時間をかけるより、よっぽど食いっぱぐれがないとも言えるのです。

● 自分の才覚と行動で天下のあらゆる階層の人に会える

 雑誌に超一流の保険セールスマンの記事が出ていましたが、彼の顧客は国会議員から歌手、俳優、一流企業の社長まで幅広いものでした。努力とバイタリティとキャラクターから人脈を広げ、顧客を開拓したそうです。とても他の職種では、これだけの人たちに会うのは難しいのではないでしょうか。

また営業で得た人脈は生涯使えます。そして、自分が営業で出会った一流の人にいろいろ教わることもできるメリットがあるのです。

営業にやる気を出す理由は、明日も続きます。

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営業マンがやる気を出す理由を考える

 こんにちは。

 2日間、お休みをいただきました。別にどこへ行ったというわけではなく、相変わらずバタバタと東京中を走り回っていました。

 ところで、今日も暑いですね。

 昨日、日本橋へ行ったのですが、まだ働いているビジネスマンの数は少ないような気がしました。

 今日も、電車でそれほど多くのビジネスマンの姿は見かけませんでしたよ。

 まだ巷では、お盆休みの会社が多いのかなぁ。

 さて、今日は久しぶりにビジネスの話題に戻りたいと思います。

 お盆前の話題の「人をやる気にさせる法」の続きです。

会社の中で、一番やる気を出してもらわねばならない部署は? という質問を会社の社長や役員にすれば、どんな答えが返ってくるでしょうねぇ。

いろんな回答があると思いますが、おそらく営業だ、という答えが多く返ってくるのではないでしょうか。

もちろん新商品開発や財務、企画など、企業にとってどれ一つやる気がかけると支障をきたす部署はたくさんあります。

ただやる気は、営業の成果に直結しますよね。営業は一種の攻めです。守りに入ったら、とたんに成果が激減。だからもっともやる気が問われるのが、営業だと言っていいでしょう。

ところが、この営業。一部の例外を除いて人気がない。新聞広告の募集欄を見ていただければわかるように、つねに営業マンの募集広告が紙上を賑わしています。

今は多少景気が回復してきているようですが、あの平成大不況のときだって営業マンの募集広告が求人欄に満載でした。しかも、結構年齢不問、なんていう求人も営業にはある。

ハローワークへ行ってみると、今はよく知りませんが、一時期求職者であふれ返り、求人票のファイルを取り合って喧嘩している人たちもいました。何を取り合っているのだろうと、私も好奇心旺盛だから近くへ寄っていき、

「ちょっと、ちょっと、喧嘩はやめねぇかい。どうだい、この遠山桜に免じて、その取り合ってるファイルを見せてくれねぇか?」

もろ肌脱ぎで啖呵を切り、ファイルを覗き込むと大抵、「事務」とか「作業員」の求人でした。

そのファイルを喧嘩している二人に返し、

「じゃ、失礼するぜ。しっかり喧嘩してくれよ」( ←もちろんウソですよ。遊び人の金さんをやってみたかっただけ。本編とは関係ありませんので念のため

 それはともかく、「営業」の求人票を取り合って喧嘩している人たちは見なかったですね。

 なぜ営業は敬遠されるのでしょうか。

誰も営業の重要性に異を唱える人はいません。あとでも述べますけど、商品やサービスの仕組みを作っただけではお金にはなりませんよね。それを売ったり、仕組みを広く世間に知り渡らせたりする営業マンがいて初めて、企業に利益が出る。

営業は企業にとって、必要不可欠なもの。

ただなんとなく嫌だから、とか、人に頭を下げたくないからとか、営業に対する悪いイメージが先行しすぎているような気がします。

それでもまだ大企業は問題ないんですよ。会社のブランドで、「是非、営業をやりたくて志望させていただきます」と大勢の志願者が集まる。

大企業でも自分の営業能力をアピールすれば、採用の可能性が高まりますから。(もちろん営業をやりたくて志望する人も大勢いらっしゃると思いますよ)

逆に言うと、志望者が多く集まる大企業といえども、ホントに営業力のある人は少ないということになるのでしょうか。

 中小企業にとって、優秀な営業マンの確保に頭を悩ましているところは多いと思います。

もともと営業という職種は、最も重要な職種のひとつである反面、最も敬遠されやすい職種であるともいえます。

自分の会社の商品やサービスが市場に浸透していない中小企業にとって、優秀な営業マンの確保は死活問題。

それなのに高いお金をかけて人材を採用しても、2,3日で「やっぱり自分は営業に向いていないと思うから辞めます」と言われたのでは目も当てられない。

 何度も転職を重ね、もう営業職しか残っていない、仕方ないから営業でもやるか、と言った「でもしか」営業マンは結構多いと聞きました。

自分の会社の「でもしか」営業マンに、営業に対するマイナスイメージをなくし、プラスイメージへ転化させることってすごく大事なことだと思います。

営業マンの営業へのインセンティブを高めることが、企業発展のターニングポイントになるといってもいいでしょう。

次回は、営業マンが営業にやる気を出す理由はどんなものがあるか、考えてみたいと思います。

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反抗的な人をうまく反省させる法

 こんにちは。

 相変わらず暑いですね。

 昨日、NHKBSで、「フーテンの寅さん」を見ました。初期の作品の寅さんは、元気がいい。その元気のよさが周りの人たちを引っ掻き回す。

 寅さんも一種、世間に対する反抗みたいなものがあるのでしょうか。でも明るいから全然そんな感じがしないですね。客観的に見たら、とんでもないことをいつもやっているのですけど…。

 さて、反抗的な人にやる気を出す方法は、今日が最後。 さっそく行きましょう。

 反抗的な人は、自分のことしか見えなくなっている場合が多い。

 そういう人に、自分が今やっていることを反省させることができれば、申し分ないでしょうね。

 そんなことができるのか。

 そのヒントが、いつも引用させていただいている本のひとつである多胡輝氏の「言葉の心理作戦」の中に書かれています。

 普通、人は、禁止や命令の言葉に対しては、反発、機械的服従、退行のいずれかによって対応しがちである。従って、そういう言葉では、自分を反省し、主体的に行動を改めてゆくきっかけにはなりにくい。

 その対策として、次の方法が述べられています。

人を反省させるには、その人自身の行動を客観視させるような話をするとよい

 具体的には、反抗的な社員に対して…

「私の指導が悪かったのかなぁ。君をこんな社員にするつもりはなかったのに」

 …という言い方が効く。

つまり、このような言い方は、まず、反抗的な社員の問題行動を上司自身の問題として語ることにより、相手に自分の行動を客観視させるチャンスを与えるとのこと。

人間は、自分の行動を客観視できたとき初めて、冷静に自分の反抗的であるという行動を批判できますからね。

自分が反抗的であるとわかった人は、自発的に自分の行動をコントロールし、改めてゆくことができるとか。

う~ん、深い。ほかにもこの応用編として、面白いことが書かれていますよ。

題して、妻が夫の品行を、改めさせる法。改めさせるには、くどくどと小言を並べ、相手をいらだたせるのは逆効果だとか。

たとえば…

「私が愛したあなたは、そんな人ではなかったわ」という言い方が聞くらしい。

 これを夫が妻の品行を改めさせる言葉として使ったらどうなるか。

 …たんに、気持ちわるいだけ。

反抗的な人でも「絶対これだけは守らせる」というルールを作ろう

 会社の業績が順調で、ある程度社員の自由裁量に任せていても着実に成長する時期というのがあります。

 このような、いわゆる平時のときは、会社の進むべき道をしっかり見定めながら社員に任せるというのも、経営のひとつの方法だと思います。

ただ会社の非常事態のとき、いわゆる有事のときは、経営者や上司が前面に出てリーダーシップを発揮し、社員を引っ張っていく必要がある。

こういう時、経営者や上司の命令に無条件に従えない社員を抱えた会社は、目的遂行に大きな障害をきたすのではないでしょうか。

非常時に備え、命令系統を絶えずメンテナンスしておく意味において、全社一丸となって「絶対これだけは守らせる」というルールを定めておくことが重要だと思います。

 私は学生スポーツが好きで、よく野球やラグビー、アイスホッケーなどの試合を見に行きます。 

大学野球を見に行って感心したのは、試合が終わって応援団長が前に進み出ると、それまで勝手に私語を交わしながらざわついていた学生席がピタッと静粛するシーンです。そして数千人の学生が手を振り上げて校歌を歌う。

髪を茶色に染めた学生やミニスカートにブーツをはいた女学生が一心不乱に歌う姿に、校歌斉唱のルールで大学がひとつにまとまっているのだと感じました。

この一点において、大学の学生はひとつにまとまるのですね。

こういうシーンのない大学は、これからの大学淘汰の時代に生き残るのは厳しいのかもしれません。

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反抗的な人にうまく対処する法

   こんにちは。

 今日も、反抗的な人にやる気を出させる法をお送りします。

 反抗的な人に対処するとき、一番困るのは、何か仕事をしてもらいたいときですよね。

 経営者や上司が、部下に仕事の命令をするといつも、理屈をつけて言い返してくる。そこまであからさまではなくても、そっぽをむいたり、命令を聞いているのかどうかわからない態度。

 これって、経営者や上司にとって、一番頭に来る態度かもしれませんね。

 後輩に仕事を頼むときも同じです。仕事を頼む人にとって、自分が目上だと思っているから、反抗的な態度を取られると、ホントに腹が立つ。

 ここでまた、いつもお世話になっている多胡輝氏の心理学シリーズは、上記のドツボにはまる状況を脱するヒントを与えてくれます。

 それは…

反抗的な人に対する言葉使いを変えてみよう

 反抗的な人は、命令の内容ではなく命令のされ方に反発している場合が多いのではないでしょうか。

 十分納得のいく内容の命令であっても、上司や目上の人から「やれ」と頭ごなしに言われる。反抗的な社員にとって、その命令に従えば服従させられたというイメージを抱いてしまいますよね。

このような従業員に命令するときは、依頼する形で話を切り出した方が効果的だと思います。

たとえば「実は君を見込んで頼みがあるんだけど」という形で、上司や目上の人から頼まれて反発する従業員はいないでしょう。彼らに対する劣等感が、対等な形で依頼されたのだと考え、何とかその依頼に応えようと必死で努力するはずです。

反抗的な人との間に共通の敵をつくろう

 「昨日の敵は今日の友」ということわざがあります。「敵の敵は味方である」という言葉もよく使われる言葉。

反抗的な人にとって、会社だったら社内の敵は経営者や上司であるといっても過言ではないでしょう。

最初から敵であるとみなしているわけですから、何を言っても反発する。

このような社員は、自分の仕事に対し何らかの「こだわり」を持っているケースが多い。たとえば、一匹狼のトップセールスマン。

自分のセールス技能に自信を持っていて、会社は俺がいないと利益が半減するだろうと思っている。確かに、そういうケースが多いのですが…。

だから何か言うと、「じゃあ、あなたたち、俺と同じ成果を営業であげられますか?」という態度でふてくされる。

経営者や上司は、彼の実力を認めているからある程度我慢するでしょうが、それも限度がある。

とうとう我慢できなくなって、経営者の特権で辞めさせたり、配置換えしたりしなければならない場合が出てくる。

経営者や上司は「仕事はできるのに残念だ」と惜しんでいます。

しかし、このような反抗的な社員こそ味方につければ大きな戦力になるのですよ。

「敵の敵は味方である」という世界史を紐解けば数多くの英雄が利用し、権力者にのし上がって言った言葉を利用して、味方につけるべきはないでしょうか。

 経営者と従業員との共通の敵としてまず考えられるのは、ライバル会社ですよね。反抗的な人を使うことのうまい経営者や上司は、このところを見事に利用しています。

 反抗的な人は、不満や鬱憤のはけ口を求めている。もちろん、直属の上司に問題があれば当然ですが、たとえ上司が部下から慕われる素晴らしい上司だったとしても、素直に従おうとしない。

