ライバルに差をつける企画書の研究

 こんにちは。

 相変わらず、目の疲労回復のために動脈マッサージをやっています。

 でも、しつこいようですが、目が疲れるのはテトリスをやっているからなんですね。

 それを止めれば、健康で文化的?な生活を維持できるのではと考える今日この頃。

 でも、止められない。

 朝、パソコンのスイッチを入れると同時に、気がついたらテトリスをやっている。

 その後ますます、スキルはアップし、よほど最初にブロックを積み上げておくハンデをつけなければ、ゲームオーバーにならなくなってしまいました。

 テトリスではなく、パソコンのタイピングゲームにはまっていれば、と悔やんでも後の祭り。

 そっちにはまっていれば、今頃はブラインドタッチをマスターできていたかもしれないんですけどね。

 はまるゲームを間違えたみたい。

 一応タイピングゲームも持っているのですよ。

 「宇宙戦艦ヤマト」のタイピングソフトを…。

 でも、買ってすぐ、沖田艦長から「何やっとるかぁぁぁぁぁ~!!!」と怒鳴られたことが原因で、挫折してしまいました。

 森雪から「頑張って~」と励まされても、尊敬する沖田艦長の叱責から立ち直れない。

 何度、ヤマトを遊星爆弾の直撃で大破させたことか。

 そもそも地球から発進できないのですからね~。

 人類滅亡の責任を感じつつ、いまだにカナ入力でキーボードと画面を見比べつつ文字を入力しています。


 それはともかく、ビジネスネタ。

 さて、前回尻切れトンボに終わってしまった「わかりやすい企画書を書くにはどうすればいいのか」という点について。

 前回と重複になりますが、企画は、問題解決に向けて具体的な解決策を明らかにしたものと言えます。

 それを文章にした企画書は、それを作る本人の夢や計画を文書にまとめ、多くの賛同者を得るツールでもあるのでした。

 それを実現するためにはまず、しっかりと現状の問題点を分析・把握する必要がある。

 何度も書きますが、企画は問題解決の方法。

 だからこそ、その問題とは何かをしっかり分析する必要があるのですね。

 そのとき、社内の現状という狭い視点からだけでなく、世の中の動向や将来の方向性まで含め、広く多角的な視点で問題を浮き彫りにする。

 そのためにはいろいろな人の話を聞いたり、関連する文献を読んだりして、多くの情報を集める必要があります。

 最近はインターネットの普及で、有益な情報を手軽に集めることができるようになりました。

 それらを頭の中に入れて熟成させ、問題点の現状を客観的に分析する。

 その作業に労力と時間を惜しまないことがいい企画書を作る秘訣なのかも。

 しかし、いくらテーマが明確で素晴らしい解決策が書かれていても、わかりやすくする工夫がないとその意図が相手に伝わりません。

 企画が通ってそれを実行し、成果が出てはじめていい企画書と呼べるもの。

 企画書は通すために書くのが大前提ですね。

 そのためには、こちらの意図をしっかり相手に伝える必要があります。

 企画の意図がなかなか相手に伝わらないのは、単純に文章力や読みやすくする工夫が不足しているケースが意外に多い。

 たとえば、企画を通したいという熱意のあまり、あれもこれも盛り込んで、細かい字で余白なくぎっしり詰め込まれた企画書。

 企画の良し悪しを判断する前に、読む気力が起きなくなったり、内容を理解するのに労力を使い果たしたりするような企画書は論外ですね~。

 でも、別に名文を書く必要はないと思いますよ。

 肩に力が入り、企画書の格調を高めようと日頃使わない言葉を使おうとすると、かえって逆効果。

 不自然な背伸びは、相手から自信がないと取られやすい。

 わかりやすい言葉で、読みやすい文章を書くという心構えが大切ですね。

 そのためにやることは、さほど難しいことではない。

 以前、少し触れたこともありましたが、わかりやすい文章を書くためのノウハウと一緒です。

 たとえば…


● 文章のセンテンスを短く切って、テンポをよくする。

● 主語と述語を明確にする。

● 見やすくするために、思い切って余白のスペースを設ける。


 余白も文章の一部であると考えることが大切です。

 以上の条件を満たす企画書の書き方といえば、やはり箇条書きでしょう。

 また、実績を強調したい事柄に関しては、抽象的で誇大な表現を避け、実績の数字だけドンとグラフや図で示す。

 そのほうが、インパクトがあり、相手の記憶にしっかり残ります。

それから大切なのは、作成者の企画書に対する自信とやる気が文体からにじみ出ていること。

 たとえば、「~と思います」というあいまいな表現を避け、「~である」と言い切ったほうが自分の強い意志が相手に伝わります。

 また、基本的なことですが、同じ語尾を書き続けていると、子供っぽい文章になってしまうので注意が必要。

 このあたりは、いずれまた触れたいと思いますが…。

 いずれにしても、内容より、書き方がまずくて企画が通らないというのだけは避けたいところですね~。


 ところで現在、企画書はほとんどパソコンで作られるようになりました。

 ワードやエクセルなどソフトを利用すれば、図やグラフ、写真などを簡単に文書に挿入できます。

 ビジュアル面を重視し、カラフルで、読んでもらうより見てもらう形式の企画書も数多くあるでしょう。

 ただ、そういう企画書を歓迎する相手が多い反面、ビジュアル面ばかり強調するのを喜ばない相手もいます。

 企画を通すという点において、読む相手の特性に合わせて書き方を工夫することは大事ですね。

 たとえば相手が論理的な考え方を好む人物なら、企画書の中身はもちろん、論理的な整合性、つまり辻褄がしっかり合っているかどうか気をつける。

 また現実的な考え方をする人物なら、実績や成功事例を数値で示す。

 この場合、その数字を裏付ける資料を充実させるなどの工夫が必要ですね。

 大事なのは、企画書を読むのは誰かということを常に念頭に置いて作ることではないでしょうか。

 イメージを重視する相手だったら、言葉に頼るよりも、ビジュアルを駆使して相手のイメージが膨らむのを手助けするといったことも考えなければならないでしょう。

 また、予算・収支などのコストをもっとも重視する人は多い。

 費用対効果を説得力ある数字でしっかりとアピールすべきですね。


 それから大事なのは、見た目。

 営業マンの場合、第一印象が何より重要だと言われます。

 企画書も同じで、最初に手に取ったときの印象を無視することはできません。

 魅力的な表紙を作ることは重要で、その中でも最初に目に入るのは、企画書のタイトルです。

 内容が一目でわかり、かつ企画書を思わず読んでみたくなるタイトルをひねり出すのは重要。

 たとえば売上げアップやコスト削減など、得する企画は誰でも興味をひくでしょうね。

 その場合、売上げが何パーセントアップし、何パーセントコストが削減できるのか、あいまいな数字ではなく、端数までピシッとアピールする。

 その端数まで出した根拠が、企画の中で説得力ある事実で証明できれば注目度は高いのではないでしょうか。


 最後になりますが、経験上、企画書の中に評価が定まっている専門家の言葉や企画に関連する有名企業の名前を記載すると、信頼性が高まっていい結果になりました。

 たとえば、メジャーな新聞の記事や大学の先生のご意見、企画書に取り上げた商品やサービスを利用する第三者の成功事例です。

 公正な立場で発表された権威ある情報とこちらの企画の方向性が一致している場合、企画の採用を後押しする強力なツールとなります。

 この場合も、これらの情報を何の加工もせず、客観的な事実のまま提供するようにすることが、逆に好感を持って迎えられることが多かったです。

 歯の浮くようなアピールや宣伝文句には誰も食傷気味ですから。

 事実は、小説よりも奇なり、とはよく言ったもので、どんなに人が素晴らしい筋書きを考えても、現実の説得力には及ばないのかも。

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わかりやすい企画書の研究

 こんばんは。

 先日、パソコンのやりすぎで目が疲れると、ブログに書いたことがありましたね。

 最近、それを緩和する方法を知りました。

 それは、動脈マッサージ。

 うちにあった健康雑誌を何気に見ていたら、目の疲れに効果的という記事が目についたのです。

 半信半疑で試してみたら、これが効果てきめん。

 目がショボショボしてかすんで見えても、目の周りを1分くらいマッサージするだけで、視界がすっきりです。

 やり方は簡単ですよ。

 まず、両手の手のひらで顔を覆う。そのとき、手のひらと指の間に隙間ができますよね。

 その隙間の部分に眼球が入るようにして、顔を両手で覆うのです。ポイントは、眼球を押さえないようにすること。

 そしてその状態のまま、手のひらを前後左右、上下に動かす。ぐるぐる回すように円を描いても良いし、左右の手のひらが別の動きをしてもいい。

 1分以上マッサージして、手のひらをパッとはずすと、うそのように目の疲れがとれて、まわりがくっきり見える。 

 よくわからないけれど、字義通り動脈をマッサージして疲れをとるのでしょうか。

 それはともかく、それ以来すっかり動脈マッサージにはまってしまいました。

 目が疲れたかなと思ったら、すぐやるようにしています。

 それで、先日外回りしていて、歩きつかれたので公園のベンチで少し休んだのですよ。

 そのとき、いつもの癖で動脈マッサージを…。

 マッサージをして、パッと手をはずして周りを見たら、公園にいる人たちがサッと顔をオイラから背けたのがわかりました。

 ベンチで休むサラリーマンや公園で遊ぶ子供を見守る主婦たちから、ホームレスのおっさんまで。

 公園デビューから間もない幼児は、きょとんとした顔でオイラを見ています。

 えっ?なんで??? どうしてオイラが注目を集めるわけ?