 とにかく自分の思うようにならない世の中が面白くない。不満のはけ口は誰だっていい場合がある。

 その不満のはけ口をうまく別の方向に向ければ、会社にとってとんでもない戦力になるのではないでしょうか。

 反抗的な人を使うことのうまい経営者や上司は、ライバル会社の営業戦略や内部体制について細かく話し、「絶対勝つぞ。ともに戦おう」とうまく対抗意識をあおるのです。

 この点をうまく利用して天下を取った人物がいますね。何度もご紹介している豊臣秀吉です。

 もちろん小説やドラマの中の話で、実際どうだったかわかりませんが、若い頃の秀吉が人間の機微をよくわきまえていたことだけは間違いなかったのでしょう。

 何せ、史上空前の出世を遂げた人。体が貧弱だったし、身分も低い。人をうまく使うことしか、彼の武器になるものがなかった。

 彼は、美濃を攻略するとき、蜂須賀小六をはじめとする野武士に協力を仰ぎます。ところがその野武士団。不平不満の反抗のかたまりで、絶対織田信長に協力するのは嫌だと言い張ります。

 そこで秀吉が取ったのは、敵の敵は味方という戦略。美濃の斉藤家を倒すという目標を掲げ、彼らの能力を最大限に発揮させるのです。

同じように、ライバル会社に勝つためという大目標を掲げ、全社一丸となって頑張り、急成長した会社も珍しくありません。

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反抗的な人にやる気を出させる法

  こんにちは。まずはショッキングな画像から…。

2005  ( 写真:自宅天井 崩落現場 )

  8月7日、午前10時ごろ、東京都○○区にあるビジベンさん自宅の一階天井部分が突然崩落。はがれた天井板が、当時自宅にいたビジベンさんの頭を直撃いたしました。幸い、本人は学生プロレス出身で頭突きも得意だったということから大事には至らず。

  江戸町奉行所では、現在、崩落の原因を究明中…。


 もう…、信じられない。

 いきなり頭上から天井板が落ちてきたんですよ。天井板が安物で軽かったからよかったものの、高級品だったら今頃病院にいましたね。

 この前は、パソコンが壊れてデータをなくすし、今日はありえない事件が起きるし、一度お祓いをしてもらったほうがいいかもしれません。

 すいません。週の初めから、お見苦しい画像をアップロードしてしまいまして。

 気を取り直して、行きましょう。

 今日は、「反抗的な人にやる気を出させる法」です。

どこの会社にもどこの学校にも、反抗的な人っていますよね。

いつもふてくされている。会社もそうだけど世の中自体が面白くないという感じ。私もそういう時期があったから、そういう気持ちはなんとなくわかるような気もします。

でも、ふてくされている本人にとって、ふてくされている理由自体よくわからない場合が多い。

なんとなく面白くないという感じですか。

世の中、自分の思い通りにならないことが多すぎますから。

でも自分で何かやろうとして、思い通りにならない現実にあえいでいるとき、上から高圧的に何か言われたり、型にはめようとされたりすると反抗的な態度がますますグレードアップするような気がします。

特に会社で、「今の若手社員は押しつけに反発する。自己主張はするがするべきことをしない。同年代以外とは付き合おうとはしない」という感想を抱いている社長や上司って、結構多いですよ。

「最近の若者は何を考えているのかわからない」という内容の記録が奈良時代の遺跡から見つかったと先日、ブログに書きました。

年上は常に、「最近の若者は…」というフィルターを通して見ているから、上記のような発言になるわけでしょう。

よくまわりを見回してみると、押しつけに反発する、自己主張はするがするべきことをしない、同年代以外とは付き合おうとはしない中高年社員も結構いる。

もともと人は、他人からの禁止や命令の言葉に対しては、反発や機械的服従、退行によって対応しがちだといわれます。

 反抗的というのは、年齢ももちろんその要因のひとつだと思いますが、その人独自の個性として考えた方がいいのではないか。

 ただそうは言っても、昔と今との環境の違いがあるのは間違いありません。

すべてとは言いませんけど、その環境の違いが世代間のギャップを生むケース。 

たとえば、今の若者は、学校やクラブ活動での上下関係があまりなくなってきているような気がしますね。

大学教授と学生が平気でお互い電話を掛け合う。クラブ活動でも体育会などの上下関係の厳しいクラブは敬遠し、同好会など和気あいあいに楽しめるところに集まる。また親子関係も、自分の子供と友達づきあいするような親が急増しているようです。

このように会社に入社する前の生活習慣が昔と違う。

上下関係のない、よくいえばアットホームな雰囲気の中で生きてきた若者にとって、昔ながらの会社の雰囲気ではなかなか適応できないのかもしれません。

 今の若者は、世の中の上下関係というものをほとんど意識せずに生きてきたわけですから、会社の経営者や上司が上役風を吹かせ、命令すると条件反射的に反発する傾向がある。

 表立って反発しなくても、ふてくされて命令されたことをしぶしぶやる、といったことになりがちです。

それを見た経営者や上司が、なぜもっと前向きに取り組まないのかと昔の体育会のノリで、ますます命令の言葉を強くする。それがかえって悪循環を生み出しているような気がします。

先ほど述べたように、経営者や上司は若者の育ってきた環境の変化に理解を示してやる必要があるのではないでしょうか。

 ずっと前に読んだのですが、経営雑誌「プレジデント」の中で、経営評論家の江坂彰氏と元三愛社長の田中道信氏の対談の記事が載っていました。

お二人もまた若者の育ってきた時代背景を理解してやり、それとともに経営者や上司も管理手法を変えていく必要があると指摘されています。

たとえば、いい意味で物怖じしない。自分の好きなことに熱中できればとんでもない力を発揮する。楽しいこと、面白いことに対する知識は貪欲である、などです。

だからそういう今の若者のいいところをうまく引き出して、楽しく仕事させる。そういうふうにのせる工夫が大事だと言っていました。

 それでは反抗的な社員に具体的にどう向き合ったらいいのか。

 特に経営者や上司の方たちのニーズが高い、若手社員へのアプローチの改善策について次に考えてみたいと思います。

 その続きは次回。

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お祭り騒ぎで、仕事の目標を達成する法

 こんにちは。

 昨日は、私が新入社員時代におせわになった銀行の支店にお伺いしたのですよ。私の友人が、そこの支店長になりましたのでお祝いに。

 先日からブログに書いている、販促キャンペーンの舞台になった支店です。

 中に入ったことは、ここ十数年ありません。

 その前に立って、あまりの変貌ぶりに呆然。

 昔、重厚な鉄筋コンクリート造り2階建ての建物が、高層ビルに変わっているのはよくあることですよね。変貌しているのは、支店のロビー。

 なんと、銀行入り口の自動ドアが開くと、そこはカフェだった…。入って左側に、飲み物や軽食を出すカウンター。目の前に洒落た椅子が並び、右手にはお客さんが自由に使えるパソコンがずらりと置かれたテーブル。

 少し薄暗くて、落ち着いたムードをかもし出しています。

 えっ!? 銀行の窓口はどこ?

 目を凝らすと、奥に窓口のカウンターがあり、行員が忙しそうに働いています。銀行のロビーの一部をカフェに貸しているのですね。すご…。

 見ていると、カフェでコーヒーを飲んでいるお客さんのところへ銀行の窓口係の女性ができあがった書類を届けたりしている。

 これなら銀行の窓口で待たされたと言って、怒るお客さんも減るかもしれない。

 それにしても、変わったものじゃ、銀行も…。

 この話題をこのまま続けていると、今日は終わってしまうので、また改めて書かせていただくとして、昨日の続きに行きましょう。

 ここ3日間、仕事をゲーム感覚で捉える方法の実践編をお送りしています。 

 昨日のブログでは、保険つき定期預金の販売キャンペーンのために、支店の職員全員に四股名をつけ、初日には土俵入りまで行ったのでした。

 さて、今日はその続きから。

 この企画は、最初のスタートがあまりにもドラスティックであったので、その後さほど苦労せずに目標達成まで突っ走ったと言っていいと思います。

 その後も、戦国時代やオリンピックをテーマにした販促キャンペーンを支店内で行って成果をあげました。夏の水不足のときには渇水をテーマにしたこともあります。

 変わった趣向のキャンペーンを考え、支店の人たちが面白がって興味を示してくれると、それだけで目標を達成できたも同然という気がします。

 ところで、大相撲キャンペーンのその後。

 毎日朝礼で番付を付け替え、誰が大関に昇進した、誰がもうすぐ横綱に昇進すると発表しました。

 解説者の鼻風さんにも何回も、今場所の今後の展望について解説してもらいましたっけ。

 土俵入りが受けたので、面白いから徹底して大相撲の伝統を踏襲しようと、皆で頭を絞ったのです。かえって、恥ずかしがらずにやったのがよかったのかも。

 たとえば、営業マンが大関や横綱に昇進するときには○○支店大相撲協会から彼のデスクに使者が行き、昇進を告げるのです。となりにはスーツを着た、上司である親方が並んで座っています。

 それに対して営業マンである力士は、「慎んでお受けいたします。今後も大関のなお汚さぬようがん保険獲得に精進いたします」という言葉を返してもらいました。

 みんな遠巻きにして、そのやり取りをニコニコ笑いながら聞いています。

 そして拍手。

 そうなると、なんだか本当に大関に昇進したような気分になるのですね。

 そしてついに横綱が誕生。

 横綱第一号は、私より二歳年上の先輩でした。

 横綱になったんだから、朝礼で土俵入りをやらせてくれと先輩が私のところへ来て言います。

「よし、それじゃ、雲竜型の土俵入りの仕方を教えてやる」と、頼みもしないのに、大相撲ファンの事務長が、その先輩と二人で会議室へ入って行きました。

 まさか、昼間っから、真面目な顔で土俵入りの練習はしないよな、と思って会議室へ覗きに行って思わず呆然。

 二人とも大真面目に、やっているんですよ。土俵入りの練習を…。

「違う! 視線はもっと遠くを見ろ! せり上がりはもっとゆっくり!」

  事務長が大真面目でアドバイスする。それにまた大真面目に応える先輩。

 先輩が私の存在に気づき、「おい。横綱の綱を準備してくれ」と言いました。

「綱うちだな」と事務長。

 さすがに本物の横綱の綱は作れないので、文房具屋へ行って模造紙を買い、即席で作りました。

 次の日の朝礼で、その先輩は、露払いと太刀持ちを従えて、堂々たる土俵入りを行ったのです。

 そんなことを続けているうちに、どんどん成果があがっていきます。

 あと一歩で目標を達成する頃になると、取引先の商店にスポンサーになってもらいました。

 その商店の広告の入った懸賞金の垂れ幕を持って、朝礼のときみんなの前をまわるのです。

 懸賞金は、その商店のさほど高くない小物などを提供してもらい、なるべく支店の職員はその商店でものを買って欲しいと宣伝しました。

 最終的にわが店は、保険つき定期預金の目標達成率で、全店3位に躍進し、目標を大きく上回ることができました。

 おまけにその後、保険つき定期預金の部門表彰まで受けることができたのです。

  ちょっと自慢話がはいってしまってすいません。

 キャンペーン最終日には、表彰式が行われました。

 優勝部屋、優勝力士の表彰のあと、殊勲、敢闘、技能の三賞の発表が行われ、みんなの前でインタビューもあったのです。インタビューのあと、優勝力士の希望で支店内で優勝パレードまで行われました。  