 自分がさっきまでしていたポーズを振り返ってみて、やっと納得がいきました。

 公園のベンチに浅く腰掛け、両手で顔を覆ってさめざめと泣く哀れな中年男が一人。

 リストラされたのか? それとも、勤めている会社が倒産したのか? もしかして、飲酒運転が発覚して懲戒解雇された公務員?

 大の男が顔を両手で覆って泣くシーンは滅多にないから同情されたのでしょう。

 ところが、その可哀相だと思っていた男が、いきなり手をパッとはずして周りを見回したのです。

 しかも、動脈マッサージの終わったすっきりさわやかな顔で…。

 まわりの同情が非難の顔に変わるのに、さほど時間は要しませんでした。

 大丈夫だろうかと思って心配していたら、いい年こいて、イナイ、イナイバァ~かよ。

 テメェ~、おちょくってるのか!!!

 その場の陰険な空気に耐えかねて、オイラは逃げるようにその場を去ったのでした。

 それはともかくビジネスネタ。 

 今日は新シリーズの一回目ですね。

 これからどれくらい続くかわかりませんが、ビジネスの基本中の基本、文章力にこだわってみたいと思います。

 10年以上前、いい文章が書きたい!と切なる希望をいだいて、図書館に半年以上通いました。

 そして「読みやすい文章の書き方」について書かれた本のエッセンスだけを抜書きしたのです。

 ところがそのバインダーノートがいまだに見つからない。

 そうこうしているうちに、最近オイラの文章がどうもおかしいと危機感をいだきはじめました。

 文章を作るのは、パソコンばかり。

 漢字がなかなか思い出せなくて、ボキャブラリーも減っているような。

 それにメールやブログをはじめとするネットの文体は、手書きの文章とは少し違いますからね。

 いつも読んでいただいている方はおわかりかと思いますが、どんどん崩れている。

 そこでもう一度、基本に戻って勉強しようと思ったのです。

 ところで文章といっても、いろいろありますね。

 作文、レポート、論文など学生時代におもに書く文章。

 それから、履歴書や職務経歴書、年賀状や暑中見舞いなどの手紙、祝辞、弔辞などは実生活に密接に結びついています。

 そのほか最近では、ブログやメルマガ、メールなどのネットで使われる文章も増えてきました。

 ブログやメルマガなどは、手紙や論文などの文体とは全然違いますね。

 それぞれTPOをわきまえて使い分けなければならないのですから、現代人は文章の定型が決まっていた昔の人より大変かも。

 今日は、その中でも企画書を取り上げたいと思います。

 ちょっと文章の中ではインディーズという感もありますが…。
             
 実は知り合いの社長さんたちから、いい企画書を書ける社員が少ないという声をよく耳にするんですよ。

 仕事をきちんとこなせる社員であっても、いざ企画書を作らせてみると、どこかで見たような文章を切り貼りしたものしか作れないらしい。

 実際、ただ命じられたから作ったと感じられるものが多いようなのです。

 作った本人に、企画のテーマや目的は何かと聞いても答えられないケースも多々あるとか。

 しかし社長さん自身、じゃあ自分で作れるかというとそうでもないみたいなのですね~。

 企画書の良し悪しはわかっても、白紙の状態から企画をひねり出すのはなかなか難しいのだと耳打ちされました。

 実はオイラの会社は、企画書や提案書の作成代行サービスもやっています。

 それなら、すぐ作れるのでしょうと皮肉の声が聞こえてきそうですが、依頼が入ると少し胃が痛くなる。

 肉体労働とも、頭脳労働とも違うちょっと違ったプレッシャーがかかるのですね~。

 仕事ってある意味、問題があって、それにどう応えていけばいいかという部分がある。

 でも、企画って、問題自体を自分で作って解答しなければならないことが多い。

 通常の仕事とは、脳の使う場所が違うような疲労感があるのですね。

 だから逆に、依頼されることが多いのかも。

 3年前に、ある出版社の社長から、出したい本の企画書があれば見てあげると言われたんですよ。

 ところが、いまだに書いていません。

 出版したいという気持ちは大いにあるのに、いざ企画書を書こうと思うとなかなか踏み切れない。

 いつでも書けると思うと、先送りしたくなるのが企画の本質かも。

 仕事としての強力なプレッシャーがないと、企画書を書くという面倒な仕事から逃れたいという気持ちも理解できますね。

 さて、そもそも企画って何なのでしょう。

 ある本によると「企画とは、問題解決に向けて具体的な解決策を明らかにしたもの」とあります。

 いわば企画書を作る本人の夢や計画を文書にまとめ、多くの賛同者を得るツールであると言えるのかも。

 そのためにはまず、しっかりと現状の問題点を分析・把握する。

 そして自分はこう提案したいという強い意志を持つことが大切なのですね。

 その気持ちがなければ、たんに上から命じられただけのレポート提出になってしまう。
 
 それでは、わかりやすい企画書を書くにはどうすればいいのか。

 長くなりそうなので、それはまた来週。

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会議で、発言せずにやる気を演出する法

 こんにちは。

 先日、ようやく角田光代の直木賞受賞作「対岸の彼女」を読み終わりました。

 忙しくて、細切れ時間を利用して読んだのですが、なかなか面白かったですよ。

 とくに、女性社長の率いる旅行代理店が、新規事業としてハウスクリーニングを手がけるリアル感にはびっくりしたな~もう。

 スモールビジネスの現場にいるオイラからしても、全然違和感がない。

 ハウスクリーニングの研修風景、新規事業立ち上げの問題点、チラシのポスティングの反応率。

 現実に、企業が経験のない分野で新規事業を立ち上げたら、こういうシュミレーションで事が進むだろうと思うのです。

 たとえば最初は、知り合いが顧客になってくれるのだけれど、注文は3件でストップ。そこから、まったく仕事のない長~い空白期間。

 チラシをポスティングしても、まったく効果なし。

 それでもあきらめずコツコツ宣伝していると、あきらめかけた頃に、電話で見積り依頼が入る。
 しかし相見積りで、すぐには決まらない。

 最初の仕事が決まったとき、感動して涙を流す主人公にジーンときました。

 だけど、そのまま事業が軌道に乗るわけではなく、過酷な試練が待ち受けて…。

 もちろん、作者が現場の人たちに密着して取材したからだと思いますが、作家自身にバックグラウンドがなければ、ここまでリアルに書けないかも。

 その意味では突っ込みを入れられない作品でした。

 恐るべし、直木賞作家。


 それに比べて、経営の専門家の書くビジネス書って、どうしてこんなに突っ込みたくなる本が多いのでしょう。

 そんなのあるわけないじゃん、という画期的営業法や経営法がたくさんあったりして。

 中身よりまず、注目されて本を売るという前提条件があるからでしょうね。そのために、皆が驚くようなタイトルを考える。

 その驚くようなタイトルにあわせて中身を考えると、理論と実践の間で矛盾が出てきてしまう。

 実際、現場で苦労したことがある人だったら、すぐ気がつくはず。

 若い頃、タイトルにつられてビジネス書を買い、実際ためしてみてひどい目にあったことが何度もあるので、否定的な意見を書いてしまうのですが…。

 もちろん、中には使える本もたくさんありますけど。
 

 さて、今まで、長々と引っ張ってきました「会議で、印象よく自己主張できる法」。

 ついに抵抗むなしく、2回目の最終回をむかえることになりました。

 次回からはまた新シリーズを、と行きたいところですが、目が疲れてどうしようかと…。

 さすがにテトリスは、時間短縮の方策を考えていますよ。

 たとえば、途中までブロックを一箇所に積み上げ、そこからスタートする。

 そうすると、ゲームオーバーまでの時間が短縮されて目の疲れが軽減できますからね。

 それでも最近は、ますますスキルがアップして、ゲームオーバー寸前の状態から盛り返すことがあるのです。

 大富豪は、勝ちすぎて面白くなくなり、最近はほとんどやらなくなりましたから、もう行き着くところまで行くしかないか、と…。


 それはともかく、ビジネスネタ。

 今日は、「会議で発言しなくても、積極的と思われる法」を中心に、アトランダムに書いていきます。

● 会議室の椅子に腰掛けたとき、背筋をビンと伸ばした姿勢が、しっかり者のイメージを作る。

 多胡輝氏の「好印象を与える自己表現術」によると、背中を丸めた姿勢をとる人は、内省的、防衛的な傾向が強いそうです。

 つまり、人嫌いなタイプと見られるんですね。

 やはりビジネスマン、ビジネスウーマンともに、そういうふうに見られるのは、仕事をしていく上において損かも。

 確かに会議のとき、背筋を伸ばして発言している人のほうを向くのは、前向きだと取られます。

 ただ司会者から、「○○さん、何か、発言したいことあるの?」と聞かれる可能性もありますので念のため。

 そういう姿勢をとる以上、自分の意見をまとめておく必要はありますね。

 逆に考えると、そういうふうに突然、意見を求められるから、皆、背中を丸くしてテーブルについているのでしょうか。

 消極的な見た目と、実際会議に消極的なのは、一致するわけなんですな。

 次は、上記と関連する自己表現術です。

● 椅子に深々と掛けるより、浅く座ったほうが積極的な姿勢を感じさせることができる。

 これは、会社訪問の学生ならみんな経験があることがらではないでしょうか。

 面接のとき、面接官に向かって、椅子に深々と腰掛けるのは、なんとなく傲慢な印象を与える、…と、面接のノウハウ本に書いてあったのを覚えています。

 確かに、椅子に浅く腰掛けると、すぐ立ち上がることができる。

 次の行動をとりやすいということで、積極的に感じさせるのでしょう。

 若さも感じられますね。

 椅子の座り方だけで、会議で積極的なイメージを与えられるなら利用しない手はありません。

 背を伸ばし、椅子に浅く腰掛ける。…とくれば次はこれでしょう。
 
● 身を乗り出して聞くと、相手に強い関心を持っていることが伝えられる。

 テレビの野球中継やサッカー中継でも、試合が白熱し、強い興味を持ってくると、人は自然に身を乗り出します。

 その姿勢を見ただけで、周りの人は、彼が強い関心を抱いているというのがわかるもの。

 もし会議の場で、面白くない議題だからといって、身を引いて及び腰になっていると、それだけで仕事に消極的だと思われかねない。

 嫌でも、興味がなくても、そういうふうに心の中で思っているのかと、相手に勘ぐられたくなければ、身を乗り出して聞くふりをすることも一法です。

 さて、今まではどちらかというとネガティブな自己表現術でしたが、最後は、究極の積極性を表現する法を。

 ただし、これだけは発言が必要ですが…。

● 会議やミーティングで発言するときは、立ち上がるだけでも話しに迫力を出すことができる。

 皆が座っている会議で、立ち上がる。

 そんな慣習がない会議だとそれだけでも参加者の印象に残るでしょうね。

 ここぞというとき、どうしても通したい案件があるとき、立ち上がって熱弁を振るうのは効きそうな気がします。

 ただ、この方法は皆がしらけてしまうと、ちょっとかっこ悪い。

 立ち上がって話すぐらいだから、話す中身もある程度、皆の注目を集めるものでなければならないでしょう。

 それに自信があるなら、今だ! という感じで、熱弁をふるってくださいね。


 最後におまけ。

 今年の正月にお送りした「決定! 心に残る東京都内絶景スポット、ベスト3」の第3位 「勝鬨橋から聖路加タワーおよび大川端リバーシティー21の高層ビル群を望む」の画像です。

Ts360208

 でも、こちらのほうが新旧の対比がいい味を出しているかも。

Ts360207

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会議で、周りから思慮深く見られる法

 こんばんは。

 もう気かついたら、9月ですか。

 ホントに日が経つのは早いです。

 学生のときみたいに、明日から学校で憂鬱~ということはありませんけど、去り行く夏に多少感傷的な気分も感じます。

 今年の夏は、例年と比べて、いろいろな経験をしましたから。

 まず、社交ダンス。そして、バンジージャンプ。

 壁を駆け上がり、摩天楼をひとっ飛び。それから、さる大名家への仕官活動。日本人武道家とカンフーで対決。また、異星人との戦争や連続殺人事件に遭遇したことも。

 東京タワーに巣を作ったギャオスに対して、ガメラとともに戦ったこともありましたっけ。

 ホント、盛りだくさんの夏でしたね~。

 
 もうお分かりだと思いますが、これ全部、オイラがこの夏に見たDVD。

 実は、夏の初めに新しいパソコンを買ったのですよ。

 その名は、東芝ダイナブック。

 CPUが、インテルセルロンM。メモリが512MB。ハードディスクが100GB。DVDスーパーマルチドライブで、ディスプレイが15.4型ワイドのスーパークリアビュー液晶です。

 いつも安い商品ばっかり買っているオイラとしては、わりと奮発したほうかも。

 でも、まともには買いませぬ。

 2006年の春モデルを在庫がなくなる寸前まで待ち、メーカー直販サイトのプレミアム価格で購入することができました。

 なんたって、価格コムの最安値より、1万円も安かったのですよ。

 そのパソコンで今年の夏はDVDを見まくりました。

 近所の図書館ではDVDの貸し出しもやっていて、一週間に2本まで借りられるのです。

 最初に見た、寺尾聡主演の「雨あがる」の映像がきれいで、物語もほのぼのとしていてすっかりはまってしまいました。

 社交ダンスは、役所広司と草刈民代の「シャルウィダンス」。バンジージャンプは、イ・ビョンホン主演の韓国映画、「バンジージャンプする」。

 それから、「キャット・ウーマン」や「スパイダーマン」、「インディペンデンス・デイ」、「ハスラー」なども面白かった。

 知り合いがなぜ突然、社交ダンスをはじめたのか、「シャルウィダンス」を見てはじめて納得がいきましたね。

 草刈民代さんの立ち姿は、とてもきれいでしたから。

 ハリー・ポッターのシリーズも、いつか借りたいと野望をいだいています。

 それはともかく、ビジネスネタ。
 
 今日は、会議で、できる自分をアピールする方法をアトランダムに上げていきたいと思います。少しテンポを早め、サクサクいきましょう。

 …ということで、会議で好印象を与える自己表現術のその7。
 
● 相手の質問には、一呼吸おいてから答えると、思慮深く見える。

 これは、自分が発言した内容に対して、反論があった場合に効果的ではないでしょうか。

 かつて見たアメリカ映画、『評決』の中で、ポール・ニューマン扮する酔いどれ弁護士が、検事に反論されると、じっと黙って検事を見つめ、一呼吸おく。

 独特の理知的な額にしわを寄せ、「困ったことを言う人だ」というように青い目で見ながら考え込むんですよ。

 当然評決だから、一般人の陪審員が彼の表情をじっと見ている。

 これが、検事の反論にすぐ飛び上がって、立て板に水のようにまくし立てていたら軽薄な印象は免れないでしょうね。

 積極的に論戦に持ち込む法廷戦略もあるかもしれませんが、やはり重要事項は、じっくり考えてから反論した方がいい。

 いわゆる、間の取り方。

 落語でも、会話でも、間の取り方が大事だとよく言われます。

 これがうまくいくと、確かに重厚で思慮深い印象を、人に与えることも可能ですね。

● 自分の専門分野について話すときは、専門用語を使わないようにしたほうが好感を与えられる。

 これも結構、大事だと思いますよ。

 会議の出席者のなかには、議題に関連する専門家が一人でもいれば当然、意見は重要視される。
周りの人たちが皆素人の場合、尊敬の目で見られるかもしれませんね。

 ところがその専門家が、自分は専門家であるとの自意識が働いて、他の素人の出席者を軽んずるような振る舞いがあると、その立場は一転します。

「少しぐらい知ってるからって、態度がでかすぎる」というのは当然としても、「専門用語ばかり使って、言ってることが全然わからない」と思われることは決して珍しくない。

「わざと、わからないような言葉を使って、会議の方向を煙に巻こうとしている」なんて思われたりしたら、逆に素人からのしっぺ返しがあるかもしれません。

 しかし、ホントは専門家って、そんな気持ちなど全然ない場合が結構ある。

 要は、専門家が常識だと思っていることが、素人には常識ではないというだけなのかも。

 人間というのは、自分の知っていることぐらい誰でも知ってるはずだと思ってしまう生き物らしいですから。

 それでも、素人のひがみにあってはたまりません。

 やはり、会議の場では、出席者の誰でもわかる言葉で話すのが鉄則です。

 
● 会議で、相手の話を熱心に聞いているふりをするには、メモをとるのもいい

 以前、ビジネス教育の研修会社の講師として、定期的に講演を行ったことがあります。

 いざ参加者の前に立ち、講演を行っていると、わかるんですよ。ちゃんと真面目に聞いてくれているのかどうかが。

 前を向き、下を向いてレジュメに目を落としているように見えるんだけど、微動だにしない参加者がいる。完全に固まっちゃってる。

 目を開いたまま寝てるのか?