 今になって考えてみると、このキャンペーンの影のMVPは、支店の若い女性たちだったのではないかと思います。

 従来営業のノルマが課せられるのは、銀行の窓口係や融資係、営業係であって、支店長、副支店長を除いた残りの内部事務の担当者や役席者にはノルマが課されません。

 当然、内部事務の女性は、営業の数字に無関心にならざるを得ない立場にありました。しかし彼女たちを同じ部屋に入ってもらい、営業マンと文字通り同じ土俵に上がってもらったことで、営業の数字というものに非常な関心を持ってくれたのです。

 それは、優勝した部屋全員に賞がもらえるようにしたためでしたけど。 

 若手の営業マンが夕方支店に戻ってくると「今日は何件取れました?」と彼女たちは同じ部屋の営業マンの尻を叩くのです。

 どうして若い女性に言われると、支店長や上司にハッパをかけられるより効くのでしょうね。

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非常識な販促キャンペーン

 こんにちは。 

 昨日のブログでは、保険つき定期預金の販売キャンペーンのために、支店の職員全員に四股名をつけ、大相撲形式で盛り上げようとしたと書きました。 

 職員全員に四股名をつける…。

 原則として自分で考えてくださいということにしたのですが、実際はこちらで勝手に考えてつけてしまった人もありました。 

 かつて、ある保険会社のセールスレディーに対し、支社長が競馬の競走馬のような名前をつけて表に張り出し、女性たちからひんしゅくを買ったという記事を新聞で読んだことがあります。 

 その記事は結構前に読んだものですが、やはり馬はまずいでしょうね、馬は…。

 力士はもちろん人間ですから、そこまでひんしゅくはなかったのですが、やはり女性の場合は気を使いました。今はセクハラの問題とかいろいろありますから、女性の立場に立って慎重にやるべきだと思います。 

 その反動が出たのか、若手の男子行員はもう、滅茶苦茶な四股名を付けられた者もいます。でも彼らも楽しんでいたのですから、打たれ強い人が揃っていたのかも…。

 さて、昨日ブログに書いた企画案を次の日、朝礼で発表したんですよ。

 一通りルールを説明してから、番付表を示し、前の月に保険を2件獲得していた支店長代理の四股名(前日私が考えた)を東正関脇のところに貼りました。

 そこに書かれていたのは『痛風(いたかぜ)』。

 その人は、持病の痛風を金持ちの病気として当時みなに宣伝していたのです。それまで呆気にとられた顔で発表を聞いてした支店の人たちは、一気に爆笑に包まれました。書かれた当の本人も苦笑。

 そのとき傍らに立っていた支店長が、目に涙をためながら真っ赤になって笑いをこらえている姿を今でも思い出します。

 その後で、別名『向こう正面の鼻風さん』の副支店長に今場所の優勝力士の展望を解説してもらいました。 

 その時点でもうみんなやる気になっていたかもしれません。今日中にそれぞれの班ごとに部屋の名前と各自の四股名を考え、報告してくださいと言うと、皆一斉にどんな四股名にしようかと上を向いて考え込む人が大勢いました。

 役席者も面白がり、「それではそれぞれの部屋ごとに飲み会をやって鋭気を養おう。飲み代は銀行のほうで持つから」ということになりました。

  ほかの部屋の名前は、もう忘れましたが、私たちの所属する部屋の名前はよく覚えています。

 名前は、タコ部屋…。

 ちょうど、親方になる上司が、頭が禿げていて赤ら顔でタコそっくり。あとでわかったのですが、高血圧だったそう。キャンペーン期間中、倒れなくてよかった。 

 遊び心があってユーモアのある先輩はどこの職場にもいるもので、その日の午前中には勝手に他人の四股名を考えてくれたのです。

 やせてスマートな支店長代理には『快骨(かいこつ)』。(ガイコツそっくりなのです)

 いつも大声を上げて笑う女子渉外の担当者には『笑杉(わらいすぎ)』。

 新人で猪突猛進する営業マンには『客嵐(きゃくあらし)』。

 いつも帰りにビールを飲んで帰る課長には『キリンビ』(血液が麒麟ビールという噂があった人)

 本人に言わせると余計なおせっかいですよね。

 私の四股名ですか?

 『木佐乃花(きざのはな)』です。変な四股名を付けられる前に自分で勝手につけました。

 それほどキザではないと思うのですが、当時のアイドルの田原俊彦の物まねをよくやっていたので…。 

 最初は、支店の人たちの顔色を伺いながら恐る恐るやっていたのですが、結構うけたとわかったからには、もう徹底的にやってやれという気持ちになりました。

 仕事というより、クラブ活動のようなもの。

 次の日の朝礼は何をしたと思いますか?

 なんと、支店の職員全員で「土俵入り」をやったのです。

 まず、銀行のロビーに丸く円を描き、土俵の代わりにしました。そこへ大学時代アナウンス研究会にいた後輩が、四股名を呼び、その後に『○○県出身、○○部屋』という声にあわせて一人一人入場するのです。

 名前が呼ばれるまで、ロビーの入り口で職員全員が並んで待っている。

 みんな意外と楽しんでいるみたい。

 今考えるといい年をした銀行員がよくやったものだと思いますが、そのときは一人も嫌な顔をする人もなく本当に楽しそうにやったのはどうしてだったのでしょうね。

 朝礼という、一日の最初の荘厳な儀式を壊してみたいという願望を皆、持っていたのかもしれません。

 この常軌を逸する販促キャンペーンのその後は、次回に続きます。

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仕事をゲーム感覚で楽しみながら成果をあげる法

 こんにちは。

今日は、社内で仕事をゲーム形式で楽しくやった実例を書こうと思うのですが、大丈夫かな。

えーっ!? あそこの会社、そんなふざけたことやりながら仕事してたの~?なんて言われそう。別に私は構わないのですが、今いる人たちがうしろゆび差される可能性がなきにしもあらず。

でも、もう20年近くも前の話ですから、もう時効かも…。ええい、書いてしまえ!

あのときは楽しかったなぁ。あんなに笑って、また真剣に仕事した記憶はそれほどありません。

それにしても、若気の至りというか。今考えてみれば、上司に相当迷惑をかけたのかもしれない。

若手社員に思う存分自由にやらせてくれ、かついざという時の責任だけはしっかり取ってくれる…。そんな当時の支店長と私の上司でありました。

いわゆる前にブログで書きました「テゲのある上司」。それに反して私は、上の人の立場も考えない型破りな若手社員であったかもしれません。

親孝行したいときに親はなしと言いますが、当時の上司は定年退職してしまった人が多いです。遅ればせながら、感謝いたします。

また前ふりが長くなりそうなので、さっそく行きましょうか。

今から20年近く前、私はある銀行の支店で営業マンをしていました。そしてあるとき、この銀行の目玉商品の一つである保険つき定期預金の推進責任者をすることになったのです。

 ところがこの年は不況で、大口法人先の解約が相次ぎ、わが支店は目標達成率では全店で、ビリから6番目と低迷していました。

目標達成の期限は8月31日。そういえばちょうど今と同じ8月の初めですね。期限まであと一ヶ月しかない。目標まであと40件以上獲得しなければならず、この数字は通常では不可能と思われていました。

当然周りの人たちの私に対する風当たりも強くなる。  

「もっとみんなにハッパをかけろ!」「成績の上がっていない人を朝礼で発表し、すぐにでも取りに行かせろ!」という声が日に日に強くなっていきます。

 でもねぇ。こういうやり方は、好きじゃないのですよ。これから一ヶ月間、支店の雰囲気は暗黒の闇に葬られてしまいますから。どうせやるなら、明るく楽しくやるほうがいい。

 そのようなどうしようもない状況の中で、子供のころに読んだ豊臣秀吉の伝記を思い出しました。清洲城の石垣を3日で修理する話です。

秀吉は人足の頭を呼び、なぜ3日で完成させなければならないかという話を順々と説き、人足を4つの班に分けました。そしてその4つの班の中で一番早く石垣の修理が完成した班全員に、褒美を出すと告げたのです。

人足たちはそれを聞くと、寝食を忘れて働き、3日後には見事、不可能だと思われていた石垣の工事が完成したという話。

 この話を思い出すと同時に、これと同じことが理論的に書かれている一連の本があったことを思い出しました。

もうおわかりですよね。多湖輝先生の書かれた「心理学のノウハウ本」です。

さっそくそれらの本を五六冊、本棚から引き抜くとその日、夜遅くまでかかって次のようなキャンペーンの企画を作り上げたのです。

当時作った企画書の一部をそのままご紹介しますと…

<企画案: 大相撲○○支店場所>

  1. 保険つき定期預金の獲得キャンペーンである8月一杯は、そのキャンペーンを大相撲8月場所と呼び、大相撲形式で盛り上げる。

  2. 支店35人(支店長はじめ役席者、女子行員も含め)全員に相撲の四股名をつける。

  3. 支店35人のうち、支店長と副支店長を除いた33人を、一斑8人から9人の4つの班に分け、それぞれの班を大相撲の部屋に見立て、支店の4人の役席者をそれぞれの部屋の親方とする。

  4. そして私を含めた若手営業マン4人をそれぞれの部屋の部屋頭とする。

  5. 支店長を当時の春日野理事長をもじった春日部理事長と呼び、副支店長を解説者の神風さんをもじった鼻風さんと呼ぶことにする。( 注:当時副支店長は慢性鼻炎でありました)

  6. 特に個人的ノルマは設定しないが、大相撲と同じ番付表と部屋別の保険件数獲得表を作成する。

  7. 支店長、副支店長を除いた力士は全員、最初、十両からスタートする。

  8. 保険を1件獲得すれば幕内力士、4件獲得すれば大関、6件獲得すれば横綱に昇進する。

  9. 保険獲得表1件から3件までは、獲得数に応じて番付が常に変わる。同じ獲得数なら早く獲得した力士の番付が上に来る。(従って1件しか獲得していなくても、他の力士が1件も獲得していなければ、東正関脇の座につける)

  10. 個人的ノルマを設定しない代わりに、ひとつの部屋として12件の目標を定め、これは連帯責任として必ず達成してもらう。

  11. 一番保険を多く獲得した力士を優勝力士として、祝賀パレードを支店の中で行う。また他に、賞として、準優勝、三賞を定め、それぞれ粗品を進呈する。

  12. そしてキャンペーンを盛り上げる方策として、誰が優勝するか、どこの部屋が優勝するかと言うクイズを支店全員に無記名で投票してもらい、結果を朝礼で発表する。→ キャンペーン終了後あたった人には粗品を進呈。

 粗品は取引先の文房具屋から300円程度の小物を購入。営業マンは商品の中身よりも、みんなの前で拍手を受けながら表彰されるのがうれしいはず。

  …という企画を立て、支店長や上司からOKをもらいました。こんなふざけた企画、よく通ったものだと思います。

「なんでもいいから絶対、達成してくれ」という雰囲気だったので、認めてくれたのでしょう。

 そのあとが大変でした。もう支店中、リオのカーニバルのような大騒ぎ。

 この続きはまた明日。 

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仕事をゲーム感覚で楽しみ、成果をあげる法

 会社の仕事というのは大変なもの、つらいもの、という感覚がありますよね。

…と道行くサラリーマンやOLさん100人に聞けば、一体何人くらいが賛同してくれるでしょう。恐らく過半数の人は、そんなのあったり前じゃん。いちいち聞くなよ、うざいな~なんて言われそう。

 いくら仕事が楽しい、生きがいだと言う人がいても、日曜日の夜になって、胃が痛い、会社行きたくない、っていう気分になったことのある人は必ずいるはずです。

 これが意外と経営者になると、心の底から「仕事が楽しい、生きがいだ」と言っても、ウソじゃないケースが多いんですよ。

 要は、仕事をやらされるか、自分がやる気になって仕事に取り組むかの差。経営者が部下から仕事をやらされるケースってあまりないですものね。

 たとえあったとしても、「俺は部下に使われてるんだよ~」なんて泣き言を言いながら全然ストレスに感じてない。心の中ではもちろんですが、会社の規定の上からも使われているなんてことにはなっていないからです。

 会社の仕事自体は楽しいと思っている人って結構多いんじゃないですか?