 どーせ、面白くないっすよ、オイラの話は…。と、腹をたて、当てて恥をかかせてやろうかと思うのですが、それもかわいそう。

 連日、午前様になるまで、残業があるんだって。

 研修にくるときぐらいゆったりした気持ちになりたい気持ちもわかる。

 ところで、さっきから熱心にメモを取っている若手の参加者。

 それだけでも前向きだなと感じられます。

 でもあとで聞いたら、予定していた参加者が急用で来れなくなり、メモだけ取ってきてくれと新入社員に頼んだのだとか。

 メモをしっかり取らないと怒られるのですと、泣きそうな顔で言っていました。

 しかし最後の質問コーナーで、目を開いて寝ていたと思った参加者から、鋭い質問が来たんですよ。

 ちゃんと聞いていなければ、できないような質問が…。
 
 完全に固まった状態で講義を聞くのが、彼のスタイルだったのでしょう。

 しかし、あれはどう見ても、寝ているとしか思えなかった。

 オイラじゃなければ、怒った講師もいたかもしれません。

 講義の聞き方もそうですが、会議へ参加する人たちに、こちらの取り組み姿勢の「見せ方」も大事だと思うんですよ。

 次回は、その辺りを中心にご紹介したいと思います。

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会議で、自分の発言に説得力を加える法

 こんにちは。

 先日、なんと、「東京国立劇場」の中へ入ってしまいました。もちろん、生まれて初めて。

 たまに国会図書館へ行くとき、いつかは中へ行ってみたいと思っていました。

 その願いが通じたのか、公私共にお世話になっている病院の院長先生が招待してくれたのです。

「国立劇場」といえば、最高裁判所の隣にある格調ある建物。正面は、桜田濠をはさんで皇居。それから警視庁の庁舎もご近所です。

 江戸時代、庶民の娯楽であった歌舞伎や舞踊が、今の時代はお上の目の前で堂々と行われているのも、時の流れを感じますね。

 先日の公演は、「市川流舞踊会 市川ぼたん御披露目」でした。

 市川ぼたんは、歌舞伎界の大名跡、市川團十郎の長女で、市川海老蔵の妹だそうな。

 公演では市川ぼたんを中心に、市川團十郎率いる市川流の舞踊を堪能できました。

 まず、市川團十郎の「景清」。

 白血病の闘病生活を感じさせない動きと迫力に、さすがの存在感。還暦を迎えたとは思えないくらい若いですね。

 傘をさして見栄をきる動作が気に入って、今日雨が降ったとき、自然と真似してしまいました。

 次は、市川海老蔵と市川紅梅の「団子売」。

 大河ドラマの武蔵やスキンヘッドの強面のイメージもあった海老蔵ですが、団子を売るいなせな町人を飄々と演じて、好感が持てました。

 最後は、新歌舞伎十八番の「鏡獅子(かがみじし)」。

 長い白い毛を頭にかぶり、ぐるぐるまわすインパクトある演出は有名ですね。

 最初、六法を踏みながら鏡獅子が花道から現れたとき、誰もが海老蔵だと思ったんですよ。

 それくらい動きに迫力がありましたから。

 オイラなんか、終わった後も気づかなかったくらいです。あとで、26歳の女性のぼたんが演じていたと聞かされて、皆驚いていました。

 その少し前に、お姫様の姿でエレガントに舞踊をしていましたから、その落差にびっくりしたのです。

 それにしても先日の舞踊会は、有名な人たちが集まっていて、そちらのほうでもオイラはびっくりですね~。

 
 ところで、今では歌舞伎や舞踏というと、教養としてのカテゴリに入れられるのかも。

 テレビでは、NHKの教育テレビでしか見られないですし…。

 昨日行くまではオイラもそう思っていました。

 でも、生で舞台を見ると、ホントに面白い。

 江戸時代のエンタテイメントですね。

 三味線や鼓、太鼓、そして唄のバックミュージックにあわせて、出演者が踊る。

 これはまさに、ミュージカルですよ。

 床を足で踏んで、音楽に合わせ、リズミカルに「ドン」と音を立てるのは、タップダンスに見える。

 今見ても、結構面白いのだから、言葉が何の抵抗もなく受け入れられた江戸時代の人たちにとっては、「キャッツ」や「ライオン・キング」を見ているような気分になったのかも。

 ある程度、当時で完成してしまったから、そのままの形で今に残ったのかもしれませんね。

 江戸時代の庶民の気持ちになって見ると、まだまだ発見はありそうです。

 
 さて、今日は久しぶりのビジネスネタ。

 もうかなり忘れてしまっていますが、夏休み前は「会議で好印象を与える自己表現術」の話題だったような。

 今日はその続きの「会議で好印象を与える自己表現術のその6」から。

● 端数のある数字を使うと、話の信頼感を増す。

 会議の場では、たとえ使わなくても、資料を用意することで、信頼感を高めることができると言われます。

 …というのは、人がある決定をするとき、いかにそれに対する情報を集めたか、そしてその情報の出所は確かか、ということが重要になるからです。

 端数まできちんと出た数字を求めるためには、いい加減な仕事をしていたらわからないかも。
 しっかり資料を集め、分析しなければならない。

 当然、その出所も、確かなところでなければならないでしょう。

 また、その端数まで求められた理由も明らかにしなければならない。

 それだけの手間隙をかけて情報を集めたのだから、その話を信用してよいだろうと言うことになるのです。

 このあたりの心理は、チラシやパンフレットを作るときにも応用できますね。

 宣伝用のチラシやパンフレットには、どうしても「私たちの町で、一番売れている!!」とか、「市内で一番安い! ○○屋の××商品」とか、いろいろ気合を入れた宣伝文句を書きたくなる。

 売るほうにすごい気合が入っているのはわかるんだけど、意外と消費者は冷静。

 なぜかというと、こんな売り文句は、「こんにちは。今日は良いお天気ですね」みたいな挨拶言葉ぐらいにしか考えてないからです。

 中には、チラシを飾るロゴマークの一部だと思っているお客さんもいる。

おぉぉぉぉぉぉぉぉ~。今日の『一番安い』っていう言葉のレタリング。なかなかいいデザインじゃん」なんて。

 最近の消費者は、堅いですからね。

 経験豊富だし、テレビで悪徳商法のニュースを見ているから、ちょっとやそっとの宣伝文句では振り向かない。

 こういう場合のチラシやパンフレットの対策としては、事実だけをストレートに伝えることに徹したほうがいい場合もあります。

 たとえば、ホントに市内で一番売れているなら、自分の店と他の店との売上げ比較の数字だけを載せる。

 また、ホントに市内で一番安いなら、その商品の価格と他店の値段比較をきっちりやる。

 もちろん、端数までしっかりと、ですね。

 真実の情報だけさらりと開示し、「お選びになる基準は、こちらでご提供させていただきます。
あとはごゆっくり、比較ご検討ください」と、判断をお客様に委ねるのです。
 
 宣伝文句のない厳格な数字だけ載せたチラシ、パンフレット。数字だけでは嘘をつきようがありません。

 小細工もできない。

 だからこそ、説得力が増すといっても良いんじゃないでしょうか。

 だけど、それでも消費者様の全てを振り向かせることはできないんですよ。

「なんで、そんな安いの? 商品に問題があるんじゃないの?」

 …と、勘ぐる人が必ずいます。

 そういう風にうがった見方で物事を考えるのは、以前にお話したかもしれませんが、インテリに多い。

 インテリというのは、地域のキーマン、あるいは口コミの発信元になっているケースが多いですからね。絶対、無視することはできません。

 インテリを説得する方法は、以前ブログに書きましたが、もう一度ご紹介しましょう。

● 教育程度の高い人間は、説得者の意図する方向だけの説得よりも、その意図に反する情報を含めた説得によって、より動かされる。

 たとえば、インテリが納得できる商品の安い理由をこちらが提供しなければならない。それでもインテリは、「そんなにうまい話が世の中にあるわけがない」とデメリットを必死で探そうとする。