 だけど会社には行きたくない。

 経営者や上司からのプレッシャー、ドロドロの人間関係。

 本来の仕事以外の面で会社嫌いになる人って、結構多い。

 ところで、今日のブログのテーマは、「仕事をゲーム感覚で楽しみ、成果をあげる法」です。

 こんなこと書くと、仕事をゲーム感覚で楽しむだと? とんでもないことを言う奴だ。責任者出て来い! なんて言われそうです。

 しかしですよ。同じ結果が得られるのであれば、ゲーム感覚で楽しみながらやってもいいのではないかと思うのです。ストレスで胃をおかしくしながら働くよりずっと仕事が身につくのではないか。

 先日のブログで、経営情報誌「プレジデント」で取り上げられた江坂彰氏と田中道信氏の対談「営業幹部はいまなにをすべきか」を引用させていただきました。

 もう10年近く前の雑誌なので、図書館にでも行かなければもうお目にかかれないかもしれませんが、その内容は全然古くない。

 むしろ、10年前の有識者の提言が、斬新なテーマとなってしまうような問題のある管理手法を取っている会社があることが問題かもしれません。

 その対談の内容を要約すると、以下のようになります。

● 若手社員を教育するとき、精神論、根性論、ノルマによる管理手法というのはもはや限界に来ている。経営者を初めとする幹部が変わっていかなければいけないと思う。

● 今の若手従業員の特徴は、お祭り騒ぎで楽しくワイワイとやるノリは好きである。また興味のあることなら趣味で徹夜をするほど熱中しやすく、やる気にさえなれば能力はかなり高い。それからテレビゲームなどの経験からゲーム感覚の競争には拒否感が少ない。

● そのような特徴を踏まえ、経営者や幹部は従業員をうまく乗せるようにしなければだめである。たとえば、ノルマで縛らず、またノルマをノルマと感じさせない工夫。自分からやりたいという気持ちにさせる工夫。ゲーム感覚で仕事を楽しむ方策。

● 営業マンだけでなく社内全体でお祭りのような社内キャンペーンの実施などいろいろ頭を絞る必要がある。

 仕事をノルマで縛らず、ゲーム感覚でとらえ、楽しく仕事させることがうまくいった場合、社員が信じられない力を発揮することがあります。なぜかというと、上の人からやらされるのではなく、自分からやる気になったから。

 嫌々仕事をやらされる場合というのは、勤務時間中はそれでも真面目に仕事に取り組む人が多いでしょう。ただ社内から一歩外へ出たら、もう別の人。いわゆる会社から拘束された時間の給料をもらうだけの存在。

 ところが自分から仕事にやる気になった人は、仕事が楽しいから、会社から帰る電車の中、自宅の風呂の中、眠っている夢の中でも常に仕事のアイデアを考えている。

 仕事の結果に大きな差が出て当然ですよね。

 次回は、そんな仕事を楽しくさせるような具体例を書こうと思います。

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社内のグループ活動で、やる気を高める法

こんにちは。今日からいよいよ8月。

暑いとか、脱水症状をおこすとか、もう、だめ死にそうとか、なんだかんだ言っても (← 自分で言ってるだけだろ!) あと1ヵ月で9月ですよ。

間に夏休みもあるし…。 

う~、あと少しの辛抱じゃ、扇風機フルパワーで凌ぎきられば…。(← それが言いたかっただけなのね )

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私事はともかく、土曜日は、以下のことを書きました。

1924~1932年にかけて、アメリカのウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で、興味深い実験が行われました。後に、経営管理学、産業心理学の分野であまりにも有名なホーソン実験です。

 この実験は、照明など作業条件の変化が作業員の能率に与える影響を調べる目的で行われました。ところが当初予測していた作業条件の変化に関係なく能率が上昇し、普通なら作業環境が悪化すれば能率が落ちるはずなのに、一概にそうとも言えない結果が現れたのです。

 普通、人間って疲れると作業能率が落ちますよね。ところがなんと、作業の環境が悪化しても、長時間労働で疲れても、かえって能率があがったケースがあったというのですよ。

 さて、その理由はどうしてか、というところまでお話したのでした。

 今日はその続きです。

 ホーソン実験には、数多くの作業員の中から参加者を選抜して行われました。選ばれた者は、おそらく経験豊富で作業能率の良い作業員が選ばれたのでしょう。

 作業員たちにとって、偉い大学の先生の行う実験に参加することは一種のステイタスを感じたに違いありません。今と違って、大学へ行くことはそれだけでエリートになることを意味していたし、彼らを教える教授は雲の上の人だったのでしょうから。

 だから、実験自体、晴れがましい自己主張の場であったはず。少々疲れても、少々作業環境が悪くても、我々は選ばれたエリート集団だと胸を張って実験に取り組んだ。

 つまり、実験に選ばれたという作業員のプライドと仲間意識がいい方向に作用し、作業条件の変化に関係なく、能率が徐々に上昇していったのがその理由でした。

 たとえば小学校のクラスで、足の速い子が4人、クラス対抗のリレー選手として選ばれるようなもの。少々疲れても、小雨が降っていても、クラスの代表としてみんなのために全力で頑張りますよね。

  この実験を主催した一人であるハーバード大学のレスリスバーガーはこんなことを言っています。

●人は感情を持った『社会的動物』であり、公式組織(会社のような公の組織)の中に自然発生的(仲間意識的)な『非公式組織』を作り、その影響が非常に大きい。

 たとえば従業員は会社に所属していても、社内に自発的な仲間グループといったものを作り、そこから受ける影響が、会社から決められた部や課という所属の影響と同程度か、場合によってはそれ以上になることがあるということ。

 この場合は、会社の作業員グループが公的組織。そしてそのなかに経験豊富で作業能率の良い非公式組織が生まれ、同じスキルを持つという仲間意識の影響を受けたのがその理由です。

 ただホーソン実験は、自然発生的にできた集団ではありませんが、同じような意味を持ったと考えていいでしょう。

 昨日、お話した高校野球や駅伝の例も同じことが言えると思います。一人では、それほどやる気がでなくても、同じ目標を持った集団の一員となれば、大いにやる気が触発される。

 つまり人は、自分のためというよりも、自分が心底愛着を持っている仲間のためというほうが力を発揮できる場合がある。

自分が愛着を持っている組織の一員として、同じ目標向かって団結して頑張っている仲間のためなら、人は底知れぬ力を発揮するのです。

だからもし、会社の中で、あるいは学校、組織のなかで、人をやる気にさせたいときはグループ活動を取り入れればいいのではないでしょうか。

 グループ活動を仕事の中に取り入れることは、いくつかのメリットがあります。

 まず、メンバーの一人としての責任感と自覚が生まれてきますから、おのずと仕事に張り合いが出る。

 そしてグループ内の自由な情報交換と与えられた役割が、仕事への参加度合いを高めます。

 メンバー全員の参加度合いを高めるためには、メンバーそれぞれに、役割地位を与えることが効果的です。グループで仕事をする場合は、それぞれの能力より士気と団結が何より重要だからです。

 野球でもサッカーでも、一人のスーパースターだけではなかなか勝てません。個人技ももちろん大切ですが、選手一人一人が与えられた役割をしっかりこなし、チームワークがとれ、目標に向かって一丸となって突き進んでこそ、いい結果が出るのですね。

 また人は、自分が所属する集団の規範にあわせて態度を決め、行動するといわれます。

 以前述べたように、経営者や上司から「やれ!」と命令されるより、本当に信頼できる従業員の仲間同士、みんなで討議して決めたことは守る傾向にあるのです。

 このことは会社の経営方針、経営目標を、社員全員の目標として達成しなければならない場合に応用できるのではないでしょうか。

 またこれらのことは、次回にお話しする会社の中に気のあった仲間同士の非公式組織を作り、その集団同士で競争してみようという発想を思いつかせてもくれたのです。

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グループ活動で、やる気を高める法

 こんにちは。今日も暑いですね。

 連日の熱帯夜に、いささか睡眠不足ぎみです。

 クーラーはもちろんあるのですが、面倒くさいし忙しいので全然掃除していない。スイッチを入れたら、すごいことになるのは目に見えています。

 さすがにアスベストは吹き出さないと思いますが、ほこりやダニを部屋に充満させる危険性がある。

 怖くてスイッチが入れられない。(←とっとと、掃除しろ!!)

 そこで扇風機の出番となる。これも年代物の扇風機で、ゼンマイ式のタイマーがついています。なんと、1時間経ったら、扇風機が止まるのですよ。

 だから、1時間ごとに自然と目が覚め、タイマーをぐるっと回すため起きなければならない。

 …ということで、最近ずっと日中、ねむ~い。

 仕事で外へ出かけるとあまりの暑さに目が覚めるのですが、戻ってきてパソコンの前に座るともうだめ。

 人様の命を預かる商売でないのは不幸中の幸いですが、また変なことをブログに書くのではないかということだけが心配です。

 長~い目で、見ていただければ幸いです。

 …と、ちゃっかり保険をかけたところで今日も行きましょう。

  さて、連日お送りしている人をやる気にさせる方法について。

 今日はまた違った角度から考えてみたいと思います。

 人が一番発奮し、やる気を出しているシーンを思い浮かべてください、と言われたら、皆さんはどんなシーンを思い浮かべるでしょうか。

 私は、やはりスポーツのシーンを思い浮かべるんじゃないかと思います。

 たとえば、今の夏だったら高校野球。

 最近の若者は冷めてる、覇気がないなんて意見をあちらこちらで聞く今日この頃ですが、甲子園目指して炎天下予選を戦っている高校球児たちには絶対この言葉、当てはまりませんよね。連日、汗まみれ、泥まみれになって戦っています。