 そこで、「実は、ちょっとこの商品はワケありなんですと、説得者の意図に反する情報を含めて説得する」。

 こういう説得の仕方に、インテリは弱いんでしたね。

 あれっ? 最初は会議の話だったのに、どうしてここまで脱線してしまったんだろ。

 すいません。

 次回も会議で好印象を与える方法は続きます。 

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会議で、自分の意見に説得力を持たせる法

 こんにちは。

 先日やっと、司馬遼太郎の「胡蝶の夢」を読み終わりました。

 去年から読み始め、1~3巻までは続けて読んだのですが、最後の4巻が図書館でなかなか借りられず、半年近く間があいてしまいました。

 4巻だけ、もともとその図書館にはなかったみたい。

 何でいつも4巻だけ借りられているのだろうと、不思議に思ったのですが、やっとその謎が解けました。

 別の図書館には、その4巻だけがあったのですよ。

 関連はあるんだろうけれど、その経緯がよくわからない。

 ネット小説では、途中まで無料で読めるけれど、一番良いところだけお金を払わなければ読めない、なんてことがあるのだけれど…。

 その間に、20~30冊も別の本を読んだので、登場人物のプロフィールを思い出すのが大変でした。

 それはともかく、「胡蝶の夢」は、幕末から明治維新にかけての日本の医学史が手に取るようにわかって、とても面白かったです。

 医師と患者さんとの関係は、江戸や明治時代にその原型が作られ、今なおその影響が色濃く残っているという指摘は納得。

 もともと医師は、大名など身分の高い人を診察するためのもので、一般庶民を診察する医師は「町医者」と言われて低く見られていたそうな。

 それでも、当時の風潮に棹差す人間は必ず登場する。

 関寛斎という登場人物には共感できましたね。医者として栄耀栄華を極められたかもしれないのに、すべてを投げ打って北海道の開拓へ向かう。しかし、志半ばで自殺するくだりはいろいろ考えさせられました。

 司馬さんもそうだと思いますが、オイラもこういう常に視点が庶民の立場にある人って好きです。

 ただそういう視点を持って生きている人は、なぜか悲劇的な末路をたどる傾向がある。

 西郷隆盛も、英雄でありがら、常に庶民的な感覚を失わない人でした。その悲劇的な末路はご存知の通り。

 西郷の人間的魅力は、幼少時から備わったものらしい。

 西郷のいた鹿児島の小さな町内からは、彼のほかにも大山巌や東郷平八郎のような大勢の俊才が登場した。

 なぜ、こんな小さな町から、同じタイプの人間的魅力を備えた英雄が誕生したのか。

 司馬氏は、鹿児島に古くから伝わる風習が、それを生んだと位置づけています。

 それはまたいずれ。
 
 
 ところで前々回は、太閤秀吉の例など出して、多少話が堅苦しくなりました。

 日本史が好きだから、何でも今みたいに昔の有名人に置き換えて考えたくなるんですね~。

 とくに天守閣や石垣などを持った城が大量に作られる安土桃山から江戸時代初期の大名に関しては、オタクなみに詳しい。

 その当時は、戦国時代から3人の英雄によって、平和な時代へ移行しようという大変革期。

 ちょっとの仕事の失敗や失言でも、すぐ首と胴が離れる時代です。

 それだけ、人と人との関係を、日夜、突き詰めて考えざるをえなくなる。

 明日の命が、よほど運が悪くない限り保証されている時代って、過去の歴史を振り返ってみてもそう多くはないかもしれません。


 オイラだって、40年近く、早く生まれていたら、確実に戦争へ行かされてました。

 大学時代のアルバイト先の社長が、戦時中、マレーシア戦線で生き残った人で、顔を合わすたびに、「君らの年代で戦争へ行ったら、みんな鉄砲の弾除けだよ」って言っていたのを思い出します。

 確かに、そうだったのでしょう。

 吉野家の牛丼弁当を食べながら、アルバイト学生が車座になって、その社長の戦争の話に聞き入りました。

 ちなみにアルバイトって、ビルの清掃です。

 社長といっても、作業服を着た現場監督みたいなもの。

 でも、いつも背筋がぴんと伸び、残業で夜の8~9時までぶっ通しで働いても顔色ひとつ変えず、黙々と働いていました。

 そういえばここ数年、戦争へ行ったという昔話をする人がまわりに一人もいなくなってしまった。

 オイラが子供の頃は、当時50歳過ぎていた男性は皆戦争へ行った経験がありましたからね。

 当時、クラスメートの一人から「もし軍隊へ入るんだったら、陸軍と海軍とどっちがいい?」と聞かれた記憶があります。

 彼のうちでは、毎晩そういう話題が出ていたとか。

 今はどんなに仕事で失敗しても、普通の会社なら命までは取られません。思えば、そういう幸せな時代に生まれたことだけでも、喜んでいいのかも。


 それはともかく、会議の話の続きでした。

今日は、会議で話すとき、ちょっと気をつけるだけで相手に好印象を与え、なおかつ密かに上司にアピールする秘訣をご紹介しましょう。

 題して、会議で好印象を与える自己表現術のその5。

● 自分の話に説得力を持たせるためには、ことわざや格言を引用して言いたいことを補強すると効果があり、かつ傲慢に見えない。

 人生経験の少ない若者なのに、自分で考えた教訓じみた言葉を、教え諭すような感じで話すと、彼の年上の人たちは皆、カチンと来ますよね。

 しかし、人生経験の少ない若者の言葉だからカチンと来る訳ではないのです。

 年上に対して説教しようとする態度にカチンと来る。

 日頃の行いが悪いのか、オイラもたまに、酒癖の悪い後輩につかまって説教されることがあります。

 完全に目が据わっていて怖いので、仕方なく、大人しく聞く羽目になる。

 確かに、頭にきますね。

 そんなこと、お前に言われる筋合いはない!!!と、叫び、目を覚ませぇぇぇぇぇ~と、彼の頭に水をかけたくなる。

 でも、よく聞くと、彼の言うことにも一理ある。

 わかるけど、酔っ払いに説教されて、次の日から、「はい、そうですか」と変えられるわけもない。

 絶対、変えてやるもんかと思う。

 それはやはり、人の振り見て我が振り直さない人間の言うことなど聞けるかという気持ちもあるでしょうが、彼が後輩ということが一番の理由でしょう。

 しかし、できる人間は、年上の相手を説得したいとき、自分の言葉ではなく、ことわざや名言、格言を利用して、主張したいことをうまくオブラートに包んで言うんですな。

 誰でも、青二才の言うことは耳を傾けなくても、常識として知れ渡っていることわざや名言・格言に反することはしたくない。

 会議の席でこれらを引用して、自分の言いたいことを補強すれば、発言者の個人的な意見が、歴史上の偉人や名経営者が彼の意見に賛同しているような気分にさせることも可能です。

 そういえば、交渉上手で知られる外国の元首や外交官は、ことわざや世界各国の名言や格言を絡め、実にうまく交渉するそうですよ。

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会議で、生意気と思われずに意見をアピールする法

 こんにちは。

 暑い日が続きますね。

 さて、今日は気持ちを切り替えて、また会議ネタです。

 その前に、前々回に意味のない長文をだらだら書き続けたお詫びもしなければなりませぬ。
 
 でも、その実験的行為により、文章や会話のセンテンスは短く、ということは立証されたように思います。(←全然、懲りてない)

 落語の、「寿限無寿限無、五劫のすり切れ、海砂利水魚の水行末、運行末、風来末、食う寝る所~」(っと、あぶない、あぶない、また昨日の二の舞を踏むところだった)

 …という名前をバカ正直に呼ぶ人たちは、皆、頭悪そうに描かれていますものね。

 それはともかく、要点を端的に、短いセンテンスで表現できる人は、「できる人」と見られるのは間違いないようです。

 これと似たような、会議で気をつけたい点があるんですよ。

●「私に良い考えがあるのですが…」や「絶対、消費者に受ける新商品のアイデアを思いついたのですが…」など、会議のほかの参加者に期待を持たせる前置きは、逆効果になりやすい。

 たとえ、本当に、良い考えや絶対に受けるアイデアであっても、こういう前置きを自信満々で言われると、あとでそれらを聞き、な~んだぁ~と言いたくなりませんか?

 人は、鼻高々の自信家の意見を、たとえそれがどんなに素晴らしいものだったとしても、受け入れたくないんですね。

 それを無条件で受け入れると、あの野郎、ますます増長するだろう。ここらでひとつ、あいつの高い鼻をへし折って懲らしめてやろうと考えるんですな。

 おごり高ぶって領民をいじめる悪代官に、黄門様が、「助さん、格さん、少し懲らしめてやりなさい」と言うような。

 では、どうするか。その答えが、会議で好印象を与える自己表現術のその2。

●「あなたの話で思いついた」と、相手の話に関連させると、意見が受け入れられやすくなる。

 たとえば、「私に良い考えがあるのですが…」などと、自分で一から十まですべて考えたと自慢して顰蹙を買うよりは、「実は、以前、○○課長からご指導いただいたことから、ふと思いついたのですが…」とやったほうが、意見が受け入れやすいとか。

 そうですよね。上司の顔も立つし、上司の考えが反映された意見だと周りの人たちも思うでしょう。

 少し、自分の自意識を減らしてやるだけで、大きな効果が期待できます。

 次に、「絶対、消費者に受ける新商品のアイデアを思いついたのですが…」なんていう自信過剰の権化みたいな例はどう改めるか。

● 会議の発表のときの意見具申は、上の人間に教えを請う形ですると、生意気に聞こえない。

 これが、会議で好印象を与える自己表現術のその3。

 たとえば…

「新しい商品開発について、消費者の視点から、こんな新商品のアイデアを考えてみました。しかし、開発過程でこんな疑問がわいたのですが、考え方の方向性を教えていただければ助かります」

 と、改めてみたらいかがでしょう。

「何だ、そんなこともわからないのか」と、ブツブツ言われながらも、案外目は笑っている、かもしれません。

 これらと関連するものとして、以下のフレーズも追加させてください。

● 企画や提案は、100%完成させず、上役の意見を聞く余地を残しておく。

 はじめに申しておきますが、これは全てのケースに当てはまるわけではありません。

 本来、一人前の社会人なら、企画や提案は自分で全て考え、プレゼンテーションしてもなんら問題はない。…と、いうより当然でしょう。

 また企業として、それぐらいの能力を持った社員がいなければお話にならないのも事実。

 しかし、自分より優れた企画や提案が、部下の個人的な能力によってのみもたらされたということに、上司はどういう気持ちを持つでしょうか。

 客観的に見て、これは素直に喜んでいいことに決まってます。

 たとえホントは違っても、すぐれた部下を自分は育てたのだと思えば、表立ってそれに異を唱える人はいないはず。

 一応部下なんですから、多少の薫陶は目に見えない形でも、与えている可能性がある。

 でも、そう思わない上司って、結構多いかも。

 とくに大企業で、最先端の経営理論を勉強している上司ほど、部下が100%ひとりで作り上げた企画や提案にケチをつけそうです。

 本当にケチをつけねばならない企画や提案も数多くあるのでしょうけど…。

 これが、自分の会社とは関係ない赤の他人だったら、素直に受け入れられるんですよ。

「旧来の価値観を変えるようなバイタリティのある若手って、うちの会社にはいないよな」

 なんて、嘆いている中高年中間管理職は、結構いるらしいですが、ホントに部下にいたらどうなんでしょうねぇ。

「こいつの企画や提案が全て通ったら、大変なことになるぞ。いくら企画は良くても、あいつに権限を与えたら大変なことになる。俺たちは真っ先にリストラじゃ」と大騒ぎになって、シャットアウトせざるをえなくなる。
 
 これは少し極端な例かもしれませんが、能力のある部下が、自分ひとりで作った企画、提案に対して、諸手をあげて喜べないムードが一部の組織の中にあることは間違いない。

 そこで、企画や提案を支障なく通したいと思ったら、それを100%完成させず、上役の意見を聞く余地を残しておく。

 これは、おべっかとも考えられますが、このような手を使って出世をした人が、日本の歴史の中にいますね。

 史上最大の出世をしたと言っていい、太閤秀吉です。

 ご存知のように秀吉は、草履取りから身を起こし、上司といっていい織田信長に気に入られ出世街道を邁進します。

 そして、毛利攻めの司令長官に任命される。まだ羽柴秀吉と言っていた時代です。

 秀吉は苦労しながらも、諜略を繰り返して味方を増やし、一歩一歩、毛利を追い詰めていきます。そして、自分だけの軍勢でも毛利と互角に戦えるところまでくる。

 ここで秀吉が、自分の軍勢だけで毛利を滅亡に追い込めば、すごい功名を立てることになるでしょう。

 秀吉は、自分だけでもある程度戦えるという自信はあったと思いますよ。でも、上司の信長に援軍を要請します。

「大毛利は、とても猿風情が戦えるような相手ではございません。是非、信長様自らの出馬をお願いいたしたく…」と、平身低頭して、秀吉は信長の出馬を懇願します。

 功名を100%完成させず、信長の意見を聞く余地を残しておいたのです。この辺の人間の機微の読み方はさすがですね。普通なら、絶対自分のところの軍勢だけで勝ちたいと思うのが人情です。

 信長は、当然、秀吉の考えはわかっていたのでしょう。

 しかし、怒れない。

「いつまで経っても、俺が出て行かなければ戦を終わらせられないのか」と苦笑したかもしれません。

 しかし、気分は悪くなかったのでしょうね。すぐ明智光秀を、秀吉の応援に向かわせ、自らも安土城を出て中国へ向かうべく、京都の本能寺へ入る。

 そのあとは、皆さんご存知の通り。

 能力に見合った仕事なら、一人ですべて完成させないと、「何だ。こんなことも一人でできないのか」と怒られる。

 周りの誰が見ても、できそうにない仕事をひとりで全てこなしてしまうのは、気持ちのいいものです。

 若い頃、そう度々ではありませんでしたが、何回かありました。支店全体の目標を一人で全部やってしまうみたいな。

 当然、それだけ仕事をすればほめられます。全部自分がやったんだと肩で風切って歩きたくなる。

 しかし、それも一瞬。

 仕事ができるということは、確かに認める。だけど人間としては、ひとり突出して喜んでいる者は認めない。

 この論理を、もちろん面と向かって言う人は誰もいないでしょう。本人すら気づいていない場合が多いのですから。

 だけど、なんとなく面白くない。いけ好かないという気持ちだけが残る。

 そして、それがどんどん積み重ねられていくのですね。

 こういう人間関係のからくりを、太閤秀吉は知っていたのですね。いくら「人たらしの秀吉」と言われるぐらい人間関係に造詣が深くても、400年以上前の人ですよ。

 そんな昔の人に、いまさらながら教えられるというのは、人間は進歩したなんて、勝手に思っておきながら、実際は少しも進歩していないことに驚かされるのです。

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会議で、イメージよく自己表現する法

 こんにちは。

 先日、仕事で銀座へ行きました。

 ぐるぐるいろんな会社を回ったのですが、結構雨が強くなってきたのでちょっと雨宿りをしようか、と思ったのですよ。

 歩行者天国で有名な中央通り沿いには、三越や松坂屋などデパート、専門店が並んでいるので雨宿りには困らないですね。

 最近、ユニクロも銀座の一等地への進出を果たしましたし…。

 でも、歌舞伎座や新橋演舞場周辺はオフィスビルが多いので、喫茶店に入るしかない。

 こういう場合、なかなか喫茶店には入りづらいのです。ゆったりとしたソファーと軽音楽、おいしいコーヒーに囲まれたら、二度と暴風雨の吹き荒れる外へ出て行く気分がなくなってしまう。

 ちょっと雨風がしのげて、雨が小降りになるまで時間をつぶせるところがベター。

 この条件にぴったりのところがありました。

 日産本社のショールーム。

 銀座の中心街のショールームみたいに混んでなくて、広々としたロビーに腰掛けて休める場所もある。

 それに、新車が展示してあって、実際運転席に座ったりできるから、ちょっとしたプチ・モーターショー気分も味わえるのです。

 コンパニオンのおねーたんが、笑顔でいろいろ説明してくれますし…。

 オイラが行った日は、うれしいことに昭和40年代の日産の屋台骨を支えた名車が展示してありました。

 まず、スカイラインGT。

Ts360001

 ハコスカで有名ですね。車の性能ってあまり詳しくないのですが、伝説の名車と言われているそうな。今でもこの車に乗っているファンが少なくない。

 当時、スカイラインのCMが流れるたびに、東八郎率いるトリオ・スカイラインとどうつながりがあるのだろうと真剣に考えたものです。

 こちらはグロリア。

Ts360004

 実際見ると、すごく大きいですね~。今の高級車と比べてみても、堂々たる風格が違います。キャディラックなど超大型の外車に対抗して作ったのですかね。

 乗用車というより、RV車のような迫力がありました。

 でも、こんな高級車よりも、庶民のオイラとしては大衆車のほうが懐かしい。

 ところで、これが当時のブルーバードと言って、わかる人は何人ぐらいいるでしょうか。

Ts360003

 小型トラックのフロントみたい。この車は当時、ホントによく見かけました。

 やはり名車なのでしょうね。

 でもオイラはやっぱり、チェリーがいい。

Ts360002

 この車は、エンジンの排気量は小さかったのですが、室内は当時のスカイラインと同じくらいの広さがあったそうです。

 当時の車って、どれもハンドルが細い。力のある人だったら、ハンドルを壊したりしなかったのでしょうか。


 それにしても、前回のテーマは古い映画で、今回は古い車。

 昔を振り返るばかりでなく、未来にも目を向けねばなりませぬ。

 …ということで、今回のブログからまた新しいことにチャレンジしました。

 実は昨日、半日近くもパソコンと格闘したのですよ。

 以前のブログと違う点がわかります?