 また客席では、応援団やチアガールが声をからして応援している。

 球場に来るまではどうだったか知りませんが、いざ試合が始まると、選手だけじゃなくその高校の関係者は声を限りに応援するんじゃないでしょうか。

 別に応援しろと強制されるわけでもない。その試合会場にいる人たちは皆、自ら発奮し、やる気を出しているわけです。

 ところで、冬だったら、正月恒例の大学対抗の箱根駅伝を思い出します。

 私の出身大学も、おかげさまで毎回出場するので毎年欠かさずテレビで見ています。見ていると、しばしば体調不良や緊張で選手がリタイアする大学が出る。

 しかし選手は、ふらふらになり、途中で歩き出したり立ち止まったりしても、容易にリタイアしようとしません。なんとか母校のため、チームのために、監督の制止を振り切ってまで、仲間の待つ中継所までたすきをつなごうと最後の気力を振り絞り頑張ろうとするのです。

悲壮感が漂うシーンもありますが、アクシデントも大きなドラマ。そんな先の読めない台本のないドラマに多くの人たちが引き込まれるのでしょう。

 ただ、これが普通のマラソンや長距離といった個人競技ならどんなに大きな競技会であっても、とっくにリタイアしている状況ですよね

 なぜ、個人競技ならリタイアしても、団体競技だと選手たちは容易にリタイアしないのか。  ちょっと難しい話になりますが、これに関連した話があります。

 1924~1932年にかけて、アメリカのウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で、興味深い実験が行われました。後に、経営管理学、産業心理学の分野であまりにも有名なホーソン実験です。

 なぜか、大学の授業で聞いたこの話がいまだに鮮明に記憶に残っています。違う先生が、別な授業でしかも同時期に授業で取り上げたからかもしれませんが。

 それはともかく、この実験は、照明など作業条件の変化が作業員の能率に与える影響を調べる目的で行われました。

 ところが当初予測していた作業条件の変化に関係なく能率が上昇し、普通なら作業環境が悪化すれば能率が落ちるはずなのに一概にそうとも言えない傾向が現れたのです。

 普通、人間って疲れると作業能率が落ちますよね。ところがなんと、作業の環境が悪化しても、長時間労働で疲れても、能率があがったケースがあったのです。

 さて、それはどうしてか。

 その理由は、前の高校野球や箱根駅伝でお話した例とも関連するのです。

 今日は長くなりました。

 その理由は次回のブログで…。

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社員がやる気になって経営方針に従う法

 ふぅ、暑いですね。こんにちは。

昨日、あるところで、試食モニターに参加したのですよ。食べたのは、冷やし中華2杯にシュークリームが3個。

 お腹がすいていたので、冷やし中華を口一杯に頬張りながら麺をズルズルすすっておりました。

 そこへ地震…。びっくりして麺が気管のほうへ入りかけました。もう苦しいのなんの。

 参加者は二十人以上いたでしょうか。地震に驚いて口から麺を吐き出すという醜態だけはさらすわけにはいきません。もう目を白黒させながら、必死の形相で飲み込みました。ホント、死ぬかと思った。

 そんな私を見ていたモニターの主催者が、そんなにまずいのかと少しブルーになるのがわかります。悪いとは思いましたけど、吐き出すよりはマシですよね。

 それにしても、あの状態からよく飲み込めたもの。久しぶりに自分をほめてあげたいと思いました。

 それにしても最近地震が多い気がする。昨日のようなことが再度あると、次回はもうだめでしょう。これから冷やし中華は、一本ずつすすろうかな。

 それはともかく、昨日の続きの社員をやる気にさせる話。

経営者や上司は、社員や部下に対し、よく、「私の今期の経営方針、営業目標はこうだ。だから君達はそれに従い、今期中に必ずこれだけのことをやれ」と押し付けがちです。

もちろんこのことが間違いであるとは言いません。激動の時代、経営者や上司がリーダーシップを取って社員や部下をぐいぐいと引っ張っていくことはどうしても必要。

俺について来い!! というタイプの上司が、アンケートの好ましい上司ランキング上位の常連なのは当然だと思います。

ただ社員が、経営者や上司の言葉を、押し付けられた命令やノルマだと受け取った場合はどうでしょうか。

本当に会社の行く末を案じている社員にとって、経営者の立てた経営方針、営業目標が、どうしても自分の顧客にプラスになるとは思えない場合、仕事に張り合いが出ないのではないかと思うのです。

それでも、飴とムチを使い分け、高圧的に、かつ強制的に仕事に取り組ませることは可能です。むしろ短期間で急成長した販売会社の中には、こういう経営手法を取った会社も多い。

皆さんの頭の中にも、無理な営業で急成長したものの、その後のクレームで大問題に発展した会社の名前がいくつか浮かぶのではないかと思います。

もっとも、とにかく早く成長させ、そのあとゆっくり社内体制を整備するという経営方針を持った会社なら、それはそれでいいのではないかとも考えますが…。

ただ社員は人間。当たり前のことですが機械ではないですからね。与えられた仕事一つひとつに対して、自分なりの考え、意見はある。少し自分の考えと違っても、上から言われた仕事を遅滞なく行わなければならないことは皆わかっている。

それでも、どうしてもやりたくない仕事はあります。仕事をさぼりたいというのは論外ですが、優秀な社員なら、ここはこうしたほうがもっといいという意見は誰でも持っているもの。何で自分がこんな非効率で生産性のない仕事をやらなきゃいけないの?  …なんて考えてしまったら、みるみる仕事への意欲は衰えていくのではないでしょうか。

やる気のわかない原因は、その仕事の意義が何であるのか、それを自分がすることによって会社や社会にどうプラスに作用するか、よくわからないというのがひとつの理由だと思います。

 押し付けられたものと自分からやる気になったものでは、取り組み姿勢に差が出るのは当然。

社員や部下をやる気にさせるためには、まず経営者や上司が、なぜ当社は存在しているのか、なぜ当社はこの商品を売らなければならないのか、なぜ当社はこの目標を達成させなければならないのかをしっかり示す必要があるのではないでしょうか。

でもこの点は、口を酸っぱくして言っている経営者や上司は多いでしょう。何度言ってもわかってくれないと、居酒屋で愚痴をこぼしている年配者を見たことはありませんか?

確かにおっしゃる通り。つらいのはわかります。

それでは、こうしてみたらいかがでしょうか。

まず経営者や上司が推し進めたいことの趣旨と背景を明らかにした上で、社員同士で彼らの示した経営方針、営業目標を達成するにはどうすればいいか討論させるのです。

まず、なぜ経営者や上司が推し進めたいことを、なぜ我々部下が身を粉にして達成させなければならないか。それが達成できたら、自分たちにとってどんなプラスがあるのか。自分たちの頭で考え、自分たちの言葉で表現できるまで。

次に、それを達成するために、我々社員は個人として、何をしなければならないかという個人別目標を自分達で決めるのです。

経営者や上司は、社員や部下が討論している間は、オブザーバーとしての立場に徹するか、それには参加せず、結果だけ報告させるのもの社員や部下の主体性を増すひとつの方法です。

このようにして決められた経営方針、経営目標は、社員自らその決定過程に参画しているため、取り組み姿勢に大きな差が出る。

 社員や部下が会社の決定に不満を抱かせないためには、その決定に従わなければならない彼らを、どのような形でも参加させることを考えるべきだと思うのですが…。

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経験豊富な営業マンが、ふてくされるとき

 さて昨日は、営業において成功する最も大きな要因のひとつが、営業マンの自分の売る商品やサービスに対する愛着と信頼だと書きました。

 愛着と信頼を持った商品を売る営業マンは、セールストークに説得力が生まれ、かつ売っている本人も幸せな気分になってくるんでしたね。

 それなら、売る力を持っているのに、やる気のない営業マンはどうして生まれてくるのか、というところで前回は終わったのでした。

 そのやる気のない営業マンの気分。ここだけの話、私も味わったことがあるのですよ。

 かつて銀行に勤めていた当時、と言っても現在もだと思いますけど、さまざまな金融新商品が発売されました。

 はどうなのか知りませんが、その金融商品の販売の指示は、本社から来る一通の通達だけだったのです。

 その通達の中身は毎回、以下の内容。

「今度こういう新商品を発売することになった。主な内容は以下の通り。○○支店は、今期中に○○件獲得すること」

 その金融新商品発売の趣旨とか背景はほとんど書かれておらず、そのたびに結構憤慨したものです。

「役員会や企画部といったお客さんとほとんど接点がないところで勝手に新商品の発売を決定しても、実際第一線で商品を販売するのは我々だからね。こんな通帳のデザインだけいじくって、新商品と言っても、中身は大して変わっていないじゃないか。まして、お客さんのニーズに応えていない。今日いきなり言われて明日とって来いといわれても、お客さんに迷惑をかけるだけ。モノを売るにはそれなりの根回しが必要なのにね」

 我々支店の営業マンは、多かれ少なかれそう言い、中には本当にふてくされる人もいました。

 しかし今考えてみると、企業というのは新商品を常に考え、その是非を世に問うてゆくものです。役員会や企画部の姿勢は何ら間違っていない。いわば当たり前のことなのですから。その点はもちろん我々営業マンにもわかっていました。

 我々が憤慨したのは、上から頭ごなしに、「とにかく兵隊ども、いつまでに売れ!」といわれた言い方だったのはないか。

 この点につき、多胡輝氏の著作の中に以下のフレーズがあります。

● 人はたとえ自分に不利な結論が出されたとしても、その結論に参加していれば不満を抱かない。

 つまり人は誰しも自己実現の欲求を持っていて、それを満足させられないと不満を抱くということ。

 我々の憤慨は、あまり魅力のない商品を売らされるということより、このようなやり方では、自分の売る商品に心底納得が得られないまま売らなければならなかった、というところから来ていたのかもしれません。

 銀行のような大きな組織では物理的に難しいかもしれませんが、役員会や企画部が勝手に決めて押し付けるのではなく、形式的にも営業マンが参加する新商品の企画会議を開く。

 そして第一線の営業マンがお客さんから得た意見を新商品の特長に反映させる。

 たとえもし、意見が入れられなかったとしても、新商品発売の決定の場に我々が参加していれば、当初の取り組み姿勢はまったく違うものとなったのではないかと考えるのです。

 会社の社員に経営者の経営方針、経営目標を納得させるときにも、このことは応用できるのではないでしょうか。 

 その点についての具体的対策は、また次回。

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営業担当者のやる気が出る法

 こんにちは。

 みなさん、台風はいかがでしたか?