 わかったら努力の甲斐があったというものですけど。

 違う点は、次回に種あかしを。

 でも、見た目ではそれほどわからないかも。あまり一生懸命考えますと、あとで腹が立つと思いますので、その点はご容赦ください。


 さて、ここからが本題。今日も会議ネタです。

 会議というのは、当たり前ですが、大勢の人たちが参加するケースが多いですよね。

 ひとつの発言、ひとつの動作、表情が、大勢の人たちにインプットされます。

 仕事の現場で、大勢の人たちが一緒に論ずる機会というのはそう多くないはず。

 だから一層、会議の場での立ち居振る舞いが、一人ひとりの仕事の評価とあいまって印象に残りやすいのですね~。

 また、同じ議題を論じれば、その発言内容や考え方の違いによって、その人の能力や取り組み姿勢に優劣があることが明白になってしまう。

 会議の場での成功、失敗というのは、仕事の評価に大きな影響を及ぼすかも。

 仕事の内容が悪ければあきらめもつきますが、仕事は申し分のない働きをしていても、会議の場での印象が悪いために、冷や飯を食っている人たちは結構大勢いると思いますよ。

 …というのは、もしかしたらオイラも、勤め人をしていた頃は、まわりに悪い印象をふりまいていたのではないかと考えるのです。

 営業の数字は結構あげていましたが、評価するのは周りの人たちですからね。

営業で頑張って会社に利益をもたらす = まわりの人たちが大喜び、という当然の理屈がまかり通らないのが会社組織の面白いところ。

 独立開業し、自分が客観的に見られるようになって気づいたことって結構あります。

 会議の場でも、今の自分なら、何でそんなバカなことやるんだ、っていうことを平気でやっていたのですから。

 どんなに偉い先生や一流大学を出た経営陣が、経営学、経営組織論を唱えたところで、所詮、会社組織は、人と人の集まり。

 高等数学並みの高度な理論を学ぶ前に、まず人間関係の基本原則を勉強した方がいいのかもしれません。

 …と、前ふりはいつもながら長く、いつもと違って、カッコいいことも書いてしまいました。

 要は、自分の主張したいことを、ただストレートに言うだけじゃなく、相手がそれをどう受けとめるかということも考える必要がありますよ、と言いたいのじゃ~。

 自分の主張が、たとえ会社にとってプラスになることでも、主張の仕方によっては自分にとってマイナスの評価になる可能性もある。

 多胡輝氏の著作の中に、「だからこの人は好印象を持たれる」という本があります。

 この本はまさに、上記のジレンマの解決策を提供してくれますな。

 そのなかで、会議の場で使える方法だけに絞って、「会議の場で好印象を与える方法」についてご紹介しましょう。

 ただ、この本は、もともと会議の場で好印象を与えるという趣旨で書かれた本ではありません。かなりの部分、現場で失敗を重ねたオイラの勝手な解釈が含まれておりますので、念のため。

 では、会議で好印象を与える自己表現術その1から。

● 会議に提出する資料の文章は箇条書きを基本とし、センテンスを短く区切る。また会話のセンテンスも短く区切ることで、頭の良さを印象づけられる。

 センテンスを短く区切って、わかりやすく、読みやすく書くっていうのは、頭ではわかっていても、なかなか実際にはスパッと文章を切っていくのはある種の勇気がいることですし、かえって短くすることで、頭が悪いんじゃないかと勘ぐられる危険性もなきにしもあらずなような気がいたしまして、思うに任せないような状態が続いておる次第でありますが、また、センテンスを短く切って会話すべしという点に関しましても、こちとら江戸っ子でぃ、気が短けーんだというべらんめぇ調か、はたまた、ぼく、今日、先生にほめられたよ、みたいな子供言葉みたいに思われて、ちょっとあいつ、頭が足りないんじゃないのかと会議の参加者に思われ、評価が下げられるのではないか、という疑心暗鬼に襲われて、未だ華々しい成果を上げられない状態にあるわけでありますが、まして文章や会話のセンテンスを短く切ることによって頭の良さを印象づけられるなんて、まさか、そんな、ばかなことが世の中にあって、いいものだろうかと考え、では、逆に文章を長くすることによって、頭が悪いということが印象づけられれば、ソクラテスの三段論法的解釈ではもちろんありませんが、逆説的な解釈によって、上記のフレーズをはなはだ僭越で、しかも公共のブログを使い、かつ、お読みになっている方々の貴重な時間を拝借してまで、実験をさせていただく意味あいがあるのだろうかと考えつつ、このような暴挙に出た次第でありますが、あ~なんだか自分でもなにを言いたいのかよくわからなくなってきましたので、誠に申し訳ない次第でありますが、この続きは次回にさせていただいてもよろしいでしょうかと、…

 誰か、突っ込み入れてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ~!!!

 途中まで、受け狙いでやったのですが、ちっとも面白くない!!!


 自分でもわかってるんですけど、止められない。ブログに、即、読者が突っ込みを入れられる機能があると、助かるんですけどね。

 すいません。収拾がつかなくなってきましたので、この続きは来週書きます。急に暑くなったので、脳みそがオーバーヒート気味ですので…。

 次は真面目にやりますので、どうかお許しを。

 

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会議で主導権を取って、思った方向へ導く法

 こんにちは。

 最近、雨ふりの天気ばかり。

 じめじめして憂鬱な気分になりますが、気温が低くて過ごしやすいのだけは不幸中の幸いです。

 でも、またすぐ暑くなるのでしょうね。

 今のうち、体力の温存を図っておかねば。と思って、ゆっくり過ごしていると、暑くなったらまた仕事が手につかないなんてことになるかも。

 人間、楽なほうへ流れる気持ちに竿をさせるかどうかが、大事なのかもしれませぬ。

 
 …と思いつつ、頑張って書きます。
 
 さて、前回の会議の話の続きです。

 会議の場で印象を強めるには、いつも決まった席にすわるのがいいらしい。

 そのたびに席を変わるというのは、ほかの人の印象に残りにくいからだとか。

 確かに、発言力のある人は、いつも決まった場所に座る傾向がある。

 逆に言うと、たまたま下座に座った人、目立たない場所に座った人は、議論から疎外されがちになり、あとあと不満が残ることにもなりかねない。

 全員が、会議に参加しているという雰囲気を作るためには、議論の大勢が決まりつつある段階で、下座に座っている人たちの意見をじっくり聞くことが重要かも。

 それだけ、会議の場で座る場所というのは大事だということですね。


 ところで、いつも自分の意見に反論する相手っていませんか?

 意見の内容に反論するというより、あんたの言ったことにはすべて反論してやる、みたいな。

 与党に対する野党の代表質問もそんな部分が無きにしも非ず。

 そういう論敵が、自分の真ん前に座ると、より対決姿勢が明確になってしまいかねない。

 徹底的に相手とやりあいたいという人はいいかもしれませんが、そうじゃない人は自分の正面に、協力者として座ってもらうことも一法です。

 そして、いつも反論する相手が口を開く前に、協力者に「賛成」と賛同してもらう。

 この方法は、古今を問わずいろいろなところで使われていますね。

 先日、オイラが生まれて初めて出席した株主総会。

 議長が、「ご採択願えますでしょうか」と言った時、真ん前の第一列に座っていた人たちが一斉に拍手したんですよ。

 つられてオイラも拍手しちゃいました。

 株主総会が終わって、席を立つとき見たら、全員その会社の社員じゃないっすか。

 確かに、社員も株主様だろうけど。

 それにしてもあの拍手の中、意義ありなんてとても言える雰囲気ではなかった。

 万一の反対者に備えて、機先を制してしまう作戦なのですね。

 賛成の意見は、発言直後に、バックアップする形で言って貰えればベストです。

 今言ったように、反対者が反論する機会を奪う形になりますから。


 これについて有名な事例がありましたね~。

 関が原の戦いを前にした徳川家康です。

 上杉征伐で、豊臣恩顧の大名を引き連れ、今の栃木県小山にいた徳川家康は、石田三成の挙兵を聞き、反転して彼を討つ作戦に出ようとします。

 しかし、大阪城には今一緒に小山にいる豊臣恩顧の大名の妻女が人質になっている。

 今、石田三成征伐を宣言しても、彼らが味方についてくれるかどうかわからない。

 そこで家康は、彼らの中の協力者に、いち早く自分に味方すると宣言してもらいます。

 作戦の発表の場で、「これから石田三成を討つつもりだが、おのおの方、味方してついてくるか、どうか」と家康が問いかける。

 すると、いち早く、「お味方する」と協力者が立ち上がり、満座の諸侯に同意を促した。

 その協力者は、豊臣恩顧の大名。彼が従うなら、我も我もと賛同者が続出。

 どっちつかずだった大名も味方し、関が原へ向かって勝利を収めることができた。

 ところでその協力者って誰でしたっけ?