 水が流れ込んでこないように土嚢を用意したところもあったようですが、私のところはそれほど大きな被害もなく、台風が行過ぎてくれたようです。

 おかげさまで避難するほどのことはなかったみたい。まだニュースはよく見てませんが、ほかの地域はどうだったのでしょうね。

 一転して、今日は暑さが戻ってきました。営業マンにとって台風は論外ですが、少しでも歩くと汗が吹き出す気候も困りもの。

 東京都心では、クールビズの涼しげなスタイルで歩く営業マンは、皆無に近い状況ですし…。

 こう暑くては、やる気が出ない人も多いかもしれない。

 …ということで、今日は営業マンがやる気を出す方法について考えてみたいと思います。ちなみに、暑さ対策に水着で営業に出かける方法ではありませんのであしからず。

 

以前、ブログにも書いたかもしれませんが、やる気のない営業マンのパターンってありますよね。

たとえば商品パンフレットの受け取り。セールストークを聞いても一本調子で、そのお客さんにとって何がいいのか伝わってこないケース。

ご存知のように、商品を買う理由はお客さんそれぞれ違います。ニーズが違うのに、パンフレットに書いてある通りのメリットだけ強調する。当然、すれ違いが生じ、いつまでたっても営業成績に反映されない結果となる。

売りたいという気持ちだけ前面に出て、商品に対するこだわりが感じられないケースと言ったらいいのでしょうか。なんか、奥歯にものがはさまったような感じで、商品説明に説得力がない。

個々のお客さんにとって、商品を買うことによってどんなメリットがあり、どんなふうに生活が改善されるか。それを営業マンが提案するには、しっかり顧客ニーズを把握しなければなりません。

でもこれって、結構大変な作業なのですよ。

これができない原因のひとつとして、営業マンの経験やセールステクニックの不足があげられます。もちろん、これを否定する気持ちはないのですが、経験豊富でセールステクニックにも問題ない営業マンでも、時として上記の「やる気のないセールスをする」ことがある。

どうして、売るためのテクニックを持っていても、それを最大限発揮しないのでしょうか。

以前書いたと思いますが、IBM創立者のワトソンはこんなことを言っています。

「セールスのコツは、自分の売る商品が優秀だという信念を持つこと。そしてこの商品が、お客様の役に立つということを心から思っているかである」

 これはまた古いビジネス書の受け売りですが…(←受け売りはよくないと自分で書いたばっかりですが…。ちなみに出典は忘れました)

かつて家電のCMで、彼が出ればヒット間違いなし、と言われた人がいたそうです。彼はCMの出演を引き受けるとき、その会社の製品を自宅に持ってこさせ、2~3週間愛用し、自分がとことん納得しほれ込んでからCMに出演したとか。

理由は、たった数十秒のCMでも、消費者に対する説得力が違うからだそうです。

 今の時期、各ビール会社の宣伝競争が白熱しますよね。やはり本当にそのビールにほれ込んで、おいしそうに飲んでいるタレントというものはわかるもの。出演タレントによってビールの売れ行きに大きな差が出るというのもわかる気がします。

 ところで、各企業のトップ営業マンに共通している点は何でしょうか?

いろいろあると思いますが、これだけは間違いないと思われるのは、彼らは自分の扱っている商品にとことんほれ込んでいるということです。自分が本当に良いと思わなければ、相手に自信を持って売り込めないですから。

また彼らトップ営業マンに共通しているのは、自社の商品に対する信頼。

この素晴らしい信頼できる商品をお客さんに是非わかってもらいたい。わかってもらうために我々が存在しているのだという使命感ですね。

彼らは一様に、この商品を売ることが世の中のためになるとまで思っているのです。その思いがエネルギーとなり、営業の原動力となっている。 

営業において成功する最も大きな要因のひとつは、営業マンが自分の売る商品やサービスに対して、心底納得しているかどうかだと思います。

自分で、この商品は良い、是非お客さんにこの商品のよさをわかってもらいたいと思ったのなら、セールストークにも説得力が生まれますし、第一、売っている本人が幸せな気分になってきます。

それなら、売る力を持っているのに、やる気のない営業マンはどうして生まれてくるのか。

次回は上記の点を踏まえて、その改善策を考えてみたいと思います。

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やる気にさせる明るい職場をつくる法

 こんにちは。

 大型の台風が接近しています。何でも、関東地方を縦断する可能性があるとか。

 早くブログを書いて、避難しなきゃ。(←なんのこっちゃ)

 …ということで、今日は前ふりなしでサクサク行きましょう。  

 さて、今日も「やる気にさせる職場の雰囲気」について考えてみたいと思います。

昨日は、社員をやる気にさせようとして厳しい職場の雰囲気を演出する上司についての具体例を書きました。厳しい上司にとっては、みんなの前で恥をかかせることによって、いっそうの奮起と反省を促すという気持ちがあるのでしょうね。

しかしですよ。

部下、特に若手社員の失敗を数える減点法による管理手法は、どちらかというと社員のやる気を損なうばかりか萎縮させてしまう方向へ行きがちになりますよ。

成績を上げている社員にとっても、もし自分もまた彼のように成績が上がらなくなったら同じように恥をかかされるのではないかと思い、仕事に対して消極的な気持ちになるのではないでしょうか。

たとえば、営業の成績が多く上がったとき、成績の一部を翌月に、あるいは翌期にまわして、叱られないように保険をかけておこうという気持ちになる。(←ホントにあった話。ここだけの話、犯人は私です。ごめんなさぁぁぁぁぁぁ~い)

それはともかく、このように減点法による管理手法は、一時的には社員に緊張感を持たせ、成績が上昇する場合もありますが、心の底から湧き起ってくる「やる気」ではないため、長続きしません。社員全員の結集したパワーには成りえないのです。

 これに対して上司が、部下の失敗を数えるのではなく、成功を数えるというプラス思考を持って部下に接した場合はどうでしょうか。

「目標を達成したら、みんなでお祝いのパーティーをやろう」

「よし!! みんなが頑張ってくれたら、俺が寿司でもおごろう」

「これがもし成功したら、ボーナスを上げよう」

 …など、ひとつもマイナス思考的な話をしない上司のいる職場は明るく活気があります。部下のやる気は持続するし、部下のいいアイデアも生まれてくる。

 豊臣秀吉がまだ若い頃、戦場に金銀のほうびをいっぱい持っていって、手柄をあげた部下にその場でほうびを手渡したとか。やる気は出るし、お祭り騒ぎのような明るさにつつまれる。

若手の社員が信じられないパワーを発揮するのはこういう職場ですね。

 上司は、部下に対し、失敗したときの厳しさばかり強調せずに、成功したらこんなにすばらしいことが待っていると、彼らに夢見させるようにすべきではないでしょうか。

    儲かる会社にすれば、社員はこんなにリッチな生活ができる。

 ・若手社員にたとえば10年先のビジョンを説明し、彼らがどのように仕事をし、どれだけ収入を得ているか夢見させる。

部下に対してプラス思考で接しようと書いてきましたが、そのとき重要な点は上司の人の見方です。

人間には誰でも欠点があります。簡単なしぐさや生活スタイルは本人の努力で直せますが、欠点がその人の生まれながらのキャラクターに根ざしている場合は、直すのが難しい。

逆に人間には誰でも長所もあります。ですから直りにくい欠点にこだわるよりは、長所を伸ばしてやる方が、従業員が大きく成長する場合がある。

かつて新聞に、ある有名な画家の子供時代のことが載っていました。彼は、小学校の低学年のときはまったくの劣等生で、成績が悪いばかりでなくものすごい人見知りで家族以外とは口を聞けなかったそうです。

ところがあるとき、学校の図画の時間、先生が彼の書いた絵をみんなの前でほめたことが自信となって、友達ができ、成績も徐々にアップしていったそうです。

よく一芸に秀でた人は何をやらせてもうまくやる、と言われますが、あるひとつのことで自信を持つと、ほかのことにも意欲がわき、今までできなかったことができるようになったりします。

上司は、欠点だらけの部下であっても、長所を見つけ出してほめることが大切です。そうすることによって、欠点もいつの間にかカバーされてくるのです。

また欠点であっても、見方によっては長所となる場合もあります。

江戸時代の話ですが、伊達政宗の家臣にいつも泣いたような顔をしている侍がいたそうです。政宗の側近が、伊達家にあのような意気地のないような顔をした侍はいりませんからクビにされたらいかがでしょうと政宗に言上しました。

政宗は笑って、いや、いずれ使い道がきっとあると言ってそのまま雇っておいたそうです。その後、政宗の知り合いの大名が死に、政宗は葬式にそのいつも泣いたような顔をした男を行かせました。

葬儀の後、伊達様のご家来は本当に悲しんでくださったと亡くなった大名の家臣は感激したそうです。

適材適所という言葉があります。できる上司は、部下の一番能力の発揮できる働き場所をよく理解しておく必要があるのではないでしょうか。

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社員のやる気が出る職場、出ない職場

   今日は月曜日。

 一週間のはじまりで、仕事もローからセカンドギアに入れるところの方。いきなりトップギアで走っている方。いろいろな方がいらっしゃるのではないかと思います。

えっ? うちの仕事はオートマですって?  …失礼しました。

それはともかく、これから月末へ向かう一週間、みなさん頑張りましょう。

ところで、先週からずっと「人をやる気にさせる方法」というテーマでブログを書いています。

今日は、社員がやる気が出る職場、出ない職場についてこだわってみたいと思います。そう言われてまず頭に浮かぶのは、職場の雰囲気ですね。

みなさんの職場はどんな雰囲気ですか?

職場の雰囲気って、上司の性格に大きく左右されるような気がします。

明るい上司だと「明るい職場」、厳しい上司だと「ピーンと緊張が張り詰めた職場」、サービス意識の薄い放任主義の上司がいる職場だと「だら~んと緩みきっている職場」 …なんてこともある。

私は、会社勤めをしていた頃、いろいろなタイプの上司の下で働きました。いつぞや、超厳しい上司の下で働いたことをテーマにブログに書いたこともありましたっけ。

でも、世の中、噂に聞くと上には上がいるもので、例のマスコミで有名になったリフォーム詐欺の会社。成績のいい営業マンには外車をプレゼントし、成績のあがらない営業マンには殴る蹴るの暴行を加えていたとか。

まさに究極の飴とムチ。

そこまで有名にならなくても世の中、それと似たような話は限りなくある。もう十五年近く前、私が勤めていた頃に取引先の経理担当者さんから聞いた話です。

その会社と取引のある金融機関の営業マンが毎日のように訪ねて来ていたとか。その営業マン。毎日、泣きそうな顔で必死にセールスする。もう土下座せんばかりの勢いなので、仕事にならず困ってしまったそうです。

そんな毎日が続いていたある日、その担当者さんが営業マンのいる金融機関へ急きょ仕事で行く用事ができた。どうしてもその日に手続きしなければならなかったので、裏口から入れてもらって営業場のロビーへまわったそうです。

すると突然、ものすごい怒号が聞こえたらしい。驚いて見ると、支店のロビーに金融機関の職員が直立不動で整列している。その中には件の営業マンが混じっています。

今日の営業の成果を支店の職員全員の前で報告させられているみたい。それを取り囲むように、他の職員が全員立ち上がって彼らの報告を聞いている。彼らは、もちろんその担当者さんの存在に気づいていない。

その報告を聞いていた上司が、突然、また大声をあげたそうです。一人の営業マンが報告した数字が、その日のノルマを大きく下回ったものであったのでしょう。

担当者さんが驚いたのは、次の光景でした。

「何やってんだ! 腕立て100回 !!」

 すると、ノルマを達成できなかった営業マンが躊躇なく皆の見ている前で腕立てを始めます。

 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ~、軍隊じゃ~!! 軍事教練じゃ~!! とその担当者さんは、ほうほうのていで逃げ帰ったとか。

 あとで、その担当者さんから、「ちょっとあの光景を見ちゃったら気の毒だから、少し取引をあの金融機関へ移してあげてもいい?」と聞かれ、二の句が告げられなかったことを覚えています。ちなみに私は、その金融機関のライバル銀行に勤めてましたので。

 …というのは違って、当時、体を鍛えていた私は、「いいなぁ。みんなの前で腕立て出来るなんて。新記録を作って、自慢できるんだけどなぁ」なんて不謹慎なことを言ったのでした。

 それはともかく、女子職員も含め、皆の前で恥をかかされる営業マンたちにとっては、針のむしろの上に座る毎日だったでしょう。

よく朝礼や会議など他の職員のいる場で、名指しで叱っている上司の話を聞くことがあります。

上司としては必死の努力で会社の維持を図り、毎日胃が痛くなる思いをしているのに、君らはいったい何をやっているのだと怒りたい気持ちもわかります。

また叱られた職員としても、「何も、後輩や女子社員の前で、名指しで叱らなくてもいいだろう」とぼやきたくなる気持ちもわかる。

上司と叱られる職員、どっちの経験もある私としては、どちらにも肩入れしたくなる。しかしそれを続ければ、いつまでたっても、両者は平行線。

今日は、少し中途半端になってしまいました。

明日は、その打開策について考えてみたいと思います。

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やる気にさせる叱り方の秘密

 さて昨日は、ネクラ人間を不用意に叱るとどうなるのか、というところで終わってしまったのでした。

 私も血液型がA型なので、ネクラとは言わないまでも基本的に心配性なところがあります。歳を経るに従って相当というか、まったくというか緩和されてはきましたが…。

 でも、本質的な部分ではネクラなのかネクラ人間の気持ちはよくわかるつもり。

 おそらく不用意に叱られると、ストレスがそのまま貯めこまれ、萎縮してしまうのではないでしょうか。たとえ叱る方の親心で、教え導くという意味の叱責でも…。

 叱られる方にとっては、叱る方の親心まで考える余裕なんてありませんから、「叱られた。もうダメだ」となる。叱る方がどう思おうと、叱られるということに変わりはありませんから。

 こういう人間。一度、ドツボにはまり込むと、そのあと起きることが全て自分にとってマイナスに感じられ、ドツボの海底深く沈んでゆくことになります。

 そうなったら、叱るほうの責任がなかったとは言えなくなる。

 このいうタイプの人を叱るときは、前に述べた「やる気にさせるほめ方」を参考にしながら、「ほめる、叱る、ほめる」といった順序で叱るのが効果的です。

 最初のほめ言葉で、緊張を解きほぐし、ほっとさせ、話を聞こうという気持ちにさせたあとで、ソフトに叱る。次にまたほめ言葉や激励で、前の注意をフォローしながら、元気付ける。

 二宮尊徳の有名な言葉があります。 それがまさにこれ。 

「可愛くば、五つ教えて三つほめ、二つ叱ってよき人とせよ」   

 それから大切なのは、叱ったあとのフォロー。  

 かつての大経営者と言われた人たちは、怒ったときは本当に怖かったそうです。松下電器創業者の松下幸之助氏しかり、リコー・三愛グループの創業者市村清氏しかり、元佐世保重工業社長の坪内寿夫氏しかり、石川島播磨重工業と東芝の社長を歴任した土光敏夫氏しかり。  

 ただ彼らの下で長く働いた従業員は皆、怒られたことをいい思い出として、懐かしんでいます。晩年、温厚な好々爺のようであった松下幸之助氏も、彼の下で長く働いた後藤清一氏の著作によると、若い頃は激昂してストーブの火かき棒が折れ曲がるぐらい床を叩き、あまりの剣幕のものすごさに失神しそうになったとか。  

 そのときのエピソード。

 後藤氏が、これだけ社長を怒らせてしまったのだからもうだめだ、会社を辞めようと決心して自宅へ帰ると、お膳にご馳走が並んでいる。奥さんに聞くと、先ほど松下社長から電話があって、今日お宅のご主人を怒ったので意気消沈して帰宅するはずだからおいしいものでも作って慰めてやってくれ、と頼まれたとのこと。

 それを聞いて後藤氏は、一生、松下幸之助社長について行こうと決心したそうです。ほかに前述の三氏の経営者も、厳しく叱った従業員には後で背広のお仕立券を渡したり、タバコ一箱を叱った従業員のデスクの上においておいたり、第三者を介して、「あいつは見込みがあるからこそお灸を据えたのだ」と本人に伝えていました。

 以上の大経営者に共通しているのは、厳しく叱った後の見事なフォローです。

 叱られた従業員は、叱った経営者への恨みにどうしても心が傾きがちになります。せっかく、心を鬼にし、従業員のためを思って厳しく叱ったのに、残ったのは経営者への恨みだけと言うのでは、叱る意味がありません。従業員が意気消沈しすぎないようにするためだけではなく、叱られた内容を反省させ、しっかり受け入れてもらうために、暖かいフォローが必要なのですね。

 フォローが完璧な厳しい叱責は、時として、ほめ言葉の数倍の効力を従業員にもたらすことがあります。

 一流の経営者は、その効力を肌で感じて知っていたのかもしれません。

 最後に、上手な叱り方のポイントをあげておきましょう。

● 叱るときは必ず1対1で 叱られる人のプライドを傷つけないようにします。

ほめるときは、他の人の前で。叱るときは、1対1で、が鉄則です。

● 叱られる人がどんなに間違っていても追い詰めない   

相手の逃げ場を作り、ある程度の余地を残して叱る必要があります。

● 厳しくても公平に

おととい、私の小学校時代の先生のエピソードを書きました。すごく厳しかった先生でしたが、あとから考えると生徒たちは皆、我慢して先生についていった。それは、先生がえこひいきすることなく、誰でも公平に厳しかったからではないか。子供ながらにその意味はわからなくても、先生についてゆく大きな理由になったのではないかと考えるのです。

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うまい叱り方の秘訣

 昨日は、やさしい先生と厳しい先生のメリット、デメリットを中心に書きました。どちらがいいとは即断できませんが、人を育てる上において、厳しすぎても、やさしすぎても問題は生じると思います。 

 その場その場のシチュエーションに応じて、どういう対応をしたら生徒がもっとも成長するかということを考えて先生は行動しなければならない。いわば、やさしさと厳しさの使い分け。メリハリが大事なのでしょう。

 これはもちろん、人をほめることと叱ることにも当てはまりますね。

 昨日も書きましたが、いくら人はほめるとやる気が出るからと言って、ほめすぎてもいけない。中には、それほど実力が備わっていない若い人をほめすぎて天狗にしてしまうケースもある。

 だから「叱る」ということもまた、人を育てる上において重要なのではないか。

 しかし、ですよ。叱ることは、ほめることより数倍難しいと言われます。

 私事で恐縮ですが、私なんかいつも冗談ばっかり言ってるから、後輩に少し説教してやろうと真面目な顔でなんか言うと、

「あれっ? ビジベンさん。今日は深刻な顔しちゃってどうしたんですか? また変なもの食べたんじゃないですか?」 …なんてやられる。  

 フレンドリーはいいのだけれど、仕事は本来厳しいもの。少しはわかってくれぇぇぇぇぇぇ~!!!

 それはともかく、仕事柄、中小企業の社長さんとよく話をさせていただくことがあるのです。そのときよく耳にするのは以下の言葉です。

 最近の若手従業員は、何か言うとすぐ落ち込む反面、押し付けに反発する。本当に従業員のためを思って叱ったことが、相手はそうは受け取ってくれない。

 「怒られた」「もうこの会社にいても将来はない」などと思い込んで、将来を期待していた従業員に去られてしまったことがある、と。

 でも、最近の若者という言葉はちょっとひっかかりますね。この言葉、人類の歴史とともに歩んできた言葉ではないかと思えるふしもある。

 細かなことは忘れましたが、奈良時代の文献に、「最近の若者は、どうも何を考えているかわからない」なんてフレーズがあったそうな。 奈良時代の人から見れば、今生きている人類は皆、若者みたいなもんですからね。

 最近の若者だから、ひ弱なわけでも、落ち込むわけでも、押し付けに反発するわけでもないと思いますよ。

 少しえらそーなことを言いますと、最近の若者がどうというのではなく、人にはいろいろなタイプがあると言うことです。

 奈良時代にも、今と同じタイプの若者がいただろうし、未来もきっといるだろうということ。あながち時代背景だけが原因じゃないと思いますよ。

 上記の、若手従業員のためを思って叱り、会社から去られてしまった中小企業の社長さんは、叱ってもよいタイプの人間かどうか見極めないで、いきなりガツンと叱ってしまった可能性がある。

 たとえば、叱られても後遺症が残らないようなネアカ(根が明るい)人間は、多少きつく叱っても次の日になればケロッとしていてあとに残らない。そういう人間は、どんどん叱ってやってもかまわない。

 プロ野球の球団にも叱られ役というような選手がいます。野村監督時代のヤクルトの古田選手や巨人の元木選手。

 この前テレビで見ていたのですが元阪神の川籐選手は高校時代からなぜかチームで一人だけ怒られ、プロ野球に入ってからも、なぜか俺一人だけ怒られたと笑っていました。

 そういった人たちは、ストレスが発散しやすい体質を持っているため、あとに残らない。

 経営者にとっては、社内の叱られ役=引締め役になってくれるまことに貴重な人材です。

 では、ネクラ人間を不用意に叱るとどうなるのか。

 この続きはまた明日。

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怖い先生、やさしい先生の損得

 こんにちは。

 今日はまた暑くなりましたね。

 これからが夏本番です。暑さ厳しき折、くれぐれもご自愛ください。 

 さて、昨日はやる気にさせるほめ方について書きました。

 でも、人間、ほめるばかりでは進歩しない。ときには叱る、叱られるといったことは必要だと思います。

 私事で恐縮ですが、小学校時代すごく厳しい先生が担任になったのですよ。

 もう授業中、私語なんてとんでもないことで、いつも教室はシーンと静まり返って先生の話を聞いていました。 背筋を伸ばしておとなしく聞いていたからといって、それだけでは許してくれない。

 突然、当てられ、先生の質問に答えられないと立たされる。二回答えられないとものすごい勢いで怒鳴られ、掃除当番などの罰が待っていました。

 今、テレビドラマで、生徒に厳しい先生が話題になっているみたいですが、あんな先生だったらまだ天国の入り口にいるようなもの。

 今やったら問題になるだろうなという体罰が日常茶飯事でしたから。一日一回は、誰かが往復ビンタの餌食になる。

 そんな毎日が2年間ですよ。ひぃぃぃぃぃぃ~

 最初は、とんでもないクラスに入れられたと子供ながらに落ち込みました。もう学校へ行くのが嫌で嫌で仕方がなかった。よく一人の落伍者も出さず、クラス全員が進級できたと思います。

 ところが6年生になり、担任の先生が変わったのです。今度の先生は、夏休みはみんな遊びたいだろうから、宿題を出すのはやめましょうというぐらいやさしい先生でした。

 突然、百八十度、クラスの雰囲気が変わったのでみんな戸惑ってしまった。

 前の厳しい先生のときは、その学期でやり残した問題集、テスト、次の学期で勉強することの予習まで宿題に出されたのです。大量の宿題を持って帰るのに、学校と自宅を2回往復したクラスメートもいたぐらいですから。

 …で、そのやさしい先生。さぞ人気があったかといえば、それほどでもない。

 最初はみんな助かったと大喜びしたのですが、日が経つにつれ人気がなくなって行ったのです。

 やさしいというのは、一見簡単そうに見えますが、人に均等にやさしくするのは簡単ではない。

 一人の生徒にやさしくすると、ほかの生徒から自分も同じようにやさしくして欲しいと要望が出る。その生徒にやさしくすると、また別の生徒…。

 際限がないですよね。先生一人に生徒が当時五十人近くいましたから、当然やさしくする度合いが変わってくる。

 やがて、あの先生はえこひいきだと陰口も叩かれるようになってきます。 またやさしくしすぎて、何人かの生徒が先生をばかにするようになってしまった。これではいけないと先生も途中から方針を改め、厳しくしようとしましたが、一度緩んでしまうとそう簡単には元に戻らない。