 福島正則と山内一豊だったと思うのですが…。

 この辺の事情は、司馬遼太郎の「関が原」に詳しく書かれています。

 大河ドラマの「功名が辻」ではまた、一豊の妻の千代の入れ知恵ということになるのでしょうけど…。


 ところで会議は、相手があってはじめて成立する。

 参加者には、それぞれ利害関係といったものがあるはず。

 そこで、リーダーになる必要はなくても、自分の望む方向へ議論を持って行きたい場合もあるでしょう。

 そんなとき重要なのは、会議の方向性を左右するキーマン。

 キーマンと友好関係を保ちながら、会議を進めたいと思う場合もあるし、どうしても受け入れなれない議題だったら、キーマンと対立しなければならない場合もある。

 議題の方向性によって、相手と友好的な立場を取りやすい席、対立して議論しやすい席の取り方というのがあるんですよ。

 いわば、会議の目的によって、もっとも効果のある席の取り方。

 たとえば、会議室のテーブルが、もっとも一般的な長方形だったと仮定しましょう。

 会議の主導権を握りたいなら、長方形の長い辺の真ん中。そして窓などの光源を背にするとよいと書きました。

 そして、いつも自分の意見に反論する相手がいたら、目の前に座らせないために、協力者にそこに座ってもらうとも。

 会議のキーマンが、テーブルの長方形の長い辺の真ん中に座ったとして、もし自分が彼と協力して議題を進行したいなら、なるべく彼のとなりに座るとスムーズに行きます。

 そしてキーマンが発言したら、すぐそれに同調する。

 さきほども言ったように、発言直後の賛同意見は、反対者の発言する機会を奪うことになるからです。

 また、長方形のテーブルの短い辺の真ん中は、副議長的な席なので、そこに座ってサポートするのもいいですね。

 逆に、相手と対立的に議論したいなら、もちろん正面に座る。

 しかし、客観的な立場から見て、お互いがテーブルの真ん中で言い争ったのでは収拾がつかなくなる恐れがあります。

 だったらその二人は、テーブルを挟んだまま平行移動してもらい、テーブルの端に座ってもらう。

 そして、客観的な視点を持った人に真ん中に座ってもらうのです。

 中央の争いから地方の争いに転換する。

 すると中央から斡旋する余地ができます。

 争いがないのにこしたことはありませんが、大勢に影響ない場所でやりあうのも時には必要かもしれません。

 多少のガス抜きは必要でしょうから。

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会議で、自分をうまくアピールする方法

 こんにちは。

 今日は、久々のビジネスネタです。

 そういえば最近、仕事の話題は無沙汰でした。

 曲がりなりにも、一応、ビジネスブログだと思っているのですが…。

 でも、まったく忘れていたわけじゃないですよ。

 次に書きたいと思っている企画もいろいろあるのです。

 たとえば以前リクエストしていただいた、「わかりやすい文章を書く法」とか。

 昔、自称プロの文章家の先生に、オイラの文章をいろいろ非難されたこともあり、「文章の書き方」の本はかなり読みました。

 それらは、一流の作家や第一線で活躍した新聞記者など、文章で生活している人たちが書き表したノウハウ本。

 役立つエッセンスを要約して、例のとおりバインダーノートに閉じこんでおいたのですよ。

 確か、名著といわれる本30冊分を、ノート100ページくらいに要約した記憶があります。

 なぜ、あいまいな記憶しかないのか。

 「……………」


 実は、どっかいってしまったぁぁぁぁぁぁぁぁ~

 約1ヶ月間、さまざまな図書館を渡り歩き、文章作法の名著の中のおいしい部分だけを抜書きした、汗と涙の結晶が…。

 もうここ1ヶ月くらいずっと探しているのに出てこない。

 もっとも、あまり熱を入れて探しているとは言えないのですが…。

 それだけ熱心に本を読んでも、オイラの文章はこの程度だし。ヘへへ。

 でも、どこへ行ってしまったんだろう。

 本を書くとき、そこだけバインダーノートから抜き出してどこかへ持っていった記憶があるような、ないような。

 貴重な資料であるのは間違いないですが、誰かがどっかへ持って行ったということはないはず。

 ビジベン速記は、普通の人にとって、古代エジプトのヒエログリフより解読不可能でしょうから。

 気合入れて探せばどっかにあると思うのですけど。

 オイラにとって、「文章の書き方」云々よりも、脳の活性化のほうが大事かもしれません。

 それはともかく、ないものは仕方ないっす。

 …ということで、ノートが見つかるまで、以前の再放送でお茶を濁すことにしました。

 以前、読んだことのある方はスルーしちゃってくださいね。多少、加筆修正をしましたので、お読みいただければ幸いです。

 ところで、前にもお話しましたが、このノート。

 独立開業したものの仕事がまったくなかった時代に、近隣の公立図書館をほぼ半年以上かけ、将来、自分の仕事に役立つと思うところをメモしたものです

 ふと目に留まったのが、「会議の場で、自分をアピールする方法」の箇所。

 何で、こんな箇所をメモしたんだろうと、笑ってしまいました。

 なにせ、独立開業してから、会議なんてしたことがない。

 お取引先やアルバイトと打ち合わせはよくしますが、あらたまって机を取り囲んで議論するということはないです。

 第一、会議をする人数が、会社にいませんからぁぁぁぁぁぁぁぁ~残念!

 …といって、正直、残念ではなかったりして。

 組織の方向性がまだ決まっていないとき、皆が頭を絞って、いいアイデアを持ち寄る。そんな参加者全員の同意の下にひとつの方向性が決まる会議なら、非常に有意義だと思いますよ。

 ところがそういう会議って意外と少ないですよね。

 最初から少数のリーダーたちが方向性を決めていて、その伝達の場だけになっているケースがあまりにも多い。

 会議ではなく、上司の個人演説会。またはミスを犯した従業員の糾弾の場になっている場合もありますな。

 会議を辞書で調べると、「人が集まりなにかをきめること」とありました。

 だから、ビジネスのみならず、PTAや地域の会合、サークル活動、どっかへ遊びに行こうと家族で集まって決めるのも、会議といえば会議。


 もっとも、集まる前から方向性が決まっていたら、会議じゃないんじゃないかと、うがった見方もしてしまうのですけど。

 でもそんなことを言ってたら次へ進まなくなるので、ここではそういう会議もどきの場合は無視して、皆が集まって平等に意見を述べる会議ということでお話したいと思います。

 そういう理想的な会議の場では、仕事の取り組み姿勢や企画力、表現力といった面で大きなアピールの場になるかも。

 いつもは、それぞれ違った自分の仕事をしていますが、会議の場では、ひとつの目標に対して、誰がそれに近づく努力をしたか、誰がいいアイデアを出したかという基準で評価できるからです。

 いわば同じ土俵で、戦わざるをえなくなる。

 ここで自分をアピールできるかどうかというのは、結構重要なことではないでしょうか。

 もちろんそのためには、企画力、表現力、独創性などが求められる。

 しかし、所詮人が人を評価するわけですから、会議の場でうまく自分をアピールするテクニックというものが存在するみたい。

 逆に言えば、いくら本来の実力で自分をアピールしても、自分をうまくアピールする人のテクニックに敗れるケースだってあるわけ。

 多胡輝氏の「しぐさ、動作、ふるまいの心理学」という本には、そのあたりのテクニックが興味深く書かれています。

 たとえば、会議の席が自由に選べる場合、すわる席の場所によって、会議のリーダー的立場になったり、どんなにすばらしい意見を言っても高く評価されなかったり、な