 中には前の厳しい先生のほうがよかったなんていうクラスメートも出る始末。少なくとも厳しかった先生。ひとりも特別扱いせず、誰に対しても厳しかった。いわば厳しいという点ではえこひいきがなかった。

 しかも、私たちのいたその厳しい先生のクラス。テストの平均点が、他のクラスよりいつも十点以上よかったのです。

 そうですよね。できないと立たされるし、もっとできないと怒鳴られる。怖いからびくびくして授業を聞いているわけです。

 当時、今と違って気の弱かった私は、震えながら手に汗握って授業を聞いていました。信じられない話ですが、それだけで小学校3年のときの成績がオール3以下だったのに、オール4以上になってしまったのです。

 自慢話じゃないですよ。それだけ怖がりだったってことを言いたいだけ。今でも、その当時の授業の内容をよく覚えているぐらいですから。いわば、無理やり頭に叩き込まれたという感じでした。

 結果的に私の場合、小学校時代の一番多感な時期に厳しくされてよかったみたい。やさしい先生だったら、当時の私の性格からして、絶対勉強なんかしなかったと思います。

 しかしあれだけ厳しくても、不登校が一人もいなかったのはどうしてなんでしょうね。それはいまだにわからない。まわりに戦争へ行った人がたくさんいた時代背景だったのでしょうか。

 これと同じことが、ほめるということにも言えると思うんですよ。いくらほめると人はやる気が出るからといって、ほめすぎてもいけない。中には、それほど実力が備わっていない若い人をほめすぎて天狗にしてしまうケースも多々ある。

 だから、「叱る」ということもまた、人を育てる上において、「ほめる」ことと同じくらい重要なのではないか。

 少し長くなりました。昔のことを思い出し、つい調子に乗りすぎて…。

 明日は、ほめることの対極にある「やる気にさせる叱り方」について考えてみたいと思います。

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やる気にさせるほめ方の秘訣

たとえば、会社の社長がぶすっとしたまま、従業員の給料をいやいやながら上げるよりも、たとえ給料は変わらなくても、社長が従業員の能力を認め、常に心から感謝の気持ちを伝えほめる方がお互いにとってプラスになります。

しかしただやみくもに人を持ち上げるだけでは見え透いたお世辞と取られ、かえって逆効果になる場合もある。そこがなかなか難しい。当然そこには、うまいほめ方のポイントが必要です。

では次に人をやる気にさせるほめ方とはどんなものか。

第一に、ほめる人が、ほめられる人の長所を発見し、「こころからほめよう」と決心することですね。人には皆、どこかにいい点、ほめられてしかるべき点があると思うんですよ。そこを感謝の気持ちでほめる。別に難しいことではなく、自分がいいなって思ったことを口に出すだけでいいのではないでしょうか。

第二に、ほめられる人の長所を具体的に表現すること。

たとえば、「君の挨拶はいつ聞いても気持ちいいね」とか、「会議の資料が良くできている」とかいうことでもいいんです。逆によくないのは、「最近、頑張ってるよね」とか「楽しく仕事してるよね」とか、何をほめているのかわからないほめ言葉。

「全然頑張ってないのに、何か頑張ったのかな」「楽しく仕事してるって、真面目にやってないって皮肉?」とほめられた方はかえって疑心暗鬼になったりする。

表現が抽象的だとお世辞に聞こえたり、悪くすると嫌味を言われたりしているのではないかと勘ぐられることにもなりかねないから注意です。

そして第三のポイントは、他の人の前でほめるということ。

かつて、創業以来業績が順調で、従業員が明るくキビキビ働いている会社の朝礼に参加させてもらったことがあります。その会社は、従業員数30名ほどの販売会社なのですが、とにかく明るく笑いの絶えない朝礼には驚かされました。

若手社員に話す機会を与えようということで、持ち回りで3分間の自由スピーチを従業員全員の前でさせ、そのあと社長のコメントがあるのですが、そのコメントがとてもユーモアに富んでおり、また随所にほめ言葉がちりばめられていて、その社長はよく従業員を見ているな、と感心させられました。

その後、成績の良い営業マンの発表があり、名前と数字が発表されると全員が拍手して、その営業マンの労に報います。

見ていると、社長にほめられ、他の従業員から祝福された人はとてもうれしそうです。社長にあとで聞いたところでは、朝一番に行う朝礼はその日一日の仕事の成果を左右しかねないので、とにかくほめ言葉を多くして従業員の気持ちを乗せることが大事だとの事でした。

 朝一番でほめられた営業マンは、そのままの笑顔でお客さんのところへ出かけていけますよね。

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こんにちは。

昨日、ブログに書きました、やる気にさせるためにほめるということ。とても重要なことだと思いますので、今日も同じテーマで書きたいと思います。

1936年の初版発行以来、全世界で大ベストセラーとなり、日本でも数多くの人たちに影響を与えた本に、D・カーネギーの「人を動かす」があります。そのなかに「人を変える九原則」というのがあります。

その第1章が「まずほめる」で、また第6章に「わずかなことでもほめる」と、ほめることの重要性をくどいぐらいに説いている。

初版以来70年間売れ続け、最近文庫本となってもヒットしているこの本の内容は、誰でも頭でわかっているのに実際行動するとしたら二の足を踏んでしまう、ということが数多く書かれていますね。

それを実行できるかどうかが、成功する人とそうでない人の分岐点になるのではないでしょうか。

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日本には、ほめる文化が欠落している?

 今日は暑かった…。

 炎天下、1日中歩き回りましたよ。毎日、えらそーなことをブログに書いている人間としては、現場で汗水たらして働いている経営者さんや従業員さんの生の声を聞かなきゃ、机上の空論になってしまいますからね。

 …とか、恩着せがましいことを書いておりますが、単にほっつき歩いてお客さんと世間話をするのが好きなだけなのです。これがまた仕事に結びつくのだから、趣味と実益を兼ねているわけでして…。

 それにしても、今日はどれくらい自動販売機で飲み物を買ったろう。200メートル歩くごとに1本買ったような気がする。

 暑ければ暑いほど景気が良くなる。日本経済の景気浮揚に少しばかり貢献したことで、今はとても充実した気分です。

 ふう…。今日は疲れているので前ふりはこのくらいにして、先週からの続きの「人をやる気にさせる法」の具体例を行きたいと思います。

  人をやる気にさせる方法として、まず誰もが思いつく方法は「ほめる」ということではないでしょうか。

 しかし、そんなの当たり前だのクラッカーじゃん(←これは世界遺産にも登録されるべき古典的ギャグ。出典:てなもんや三度笠)、いちいちそんなの書くなよ、うざいな~、なんて思われる人はいらっしゃるかもしれません。

 しかしですね。一見、誰もがわかっていることであっても、実際に現場で、本当にうまく部下をほめている上司がどれだけいるのだろうかと思ってしまうのです。

「部下のやる気がない」と嘆く上司は、職場で一言のほめ言葉も発していない場合があまりにも多い。

 知り合いに、ある中規模の建設会社の総務部にいた友人がいるんですよ。

 彼は大変な頑張り屋で、仕事の幅を広げ、会社のどんな要望にもこたえるという目的で、自腹でさまざまな資格スクールや通信講座を受けました。

 そして、宅地建物取引主任や行政書士、社会保険労務士といった資格を次々に取得していったのです。ところが3つの資格を取得した頃から、経営者や上司、同僚が彼に冷たくなって行ったらしい。

 いくら資格試験の勉強をしているといっても、会社の仕事に穴を空けたことはないそうです。休み時間や業後、休日に勉強を続けていた。それでも周りからは、たんに付き合いの悪い奴と思われたらしい。

 面と向かって小言を言われるのではなく、無視され続けたとか。

 不況の時代で、彼の会社もリストラによる社内の生き残りゲームのような要因もあったそうですが、結局彼は経営者や上司、同僚からの嫉妬からくる嫌がらせに耐え切れず、退職を余儀なくされました。

 彼は退職後こんなことを話してくれました。2年間の勉強の末やっと資格を取得したことを上司に報告したとき、一言のねぎらいの言葉もなかったばかりか完全に無視されたことで、まったく仕事をする気がなくなってしまった、と。にっこり笑って、「良く頑張ったな」と一言でも言って欲しかった、と。

 大企業なら従業員の資格取得に伴う報奨金規定などきちんとしたシステムができているところが多いのですが、中小企業では経営者や現場のさじ加減ひとつでこのようなことが起こります。

  当然ほめられてしかるべき成績を上げながら「ほめられる」という期待が報われないと、従業員は怒りや興奮で俄然、反抗的になったりやる気をなくしたりするのです。

 営業でノルマをきちんと達成したのに、経営者が「営業はノルマを達成するのは当たり前だ」と一言のほめ言葉もなかったばかりに潰れていった営業マンはいったいどれだけいるのでしょうか。

 かつて朝日新聞の天声人語に、「日本にはほめる文化が欠落している」と書かれていました。

 日本人は、ほめ下手でけなすことには熱中するのですが、ほめることには妙に照れるところがあるといいます。

 寅さんの映画で有名な映画監督の山田洋次氏は、著作「寅さんの教育論」の中で、人をほめることが映画作りでいかに大切か、ということを述べていました。

 監督は、「目立たないところで工夫したりしている人を発見したら、うんと感謝してほめる。大声でくどいほどほめる」と著作の中で書いています。そして実際映画を撮っているときも、どこでほめようかということをいつも考えているそうです

 監督の映画に出演した新人俳優の多くが、その後大きく成長したということを皆さんよくご存知でしょう。

 そういえば、先日、おいちゃん役の松村達雄さんも亡くなってしまいました。独特の風貌と声で、存在感がありましたよね。

 ああ、寅さんの新作が見たい…。

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仕事のできる人、できない人の分岐点

こんにちは。

昨日、ブログを書いてから仕事で銀座へ行きました。

仕事が比較的早く片付き、どうしようかなと思ったら、ふとミスタードーナッツの商品リポートを書く用事を思い出したのです。書く以上、実際店に行って商品を食べてみなければならない。

何てったって、繁華街の代名詞、銀座ですからね。どっかにあるだろうと思って、歩き回ったのですが、どこにもない。交番できくのもなんだし、探しながら有楽町へ出て、新橋のまわりを探したけどやっぱりない。あらかじめネットで探しておけば、どこかにあったのかもしれませんが…。

こうなりゃもう意地ですよ。新橋をぐるぐる回り、地下街をぬけて汐留のシオサイトを探しても、ない。昨日は蒸し暑かったし、あきらめてフラフラになりながら帰りましたよ。なんか負け犬になったような気分。もうちょっとで家に着くという角を曲がってびっくり…。

うちの近所にミスタードーナッツがあるじゃん。いつ出来たのじゃ~!!

店員に聞いてみたら、もう十年以上前に開店していたとか。すると私は、毎日店の前を通って通勤していた?

人間の記憶って、興味のあるなしに関係するみたい。松屋や吉野家は、23区内のほとんどの場所を記憶しているといつも豪語しているのに…。

そんなこんなでやっと、見つけたミスタードーナッツ。のどがカラカラだったので、フルーツティーがおいしかった。ドーナッツもなかなかいける。これから、ミスドにも通おうかな。

少し前ふりが長くなりました。

さて昨日は、人をやる気にさせる法として、サブゴールの設定が重要であると書きました。